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  • 2026年F1イタリアGP モンツァの基本データと攻略ポイント

    2026年F1イタリアGP モンツァの基本データと攻略ポイント

    2026年F1第13戦イタリアGPが、”スピードの殿堂”モンツァで開催される。

    9月4日にフリー走行1・2回目、5日にフリー走行3回目と予選、そして6日に決勝レースが行われる。高速サーキットならではの攻略ポイントや戦略、注目データをまとめた。

    開催スケジュール
    フリー走行1・2:9月4日(金)
    フリー走行3・予選:9月5日(土)
    決勝:9月6日(日)

    モンツァ基本データ
    初開催:1950年
    コース全長:5.793km
    コーナー数:11
    ラップレコード:1分20秒901(ランド・ノリス/2025年)
    最多ポールポジション:ルイス・ハミルトン(7回)
    最多優勝:ミハエル・シューマッハ、ルイス・ハミルトン(各5勝)
    ポールポジションからターン1のブレーキングポイントまで:476m
    2025年のオーバーテイク数:47回
    セーフティカー出動率:50%(過去8戦)
    VSC出動率:38%(過去8戦)
    ピットストップによるタイムロス:24.14秒

    イタリアGPは1950年のF1世界選手権創設以来、毎年カレンダーに組み込まれている。モンツァ以外で開催されたのは1980年のみで、この年はイモラが舞台となった。

    モンツァ・サーキット

    ドライバーが語るモンツァ攻略のポイント
    元ルノーF1ドライバーのジョリオン・パーマーは、モンツァについてF1カレンダーの中でも唯一無二のサーキットである一方、ある意味では非常にシンプルなコースだと説明する。

    「モンツァはカレンダーの中でも唯一無二だけど、多くの意味では最もシンプルなサーキットでもある。低ダウンフォースで、セクター1ではシケインへのブレーキングからすべてが始まる。ターン1に向けて、いかにうまくマシンを止められるか。それが鍵になる」

    中盤のレスモ1とレスモ2については、見た目以上にドライビングを楽しめるコーナーだという。

    「ミドルセクターのレスモは、見た目以上に走っていて楽しい。わずかにカントがついているので、ある程度スピードを維持して進入し、ラインを選びながら軽くブレーキを使う。レスモ2も同じだ」

    アスカリではターン8への進入が重要になる。スピードを持ち込みすぎればグラベルにつかまる可能性があり、路面のバンプにも注意が必要だ。

    「ターン8、9、10のアスカリでは、スピードを持ち込みすぎるとグラベルが待っている。最初の部分が重要で、路面もかなりバンピーだ。ターン8をうまく決められれば、9と10は全開で抜け、そのままパラボリカ、現在のクルバ・アルボレートへ向かう」

    最終コーナーは、亡くなったミケーレ・アルボレートにちなんでクルバ・アルボレートと改称されている。

    「残念ながら最終コーナーの魅力のひとつだったグラベルはなくなってしまったけど、それでも素晴らしいチャレンジだ。攻めて、アウト側いっぱいまで使ってスピードを維持し、できるだけ早くアクセルを踏んでメインストレートへ飛び出していく」

    「以前はアウト側にグラベルがあって危険だった。今はアスファルトのランオフになったことで、少しスリルが失われたかもしれない。それでもクラッシュする可能性はあるし、モンツァが素晴らしい高速サーキットであることに変わりはない」

    過去5年のイタリアGPポールシッター
    2025年:マックス・フェルスタッペン(レッドブル)
    2024年:ランド・ノリス(マクラーレン)
    2023年:カルロス・サインツJr.(フェラーリ)
    2022年:シャルル・ルクレール(フェラーリ)
    2021年:マックス・フェルスタッペン(レッドブル)

    過去5年のイタリアGP優勝者
    2025年:マックス・フェルスタッペン(レッドブル)
    2024年:シャルル・ルクレール(フェラーリ)
    2023年:マックス・フェルスタッペン(レッドブル)
    2022年:マックス・フェルスタッペン(レッドブル)
    2021年:ダニエル・リカルド(マクラーレン)

    タイヤと戦略
    ピレリは2026年F1イタリアGPにC3、C4、C5の3種類のコンパウンドを持ち込む。C3がハード、C4がミディアム、C5がソフトとなる。

    ピレリは週末のプレビューで、「11のコーナーを持つ全長5.793kmのサーキットは、長いストレートもあってF1カレンダーで最も高速なコースのひとつだ。今年は新しいパワーユニットによるエネルギーマネジメントという新たな課題も加わる」と説明している。

    各チームのシミュレーションでは、2026年のラップタイムは前年より約2秒速くなると予測されている。

    「タイヤの観点では、ブレーキングゾーンへの進入速度が低くなると予想されるため、フロントアクスルにかかるブレーキング時の負荷は小さくなるはずだ。一方、パワーユニットのフルパワーを使用する加速局面では、リアアクスルへの要求が高くなる」

    低ダウンフォース仕様で最高速を重視するモンツァでは、ブレーキング時の安定性とコーナー出口でのトラクションが重要になる。特に第1シケインとアスカリがライバルとの差を生み出すポイントになるという。

    2024年に全面的な再舗装が行われ、比較的滑らかなアスファルトが敷かれたため、走行初期から十分なグリップが期待できる。今年はターン1、4、8の縁石が作り直され、ターン5ではグラベルエリアがアスファルトのランオフへ変更された。

    決勝ではリアタイヤのオーバーヒートを管理する必要があるとみられるが、デグラデーションはタイヤ性能を大きく損なうほど深刻にはならないと予想されている。

    そのため、ピレリは日曜日の決勝について1ストップ戦略が最も可能性の高い選択肢になるとみている。ただし、モンツァはオーバーテイクが難しいサーキットではなく、展開次第では異なる戦略を採用する余地もある。

    イタリアグランプリ

    2026年F1タイトル争いの現在地
    キミ・アントネッリはドライバーズランキング首位として母国イタリアGPを迎える。メルセデスのチームメイトであるジョージ・ラッセル、フェラーリのルイス・ハミルトンに対して59ポイントのリードを築いている。

    アントネッリは前戦オランダGPで2位に入ったが、メルセデスはザントフォールトを終え、ライバルとの戦いを続けるためにはマシンのペースを改善する必要があると認識している。

    そのライバルのひとつで、最近大きく前進しているのがマクラーレンだ。

    ランド・ノリスは夏休み明けのオランダGPで2戦連続となる勝利を挙げた。今週末はモンツァで3連勝を狙う。

    ノリスは現在ドライバーズランキング4位。F1ワールドチャンピオンのタイトルを防衛するためには差を縮める必要があり、そのひとつ上にはハミルトンがいる。

    フェラーリにとってモンツァは母国レースであり、ティフォシの前でマクラーレンやメルセデスに対抗できるかが大きな焦点となる。

    一方、レッドブルはザントフォールトで厳しい週末を送った。マックス・フェルスタッペンは序盤のクラッシュでリタイアし、代役としてRB22をドライブしたリアム・ローソンは7位だった。

    フェルスタッペンは2025年のイタリアGPでポールポジションから優勝している。レッドブルが相性の良いモンツァで巻き返せるかも注目される。

    中団争いも激しい。オランダGPでポイントを獲得したアルピーヌは、コンストラクターズランキング6位を争うレーシングブルズとの差を縮めた。アウディも8位争いでポイントを積み重ね、アストンマーティンはフェルナンド・アロンソが9位に入ったことで得点を加えている。

