カテゴリー: アルピーヌF1チーム

  • 角田裕毅のF1復帰にピエール・ガスリーが冗談「少し錆びついていてくれれば助かる」

    角田裕毅のF1復帰にピエール・ガスリーが冗談「少し錆びついていてくれれば助かる」

    ピエール・ガスリーは、2026年F1オランダGPでグリッドに復帰する角田裕毅を歓迎した。一方で、コンストラクターズ選手権でレーシングブルズを追うアルピーヌの立場からは、しばらく実戦から離れていた元チームメイトが「少し鈍っていてくれれば助かる」と冗談交じりに語った。

    角田裕毅は、手首を負傷したアイザック・ハジャーの欠場に伴うドライバー変更によって、ザントフォールトで急遽F1に復帰する。

    ハジャーの代役としてリアム・ローソンがレッドブル・レーシングに昇格し、そのローソンが空けたレーシングブルズのシートを角田裕毅が埋めることになった。

    ガスリー「少し錆びついている角田裕毅なら助かる」
    アルピーヌとレーシングブルズはコンストラクターズ選手権で争っており、ガスリーは、勢いを増しているライバルとの差をどう縮めるかと質問されると、かつてアルファタウリでチームメイトだった角田裕毅の名前を挙げた。

    「角田裕毅が少し錆びついていてくれれば、まずは助かるね」

    ガスリーは冗談交じりにそう語った一方、角田裕毅がF1グリッドに戻ってきたこと自体については素直に喜びを示した。

    「彼がグリッドに戻ってきたのはうれしい。ザントフォールトのスプリント週末に、いきなりこのマシンに乗り込むのはかなり大変な仕事になると思う」

    角田裕毅にとって今回の復帰戦は簡単な状況ではない。レース出場からしばらく遠ざかっていただけでなく、オランダGPはスプリントフォーマットで開催されるため、通常のグランプリ週末よりも走行時間が限られる。

    フリー走行はFP1のみで、その後すぐにスプリント予選へと進む。レーシングブルズのマシンへの適応とレース勘を取り戻すために使える時間は極めて少ない。

    さらにザントフォールトは、バンク角のついたコーナーや高速区間が連続し、ミスの許容範囲も小さいサーキットだ。急遽参戦する角田裕毅にとって、復帰戦としては厳しい条件がそろっている。

    レーシングブルズの速さをガスリーも警戒
    ガスリーが角田裕毅について冗談を口にした背景には、アルピーヌとレーシングブルズの激しい争いがある。

    シーズン序盤はアルピーヌが中団勢をリードする存在だったが、レーシングブルズは夏休み前に競争力を大きく高め、着実にポイントを積み重ねてきた。

    ガスリーも、そのパフォーマンスを高く評価している。

    「彼らはかなり競争力があるように見える。ここ数戦はマシンのペースという点でも、獲得したポイントという点でも間違いなく印象的だった」

    「僕たちにできることは、自分たちのパフォーマンスを引き出すことだけだ。今回のアップグレードによって、それが実現することを期待している」

    ピエール・ガスリー(アルピーヌF1チーム)

    アルピーヌはオランダGPでアップグレード投入
    アルピーヌにとって、オランダGPでは角田裕毅の“ブランク”以上に、自分たちが投入するアップグレードが重要になる。

    ガスリーは、直近の数戦でアルピーヌの競争力が低下していたことを認め、新パッケージを待ち望んでいたと明かした。

    「興味深い週末になると思う。今週末はアップグレードが入る。ここ数戦はパフォーマンス面でより難しい状況になっていたから、僕もこれを待っていた」

    「これによって再び戦いに戻れることを期待しているし、コンストラクターズ選手権の5位を争えるようになってほしい」

    アルピーヌはシーズン序盤、中団グループで5番手のチームとして一定の地位を築いていた。しかし、夏休み前にレーシングブルズが急速にパフォーマンスを向上させたことで、その構図は変化している。

    ガスリーは夏休みで十分にリフレッシュできたとして、シーズン後半戦への意欲も示した。

    「感触はとてもいい。シーズン後半戦が始まるのがすごく楽しみだ。とてもいい休みを過ごせたし、しっかりエネルギーを取り戻すことができた。数週間サーキットから離れられたのもよかった」

    アルピーヌが投入するアップグレードが期待どおりの効果を発揮するのか。そして、急遽F1に復帰する角田裕毅がガスリーの期待する“錆びついた状態”をどれだけ早く脱するのか。ザントフォールトでは、コンストラクターズ選手権を争う両チームの直接対決にも注目が集まる。

  • FIA ピエール・ガスリーのF1モナコGPペナルティ巡る控訴審を8月25日に開催

    FIA ピエール・ガスリーのF1モナコGPペナルティ巡る控訴審を8月25日に開催

    FIA(国際自動車連盟)は、2026年F1モナコGPでピエール・ガスリーに科されたペナルティが取り消された問題を巡り、マクラーレンとレッドブル・レーシングが申し立てた控訴について、8月25日(火)に審理を行うことを決定した。

    焦点となるのは、アルピーヌによる再審請求(Right of Review)が認められたことでガスリーの5秒ペナルティのひとつが取り消され、最終結果が変更された一件だ。

    ガスリーは7位から3位へ復帰し、その影響でアイザック・ハジャーやオスカー・ピアストリらの順位がひとつずつ繰り下がった。今回の控訴審は、その判断を維持するのか、それとも当初のペナルティを復活させるのかを決める重要な手続きとなる。

    FIAが8月25日にパリで控訴審
    審理は8月25日(火)の現地時間9時からパリで行われる。マクラーレンとレッドブル・レーシングは、2026年モナコGPのDocument 99に記された決定#1および#2を対象として控訴している。

    両チームが求めているのは、ガスリーに対するペナルティ取り消しの撤回、つまり当初科されていた5秒ペナルティの復活だ。

    控訴は6月16日に正式に提出されており、審理はオランダGP終了後の火曜日に設定された。FIAによれば、審理は一般およびメディアには公開されない。

    モナコGPで複数ドライバーにピットレーン速度違反
    問題の発端となったモナコGPでは、ガスリーを含む複数のドライバーがピットレーンの速度制限違反としてタイムペナルティを受けた。

    当時モナコのピットレーンでは60km/hの速度制限が設定されており、ガスリーのほか、ルイス・ハミルトン、ジョージ・ラッセル、フランコ・コラピント、ピアストリにも5秒ペナルティが科された。

    ガスリーには2件のペナルティが科されており、そのうちひとつについてはピットストップ時に5秒間停止することで消化していた。しかし、もうひとつの5秒がレースタイムに加算されたことで、当初の最終結果では7位となっていた。

