投稿者: dbcheck

  • アルゼンチン大統領がF1復活開催を熱望「我々にはすべてが揃っている」

    アルゼンチン大統領がF1復活開催を熱望「我々にはすべてが揃っている」

    アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が、F1アルゼンチンGPの復活開催に強い意欲を示した。1998年を最後にF1カレンダーから姿を消している同国について、「再びF1を迎えるために必要な条件はすべて揃っている」と訴えている。

    アルゼンチンでは、フランコ・コラピントのF1参戦によってモータースポーツ人気が再び大きな盛り上がりを見せている。

    ミレイ大統領は、その熱気に加えて、歴史、ドライバー、そして国際大会を開催するための制度的な信頼性を整えることで、F1だけでなくWRC(世界ラリー選手権)の招致も目指す考えを明らかにした。

    FIAアメリカン・コングレスでF1招致を表明
    ミレイ大統領は9月1日(月)、ブエノスアイレスで開幕したFIAアメリカン・コングレスで演説し、アルゼンチンにおけるモータースポーツの重要性を強調した。

    「アルゼンチン自動車クラブ(ACA)は国内モータースポーツに多大な貢献をしてきました。そして、アルゼンチンは自動車を愛する国です」

    「アルゼンチン人のレースに対する情熱は時代を超えて存在しています」

    その言葉を裏付けるように、アルゼンチンでは現在、F1への関心が急速に高まっている。その中心にいるのがコラピントだ。

    コラピントは2001年以来となるアルゼンチン人F1ドライバーとして最高峰カテゴリーに参戦。今年4月にはブエノスアイレス市街地でデモ走行を行い、沿道には数十万人規模のファンが集まった。アルピーヌとの契約も2027年まで延長され、国内でのF1人気を押し上げる存在となっている。

    ただし、ミレイ大統領が描く構想は、アルゼンチン人ドライバーがF1に参戦しているという話だけにとどまらない。

    1998年以来となるアルゼンチンGP復活への課題
    アルゼンチンGPが最後に開催されたのは1998年であり、復活が実現すれば約30年ぶりのF1開催となる。

    アルゼンチンとF1の歴史は古い。1950年代には伝説的ドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオが活躍し、5度のF1ワールドチャンピオンに輝いた。アルゼンチンGPはこれまで20回開催され、そのすべてがブエノスアイレスのアウトドローモ・オスカル・イ・フアン・ガルベスを舞台としてきた。

    一方、現代のF1を開催するためにはサーキットをFIAグレード1の基準に適合させる必要がある。

    同サーキットについては2017年にも大規模改修計画が持ち上がったものの実現には至らなかった。したがって、アルゼンチンGP復活に向けては、F1側との商業的な合意だけでなく、施設改修や開催資金を含めた具体的な計画が必要になる。

    現時点でF1アルゼンチンGPの復活が正式決定したわけではなく、ミレイ政権が招致への意欲を公に示した段階とみるべきだ。

    アルゼンチングランプリ F1

    ミレイ大統領「F1とWRCを再びカレンダーに」
    ミレイ大統領は、アルゼンチンが国際的なモータースポーツイベントを開催するための環境を再構築していると強調。F1とWRCの双方を具体的な招致対象として挙げた。

    「だからこそ、皆さんにも私と一緒に夢を見ていただきたいと思います。アルゼンチンには、F1と世界ラリー選手権を再びカレンダーに迎えるために必要な条件がすべて揃っています」

    さらにミレイ大統領は、国際カテゴリーが開催国を選ぶうえで重要になる「制度的な信頼性」についても言及した。

    「我々には伝統があります。ドライバーもいます。そして今、こうしたカテゴリーが開催国を選択する際に求める制度的な信頼性を、再び築きつつあります。我々には本当にすべてが揃っています」

    コラピント人気はF1復活への追い風
    アルゼンチンにとって最大の追い風となっているのは、コラピントの存在によって国内のF1熱が目に見える形で復活していることだ。

    F1開催には、FIAグレード1を満たすサーキット、巨額の開催費用、プロモーター、政府や自治体の支援、そしてF1との契約など複数の条件をクリアする必要がある。その意味では、大統領による今回の発言だけでアルゼンチンGP復活が具体化したとは言えない。

    それでも、国家元首がFIAの公式会議という場でF1招致を明言した意味は小さくない。ファンジオによって築かれた歴史にコラピントが新たな熱狂を加え、政府も開催への意思を示したことで、長年語られてきたアルゼンチンGP復活構想には新たな政治的な後押しが加わった。

    次に問われるのは、その「すべてが揃っている」という言葉を、サーキット改修や開催契約といった具体的な計画へと結びつけられるかどうかだ。

  • ジル・ヴィルヌーヴの半生が映画化 F1の伝説となるまでの若き日を描く

    ジル・ヴィルヌーヴの半生が映画化 F1の伝説となるまでの若き日を描く

    F1史に残る伝説的ドライバー、ジル・ヴィルヌーヴの若き日を描いた長編伝記映画『Villeneuve: Rise of a Legend』が、9月19日にトロント国際映画祭で世界初公開される。

    作品が焦点を当てるのは、フェラーリのF1ドライバーとして世界的な名声を得た時代ではない。カナダ・ケベックの田舎町で育ったヴィルヌーヴが、スノーモービルレースからフォーミュラ・アトランティックへ進み、F1への扉を開くまでの知られざる形成期だ。

    息子で1997年F1ワールドチャンピオンのジャック・ヴィルヌーヴも、家族しか知らなかった父親の姿が描かれていることに特別な意味を感じている。

    ジル・ヴィルヌーヴのF1以前を描く『Rise of a Legend』
    フランス語作品となる『Villeneuve: Rise of a Legend』は、9月19日にトロント国際映画祭のクロージング作品として上映される。その後、11月にケベック州の映画館で公開され、2027年初頭には世界展開が予定されている。

    2027年は、ヴィルヌーヴが1977年F1イギリスGPでグランプリデビューを果たしてから50周年にあたる。映画の世界展開は、その節目とも重なることになる。

    ヴィルヌーヴ役を演じるのはケベック出身の俳優レミ・グーレ。監督を務めるヤン・ラヌエット・テュルジョンによれば、この企画は10年以上にわたって準備されてきた。

    「私にとって、ジル・ヴィルヌーヴの物語は語られる必要がありました」とテュルジョン監督は語った。

    「彼は本当に興味深い人物でした。今でもケベック、そしてF1における非常に大きな存在です。それなのに、彼についての映画はこれまで作られていませんでした」

    「この映画を作るのは自分でなければならないと感じました。そして、F1への関心がかつてないほど高まっている今は、完璧なタイミングだと思います」

    スノーモービルからF1へ 知られざる原点
    映画の中心となるのは、後にフェラーリの象徴的なドライバーとなる以前のヴィルヌーヴだ。

    ケベックの田舎で育ったヴィルヌーヴは、まずスノーモービルレースで頭角を現し、北米屈指の選手へと成長した。その後、四輪レースへ活動の場を移し、フォーミュラ・アトランティックで成功を収める。