    モンツァを彩った名場面 セバスチャン・ベッテルの2008年初優勝
    1950年から長い歴史を持つイタリアGPでは、数々のF1史に残るドラマが生まれてきた。その中でも特別なレースのひとつが2008年だ。

    当時トロロッソからF1に参戦していたセバスチャン・ベッテルは、雨に見舞われたモンツァで衝撃的なパフォーマンスを披露した。

    F1フル参戦開始からまだ1年余りだったベッテルは、難しいウエットコンディションの予選を制して自身初のポールポジションを獲得。決勝でもその速さを維持し、F1初優勝を成し遂げた。

    レッドブルの姉妹チームだったトロロッソが、フェラーリやマクラーレンといった強豪を破って達成した歴史的勝利だった。

    このモンツァでの勝利を皮切りに、ベッテルはその後さらに52勝を積み重ね、4度のF1ワールドチャンピオンに輝くことになる。

    2026年のモンツァでは、母国レースを迎えるランキング首位のアントネッリ、連勝中のノリス、ティフォシの期待を背負うフェラーリ、そして前年の勝者フェルスタッペンとレッドブルが激突する。新世代パワーユニットで初めて挑む”スピードの殿堂”で、最高速だけでなくブレーキング、トラクション、そしてエネルギーマネジメントが勝敗を分けることになりそうだ。

  • フランコ・コラピント アルピーヌF1との契約延長に感謝「最初から信頼してくれた」

    フランコ・コラピント アルピーヌF1との契約延長に感謝「最初から信頼してくれた」

    フランコ・コラピントは、2027年もアルピーヌF1チームから参戦することが決まったことを受け、チームから寄せられてきた「信頼」に感謝を示した。F1イタリアGPではアップデート仕様が自身のマシンにも投入され、コンストラクターズランキング5位争いでレーシングブルズを逆転することを目指す。

    アルピーヌは先日、コラピントとの契約延長を発表。2027年もピエール・ガスリーとのラインナップを継続することが決まった。

    23歳のコラピントは今季ここまで19ポイントを獲得し、ドライバーズランキング12位につけている。

    アルピーヌとの2027年契約延長「この旅を続けられることに興奮している」
    イタリアGP開幕前の木曜日、コラピントはアルピーヌとの契約延長について喜びを語った。

    「とてもうれしいし、本当に幸せだ。これから起こること、そしてチームとこの旅を続けていけることにすごく興奮している」

    コラピントにとって今回の契約延長は、アルピーヌとの関係をさらに長期的なものへと発展させる決定となった。チームで過ごしてきた期間を振り返り、マシンだけでなく組織全体が前進してきたと感じているという。

    「この1年間に与えてもらったチャンスには本当に感謝している。一緒に大きく成長してきたし、今では大きな家族のようになっている」

    「チームとして一緒に多くのステップを踏んできた。マシンのさまざまな部分を改善して、チームのみんなのパフォーマンスも向上してきた。うれしいし、これからも続けていくのが楽しみだ」

    特にコラピントが強調したのが、エグゼクティブアドバイザーを務めるフラビオ・ブリアトーレをはじめとしたアルピーヌからの信頼だった。

    コラピントは、自身にチャンスを与えたブリアトーレと「最初からの信頼」に感謝するとともに、最近のチームの改善についても満足感を示している。

    「チームの努力にはとても満足している。最近どれだけ改善してきたか、そして家族として一緒に積み重ねてきたステップをうれしく思っている」

    モンツァではアップデートを両車に投入
    契約延長を決めたコラピントにとって、次の焦点はイタリアGPでのパフォーマンスだ。

    アルピーヌは前戦オランダGPでガスリー車にアップデートパッケージを投入。モンツァでは同じ仕様がコラピント車にも導入され、2台が最新パッケージを使用する。

    コラピント自身、もともとモンツァを好んでおり、新パーツによってさらに競争力を引き上げられることを期待している。

    「アップデートがあるかどうかに関係なく、モンツァはいつも走るのが好きなサーキットだ。それがあることで、いい方向に行くと思う」

    「僕たちに合ったサーキットになってくれることを願っている。金曜日にどんな感じになるか見てみるよ」

    一方、高速かつ低ダウンフォース仕様となるモンツァでは、アップデートの効果を最大限に引き出すセットアップ作業も重要になる。

    「作業を続けて、予選でマシンからすべてを引き出すことが重要になる」

    フランコ・コラピント(アルピーヌF1チーム)

    レーシングブルズとの差は3ポイント
    アルピーヌにとってイタリアGPは、単に新パーツの評価を行う週末ではない。コンストラクターズランキング5位をめぐる争いでも重要な一戦となる。

    オランダGPでポイントを獲得したことで、アルピーヌは5位レーシングブルズとの差を3ポイントまで縮めた。コラピントは、前戦で投入されたアップデートによってパフォーマンス面で明確な前進があったと評価している。

    「本当に僅差だ。前回のアップデートによって、パフォーマンス面ではかなりいいステップを踏めたし、彼らとの差も縮まった。それが僕たちの目標だった」

    「大きなステップを期待していたけど、実際にそうなった。アップデートはうまく機能している。ただ、彼らの前に出るためには作業を続けて、すべてをまとめ上げなければならない」

    ただし、警戒しているのはレーシングブルズだけではない。コラピントはアウディの競争力にも言及し、モンツァではライバルもアップデートを投入すると見ている。

    「彼らは速いし、アウディも速い。ここではリアウイングのアップデートを持ち込むと思うから、少し速くなるはずだ」

    「でも、僕たちは今持っているパッケージを信頼している。そこからすべてを引き出して、彼らの前に出られることを願っている」

    2027年のシートを確保したことで、コラピントにとって将来をめぐる不確定要素のひとつは解消された。今後は結果に集中できる環境のなか、アルピーヌが前戦で確認したアップデートの効果を自身のマシンでも引き出せるかが焦点となる。

    わずか3ポイント差となったコンストラクターズランキング5位争いを考えても、モンツァで両車に最新仕様がそろう意味は大きい。コラピントはチームから受けた「信頼」に結果で応えるべく、アルピーヌのさらなる浮上を狙う。

  • アイザック・ハジャー F1スペインGPも欠場の見通し バクーで復帰を目標

    アイザック・ハジャー F1スペインGPも欠場の見通し バクーで復帰を目標

    レッドブル・レーシングのアイザック・ハジャーは、左手首の負傷により、モンツァに続いてマドリードで開催されるF1スペインGPも欠場する見通しだという。フランス紙『L’Équipe』が報じている。

    ハジャーはオランダGPを欠場し、今週末のイタリアGPも出場を断念。回復状況を確認しながら復帰を目指しているものの、次戦スペインGPへの出場も難しいとみられており、レッドブルとハジャー陣営は9月24~26日にバクーで行われるアゼルバイジャンGPでの復帰を目標としている。

    シミュレーターで復帰の可能性を確認
    ハジャーは夏休み中に左手首を負傷し、8月のオランダGPを欠場した。レッドブルは代役としてリアム・ローソンを起用し、ローソンはマックス・フェルスタッペンとともにレッドブルからレースに出場した。