    アルピーヌの再審請求で計測方法に問題が発覚
    その後、アルピーヌはガスリーに対する2件のペナルティについて再審請求を提出した。

    審理の過程で判明したのが、タイムキーパーによるピットレーンの距離の計測に問題があったことだった。

    速度違反の判断では、ピット入口や出口に設けられた単一の計測地点だけではなく、速度、距離、時間を用いた計算式によってピットレーン内の平均速度が算出されていた。しかし、その計算の基礎となるピットレーンの距離が正しく測定されていなかったことが明らかになった。

    この情報は、モナコGP当日にスチュワードが最初の裁定を下した時点では入手できなかった。そのためFIAは、再審請求を成立させるために必要となる「重要かつ新しい証拠」の条件を満たしていると判断した。

    結果としてガスリーに残されていた5秒ペナルティが取り消され、順位は7位から3位へと戻された。

    ガスリー3位復帰でハジャーとピアストリが降格
    この裁定によってモナコGPの最終順位は大きく変わった。

    ガスリーが3位に復帰したことで、レッドブル・レーシングのハジャーは3位から4位、マクラーレンのピアストリは4位から5位へ後退。さらにレーシングブルズのリアム・ローソンもひとつ順位を落として6位となった。

    つまり今回の控訴は、ガスリーだけでなく複数のドライバーとチームのF1選手権ポイントにも直接影響する案件となる。

    特にレッドブル・レーシングにとってはハジャーの表彰台、マクラーレンにとってはピアストリの4位がかかっており、両チームが控訴に踏み切った背景には明確な競技上の利害がある。

    メルセデスは控訴を見送る
    ガスリーのペナルティが取り消されたことで、同じモナコGPでピットレーン速度違反の裁定を受けた他のドライバーにも波紋が広がった。

    メルセデスのチーム代表トト・ヴォルフは、バルセロナGPでガスリーの裁定変更が発表された後、ラッセルのペナルティについても何らかの対応が可能か検討していることを示唆していた。

    ただし、ラッセルのケースには別の事情があった。

    ラッセルは5秒ペナルティを消化する際、ピットで5秒間待機する前に作業を開始してしまったため、ペナルティを正しく消化したとは認められなかった。その結果、自動的にドライブスルーペナルティへ変更され、終盤の赤旗後にこれを消化。最終的に12位まで順位を落としていた。

    メルセデスは最終的に正式な手続きを取らないことを選択した一方、マクラーレンとレッドブル・レーシングは控訴を継続した。

    モナコGPの最終結果が再び変わる可能性
    8月25日の審理で最大の焦点となるのは、アルピーヌの再審請求を受けて下されたペナルティ取り消しが法的・競技的に妥当だったのかという点だ。

    FIAが現在の裁定を維持すれば、ガスリーの3位はそのまま確定する。一方、マクラーレンとレッドブル・レーシングの主張が認められ、5秒ペナルティが復活すれば、モナコGPの最終順位が再び変更される可能性がある。

    モナコGPから約3カ月を経てもなお確定を巡る争いが続く異例の展開となっており、ガスリーの表彰台だけでなく、ハジャー、ピアストリ、ローソンの順位と各チームの獲得ポイントにも関わるFIAの判断が注目される。

  • ジェレミー・クラークソン アルピーヌF1にビール贈呈「俺はフランス人じゃない」

    ジェレミー・クラークソン アルピーヌF1にビール贈呈「俺はフランス人じゃない」

    元アルピーヌF1チーム代表のオトマー・サフナウアーが、2023年F1モナコGPでエステバン・オコンが表彰台を獲得した際、英国の人気テレビ司会者ジェレミー・クラークソンがチームに大量のビールを贈った舞台裏を明かした。

    アルピーヌの本拠地エンストンの近くに農場を所有するクラークソンは、同チームを自身の「地元チーム」と呼び、これまでにもグランプリを訪れている。

    2023年のモナコでは、アルピーヌが表彰台に上がった場合、チーム全員に自身のビールブランド「ホークストーン」をプレゼントすると約束していた。

    オコンの3位でクラークソンが約束を実行
    当時のアルピーヌにとって、表彰台は決して現実味の高い目標ではなかった。モナコGPを迎えるまでオコンはシーズン2度の入賞にとどまり、チームの最高位もオコンとピエール・ガスリーがそれぞれ記録した8位だった。

    しかしモナコでオコンは予選4番手を獲得。シャルル・ルクレールのグリッド降格によって3番グリッドからスタートすると、決勝でもそのポジションを守り切り、3位表彰台を獲得した。

    クラークソンも約束を忘れてはいなかった。

    「エステバンがモナコで表彰台に上がった。そのレース中、ジェレミー・クラークソンが『近所の連中が表彰台に上がったら、全員にホークストーンを6本ずつやる』と言っていたんだ」とサフナウアーは『High Performance Racing』ポッドキャストで振り返った。

    「すると本当にランボルギーニのトラクターでやって来た。後ろには巨大な農業用トレーラーを引いていて、干し草とビールが山ほど積まれていた。全員が6本パックのビールをもらったよ」

    クラークソンは自身が所有する農場「ディドリー・スクワット・ファーム」で農業を営んでおり、ホークストーンはそこで収穫された大麦などを使って展開されているブランドだ。大量のビールを農業用トラクターでアルピーヌへ届けるという、いかにもクラークソンらしい演出だった。

    エステバン・オコン(アルピーヌF1チーム) 2023年モナコGP

    「なぜなら俺はフランス人じゃないからな!」
    さらにサフナウアーによれば、ビールが届けられた際にはチームメンバーが屋外に集まり、オコンがマイクを手にクラークソンへの感謝を伝えたという。

    「僕はジェレミーの隣に立っていた。エステバンがマイクを持っていて、スピーカーも用意され、みんなが外に集まっていた。夏だったね」

    「エステバンが『ジェレミー・クラークソンには、僕たち全員に6本ずつビールをくれただけでなく、約束を守ってくれたことにも本当に感謝したい』と言ったんだ」

    その言葉を聞いたクラークソンは、隣にいたサフナウアーの前で即座にこう叫んだという。

    「なぜなら俺はフランス人じゃないからな!」

    英国人らしい皮肉を交えたクラークソンの一言により、アルピーヌにとって記念すべき表彰台祝いはさらに印象深いものとなった。

    アルピーヌとの関係は2026年も継続
    クラークソンとアルピーヌの関係は、その後も続いている。

    2026年F1イギリスGPでは、ディドリー・スクワット・ファームがアルピーヌのホスピタリティに食材を提供。モナコでのビールのプレゼントから3年が経過した現在も、クラークソンは「地元チーム」とのつながりを維持している。

    オコンがもたらした2023年モナコGPの表彰台はアルピーヌにとって貴重な成功だったが、その裏ではクラークソンがトラクターいっぱいのビールを届け、得意のジョークでチームを沸かせるという、F1パドックらしいユニークなエピソードが生まれていた。

