タグ: F1

  • キミ・アントネッリ フェラーリF1移籍説を一蹴「メルセデスでとても幸せ」

    キミ・アントネッリ フェラーリF1移籍説を一蹴「メルセデスでとても幸せ」

    アンドレア・キミ・アントネッリは、2026年F1イタリアGPを前に将来的なフェラーリ移籍をめぐる憶測について言及し、現在所属するメルセデスで「とても幸せ」だと強調した。

    母国モンツァにドライバーズ選手権首位として乗り込んだ20歳のアントネッリは、チームメイトのジョージ・ラッセルに59ポイント差をつけている。一方、パワーユニットの年間使用上限を超えたことで、決勝では最後尾からスタートすることが決まっている。

    それでも、イタリア人ドライバーがF1世界選手権をリードして母国GPを迎えるという状況は、ティフォシにとって大きな注目材料だ。アントネッリがフェラーリではなくメルセデスをドライブしているとはいえ、2026年の躍進とともに、将来的にマラネロへ移籍する可能性をめぐる話題も増えている。

    「フェラーリは巨大で素晴らしいブランド。でも僕はメルセデスで幸せ」
    イタリア人である以上、キャリアを通じてフェラーリと結びつけられることは避けられないと受け入れているかと質問されたアントネッリは、「もちろん」と答えた。

    「僕自身がイタリア人だから、僕たちがどれだけ感情的で、物事にどれだけ熱くなるかは分かっている。時には熱くなりすぎることもある」

    「だから、もちろん、こういう話はこれからもずっと出てくると思う」

    「でも結局のところ、フェラーリが巨大で素晴らしいブランドであるのと同じくらい、僕は今いる場所でとても幸せだ。メルセデスでとても幸せだよ。僕が子どものころからチャンスを与えてくれたのは彼らだからね。僕には彼らに恩返しできることがまだたくさんあると感じている」

    メルセデスの育成プログラムでキャリアを築き、F1への道を切り開いてきたアントネッリにとって、現在の成功は長年支えてきたチームとの関係の延長線上にある。フェラーリへの敬意を示しながらも、現時点で移籍を考えていないことを明確にした形だ。

    アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデスAMG・ペトロナス・モータースポーツ) イタリアグランプリ

    最後尾スタートが母国GPのプレッシャーを軽減
    アントネッリは日曜日の決勝で、新たなパワーユニットを搭載したW17により最後尾からスタートする。

    母国ファンの前でポールポジションや優勝を争いたかったという思いはあるものの、アントネッリはグリッド降格によって週末にかかるプレッシャーが多少軽くなるという意外な側面も認めた。

    「ある意味では、プレッシャーを和らげる助けになると思う」

    「もちろん、本当ならポールポジションを争って前方からスタートしたい。でも、ある意味では、この週末に入るにあたって少しリラックスできるような気がしている」

    「だからこそ、ドライビングそのものや週末をもっと楽しめると思う」

    さらに、最後尾スタートが決まっていることで、メルセデスにはフリー走行で通常とは異なるセットアップや作業方法を試す余地も生まれる。

    「もちろん、これは違ったチャンスでもある。週末を通して違うことを試したり、特にフリー走行では普段とは違う作業方法を試したりする機会になる。今回はそれができるからね」

    選手権首位として初めて母国F1イタリアGPを迎えるアントネッリ。フェラーリ移籍を期待する声が今後も消えることはなさそうだが、本人の視線はメルセデスでのタイトル争いと、最後尾から挑むモンツァでの戦いに向けられている。

  • 2026年F1イタリアGPでオーバーテイク記録更新か「MotoGPのようになる」

    2026年F1イタリアGPでオーバーテイク記録更新か「MotoGPのようになる」

    2026年F1第13戦イタリアGPでは、モンツァならではの高速レイアウトと2026年型パワーユニットのエネルギー制約が重なり、例年以上に激しいオーバーテイク合戦が繰り広げられる可能性がある。

    アストンマーティンのトラックサイドエンジニアリング責任者を務めるマイク・クラックは、エネルギーマネジメントとスリップストリームが大きな役割を果たすことで、抜いては抜き返す展開が増え、「史上最多」のオーバーテイクを記録する可能性があると予想。「F1というよりMotoGPのようになる」と表現した。

    モンツァで深刻になる2026年F1のエネルギー問題
    超高速サーキットとして知られるモンツァは、2026年F1カレンダーのなかでも特にエネルギー面で厳しいサーキットになるとみられている。

    2026年型F1マシンでは電動パワーの重要性が大幅に高まっており、長い全開区間が続くモンツァでは、ラップ全体にわたって十分な電気エネルギーを供給し続けることが難しくなる。

    そのため、ドライバーは単純にアクセルを踏み続ければいいわけではなく、どこでエネルギーを使い、どこで温存するかを考えながら走る必要がある。

    このエネルギー管理によって、2026年シーズン序盤の高速サーキットで見られた、前後のマシンの位置関係が頻繁に入れ替わる、いわゆる「ヨーヨー」のようなレース展開がモンツァでより顕著になる可能性がある。

    スリップストリームが予選でも重要に
    クラックは、エネルギー不足を補う手段としてスリップストリームの重要性が高まると考えている。

    木曜日にモンツァで、今年はトウ(スリップストリーム)が重要になるかと質問されたクラックは「そう思う」と答えた。

    「ここでは予選ラップでも基本的にエネルギーが不足する。その影響によって、みんながトウを探すことになると思う」

    「2019年のような状況にならないことを願っている。少なくともQ1ではそうならないと思うが、その先で何が起こるかは分からない」

    2019年のイタリアGP予選では、各ドライバーがスリップストリームを得ようとしてコース上で位置取りを争った結果、Q3終盤に大半のマシンが時間内に最後のアタックを開始できない異例の事態が発生した。

    クラックは、今年も前を走ることを避けようとする動きが強まる可能性があるとみている。

    「おそらく誰も先頭を走りたくないだろう。近年よりも、そういう場面は増えると思う」

    トウの有無でエネルギー戦略も変化
    問題をさらに複雑にするのが、単純にスリップストリームの効果を計算するだけでは十分ではないという点だ。

    チームは単独走行時と前車を追走している状況の両方について、エネルギーの展開方法を最適化する必要がある。

    「モデルを検証するという意味でも間違いなく興味深い作業になる。しかし、運用面でどう管理するかを見ることも重要だ」

    「効果が大きい、小さいと言うだけなら簡単だが、実際には誰かの後ろを走れる位置にいなければならない」

    「今週末はエネルギー面でかなり多くの制約がある。各チームがどう対処するのかを見るのは興味深い」

    クラックによれば、まずチームはトウを使わない状態でのエネルギーデプロイメントを決め、そのうえでスリップストリームに入った場合の設定や運用を考える必要がある。

    イタリアグランプリ MotoGP

    決勝は「抜いて抜き返す」展開か
    こうした特徴は予選だけでなく、決勝のオーバーテイクにも大きな影響を与える可能性がある。

    前車のスリップストリームに入れば空気抵抗を減らすことができ、ストレートで必要となるエネルギーを抑えながら速度を伸ばせる。一方、先頭に出たマシンは自ら空気抵抗を受けるため、エネルギー面で不利になる可能性がある。