    当初、ハジャーはイタリアGPでの復帰を目指していた。『L’Équipe』によると、ハジャーは今週、レッドブルの本拠地であるミルトンキーンズでシミュレーターを走らせ、負傷した手首がF1マシンをドライブする負荷に耐えられるかを確認した。

    しかし、イタリアGPへの出場許可を得られる状態には至らず、レッドブルは2戦連続でローソンを代役として起用することを決定した。

    レッドブルはハジャーの状態について「チームは彼の回復を注意深く見守っており、レース復帰に関して不必要なリスクを冒すことはない」と説明している。

    マドリードでのスペインGPも欠場濃厚
    さらにハジャーの離脱は、モンツァだけでは終わらない可能性が高まっている。

    『L’Équipe』の報道を引用したSport365によると、ハジャーは9月11~13日にマドリードで開催されるF1スペインGPも欠場する見通しだという。

    イタリアGPとスペインGPは2週連続で開催されるため、モンツァでレースを戦える状態まで回復していないハジャーにとって、わずか数日後に始まるマドリードでの週末も復帰には早すぎると判断される可能性が高い。

    現時点でレッドブルからスペインGP欠場について正式発表はなく、最終的な判断は今後の回復状況次第となる。ただし、チーム側が復帰を急がせない方針を明確にしていることから、ハジャーがマドリードを欠場する可能性は高いとみられている。

    アイザック・ハジャー(レッドブル・レーシング)

    バクーでの復帰が現実的な目標に
    次の復帰候補となるのが、9月24~26日に開催されるF1アゼルバイジャンGPだ。

    スペインGPからアゼルバイジャンGPまでは約2週間の間隔があり、ハジャーにとって手首の回復をさらに進める時間を確保できる。『L’Équipe』の報道では、レッドブルとハジャー陣営はバクーでの復帰を目標としているとされる。

    ハジャーがスペインGPも欠場すれば、オランダ、イタリア、スペインと3戦連続の欠場になる。

    その場合、レッドブルのドライバー編成にも影響が続くことになる。イタリアGPではローソンがハジャーに代わってレッドブルをドライブし、それに伴って角田裕毅がレーシングブルズで2戦連続のF1出場を果たす。

    スペインGPでも同じ体制が継続されるかについては現時点で発表されていないが、ハジャーの欠場が正式に決まれば、レッドブルは再び代役ドライバーを決定する必要がある。

    ハジャーの回復は進んでいるとされるものの、F1マシンをレース距離にわたって操るには手首への大きな負荷が避けられない。レッドブルは将来を担う若手ドライバーの復帰を急がせる考えはなく、現状ではバクーが現実的な復帰目標になりつつある。

    なお、ハジャーは負傷による欠場が続くなか、欧州宇宙機関(ESA)のフランス人宇宙飛行士ソフィー・アデノと国際宇宙ステーション(ISS)を結んだ特別対談にも参加。地上約400kmを周回するISSと交信し、F1と宇宙飛行という異なる世界におけるパフォーマンスや科学、幼少期からの夢について語り合った。

  • F1イタリアGPの舞台モンツァ 全11コーナーの名前に刻まれた歴史

    F1イタリアGPの舞台モンツァ 全11コーナーの名前に刻まれた歴史

    F1イタリアGPの舞台であるモンツァ・サーキット(アウトドローモ・ナツィオナーレ・モンツァ)は、1922年に建設されたF1カレンダー屈指の歴史を持つサーキットだ。

    「スピードの神殿」と呼ばれる高速コースには、地名やコース形状、そしてイタリアを代表するレーシングドライバーに由来するコーナー名が残されている。

    現在のレイアウトは11のコーナーで構成されるが、その名称は開業当初から固定されていたわけではない。安全性向上のためにシケインが追加され、既存のコーナーも改修されるなかで名称も変化してきた。F1公式サイトが紹介した由来をもとに、モンツァの各コーナーに刻まれた歴史を整理する。

    ターン1/2:プリマ・バリアンテ(Prima Variante)
    スタート直後に待ち受ける最初のシケインが「プリマ・バリアンテ」だ。イタリア語でそのまま「第1シケイン」を意味する。

    モンツァは1922年に建設されたが、高速化するマシンへの安全対策としてコースには繰り返し改修が施されてきた。プリマ・バリアンテが設置されたのは1972年。極端に高くなっていた速度を抑えることが目的だった。

    以前は「バリアンテ・デル・レッティフィーロ(Variante del Rettifilo)」と呼ばれていた。「ストレートのシケイン」という意味で、当時のスタート/フィニッシュストレート上に設置されていたことに由来する。

    2000年には再び形状が変更され、それ以降はプリマ・バリアンテの名称が定着した。現在でもスタート直後の混戦やオーバーテイクが頻繁に発生する、モンツァを象徴する勝負どころのひとつである。

    ターン3:ビアッソーノ(Biassono)
    プリマ・バリアンテを抜けた先にある高速右コーナーがビアッソーノだ。

    かつては、その大きな弧を描く形状から「クルバ・グランデ(Curva Grande=大きなカーブ)」と呼ばれていた。しかし1970年代初頭のコース改修を経て、サーキット近郊の町「ビアッソーノ」の名が使われるようになった。

    現在でもクルバ・グランデという旧称で呼ばれることがあり、モンツァの歴史的な名称のひとつとして広く知られている。

    ターン4/5:セコンダ・バリアンテ(Seconda Variante)
    続くターン4と5は「セコンダ・バリアンテ」。文字どおり「第2シケイン」を意味し、1976年の安全対策として追加された。

    この区間には大きなランオフエリアが設けられており、高速サーキットであるモンツァが安全性を高めてきた歴史を現在のレイアウトからも確認できる。

    同時に、ブレーキングで順位を争える代表的なオーバーテイクポイントでもある。1995年にはF1タイトルを争っていたデイモン・ヒルとミハエル・シューマッハがここで接触するなど、数々のドラマの舞台となってきた。

    近くを流れる水路にちなんで「クルバ・デラ・ロッジア(Curva della Roggia)」とも呼ばれる。

    ターン6/7:レスモ1/レスモ2(Lesmo 1 & 2)
    2つの右コーナーからなるレスモは、モンツァを代表する高速区間のひとつだ。

    もともとはサーキットを囲む森林に由来して「クルバ・デラ・クエルチェ(Curva della Querce=オークのカーブ)」と呼ばれていた。その後、近隣の町レスモにちなんで「レスモ1」「レスモ2」という名称になった。

    名称の起源については、この地域に暮らしていた一族に由来するという説や、ギリシャのレスボス島との関連を指摘する説も存在する。

    特にレスモ2には複数の旧称がある。入口から出口までの距離が短かったことから「クルバ・デイ・100メトリ(Curva dei 100 Metri=100メートルカーブ)」、周辺の森林から「クルバ・デル・ボスコ・デイ・チェルビ(Curva del bosco dei Cervi=鹿の森のカーブ)」とも呼ばれていた。

    かつてのレスモ2は極めて高速で、ドライバーは最大300km/h近い速度で進入していたという。1994年の改修によって以前ほどの超高速コーナーではなくなったものの、現在もラップタイムを左右する重要な区間だ。