  • アルピーヌF1×グッチ ブリアトーレ「世界で最も撮影されるマシンになる」

    アルピーヌF1×グッチ ブリアトーレ「世界で最も撮影されるマシンになる」

    2027年、アルピーヌF1は「Gucci Racing Alpine Formula 1 Team」として新たなスタートを切る。世界的ラグジュアリーブランドのグッチがタイトルパートナーに就任し、マシンだけでなくドライバーの装い、マーチャンダイジングまで含めた大規模な展開が計画されている。

    アルピーヌのエグゼクティブアドバイザーを務めるフラビオ・ブリアトーレは、グッチとの契約をチームにとって大きな転換点と位置づける。

    一方で、強力なブランドを味方につけただけでは十分ではないとも認識している。「今度はマシンもエキサイティングなものにしなければならない」と語り、2027年に向けて競争力を伴わせる必要性を強調した。

    「F1マシンにラグジュアリーブランドを」から始まった構想
    ブリアトーレによれば、グッチをアルピーヌに迎える構想は、F1におけるラグジュアリーブランドの存在感を見て思いついたものだった。

    「特にアルピーヌにとって、僕たちはアルピーヌというブランドを進化させている。グッチというアイデアが浮かんだのは、F1にはイベントをスポンサーするルイ・ヴィトンがいる一方で、マシンにはラグジュアリーブランドがなかったからだ」

    ブリアトーレは、イベント側のルイ・ヴィトンとチーム側のグッチという組み合わせが、現在のF1の価値を象徴するものになると考えている。

    「F1の歴史でも、これほど大きなスポンサーはなかった。単にチームをスポンサーするブランドではなく、イベントとチームの両方にラグジュアリーブランドが関わることになる」

    構想を進めるうえでブリアトーレが話を持ちかけたのが、ルカ・デ・メオだった。

    「ルカは僕のとても親しい友人で、いつもいろいろなブランドについて話していた。僕は『ルカ、イタリアを代表する企業のひとつであるEniがいて、世界最大手のMSCもいる。それならグッチもこのグループに加えたら素晴らしいじゃないか』と言ったんだ」

    だが、最初から歓迎されたわけではなかった。

    「最初、彼はとても悪いアイデアだと言った。でも僕は決して諦めない。何度も何度も押した。するとあるとき彼から電話があって、『もしかするといいアイデアかもしれない。ただしピノー氏を説得しなければならない』と言われた」

    モナコGPがグッチを動かした
    次のハードルは、グッチを傘下に持つケリング側を説得することだった。ブリアトーレによれば、フランソワ=アンリ・ピノーは当初、F1に詳しい人物ではなかったという。

    「ピノー氏とは何度かミーティングをした。最初は難しかった。彼はF1を見ていなかったし、実際に何が起きているのかもあまり知らなかったからだ」

    そこでアルピーヌ側はピノーをモナコGPに招待した。

    「その後、彼はアルピーヌと何かをやることに納得してくれた。僕たちは彼をモナコGPに招待した。それが彼にとって初めてのF1レースだった。そして、実際にすべてを目にして信じられないほど興奮していた」

    「モナコは単なるレースではなく、ひとつの大きなイベントだ。そのすべてが組み合わさって、グッチがアルピーヌの主要スポンサー、そしてタイトルパートナーとして参加する決断につながった」

    グッチ側も「100%」のコミットメント
    ブリアトーレが強調するのは、今回の契約が単なるロゴ掲出ではないという点だ。

    「チームにとってうれしかったのはもちろんだが、グッチにとってもうれしかった。グッチのみんながものすごく興奮している。本当にものすごくね」

    「2カ月前に契約を正式にまとめたとき、グッチのチームがこの挑戦をどう受け止めたのかを見るのは素晴らしかった。ラグジュアリーブランドとして初めてF1に本格的に入るわけだからね」

    その熱量は経営陣だけに限らないという。

    「グッチのコミットメントは100%だ。会長から店舗で働く一人ひとりまで、みんなが関わっている」

    そして、その存在はアルピーヌ内部にもプラスに作用している。

    「アルピーヌのチームも興奮している。僕たちにはチームに安定をもたらす必要があるからだ。以前はルノーとの関係で少し複雑なところがあり、その後アルピーヌになった。今は新しいスポンサーによって少し安定をもたらせていると感じている」

    MSCとEniも継続「マシンを正しく開発する基盤ができた」
    アルピーヌはグッチだけに依存するわけではない。既存パートナーとの関係も強化している。

    「スポンサーとの契約も再確認した。MSCはさらに1年から3年、Eniもさらに1年から3年、僕たちと一緒にいる。だからマシンを正しい方向で開発していくためのいい基盤ができている」

    さらに、グッチ加入の効果によって新たな企業からも関心が寄せられているという。

    「100%そうだ。現在、僕たちとの提携を望んでいる3つか4つの異なるブランドと交渉している」

    ブリアトーレは、F1のスポンサーシップは単なる広告ではなく、企業同士を結びつけるビジネスでもあると説明する。

    「スポンサーシップについて話すとき、それは常に企業同士のビジネスでもある。僕たちのマシンでグッチ、Eni、MSCが結びつくことは重要だ。素晴らしい企業グループだよ」

    「MSCのジャンルイジ・アポンテ氏はサレルノ出身で、現在はジュネーブに住んでいるが、MSCにはイタリアのルーツがある。Eniはヨーロッパを代表するエネルギー企業のひとつ。そしてもうひとつの大きなブランドがグッチだ」

    「マシンに載るブランドのクオリティは素晴らしいものになると思う」

    2027年はマシンもドライバーもグッチ仕様へ
    グッチとの協業で最も目に見える変化となるのが、2027年のアルピーヌのビジュアルだ。

    「僕たちはマシンの発表、ドライバーの発表、そしてマーチャンダイジングについて取り組んでいる」

    「アルピーヌにとってグッチは最大のスポンサーだ。僕は、すべてのグッチ店舗で展開されると確信している。マーチャンダイジングにはF1専用のスペースもできるだろう。素晴らしいものになる」