    そのキャリアを大きく動かした出来事のひとつが、1976年にトロワリヴィエールで行われたフォーミュラ・アトランティックのレースだった。

    ヴィルヌーヴはそこで、当時すでにF1で戦っていた複数のドライバーを相手に勝利。その中には、同年にF1ワールドチャンピオンとなるジェームス・ハントもいた。

    この結果によってヴィルヌーヴはF1関係者から注目される存在となり、翌1977年のF1デビューへとつながっていく。映画では、世界が知る「ジル・ヴィルヌーヴ」が誕生する以前の過程が大きな軸となっている。

    ジル・ヴィルヌーヴ

    ジャック・ヴィルヌーヴ「予告編を見て涙をこらえるのが難しかった」
    息子のジャック・ヴィルヌーヴは、この作品が父親の全盛期ではなく、その前の人生を取り上げていることを高く評価している。

    「予告編を見て、涙をこらえるのが難しかった。そして僕が気に入っているのは、初期の時代、僕たち家族以外は誰も知らない時代に焦点を当てていることだ」

    「多くの伝記映画は、その人物が全盛期にある時代を描く。観客がすでに知っているものを見せる。でも、この映画が描いているのは、その人間を作り上げた土台なんだ」

    ジャック自身もF1で成功し、1997年にワールドチャンピオンとなった。しかし、父ジルがF1へたどり着くまでの人生は、華々しいフェラーリ時代と比較すると広く知られているとは言い難い。

    だからこそ、家族しか知らなかったヴィルヌーヴの姿を映像として残すことは、この映画の重要なテーマとなっている。

    サーキット・ジル・ヴィルヌーヴでも撮影
    制作では、モントリオールのサーキット・ジル・ヴィルヌーヴでも撮影が行われた。

    現在F1カナダGPの舞台となっているこのサーキットは、ヴィルヌーヴが1982年に亡くなった後、その功績を称えて現在の名称へ変更された場所でもある。

    また、当時のレーシングカーを再現するため、映画『フォードvsフェラーリ』で使用された車両を手掛けたRace Car Replicasが、時代考証に合わせたレプリカマシンを提供した。

    ヴィルヌーヴ家も企画段階から制作に関わっており、娘のメラニー・ヴィルヌーヴはエグゼクティブプロデューサーを務めている。

    娘メラニーが守ろうとした父ジル・ヴィルヌーヴの記憶
    メラニー・ヴィルヌーヴにとって、この映画には単なるF1ドライバーの伝記以上の意味がある。

    「この旅を始めたとき、私は父が世間に残したレガシーを理解し、私たち家族の歴史を取り戻したいと思いました」

    「父を最も愛した人たちによって、その記憶が守られるようにしたかったんです」

    そして、映画が描く父親の物語についてこう説明した。

    「この映画は、ケベックの田舎に生まれた労働者階級の男性が、エンツォ・フェラーリのお気に入りのドライバーになるまでの驚くべき歩みを描いています」

    ジル・ヴィルヌーヴはF1で6勝を挙げ、その大胆なドライビングと決して諦めない姿勢によって、勝利数だけでは測れない存在としてF1史に名を残した。

    『Villeneuve: Rise of a Legend』が描こうとしているのは、その伝説そのものではなく、伝説が生まれるまでの時間だ。スノーモービルで雪上を駆けていたケベックの若者が、いかにしてF1へたどり着き、やがてエンツォ・フェラーリから特別な存在として認められるまでになったのか。家族の視点を交えて描かれるその原点が、作品最大の焦点となる。

  • ウィリアムズF1 コマツとの提携延長 将来マシンの主要部品開発を技術支援

    ウィリアムズF1 コマツとの提携延長 将来マシンの主要部品開発を技術支援

    アトラシアン・ウィリアムズF1チームは、コマツとのグローバルパートナーシップ契約を更新し、技術協力をさらに拡大することを発表した。新たな契約では、コマツのエンジニアが将来のウィリアムズF1マシンに搭載される主要部品の開発を支援する。

    両社は2024年から現在のパートナーシップを展開しているが、その関係はウィリアムズがF1世界選手権を制した1990年代まで遡る。

    今回の契約延長ではスポンサーシップにとどまらず、油圧分野を含む技術開発、人材育成、両社間のエンジニアリング知識の共有をさらに推進していく。

    コマツが「オフィシャル・ハイドロリック・イノベーション・パートナー」に就任
    新たなパートナーシップのもと、コマツはウィリアムズの「オフィシャル・ハイドロリック・イノベーション・パートナー(Official Hydraulic Innovation Partner)」に就任する。

    建設・鉱山機械などで長年培ってきたコマツの技術力をF1マシン開発にも活用し、油圧を含む複数の技術プロジェクトでウィリアムズを支援する。

    コマツはウィリアムズと以前から技術的なつながりを持っている。ウィリアムズがコンストラクターズ選手権を獲得した1996年と1997年には、コマツがマシンに使用される部品の開発に携わっていた。

    今回の契約更新によって、こうした歴史的な関係が再び技術開発という形で強化されることになる。コマツによれば、今後は同社のエンジニアが「将来のウィリアムズF1マシンに搭載される主要部品」の開発を支援する予定だ。

    次世代エンジニアと若手ドライバーの育成も強化
    両社は技術開発だけでなく、次世代の人材育成でも協力を拡大する。

    2024年にスタートした「Komatsu Williams Engineering Academy(KWEA)」では、世界各国から毎年10人の工学系学生を選抜し、メンタリング、実践的な経験、オンライン学習、ファクトリー訪問などを通じてエンジニアリング能力の向上を支援している。

    契約更新後もFormula StudentおよびFormula SAEのプログラムから優秀な学生を募集し、次世代のSTEM人材育成を継続する。

    また、2026年からはウィリアムズ・ドライバー・アカデミーへの支援も強化。アカデミー所属ドライバーのマシンにコマツのブランディングを追加するなど、将来F1を目指す若手ドライバーの育成にも関与していく。

    さらに2027年以降は、新たに「Komatsu Williams Leadership Academy」を展開する。世界151カ国以上で働く6万7000人を超えるコマツグループ社員を対象に、エンジニアリング知識、技術的専門性、リーダーシップに関する知見を両社で共有し、次世代リーダーを育成する。

    ウィリアムズ・レーシング F1

    今吉琢也「未来の技術につながる新たなアイデアの創出を加速」
    コマツの代表取締役社長兼CEOを務める今吉琢也は、今回の契約更新について次のようにコメントした。

    「コマツは、信頼できるパートナーとともに複雑な課題に挑戦することで、大きな技術革新を生み出すことができると考えています。アトラシアン・ウィリアムズF1チームとは、『やり抜く』、『共に創る』、『誠実に取り組む』という共通の価値観のもと、関係を築いてきました」

