投稿者: dbcheck

  • ルイス・ハミルトン 2026年F1前半戦を自己評価「平均より少し上」

    ルイス・ハミルトン 2026年F1前半戦を自己評価「平均より少し上」

    ルイス・ハミルトンは、フェラーリで復活を印象づけている2026年F1シーズン前半戦について、自身のパフォーマンスを「平均より少し上」と控えめに評価した。

    2025年はフェラーリ移籍初年度でグランプリ表彰台を一度も獲得できなかったハミルトンだが、2026年は状況が一変。第9戦スペインGPでは移籍後31戦目にしてフェラーリでのグランプリ初勝利を挙げ、さらに4度の表彰台を獲得している。

    それでも7度のF1ワールドチャンピオンは、ここまでの出来に高い点数をつけようとはしていない。

    フェラーリ2年目で取り戻した自信
    ハミルトンにとって、フェラーリでの最初のシーズンとなった2025年は厳しいものだった。中国GPのスプリントでは勝利を挙げたものの、グランプリでは一度も表彰台に立てず、20年に及ぶF1キャリアで初めて表彰台なしのシーズンを経験した。

    メルセデスからフェラーリへの移籍に伴う仕事の進め方や環境の変化への適応に加え、ハミルトンはグラウンドエフェクト世代のマシンと自身のドライビングスタイルとの相性にも苦しんだ。

    その経験を踏まえ、ハミルトンは2025年を通じてフェラーリのチームワークを「最適化」する必要性を訴え、2026年に向けてチームとの連携を深めてきた。

    その成果はSF-26で明確に表れている。2026年のハミルトンはマシンへの自信を取り戻し、オーバーテイクでも積極性を見せ、限界までマシンをプッシュできるようになった。

    最大の成果となったのがスペインGPだ。ハミルトンはバルセロナで力強い走りを披露し、フェラーリ加入後初となるグランプリ優勝を達成した。

    さらに4度の表彰台を獲得し、今季ここまで一度も6位以下でフィニッシュしていない。リタイアもなく、その安定感によってフェラーリのチームメイトであるシャルル・ルクレール、そしてメルセデスのジョージ・ラッセルをドライバーズランキングで上回っている。

    好成績でも自己評価は「平均より少し上」
    それでもハミルトン自身は、2026年前半戦のパフォーマンスを高く評価しているわけではない。

    ここまでの自分のシーズンを採点するよう求められたハミルトンは、簡潔にこう答えた。

    「平均より少し上、くらいかな」

    スペインGPで勝利し、安定して上位フィニッシュを続けている実績を考えれば、意外なほど控えめな自己評価だ。

    現在ハミルトンは、メルセデスで自身の後任となったランキング首位のアンドレア・キミ・アントネッリから50ポイント差につけている。シーズン後半の展開次第では、史上最多となる8度目のF1ワールドタイトルを争う可能性も残されている。

    しかし、ハミルトンはタイトル争いを意識して先を見過ぎることはないという。

    ルイス・ハミルトン スクーデリア・フェラーリ

    8度目のタイトルより「1レースずつ」
    「僕は1レースずつ考えている。毎週末、どうすれば最大限の結果を引き出せるのかを考えているだけだから、基本的に10レース先のことを考えたりはしていない」

    フェラーリが今季、メルセデスと争える速さを何度も示しているなかでも、ハミルトンの視線は目の前のレースに向けられている。

    また、2026年にはF1のテクニカルレギュレーションが大幅に変更されたが、新世代マシンへの対応についても、自分だけが特別な変更を強いられたとは感じていない。

    「特定の誰かにとって、よりやりがいのあるものになったとは思わない」

    「僕たちは全員、何らかの調整をしなければならなかった。でも、これまでのどの世代のマシンと比べても、僕が他のドライバー以上に大きな調整をしなければならなかったとは感じていない」

    2025年にはグラウンドエフェクトカーへの適応に苦しんだハミルトンだが、2026年の新規則は必ずしも自身に有利に働いたわけではなく、他のドライバーと同じように新しいマシンへ適応した結果だという認識だ。

    復活を遂げても変わらないハミルトンの基準
    フェラーリ加入初年度の苦戦から一転し、2026年は優勝と安定した上位フィニッシュによってタイトル争いに踏みとどまっているハミルトン。それでも本人の自己評価は「平均より少し上」にとどまる。

    スペインGPでフェラーリ初勝利を達成しても、目標を8度目のタイトルに置いて先を見据えるのではなく、目の前の週末で最大限の結果を引き出すことに集中する。その姿勢は、2025年の苦しいシーズンを経て再び競争力を取り戻した現在も変わっていない。

    シーズンはまだ半分を残している。首位アントネッリとの50ポイント差を縮め、フェラーリで初のF1タイトル争いを本格化させられるか。ハミルトンにとって後半戦は、自ら「平均より少し上」と評した前半戦を、さらに上の評価へ変える機会となる。

  • アストンマーティンF1スポンサーJCB 水素エンジン車で世界最速653km/h

    アストンマーティンF1スポンサーJCB 水素エンジン車で世界最速653km/h

    アストンマーティンF1チームのスポンサーを務める英国の建設機械大手JCBが、水素を燃料とする車両の世界最高速度記録を樹立した。米ユタ州のボンネビル・ソルトフラッツで「Hydromax(ハイドロマックス)」が平均406.320mph(約653km/h)を記録した。

    ステアリングを握ったのは、1997年にThrustSSCで世界初の音速突破を達成したアンディ・グリーン。JCBは建設機械で培ったエンジニアリング技術を水素内燃エンジンに応用し、従来の水素車による最高速度記録を大幅に更新した。

    JCBが水素で406.320mphの世界記録
    記録挑戦は米国ユタ州のボンネビル・ソルトフラッツで行われた。全長32フィート(約9.8メートル)のHydromaxは、FIAが定める方式に従って2回の計測走行を実施した。

    1回目は400.623mph(約645km/h)、2回目は412.135mph(約663km/h)を記録。その平均となる406.320mph(約653km/h)が公式記録となった。

    Hydromaxを駆動するのは、量産技術をベースとした4.8リッターの水素内燃エンジン2基。合計出力は約1,600bhpに達する。

    JCBといえばショベルやホイールローダーなどの建設機械で世界的に知られるメーカーだが、今回のプロジェクトでは「重いものを動かす」ために培ってきた技術を、純粋な最高速度の追求へと転用した。

    世界最速の男アンディ・グリーンがドライブ
    Hydromaxのドライバーを務めたアンディ・グリーンは、ランドスピードレコードの世界では特別な存在だ。

    グリーンは1997年、ThrustSSCを駆って763.035mph(約1,228km/h)を記録。地上を走る車両として史上初めて音速を突破し、現在も世界絶対速度記録の保持者である。

    今回、そのグリーンが水素エンジン車による新たな歴史を作った。

    「マシンは素晴らしかった。安定していて、強く、そして速かった」

    グリーンは走行後にそう振り返った。

    「Dieselmaxから20年後、水素で世界記録を樹立できたことを光栄に思います」

    JCBは2006年にも、ディーゼルエンジンを搭載した「Dieselmax」で速度記録に挑戦している。今回のHydromaxは、その精神を水素という次世代燃料へ受け継いだプロジェクトでもある。