    特にブリアトーレが期待しているのが、グッチが手掛けるF1関連商品だ。

    「僕たちはみんなを驚かせなければならないと思っている。グッチと進めているマーチャンダイジングのプログラムは信じられないものになるからだ」

    「現在のグッチを取り巻く盛り上がりや、彼らの製品とマーチャンダイジングの作り方を考えれば、グッチはF1で特別なスポンサーになると思う」

    マシンのカラーリングやドライバーのレーシングスーツについては、まだ情報を外部に漏らしていない。

    「僕たちは非常にうまく進めている。マシンのカラーリングについても、ドライバーのデザインについても、誰にも何も話していないからね」

    そして正式発表の瞬間には、世界的な注目を集めると予想する。

    「グッチのドライバースーツとマシンを発表したら、世界で最も撮影されるマシンになると確信している。今はみんながとても興味を持っているからね」

    グッチ・レーシング アルピーヌF1チーム

    F1ファンの若年化と女性層の拡大も追い風
    ブリアトーレは、グッチがF1に参入する背景には、カテゴリーそのものの変化があると分析する。

    「僕たちがF1を変えたとは思わない。F1が『そこにいるべき場所』だという認識をさらに高めているんだと思う」

    その根拠として、グランプリの観客動員を挙げた。

    「今はどのレースに行っても満員だ。シルバーストンには56万人が来た。記録だった。スパにも20万人が来た」

    さらに、観客層そのものも変化したと指摘する。

    「F1の観客の平均年齢は大幅に下がった。今では28歳とか30歳くらいだ」

    「そして驚くべきなのは、女性が約60%、男性が40%だということだ。以前にはなかったことだ。昔は本当に男性中心のスポーツだった」

    こうした変化こそ、ラグジュアリーブランドにとってF1が魅力的な市場になった理由だとブリアトーレは考えている。

    「ステファノ・ドメニカリにとってもいいことだし、F1にとっても、僕たちにとってもいい。ルカやルイ・ヴィトン側と競い合うのも面白い。素晴らしいことになるよ」

    「5年前なら考えられなかった」F1スポンサーの変化
    ブリアトーレ自身、わずか数年前ならグッチがF1チームのタイトルパートナーになる未来は想像できなかったという。

    「5年前なら考えられなかった。まず、グッチがチームに加わると決断すること自体がそうだ。そしてルイ・ヴィトンのグループもいる。世界最大級のラグジュアリーブランドがF1にいるということは、彼らのマーケティングチームが未来を見据え、そこに参加したいと思っているということだ」

    F1マシンに並ぶスポンサーの顔ぶれも大きく変わった。

    「以前には、これほどの規模のブランドがF1をスポンサーすることはなかった。チームだけでなく、イベントそのものにも関わっている。今のマシンを見てみれば、とても有名なブランドばかりだ」

    「昔はもっとよく分からないブランドもあった。どこから来たのか分からない日本の寿司チェーンなんかもね。でも今は大手銀行もいる。みんながいる。IT企業も含め、あらゆる企業がスポンサーシップに参加している。信じられないことだ」

    そして、この流れが止まるとは考えていない。

    「この勢いが続くのかって? もちろんだ。さらに成長していく。今の動きは非常に強力だからね。これを止められるものは何もないと思う」

    グッチ加入で高まる期待 次に必要なのはF1での結果
    グッチという世界的ブランドをタイトルパートナーに迎えることで、アルピーヌは2027年に商業面とブランド面で大きく姿を変えることになる。MSCやEniとの関係も維持し、新たに複数のブランドとも交渉を進めるなど、ブリアトーレが目指すチーム基盤の強化は着実に進んでいる。

    ただし、ブリアトーレ自身が認めるように、注目度だけでF1チームの成功は完成しない。

    「今は来年何が起きるのかを見なければならない。みんなが興奮している。そして、僕たちはマシンもエキサイティングなものになるようにしなければならない」

    世界で最も撮影されるF1マシンを作るというブリアトーレの構想。その華やかなプロジェクトを本当の成功に変えられるかどうかは、最終的には2027年のアルピーヌがコース上でどのような結果を残せるかにかかっている。

  • アストンマーティンF1を反面教師にブリアトーレ「設備だけでは勝てない」

    アストンマーティンF1を反面教師にブリアトーレ「設備だけでは勝てない」

    アルピーヌのエグゼクティブアドバイザーを務めるフラビオ・ブリアトーレが、巨額投資を続けるアストンマーティンの現状を引き合いに出し、F1では最新鋭の設備や著名なエンジニアを揃えるだけでは成功できないと警告した。

    アストンマーティンはシルバーストンに新ファクトリーと自社風洞を整備し、エイドリアン・ニューウェイをはじめとする大物人材も獲得。2026年にはホンダとのワークス体制をスタートさせた。

    しかし、開幕11戦で獲得したポイントはわずか1点。ブリアトーレは、この状況こそ「設備」だけではF1で勝てないことを示していると考えている。

    「世界最高の設備」でも競争力は生まれない
    アストンマーティンは2023年に新しいAMRテクノロジーキャンパスへの移転を開始し、2025年には新設した自社風洞の運用もスタートした。

    チームは風洞について、将来的なF1世界選手権制覇を目指すプロジェクトにおける「パズルの最新のピース」と表現していた。

    さらに技術面では、レッドブルで数々のタイトル獲得マシンを生み出してきたニューウェイが加入。2026年からはホンダとのワークスパートナーシップも始まり、施設、技術、人材、パワーユニットという主要な要素を自前で揃える体制を築いた。

    それでも2026年シーズンは厳しいスタートとなった。

    開幕11戦でアストンマーティンが獲得したのはわずか1ポイント。コンストラクターズ選手権では、その1ポイントによってキャデラックを上回っているにすぎない。

    ハンガリーGPではAMR26に16項目に及ぶアップデートを投入し、一定の改善を示したものの、フェルナンド・アロンソとランス・ストロールはいずれも入賞には届かなかった。

    ブリアトーレは『The Race Business』の「In Conversation With…」でダレン・コックスと対談し、ライバルチームの設備について問われると、アストンマーティンを例に挙げた。

    「他のチームが何を持っているのかは気にしていない」

    「もちろん、どこかにはもっと優れた設備があるかもしれない。でも、アストンマーティンという例もある。世界最高の設備があって、世界最高のエンジニアもいる」

    「それでも、それほど競争力があるわけではないだろう?」

    ここでブリアトーレが「世界最高のエンジニア」と表現した人物は、現在アストンマーティンの技術部門を率いるニューウェイを指しているとみられる。

    ブリアトーレが重視するのは、設備そのものではなく、それを使う人間と組織の意識だ。

    「重要なのは、人々が勝つことは可能だと信じることだけだ。そして、そこにすべての力を注ぐことだ」

    アストンマーティンと対照的なアルピーヌの再建
    ブリアトーレがアストンマーティンを持ち出した背景には、自身が進めているアルピーヌの再建がある。

    アルピーヌは2026年からルノー製パワーユニットの使用を終了し、メルセデスのカスタマーパワーユニットへ移行した。この決断を主導した人物のひとりがブリアトーレだった。

    現在、アルピーヌはコンストラクターズ選手権6位につけ、5位レーシングブルズとの差は5ポイント。トップチームには届いていないものの、中団トップを争える位置につけている。