    その結果、一度オーバーテイクを成功させても、次のストレートでは今度は抜かれた側がトウを利用して反撃するという展開が生まれやすくなる。

    クラックは決勝について次のように予想した。

    「レースではどれだけ簡単にオーバーテイクできるのか。そして特に、抜いたり抜き返したりする展開は、おそらくここで史上最多になると思う。F1というよりMotoGPのようになるだろう」

    MotoGPではスリップストリームを利用した順位変動が頻繁に発生し、同じライダー同士が何度もポジションを入れ替える展開も珍しくない。クラックは、2026年のモンツァではF1でもそれに近い状況が生まれると考えている。

    高速モンツァで再び問われる2026年F1の特性
    直近のハンガリーGPとオランダGPでは、サーキット特性からエネルギーマネジメントの影響は比較的小さかった。

    一方、全開区間の長いベルギーGPでは、エネルギー管理によってマシンの挙動やレースの戦い方が大きく左右され、一部のドライバーから批判も出ていた。

    そしてモンツァは、その問題がさらに明確に表れる可能性のある舞台だ。

    長いストレートで電気エネルギーをどう配分するのか。単独走行とスリップストリーム走行で戦略をどう変えるのか。そして先頭に立つことが本当に有利なのか。2026年F1イタリアGPでは、従来のモンツァ以上にエネルギーマネジメントと位置取りが勝負を左右することになりそうだ。

    クラックの予想通りなら、今年のモンツァでは単純に「抜けるレース」になるだけではない。オーバーテイクした直後に立場が逆転し、再び抜き返される――そんなMotoGPを思わせる激しいポジション争いが、2026年F1の新たな特徴として浮き彫りになる可能性がある。

  • マックス・フェルスタッペン F1オランダGPで深刻な体調不良「週末全体が酷かった」

    マックス・フェルスタッペン F1オランダGPで深刻な体調不良「週末全体が酷かった」

    マックス・フェルスタッペンは、F1オランダGPで深刻な体調不良に苦しんでいたことを明かした。インフルエンザのような症状はレース後も数日間続いたが、1週間の休養を経て、今週末のイタリアGPを前に完全に回復したという。

    一方、体調面の不安が解消されたフェルスタッペンは、モンツァでのレッドブル・レーシングの競争力について厳しい見通しを示している。

    長いストレートを持つモンツァでは2026年型F1マシンのエネルギー管理が大きな課題となり、「奇跡は期待していない」と語った。

    オランダGPでは「かなり体調が悪かった」
    母国ザントフォールトで行われたオランダGPで、フェルスタッペンは週末を通して万全の状態ではなかった。

    決勝ではオープニングラップに大クラッシュを喫してリタイアしたが、事故による身体へのダメージよりも、週末を通して続いた体調不良の方がつらかったという。

    「かなり体調が悪かった。でも完全に治ってみると、普通に元気でいられることがどれだけ素晴らしいか、あらためて実感するよ」

    「ザントフォールトでは週末全体がひどかったし、終わってからも数日間はまだ調子が良くなかった」

    「だから、回復するための1週間があって、また元気になれたのは本当に良かった。あれほど体調が悪くなったのは本当に久しぶりだったからね」

    クラッシュの衝撃については、大きな問題はなかった。

    「衝撃という意味では大丈夫だった。SAFERバリアだったからね。あれに当たったのは初めてだったけど、実際にかなりうまく機能してくれた」

    オランダGP後もしばらく症状が残っていたフェルスタッペンだが、イタリアGPを迎える現在は回復しており、体調面での懸念はなくなっている。

    マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング) イタリアグランプリ

    モンツァでは一転してマシンのエネルギー問題を警戒
    体調面では万全に戻った一方、フェルスタッペンはイタリアGPについて楽観視していない。

    最大の理由は、長いストレートが特徴のモンツァで求められるエネルギー管理だ。2026年のF1では電気エネルギーへの依存度が高まっており、モンツァのようなエネルギー効率の厳しいコースでは、その使い方がラップタイムやレースでの攻防に大きく影響する。

    「かなり厳しくなると思う。このサーキットはエネルギー効率がすごく悪い。でも、あまりネガティブなことばかり言いたくはない。こういうものだからね。もう精神的には受け入れている」

    「少し違った週末になることを想定して準備してきた。ずっと全開でプッシュできるわけではないし、アクセルペダルを優しく扱わなければならない。そういう言い方になるかな」

    フェルスタッペンは2023年の段階から、2026年レギュレーションではモンツァのようなサーキットでエネルギー管理が問題になる可能性を指摘していた。

    その後、FIAとF1は状況を改善するための変更を進めてきたものの、フェルスタッペンは根本的な問題が解決したわけではないと考えている。

    「良くするために変更はいろいろ行われている。でも、良くなったからといって問題が解決したという意味ではない。解決にはまだ程遠い」

    「みんなできる限りのことをやっている。FIAもF1も、今の状況に対応しようとしている」

    特に決勝では、エネルギーをどこで使い、どこで温存するのかが重要になる。前車を追いかけたり、オーバーテイクを仕掛けたりする際にも制約が生じる可能性がある。

    「進入から走行中、立ち上がりまでどう管理するのか、みんなにとってかなり難しい経験になると思う。実際に誰かを抜くためにどこまでプッシュできるのか、僕にも分からない」

    レッドブルの競争力にも慎重「奇跡は期待していない」
    エネルギー管理の難しさに加え、フェルスタッペンは現在のレッドブルの競争力そのものについても現実的な姿勢を示している。

    「現時点でチームがどの位置にいて、どんなパフォーマンスなのかについて現実的になる必要がある。ただ、いい週末にできるように努力するだけだ」

    「ここではエネルギーの面ですでにかなり複雑になることは分かっている。まずそこを理解して、それから勢力図のどこにいるのかを見ることになる」

    「ここ数戦を見れば、現実的にならなければならない」

    特にレッドブルは、エネルギー効率が厳しいサーキットで十分な強さを発揮できていないとフェルスタッペンは認める。

    「エネルギー効率の悪いサーキットでは、僕たちはエネルギー面で特に良かったわけではない。だから、ここで奇跡が起きるとは期待していない。厳しくなるだろうね」

    さらに、ライバル勢がシーズン中のアップデートによって前進していることも懸念材料となっている。

    「周囲の他チームは今アップデートを持ち込んでいて、前進している。僕たちはその前からすでに遅れていたから、今になってそれが変わるとは思っていない」

    「ただ、マシンについてもっと学んでいく。来年に向けて変えたいことについても理解を深めていきたい」

    オランダGPでの体調不良からは完全に回復したフェルスタッペンだが、イタリアGPではモンツァ特有のエネルギー管理とレッドブルの現在の競争力という別の難題に直面する。本人も大幅な状況改善には慎重で、まずは2026年型マシンへの理解を深めながら、現実的な結果を目指す週末となりそうだ。