    さらに出口でどれだけ速度を維持できるかが、その先のオーバーテイクにも影響する。

    セルラリオ(Serraglio)
    レスモを抜けた先には、わずかに左へ曲がる「クルバ・デル・セルラリオ(Curva del Serraglio)」がある。

    公式にはコーナーとして数えられていないためターン番号は付けられていないが、モンツァの歴史を語るうえでは特徴的な名称だ。

    「セルラリオ」の名は、かつてこの付近に存在した王室の狩猟施設に由来する。ドライバーはほぼストレートとして通過し、そのままアスカリへ向かう。

    ターン8/9/10:バリアンテ・アスカリ(Variante Ascari)
    高速ストレートの先に待ち受ける3連コーナーが「バリアンテ・アスカリ」だ。

    その名はイタリアを代表するF1ドライバー、アルベルト・アスカリに由来する。アスカリは1952年と1953年にF1ワールドチャンピオンを獲得したが、1955年にモンツァでテスト走行中の事故によって命を落とした。

    その功績をたたえ、この区間にはアスカリの名前が付けられた。

    それ以前は「クルバ・デル・プラタノ(Curva del Platano=プラタナスのカーブ)」、あるいは「クルバ・デル・ビアローネ(Curva del Vialone=大通りのカーブ)」と呼ばれていた。後者はサーキットへ通じる大きなアクセス道路の上をコースが横切っていたことに由来する。

    現在のアスカリは左、右、左と高速で切り返す区間であり、ブレーキングだけでなくマシンの方向転換性能とドライバーの正確さが問われる。

    ターン11:クルバ・アルボレート(Curva Alboreto)
    モンツァの最終コーナーが「クルバ・アルボレート」だ。

    長年にわたって「パラボリカ(Parabolica)」の名称で親しまれてきた。約180度の高速右コーナーが数学上の放物線(パラボラ)を思わせる形状をしていることが、その由来である。

    高速で進入しながら長時間にわたって横方向の負荷が続き、出口ではメインストレートへ向けて可能な限り早くアクセルを開ける必要がある。かつてはコース外側の安全設備も現在ほど充実しておらず、ドライバーの勇気が問われるコーナーとして恐れられてきた。

    現在の名称は、元F1ドライバーのミケーレ・アルボレートに由来する。アルボレートは1981年から1994年までF1に参戦し、フェラーリでも活躍したイタリア人ドライバーだ。

    その功績をたたえ、2021年にパラボリカは「クルバ・アルボレート」へ改称された。ただし、長年定着してきた歴史から現在でも「パラボリカ」と呼ばれることは多い。

    地名と英雄の記憶が残る「スピードの神殿」
    モンツァのコーナー名をたどると、このサーキットが単なる高速コースではなく、100年以上にわたって変化を続けてきた場所であることが分かる。

    プリマ・バリアンテやセコンダ・バリアンテは安全性向上を目的としたレイアウト変更の歴史を伝え、ビアッソーノやレスモには周辺地域との結びつきが残る。そしてアスカリとアルボレートには、イタリアのモータースポーツ史を築いたドライバーへの敬意が刻まれている。

    F1イタリアGPを見る際にこうした由来を知っておけば、「レスモ」「アスカリ」「パラボリカ」という実況でおなじみの名前も、それぞれ異なる歴史を背負った場所として見えてくる。

  • 角田裕毅 2027年F1復帰へ他チームから接触「電話はあった」

    角田裕毅 2027年F1復帰へ他チームから接触「電話はあった」

    角田裕毅は、2027年のF1レギュラーシート獲得に向けて他チームから接触があったことを明かした。F1オランダGPでレーシングブルズから復帰し、急きょ実戦に臨みながらも印象的なパフォーマンスを見せたことで、その将来を巡る動きにも変化が生まれ始めているようだ。

    F1イタリアGPを前に行われたインタビューで、角田裕毅は当初「まだ他チームから電話はない」と冗談交じりに答えていたが、その後、実際には「電話があった」と告白。

    具体的な相手については明かさなかったものの、2027年にF1グリッドへ戻ることが最優先の目標だと改めて強調した。

    「電話はあった」2027年に向けて動き
    インタビュアーから「ザントフォールトの後、来年に向けて他チームから電話はあった?」と尋ねられた角田裕毅は、最初は笑いながらこう答えた。

    「いいえ、まだないです。なのでフリーです(笑)。でも、そういう電話が来たらうれしいですね。ぜひ聞きたいですけど、まだないです」

    しかし、ザントフォールトで慣れていないマシンに乗りながら印象的なパフォーマンスを見せたことを踏まえ、2027年の目標について改めて質問されると、角田裕毅は先ほどとは違う答えを口にした。

    「実は、そうですね。ちょっと電話はありました」

    インタビュアーが「電話はあったんだね」と確認すると、角田裕毅は交渉がまだ具体的な決定に至っているわけではないと説明した。

    「はい。でも、まだ何かが決まったわけではないです。ただ、少なくともいい方向には進んでいると思います」

    「もちろん僕の第一目標はF1にいることです。なので、どうなるか見てみたいですね」

    角田裕毅(ビザ・キャッシュアップ・RB・フォーミュラワン・チーム) イタリアグランプリ

    モンツァも「自分を証明する」重要な一戦
    角田裕毅は、今季中にさらにF1へ出場する可能性についても含みを持たせた。アイザック・ハジャーの欠場に伴い、ザントフォールトに続いてモンツァでもレーシングブルズをドライブする角田裕毅にとって、今回のイタリアGPは2027年に向けた重要なアピールの場となる。

    「あと数レースあるかもしれないですし、もしかしたら1レースだけかもしれません。そこは分からないです」

    「でも、このモンツァも自分を証明するためのいいレースだと思っています。ベストを尽くしますし、それが来年F1に戻るための将来につながってくれればと思っています」

    電話の相手は明かさず「父です(笑)」
    当然ながら、インタビュアーは角田裕毅が明かした「電話」の詳細を追及した。

    「どんな電話だった?」と聞かれると、角田裕毅は「普通のものですよ。お互いを知ったり、状況がどうなっているのかを確認したり、そういう感じです」と説明した。

    さらに「誰から?」と聞かれると、角田裕毅は一瞬の間を置いてこう答えた。

    「父です(笑)」

    その場には笑いが起こり、インタビュアーも「それはうまいね。誰かは教えてくれないということだね」と返した。

    角田裕毅は接触したチーム名を伏せたものの、「状況を確認する」ための話し合いが行われたことは認めている。ザントフォールトで突然のF1復帰を果たし、続くモンツァでも実戦機会を得たことは、2027年のシート争いにおいて大きな意味を持つ。

    現時点で何も決まってはいない。それでも角田裕毅自身が「いい方向に進んでいる」と語ったように、F1復帰を目指す動きは水面下で始まっている。イタリアGPは、その可能性をさらに広げるための重要な一戦となる。

  • ルイス・ハミルトン フェラーリF1の勝利を確信「必要なものは揃っている」

    ルイス・ハミルトン フェラーリF1の勝利を確信「必要なものは揃っている」

    ルイス・ハミルトンは、2026年F1イタリアGPを前に、フェラーリがモンツァへ投入するパワーユニットのアップデートに期待を示し、「僕たちには勝つために必要なものがあると強く信じている」と語った。