    「本パートナーシップをさらに発展させることで、両社の知見を共有し、次世代エンジニア人材を育成するとともに、未来の技術につながる新たなアイデアの創出を加速していきます。こうした取り組みを通じて技術力をさらに高め、イノベーションによってお客さまと社会にあらたな価値を提供していきます」

    ジェームス・ボウルズ「パートナーシップを次のレベルへ」
    ウィリアムズF1のチーム代表を務めるジェームス・ボウルズは、1990年代から続く両社の関係を強調した。

    「ともに歩んできたこの3年間に加え、コマツとウィリアムズには、私たちが最後にチャンピオンシップを獲得した時代にまで遡る長い関係があります。チーム創設50周年という節目を迎える中、コマツとのパートナーシップをさらに拡大できることを大変うれしく思います」

    「コマツとの関係は私たちにとって非常に特別なものです。ウィリアムズは、価値観を共有し、私たちが目指す未来を信じ、サーキット内外でともに成功を目指すことのできる企業とのパートナーシップを大切にしており、コマツとの関係はまさにそれを象徴するものです。2027年以降も、このパートナーシップをさらに発展させていくことを楽しみにしています」

    契約更新の調印式は9月2日に石川県小松市で行われ、今吉琢也、西浦泰司専務執行役員、ウィリアムズF1のマシュー・サベージ会長、ピーター・ケニオン・ボードアドバイザーらが出席した。

    今後もコマツのロゴは、カルロス・サインツJr.とアレクサンダー・アルボンがドライブするウィリアムズのF1マシンをはじめ、ガレージ、チームウェア、ファンゾーンなどに掲出される。

    ウィリアムズは現在、再びF1世界選手権を争うチームへの復活を目指して組織と技術基盤の強化を進めている。今回の契約延長は単なるスポンサーシップの継続ではなく、コマツが持つ油圧・機械分野のエンジニアリング技術を将来のF1マシン開発へ直接生かす、技術パートナーシップの強化という側面を持つ。

  • オスカー・ピアストリ F1不振の原因はブレーキング? バッテリー消費でノリスと差

    オスカー・ピアストリ F1不振の原因はブレーキング? バッテリー消費でノリスと差

    オスカー・ピアストリが2026年F1マシンへの適応に苦しんでいる背景には、ランド・ノリスとは異なるブレーキングスタイルがあると報じられている。その違いはコーナリングだけでなく、バッテリーエネルギーの使い方や最高速、さらにはタイヤデグラデーションにも影響を及ぼしているという。

    2025年にはマクラーレンでノリスとタイトルを争ったピアストリだが、2026年はここまで12戦を終えてノリスに55ポイント差をつけられている。

    ノリスが直近のハンガリーGPとオランダGPで連勝した一方、ピアストリは今季、安定してトップ争いに加わることができていない。

    ノリスとのブレーキング操作の違い
    オランダ版Motorsport.comによると、ピアストリが抱える問題のひとつが、2026年型F1マシンに対するブレーキングの方法だという。

    ノリスはコーナー進入時にブレーキを残しながらスロットル操作を重ねる場面があり、これによってフロントを旋回させながらマシン姿勢を整えている。

    一方のピアストリは、基本的にブレーキ操作とアクセル操作をより明確に分けるスタイルを取っているとされる。

    この違いによってピアストリのマシンはコーナー進入からリアが滑りやすくなり、それがラップタイムのロスにつながっているという。特に安定したリアを好むピアストリにとって、2026年型マシンの挙動は扱いにくいものになっているとみられる。

    さらに問題なのは、そのコーナーで失ったタイムをストレートで取り戻そうとすることで、ピアストリがノリスより多くの電気エネルギーを使用している点だ。

    結果としてストレート後半では使用可能なバッテリーエネルギーが減り、ノリスほど高い最高速を維持できないケースが生じているとされる。

    リアのスライドがタイヤにも影響
    リアタイヤのスライドは、エネルギーマネジメントだけでなくタイヤにも悪影響を与えている。

    ピアストリはコーナーでリアを滑らせることでタイムを失うだけでなく、ノリスよりタイヤを消耗させる傾向があるという。

    ノリスはリアが動くマシンに対する適応力が高く、ある程度のスライドを許容しながら走ることができる。一方、ピアストリはマシン後部の安定性をより必要とするため、同じMCL40でもドライビング上の負担が大きくなっている。

    マクラーレンは2026年序盤、短いホイールベースによってフロア面積が制限され、MCL40のダウンフォース不足に苦しんでいた。しかし、その後のアップグレードによってダウンフォースは増加し、マシン自体の競争力は大幅に改善している。

    その成果を最大限に引き出しているのがノリスだ。ハンガリーGPとオランダGPを連勝し、ザントフォールトではピアストリが6位、優勝したノリスから32.332秒遅れでフィニッシュした。

    つまり、現在のピアストリの差は単純にMCL40の性能不足だけでは説明できなくなりつつある。

    オスカー・ピアストリ(マクラーレン)

    2026年F1マシンではエネルギーマネジメントがより重要に
    2026年F1レギュレーションでは電動パワーの比重が大幅に増しており、ドライバーが1周のどこでエネルギーを回生し、どこで放出するかが従来以上に重要になっている。

    そのため、コーナリングで失ったタイムをストレートの電力放出によって補おうとすれば、その後の加速区間で使えるエネルギーが不足する可能性がある。

    ピアストリの場合、ブレーキングから旋回にかけてのスタイルがリアのスライドを誘発し、それによってコーナーでタイムを失う。そして、その損失を補うためにバッテリーを多く使うという悪循環に陥っている可能性が指摘されている。

    モンツァでは問題がさらに表面化する可能性
    この特性は、今週末のF1イタリアGPでさらに大きな問題になる可能性がある。

    モンツァは長い全開区間と強いブレーキングを繰り返す特殊なサーキットであり、2026年型パワーユニットではエネルギーマネジメントが極めて重要になる。

    ストレートで必要以上にバッテリーを使用すれば、後半で電力が不足して最高速を失うリスクがある。また、ピアストリが抱えているとされるリアタイヤのスライドも、タイヤデグラデーションという形でレースペースに影響する可能性がある。

    その先にはバクー、シンガポール、サーキット・オブ・ジ・アメリカズ、メキシコシティ、サンパウロと、ピアストリが過去にも苦戦した低グリップ特性を含むサーキットが続く。

    2026年の後半戦でノリスとの差を縮めるためには、ピアストリが単純にセットアップを改善するだけでなく、ブレーキングからスロットルへの移行を含めたドライビングそのものを2026年型F1マシンに適応させられるかが重要になりそうだ。

  • ミハエル・シューマッハがバリチェロをフェラーリF1で6年間必要とした理由

    ミハエル・シューマッハがバリチェロをフェラーリF1で6年間必要とした理由

    ジェンソン・バトンが、ルーベンス・バリチェロとチームメイトになって初めて知ったという意外な能力を明かした。2009年F1ワールドチャンピオンによれば、バリチェロはマシンの挙動を理解し、その情報を開発につなげる能力が極めて高かったという。