    実際にはさらに速く走れた
    驚くべきことに、406.320mphという数字はHydromaxの性能を完全に使い切った結果ではなかったという。

    グリーンによれば、車両には設定された速度上限があり、計測区間では意図的にアクセルを戻さなければならなかった。

    「実際、マシンがあまりにも良かったので、設定していた最高速度に達してしまい、計測マイルを走っている途中でアクセルを戻して減速しなければならなかったんです」

    つまり、技術的には今回の公式記録をさらに上回る速度に到達できる余力があったことになる。

    従来の水素エンジン車記録を2倍以上に更新
    今回の記録が持つ意味は、単に400mphの壁を突破したことだけではない。

    従来、水素を燃料とする内燃エンジン車の最高速度記録は185.5mph(約299km/h)だった。Hydromaxの406.320mphは、それを2倍以上に引き上げたことになる。

    さらに、水素燃料電池車による303mph(約488km/h)の記録も上回った。これによりHydromaxは、動力方式を問わず水素をエネルギー源とする車両として世界最速となった。

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム

    JCBが水素内燃エンジンにこだわる理由
    今回の挑戦は、単なる最高速度記録のためのプロジェクトではない。

    JCBは建設機械の脱炭素化に向け、水素内燃エンジンの開発を進めている。大型建設機械では長時間稼働や短時間での燃料補給、高い出力などが求められるため、バッテリーだけでは用途によって実用上の制約が生じる。

    そこでJCBが有力な選択肢として開発しているのが、従来の内燃エンジン技術を生かしながら水素を燃焼させる方式だ。

    JCB会長のアンソニー・バンフォード卿は、今回の記録について次のように語った。

    「これは水素が機能すること、そして最高レベルで今日すでに機能することを示している。しかも排出ガスはゼロだ」

    Hydromaxは、極端な最高速度という環境で水素内燃エンジンの性能を示すことで、JCBが進める水素技術そのものを世界にアピールする役割も担っている。

    アストンマーティンF1を支えるJCB
    JCBはモータースポーツとも深い関係を持ち、現在はアストンマーティンF1チームのスポンサーを務めている。

    F1では2026年から持続可能燃料の使用が義務化されるなど、モータースポーツを通じた次世代エネルギー技術の開発が重要なテーマとなっている。JCBが選んだアプローチは水素内燃エンジンであり、今回の世界記録はその技術的な可能性を極端な形で実証するものとなった。

    建設現場で巨大な重量物を動かしてきたJCBが、今度は約653km/hという速度領域に挑んだ。Dieselmaxから20年を経て実現したHydromaxの世界記録は、同社にとって水素内燃エンジン開発を象徴する新たなマイルストーンとなった。

  • ジョージ・ラッセル メルセデスF1初戦の代償「今も腰に傷跡が残っている」

    ジョージ・ラッセル メルセデスF1初戦の代償「今も腰に傷跡が残っている」

    ジョージ・ラッセルは、2020年F1サヒールGPでメルセデスから急きょ参戦した際、体に大きな負担を強いられ、5年以上が経過した現在も腰に「傷跡」が残っていることを明かした。

    当時ウィリアムズからF1に参戦していたラッセルは、メルセデスと契約を結ぶ育成ドライバーでもあった。ルイス・ハミルトンが新型コロナウイルス検査で陽性となったため代役に抜擢されたが、参戦決定から走行開始までほとんど準備時間がなく、自分の体格に合わないコックピットでレースを戦うことになった。

    ハミルトンより約13cm長身 急造のコックピット
    ハミルトンの欠場が正式に発表されたのは2020年12月1日。サヒールGPの週末が始まるわずか3日前だった。

    ラッセルは自身のシートを使用することができたものの、そのモールドは3年前に製作されたものだった。さらにレーシングブーツも通常より1サイズ小さいものを履かなければならなかったという。

    ラッセルはハミルトンより約5インチ(約13cm)身長が高く、本来ならコックピットを体格に合わせて調整する必要があった。しかし、突然の代役決定だったため十分な改修を行う時間はなかった。

    それから5年半以上が経過した現在、ラッセルはSAPのYouTubeチャンネルで当時を振り返り、その影響が今も残っていると明かした。

    「今でも腰に傷跡が残っているんだ」

    準備不足でもボッタスに0.03秒差
    十分な準備ができない状況にもかかわらず、ラッセルは予選でメルセデスのレギュラードライバーだったバルテリ・ボッタスに0.03秒未満まで迫った。

    決勝ではスタートで首位に浮上。87周のレースで61周目まで勝利を狙える位置を走り、メルセデスでのF1初戦でいきなり優勝する可能性が見えていた。

    しかし、その後に状況は一変する。

    バーチャル・セーフティカー(VSC)下で行われたピットストップで、メルセデスは誤ってボッタス用のタイヤをラッセルのマシンに装着。規則上そのまま走行することはできず、ラッセルは再びピットに戻ることを余儀なくされた。

    それでもラッセルは追い上げ、2番手まで順位を回復した。ところが今度はコース上のデブリを踏んでタイヤがパンクし、再度のピットストップを強いられた。

    「どうしてこんな一連の出来事が起きたのか、本当に理解できなかった」

    「ピットストップでミスが起きて、『これはまったく良くない』と思った。でも、そこから挽回して、少なくとも2位、たぶんまだレースに勝てる位置まで戻っていたんだ」

    「感情がめちゃくちゃだった」初勝利を逃したサヒールGP
    ラッセルにとって、さらに受け入れ難かったのがパンクだった。当時、それまでのレースキャリアでほとんど経験したことのないトラブルだったという。

    「そしてパンクした。あの時点までキャリアで一度もパンクしたことがなかったんだ。今では150戦以上レースをしているけど、それ以降もパンクしたことがあったか分からないくらいだ」

    「だから、どうしてあんな出来事が次々と起きたのか、本当に理解できなかった」

    「感情がもう、めちゃくちゃだったよ」

    最終的にラッセルは9位でフィニッシュ。F1初優勝は逃したものの、急きょ乗り込んだメルセデスで見せた速さは、その後のキャリアを大きく左右するパフォーマンスとなった。

    ラッセルは最終戦アブダビGPでウィリアムズに復帰し、2021年も同チームから参戦。そして2022年、メルセデスのレギュラードライバーに昇格し、ハミルトンのチームメイトとなった。

    メルセデス昇格につながった忘れられない一戦
    2020年サヒールGPは、結果だけを見ればラッセルにとってわずか2ポイントに終わったレースだった。しかし、体格に合わないマシンと装備、ほとんど準備時間がない状況でボッタスと互角の速さを示し、決勝では勝利目前まで迫った。

    ピット作業の混乱とパンクによって初優勝こそ逃したが、この一戦はラッセルがトップチームでも戦えることを強く印象づけたレースとして、その後も語り継がれている。

    そして、その過酷さを物語るものが今も本人の体に残っている。メルセデスでのF1初戦から5年以上が経った現在も、ラッセルの腰には急造のコックピットで戦った際の「傷跡」が残っているという。

  • キャデラックF1 ロードン代表が退任 ブコウスキーを新チーム代表に任命

    キャデラックF1 ロードン代表が退任 ブコウスキーを新チーム代表に任命

    キャデラックF1チームは、チーム代表を務めてきたグレアム・ロードンが退任し、後任として元ルノー/アルピーヌのエグゼクティブディレクター、マルチン・ブコウスキーを新チーム代表に任命したことを発表した。