  • シャルル・ルクレール フェラーリF1残留の決め手はバスール「200%信じている」

    シャルル・ルクレール フェラーリF1残留の決め手はバスール「200%信じている」

    シャルル・ルクレールが、フェラーリとのF1契約を複数年延長した理由を明かし、フレデリック・バスール代表への絶大な信頼が決断を後押ししたと語った。

    2019年からフェラーリでF1を戦うルクレールにとって、スクーデリアでワールドチャンピオンになるという目標は今も変わっていない。2026年シーズン前半には苦しい時期も経験したが、それでもフェラーリのプロジェクトとバスールへの信頼に揺らぎはなく、「これが正しい決断だということに疑いはなかった」と強調している。

    「ここが自分の居場所」フェラーリとの契約延長
    2026年シーズン序盤、ルクレールはモナコ、バルセロナ、オーストリアの3戦で2度のリタイアと8位という厳しい結果に直面した。

    その一方で、28歳のルクレールはフェラーリとの新たな複数年契約に合意。「今後数シーズン」にわたって赤いマシンをドライブすることが決まった。

    F1公式ポッドキャスト『Beyond The Grid』に出演したルクレールは、契約延長について「ただ、それが正しいと感じた」と説明した。

    「それ以上の説明が必要ないこともあると思う。僕にとって、今はここが自分の居場所なんだ。ここにいると心地いいし、いい結果を出したいというモチベーションを一番強く感じられる。それだけこのチームが大好きだからだ」

    「2019年にF1チームに加入してからもう何年も経っているけど、フェラーリファミリーの一員になったのはそれよりも前だ。フェラーリと一緒にワールドチャンピオンになるという究極の目標を諦めたくない」

    ルクレールは、現在のフェラーリが示している開発姿勢も将来への期待につながっていると語る。

    「このプロジェクトを信じているし、チームの一人ひとりを信じている。今年は僕たちがイノベーションを示しているシーズンだと思う。生産計画でも非常にアグレッシブだし、投入しているアップグレードについてもそうだ。それが将来に大きな希望を与えてくれている」

    バスールへの絶大な信頼「200%信じている」
    契約延長を決断するうえで大きな要素となったのが、フェラーリF1代表を務めるフレデリック・バスールの存在だった。

    「フレッドも、僕が再び契約した大きな理由のひとつだ。僕はフレッドを200%信じている」

    「僕たちはもう何年も前からお互いを知っているし、ずっと大好きだったチームで彼と一緒に仕事ができるのは特別なことだ。だから僕にとって、これが正しい決断だということに疑いはなかった」

    ルクレールとバスールの関係はF1以前にまでさかのぼる。2016年にルクレールがGP3に参戦したARTグランプリを率いていたのがバスールだった。

    「もうずっと昔からフレッドを知っているような感覚なんだ。彼は、一度話しただけでもそういう感じになる人だ。たぶん価値観なんだと思う。最初から自然とうまくいく何かがあって、それを完全に説明することはできない」

    「最初に話したときから、ずっと前から知っているように感じていた。だから当然、僕たちの絆は単なる仕事上の関係やビジネス上の関係よりも強い」

    シャルル・ルクレール(スクーデリア・フェラーリ)

    ハミルトンとの違いに苦しんだ2026年前半
    2026年シーズン前半、ルクレールが苦戦する一方で、チームメイトのルイス・ハミルトンは好調だった。ハミルトンはカナダGPとモナコGPで2位に入り、バルセロナではフェラーリ加入後初勝利を挙げた。

    ルクレールは当時、自分のマシンのセットアップを見直すか、自身のドライビングスタイルをマシンに合わせる必要があると考えていたという。しかし、7度のF1ワールドチャンピオンであるハミルトンの走り方をそのままコピーすることはできないと説明する。

    「『ルイスはこうしている。じゃあ僕も同じことをしよう』というほど簡単じゃない。ルイスは信じられないほど才能のあるドライバーだし、彼自身の自然なドライビングスタイルを持っている。その特定のスタイルでは世界最高だ」

    「それを再現するのはものすごく難しい。だから僕は、自分のドライビングスタイルにもう少し合うマシンにする方法を探すことに力を入れた。データの中から、うまく機能していない部分もいくつか見つけた。ただ、F1では物事がいつも白か黒かというほど単純ではない」

    データを見ればすぐに答えが見つかるわけではないともルクレールは説明する。

    「コンピューターの前に座ってデータを見て、『ここで0.15秒失っている。じゃあこれを変えよう』というような簡単な話じゃない。直感やフィーリングなんだ」

    「『これがマシンの中で自分を少し不快にさせている部分かもしれない。この感覚を改善できればパフォーマンスもついてくる』と考えるようなものだ」

    シルバーストンで見つけた転機
    転機となったのはイギリスGPだった。ルクレールはシルバーストンでマシンにいくつかの変更を施し、それが「正しい方向」に進んだと感じた。そして決勝では今季初勝利を挙げた。

    それ以降、ルクレールが意識しているのは、マシンの挙動について考えすぎないことだという。

    「マシンは常に変化している。だからメルボルンで感じていたものに完全に戻れるわけではない。すべてが進化している。でも僕の目標は、マシンに乗ったときに考えすぎないことだ」

    「考えすぎているときは、それだけでタイムを失っていると分かる。僕たちのスポーツでは、マシンで起きていることに反応することよりも、先を予測してマシンを感じることの方が重要だからだ」

    「コーナーに入るとき、マシンがどう動くのかを正確に分かっていなければならない。そうすれば、いちいち考えすぎる必要がなくなる」

    ルクレールは、ドライバーが最大限の能力を発揮するためには、いわゆる「フロー状態」に入ることが重要だと考えている。

    「考えすぎることはパフォーマンスを殺すと思う。物事が自然に起きるとき、それがレーシングドライバーやアスリートが言う『フロー状態』なんだと思う」

    「すべてが自然に流れているときこそ、自分のポテンシャルを100%使えている。いろいろなことを考えなければならなくなると、そこから難しくなる」

    フェラーリはメルセデスを逆転できるのか
    フェラーリは現在、F1コンストラクターズ選手権で2位につけているが、首位メルセデスとの差は87ポイントとなっている。

    残るシーズンでフェラーリがメルセデスを逆転できるかについて、ルクレールは2026年マシンではアップグレードによって勢力図が大きく変化するため「予測するのは非常に難しい」と語った。

    「そこについて考えることに、あまりエネルギーを使いたくない。このチャンピオンシップはアップグレードによって決まると思う。それくらい、このマシンではアップグレードの影響が大きい」

    「以前よりダウンフォースがかなり少なくなっているから、このマシンにダウンフォースを少し加えるだけでも、コース上でのフィーリングに与える影響はずっと大きい。だから勢力図は、良い方向にも悪い方向にもあっという間に変わる可能性がある」

    そのため、ルクレールはタイトル争いの可能性を計算するのではなく、一戦ずつに集中していくという。

    「僕は一戦一戦に集中している。そのチャンピオンシップを本当に狙えるのかという長期的なことは、あまり考えていない。でも、可能性が完全になくなるまでは信じ続けるよ。どうなるか見てみよう」