    その能力を間近で目にしたことで、バトンはミハエル・シューマッハがフェラーリ時代にバリチェロを長年チームメイトとして必要とした理由を理解したと語っている。

    フェラーリ黄金期を支えたバリチェロ
    バトンとバリチェロは、2006年から2008年までホンダでチームメイトを務めた。これによりバトンは、2000年から2005年まで6シーズンにわたってシューマッハとフェラーリで戦ったバリチェロの仕事ぶりを間近で見ることになった。

    バリチェロが在籍したフェラーリは、2000年から2004年まで5年連続でコンストラクターズタイトルを獲得。シューマッハも同じ5年間でドライバーズタイトルを5連覇し、フェラーリはF1史に残る黄金期を築いた。

    2006年にフェラーリを離れてホンダへ移籍したバリチェロは、当時のF1で最も成功していたチームで培った豊富な経験を持ち込んだ。

    その2006年、バトンはハンガリーGPでF1初優勝を達成している。

    F1公式ポッドキャスト『Beyond the Grid』で、これまで一緒に仕事をしたなかで「エンジニアリングやマシン開発という面で最も優れていたドライバーは誰か」と尋ねられたバトンは、迷うことなくバリチェロの名前を挙げた。

    「この質問は何度もされたことがある。エンジニアリングという点で、誰が一番優れたドライバーだったと思うかってね。圧倒的にルーベンスだった」

    マシンの問題を理解して開発へつなげる能力
    バトンが特に高く評価したのは、単にマシンの状態をエンジニアへ伝える能力だけではない。バリチェロ自身がマシンの挙動を深く理解し、何を変更すべきなのかまで考えられる点だった。

    「チームとの仕事やマシンの開発、コース上でマシンが何をしているのかを理解して、それをチームに伝える能力が本当に優れていた」

    「それだけじゃなくて、エンジニアにすべて任せるのではなく、自分自身でマシンに何をすべきなのかを理解していた」

    ドライバーから得られるフィードバックは、セットアップだけでなくマシン開発の方向性を決める重要な材料となる。バトンによれば、バリチェロはその領域で際立った能力を持っていた。

    そして、その仕事ぶりを実際に経験したことで、バトンにはフェラーリ時代のシューマッハとバリチェロの関係についても新たに見えてきたものがあった。

    シューマッハが6年間チームメイトに望んだ理由
    シューマッハとバリチェロは2000年から2005年まで6シーズンにわたってフェラーリでコンビを組んだ。

    成績ではシューマッハが明確に上回っていたが、フェラーリはバリチェロを長期間その隣に置き続けた。バトンはホンダで一緒に仕事をしたことで、その理由が理解できたという。

    「なぜミハエルがあれほど長い間、彼をチームメイトにしたがっていたのか分かるよ」

    「僕も一緒にレースをするようになって、その経験をすることができた。ルーベンスが持っている能力を実際に見ることができたんだ。それまでは、彼にそんな能力があるなんて想像もしていなかった」

    バリチェロの価値は、レースでポイントを獲得してコンストラクターズ選手権に貢献することだけではなかった。シューマッハとともにマシンを速くするための開発作業を進められることも、フェラーリにとって重要な要素だったというのがバトンの見方だ。

    ミハエル・シューマッハとルーベンス・バリチェロ

    ホンダに持ち込んだフェラーリでの経験
    ただしバトンは、バリチェロがホンダへ移籍したことで、それまでチームになかった「勝者のメンタリティ」が持ち込まれたという見方には否定的だ。

    「勝者のメンタリティということではないと思う」

    「だって、僕たちはみんな勝ちたい。勝つためにできる限りのことをしているからね」

    当時のホンダにも、F1で勝利するために必要な人材と意欲はすでに存在していたとバトンは振り返る。

    「ホンダにはすでに勝利を目指すための人材も野心もあった。問題はむしろマシンのパフォーマンスだった」

    「フェラーリと戦っているのはアマチュアのチームじゃない。何百人もの人たちが働いていて、このスポーツで膨大な経験を持っている」

    「だから、勝つためのメンタリティはずっとあったと思う。ただ、それを実現するために必要なパッケージが完全には揃っていなかったんだ」

    その一方で、フェラーリから加入したバリチェロの技術的なフィードバックには大きな価値があった。

    「でも、経験豊富な2人のドライバーからフィードバックを得られたことは本当に重要だったと思う」

    「当然、チームはルーベンスの意見をかなり聞いていた。彼はフェラーリから来て、ミハエルと一緒に仕事をしていたんだからね」

    ホンダ撤退後も続いたコンビが2009年にF1王座
    バトンとバリチェロの関係は、ホンダが2008年限りでF1から撤退した後も続いた。

    ホンダのF1チームはロス・ブラウンによって引き継がれ、2009年にブラウンGPとして参戦。バトンとバリチェロはそのままドライバーを務めた。

    ブラウンGPは参戦初年度から圧倒的なスタートを切り、バトンがドライバーズタイトルを獲得。チームもコンストラクターズタイトルを手にし、わずか1シーズンだけ活動したチームとしてF1史に残る成功を収めた。

    バリチェロはフェラーリでシューマッハとともに5度のコンストラクターズタイトル獲得に貢献した後、ホンダを経てブラウンGPでもタイトル獲得を経験したことになる。

    ブラウンGPがメルセデスに買収された後、バリチェロは2010年にウィリアムズへ移籍。2011年までF1で戦い、同年のブラジルGPが最後のF1出走となった。

    その後もモータースポーツから離れることはなく、現在もブラジルのストックカー・プロ・シリーズでレース活動を続けている。

    シューマッハのフェラーリ黄金期では、その圧倒的な成績からバリチェロは「ナンバー2」として語られることも多い。しかし、後に実際にチームメイトとなったバトンの証言は、バリチェロがマシン開発と技術的フィードバックという目立ちにくい領域でも重要な役割を担っていたことを示している。

  • レーシングブルズF1 イタリアGPで空力アップデート投入 角田裕毅が引き続き出場

    レーシングブルズF1 イタリアGPで空力アップデート投入 角田裕毅が引き続き出場

    レーシングブルズは、2026年F1第13戦イタリアGPに向けて新たな空力アップデートを投入する。モンツァはチームにとってホームレースであり、左手首の負傷から回復途上にあるアイザック・ハジャーに代わって、角田裕毅が引き続きマシンをドライブする。

    前戦オランダGPで急きょレーシングブルズに復帰した角田裕毅について、チーフテクニカルオフィサーのティム・ゴスは適応力を高く評価。モンツァでも問題なくマシンに適応できるとの自信を示した。

    2026年F1マシンで迎えるモンツァの新たな課題
    「2026年シーズンのヨーロッパラウンドは、モンツァで行われるイタリアGPへと続く。我々VCARBにとってホームレースだ」