    2026年にF1参戦を開始したキャデラックにとって、シーズン途中での大きな首脳人事となる。ただし、チームは今回の交代を、組織が立ち上げ段階からレーシングパフォーマンスを追求する次のフェーズへ移行することに伴う「計画されたリーダーシップ移行」と位置づけている。

    グレアム・ロードンがキャデラックF1代表を退任
    ロードンは、キャデラックのF1参戦プロジェクトが本格始動する以前からチーム形成を主導してきた人物だ。かつてヴァージン/マルシャでチーム運営に携わった経験を持ち、キャデラックがF1グリッドに加わるための組織づくりで中心的な役割を担ってきた。

    キャデラックの発表ではロードンの退任理由について具体的な説明はなかったものの、チームは今回の人事を計画されたリーダーシップ移行として説明している。一方、複数の報道では、ロードンがチームを離れる形になると伝えられている。

    キャデラックF1のCEOを務めるダン・タウリスは、ロードンの功績に感謝を示した。

    「グレアム・ロードンのリーダーシップ、そしてキャデラックF1チームをゼロから築き上げるうえで果たしてくれた役割に感謝している」

    「彼の貢献は、我々の立ち上げ段階において強固な基盤を築く助けとなった。その献身に感謝するとともに、今後の成功を願っている」

    後任は元ルノー/アルピーヌのマルチン・ブコウスキー
    ロードンの後任に就くマルチン・ブコウスキーは、F1で20年以上にわたる経験を持つ。エンジニアリングだけでなく、レギュレーション策定やチーム経営にも携わってきた異色の経歴の持ち主だ。

    これまでプロスト、フェラーリ、マクラーレンで技術職を歴任したほか、FIA(国際自動車連盟)でもF1の技術部門で要職を務めた。その後ルノーに加入し、エグゼクティブディレクターとしてチーム運営に携わり、アルピーヌへの移行後も経営陣の一員を務めた。

    キャデラックは、ブコウスキーの加入について、F1参戦に向けた「立ち上げ」から、実際に競争力を高めていく次の段階へ組織を移行させるための人事だと説明している。

    タウリスは新代表について次のように語った。

    「マルチンの就任は、キャデラックF1チームが進化を続けていくうえで、もうひとつの重要なステップとなる」

    「最初から我々の目標は、単にF1に参加することではなく、最前線で戦うことのできる次世代のチームを構築することだった」

    「キャデラックF1チームが新たな時代に入るなか、マルチンは卓越したF1での経験、技術的専門知識、そして戦略的なリーダーシップをもたらしてくれる。それによって組織を強化し、長期的な成功に必要となる勝者のメンタリティ、ツール、プロセスを構築する助けとなるだろう」

    マルチン・ブコウスキー(キャデラックF1 新チーム代表)

    「コストキャップの中でマシン開発を最大化する」
    F1の最前線に復帰するブコウスキーは、キャデラックでの最優先課題として、コストキャップ下でマシン開発を最大化し、チーム全体を競争力のある組織へと成長させることを挙げた。

    「キャデラックF1チームには、素晴らしい基盤と大きな野心がある」

    「今はチームにとって非常に大きなチャンスのある段階だ。そして、明確な目標によって定義されることになる。それはコストキャップの中でマシン開発を最大化し、チームのあらゆる機能を競争するために機能させることだ」

    「つまり、勝者のメンタリティを持つエリート組織を構築するということだ。強い意欲を持ち、挫折に直面しても決して諦めず、細部とプロセスに徹底的にこだわり、レース当日に正確に実行できる組織だ」

    ブコウスキーは、単純な技術開発だけでなく、組織内部の意思決定プロセスにも重点を置く考えを示している。

    「僕が重点を置くのは、人材、ツール、情報の流れをひとつにまとめ、正しい決断を迅速に下せるようにすることだ。そしてレースを重ねるたびに、マシンのパフォーマンスを向上させていく」

    「キャデラックF1チームのサーキットでの活動を率いることができるのは光栄だ。来週末のザントフォールトから仕事を始める」

    ブコウスキーはオランダGPからキャデラックの現場指揮を執ることになる。

    「チームを作る」段階から「勝てる組織を作る」段階へ
    今回の代表交代は、単なるシーズン途中の人事変更というより、キャデラックのF1プロジェクトが次のフェーズへ移ったことを示すものと言える。

    ロードンの役割は、F1参戦に必要な人材や設備、運営体制をゼロから構築し、チームを実際にグリッドへ送り出すことにあった。一方、FIAでレギュレーションを熟知し、ルノー/アルピーヌで組織運営にも携わったブコウスキーには、限られたコストキャップの中で開発効率を高め、キャデラックを競争力のあるF1チームへ成長させる役割が求められる。

    キャデラックはロードンによる「立ち上げ」のフェーズを終え、ブコウスキーの下で「勝てる組織」を構築するフェーズへと踏み出すことになる。

  • ミカ・ハッキネン「死にかけた」 F1大事故後に迫られた人生最大の決断

    ミカ・ハッキネン「死にかけた」 F1大事故後に迫られた人生最大の決断

    1995年F1オーストラリアGPで生死をさまよう大事故に遭ったミカ・ハッキネンが、奇跡的な生還を果たした後に迫られた「人生で最も難しい決断」のひとつを振り返った。

    マクラーレンを駆っていたハッキネンは、アデレードで行われた1995年シーズン最終戦の予選中に高速でクラッシュ。頭蓋骨骨折などの重傷を負い、一時は生命の危機に陥った。だが、本当に難しい選択が待っていたのは回復した後だった。

    「数カ月前に死にかけた」のと同じ世界へ戻るのか。それともF1を諦め、別の人生を歩むのか。後に2度のF1ワールドチャンピオンとなるハッキネンにとって、その決断はキャリアだけでなく人生そのものを左右するものだった。

    1995年アデレードで起きた生死を分けるクラッシュ
    事故が起きたのは、1995年オーストラリアGPの最初の予選セッションだった。ハッキネンがブリュワリー・ベンドに差しかかった際、マクラーレンの左リアタイヤがパンク。マシンは高速でバランスを失った。

    スピンしたマシンはコーナー外側の縁石を越えて宙に浮き、そのままタイヤバリアへ激突した。当時、その場所にはグラベルがなく、マシンは十分に減速しないまま激しい角度でバリアに突っ込んだ。

    元チームメイトのデビッド・クルサードと出演したポッドキャスト『Up To Speed』で、ハッキネンは衝突を避けられないと悟った瞬間を振り返っている。

    「横向きになって、出口にある大きな縁石にぶつかり、マシンが空中に飛び上がった。その瞬間、ものすごく激しいことになると分かった」

    「マシンはまったく減速していなかったし、バリアがそれほど遠くないことも分かっていた。ものすごいスピードで、マシンは空中で回転していた」

    通常、ドライバーはクラッシュを察知すると、ステアリングを強く握り、身体に力を入れて衝撃に備える。しかし、この事故では衝突するタイミングを把握できなかったという。

    「いつ壁にぶつかるのか分からなかった。普通なら壁にぶつかるときはステアリングをできるだけ強く握って、身体全体に力を入れる。でも、それができなかった」

    衝突後、ハッキネンは自分の身体に重大な異変が起きていることに気づいた。

    「手や脚を動かそうとした。でも、まったく動かなかった。それで『まずい』と思った」

    シド・ワトキンスら医療チームの緊急処置
    事故直後、現場ではFIAの医療チームによる救命措置が行われた。その中心にいたのが、当時F1の医療体制を率いていたシド・ワトキンス医師だった。