    「チャンピオンシップは、いつか達成したい夢だ。特に赤いチームと一緒にね。それはもう何年も前から僕が抱いている夢だ」

    「僕たちは近づいていると感じている。それがいつになるのかは分からない。でも、できるだけ早く実現してほしいと思っている」

    苦しい2026年シーズン前半を経験しても、ルクレールがフェラーリへの信頼を失うことはなかった。バスールへの「200%」の信頼、積極的な開発姿勢、そしてフェラーリでF1ワールドチャンピオンになるという長年の夢。そのすべてが、ルクレールにとって契約延長を迷う余地のない決断にした。

  • リンドブラッド レッドブルF1起用見送りに納得「ローソン継続の方が理にかなう」

    リンドブラッド レッドブルF1起用見送りに納得「ローソン継続の方が理にかなう」

    アービッド・リンドブラッドは、2026年F1イタリアGPでレッドブル・レーシングが自身ではなくリアム・ローソンを継続起用した判断について、「パフォーマンスを最大化することにはならない」として、ドライバーを入れ替えない決定に理解を示した。

    負傷したアイザック・ハジャーの欠場に伴い、レッドブルはオランダGPに続いてローソンをマックス・フェルスタッペンのチームメイトに起用。レーシングブルズでは角田裕毅がリンドブラッドとコンビを組む。

    リンドブラッドにもレッドブルをドライブする機会を与える案が考えられたが、本人は2戦で異なるドライバーを起用することは最適ではないとの考えを示している。

    リンドブラッド「2人を別々の週末に乗せても最適化できない」
    ハジャーの欠場が決まった際、レッドブルは2026年ルーキーのリンドブラッドではなく、F1で50戦近い経験を持つローソンを代役に選んだ。

    イタリアGPのメディアデーでは、Sky Sports F1のクレイグ・スレーターがリンドブラッドに対し、ローソンとリンドブラッドを1戦ずつレッドブルに乗せ、フェルスタッペンを基準に両者を比較するという考え方について質問した。

    スレーターは『Paddock Uncut』で、そのやり取りを次のように説明している。

    「レーシングブルズの2人について、アービッド・リンドブラッドに聞いた。2人をそれぞれ1回ずつレッドブルに乗せるという考えはなかったのか、とね。少しナイーブな質問だとは思った」

    「彼は『そうだね。別々の週末に2人の異なるドライバーをマシンに乗せても、パフォーマンスを最大化することにはならない。だから今回の方が理にかなっている』と答えた」

    オランダGPでローソンを起用した以上、モンツァでも同じドライバーを継続する方が、マシンへの習熟やエンジニアとの連携という点で合理的だというのがリンドブラッドの見方だ。

    一方でスレーターは、リンドブラッドにもレッドブルをドライブする資格があることを本人も意識しているようだったと付け加えた。

    「ただ、あのマシンで週末を走る権利という意味では、自分もリアム・ローソンとほぼ同じくらい強い立場にいるという指摘を、彼は評価していたと思う」

    アービッド・リンドブラッド(ビザ・キャッシュアップ・RB・フォーミュラワン・チーム)

    2027年のレーシングブルズを巡る競争
    今回ローソンがレッドブルに抜擢された一方、2027年のドライバー争いではローソン自身も安泰とは限らないとの見方がある。

    F2選手権をリードするニコラ・ツォロフが2027年のレーシングブルズ昇格候補として浮上しており、スレーターはローソンがシート争いで最も厳しい立場に置かれる可能性を指摘した。

    「ローソンは昇格したにもかかわらず、それでも我々は考えている。ドライバープログラムにはツォロフが控えているわけで、最も危険な立場にいるのは彼なのではないか、と」

    「それが公平には見えないかもしれない。でも、そういう状況なのかもしれない」

    ローソンにとって今回のレッドブルでの代役参戦は、単なるハジャーの穴埋めだけではない。2027年に向けて自身の評価を高める重要な機会にもなっている。

    ハジャーはマドリードGPも欠場の可能性
    ハジャーについては、次戦スペイン・マドリードGPで復帰できるかどうかもまだ確定していない。

    Sky Sports F1のナオミ・シフによれば、ハジャーはイタリアGPに出場できる可能性もあったものの、さらなる負傷のリスクを避けるため欠場という判断が下されたという。

    「彼らは今回には間に合うとほぼ確信していた。おそらく痛みを抱えながらでも走ることはできたと言っていたけど、もしさらにダメージを負えば、負傷が長引くことになる」

    「だから予防的な意味で、もう1戦休ませることにしたのだと思う」

    スレーターも、ハジャーがシミュレーターで作業を行い、医学的な検査も受けたことを明かしている。

    「彼はシミュレーター作業も行い、医学的な評価も受けた。結論としては、回復がモンツァまでに完了しなかったということだ。マドリードの前にもう一度評価される」

    さらにテッド・クラビッツは、マドリードの新コースがモンツァよりも手首への負担が大きくなる可能性を指摘した。

    「マドリードにはここよりはるかに多くのコーナーがあり、その中には負荷がずっと大きいものもある。彼が3戦を欠場する可能性もある」

    ハジャーの復帰時期が流動的ななか、レッドブルは少なくともイタリアGPではドライバーを再び入れ替えることなく、ローソンを継続起用する道を選んだ。

    リンドブラッド自身もその判断を合理的と受け止めている。レッドブル昇格の機会を逃した形ではあるものの、モンツァでは角田裕毅とともにレーシングブルズを走り、自身の評価を高める週末に臨む。

  • フェルナンド・アロンソ 角田裕毅のF1復帰を絶賛「来年も走ってほしい」

    フェルナンド・アロンソ 角田裕毅のF1復帰を絶賛「来年も走ってほしい」

    フェルナンド・アロンソが、2026年F1オランダGPでレーシングブルズから復帰した角田裕毅のパフォーマンスを絶賛した。限られた走行時間で決勝11位まで追い上げた角田裕毅について「驚異的な走りだった」と称え、2027年もF1グリッドで走る姿を見たいと語った。

    角田裕毅は、負傷したアイザック・ハジャーに代わってレッドブル・レーシングに昇格したリアム・ローソンの代役として、オランダGPでレーシングブルズからF1に復帰。

    フリー走行は1セッションしか経験できない状況から予選に臨み、決勝ではポイント獲得まであと一歩となる11位でフィニッシュした。

    アロンソはF1公式SNSのインタビューで、角田裕毅の復帰戦について高く評価した。

    「裕毅は本当に素晴らしかった」とアロンソはコメント。

    「彼にとって信じられないほど素晴らしい週末だったと思う。フリー走行は1回しか走っていないのに、そこからすぐ予選に臨んで、決勝ではあと少しでポイントというところまでいった」

    「だから、裕毅は本当に驚異的な走りをしたと思う。ある意味、僕たちはグリッドに彼がいないことを寂しく感じているし、彼のキャラクターも恋しい」

    さらにアロンソは、今回のスポット参戦だけにとどまらず、角田裕毅が今後もF1でレースを続けることを期待していると語った。

    「今回の2戦だけではなく、もっと多くのレースに出てほしいし、来年も走ってくれることを願っているよ」

    角田裕毅はオランダGPに続き、今週末のイタリアGPでもレーシングブルズから出場する。2027年のF1シートを巡る状況が注目されるなか、2度のF1ワールドチャンピオンであるアロンソから寄せられた高い評価は、角田裕毅にとって大きな後押しとなりそうだ。