    ティム・ゴスはそう語り、モンツァ特有の要求について説明した。

    「モンツァは長いストレート、強いブレーキングゾーン、シケイン、そしていくつかの中高速コーナーで知られている。伝統的に、各チームはコーナリングスピードとストレートスピードのバランスを最適化するため、低いダウンフォースレベルを選択してきた。しかし、2026年にレギュレーションが大幅に変更されたことで、このサーキットはまったく新しい課題をもたらすことになる」

    2026年のF1ではパワーユニットの電動化比率が大幅に高まり、ストレートの長いモンツァでは、単純な最高出力だけでなく電気エネルギーをいかに効率良く使うかが重要になる。

    「サーキットの特性として、依然としてパワーユニットの性能と空力効率が重要になる。しかし、今シーズンはハイブリッド化がさらに進んでいるため、ストレートでのスピードを最大化するために、パワーユニットの電気系コンポーネントのエネルギー効率を最適化することが我々の焦点になる」

    ビザ・キャッシュアップ・RB・フォーミュラワン・チーム イタリアグランプリ

    空力アップデートで効率改善を狙う
    レーシングブルズはイタリアGPに向け、VCARB-03にさらなる空力アップデートを投入する。

    特に重要になるのが、コーナリング時に必要なダウンフォースと、ストレートでドラッグを減らして最高速を伸ばす性能の両立だ。

    「シャシーについては、さらにいくつかの空力アップデートを導入する。全体的なパフォーマンスを引き上げることに加えて、コーナリングモードからストレートモードへ移行した際の揚抗比を改善することが目的だ」

    2026年型F1マシンではアクティブエアロが導入されており、コーナリングモードとストレートモードを使い分ける。高速区間の比率が非常に高いモンツァでは、この切り替えを含めた空力効率がラップタイムを大きく左右することになる。

    C3からC5の最もソフトな組み合わせ
    ピレリはイタリアGPにC3、C4、C5という最もソフト寄りの3種類のコンパウンドを持ち込む。

    ゴスは3種類すべてが決勝で使用可能な選択肢になると予想し、タイヤデグラデーションの管理次第で1ストップと2ストップの両方が考えられるとしている。

    「ピレリは最もソフトな組み合わせとなるC3、C4、C5を持ち込む。いずれもレースで使用可能な選択肢になるはずだ。タイヤのデグラデーションを各チームがどれだけうまく管理できるかによって、戦略は1ストップまたは2ストップになると考えている」

    角田裕毅(ビザ・キャッシュアップ・RB・フォーミュラワン・チーム)

    角田裕毅がイタリアGPでも続投
    レーシングブルズでは、ハジャーが左手首の負傷から引き続き回復を進めているため、角田裕毅がイタリアGPでも出場する。

    角田裕毅は前戦オランダGPで急きょレーシングブルズに復帰。限られた準備期間のなかでVCARB-03への適応を進めた。

    ゴスは、その適応ぶりを高く評価している。

    「パッケージから最大限のパフォーマンスを引き出す方法を見つけるため、忙しい週末になると予想している。アイザックがまだ手首の負傷から回復しているため、裕毅が引き続き我々のマシンをドライブする」

    「彼は先週、見事に適応してくれた。今週末も同じように適応してくれることを我々はまったく疑っていない」

    レーシングブルズにとってホームレースとなるイタリアGPでは、角田裕毅のさらなる適応とともに、新しい空力アップデート、そしてモンツァ特有の長いストレートに合わせた電気エネルギーの使い方が重要なポイントとなる。

  • アウディF1 R26を大幅刷新へ バクーで「完全に異なる」マシン

    アウディF1 R26を大幅刷新へ バクーで「完全に異なる」マシン

    アウディF1は、2026年型マシン「R26」の開発を継続し、アゼルバイジャンGPで大規模な空力アップデートを投入する。チーム内部からは、バクーではマシンが「完全に異なる」外観になるとの声も出ている。

    すでに開発リソースの多くは2027年型マシンへ移行しているが、現在4戦連続でポイントを獲得しているアウディは、R26でつかみ始めた技術的な方向性をさらに追求する方針だ。その前段階として、今週末のF1イタリアGPでは約24週間をかけて準備したギア比の変更も導入する。

    7戦連続ノーポイントから4戦連続入賞へ
    アウディの2026年シーズンは序盤から順調だったわけではない。7戦連続でノーポイントに終わる厳しい時期を経験したが、その後は4戦連続でポイントを獲得。R26の競争力は徐々に改善している。

    前戦オランダGPでもポイントを獲得し、単発の好結果ではなく、パフォーマンスそのものが上向いていることを示した。

    アウディのコンペティションディレクターを務めるアラン・マクニッシュは「ザントフォールトでは良いペースを示し、4戦連続でポイントを持ち帰ることができた。これは常に励みになることだが、もちろん、まだ改善できる領域はある」と語った。

    ただし、モンツァはザントフォールトとは性格が大きく異なる。長いストレートと低ダウンフォースが特徴の高速サーキットであり、現在のR26が抱える弱点が表面化する可能性もある。

    「モンツァは、サーキットそのものにも、その周囲にも多くの歴史があり、いつ行っても特別な場所だ」

    「今週末はこれまでとは異なる挑戦になる。最近続いているポイント獲得を維持するのが難しいコースになる可能性もある。それでも我々は実行力に集中し、手元にあるものから最大限を引き出して、今季最後の欧州連戦を良い形でスタートさせたい」

    イタリアGPで24週間かけたギア比変更を投入
    アウディはモンツァに向けて、R26のトランスミッションにも重要な変更を加える。

    シーズン序盤の実戦データを分析した結果、エンジニアは1速が短すぎる一方で、8速が長すぎることを確認した。そこでギア比を変更し、パワーユニットの特性と各サーキットの要求に、より適した状態へと修正する。

    この変更には約24週間の開発期間を要した。F1の技術規則では、一定の条件下でシーズン中にギア比を変更する機会が認められており、アウディはその制度を利用する。

    ギア比だけでなく、スタート性能もシーズン序盤から改善対象となってきた。スペインGPで小型ターボチャージャーを投入したことで一定の進歩を果たしたものの、クラッチについてはハードウェアと電子制御の両面で、なお改善の余地が残されている。

    モンツァで導入する変更は、単純な最高速対策だけではない。パワーユニットの出力特性をより効率的に利用するためのものであり、アウディがR26全体のパッケージを細部から見直していることを示すアップデートでもある。

    バクーでR26に大規模空力アップデート
    さらに大きな変化が予定されているのが、その後のアゼルバイジャンGPだ。

    アウディはすでに開発リソースの大部分を2027年型マシンへ振り向けているものの、R26の開発を完全に打ち切ってはいない。バクーには、これまでのアップデートを大きく上回る規模の空力パッケージを投入する計画だ。

    チーム内部の情報では、その変更によってR26は「完全に異なる」外観になる可能性があるという。

    具体的な変更箇所は明らかになっていないが、外観そのものが大きく変わるほどの規模とされていることから、単独のウイングやフロア部品を更新するだけではなく、複数の空力コンポーネントを連動させたパッケージになるとみられる。