    ハッキネンは頭蓋骨を骨折し、気道も塞がれていたため、現場で緊急の気管切開が行われた。極めて切迫した状況であり、迅速な処置が生存につながった。

    救助隊が到着したときの記憶について、ハッキネンはこう語っている。

    「目の前に来た人から『リラックスしてください。何もしないで、落ち着いていてください』と言われた。その後、誰かが明かりを消したようになった。すべて真っ暗になった」

    病院へ搬送されたハッキネンは長期の治療とリハビリを余儀なくされた。

    意識を取り戻した際、見舞いに訪れていたのが当時マクラーレンを率いていたロン・デニスと妻のリサだった。

    「実際、最初に会いに来てくれたのはロンとリサだった。最初に目に入ったのがリサ・デニスだった」

    大量の薬を投与されていたこともあり、ハッキネンはそのときの状況をユーモアを交えて振り返る。

    「もちろん薬がたくさん効いていたから、『ここは天国なのかな』と思った」

    「それから左を見るとロン・デニスがいた。それで『ああ、違う。天国じゃないな』と思ったよ」

    ミカ・ハッキネン F1

    「数カ月前に死にかけた」F1に戻るべきなのか
    身体が回復へ向かうにつれ、ハッキネンには医療とは別の問題が突きつけられた。

    F1に戻るのか、それともモータースポーツから離れるのか。

    ハッキネンは、この決断を人生で最も難しかったもののひとつだったと明かしている。

    「決断しなければならないあの瞬間は、最も難しいもののひとつだったと思う。『人生では別の方向へ進んで、モータースポーツのことは忘れよう』と考えることだって簡単にできる」

    だが、最終的に答えを出せるのは自分だけだった。

    「その決断は自分一人でしなければならない。人生について、本当にいろいろなことを考えることになる。『自分は人生で何をしたいのか?』『これからの人生はどうなるのか?』。そういう疑問がずっと頭に浮かんでくる」

    そして、避けて通れない問いがあった。

    「数カ月前に死にかけた。それなのに、また同じ世界へ戻りたいのか?」

    それでもハッキネンがF1復帰を選んだ理由
    ハッキネンが最終的に選んだのは、F1への復帰だった。

    そこにあったのは、単に速いマシンを運転したいという気持ちだけではなかった。F1という競技そのもの、そしてチームとともに結果を追求することへの強い情熱だった。

    「モータースポーツ、そしてマシンを運転することにはものすごい情熱があった。この信じられないようなF1マシンを、とてつもないスピードでコントロールすることにね」

    「でも、楽しさは運転だけではなかった。すべてがうまく機能して、メカニックやエンジニアと素晴らしいチームワークを発揮できたとき、それは本当に大きな意味を持つ」

    一方で、自分が復帰を選んだ背景には若さや自尊心もあったのかもしれないと認めている。

    「だから戻ることを決めた。若かったからなのか、自分のエゴだったのか、それとも『自分ならできる』と証明したかったからなのかは分からない」

    ただし、決断したからといって恐怖が消えたわけではない。

    「復帰すると決めたけれど、簡単な決断ではなかった。自分の精神状態に取り組まなければならない。事故の後にもう一度マシンに乗るなら、クラッシュへの恐怖を考えないように心を整える必要がある」

    「リスクそのものがなくなることはない。また起きる。もう一度事故に遭うこともある。でも、その事故を恐れてはいけない」

    大事故から3年後にF1ワールドチャンピオンへ
    ハッキネンは1996年シーズン開幕前にF1マシンへ復帰。その後、再びトップレベルのパフォーマンスを取り戻していった。

    何度もの不運を経験した末、1997年最終戦ヨーロッパGP(ヘレス)でF1初優勝を達成。翌1998年にはマクラーレンでミハエル・シューマッハとのタイトル争いを制し、初のF1ワールドチャンピオンに輝いた。

    1999年にはタイトルを防衛して2年連続王者となり、2000年にもシューマッハとシーズン終盤までタイトルを争った。2001年を最後にF1から離れるまで、通算20勝を挙げている。

    1995年アデレードで生命を失いかけたドライバーが、約3年後には世界の頂点に立った。

    ハッキネンにとって重要だったのは、事故のリスクが消えたと信じることではなかった。危険は再び訪れる可能性があると理解したうえで、それでも恐怖に支配されず、自分が情熱を注いできたF1へ戻ることだった。その決断の先に、1998年と1999年の2度のワールドタイトルが待っていた。

  • FIA会長の「独立系F1エンジン」構想 フェラーリ代表「現実的か分からない」

    FIA会長の「独立系F1エンジン」構想 フェラーリ代表「現実的か分からない」

    FIAのモハメド・ビン・スレイエム会長が、カスタマーチーム向けにFIAが選定した独立系エンジンサプライヤーを導入する構想を打ち出したことについて、フェラーリF1チーム代表のフレデリック・バスールが見解を示した。

    バスールは「何でも可能だ」としながらも、独立系メーカーがF1エンジンそのものを製造することより、限られた予算のなかで既存メーカーと競争できる性能を実現することの方が大きな問題になると指摘。「本当に現実的なのかは分からない」と慎重な姿勢を示している。

    FIAが検討するカスタマーチーム向け共通エンジン
    ビン・スレイエムは先月、ロイターのインタビューでF1への給油復活を検討していることを明らかにした。そのなかで、さらに注目を集めたのが、FIAが選定するエンジンをカスタマーチームに供給するという構想だった。

    ビン・スレイエムは、ワークスチームがエンジン供給を通じてカスタマーチームに政治的な影響力を行使する状況を防ぎたいとの考えを示している。

    「Aチームが、エンジンを供給しているBチームを支配するようなことはなくなる」

    「手頃な価格で実現できるのであれば、残りのBチーム向けにひとつのエンジンを用意する。そうすれば、誰かが『こちらに投票しなければ、いいエンジンを供給しない』などと言って影響力を行使することはできなくなる」

    現行レギュレーションでは、パワーユニットメーカーはカスタマーチームに対し、ワークスチームが使用するものと同等仕様のパワーユニットを供給することが義務付けられている。

    現在フェラーリは、自社のワークスチームに加えて、ハースとキャデラックにもパワーユニットを供給している。

    また、ビン・スレイエムは将来的なF1パワーユニットについて、持続可能燃料を使用し、電動要素を限定したV8エンジンへの回帰も推進している。

    バスール「何でも可能だが現実的かは分からない」
    ビン・スレイエムの独立系エンジン構想について質問されたバスールは、技術的に不可能なアイデアではないと語った。

    「何でも可能だ。誰かが今日エンジンを造りたいと思えば、造ることはできる」

    一方で、問題になるのは単純にエンジンを完成させることではなく、その性能だという。

    「問題はパフォーマンスだ。V8ならほかのものより簡単だと考えることもできる」

    「ただ、それがものすごく現実的なのかどうかは分からない」

    バスールは、独立系メーカーにとってF1エンジンを設計・製造する技術そのものが最大の障壁になるとは考えていない。むしろ、パワーユニットメーカーにも適用されているコストキャップが大きなハードルになるとの見方を示した。

    現在のF1ではシャシー側だけでなく、パワーユニットメーカーの開発費についても上限が設定されている。また、内燃エンジン(ICE)のアップグレード機会については、FIAのADUOシステムによって決定される。