  • アストンマーティン・ホンダF1 2027年型へ開発移行 AMR26はバクーで最終仕様

    アストンマーティン・ホンダF1 2027年型へ開発移行 AMR26はバクーで最終仕様

    アストンマーティンF1は、2026年型マシン「AMR26」について、今季中に予定していた空力アップデートを終了した。今後は軽量化プログラムを完了させ、F1アゼルバイジャンGPが行われるバクーから最終仕様のマシンでシーズンを戦う方針だ。

    最高技術責任者(CTO)のエンリコ・カルディレによれば、AMR26は依然として最低重量を上回っているものの、軽量化によってすでにラップタイムは大幅に改善している。

    バクーでは最低重量に「非常に近い」水準まで到達する見込みだという。一方、パワーユニット(PU)を供給するホンダは引き続きハードウェアとソフトウェアの両面でアップデートを進める。

    AMR26の空力アップデートは終了
    アストンマーティンは直近2戦にわたり、AMR26へ一連の空力アップデートを投入してきた。しかし、カルディレはこれが2026年型マシンに予定されていた最後の空力開発になると説明した。

    「これらが、このマシンに予定していた最後の空力開発になる」

    「唯一の例外は、2027年型マシンを開発している過程で、相関関係を確認するために今年のマシンを使ってコース上でテストする意味があるものを発見した場合だ。ただ、現時点ではこれ以上予定しているものはない」

    アストンマーティンはすでに2027年型マシンの開発へ重点を移しており、今後AMR26に新しい空力パーツが投入されるとしても、それは2026年型マシンそのものの性能向上を目的としたものではなく、将来の開発に向けた検証が主目的になる。

    一方で、AMR26の軽量化についてはまだ作業が残されている。

    「軽量化プログラムについては、まだ完了させる必要がある。それはバクーあたりで完了するはずだ。バクー以降は、基本的にシーズン残りをマシンの最終仕様で走ることになる」

    バクーで最低重量に接近
    2026年のF1ではマシン重量がパフォーマンスを左右する重要な要素となっており、アストンマーティンもシーズンを通してAMR26の軽量化を進めてきた。

    カルディレによれば、これまでの軽量化だけでもラップタイムには大きな効果が表れている。ただし、現時点のAMR26はまだ規定の最低重量には達していない。

    「これまでの軽量化だけでも、ラップタイムを劇的に改善するには十分だった」

    「バクーでは最低重量に非常に、非常に近づけるはずだ。それこそ、常に目指すべき状態だ」

    これにより、アゼルバイジャンGP以降のAMR26は空力仕様だけでなく重量面でもほぼ完成形となる見通しだ。

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム

    ホンダはPUアップデートを継続
    シャシー側の大規模な開発が終了する一方、ホンダは2026年型F1パワーユニットの改善を続ける。

    ホンダは前戦オランダGPで大規模なアップデートを投入。アストンマーティンの改良と合わせ、フェルナンド・アロンソは18番グリッドから9位まで挽回し、チームにとって今季最高の結果を記録した。

    カルディレは、ホンダが今後も複数の改良を予定していることを明かした。

    「ホンダは非常に懸命に取り組んでいる。エンジンの制御やマネジメント方法を改善するため、ハードウェアとソフトウェアの両方でいくつかのアップデートが予定されている」

    「必要としているパフォーマンスを引き出すため、このパワーユニットのアーキテクチャをどこまでプッシュできるかを探っている。それが今の焦点だ」

    ホンダの新スペックPUについては、オランダGP前からドライバビリティ面で課題が確認されていた。

    アストンマーティンはハンガリーGP後にフィルミングデーを実施し、そこで新仕様のエンジンを走らせた際にも望ましくない挙動を確認していたという。

    「ハンガリーGP後に行ったフィルミングデーで新スペックのエンジンを走らせた際、すでにいくつか望ましくない挙動が確認されていた」

    「それでも、サマーブレイクによるシャットダウンからオランダGPまで非常に短い時間しかなかったにもかかわらず、ホンダはそれらの問題を軽減することができた」

    モンツァは「弱点を完全に露呈させる」
    一方、カルディレは今週末のF1イタリアGPについて、アストンマーティンにとって厳しい戦いになると予想している。

    モンツァは長いストレートと少ないコーナーを特徴とする超高速サーキットであり、空気抵抗の少なさとPUの出力が大きく結果を左右する。

    「『難しい』と言うなら、おそらくかなり控えめな表現だろう」

    「モンツァにはそれほど多くのコーナーがない。つまり、ドライバーやシャシーが大きな違いを生み出せる場所が少ないということだ。基本的には数少ないコーナーを完璧に走り、ストレートでは低ドラッグと高いパワーを持つことが重要になる」

    そして、AMR26が抱える弱点がモンツァでは隠せないと認めた。

    「モンツァは我々のマシンの弱点を完全に露呈させるサーキットだ。純粋なパフォーマンスという観点では、期待について現実的にならなければならない」

    「ただ、それによってチームがこれまで遂げてきた進歩が損なわれるわけではない」

    アストンマーティンはバクーでAMR26の軽量化プログラムを完了させ、2026年型マシンの開発を事実上終了する。一方で、ホンダはPUのハードウェアとソフトウェアの改善を継続する方針であり、シーズン終盤に向けてどこまで性能とドライバビリティを引き上げられるかが焦点となる。

  • ジャンカルロ・フィジケラが振り返るF1人生 ミナルディから夢のフェラーリまで

    ジャンカルロ・フィジケラが振り返るF1人生 ミナルディから夢のフェラーリまで

    ジャンカルロ・フィジケラは、14シーズンにわたってF1に参戦し、通算231戦で3勝を挙げた。ミナルディから始まり、ジョーダン、ベネトン、ルノー、フォース・インディア、そして最後には母国イタリアのフェラーリへ。そのキャリアは、決して一直線ではなかったが、多くの記憶に残る瞬間に彩られている。

    現在もフェラーリのファクトリードライバー兼アンバサダーとして活動するフィジケラが、F1公式の「Lights to Flag」で、自身の長いF1人生を振り返った。

    8歳で始まったF1への夢
    フィジケラの父親は熱心なF1ファンで、彼が8歳のとき、故郷ローマ郊外のサーキットへ連れて行った。

    「僕と同じくらいの年齢の子どもたちが走っていて、レースのあとにパドックへ行って、翌日にカートを借りられるよう誰かと話したんだ」

    「それで次の日に行って、燃料がなくなるまでずっと走り続けた。それが夢の始まりだった。8歳のころはF1なんてただの夢だったけど、年を重ねるごとに、プロのレーシングドライバーになってF1へ行くという目的を持って取り組むようになった」