    このアップデートが重要なのは、単に2026年シーズンの成績を改善するためだけではない。

    アウディはF1参戦初年度となる今季、序盤に苦戦しながらも開発を続け、直近では4戦連続入賞まで競争力を引き上げてきた。そこで得られた空力開発の方向性やマシンへの理解は、規則が変更される2027年型マシンの開発にもつながる。

    アウディ F1

    ヒュルケンベルグ「正しい方向に進んでいる」
    ニコ・ヒュルケンベルグも、最近の結果以上にチームの進歩そのものを評価している。

    「ザントフォールトの日曜日も、僕たちにとって満足できる形で終わった。またポイントを獲得できたし、それ以上に重要なのは、チームとして正しい方向に進んでいることを確認できたことだ。次のレースでも、この実行レベルを維持することが目標になる」

    一方で、中団争いは依然として極めて僅差だ。小さなミスやセットアップの違いだけで、ポイント圏内から大きく順位を落とす可能性がある。

    「モンツァに戻るのはいつだってうれしい。多くの情熱的なティフォシがいる、本当の意味でのクラシックサーキットのひとつだし、F1マシンを走らせるのが本当に楽しい場所だ」

    「中団は相変わらず信じられないほど接近している。だから、もう一度クリーンな週末をまとめて、それでどこまで行けるかを見てみたい」

    ボルトレトもR26のペースに手応え
    ガブリエル・ボルトレトも、オランダGPでは結果以上にR26のパフォーマンスに手応えを感じていた。

    「日曜日のザントフォールトは混乱したスタートもあって、望んでいた結果ではなかった。でも、マシンには快適さを感じていたし、良いペースもあった。それは休み明けのレースとして明らかにポジティブだった」

    ボルトレトにとってモンツァは個人的にも特別な場所だ。ジュニアカテゴリー時代にはイタリアを拠点として活動し、モンツァでも好成績を残してきた。

    「モンツァは僕にとっていつも特別な意味を持つ週末だ。ジュニアカテゴリーでレースをしていた間はずっとイタリアに住んでいたし、ここ数年はここで良い結果も残している」

    「何より『スピードの殿堂』でレースをするのは、いつだって楽しみにせずにはいられない。最近のレースでは僕たちは競争力を発揮できているので、今週末もその勢いを維持して、良い結果を残せればと思っている」

    モンツァからバクーへ R26開発は次の段階に
    7戦連続ノーポイントという状況から4戦連続入賞まで盛り返したアウディにとって、イタリアGPからアゼルバイジャンGPにかけては、R26の開発がさらに一段進む重要な局面となる。

    まずモンツァでギア比を変更し、パワーユニットとトランスミッションの使い方を最適化する。そしてバクーでは、マシンの外観が「完全に異なる」と表現されるほどの大規模空力パッケージを投入する。

    2027年型マシンの開発を優先しながらも、アウディは2026年型R26をまだ完成形とは考えていない。直近4戦で示した上昇傾向が本物なのか。そしてバクーの大型アップデートによって中団争いの勢力図をさらに動かせるのか。アウディF1の参戦初年度は、ここから新たな開発段階に入る。

  • キミ・アントネッリ F1イタリアGPで挑む「60年の呪い」最後の母国優勝は1966年

    キミ・アントネッリ F1イタリアGPで挑む「60年の呪い」最後の母国優勝は1966年

    キミ・アントネッリが、2026年F1第13戦イタリアGPで60年間破られていない記録に挑む。モンツァで開催されたF1イタリアGPでは、1966年のルドヴィコ・スカルフィオッティを最後にイタリア人ドライバーが優勝していない。

    2026年に飛躍を遂げたアントネッリは、12戦を終えてドライバーズ選手権首位に立っている。2位のジョージ・ラッセル、3位のルイス・ハミルトンに59ポイント差をつけており、母国モンツァで「60年の呪い」を終わらせる最有力候補として期待を集めている。

    1966年以来イタリア人が勝てないモンツァ
    イタリアGPの歴史は1921年までさかのぼる。初期には複数の場所で開催されたが、1949年以降はサーキット改修のためイモラで開催された1980年を除き、モンツァがその舞台となってきた。

    1922年から1952年までには、イタリア人ドライバーがイタリアGPで14勝を記録している。しかし、その後は状況が大きく変わった。

    最後に母国イタリアGPを制したイタリア人は、1966年のルドヴィコ・スカルフィオッティだ。フェラーリを駆ったスカルフィオッティの勝利以来、モンツァの表彰台中央にイタリア人ドライバーが立つことはなく、2026年でちょうど60年となる。

    エリオ・デ・アンジェリスやリカルド・パトレーゼはキャリア中にイタリア国内で開催されたサンマリノGPを制しているが、モンツァでのF1勝利という意味ではスカルフィオッティが最後のままだ。

    アルボレートやパトレーゼも届かなかった母国優勝
    この60年間、何人かのイタリア人ドライバーが記録を途切れさせるところまで迫った。

    ミケーレ・アルボレートは1984年、フェラーリで2位に入り、マクラーレンのニキ・ラウダに次いでフィニッシュした。さらに1988年にも2位となり、このときはフェラーリのチームメイトであるゲルハルト・ベルガーからわずか0.5秒あまりの差だった。

    1992年にはパトレーゼが残り6周までトップを走行していたものの、油圧系のトラブルに見舞われて5位に後退。母国優勝を目前で逃した。

    その後、モンツァで表彰台に上がったイタリア人ドライバーは、2005年にルノーで3位となったジャンカルロ・フィジケラだけだ。

    アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデスAMG・ペトロナス・モータースポーツ) イタリアグランプリ

    アントネッリがイタリアの新たな希望
    そして2026年、イタリアが待ち続けた新たな優勝候補としてモンツァに戻ってくるのがアントネッリだ。

    昨年のイタリアGPでは9位だったが、今季は状況がまったく異なる。20歳になったばかりのアントネッリはF1世界選手権をリードしており、史上最年少ワールドチャンピオンも視野に入れている。

    モンツァはアントネッリにとって特別な場所でもある。メルセデスから初めてF1公式セッションに出走した2024年のイタリアGPのFP1では、激しいクラッシュを喫し、衝撃は52Gを記録した。それから2年、今度は選手権リーダーとして同じサーキットに戻る。

    しかし、母国初優勝を目指すアントネッリには大きな障害が待っている。

    PU交換で最後尾スタートへ
    メルセデスはイタリアGPでアントネッリのパワーユニット(PU)コンポーネントを交換する予定で、年間使用上限を超えることからグリッド降格ペナルティを受ける。

    これにより、アントネッリは最後尾から決勝をスタートする見通しとなっており、本来なら優勝候補のひとりとして迎えるはずだった母国GPで極めて厳しい戦いを強いられる。

    メルセデスF1代表のトト・ヴォルフは、「彼にとっても、母国レースで前方を争う姿を見たいファンにとっても残念なことだ。しかし、このスポーツは感情を考慮してはくれない」と語った。