    ブリアトーレにとって重要なのは、設備を増やすことよりも、エンストンに存在する人材の能力を正確に把握し、適切な場所に配置することだという。

    アルピーヌは近年、相次ぐ組織変更によって多くの人材を失った。キャデラックやアストンマーティンをはじめ、ライバルチームへ移籍したスタッフも少なくない。

    「ファクトリーから多くの優秀な人材を失った。ある時期、このチームには進むべき明確な方向性がなかったからだ」

    その一方で、現在の組織内部には、まだ十分に能力を発揮できていない人材が存在するとブリアトーレはみている。

    「ここには非常に優秀なエンジニアがいるのかもしれない。でも、まだベンチに座ったままなのかもしれない。僕はそう思っている」

    「テクニカルディレクターのデビッド・サンチェスは、本当に、本当によく見極めなければならない」

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチームを反面教師にするフラビオ・ブリアトーレ

    2026年マシンで初めて見えた「誰が優秀なのか」
    ブリアトーレによれば、2026年マシンの開発は、現在のアルピーヌにとって単なる新車開発以上の意味を持っていた。

    新しい技術体制で一台のマシンを最初から作り上げたことで、ようやく組織内部の実力を評価できるようになったという。

    「今回、初めて全員で一台のマシンを作った」

    「これまでは技術部門全体について、誰が優秀なのか、誰がそうではないのか、誰が非常に良い仕事をしているのか、誰が非常に悪いのかを理解できていなかった。でも今は全体像が見えている」

    「以前は全体像がなかった。あまりにも多くの変更があったからだ。でも今は安定している」

    これはブリアトーレがアルピーヌ再建で重視してきた「組織の安定」とも一致する。

    短期間で外部から大物を集めるのではなく、まず既存組織の能力を把握し、勝てる体制へ作り直す。それが現在のアルピーヌの方針だ。

    アルピーヌを去ったスタッフから復帰希望
    組織が安定し始めたことで、ブリアトーレによれば人材市場にも変化が起きているという。

    かつてアルピーヌからライバルへ移籍したスタッフの一部が、現在はエンストンへの復帰を希望しているというのだ。

    「今はチームに加わりたい、助けたいという人たちから電話がかかってくる」

    「以前はみんなチャンスを求めて出ていった。キャデラック、アストンマーティン、その他いろいろなところへね」

    しかし、ブリアトーレは彼らを簡単に呼び戻すつもりはない。

    「今は多くの人が戻りたがっている。でも今のところはノーだ」

    「去っていった人たちには何も言わせたくない。僕は気にしていない」

    かつてルノーを率いて2005年と2006年にF1世界選手権を連覇したブリアトーレにとって、チーム作りの中心にあるのは豪華な設備そのものではなく、そこで働く人間をどのようにまとめ上げるかという点にある。

    巨額を投じた最新鋭ファクトリー、自社風洞、ニューウェイ、そしてホンダとのワークス体制を揃えながら、現時点では結果につながっていないアストンマーティン。その姿をブリアトーレは、F1において「最高のものを買い揃えること」と「勝てるチームを作ること」は同義ではないことを示す実例として捉えている。

  • フランコ・コラピント F1夏休み中にイタリアで盗難被害 SNS投稿は物議

    フランコ・コラピント F1夏休み中にイタリアで盗難被害 SNS投稿は物議

    アルピーヌF1のフランコ・コラピントが、2026年シーズンの夏休み中に滞在していたイタリアで盗難被害に遭ったことが明らかになった。

    23歳のコラピントは先週、イタリア北部の観光地コモ湖を訪れていた際に、衣類やアルゼンチンで親しまれているマテ茶を飲むための道具など複数の私物を盗まれた。

    本人がSNSで被害を報告したが、その際の表現が物議を醸し、投稿はその後削除されている。

    コモ湖で衣類やマテ茶セットを盗まれる
    コラピントは当初、SNSへの投稿で盗難被害について明かし、次のように記していた。

    「イタリア人がラテン系の人間から何もかも盗むなんて、誰が想像しただろうね。きっとマテ茶は気に入らないと思うけど」

    PlanetF1.comによると、この投稿ではイタリアと母国アルゼンチンの治安を比較するような内容も含まれていたとされ、SNS上で反発を招いたという。

    コラピントはその後、「イタリア人」としていた部分を「ヨーロッパ人」に変更したと報じられているが、最終的に投稿自体を削除した。

    その少し後、コラピントは盗難に遭う前に撮影された複数の写真を別の投稿で公開した。

    「この服やマテ茶セットなんかの最後の写真。持っていった人たちが楽しんでくれるといいね!!」

    投稿には怒った顔の絵文字2つと涙を流す絵文字が添えられていた。記事執筆時点で、この投稿にはInstagramで70万件を超える「いいね」が寄せられている。

    イタリアではルクレールとサインツJr.も盗難被害
    近年、イタリア滞在中に盗難被害に遭ったF1ドライバーはコラピントだけではない。

    フェラーリのシャルル・ルクレールは2022年、イモラで開催されたエミリア・ロマーニャGPを前に高級腕時計を盗まれた。被害額は32万ドル相当とされ、後に4人が逮捕された。

    2023年には、当時ルクレールのフェラーリでのチームメイトだったカルロス・サインツJr.も、モンツァでのイタリアGP後に腕時計を盗まれる被害に遭っている。

    サインツJr.の場合は自ら犯人を追跡し、67万5000ドル相当とされた腕時計を取り戻すことに成功した。

    また、マクラーレンのランド・ノリスも2021年、ウェンブリー・スタジアムで行われたEURO 2020決勝のイングランド対イタリア戦を観戦した際、19万4000ドル相当の腕時計を盗まれている。

    2026年はアルピーヌで復調
    コラピントは2025年にアルピーヌで苦戦したものの、2026年シーズン前半は大きく成績を改善している。

    開幕から11戦のうち6戦でポイントを獲得し、カナダGPでは自己最高となる6位フィニッシュを記録した。

    アルピーヌは夏休みを迎えた時点でコンストラクターズランキング6位につけており、5位レーシングブルズとの差は5ポイント。コラピントにとってはコース上で好調な前半戦となった一方、束の間の休暇中に思わぬ災難に見舞われることになった。

    なお、今回の盗難についてPlanetF1.comの記事では、警察への被害届や犯人の特定、被害品が回収されたかどうかについては伝えられていない。コラピント本人のSNS投稿で確認できる範囲では、衣類やマテ茶関連用品などが盗まれたことが明らかになっている。

  • コラピント 実はウィリアムズ所属のまま? アルピーヌF1へはローン移籍説

    コラピント 実はウィリアムズ所属のまま? アルピーヌF1へはローン移籍説

    フランコ・コラピントに、2027年のウィリアムズ復帰説が浮上している。カルロス・サインツJr.の去就が不透明となるなか、コラピントとウィリアムズの契約上のつながりが現在も残っている可能性が指摘されている。