    フィジケラはその後、ジュニアカテゴリーを駆け上がり、F3で勝利とタイトルを獲得。1995年にはDTMに参戦すると同時に、ミナルディのテストドライバーを務めた。

    「テストは数回しかやっていなかった。1995年の終わりにミナルディと再契約して、その時点ではDTMのアルファロメオの公式ドライバーでもあった」

    転機は1996年開幕戦オーストラリアGPのわずか10日から12日前だった。

    「ジャンカルロ・ミナルディから電話がかかってきて、『ジャンカルロ、オーストラリアで走るぞ』と言われた」

    「別のドライバーから資金が入らなかったんだ。たしか井上隆智穂だったと思う。でも、とにかく信じられなかった。メルボルンの開幕戦からいきなりF1で走るなんて想像していなかったからね」

    23歳だったフィジケラはミナルディM195Bで予選16番手を獲得。決勝ではクラッチトラブルによってリタイアしたが、ついにF1ドライバーになった。

    「少し大変だったけど、本当に素晴らしかった」

    「特に金曜日、フリー走行が終わってドライバーズブリーフィングに行ったら、隣にはミハエル・シューマッハ、ミカ・ハッキネン、ゲルハルト・ベルガー、ジャン・アレジがいた。ずっと彼らのような存在になることを夢見ていたんだ」

    「そこで初めて、自分もそのひとりになったんだと気づいた。夢を実現したんだ」

    ジャンカルロ・フィジケラ F1 ジョーダン

    ジョーダンで初表彰台
    1996年はDTMとの兼任もあり、ミナルディから8戦に出場。しかし、資金難に苦しむチームはシーズン後半にペイドライバーのジョバンニ・ラバッジを起用し、フィジケラは新たな所属先を探すことになった。

    「1996年末にエストリルでベネトンのテストをしたんだけど、すごくうまくいった。そのままエンストンへ行ってベネトンとの契約にサインした」

    ただし、当時のベネトンにはアレジとベルガーが在籍しており、レギュラーシートに空きはなかった。

    「フラビオ・ブリアトーレと一緒に、1997年はジョーダンで走ることに決めた」

    ジョーダン197は速さを備えたマシンで、フィジケラはイモラで初ポイントを獲得。カナダGPで初表彰台となる3位、ベルギーGPでは2位に入り、ドライバーズランキング8位でシーズンを終えた。

    「サーキットによってはいいクルマだったし、そうでないところもあった。でも何度か表彰台に上がることができた」

    「最初がカナダで、そのあとベルギーで2位。ドイツではフロントローからスタートして、パンクするまでトップを走っていた。実質的に初めてフル参戦したシーズンとしては、とてもよかったと思う」

    当時のチーム代表エディ・ジョーダンとの関係も良好だった。

    「彼は面白くて、すごくいい人だった。一緒に夕食を食べるのも楽しかった」

    「1997年は僕もオックスフォードに住んでいて、彼の家の近くだったから、よく家に夕食へ行った。そうすると彼はスプーンを使って音楽を演奏するんだ。楽しい時間だったよ」

    ベネトンで続いた停滞
    1998年、フィジケラはついにベネトンのレギュラーシートを獲得した。しかし、わずか3年前までコンストラクターズチャンピオンだったチームは下降局面に入っていた。

    「チームは下り坂だった。1994年や1995年にミハエルが乗っていたころのような最高のクルマではなかった。いいときもあれば悪いときもあった」

    フィジケラは1998年から2001年までの4年間で6回の表彰台を獲得し、1998年オーストリアGPでは自身初のポールポジションも記録した。

    しかし、ベネトンは中団に沈み、タイトル争いに加わることはできなかった。

    「1998年から2001年まで毎年いくつか表彰台には上がった。でも僕の夢はもっと上に行くこと、チャンピオンシップを争うことだった」

    「残念ながらすべてのサーキットでクルマがよかったわけではなく、苦戦していた」

    ベネトンはその後ルノーへと移行したが、フィジケラとは条件面で合意できず、2002年にジョーダンへ復帰することになった。

    「エディはまた一緒に仕事をすることを喜んでくれて、2002年と2003年の2年契約を結んだ」

    「ただ、残念ながらこの時期のジョーダンはあまりよくなかった。クルマにはスポンサーもほとんどなくて、予算がものすごく少なかった。だから開発も本当に難しかった」

    大混乱のブラジルGPでF1初勝利
    ジョーダンでの2年間、フィジケラがポイントを獲得したのはわずか6回だった。

    しかし、そのひとつが彼のF1キャリアを象徴するレースとなった。雨に翻弄された2003年ブラジルGPだ。

    「レースでは本当に競争力があった。難しいコンディションのなかでもかなり速かった」

    予選8番手からスタートしたフィジケラは、混乱を避けながら順位を上げていった。特にターン3ではコースを横切るように大量の水が流れ、多くのドライバーがコースアウトした。

    「他のドライバーたちがスピンしていった。特にターン3はものすごく難しかった。コースを川のように水が流れていたからね」

    「とにかくクルマをコース上に残しておくことが重要だった」

    ルーベンス・バリチェロが燃料系トラブルでリタイアし、首位のデビッド・クルサードがピットイン。2番手へ浮上したフィジケラは、キミ・ライコネンの小さなミスを逃さずトップに立った。

    その直後、マーク・ウェバーが大クラッシュを喫し、さらに散乱したデブリへフェルナンド・アロンソが高速で衝突。レースは赤旗終了となった。

    ところが、周回数をめぐる計時上の混乱によって、暫定優勝者はライコネンとされた。

    「僕はキミを抜いてトップに立っていた。でもミスによって勝利はキミに与えられた」

    「僕たちは自分たちが勝者だと確信していた。だから異議を申し立てて、1週間後に問題が理解された」

    その後、正式な周回順位が訂正され、フィジケラの優勝が確定した。

    「勝利を返してもらった。でも僕は優勝者なのに、初勝利を表彰台の一番高いところで祝えなかった」

    「少し悔しかったけど、もう終わったことだし、いずれにしても僕があのレースの勝者だからね」

    ジャンカルロ・フィジケラ F1 ルノー

    ルノーで手にしたタイトル争いのマシン
    2003年限りでジョーダンを離れたフィジケラは、2004年にザウバーへ移籍した。

    「C23はほとんど2003年のフェラーリのコピーだった。だから、いい結果を出せる自信があった」

    実際に安定したシーズンを送り、チームメイトのフェリペ・マッサを上回るパフォーマンスを披露した。

    「いい選択だった。いいシーズンを送って、たくさんポイントを獲得したし、フェリペ・マッサより速かった。それがシーズン途中でフラビオとルノーとの契約を結べた理由だったと思う」

    2005年、フィジケラは上昇気流に乗っていたルノーへ加入した。

    新車R25を初めて走らせた段階から、その速さは明らかだったという。

    「1月にシェイクダウンをしたとき、素晴らしいクルマだと感じた」

    「バルセロナで最初の合同テストをしたときもすごく速かったし、燃料をたくさん積んだ状態でも最速だった。だからシーズン開幕時点ではかなり自信があった」

    開幕戦オーストラリアGPではポールポジションを獲得し、そのまま優勝。

    「これ以上ないシーズンの始まりだった」

    しかし、その後はマレーシアでのアクシデントを皮切りに、技術的、機械的トラブルが続き、同僚アロンソの勢いにも及ばなかった。

    「十分なポイントを獲得できず、チャンピオンシップを争うことができなかった」

    「シーズン中盤、おそらくそれより前には、フェルナンドを助けて、チームがチャンピオンシップを獲得するためにサポートすることを決めた」

    結果としてアロンソがドライバーズタイトルを獲得し、ルノーもコンストラクターズタイトルを手にした。

    「両方のタイトルを獲得できた。フェルナンドがドライバーズチャンピオンになり、僕たちはコンストラクターズチャンピオンにもなった。それはチームにとって本当に重要だった」