    アントネッリにとって、まず重要になるのは後方からどこまで順位を取り戻し、選手権争いで最大限のポイントを持ち帰れるかだ。

    それでも、1966年以来途絶えているイタリア人によるモンツァ制覇という歴史がある以上、アントネッリの母国GPには特別な意味が加わる。最後尾スタートという大きなハンディを背負う2026年に「60年の呪い」を破るのは容易ではないが、イタリアの期待を背負う新たな主役であることに変わりはない。

  • ホンダF1 メルセデスに「70馬力差」報道 実際の課題はドライバビリティ改善

    ホンダF1 メルセデスに「70馬力差」報道 実際の課題はドライバビリティ改善

    アストンマーティンとともに2026年のF1新時代に挑んでいるホンダのパワーユニットをめぐり、メルセデスに約70馬力の差をつけられているとの報道がイタリアから浮上した。ただし、この数字を単純なICE(内燃エンジン)の出力差として受け取るには注意が必要だ。

    ホンダ自身も、現時点でライバルに対して総合的なパワーで後れを取っていることは認めている。

    一方、オランダGPでスペック2を投入した現在の重点課題として挙げているのはドライバビリティであり、HRC Sakuraでは燃焼制御の安定化を中心とした作業が進められている。

    パワーへの依存度が高いモンツァは、その成果を確認する重要な舞台となる。

    イタリアメディアが「70馬力差」と報道
    イタリアメディア『Autoracer.it』は、オランダGPでスペック2が投入された後も、ホンダのパワーユニットはメルセデスに対して約70馬力の差があると報じた。

    同メディアは、この差が平均して1周あたり約1.2秒のタイムロスに相当するとし、フェラーリのエンジニアの見解として、ホンダがギャップを完全に埋めるまでには複数年を要する可能性があるとも伝えている。

    ただし、約70馬力という数字はホンダやアストンマーティンが公表したものではない。また、具体的にどの条件で算出された出力差なのかも明確ではない。

    2026年のF1パワーユニットでは、ICEだけでなく大幅に強化された電動システムの性能が実際の加速や最高速に大きく影響する。そのため、「70馬力」という数字だけをもってホンダのICEそのものがメルセデスより常時70馬力低いと断定することはできない。

    2026年F1では単純な「馬力差」では測れない
    2026年のF1では、パワーユニットの競争力を従来のような最高出力だけで評価することが難しくなっている。

    ICEの性能に加え、MGU-Kによる電気エネルギーの供給、バッテリーの状態、回生効率、そして限られたエネルギーをラップのどこで使用するかというデプロイメントが実際のパフォーマンスを左右するためだ。

    例えば、ストレート前半ではライバルと同等の加速を示していても、電気エネルギーを早い段階で使い切れば、後半では出力差が急激に拡大する可能性がある。逆に、エネルギーを温存すれば別の区間でタイムを失うことになる。

    さらに、車体側の空気抵抗やギア比、コーナーからの立ち上がり速度などもストレートでの速度に影響する。このため、外部から観測された速度差をそのままパワーユニットの馬力差に置き換えることは難しい。

    『Autoracer.it』が伝えた「約70馬力」「1周約1.2秒」という数字についても、現時点ではホンダとメルセデスの絶対的なICE出力差を示す確定値ではなく、あくまでイタリアから伝えられた推定値として扱う必要がある。

    ホンダ自身は「総合的なパワー不足」を認める
    一方で、ホンダがライバルとの差そのものを否定しているわけではない。

    Honda F1のトラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアを務める折原伸太郎は、イタリアGPを前に、スペック2による前進を認めながらも、総合的なパワーでは依然としてライバルに後れを取っているとの認識を示している。

    「今週末の舞台となるモンツァは、長いストレートと11のコーナーで構成され、2026年カレンダーの中でも全開率が最も高いサーキットのひとつです。このコースでは、限られたエネルギーを各区間にどう配分するかが重要で、特に予選ではその影響が大きくなります。モンツァのラップタイムはパワーに非常に敏感です」

    「ザントフォールトでスペック2エンジンを導入し、パフォーマンス面では一歩前進することができました。ただ、総合的なパワーという点ではまだライバルに遅れていることは分かっていますので、今週末については現実的に考える必要があります」

    重要なのは、折原が「総合的なパワー」と表現している点だ。

    ホンダは具体的な馬力差には言及しておらず、70馬力という数字を認めたわけでもない。ICEだけでなく電動システムやエネルギーマネジメントまで含めた2026年型パワーユニット全体として、まだ競争力を高める必要があるというのがHRC側から示されている現状認識となる。

    スペック2で浮上したドライバビリティの課題
    ホンダはオランダGPで、ADUO(追加開発・アップグレード機会)による開発を反映したスペック2のパワーユニットを投入した。

    性能面では前進した一方、ザントフォールトでは新たな課題も表面化した。特に問題となったのがドライバビリティだった。

    フェルナンド・アロンソは週末を通じて、ダウンシフトやエンジンブレーキの挙動に一貫性がない状況に苦しんだ。最終的には18番グリッドから9位まで追い上げて2ポイントを獲得したものの、スペック2の性能を完全に引き出せたとは言い難い週末となった。

    つまりホンダにとって現在必要なのは、単純に最高出力を積み増すことだけではない。ドライバーがアクセル操作に対して予測可能なレスポンスを得られ、コーナー進入から立ち上がりまで安定してパワーユニットを使える状態を作る必要がある。

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム

    HRC Sakuraで燃焼制御の安定化に集中
    オランダGP以降、ホンダが重点的に取り組んできたのが、このドライバビリティの改善だ。

    折原はイタリアGPに向けた作業について説明している。

    「イタリアGPでの重要なテーマは、ドライバビリティを改善することです」

    「オランダGP以降、HRC Sakuraのダイナモで多くの作業を行ってきました。特に、安定して一貫性のある燃焼制御を実現することに取り組んでいます」

    「モンツァではその作業の効果を確認しながら、さらにチューニングを進めていきます。それによって、今後のレースでより高い競争力につなげていきたいと考えています」

    スペック2でハードウェア側の性能を引き上げても、燃焼状態やトルクの出方にばらつきがあれば、ドライバーはその性能を安定して利用できない。特にコーナー進入時のエンジンブレーキや、立ち上がりでのICEと電動システムの協調は、ラップタイムだけでなくドライバーのマシンに対する信頼にも直結する。

    そのため現在のホンダにとって、燃焼制御の安定化は単なる扱いやすさの改善ではなく、スペック2が本来持つ性能を引き出すための重要な開発項目となっている。

    モンツァでホンダの現在地が見える
    イタリアGPの舞台となるモンツァは、ホンダにとって厳しい一方で、その現在地を測るには適したサーキットでもある。

    長い全開区間ではICEの性能だけでなく、電気エネルギーをどこまで効率的に使い続けられるかが問われる。折原が指摘するように、特に予選では限られたエネルギーを1周のどこに配分するかが重要になる。