    F1 エンジン

    コスワースのような独立系メーカーでも「造ること自体は複雑ではない」
    コスワースのような独立系エンジンメーカーにとって、このプロジェクトは複雑すぎるのではないかと問われると、バスールは技術的な製造能力と競争力を分けて考える必要があると説明した。

    「エンジンを造ること自体は複雑ではない」

    「複雑なのは、求められるパフォーマンスレベルだ」

    「コストキャップのことを考えれば、この条件のなかで競争力を発揮するのは非常に難しいと思う」

    つまりバスールが疑問視しているのは、独立系メーカーがF1エンジンを「造れるか」ではなく、限られた予算でフェラーリやメルセデスといった既存メーカーに匹敵する性能のエンジンを「造れるか」という点だ。

    現在F1に参戦するパワーユニットメーカーは、フェラーリ、メルセデス、レッドブル・フォード、ホンダ、アウディの5社。FIAが構想する独立系サプライヤーが実現すれば、ワークスメーカーとの関係を持たない新たなエンジン供給ルートが生まれることになる。

    ただしバスールの発言が示すように、その実現には技術的な参入障壁以上に、コストと競争力をどのように両立させるかという難題が残されている。

  • ホンダF1 スペック2でまずICEを強化 最大30馬力アップの可能性

    ホンダF1 スペック2でまずICEを強化 最大30馬力アップの可能性

    アストンマーティンF1は、夏休み明けの第12戦オランダGPでホンダの「スペック2」パワーユニット(PU)を投入する。今回のアップデートは内燃エンジン(ICE)の性能向上に焦点を絞ったもので、一部の楽観的な推定では最大30馬力程度の向上が得られる可能性も指摘されている。

    ホンダF1のトラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアを務める折原慎太郎によれば、ライバルメーカーとの差を縮めるうえで現時点の最大の弱点はICEにある。

    プレチャンバーやピストン形状、潤滑システムにまで手を入れたスペック2によってまずICEの性能を引き上げ、その先にPU全体の最適化を進める考えだ。

    アストンマーティンは前戦ハンガリーGPで、エイドリアン・ニューウェイが手掛けたAMR26の今季初となる大型アップデートを投入した。依然として目標とする位置には届いていないものの、シャシー側では競争力を大きく改善することに成功している。

    Paceteqのデータによれば、ハンガリーGPでアストンマーティンのレースペースにおけるトップとの差は1周あたり2.034秒だった。シルバーストンとスパでは5秒以上の差があったが、両サーキットはハンガロリンクよりも全長が長く、さらにハンガロリンクはPU性能への依存度が比較的低いという条件の違いも考慮する必要がある。

    シャシー側が前進を果たした一方で、依然として弱点として残っているのがPUだ。ホンダはザントフォールトで投入するスペック2によって、その差を縮めようとしている。

    ホンダがスペック2でまずICEを強化する理由
    今回のスペック2では、ICEの性能向上がアップデートの中心となる。

    2026年F1では電動パワーの比重が大幅に高まり、MGU-Kの最大出力は350kWに引き上げられた。エネルギーを効率よく回収し、必要な場所でデプロイするエネルギーマネジメントは従来以上に重要になっている。

    それでもホンダがまずICEを改良するのは、現時点でライバルメーカーとの最大の差が内燃エンジンそのものにあると判断しているためだ。

    「我々のエンジン性能は、他のメーカーと比較すると明らかに不足しています。ですから、現時点で最も重要なのはエンジン性能を改善することだと思っています。先ほど申し上げたように、差はかなり大きいです」

    折原慎太郎は、ICEが十分な水準に達していない状態では、エネルギーマネジメントなど他の領域だけを改善しても十分な効果にはつながらないと説明する。

    「燃焼エンジンの性能を改善しない限り、ほかの部分を改善しても十分な効果にはつながりません。例えばエネルギーマネジメントを改善したとしても、エンジン性能そのものが不足していれば意味がありません」

    「今は純粋にエンジン性能の改善に集中しています。そこで目標を達成できれば、そのあとでほかの細かな部分を最適化できると思います。ただ、依然として最大の重点項目はエンジン性能、つまり燃焼エンジンです」

    つまり、ホンダがバッテリーや電動系を軽視しているわけではない。まずICEを必要な水準まで引き上げ、そのうえで電動系を含めたPU全体の最適化へ進むという開発の順序だ。

    プレチャンバーやピストンまで変更したスペック2
    今回のスペック2は、単なる制御変更やセッティングの最適化ではない。ホンダはICE内部の複数の領域に手を入れている。

    ホンダのSNS動画で新仕様について質問された折原慎太郎は、詳細については「秘密」としながらも、その一部を明らかにした。

    「エンジン性能を向上させること、つまり燃焼を速くすることに重点を置きました」

    「ある意味では秘密なのですが、少しだけ明かすことはできます」

    「燃焼を速くするためにプレチャンバーを変更しました。また、より良い燃焼を得るためにピストン形状も変更しています」

    さらに、性能向上は燃焼側だけではない。機械的な損失を減らすため、潤滑システムの一部にも変更を加えた。

    「摩擦を減らすために潤滑システムの一部も変更しました。エンジン性能を向上させるために、かなり多くの項目に取り組みました」

    プレチャンバーは燃焼室内で混合気を効率的かつ素早く燃焼させるうえで重要な要素であり、ピストン形状も燃焼状態に直接影響する。さらに潤滑系で機械的な摩擦損失を減らすことで、燃料から得られるエネルギーを可能な限り出力へ変換することを狙っている。

    最大30馬力アップの可能性 50馬力説には否定的
    注目されるのは、スペック2によって実際にどれほどICEの性能が向上するのかだ。

    ホンダは具体的な出力向上幅を公表していないが、一部の楽観的な推定では最大30馬力程度の向上が得られる可能性が指摘されている。一方、別の報道では30~50馬力程度との推測も出ている。

    特に50馬力という数字について質問された折原慎太郎は、その規模には否定的な見方を示した。

    「その数字があればうれしいですが、かなり大きな数字です」

    さらに、50馬力という報道について折原慎太郎は次のように説明した。

    「詳細なパワーの数字はお話しできませんが、私の感覚では、それは実際の数字ではないと思います」

    具体的な出力向上幅こそ明かしていないものの、スペック2の開発自体については予定していた水準に到達したという。

    「詳細な数字は明かせませんが、我々の内部目標は達成しました。スペック2エンジンについて、HRC Sakuraのファクトリーのみんなが成し遂げたことには自信を持っています」

    「新しいスペックのエンジンをオランダに持ち込むことを楽しみにしています」

    したがって「最大30馬力」はホンダが公式に示した数字ではなく、あくまで外部から出ている楽観的な推定となる。ただし、ホンダ自身が内部目標を達成したと説明していることからも、一定の性能向上に手応えを得ていることはうかがえる。

    目標は「レースができる集団」へ戻ること
    折原慎太郎がザントフォールトでのアップデートに掲げる目標は、単純な最高出力の数字だけではない。

    アストンマーティンがシャシー側で前進したように、PU側でも他車と直接競争できる領域へ戻ることを目指している。

    「我々の目標はレースができる集団に戻ることです。毎週末、0.01秒や0.02秒を見つけるために懸命に取り組んでいますが、そうした小さな改善が実際に意味を持つ状況に戻したいです」

