カテゴリー: トロロッソ

  • ピエール・ガスリー、F1初勝利で証明「レッドブルに戻る準備はできている」

    ピエール・ガスリー、F1初勝利で証明「レッドブルに戻る準備はできている」

    ピエール・ガスリーは、F1イタリアGPの優勝によってレッドブル・ホンダに復帰する準備ができていることを証明できたと考えているが、実際にその可能性については考えていないと語る。

    ピエール・ガスリーは、ルノーに移籍したダニエル・リカルドの後任として2019年にトロロッソからレッドブル・レーシングに昇格したが、成績不振を理由にわずか5か月でアレクサンダー・アルボンと交代させられトロロッソに戻された。

    それ以降、ピエール・ガスリーはアルファタウリへと名前を変えたチームでキャリアを再構築している。一方、レッドブルのシートを引き継いだアレクサンダー・アルボンは困難な2020年シーズンを迎えている。

    F1イタリアGPでピエール・ガスリーが衝撃的な優勝を果たした一方で、アレクサンダー・アルボンはそのガスリーとの接触でダメージを負ったマシンで15位でレースを終えた。これにより、昨年とは逆の交代劇が再び注目を集めることになった。

    再びレッドブル・ホンダに戻る準備はできているか、2021年にむけての良い動きになるかと質問されたピエール・ガスリーは、自分の価値を証明できたと感じていると語った。

    「自分としては準備はできていると思っているけど、その判断をするのは私ではない」とレッドブル・ホンダ復帰の見通しについてピエール・ガスリーは語った。

    「彼らが僕をトロロッソに戻して以来やってきたことは、自分自身に集中し、適切なツールを手に入れたときに、自分に何ができるかを示すということだけだ」

    「僕たちが示したパフォーマンスには本当に満足している。ブラジル(2019年の表彰台)について話しているわけでなく、全体的に僕たちはほとんどの場合かなり強力だった。僕たちはいくつかの本当に強い予選と本当に強いレースをしてきた。何が起こるか見てみよう」

    「トロロッソには多くの強力なドライバーがいた。このチームで勝利を収めた2人のうちの1人になれたことを本当に嬉しく思う」

    「もちろん、強力な結果は何かで報われるべきだと思うけど、何が起こるかを見ていきたい」

    「現時点では実際に考えているわけではない。F1での初勝利であり、とにかくこの瞬間を楽しみたい。それについては後で考える時間があるからね」

    チームは、トロロッソ時代の2008年の有名なレースでセバスチャン・ベッテルが同じモンツァで優勝している。

    ピエール・ガスリーは、1年前の降格から今回の勝利、チームに新しい歴史を刻んだことなど、これまでの短いF1キャリアで起こったことを受け入れるのは困難だと認める。

    「僕は今でもこの世界にあまり慣れていないと感じているし、1年ごとに改善していて、絶えず向上している」とピエール・ガスリーは言った。

    「1年前にトロロッソに戻ったときに、勝てるとは思っていなかった。(2019年のF1ブラジルGPの)表彰台はすでに予想外だったし、昨年の大きなハイライトだった」

    「いつも最高のシナリオ、最高のスタート、最高のレース、すべてを最高の方法で想像しようとするものだけど、その気持ちに備える準備はできていなかった」

    「僕たちは、F1でのトロロッソの歴史全体で1回しか勝利がないことを知っている」

    「実際、フランツ(トスト/チーム代表)は『今回、ドライでそれを達成したことを本当に誇りに思っている』と言っていた」

    「とても困難だったけど、自分のスピードを示すことができてとても幸せだ」

    「昨年からずっとレースごとに自分が強くなり続けようと努力してきた。今日、アルファタウリとホンダと一緒に僕たちがやってきたすべてのハードワークが成果を挙げたことを本当に嬉しく思う」

  • ハミルトン、F1初優勝のガスリーを称賛「レッドブルで不当に扱われた」

    ハミルトン、F1初優勝のガスリーを称賛「レッドブルで不当に扱われた」

    メルセデスF1のルイス・ハミルトンは、F1イタリアGPで優勝したピエール・ガスリーは、レッドブル・ホンダで2度目のチャンスを与えられるに値することを証明したと語る。

    レース中盤にルイス・ハミルトンに10秒加算ペナルティが科せられたことにより、F1イタリアGPは大きく動いた。ピエール・ガスリーは赤旗後のリスタートでランス・ストロール(レーシング・ポイント)をオーバーテイクし、ハミルトンがペナルティを消化する間にトップに立った。