    昨年はフェラーリ加入初年度としてモンツァを迎えたハミルトンだが、今年はチームの開発方針がより明確になったと実感している。

    新たなエンジンアップデートだけでライバルとの差がすべて埋まるわけではないと認めながらも、マラネロで進む取り組みに確かな手応えを感じている。

    フェラーリドライバーとして迎える特別なモンツァ
    ハミルトンは木曜日、最近手に入れたクラシックなフェラーリF40を自ら運転してモンツァのパドックに登場。黒のスーツにブラウン系のオーバーコートを合わせ、多くのカメラマンの注目を集めた。

    その後に出席したF1の記者会見では、フェラーリのドライバーとしてイタリアGPを戦うことへの思いを語った。

    「フェラーリのドライバーでいることは最高の気分だよ。この象徴的なレースに、世界で最も象徴的で最高のチームとともにイタリアへ来られることは、本当に名誉であり特別なことだ」

    「2年連続でこれを経験できるのは本当に素晴らしいし、今でも新鮮に感じている。だから、慣れてしまうようなものではないよ」

    モンツァ投入の新エンジン「少しの改善でも助けになる」
    フェラーリは今週末のF1イタリアGPで、パワーユニットに新たなアップデートを投入する予定だ。高速区間の比率が高く、エンジン性能が重要になるモンツァだけに、その効果には大きな注目が集まる。

    アップデートによって優勝争いに加われるかと問われたハミルトンは、まず今季これまで抱えてきた性能差を説明した。

    「少しでも改善されれば助けになる。どんな小さなものでもね」

    「今年はここまでずっと失ってきた。前回のレースでさえ、あれだけ短いサーキットなのに、決勝では1周につきコンマ4秒を失っていた。それはものすごく大きな差だし、今年はここまでずっとその差を抱えてきた」

    一方で、ハミルトンが強調したのは、マラネロで開発を続けるスタッフたちの姿勢だった。

    「僕が言えるのは、ファクトリーへ戻って、みんながどれだけ懸命に働いているかを見ると、本当に誇らしく思うということだ。みんな黙々と仕事に取り組んでいるし、すごく熱意がある」

    昨年との最大の違い「今はノーススターがある」
    ハミルトンによれば、2026年のフェラーリには昨年には感じられなかった明確な開発目標が存在する。

    「今年は昨年とは違う集中力を感じている。昨年は本当の意味での『ノーススター』がなかったように感じていた。僕たちはできる限りのことをしていたと思うけど、正確にどこを目指しているのかが、はっきりしていなかった」

    ここでハミルトンが使った「ノーススター」は、チーム全体が共有する明確な目標や進むべき方向を意味する。

    「今はノーススターがある。どこに向かって取り組む必要があるのか分かっているし、ファクトリーのみんなは本当に素晴らしい仕事をして、一丸となって成果を届けてくれたと思う」

    今回のエンジンアップデートについても、ハミルトンは現状を一変させるものではなく、継続的な改善の一部として捉えている。

    「これは一歩前進だ。僕たちが埋めなければならない差のすべてではないけど、それは最初から分かっていた」

    「でも、毎週末少しずつ新しいものが投入されて、マシンに加わっていくのを見るのはワクワクする。僕たちがプッシュしていることが分かるからね。僕は今でも、僕たちには勝つために必要なものがあると強く信じている」

    ルイス・ハミルトン(スクーデリア・フェラーリ)

    フェラーリでモンツァ初勝利なら歴史的な6勝目
    ハミルトンにとって今週末は、自身のF1キャリアに新たな記録を加える可能性もある。

    ハミルトンはこれまでモンツァで5勝を挙げており、ミハエル・シューマッハと並んでいる。フェラーリのドライバーとしてイタリアGPを制すれば、モンツァ通算6勝目となり、シューマッハを上回ることになる。

    難しいフェラーリ加入初年度を経て迎えた2度目のホームグランプリだけに、ハミルトン自身も「初めてのことが待っているかもしれない」と意識している。

    ただし、勝利への自信について改めて問われると、それは単純にエンジンアップデートだけを根拠にした発言ではないと説明した。

    「僕が言いたかったのは、このチームには勝つために必要なものがあると強く信じているということだ」

    「このレベルでは上位の差は本当に小さい。僕たちが今週末に勝つためにも、どの週末に勝つためにも、チーム全体がひとつにならなければならない」

    「ひとつの要素だけじゃない。最初からすべてがうまく流れていかなければならないんだ」

    ティフォシの期待と母親の応援を力に
    フェラーリにとってモンツァは単なる1戦ではない。チームの母国であり、ティフォシから結果を求められる特別なグランプリだ。

    ハミルトンも、その期待が大きなプレッシャーになることを認めている。

    「プレッシャーは大きい。チームのために結果を出したいと思う。ファクトリーにはたくさんの人たちがいて、その多くがこのレースにも来る」

    「ティフォシも本当に大勢来てくれるし、その情熱は他とは比べものにならない。彼らのためにも結果を届けたい」

    さらに今週末は、ハミルトンの母親もモンツァを訪れているという。

    「今週末は母も来ている。モンツァに来たことはなかったと思うし、特にフェラーリの週末を経験したことはない。だから、この雰囲気を体験してほしかったんだ。それに、母が持っている幸運を少しでも持ってきてもらえたらと思っているよ」

    2026年のフェラーリは、ハミルトンが語る「ノーススター」のもとで開発の方向性を明確にし、段階的な改善を続けている。モンツァで投入されるエンジンアップデートもその一環であり、単独で大きな性能差を消し去るものではない。

    それでもハミルトンは、ファクトリーの取り組みとチーム全体の進歩を根拠に勝利の可能性を信じている。フェラーリのホームで自身通算6度目のモンツァ制覇を達成できれば、ティフォシにとってもハミルトンにとっても特別なF1イタリアGPとなる。

  • リアム・ローソン 2台並行のF1イタリアGP準備「水曜まで決まらなかった」

    リアム・ローソン 2台並行のF1イタリアGP準備「水曜まで決まらなかった」

    リアム・ローソンは、2026年F1イタリアGPで2戦連続となるレッドブル・レーシングからの出場が決まるまで、レッドブルとレーシングブルズという「まったく異なる」2台を想定して準備を続けていたことを明かした。

    左手首の負傷から回復途上にあるアイザック・ハジャーの欠場が正式に決まったのは水曜日。ローソンにとっては直前の決定となったが、シミュレーターでRB22を走らせる時間を確保し、モンツァに向けた準備を整えたという。

    水曜日に決定「かなり遅く感じた」
    ローソンは、ハジャーに代わって再びレッドブルをドライブすると知った時期について「水曜日」と答えた。

    「この1週間は、どうなるのかをずっと待っているような状態だった。当然、アイザックにも回復するための最大限のチャンスを与えようとしていた」

    「心のどこかでは、まだ僕が乗る可能性があることは分かっていた」

    「でも、水曜日になってようやく決まったので、かなり遅く感じた。ただ、それでもシミュレーターのセッションをこなして、週末に向けた通常の準備をするだけの時間はあった」