    コラピントは2024年にウィリアムズからF1デビューし、その後アルピーヌへ移った。しかし、当時の移籍は完全な契約解除ではなく、ウィリアムズからの長期的な「ローン」という形だったと報じられており、条件次第では古巣復帰への道が開かれる可能性がある。

    サインツJr.の2027年去就がウィリアムズの焦点に
    ウィリアムズの2027年ドライバーラインアップを巡っては、サインツJr.の将来が大きな焦点となっている。

    サインツJr.はハンガリーGP後、2027年にどこでレースをするのかについて、まだ決断を下していないことを示唆した。ウィリアムズとは長期契約を結んでいるものの、契約2年目終了時に行使できる離脱条項が含まれているとされる。

    サインツJr.は上位チームへの復帰を望んでいるとされ、マックス・フェルスタッペンがレッドブル・レーシングを離れる場合には、その後任候補となる可能性も取り沙汰されている。一方で、現実的な選択肢としてアルピーヌやアストンマーティンへの移籍も報じられている。

    なかでもアルピーヌへの関心が強いとの情報がある。サインツJr.は2017年から2018年にかけ、当時ルノーとして参戦していたエンストンのチームでドライブした経験を持つ。

    アルピーヌではピエール・ガスリーが契約下にあり、今季のチーム獲得ポイントの約70%を稼いでいる。そのため、サインツJr.が加入する場合、現在のもうひとつのシートを担うコラピントが押し出される可能性が高い。

    ベルギーGPでボウルズと会食
    しかし、コラピントがアルピーヌのシートを失ったとしても、それがF1からの離脱を意味するとは限らない。

    F1 Oversteerによると、ベルギーGPの週末にはコラピントがウィリアムズのチーム代表ジェイムス・ボウルズと夕食をともにする姿が目撃された。かつてコラピントをF1へ昇格させた人物との会食だっただけに、将来的な復帰との関連が注目されている。

    コラピントはウィリアムズ・ドライバー・アカデミー出身で、2023年1月に育成プログラムへ加入した。2024年シーズン終盤にはローガン・サージェントに代わってF1へ昇格し、9戦に出場して5ポイントを獲得した。

    ただし、ウィリアムズはすでに2025年からサインツJr.を起用する契約を結んでいたため、翌シーズンにコラピントのレギュラーシートを確保することはできなかった。

    その後、コラピントはアルピーヌのリザーブドライバーとなり、ジャック・ドゥーハンに代わって再びシーズン途中からF1のレギュラーシートを獲得した。

    「今もウィリアムズと何らかの契約がある」
    コラピントのアルピーヌ移籍を巡っては当時、ウィリアムズが5年間の契約でコラピントを貸し出したとの報道があった。

    Viaplayのコメンテーター、ネルソン・ファルケンブルグは『Nailing the Apex』で、現在もコラピントとウィリアムズの間には契約上の関係が残っていると聞いていると語った。

    「僕はフランコが今も、ある意味ではウィリアムズ・ファミリーの一員だと思っている」

    「何らかの形で、彼はまだウィリアムズと契約している。それなら筋が通る。自分たちのアカデミーに対する信頼の表れでもある」

    この情報が正しければ、サインツJr.がウィリアムズを離れた場合、チームがコラピントを事実上「呼び戻す」ことも選択肢になり得る。ただし、5年間とされる期間が満了する前に復帰させる場合、アルピーヌとの契約条件によっては金銭的な負担が発生する可能性もある。

    重要なのは、コラピントが完全にウィリアムズとの関係を断ってアルピーヌへ移籍したと確認されているわけではない点だ。現時点で契約の詳細は公表されておらず、「現在もウィリアムズと契約している」という情報もファルケンブルグの証言に基づくものである。

    アルピーヌではガスリーに20対9
    コラピントのウィリアムズ時代は鮮烈なスタートを切った一方、2024年終盤にはクラッシュが相次ぎ、チームのスペアパーツ不足を深刻化させたことも評価を下げる要因となった。

    アルピーヌへ移った昨季はポイントを獲得できなかったが、当時のアルピーヌはグリッドで最も競争力の低いチームだった。2026年は改善の兆しを見せており、マイアミGPで7位、カナダGPで6位と2戦連続で上位入賞を果たしている。

    それでも、ガスリーとの今季の直接対決では20対9と後れを取っている。アルピーヌが2027年にドライバー変更へ動けば、コラピントの立場が不安定になるのは避けられない。

    一方で、ウィリアムズにとってコラピントは未知のドライバーではない。自らのアカデミーで育成し、F1デビューの機会を与え、実際のレースで能力と弱点の双方を把握している存在だ。

    サインツJr.が残留すれば復帰の可能性は限られるが、離脱条項を行使して他チームへ移籍した場合には状況が一変する。アルピーヌでシートを失う可能性のあるコラピントと、後任を必要とするウィリアムズという構図が成立すれば、古巣復帰は現実的な選択肢のひとつとなりそうだ。

  • ブリアトーレが語るベネトン成功秘話「誰もTシャツ屋がF1で勝つとは思わなかった」

    ブリアトーレが語るベネトン成功秘話「誰もTシャツ屋がF1で勝つとは思わなかった」

    アルピーヌF1を率いるフラビオ・ブリアトーレが、自身のF1キャリアの原点となったベネトン時代を振り返り、「Tシャツメーカー」と揶揄されたファッションブランドが世界王者へと上り詰めた成功の理由を語った。

    2027年からアルピーヌの主要パートナーとしてグッチが加わることを控え、ブリアトーレにとってはファッションとF1を再び結びつける形となる。

    約30年前、ベネトンを単なるスポンサーではなくF1そのものをブランドの「アンバサダー」として活用した経験は、現在のアルピーヌにも通じるものがあるという。

    「F1初の本格的なファッションブランドだった」
    ブリアトーレがF1に足を踏み入れたきっかけは、イタリアのアパレルブランド、ベネトンだった。当時、ルチアーノ・ベネトンからF1での活動を任され、それまで自動車メーカーやレーシングチームが中心だった世界に、ファッションブランドという異質な存在を持ち込んだ。

    「当時のベネトンも、ある意味ではラグジュアリーブランドのような存在だった。世界に7000店舗のベネトンがあったからね。そして、F1に参入した最初の本格的なファッションブランドだった」とブリアトーレはThe Race Businessに語った。

    「最初はマシン全体がベネトンカラーだった。その後、ベネトンだけでやるには費用が高くなりすぎて、黄色や青など別のカラーを加える必要が出てきた。それでも、最初の例がベネトンだった」