    現状ではPU性能の不足が大きいため、セットアップや細かな最適化によって0.01秒、0.02秒を削っても、それが結果に反映されにくい。まず大きな性能差を縮め、そのうえで細部の改善が順位につながる状態へ戻すという考えだ。

    スペック2でドライバビリティは再調整へ
    ただし、ICEの性能を大きく変更すれば、新たな課題も生まれる。そのひとつが、2026年シーズン前半を通じてホンダが改善を続けてきたドライバビリティだ。

    ドライバビリティとは、ドライバーがアクセルを操作した際のトルクの出方や、コーナリング中のPUの反応など、ドライバーが感じる出力特性を指す。

    「ドライバビリティを最適化するためのツールを開発し、大きく前進しました。目標としていたところにかなり近づいていました」

    しかし、スペック2ではICEの燃焼特性そのものが変化する。

    「ただ、スペック2エンジンを投入すると燃焼特性が大きく変化します。非常に大きくというほどではないかもしれませんが、かなり違うものになります」

    「それによってコーナリング中のエンジンの挙動も変わります。ですから、ドライバビリティについてはもう一度開発していく必要があります」

    最高出力を引き上げるだけでは十分ではない。新しいICEの特性に合わせて、アクセル操作に対するトルク供給やコーナリング中の挙動を再び最適化する必要がある。

    ホンダ・レーシング 折原慎太郎

    AMR26の進化もPUへの要求を変える
    さらにホンダにとって重要なのが、アストンマーティンのシャシーそのものが進化していることだ。

    ハンガリーGPで投入されたアップデートによってコーナリング性能が改善すれば、ドライバーがPUに求める特性もこれまでとは変わる。

    「マシンの仕様が変われば、コーナリングスピードもかなり高くなります。そうすると、ドライバビリティに対する要求も変化します」

    PUとシャシーは独立して存在するものではない。コーナリング速度やアクセル開度などが変化すれば、それに合わせてPU側の制御も適応させなければならない。

    ニューウェイを中心としたアストンマーティンの開発が進むほど、ホンダ側にも新たな要求が生じることになる。

    「ゼロからではない」前半戦の経験をスペック2へ
    スペック2の投入によって再びドライバビリティの調整が必要になるとはいえ、ホンダがシーズン開幕時の状態に逆戻りするわけではない。

    折原慎太郎は、前半戦を通じてドライバビリティを改善する方法そのものを理解できたことが大きいと語る。

    「シーズン前半を通じて大きく前進しました。我々なりの最適化の方法を開発することができました」

    「新しいエンジンを投入すれば、おそらくドライバビリティを改善するために、また作業が必要になると思います。ただ、今は何をすべきか、どこを改善すべきかが分かっています」

    「そこは非常に大きな学びでした。その経験をBスペックのエンジンにも持ち込むことができます」

    新しいICEによって燃焼特性が変わっても、前半戦で確立した開発手法まで失われるわけではない。ホンダにとっては、スペック1で得た知見をスペック2へ持ち込みながら、新たな特性に合わせて最適化を進めることになる。

    スペック2はホンダのキャッチアップの第一歩
    スペック2だけですべての性能差を埋められるわけではない。ホンダには今後もPUを改良する機会が残されている。

    2026年から導入されたADUO(Additional Development and Upgrade Opportunities)は、PUメーカー間に一定以上の性能差が確認された場合、後れを取っているメーカーに追加開発を認めるキャッチアップ制度だ。

    ホンダは最初の評価で追加開発の対象となっており、今回のスペック2はライバルとの差を縮めるための重要なステップとなる。

    折原慎太郎自身も、ICEで目標を達成したあとには「ほかの細かな部分を最適化できる」と説明している。つまり、ザントフォールト仕様が2026年型ホンダPUの完成形というわけではない。

    まず最大の弱点であるICEの性能を必要な水準まで引き上げ、その後にエネルギーマネジメントを含むほかの領域を最適化していく。スペック2は、そのキャッチアップ計画における重要な第一歩と位置づけられる。

    アストンマーティンとホンダ 反撃の第2段階へ
    アストンマーティン側でも状況は変わり始めている。ハンガリーGPでは大型アップデートを投入したAMR26が一定の前進を示し、夏休み明けにはそこへホンダのスペック2が加わる。

    シーズン前半にはシャシーとPUの双方で苦戦したが、シャシー側に続いてPU側でも性能差を縮めることができれば、アストンマーティンとホンダの2026年シーズンは新たな段階に入る。

    ホンダにとってザントフォールトのスペック2は、単純な馬力向上だけを目的としたアップデートではない。プレチャンバー、ピストン、潤滑システムまで変更してICEそのものの性能を引き上げる一方、その結果として変化する燃焼特性に合わせ、ドライバビリティも改めて作り込む必要がある。

    最大30馬力という数字はあくまで外部の楽観的な推定であり、ホンダは具体的な向上幅を明らかにしていない。それでも「内部目標は達成した」という折原慎太郎の言葉からは、スペック2への手応えがうかがえる。

    シャシー側で前進したアストンマーティンに、ICEを重点的に改良したホンダのスペック2が加わるオランダGP。そこで「0.01秒や0.02秒の改善が意味を持つ」レースの集団まで戻れるかどうかが、後半戦に向けた最初の試金石となる。

  • ウィリアムズF1苦戦 アルボンが明かす舞台裏「小さな火事を消す日々」

    ウィリアムズF1苦戦 アルボンが明かす舞台裏「小さな火事を消す日々」

    アレクサンダー・アルボンは、2026年シーズンに苦戦が続くウィリアムズについて、チームが次々と発生する問題への対処に追われている現状を明かした。

    今季はさらなる飛躍が期待されていたウィリアムズだが、実際には昨年よりも競争力を落とし、サマーブレイク時点でコンストラクターズ選手権9位。直近5戦ではノーポイントが続いている。

    ウィリアムズは「小さな火事」を消す日々
    アルボンにとって2026年は、ウィリアムズで迎える5シーズン目となる。チームは新レギュレーション導入に合わせて2026年型マシンの開発にリソースを集中させてきたが、その期待とは裏腹にシーズンを通じて苦しい戦いを強いられている。

    カルロス・サインツJr.とともにマシンの問題に向き合うなか、アルボンは現在の状況について、ドライバーにとって精神的にも難しいものだと説明した。

    「今年はその意味ですごく心理的な部分が大きい。簡単に解決できることが何もないからね」

    「チームとしても、消火活動をしているような状態なんだ。小さな火事がいくつもあって、それをひとつずつ消そうとしている。だから、自分自身の問題なのか、それともマシンの問題なのかを切り分けるのが難しい」

    ウィリアムズは直近5戦でポイントを獲得できておらず、サマーブレイク時点でコンストラクターズ選手権9位に沈んでいる。

    「ドライビングだけに集中」考え方を変えたアルボン
    こうした状況のなか、アルボンは最近3〜4戦で週末への向き合い方を変えたという。マシン側の問題まで自分で抱え込むのではなく、自分はドライビングに集中し、技術的な作業はエンジニアに任せるというシンプルな考え方だ。

    「自分にできるのは、ここ3〜4戦で僕がやってきたように、純粋にドライビングだけに集中して、エンジニアリングのことはエンジニアに任せることだけだ」

    「自分がいい仕事をしたと思えたなら、いい仕事をした。それで終わり、という感じにするんだ」

    「レース週末に臨むうえではすごくシンプルなアプローチだけど、実際、そうするようになってからここ数戦は自分のパフォーマンスがかなり良くなったと感じている」

    マシンの問題と自身のドライビングを必要以上に結びつけないことで、アルボンは自分の仕事に集中できるようになったという。

    問題をひとつずつ「消して次へ」
    ただし、ウィリアムズが抱える課題が一気に解消されたわけではない。アルボンは現在の改善作業を、チェックリストをひとつずつ消していくようなものだと表現した。