    ハジャーの状態次第では、ローソンが通常通りレーシングブルズから出場する可能性も残されていた。そのため、決定が下されるまでは両チームを想定した準備が必要だった。

    レッドブルとレーシングブルズの2台を並行して準備
    ローソンは、ハジャーを担当するレッドブル側のエンジニアと、自身を担当するレーシングブルズ側のエンジニアの双方と作業しながら、どちらのマシンに乗ることになっても対応できるよう準備を進めていた。

    「両方と作業していた。どちらになっても準備できているようにするためだ。当然、両チーム、両方のマシンを理解しておく必要があった」

    「2台はドライビングの感覚がかなり違うので、行ったり来たりするのは簡単ではない。シミュレーターの中だけでもそうだ。それが一番大きなチャレンジだった」

    「でも、水曜日にようやく答えが出て、これからは基本的にこのマシンだけに集中できる。それはよかった」

    レッドブルとレーシングブルズは同じパワーユニットを使用しているものの、ローソンによれば、ドライバーが感じるマシンの特性はほぼ全面的に異なるという。

    「すべてが違う」RB22で際立つ高速グリップ
    レッドブルとレーシングブルズのマシンは具体的にどこが違うのか。そう問われたローソンは、「すべて」と端的に答えた。

    「もちろんパワーユニット以外は、ドライビングという点ではかなり違う。特にレッドブルで一番印象的なのは高速コーナーでのグリップだと思う。僕が普段乗っているマシンから乗り換えると、そこが特に印象的だ」

    「でも、マシンの走らせ方もバランスも本当に大きく違う。あまり詳しく言うことはできないけど、ドライビングするうえではまったく違うマシンだ」

    「ステアリングを通じて得られるフィードバックも、マシンの感触も、動き方も、すべてがかなり違う」

    同じパワーユニットを搭載していても、ローソンが「すべて」と表現するほど両車のフィーリングには大きな隔たりがある。なかでも、普段レーシングブルズをドライブするローソンが真っ先に挙げたRB22の高速グリップは、モンツァでも重要な要素となる。

    リアム・ローソン(レッドブル・レーシング) イタリアグランプリ

    ザントフォールトで得たRB22の経験
    一方、今回のローソンには前戦より有利な材料もある。F1オランダGPですでにRB22を実戦で経験していることだ。

    ハジャーの負傷を受けて急きょレッドブルに招集されたローソンは、ザントフォールトで同チーム加入後初となるQ3進出を果たし、決勝では7位でフィニッシュ。6ポイントを獲得した。

    しかもオランダGPはスプリントフォーマットだったため、通常よりフリー走行が少なく、RB22への適応に使える時間は限られていた。

    対してモンツァは通常フォーマットで行われ、金曜日のFP1とFP2、土曜日のFP3と3回のフリー走行が用意される。ローソンは、前戦よりも落ち着いてマシンへの理解を深められると考えている。

    「とにかく、この機会を最大限に生かしたい。今回も僕にとっては興味深い立場だ」

    「ザントフォールトはスプリント週末だったので、かなりストレスを感じる場面もあった。でも、全体としてはいい週末だった」

    「少なくとも今回は、その経験がある。だから適応するのは少し楽になるはずだ。それに、ここでは3回のフリー走行がある。ずっと通常に近い週末だ」

    「だから、またいいチャンスだと思っている」

    ローソンがレッドブル 角田裕毅はレーシングブルズ
    ローソンが引き続きレッドブルでマックス・フェルスタッペンと組むことになったため、レーシングブルズでは角田裕毅が2戦連続で代役を務める。

    角田裕毅はアービッド・リンドブラッドとコンビを組み、モンツァでVCARB-03をドライブする。

    前戦では急な招集にもかかわらずRB22でQ3進出と7位入賞を果たしたローソン。今回は出場決定までレッドブルとレーシングブルズという特性の大きく異なる2台への準備を並行して進める難しさがあったが、水曜日以降はRB22に集中できる状況となった。3回のフリー走行を使えるモンツァで、ザントフォールト以上にマシンへの理解を深められるかがポイントとなる。

  • ホンダF1 新PUで想定以上の燃焼変化「HRC Sakuraで制御対策」

    ホンダF1 新PUで想定以上の燃焼変化「HRC Sakuraで制御対策」

    ホンダ・レーシング(HRC)は、F1オランダGPで投入した新スペックのパワーユニット(PU)について、狙い通りの性能向上を確認する一方、予想以上に大きな燃焼特性の変化によってドライバビリティに課題が生じたことを明らかにした。

    HRCはザントフォールトで得た走行データとドライバーからのフィードバックを栃木県さくら市の開発拠点に持ち帰り、制御面の改善作業を実施。

    パワーへの要求が非常に高いモンツァで行われる2026年F1イタリアGPでは、その対策が狙い通り機能するかを確認することが最大の焦点となる。

    新スペックで性能向上もドライバビリティに課題
    アストンマーティンは前戦オランダGPでホンダの新しいPUスペックを投入した。フェルナンド・アロンソは決勝で9位に入り、ポイント獲得を果たしている。

    HRCの折原伸太郎はイタリアGPを前に、Motorsport Weekを含むメディアに対し、新スペックではダイナモで確認していた性能向上を実際のコース上でも確認できたと説明した。

    「オランダでエンジンに新しいスペックを投入しました。性能面で一歩前進したことを確認しています。ダイナモで確認していた通りの結果だったので、そこはポジティブな点でした」

    一方で、新スペックへの変更によってPUの特性も変化し、ドライバビリティについて新たに改善すべき部分が明らかになった。

    「その一方で、ドライバビリティについて改善できる部分が見つかりました。そのため、変換特性をアップデートして準備しています」

    ホンダ・レーシング

    予想以上だった燃焼特性の変化
    ホンダは2026年シーズン開幕戦でもドライバビリティの問題に直面しており、その後、パワーデリバリーを滑らかにするための専用の制御ツールを開発してきた。

    しかし、今回の新スペックでは燃焼特性の変化が想定以上に大きく、それまでに用意していた制御では十分に対応できなかったという。

    「燃焼の違いが我々の予想よりもはるかに大きかったです。そのため、新しい燃焼に対してより適切に制御できるよう、制御用の新しいツールを調整する必要がありました」

    HRCはザントフォールトで収集したデータとドライバーからのフィードバックをさくらの開発拠点に持ち帰り、ダイナモを使って対策を進めた。

    「データの設定と新しいツールを準備し、新しい変換特性に適応させて、より良いドライバビリティを得られるようにしました。ただ、それでも満足できるドライバビリティには十分ではありませんでした。そこがオランダで見つかった明確な改善ポイントです」

    モンツァで対策効果を確認
    高速のモンツァは、2026年型PUにとってシーズンでも特に厳しいサーキットのひとつとなる。長い全開区間によって内燃エンジン(ICE)への要求が高く、電気エネルギーの展開を含めたPU全体の性能がラップタイムに大きく影響する。

    折原は、新スペックによる性能向上を確認しているものの、モンツァでは現実的な期待値を持つ必要があると語った。

    「ここモンツァでは内燃エンジンに対する要求がかなり大きいです。エンジンに新しいスペックを投入して性能向上を確認できたとしても、このコースでは現実的に考える必要があります。内燃エンジンにとって非常にチャレンジングなコースになると思います」