    F1参戦によって得られたブランド効果は、ブリアトーレ自身の想像を超えていたという。

    「ある時点では、店舗よりレーシングチームのほうがはるかに有名になっていた。信じられないことだったよ。Tシャツメーカーがチャンピオンシップを獲るなんて、本当にすごいことだった」

    「1989年から1990年ごろに始めたときは、誰も我々に1セントの価値も見いだしていなかった。それが1995年には世界王者になる準備ができていた。本当に素晴らしかった」

    シューマッハと低予算でF1の頂点へ
    ベネトンは1994年にミハエル・シューマッハとともにドライバーズタイトルを獲得し、1995年にはシューマッハが連覇を達成。さらにコンストラクターズタイトルも手にした。

    ブリアトーレは、その成功が巨額の資金によって生まれたものではなかったと強調する。

    「レッドブルも後に似たことをやった。ただし、資金の規模もシステムもまったく違う。当時の我々の予算は、他のチームと比べて非常に限られていた。それでも成し遂げた。ミハエル・シューマッハには感謝している。彼はチームにとって非常に大きな存在だった」

    ベネトンがF1に参入した当初、周囲からは「Tシャツメーカー」と見られていた。それは飲料メーカーとしてF1に参入したレッドブルが後に受けた懐疑的な視線とも重なる。

    「我々は本当に“Tシャツメーカー”だった。でも結局、運営するのは人なんだ。その結果として最終製品であるマシンが生まれる」

    「ルチアーノはF1が大好きだった。兄弟のひとりはラグビーが好きで、別の兄弟はバレーボールが好きだった。ただ、最初からF1を選んだ理由は、それが世界的なスポーツだったからだ。ベネトンを他とは違うレベルへ持っていこうとしていた」

    ミハエル・シューマッハとフラビオ・ブリアトーレ

    モータースポーツ誌ではなく「VOGUE」に売り込んだベネトン
    当時のF1では、マクラーレン、フェラーリ、ウィリアムズ、ティレル、ブラバムといった伝統的なレーシングチームが中心だった。ブリアトーレは、彼らと同じ方法で戦ってもベネトンの存在感は高められないと考えた。

    そこで選んだのが、モータースポーツの枠を超えてファッションの世界へF1を持ち込む戦略だった。

    「他のチームは非常に技術志向だった。マクラーレン、フェラーリ、ウィリアムズ、ティレル、ブラバムといったチームだ」

    「そこでパトリツィアと僕は、AutosportやAutosprintなどの自動車雑誌に出るのではなく、ファッション誌やVOGUEに出ようと決めた。まったく違うアプローチだった」

    「モデルを使ったり、写真を重視したりした。当時の我々のマシンには競争力がなかったけれど、メディアやイメージという面では常にトップだった。誰もがベネトンを追いかけていた」

    つまり、マシンが勝てるようになる前から、ブランドとしてはF1のトップクラスの存在感を獲得していたということだ。

    「誰もTシャツメーカーが勝てるとは思っていなかった」
    ブリアトーレは、ベネトンが後方からスタートし、徐々に勢力図を覆していった過程を、現在のアルピーヌとも重ね合わせている。

    「我々は後方からスタートした。昨年アルピーヌで始めたときと同じだ。我々はいつも流れを変えてきたし、下から始めてきた」

    「ベネトンの成功は本当に信じられないものだった。Tシャツやセーターを作っている会社が、これほど競争が激しく技術的な世界に入って成功できるなんて、誰も信じていなかったからね」

    F1という世界を外部から眺めたことも、既成概念に縛られない発想につながったという。

    「当時、我々はそれほど難しくないことにも気づいた。みんなが物事を非常に難しくしていたんだ。最も難しいのは、適切な人材が適切な場所、適切なタイミングにいる機会を作ることだった」

    最初は参戦するだけだったベネトンだが、やがて表彰台が現実的な目標となり、その先にタイトルが見えてきた。

    「少なくとも競争できる可能性があることが分かった。その後、ただ競争するだけでなく、表彰台を狙えることが分かった。そして最後には『よし、今なら本当に戦える』となった」

    トップチームより30~40%少ない予算
    ブリアトーレによれば、ベネトンの予算は当時のトップチームより常に大幅に少なかった。

    「我々の予算は、常にトップチームより30~40%少なかった。1995年に最初のコンストラクターズタイトルを獲得したときは、当時のフェラーリやマクラーレンの50%程度の予算だったと思う」

    「それでも勝てたのは戦略が正しかったからだ」

    その戦略の中心にあったのが、人材だった。

    「信じられないほど素晴らしいドライバーを獲得した。そして素晴らしいエンジニアの集団がいた。彼らは今ではみんなスターになっている。ロス・ブラウンからパット・シモンズまでね」

    「現在レーシングブルズのチーム代表を務めているアラン・パーメインも我々と一緒だったし、ジョナサン・ウィートリーもいた」

    ブリアトーレは、これを「ベネトン・スクール」と表現する。

    「確かに我々はファッション企業だった。でも技術面でも優秀な人材を育てる力があった。ファッションの精神とテクノロジーの精神を組み合わせた。それをひとつにまとめた結果、大成功になったんだ」

    F1は「特別に難しいビジネスではない」
    ブリアトーレは、F1チームの経営を過度に特殊なものとは考えていない。

    「他のビジネスと同じだと思っている。世界最高の人材を相手に競争する以上、簡単ではない。でも成功することが不可能なわけではない」

    そもそもブリアトーレ自身、F1に深い知識を持ってこの世界に入ったわけではなかった。

    「僕はF1が何なのか、まったく知らなかった。ルチアーノ・ベネトンの判断によって、偶然F1に入ったんだ。本来なら数カ月だけ、商業面を整理するための仕事だった」

    「これほど長くF1にいるなんて思ってもいなかった。だからこそ、外からの視点でF1を見ることができた。もちろん複雑だよ。他のビジネスと同じように複雑だけれど、できることはたくさんある」

    「F1そのものがベネトンのアンバサダーだった」
    ブリアトーレが強調するのは、ベネトンが単にF1チームを広告媒体として利用していたわけではないという点だ。

    「当時、我々はベネトンのためにF1を使っていた。完全にね。ベネトンがF1を利用していたというより、F1そのものをベネトンのアンバサダーにすることを決めたんだ」

    「ルチアーノはあれだけの露出を得られたことを非常に喜んでいた。会社としても信じられないほどの成功だった」

    そして競争力が高まれば、その広告効果はさらに増幅する。

    「競争力があれば、その効果は2倍、3倍、4倍になる。新しい業界に入ると、違った目で見ることができる。毎日その世界にいるわけではないからね」

    グッチ加入で再び「ファッション×F1」へ
    2027年からグッチを主要パートナーに迎えるアルピーヌは、ブリアトーレにとって30年以上前のベネトン時代を想起させるプロジェクトになる。