    「シーズンが進むにつれて、チェックリストみたいになっている。問題をひとつ消して、修正して、そして次の問題に進むんだ」

    2026年のF1で上位進出を目指していたウィリアムズにとって、ここまでのシーズンは期待とは異なる展開となった。アルボン自身はドライビングへの集中によって手応えを取り戻しつつあるものの、チームとしては発生する「小さな火事」をひとつずつ消しながら、競争力を立て直していく状況が続いている。

  • アルピーヌF1×グッチ ブリアトーレ「世界で最も撮影されるマシンになる」

    アルピーヌF1×グッチ ブリアトーレ「世界で最も撮影されるマシンになる」

    2027年、アルピーヌF1は「Gucci Racing Alpine Formula 1 Team」として新たなスタートを切る。世界的ラグジュアリーブランドのグッチがタイトルパートナーに就任し、マシンだけでなくドライバーの装い、マーチャンダイジングまで含めた大規模な展開が計画されている。

    アルピーヌのエグゼクティブアドバイザーを務めるフラビオ・ブリアトーレは、グッチとの契約をチームにとって大きな転換点と位置づける。

    一方で、強力なブランドを味方につけただけでは十分ではないとも認識している。「今度はマシンもエキサイティングなものにしなければならない」と語り、2027年に向けて競争力を伴わせる必要性を強調した。

    「F1マシンにラグジュアリーブランドを」から始まった構想
    ブリアトーレによれば、グッチをアルピーヌに迎える構想は、F1におけるラグジュアリーブランドの存在感を見て思いついたものだった。

    「特にアルピーヌにとって、僕たちはアルピーヌというブランドを進化させている。グッチというアイデアが浮かんだのは、F1にはイベントをスポンサーするルイ・ヴィトンがいる一方で、マシンにはラグジュアリーブランドがなかったからだ」

    ブリアトーレは、イベント側のルイ・ヴィトンとチーム側のグッチという組み合わせが、現在のF1の価値を象徴するものになると考えている。

    「F1の歴史でも、これほど大きなスポンサーはなかった。単にチームをスポンサーするブランドではなく、イベントとチームの両方にラグジュアリーブランドが関わることになる」

    構想を進めるうえでブリアトーレが話を持ちかけたのが、ルカ・デ・メオだった。

    「ルカは僕のとても親しい友人で、いつもいろいろなブランドについて話していた。僕は『ルカ、イタリアを代表する企業のひとつであるEniがいて、世界最大手のMSCもいる。それならグッチもこのグループに加えたら素晴らしいじゃないか』と言ったんだ」

    だが、最初から歓迎されたわけではなかった。

    「最初、彼はとても悪いアイデアだと言った。でも僕は決して諦めない。何度も何度も押した。するとあるとき彼から電話があって、『もしかするといいアイデアかもしれない。ただしピノー氏を説得しなければならない』と言われた」

    モナコGPがグッチを動かした
    次のハードルは、グッチを傘下に持つケリング側を説得することだった。ブリアトーレによれば、フランソワ=アンリ・ピノーは当初、F1に詳しい人物ではなかったという。

    「ピノー氏とは何度かミーティングをした。最初は難しかった。彼はF1を見ていなかったし、実際に何が起きているのかもあまり知らなかったからだ」

    そこでアルピーヌ側はピノーをモナコGPに招待した。

    「その後、彼はアルピーヌと何かをやることに納得してくれた。僕たちは彼をモナコGPに招待した。それが彼にとって初めてのF1レースだった。そして、実際にすべてを目にして信じられないほど興奮していた」

    「モナコは単なるレースではなく、ひとつの大きなイベントだ。そのすべてが組み合わさって、グッチがアルピーヌの主要スポンサー、そしてタイトルパートナーとして参加する決断につながった」

    グッチ側も「100%」のコミットメント
    ブリアトーレが強調するのは、今回の契約が単なるロゴ掲出ではないという点だ。

    「チームにとってうれしかったのはもちろんだが、グッチにとってもうれしかった。グッチのみんながものすごく興奮している。本当にものすごくね」

    「2カ月前に契約を正式にまとめたとき、グッチのチームがこの挑戦をどう受け止めたのかを見るのは素晴らしかった。ラグジュアリーブランドとして初めてF1に本格的に入るわけだからね」

    その熱量は経営陣だけに限らないという。

    「グッチのコミットメントは100%だ。会長から店舗で働く一人ひとりまで、みんなが関わっている」

    そして、その存在はアルピーヌ内部にもプラスに作用している。

    「アルピーヌのチームも興奮している。僕たちにはチームに安定をもたらす必要があるからだ。以前はルノーとの関係で少し複雑なところがあり、その後アルピーヌになった。今は新しいスポンサーによって少し安定をもたらせていると感じている」

    MSCとEniも継続「マシンを正しく開発する基盤ができた」
    アルピーヌはグッチだけに依存するわけではない。既存パートナーとの関係も強化している。

    「スポンサーとの契約も再確認した。MSCはさらに1年から3年、Eniもさらに1年から3年、僕たちと一緒にいる。だからマシンを正しい方向で開発していくためのいい基盤ができている」

    さらに、グッチ加入の効果によって新たな企業からも関心が寄せられているという。

    「100%そうだ。現在、僕たちとの提携を望んでいる3つか4つの異なるブランドと交渉している」

    ブリアトーレは、F1のスポンサーシップは単なる広告ではなく、企業同士を結びつけるビジネスでもあると説明する。

    「スポンサーシップについて話すとき、それは常に企業同士のビジネスでもある。僕たちのマシンでグッチ、Eni、MSCが結びつくことは重要だ。素晴らしい企業グループだよ」

    「MSCのジャンルイジ・アポンテ氏はサレルノ出身で、現在はジュネーブに住んでいるが、MSCにはイタリアのルーツがある。Eniはヨーロッパを代表するエネルギー企業のひとつ。そしてもうひとつの大きなブランドがグッチだ」

    「マシンに載るブランドのクオリティは素晴らしいものになると思う」

    2027年はマシンもドライバーもグッチ仕様へ
    グッチとの協業で最も目に見える変化となるのが、2027年のアルピーヌのビジュアルだ。

    「僕たちはマシンの発表、ドライバーの発表、そしてマーチャンダイジングについて取り組んでいる」

    「アルピーヌにとってグッチは最大のスポンサーだ。僕は、すべてのグッチ店舗で展開されると確信している。マーチャンダイジングにはF1専用のスペースもできるだろう。素晴らしいものになる」