    そのうえで、イタリアGPではザントフォールト後に準備したドライバビリティ改善策の確認を最優先する。

    「すべてのデータをダイナモに持ち帰り、ドライバーからのフィードバックもダイナモに反映しました。HRC Sakuraでは制御を改善し、より良いドライバビリティを得るためのテストを行っています。ですから、モンツァでの我々の主な焦点は、その対策を確認することです」

    信頼性を犠牲にした性能追求はせず
    「スピードの神殿」と呼ばれるモンツァでは最高速性能が重要になるが、ホンダはラップタイムを求めるために信頼性を犠牲にしてPUを限界以上まで攻める考えはない。

    折原は、現在の信頼性には満足しており、性能を最大化するためにリスクを取る必要はないと強調した。

    「我々は常に信頼性と性能の間で良いバランスポイントを見つける必要があります。信頼性テストの結果を見る限り、現時点では信頼性に満足していますし、性能面でも最大限を引き出すためにリスクを取る必要はありません」

    ホンダにとってモンツァは、新スペックで得た純粋な性能向上を生かしながら、ザントフォールトで表面化したドライバビリティの問題をどこまで解消できたかを見極める重要な週末となる。

  • フェルナンド・アロンソ F1イタリアGPで特別ヘルメット 恩師カンポスに敬意

    フェルナンド・アロンソ F1イタリアGPで特別ヘルメット 恩師カンポスに敬意

    フェルナンド・アロンソは、2026年F1イタリアGPで自身のキャリアを支えた故エイドリアン・カンポスに敬意を表する特別仕様のヘルメットを着用する。普段のブルーとイエローを基調としたデザインから一変し、レッドとイエローが主役となる。

    アロンソにとってエイドリアン・カンポスは、単なる元F1ドライバーやチームオーナーではない。若き日の才能を見いだし、シングルシーターの世界へと導いた最初のマネージャーであり、その後のF1キャリアにつながる道筋を作った重要な存在だった。

    モンツァで蘇るエイドリアン・カンポスのヘルメット
    今回のヘルメットは、カンポスが現役時代に使用していたデザインへのオマージュとなっている。レッドとイエローを中心に、後部にはホワイトを配色。アロンソが現在契約するスポンサーのロゴを組み合わせながら、カンポスの特徴的なカラーリングを再現した。

    アストンマーティンF1チームは、この特別なヘルメットについて次のように説明した。

    「エイドリアンはフェルナンドの才能を最初に見いだした人物で、彼の最初のマネージャーとなり、シングルシーターの世界へ進む手助けをした」

    「そして今、彼を象徴するヘルメットがモンツァのコースに戻ってくる。彼の家族もこの瞬間を一緒に分かち合う」

    アロンソ自身も、カンポスへの思いを明かしている。

    「エイドリアンとカンポス家のみんなに捧げる、とても特別なヘルメットだ。エイドリアンは僕をカートのレースで見て、シングルシーターに乗るべきだと言ってくれた」

    「僕を信じて最初のチャンスを与えてくれて、数年後にはF1まで連れてきてくれた。僕のため、そして僕たちのモータースポーツのために彼がしてくれたすべてのことに、これからもずっと感謝している。カンポス・レーシングへと受け継がれている、比類のないレガシーだ」

    フェルナンド・アロンソ(アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム) イタリアグランプリ

    アロンソの才能を見いだした最初のマネージャー
    エイドリアン・カンポス自身は1987年と1988年にミナルディからF1に参戦。その後はチーム運営と若手育成に活動の軸を移し、多くのドライバーのキャリアを支えた。

    その代表的な存在がアロンソだった。カンポスはカート時代のアロンソの才能に目を留め、シングルシーターへの転向を後押し。1999年には自身のチームからユーロ・オープン・バイ・ニッサンに参戦させ、アロンソはタイトルを獲得した。その後、ミナルディでのテストなどを経てF1への道を切り開いていった。

    カンポスが築いたチームは現在もカンポス・レーシングとして活動し、若手ドライバーの育成を続けている。アレックス・パロウらもその道を歩み、スペインのモータースポーツ界に大きな足跡を残してきた。

    カンポスは2021年1月に死去したが、その功績と若手育成への情熱は現在のチームにも受け継がれている。

    アロンソ自身もミナルディからF1デビュー
    カンポスとアロンソには、F1でのキャリアにも興味深いつながりがある。カンポスが1987年にF1デビューを果たしたミナルディは、アロンソが2001年にF1デビューしたチームでもある。

    さらにモンツァは、アロンソがF1に到達する以前から走ってきたサーキットでもある。1999年のユーロ・オープン・バイ・ニッサン時代にも、カンポスのチームのドライバーとしてこの地を訪れていた。

    普段は故郷アストゥリアスを象徴するブルーとイエローをヘルメットに取り入れているアロンソだが、2026年F1イタリアGPではレッド、イエロー、ホワイトを基調としたカンポスのカラーリングで走る。

    自身のF1キャリアの原点を作った人物への感謝を込め、アロンソはモンツァでエイドリアン・カンポスの象徴的なヘルメットを再びサーキットに蘇らせる。

  • ジャン・アレジが語るF1の英雄ジル・ヴィルヌーヴ「ヒーローの中のヒーロー」

    ジャン・アレジが語るF1の英雄ジル・ヴィルヌーヴ「ヒーローの中のヒーロー」

    元F1ドライバーのジャン・アレジが、自身にとって特別な存在であるジル・ヴィルヌーヴへの思いを語った。フェラーリの象徴的なカーナンバー「27」を受け継いだアレジにとって、ヴィルヌーヴは幼少期にF1へ強く引き込まれるきっかけとなったドライバーだった。

    1981年F1モナコGPで目にしたヴィルヌーヴの走り、フェラーリで「27」を手にした経緯、そして後に息子ジャック・ヴィルヌーヴ本人へ伝えた言葉まで、アレジがF1公式サイトの「F1 Icons」で振り返った。

    テレビではなくサーキットで触れたF1
    ジャン・アレジは1989年から2001年にかけてF1で活躍し、ティレル、フェラーリ、ベネトン、ザウバー、プロスト、ジョーダンなどでドライブした。その情熱的な走りで知られた一方、幼少期のF1に関する記憶はそれほど多くない。当時は現在ほどF1がテレビで放送されていなかったからだ。

    「僕がとても幼かったころ、F1は今ほど人気がなかったから、テレビで見る機会はあまりなかった。僕が育ったアヴィニョンの近くではラリー・モンテカルロが開催されていたし、フランスにはル・マン24時間レースもあった。だから子どものころの記憶にはモーターレーシングがあるけど、F1はそれほど多くないんだ」

    ただし、アヴィニョンからポール・リカール・サーキットは近く、F1を間近で見る機会はあった。

    「アヴィニョンとポール・リカールはとても近くて、僕が子どものころはF1のウインターテストがポール・リカールで行われていた。そこへ行って、ドライバーのすぐそばにいて、マシンを見て、コーナーまで行って走りを見ることができた。本当に素晴らしかった」

    1981年モナコGPで目にしたジル・ヴィルヌーヴ
    そんなアレジの記憶に鮮烈に残っているのが、1981年F1モナコGPでのジル・ヴィルヌーヴの勝利だ。

    フェラーリ126CKを駆ったヴィルヌーヴは、このレースで劇的な勝利を挙げた。その姿こそ、アレジにとって最初の本格的なF1の記憶だった。

    「僕がF1について持っている最初の本当の記憶は、1981年モナコGPでのジル・ヴィルヌーヴの勝利だ。とにかくすごかった。彼のドライビングはものすごくスペクタクルだったし、実況が彼のレースを伝える様子もすごかった。それを見ながら完全に引き込まれてしまった。それが僕にとって最初の本当のF1の記憶なんだ」