    したがって、モンツァで注目すべきなのは「本当に70馬力遅れているのか」という数字だけではない。

    スペック2によって総合的なパワー差がどこまで縮まったのか。そしてオランダGP後にHRC Sakuraで進められた燃焼制御の安定化によって、ドライバビリティがどこまで改善されるのか。アストンマーティンのストレートでの競争力と実際のラップタイムは、その成果を判断する重要な材料になる。

    約70馬力という衝撃的な数字の真偽を外部から正確に確認することは難しい。しかし、ホンダ自身が総合的なパワーでライバルに後れを取っていることを認めているのも事実だ。高速のモンツァは、その差の大きさとスペック2の改善効果をより鮮明に映し出す週末となりそうだ。

  • セルジオ・ペレス F1は「あと3年くらい」キャデラックの成長に懸ける

    セルジオ・ペレス F1は「あと3年くらい」キャデラックの成長に懸ける

    セルジオ・ペレスは、自身のF1キャリアについて「あと3年くらい」との見通しを示した。36歳のペレスにとって、キャデラックを競争力のあるチームへと成長させることが、F1で取り組む最後の大きなプロジェクトになる可能性が高いという。

    2024年末にレッドブル・レーシングのシートを失ったペレスは、1年間の休養を経て2026年にF1へ復帰。新規参戦したキャデラックでバルテリ・ボッタスとコンビを組んでいる。

    経験豊富な2人には、単にマシンを走らせるだけでなく、新チームの技術面や組織づくりを前進させる役割も求められている。

    キャデラック育成がF1最後の大きな挑戦
    ペレスが現在のプロジェクトに魅力を感じている理由のひとつが、完成されたチームに加入するのとは異なり、自らチームの方向性に影響を与えられることだ。

    キャデラックのF1プロジェクトを成長させることは、ペレスにとってキャリア終盤の重要な目標となっている。一方で、いつまでF1を続けるのかについても考え始めているという。

    ペレスはF1公式ポッドキャスト『Beyond The Grid』で、ドライバーが引退を考える基準について、年齢そのものよりも競争に対する意欲が重要だと説明した。

    「ある年齢になると衰え始める部分はあると思う。でも、僕が重要だと思うのは自分の内側にある原動力だ。意欲のことだよ。マシンに乗っていないときに、エンジニアやマシンのことをどれだけ考えているかということだ」

    サーキットを離れてからレースについて考える時間が減り始めることが、ひとつの兆候になるという。

    「サーキットを離れて、そのことをだんだん考えなくなってきたら、それが最初の警告だと思う。何かが失われ始めているということだからね」

    「若いころは、次に何があるのか、どうすればもっと速く走れるのか、どんな違うテクニックを使えるのか、そういうことばかり考えている」

    「フェルナンドは60歳まで走るかもしれない」
    ただし、そうした変化が訪れる時期はドライバーによって大きく異なるとペレスは考えている。その象徴として挙げたのが、40代になってもF1で戦い続けるフェルナンド・アロンソだった。

    「ドライバーによって違う。20代後半でそうなる人もいれば、30代半ば、40代半ばの人もいる。それに、フェルナンドは60歳まで走っているかもしれないね! 彼は今でも非常に高いレベルで走っている。でも、フェルナンドは特別だと思う」

    「彼には今でも内側にその原動力がある。チャンスがあるとき、何かを利用できる状況になったときには、必ずそれをつかもうとする。それが見ていて分かる。でも、人それぞれなんだ」

    ペレスはアロンソのモチベーションを高く評価する一方、自分自身が同じ年齢までF1を続けることは考えていない。

    「フェルナンドがこのスポーツで成し遂げてきたことと、彼が持っているモチベーションを僕は本当に尊敬している。でも、僕の場合はそこまで長くはならない。F1以外にもやりたいことがあるからね」

    引退を決めるのは年齢ではなく自分自身
    ペレスは、F1ドライバーに一律の「引退年齢」が存在するとの考えには否定的だ。

    「何歳という数字があるとは思わない。F1はとてもフィジカルで要求の厳しいスポーツだけど、サッカーやテニスのような他のスポーツと違って、トレーニングそのものが限界になるわけではない。F1では、むしろ脳や視覚の部分の方が大きいと思う」

    それ以上に難しいのは、自分自身の競争力が十分ではなくなったことを認めることだという。

    「同時に、ドライバーにとって『もう十分だ』『自分が望むほど競争力がなくなった』『もうやめるべきだ』と自分で気づくのは本当に難しいと思う。ドライバーとしてその決断を下すのは簡単ではない」

    「でも最後には、自分自身に対してすごく正直にならなければならない。そして、すべてを始めた子どものころの自分に感謝して、『今が別のことをする時だ』と言えるようにならなければならない」

    セルジオ・ペレス キャデラックF1チーム

    「あと3年くらい」キャデラックの成長を見届けたい
    もっとも、ペレス自身はまだその段階には達していないと感じている。具体的な引退時期を決めているわけではないが、現在の感覚ではF1で戦う時間は残り数年になると見ている。

    「数字を言うのは難しい。もちろん、それほど多くの時間が残っているわけではない。そうだね、あと3年くらいかな。このプロジェクトが成長していくところを見たいんだ。それにはもう少し時間が必要だと思う」

    この発言からは、単にあと3年間ドライバーを続けたいというより、キャデラックがF1チームとして成長するまでの時間を自身の残されたキャリアと重ね合わせていることがうかがえる。

    新規参戦チームが上位勢との差を縮め、組織やマシン開発の基盤を確立するには時間が必要になる。ペレスにとって、そのプロセスに深く関与すること自体が現在のF1参戦の大きな意味となっている。

    2027年に向け他チームから接触も「何も変わっていない」
    一方、ペレスをめぐっては2027年に向けて他チームとの接触も取り沙汰されている。本人も、複数のチームと何らかのやり取りがあったことは認めた。

    「もちろん、他のチームと多少の話はあったし、いくつかのチームから連絡もあった。でも、僕の側では何も変わっていない。このプロジェクトを自分のプロジェクトだと思っているし、キャデラックの冒険の一員でいたい。本当にこのプロジェクトを信じている」

    そして、キャデラックとの関係を1年限りのものとして考えていないことを強調した。

    「これは1年だけのプロジェクトだとは考えていない。僕が関わっていたい長期的なプロジェクトなんだ。もちろん話し合いはあるだろうけど、僕がいたいのはここだし、僕の側では何も変わっていない」

    レッドブル離脱と1年間のF1不在を経て、ペレスが選んだのは既存のトップチームで結果を追う道ではなく、新たなチームを一から育てる仕事だった。残されたF1キャリアを「あと3年くらい」と見積もる36歳のペレスにとって、キャデラックをどこまで成長させられるかが、グランプリでの勝敗と並ぶ最後の大きな挑戦になりそうだ。