    2006年も似た展開となった。

    第2戦マレーシアGPでフィジケラは優勝を飾った。

    「マレーシアでは勝ったし、本当に楽に走れていて、自信もあった」

    「でもまた問題が起きた。僕自身のミスもあったし、チーム側のミスやクルマのトラブルもあった。2005年と同じようなシーズンだったけど、それでもまた両方のタイトルを獲得した」

    このマレーシアGPが、結果的にフィジケラにとってF1最後の勝利となった。

    フォース・インディアで起こしたスパの奇跡
    フィジケラは2007年もルノーに残留したが、戦闘力を落としたマシンで厳しいシーズンを過ごした。

    2008年にはフォース・インディアへ移籍。かつてのジョーダンを源流とするシルバーストンのチームへ、3度目の加入を果たした。

    「簡単ではなかった。2008年のクルマは十分に速くなくて、12番手や14番手あたりを争っていた。でも2009年になるとクルマはよくなっていった」

    そして2009年ベルギーGPで、その成長が一気に表面化する。

    「開発はうまく進んでいた。スパでは新しい空力パッケージが投入されて、予選前の土曜午前に初めて使ったんだけど、完全に別のクルマになったと感じた」

    「運転していて素晴らしかった。すごく安定していて、ニュートラルなクルマだった」

    フィジケラは予選Q2で総合4番手につけ、Q3進出を果たした。

    「予選ではトップ10に入れるかもしれないと思っていた。Q2で4番手だったからすごくうれしくて、トップ6くらいに入れたらと思っていた」

    ところがQ3で驚異的なラップを刻み、まさかのポールポジションを獲得する。

    「素晴らしいQ3のラップを走ったらポールだった。誰も予想していなかった。特に僕自身もチームもね」

    「本当に素晴らしいラップタイムだったし、素晴らしいポールポジションだった」

    決勝でも首位を守ってスタートしたが、セーフティカー導入後のリスタートでライコネンに抜かれた。

    当時のフェラーリはKERSを搭載していた一方、フォース・インディアにはKERSがなかった。

    「残念ながらキミに抜かれた。彼にはKERSがあったけど、フォース・インディアにはなかった。だから彼は約80馬力多い状態で僕を抜いた」

    「抜き返すことは不可能だった。彼はKERSを使うことができたからね」

    それでもフィジケラは最後までライコネンの背後を走り続け、2位でチェッカーを受けた。

    「レース中ずっと同じ戦略で彼の後ろを走っていたけど、僕のほうが速かった」

    「それでも僕たちにとって2位は優勝と同じだった。夢のようだったし、本当に素晴らしい結果だった」

    これはフォース・インディアにとってF1初表彰台であり、フィジケラにとっては通算19回目、そして最後のF1表彰台となった。

    ジャンカルロ・フィジケラ F1 フェラーリ

    37歳で叶えたフェラーリの夢
    2009年、フェラーリではハンガリーGPで重傷を負ったフェリペ・マッサがシーズン残りを欠場。

    代役としてテストドライバーのルカ・バドエルがバレンシアとスパで出場していたが、結果を残せず、フェラーリはドライバー交代を検討していた。

    そしてスパで表彰台に立ったフィジケラのもとへ電話が入った。

    「ベルギーGPのあと、ステファノ・ドメニカリから電話があった。フェラーリはドライバーを探していた」

    「子どものころから、それは僕の人生の夢だった。37歳で、F1に14シーズン近く参戦していたから、『今しかない』と思った」

    フォース・インディアと契約解除について合意し、フィジケラは母国イタリアGPでフェラーリデビューを果たした。

    「そしてモンツァでフェラーリからデビューした」

    「そこで初めて、イタリア人ドライバーとしてフェラーリを走ることが何を意味するのか理解した。本当にすごかった。素晴らしかったし、たくさんの感情があった」

    一方で、当時のF60は扱いやすいマシンではなかった。

    「唯一の問題は、クルマが十分に速くなかったことだ。それにフォース・インディアとは運転の仕方がまったく違っていて、僕には難しかった」

    「予選でいい位置を獲得するのが難しくて、それが決勝にも影響した。でも、それでもフェラーリを走れたんだ」

    F1を離れても続いたフェラーリとの関係
    2009年最終戦アブダビGPで16位となり、フィジケラのF1キャリアは通算231戦で幕を閉じた。

    「2009年の終わりには2つの選択肢があった」

    「マッサがフェラーリに戻ってくることになっていたから、F1に残ることはできてもトップチームではなかった」

    ザウバーと再契約する可能性もあったという。

    「ザウバーともう一度契約してF1に残るところまでかなり近づいていた。でも、耐久レースという新しい経験をして、フェラーリファミリーに残るという選択肢もあった」

    「14シーズンを戦ったあと、新しい挑戦、新しい道を選ぶことにした。耐久レースへ行くことを決めたんだ」

    その後はル・マン24時間レースでクラス優勝を2度達成し、WECやIMSA、プチ・ル・マンでもクラス優勝を挙げた。

    「正しい選択だったと思う。たくさんのレースを本当に楽しむことができた」

    「今もレースをしているし、フェラーリのファクトリードライバー兼アンバサダーでもある。本当に幸せだよ」

    「過去に戻って変えたいとは思わない」
    フィジケラが最後にF1を戦ってから16年以上が経過した現在も、彼はモータースポーツとの関係を保ち続けている。

    F1のアンバサダーを務める一方、マルコ・チョーチとともにドライバーマネジメント会社を運営。FIA F3やF1 ACADEMYを含む複数カテゴリーで約20人のドライバーを支援している。

    「そのなかの誰かをF1へ連れていきたいと思っている。簡単ではないけどね」

    自身のキャリアについて後悔はないという。

    「僕は幸せだよ。もちろん、夢はF1ワールドチャンピオンになることだった」

    「それは達成できなかった。でも、もう終わったことだ」

    フィジケラは、F1で長く戦えたことそのものが特別だったと振り返る。

    「僕は幸運な人間だと思う。何年もの間、F1を走る20人のドライバーのひとりになることができたからね」

    「たくさんの夢を実現できた。だから、これ以上を求めることはできない」

    そして、自身が歩んできた道についてこう締めくくった。

    「過去に戻って、自分の人生を変えたいとは決して思わない」

  • リアム・ローソン F1イタリアGPもレッドブル続投「RB22への理解は深まった」

    リアム・ローソン F1イタリアGPもレッドブル続投「RB22への理解は深まった」

    リアム・ローソンが、2026年F1第13戦イタリアGPでもレッドブル・レーシングのRB22をドライブすることが決まった。アイザック・ハジャーが左手首の負傷からの回復途上にあるため、ローソンは前戦オランダGPに続いてマックス・フェルスタッペンのチームメイトを務める。

