キミ・アントネッリが、2026年F1第13戦イタリアGPで60年間破られていない記録に挑む。モンツァで開催されたF1イタリアGPでは、1966年のルドヴィコ・スカルフィオッティを最後にイタリア人ドライバーが優勝していない。
2026年に飛躍を遂げたアントネッリは、12戦を終えてドライバーズ選手権首位に立っている。2位のジョージ・ラッセル、3位のルイス・ハミルトンに59ポイント差をつけており、母国モンツァで「60年の呪い」を終わらせる最有力候補として期待を集めている。
1966年以来イタリア人が勝てないモンツァ
イタリアGPの歴史は1921年までさかのぼる。初期には複数の場所で開催されたが、1949年以降はサーキット改修のためイモラで開催された1980年を除き、モンツァがその舞台となってきた。
1922年から1952年までには、イタリア人ドライバーがイタリアGPで14勝を記録している。しかし、その後は状況が大きく変わった。
最後に母国イタリアGPを制したイタリア人は、1966年のルドヴィコ・スカルフィオッティだ。フェラーリを駆ったスカルフィオッティの勝利以来、モンツァの表彰台中央にイタリア人ドライバーが立つことはなく、2026年でちょうど60年となる。
エリオ・デ・アンジェリスやリカルド・パトレーゼはキャリア中にイタリア国内で開催されたサンマリノGPを制しているが、モンツァでのF1勝利という意味ではスカルフィオッティが最後のままだ。
アルボレートやパトレーゼも届かなかった母国優勝
この60年間、何人かのイタリア人ドライバーが記録を途切れさせるところまで迫った。
ミケーレ・アルボレートは1984年、フェラーリで2位に入り、マクラーレンのニキ・ラウダに次いでフィニッシュした。さらに1988年にも2位となり、このときはフェラーリのチームメイトであるゲルハルト・ベルガーからわずか0.5秒あまりの差だった。
1992年にはパトレーゼが残り6周までトップを走行していたものの、油圧系のトラブルに見舞われて5位に後退。母国優勝を目前で逃した。
その後、モンツァで表彰台に上がったイタリア人ドライバーは、2005年にルノーで3位となったジャンカルロ・フィジケラだけだ。

アントネッリがイタリアの新たな希望
そして2026年、イタリアが待ち続けた新たな優勝候補としてモンツァに戻ってくるのがアントネッリだ。
昨年のイタリアGPでは9位だったが、今季は状況がまったく異なる。20歳になったばかりのアントネッリはF1世界選手権をリードしており、史上最年少ワールドチャンピオンも視野に入れている。
モンツァはアントネッリにとって特別な場所でもある。メルセデスから初めてF1公式セッションに出走した2024年のイタリアGPのFP1では、激しいクラッシュを喫し、衝撃は52Gを記録した。それから2年、今度は選手権リーダーとして同じサーキットに戻る。
しかし、母国初優勝を目指すアントネッリには大きな障害が待っている。
PU交換で最後尾スタートへ
メルセデスはイタリアGPでアントネッリのパワーユニット(PU)コンポーネントを交換する予定で、年間使用上限を超えることからグリッド降格ペナルティを受ける。
これにより、アントネッリは最後尾から決勝をスタートする見通しとなっており、本来なら優勝候補のひとりとして迎えるはずだった母国GPで極めて厳しい戦いを強いられる。
メルセデスF1代表のトト・ヴォルフは、「彼にとっても、母国レースで前方を争う姿を見たいファンにとっても残念なことだ。しかし、このスポーツは感情を考慮してはくれない」と語った。
アントネッリにとって、まず重要になるのは後方からどこまで順位を取り戻し、選手権争いで最大限のポイントを持ち帰れるかだ。
それでも、1966年以来途絶えているイタリア人によるモンツァ制覇という歴史がある以上、アントネッリの母国GPには特別な意味が加わる。最後尾スタートという大きなハンディを背負う2026年に「60年の呪い」を破るのは容易ではないが、イタリアの期待を背負う新たな主役であることに変わりはない。