    アレジが育った時代のF1では、それぞれのドライバーが持つ個性的なドライビングスタイルを目で見て感じ取ることができたという。

    「僕が育った時代のF1では、それぞれのドライバーのスタイルがはっきり分かった。たとえばアラン・プロストとアイルトン・セナのドライビングスタイルの違いは明確だった。レジェンドたちの話だけどね!」

    当時はエンジン形式もチームによって異なり、それがマシンの性格にも影響を及ぼしていた。

    「V8エンジンを使うドライバーもいれば、V10やV12を使うドライバーもいた。それによってマシンごとに空力も違っていて、ドライバーはそれに適応しなければならなかった」

    「ジルは無謀だったわけではない」
    アレジ自身も、ヴィルヌーヴと同じように情熱的で攻撃的なドライビングスタイルで知られた。そのため、自身の走りをヴィルヌーヴにならったのかと尋ねられることがあるという。

    しかし、アレジは誰かのスタイルを意識して走ったことはないと説明する。

    「僕のドライビングスタイルはジルを手本にしたのかと聞かれることがあるけど、それは不可能だと思う。僕は人生を通して、ただ本能で走ってきた」

    一方で、ヴィルヌーヴの走りがしばしば「無謀」と評されることについて、アレジは明確に否定する。

    「ジルは無謀なドライビングをしていたと言われることがあるけど、彼は無謀だったわけじゃない。僕にとって彼は、マシンの限界から最大限を引き出していた。そして、コース脇にマシンを止めないためにも最大限のことをしていたんだ」

    その象徴としてアレジが挙げるのが、ヴィルヌーヴが母国カナダでフロントウイングを損傷しながら走り続けたレースだ。

    「たとえばカナダでフロントウイングを壊した状態で走ったときも、彼はマシンがまだ走れると言って、そのまま続けようとした。それこそが、僕たちがジルを愛する理由のひとつなんだ」

    英雄の死をニュース映像で目撃
    アレジはヴィルヌーヴに強く憧れていたものの、彼が亡くなるまで実際にサーキットでレースをする姿を見ることはできなかった。

    ヴィルヌーヴは1982年ベルギーGPの予選中、ゾルダーで事故に遭い、32歳で亡くなった。アレジは、その知らせをテレビのニュースで知った。

    「残念ながら、ジルが亡くなる前に彼がレースをするところを実際に見る機会はなかった。彼が亡くなったことはニュースで見たのを覚えている」

    当時のテレビでは事故映像がそのまま放送されており、その光景は若きアレジに強烈な衝撃を与えた。

    「事故はひどいものだった。当時はすべてが映されていて、彼の身体がフェンスへ飛んでいくところまで見えた。とても悲しい瞬間だった。あんなヒーローがいて、その人に何が起きたのかを目の当たりにするのは、本当にショッキングだった」

    ジル・ヴィルヌーヴ

    フェラーリの象徴「27」を受け継いだアレジ
    ジル・ヴィルヌーヴを語るうえで欠かせないのが、フェラーリ時代に使用したカーナンバー「27」だ。

    そして、その番号は後にフェラーリで戦ったアレジ自身とも深く結びつくことになる。

    「ジルは27番でレースをしていたことで有名だった。そしてもちろん、僕もこの番号と結びついている。僕のボートの名前も『27』だし、フェラーリファンにとって27は特別な番号だった」

    1991年にフェラーリへ加入したアレジのチームメイトはアラン・プロストだった。当時、プロストが27番を使用し、アレジには28番が与えられた。

    しかし、アレジが欲しかったのはヴィルヌーヴと同じ27番だった。

    「僕がフェラーリへ移籍したとき、チームメイトはアラン・プロストだった。彼が27番で、僕は28番だった。僕はずっと『アランがいなくなったら、27番が欲しい』と言っていた。そして実際にそうなったんだ!」

    プロストがフェラーリを去った後、アレジは念願だった27番を手にした。

    さらに1993年、ゲルハルト・ベルガーがフェラーリへ復帰した際にも、27番をめぐるやり取りがあったという。

    「1993年にゲルハルト・ベルガーがフェラーリに来て僕のチームメイトになったとき、彼が『27番が欲しい』と言った。でもチームは『ダメだ。それはジャンの番号だ』と言った。だから27は、本当にフェラーリの番号だったんだ」

    アレジはフェラーリを離れるまで27番を背負って戦い、その番号はヴィルヌーヴとともにアレジを象徴するナンバーにもなった。

    息子ジャック・ヴィルヌーヴとF1で対戦
    1996年になると、アレジはF1でジルの息子ジャック・ヴィルヌーヴと戦うことになった。

    ジャック・ヴィルヌーヴがウィリアムズからF1デビューした際、アレジは新聞で彼のインタビューを読んだ。しかし、父ジルとそのレガシーについてジャックが語った内容の一部に強い不満を抱いたという。

    「彼がF1に来たとき、新聞を読んでいて、父親やジルのレガシーについてジャックが話していたことのいくつかに、僕はすごく腹を立てた」

    その後、2人はエストリルでテストに参加することになった。

    テスト終了後、ジャックのマネージャーからアレジに依頼があった。アレジが南フランスへ向かうことを知り、ニースへ戻る飛行機にジャックを同乗させてもらえないかというものだった。

    アレジは快諾した。

    「もちろん問題ないよ、と答えた」

    「君はヒーローの中のヒーローの息子なんだ」
    テストを終え、2人を乗せた飛行機が離陸すると、アレジは新聞記事を読んで以来抱えていた思いをジャック本人に伝えた。

    「ジャック、二度と父親についてあんなことを言うな。君がここにいるのは君自身の才能があるからだし、情熱があるからだ。それは間違いない。でも、君はジル・ヴィルヌーヴの息子なんだ。ヒーローの中のヒーローなんだよ」

    それほどまでに、アレジにとってジル・ヴィルヌーヴという存在は大きかった。

    「僕は本当に怒っていた。すると彼は、『いや、本当にそういう意味で言いたかったわけじゃない』と説明してくれた」

    ただし、ジャックと直接話したことで、アレジ自身も父親を幼くして失った息子が抱えていた複雑な感情に思いを巡らせるようになった。

    「もちろん、子どものころに父親を亡くした彼にとって、それは難しいことだったと思う」

    「きっと彼の内側には、ある種の……フラストレーションというより、痛みのようなものがあるんだと思う」

    1981年モナコGPでテレビ越しに目にしたヴィルヌーヴの走りに魅了され、その後、自身もフェラーリのF1ドライバーとなって象徴的な27番を受け継いだアレジ。さらに年月を経て、その息子ジャックと同じグリッドで戦うことになった。

    アレジにとってジル・ヴィルヌーヴは、単に憧れたF1ドライバーのひとりではない。幼少期の記憶からフェラーリでのキャリアまでをつなぐ存在であり、今なお「ヒーローの中のヒーロー」と呼ぶ特別な存在であり続けている。