    特にブリアトーレが期待しているのが、グッチが手掛けるF1関連商品だ。

    「僕たちはみんなを驚かせなければならないと思っている。グッチと進めているマーチャンダイジングのプログラムは信じられないものになるからだ」

    「現在のグッチを取り巻く盛り上がりや、彼らの製品とマーチャンダイジングの作り方を考えれば、グッチはF1で特別なスポンサーになると思う」

    マシンのカラーリングやドライバーのレーシングスーツについては、まだ情報を外部に漏らしていない。

    「僕たちは非常にうまく進めている。マシンのカラーリングについても、ドライバーのデザインについても、誰にも何も話していないからね」

    そして正式発表の瞬間には、世界的な注目を集めると予想する。

    「グッチのドライバースーツとマシンを発表したら、世界で最も撮影されるマシンになると確信している。今はみんながとても興味を持っているからね」

    グッチ・レーシング アルピーヌF1チーム

    F1ファンの若年化と女性層の拡大も追い風
    ブリアトーレは、グッチがF1に参入する背景には、カテゴリーそのものの変化があると分析する。

    「僕たちがF1を変えたとは思わない。F1が『そこにいるべき場所』だという認識をさらに高めているんだと思う」

    その根拠として、グランプリの観客動員を挙げた。

    「今はどのレースに行っても満員だ。シルバーストンには56万人が来た。記録だった。スパにも20万人が来た」

    さらに、観客層そのものも変化したと指摘する。

    「F1の観客の平均年齢は大幅に下がった。今では28歳とか30歳くらいだ」

    「そして驚くべきなのは、女性が約60%、男性が40%だということだ。以前にはなかったことだ。昔は本当に男性中心のスポーツだった」

    こうした変化こそ、ラグジュアリーブランドにとってF1が魅力的な市場になった理由だとブリアトーレは考えている。

    「ステファノ・ドメニカリにとってもいいことだし、F1にとっても、僕たちにとってもいい。ルカやルイ・ヴィトン側と競い合うのも面白い。素晴らしいことになるよ」

    「5年前なら考えられなかった」F1スポンサーの変化
    ブリアトーレ自身、わずか数年前ならグッチがF1チームのタイトルパートナーになる未来は想像できなかったという。

    「5年前なら考えられなかった。まず、グッチがチームに加わると決断すること自体がそうだ。そしてルイ・ヴィトンのグループもいる。世界最大級のラグジュアリーブランドがF1にいるということは、彼らのマーケティングチームが未来を見据え、そこに参加したいと思っているということだ」

    F1マシンに並ぶスポンサーの顔ぶれも大きく変わった。

    「以前には、これほどの規模のブランドがF1をスポンサーすることはなかった。チームだけでなく、イベントそのものにも関わっている。今のマシンを見てみれば、とても有名なブランドばかりだ」

    「昔はもっとよく分からないブランドもあった。どこから来たのか分からない日本の寿司チェーンなんかもね。でも今は大手銀行もいる。みんながいる。IT企業も含め、あらゆる企業がスポンサーシップに参加している。信じられないことだ」

    そして、この流れが止まるとは考えていない。

    「この勢いが続くのかって? もちろんだ。さらに成長していく。今の動きは非常に強力だからね。これを止められるものは何もないと思う」

    グッチ加入で高まる期待 次に必要なのはF1での結果
    グッチという世界的ブランドをタイトルパートナーに迎えることで、アルピーヌは2027年に商業面とブランド面で大きく姿を変えることになる。MSCやEniとの関係も維持し、新たに複数のブランドとも交渉を進めるなど、ブリアトーレが目指すチーム基盤の強化は着実に進んでいる。

    ただし、ブリアトーレ自身が認めるように、注目度だけでF1チームの成功は完成しない。

    「今は来年何が起きるのかを見なければならない。みんなが興奮している。そして、僕たちはマシンもエキサイティングなものになるようにしなければならない」

    世界で最も撮影されるF1マシンを作るというブリアトーレの構想。その華やかなプロジェクトを本当の成功に変えられるかどうかは、最終的には2027年のアルピーヌがコース上でどのような結果を残せるかにかかっている。

  • F1ドイツGP復活へ ステファノ・ドメニカリCEO「間違いなく実現する」

    F1ドイツGP復活へ ステファノ・ドメニカリCEO「間違いなく実現する」

    F1のステファノ・ドメニカリCEOは、ドイツGPが将来的にカレンダーへ復帰するとの見通しを示した。短期的な実現ではないとしながらも、「間違いなく実現する」と明言しており、もはや復活するかどうかではなく「いつ戻るか」という段階に入りつつある。

    ドメニカリはすでに、ホッケンハイムでのドイツGP復活をめぐる最初の協議が行われたことを明らかにしている。

    ドイツではメルセデスに加えてアウディもF1に参戦しており、放映市場にも変化が起きている。F1側はこうした環境を背景に、かつて重要市場だったドイツとの関係を再構築する可能性を探っている。

    2019年以来途絶えているドイツGP
    ドイツGPが最後に開催されたのは2019年のホッケンハイムだった。それ以降、ドイツではF1世界選手権のレースが開催されていない。

    しかし、ドメニカリは最近、ホッケンハイムでのグランプリ復活に向けた最初の話し合いがすでに行われたことを認めている。

    同時に、ドイツのF1放映を取り巻く市場環境も変化しつつある。

    リバティ・メディアの社長兼CEOを務めるデレク・チャンは、同社の決算説明会でこう語った。

    「ドイツはRTLとSkyの統合もあり、変化の途中にある市場だ」

    「さらに、デジタルプレーヤーやストリーミングプラットフォームもドイツ市場に参入してきている。数年前にはそれほど強固ではなかった市場だが、現在はより力強いものになりつつあると思う」

    ドメニカリ「短期的ではないが間違いなく実現する」
    こうした市場の変化がドイツGP復活につながるのかについて、ドメニカリは短期的な話ではないとしながらも、将来的な開催に強い自信を示した。

    「間違いなくRTLは、あの市場でより多くの人々にリーチする必要がある我々にとって重要な一歩だった」

    「適切な交渉のタイミングが来れば、将来のドイツ市場は、たとえば現在のイタリアやイギリスとは異なるものになると確信している」

    「デジタルプラットフォームや別のストリーマーが入札に参加することになるだろう。そうした可能性のある市場であり、我々としても将来に向けて正しい判断をしなければならない状況になる」

    そしてドメニカリは、ドイツがF1にとって重要な自動車産業の拠点であることを強調した。

    「その可能性について言えば、アウディがこの世界に参入したことを忘れてはいけない。メルセデスもいる。そして、本拠地をドイツに置く大きなパートナーもいる」

    「現在、ドイツは中期的な視点でカレンダーに戻ることができるのか、そしてさらに重要なこととして、20年前のようにF1にとって最も重要な市場のひとつに戻れるのかを考えようとしていると思う。それが今回の議論のベースになっている」

    ステファノ・ドメニカリ

    アウディ参戦もドイツ市場復活への追い風
    ドメニカリは、ドイツ市場で起きている変化が、放映権だけでなくグランプリのプロモーター側にも好影響を及ぼす可能性があると考えている。

    「間違いなく、ドイツの新しい状況は、将来的に非常に興味深い市場になると僕が考える方向へ動き始めている」

    「それはメディア面でプラスの効果をもたらすだけでなく、おそらくプロモーター側にも良い影響を与えるだろう」

    そのうえで、ドイツGP復活について明確な見通しを示した。

    「その場合、短期的な決定にはならない。しかし、間違いなく実現する。それは覚えておくべき非常に重要なことだ」

    現時点では復活時期や契約条件は決まっていないものの、F1とドイツ側の双方に関係を再構築する意思があることは明確になりつつある。メルセデスに加えてアウディが参戦したことでドイツメーカーの存在感も高まっており、2019年を最後に途絶えているドイツGPは、中期的なF1カレンダー復帰に向けて動き始めている。