    最後はカルロス・サインツ(マクラーレン)からのプレッシャーを抑えきったピエール・ガスリーは、0.415秒差でトップでチェッカー。F1初勝利を挙げた。

    意外かもしれないが、ピエール・ガスリーとオンラインでコール・オブ・ディーティを楽しむ仲であるルイス・ハミルトンは、昨年ガスリーを降格させたレッドブルは間違った決定をしたと語る。

    「本当におめでとう」とルイス・ハミルトンはピエール・ガスリーの優勝を祝福した。

    「正直、ピエールと一緒に過ごす時間が少しあるんだ。僕たちは時々オンラインでゲームをしている」

    「彼の成長を見てほしい・・・レッドブルにいた彼は降格させられた。不当だと思うし、彼は成長する時間を与えられなかった。彼は今Bチームで走っていて、そのBチームでAチームを倒した。本当に笑顔になる。彼は本当にそれに値するドライバーだと思うからね。彼にはトップチームに戻る価値がある」

    「あのチーム(アルファタウリ・ホンダ)にとっても素晴らしい結果だと思う。若いトップ3だね。僕にとってはベストの日ではかったけど、それでも楽しかった」

    レース後のオンライン会見でもルイス・ハミルトンは改めてピエール・ガスリーを称賛した。

    「まず、ピエールは本当にいい奴だ。彼にはたくさんの才能があると思う」とルイス・ハミルトンはコメント。

    「彼が降格したとき、必ずしもレッドブルで公平に扱われていたとは思わない。そういうことが起こったとき、ドライバーにとって簡単ではないし、同情している」

    「そして、必ずしもそれほど速くないチームで自信をつけ、今年、彼がその車ですでに持っていた本当に素晴らしいパフォーマンスを発揮し、そして勝利を得た・・・そんなこと簡単にできることではない」

    「本当に感銘を受けた。彼は素晴らしい仕事を成し遂げたし、成功に値すると思う。彼にとって今後の機会を生み出すことを願っている」

    「また、彼は降格させられたチームを倒したわけだし、彼らにとっては間違いなく痛手だろうね」

    レッドブル・ホンダは、マックス・フェルスタッペンがパワーユニットのトラブルによってリタイア。昨年、ピエール・ガスリーに代わって昇格したアレクサンダー・アルボンは15位でフィニッシュ。レッドブルはアルボンを擁護し続けているが、ドライバーは2チーム間で移動できる契約を結んでいる。

  • ホンダF1 本橋正充 「ガスリーとはここまでずっと苦楽を共にしてきた」

    ホンダF1 本橋正充 「ガスリーとはここまでずっと苦楽を共にしてきた」

    アルファタウリ・ホンダでパワーユニット(PU)のチーフエンジニアを務めるホンダF1の本橋正充が、F1イタリアGPでのピエール・ガスリーの優勝にコメントを発表した。

    2015年にマクラーレンのパートナーとしてF1復帰したホンダF1は、3年間で契約を解消。供給元がなくなったホンダにアプローチしたのが当時トロロッソと呼ばれていたアルファタウリだった。

    F1イタリアGPもホンダF1とチームとの50戦目という節目。イタリアを拠点とするアルファタウリのホームグランプリであり、奇しくも2008年のトロロッソ時代にセバスチャン・ベッテルがチームに初優勝をもたらしたのもモンツァだった。

    また、ピエール・ガスリーは2018年にトロロッソ・ホンダで初のF1フル参戦。2019年にレッドブル・ホンダに昇格するものの、シーズン途中に再びトロロッソに降格させられるという辛酸をなめた。

    だが、トロロッソで復調したガスリーはブラジルGPで2位でフィニッシュしてF1初表彰台を獲得。そして、今週のF1イタリアGPではF1初優勝を成し遂げた。

    ちょうど2018年にホンダF1がトロロッソとのパートナーシップを開始した際にHRD-Sakuraから現場に復帰した本橋正充は「本当に、今日の勝利にはアメイジングの一言です。今の気持ちをどう表していいか、言葉が見つかりません」とコメント。

    「ここまで一緒に歩んできたアルファタウリとの50戦目という記念のレース、そして彼らのホームグランプリで、ここまでずっと苦楽を共にしてきたガスリー選手と一緒に勝利を挙げられたことは、信じられない気持ちです」

    「個人的には、赤旗中断になる前からもしかしたらという気持ちはありましたが、そのためにPUとしても最大限のパワーを送ることができました」

    「今日だけでなく、ここまでの歩みも含めて、チームの全員、ガスリー選手、クビアト選手、そして、応援してくれたファンのみなさまに感謝しています。本当にありがとう。そしておめでとう!」

    関連:F1イタリアGP 結果:アルファタウリ・ホンダF1のガスリーが初優勝!