    ベネトンは、伝統的なモータースポーツ企業ではない「Tシャツメーカー」としてF1に乗り込み、ファッションとモータースポーツを融合させた独自のマーケティングを展開。その後、シューマッハを中心にブラウン、シモンズ、パーメイン、ウィートリーら後にF1界の重要人物となる人材を集め、世界王者へと成長した。

    「多くの人は毎日同じやり方で物事をする。『これがやり方だから』という理由でね。でも、違う方法でやることもできる」

    ブリアトーレは現在も、自身を純粋なモータースポーツ人間とは捉えていない。

    「もちろんレースは大切だ。自分たちのチームだからね。でも、もし自分のチームがなかったら、僕がF1を見るかどうかは分からない。正直なところね」

    ファッションブランドの視点をF1へ持ち込み、常識とは異なる方法でベネトンを頂点へ導いたブリアトーレ。グッチとの新たなパートナーシップは、単なるスポンサー契約ではなく、かつて成功を収めた「ファッション×F1」という発想を現代のアルピーヌで再び試す機会となりそうだ。

  • フラビオ・ブリアトーレ アルピーヌF1再建「シューマッハ級ドライバーは今は不要」

    フラビオ・ブリアトーレ アルピーヌF1再建「シューマッハ級ドライバーは今は不要」

    アルピーヌF1の実質的なチーム代表を務めるフラビオ・ブリアトーレは、チーム再建に向けて現時点で最優先すべき課題はスター選手の獲得ではなく、組織そのものの立て直しだと強調した。

    かつてミハエル・シューマッハやフェルナンド・アロンソとともにF1世界王者を育て上げたブリアトーレだが、現在のアルピーヌF1には「シューマッハ級」のドライバーよりも、強いチームを築くことが必要だと語っている。

    「今はドライバーよりチーム作りが優先」
    フラビオ・ブリアトーレは1990年代にベネトンでミハエル・シューマッハと2度のF1世界タイトルを獲得。その後、ルノーではフェルナンド・アロンソを2005年、2006年のワールドチャンピオンへ導いた。

    その実績から、アロンソの2027年アルピーヌ復帰説も浮上しているが、The Raceのインタビューで「ミハエル・シューマッハやアロンソのようなドライバーが必要ではないか」と問われると、ブリアトーレはその考えを否定した。

    「そうなればいいとは思う。でも現時点では、ドライバーは本当に優先事項ではない」

    「ドライバーはチームが支えなければならない。チームがドライバーを信頼すれば、彼らはコンマ2~3秒を引き出してくれる。その差は非常に大きい」

    「今の我々に必要なのはチームを作ることだ。エンジニア同士の信頼関係、チーム全体の結束を築かなければならない」

    さらに、自身が復帰した当初と比べて組織が大きく変化したことにも触れた。

    「私がこのチームに来た時は1300人いたが、今は900人になっている」

    「私の最優先事項はレーシングチームを作ることだ。その後にドライバーのことを考えればいい」

    ガスリーは「トップ6に入るドライバー」
    一方でブリアトーレは、現在のエースであるピエール・ガスリーには絶大な信頼を寄せている。

    「トップ6のドライバーを挙げるなら、ピエールはその中に入ると思っている」

    「彼に必要なのは、より優れたマシンと、ファクトリーの人間への信頼だ。我々が今やるべきことはそこだ」

    「なぜピエールでは駄目なんだ? なぜ今いるドライバーではいけないんだ?」

    ブリアトーレは、ガスリーの実力に不足があるとは考えておらず、チーム側が競争力のあるマシンと環境を提供できれば十分に結果を残せるとの見方を示した。

    アロンソ復帰説が浮上する一方でコラピントの去就にも注目
    スペインGP以降、アストンマーティンF1の苦戦を背景にフェルナンド・アロンソのアルピーヌ復帰説が報じられている。ブリアトーレとの長年の関係もあり、2027年の移籍候補として名前が取り沙汰されている。

    一方で、フランコ・コラピントにはチーム側から別のシートを探すよう伝えられたとの報道もあり、ウィリアムズF1への移籍の可能性も噂されている。

    それでもブリアトーレは、現在のアルピーヌF1に必要なのはスター選手を獲得することではなく、まず組織全体の競争力を高めることだと強調した。チームとしての土台を築いた先にこそ、タイトル争いへの道が開けるというのが、現在の再建ビジョンである。

  • フラビオ・ブリアトーレ F1全戦スプリント開催を提案「観客にもっと与えるべき」

    フラビオ・ブリアトーレ F1全戦スプリント開催を提案「観客にもっと与えるべき」

    アルピーヌF1の実質的なチーム代表を務めるフラビオ・ブリアトーレは、F1の全24戦でスプリントレースを実施すべきだとの考えを示した。観客により多くの見どころを提供するためには、現在の週末フォーマットを見直す必要があると主張している。

    F1では2021年にスプリントレースを導入。当初は年間3戦で実施されていたが、2023年からは年間6戦へ拡大され、現在もその形式が採用されている。

    F1のステファノ・ドメニカリCEOも先日、ファンやプロモーターからスプリント開催を求める声が高まっていることを明かし、今後は開催数の増加やフォーマットの見直しについて各チームと協議していく考えを示している。

    そうした中、ブリアトーレは『The Race Business』のインタビューで、現在の週末フォーマットでは観客への提供価値が十分ではないと指摘し、全グランプリでスプリントレースを開催するべきだと語った。

    「僕はスプリントレースをやるべきだと思う」

    「もし僕が決めるなら、全レースで実施する。観客にもっと何かを提供する必要があるからだ」

    ブリアトーレは、金曜日のフリー走行はチームにとって技術的な作業が中心となり、観客にとって見応えが少ないことを問題視している。

    「金曜日の午前中は技術的な走行ばかりだ。2周ほど走ってピットへ戻る。観客のためになっていない」

    現在の通常開催では、金曜日に2回のフリー走行、土曜日に3回目のフリー走行と予選、日曜日に決勝レースが行われる。一方、スプリント週末では金曜日に1回のフリー走行とスプリント予選、土曜日にスプリントレースと決勝予選、日曜日に決勝レースというスケジュールとなる。

    ブリアトーレは、このフォーマットであれば観客は3日間を通じてより多くのレースアクションを楽しめると考えている。

    「スプリントレースがあれば、少なくとも2つのレース、2回のスタートを見ることができる。ドライバーも何かを懸けて走るのであって、エンジニアリングのためだけに走るわけではない」

    そして最後に、自身の考えを端的にこう締めくくった。

    「私なら24戦、24回すべてでスプリントレースを開催する」