    オランダGPで急きょRB22に乗り込んだローソンは7位入賞を果たし、レッドブルでの初戦から6ポイントを獲得した。

    今回はすでに1週末をRB22で経験した状態でモンツァに入ることになり、ローソン自身もマシンへの理解を深めたうえで臨めることを大きなプラスと捉えている。

    ハジャー欠場でローソンが2戦連続レッドブルへ
    レッドブルは、サマーブレイク中のトレーニングで左手首を負傷したハジャーについて、イタリアGPまでにレースへ復帰できる状態には至らなかったと判断した。

    これにより、ザントフォールトで採用されたドライバー変更がモンツァでも継続される。ローソンがレーシングブルズからレッドブル・レーシングへ移り、フェルスタッペンとRB22をドライブ。リザーブドライバーの角田裕毅がレーシングブルズに入り、アービッド・リンドブラッドとVCARB-03を走らせる。

    ローソンにとって、レッドブルで2戦連続してレースに出場できることは大きい。オランダGPはスプリント形式だったため、通常のグランプリ週末よりもフリー走行の時間が限られ、RB22への適応に使える時間は十分ではなかった。

    それでもローソンは予選8番手につけ、決勝では黄旗区間で十分に減速しなかったとして10秒のタイムペナルティを科されたものの7位でフィニッシュした。

    フェルスタッペンがレース序盤のインシデントでリタイアしたため、結果的にローソンがレッドブル唯一のポイント獲得者となった。

    「もう1週末チームと過ごせるのは素晴らしい」
    ローソンは、まずハジャーの回復が順調に進んでいることを喜びながら、再びRB22をドライブできる機会を前向きに受け止めている。

    「アイザックが順調に回復していて、もうすぐマシンに戻れると聞けたのはよかった。でも、僕にとってもこのチームでもう1週末を過ごせるのは素晴らしいことだ」

    「ザントフォールトでは、このマシンについて最初のすごく有益な基準を得ることができた。スプリント週末を丸々ひとつ経験したことで、モンツァにはマシンについて、そして僕がマシンに何を求める必要があるのかを、より深く理解した状態で入ることができる」

    わずか1戦とはいえ、RB22の挙動やセットアップの方向性、自身が必要とするフィーリングについて実戦で確認できた経験は、2戦目に向けて重要な材料となる。

    リアム・ローソン(レッドブル・レーシング) イタリアグランプリ

    ザントフォールトとは正反対のモンツァが次の試金石
    一方、イタリアGPの舞台となるモンツァは、ザントフォールトとは大きく性格が異なる。

    長いストレートと強いブレーキングが特徴となるモンツァでは、低ダウンフォース仕様での空力効率やパワーユニット性能が重要になる。RB22への理解を深めたローソンにとっても、異なる特性のサーキットでマシンをどこまで引き出せるかが次の課題となる。

    「まったく違うサーキットだし、新しいチャレンジもある。でも、前回の週末にチームと築いたものをさらに積み重ねて、僕たちに何ができるのかを見るのを楽しみにしている」

    ザントフォールトでは限られた準備時間のなかで予選8番手、決勝7位という結果を残したローソン。2戦連続でRB22を任されたことで、モンツァでは単なる代役として適応する段階から、前戦で得た経験をパフォーマンスにつなげる段階へと移る。

    ハジャーの復帰までという期間限定の起用ではあるものの、異なるコース特性を持つ2戦でレッドブルのマシンを経験できることは、ローソンにとって自身の評価をさらに高める重要な機会となる。

  • F1イタリアGPに『カーズ』登場 マックィーン走行&特別セーフティカー

    F1イタリアGPに『カーズ』登場 マックィーン走行&特別セーフティカー

    F1は、ディズニーおよびメルセデスAMGと共同で、2026年F1イタリアGPが開催されるモンツァにディズニー&ピクサーの『カーズ』を登場させる。映画公開20周年を記念した特別企画として、ライトニング・マックィーンが名誉ラップを行うほか、FIA公式F1セーフティカーには『カーズ』をテーマとしたモンツァ限定の特別リバリーが施される。

    今回の企画は、F1とディズニーが進めるグローバルコラボレーションの一環だ。

    両者は提携を2028年まで延長し、ディズニー&ピクサーの『カーズ』を初めてグローバルプログラムに加えることを発表しており、その新たな展開の舞台としてF1を代表する伝統の一戦、イタリアGPが選ばれた。

    ライトニング・マックィーンがモンツァを走行
    2006年に劇場公開された『カーズ』は、2026年で20周年を迎える。その主人公であるライトニング・マックィーンが、F1とディズニーのコラボレーションをイメージした新たな姿でモンツァに登場する。

    作中で7度のピストン・カップ王者に輝いているライトニング・マックィーンは、イタリアGPのレースウイーク中に特別出演し、モンツァで名誉ラップを行う予定だ。F1、ディズニー、ピクサーの世界が実際のグランプリの舞台で交わる象徴的な企画となる。

    ライトニング・マックィーン

    F1セーフティカーも『カーズ』特別仕様に
    さらに、FIA公式F1セーフティカーを務めるメルセデスAMG GT 63 PRO 4MATIC+にも、『カーズ』をモチーフとした特別リバリーが施される。

    このデザインはイタリアGPのためだけに制作されたモンツァ限定仕様で、F1、ディズニー、ピクサーの世界観を融合させながら、『カーズ』20周年を祝うものとなる。

    メルセデスAMG GT 63 PRO 4MATIC+は、2026年F1ハンガリーGPで新たな公式セーフティカーとして導入された。FIA公式F1セーフティカーとして初めて完全可変式四輪駆動システムを採用したモデルであり、メルセデスのスリーポインテッドスターを掲げる14台目のF1公式セーフティカーでもある。

    通常はグランプリの安全を支える役割を担うマシンが、モンツァでは『カーズ』20周年を象徴する特別な姿でコースに登場することになる。

    セーフティカー カーズ特別リバリー

    『カーズ』×F1コレクションもイタリアGPで展開
    モンツァを訪れるファンに向けて、ディズニー&ピクサーの『カーズ』とF1によるコラボレーションコレクションもレースウイークを通して販売される。

    ラインナップにはアパレル、アクセサリー、コレクターズアイテムに加え、マテルによる『カーズ』とF1をテーマとしたダイキャストカーなどが含まれる。現地を訪れないファン向けにも、一部商品はF1公式オンラインストアやDisneyStore.comで販売される予定だ。

    F1とディズニーの提携を2028年まで拡大
    F1とディズニーはグローバルコラボレーションを2028年まで継続することを決めており、『カーズ』の参加によって提携の範囲をさらに広げている。

    モンツァでの企画は単なる映画20周年の記念イベントではなく、F1がレース以外のエンターテインメント分野を通じて新たなファンとの接点を広げる取り組みのひとつでもある。

    2006年の公開から20年を経てなお世界的な人気を持つライトニング・マックィーン。そのキャラクターが実際のF1イタリアGPに登場し、名誉ラップを披露するとともに、F1公式セーフティカーまで『カーズ』仕様となることで、2026年のモンツァはF1とディズニー&ピクサーのコラボレーションを象徴する週末となる。