  • ホンダF1 特集:本橋正充が語るアルファタウリとの50戦目の節目

    ホンダF1 特集:本橋正充が語るアルファタウリとの50戦目の節目

    アルファタウリ・ホンダでパワーユニット(PU)のチーフエンジニアを務めるホンダF1の本橋正充が、トロロッソ時代から数えてチームと迎える50戦目について語った。

    本橋正充は、ホンダF1の現場監督である田辺(豊治)の下で、アルファタウリ側のPUオペレーションの管理・統括している。

    ファクトリーにいるホンダF1の開発陣が懸命に作ったPUのパフォーマンスをサーキットで最大限発揮するため、信頼性とパフォーマンスのバランスを取りながらサーキットやレース状況に合わせて適切に稼働させることが、トラックサイド(サーキット現場)にいる現場にいるメンバーの役割となる。

    2018年、新パートナーシップに合わせて現場復帰
    記念すべき50戦目を迎える前に、これまでのアルファタウリとの歩みを自分なりに少し振り返ってみようと思っています。

    ご存じの方も多いかもしれませんが、彼らとのパートナーシップを開始したのは2018年のこと。もう3年目かということを思うとあっという間な気もしますが、濃密な2年半でもありました。2015年のF1復帰から2017年までの3年間、非常に苦しい状況にあったホンダとしては、2018年は新たなパートナーシップとともに再起をかけた一年でした。また、2017年までHRD-Sakuraでエンジンベンチを回して開発側にいた私にとっては、田辺テクニカルでディレクターとともに第三期(2008年)以来のサーキット現場での仕事となりました。

    復帰当初からホンダ F1の一員ではあったものの、開発とトラックサイドの仕事ではその進め方やスピード感が大きく異なるため、ホンダとして苦境にある状況下での久々のトラックサイド復帰は、私にとってはプレッシャーでもありました。

    ”仲間”として迎え入れたくれたトロロッソ
    実際に仕事を始めてみると、第三期とは働き方が異なる部分もありました。しかし、そんな中でもトロロッソ(現アルファタウリ)のメンバーたちは、初めから自分のことを信頼して、仲間として迎え入れてくれました。それ以降もそうなのですが、彼らのそういったオープンでポジティブな姿勢には本当に助けられましたし、感謝をしています。この空気は、イタリアのチームならではの気さくで前向きな気質や、フランツ(・トスト代表)のトップとしての度量の大きさが大きく影響しているように考えています。

    2018年初走行となったフィルミングデーにて
    田辺さんや山本さん(マネージングディレクター) をはじめとして、ほぼすべてのホンダのメンバーが同じことを言いますが、あの時、トロロッソが苦境にあったホンダを信頼し、パートナーとして受け入れてくれたこと、そしてその後もアップダウンを共に経験しながら前進したことなくしては、現在に至るホンダ F1の進化はあり得なかったと思っています。今思うと、このパートナーシップ締結は、本当に我々が必要としているときに、最も理想とする人たちが仲間になってくれたという感じもしており、その絶妙な相性とタイミングを思うと、どこか不思議な縁さえも感じます。

    そのころは少しうつむきがちだった私たちに「大丈夫。お前らならできる!」と、いつも背中を押してくれるような関係で、彼らとでなければ、私たちはここまで前進できていなかったかもしれません。

    うれしさも悔しさも分かち合える関係
    2018年のこととしてまず思い出すのは、第2戦、バーレーンGPでガスリー選手が4位を獲得したときのレースでしょうか。それまでの3年間、ホンダとしての最高位は5位、それも2回だけだったことを考えると、いきなり2戦目で表彰台まであと一歩となる4位入賞は、私たちにとって大きな驚きと喜びを伴うものでした。

    その時にも強く感じたのですが、彼らとは企業同士というよりは、喜怒哀楽を一緒に過ごすことができる家族のような存在であるような気がしています。マネジメント、エンジニア、メカニック、広報など、役割の違いや役職の高低を問わず、ホンダとアルファタウリのメンバーは非常に強い信頼で結びついていて、うれしさも悔しさもみんなで一緒に共有する関係です。

    あのとき、バーレーンの4位で感じた「みんなで一緒に喜ぶ」という感覚は、それなりのレース経験がある自分にとってもどこか新鮮で、本当にいい仲間たちと仕事ができていると実感した瞬間でした。第三期でもそのような雰囲気はありましたが、それよりもさらにもっと親近感があって、本当に家族のような関係性だと思っています。こういうオープンな雰囲気がホンダの気質にとても合っていますし、いいチーム、いいパートナーだなと感じています。

    苦戦が続いても一緒に前を向いて
    2018年はその後しばらく苦しい成績が続いたのですが、そんな時でもどちらかが「俺たちのせいではない」というような言い方をすることは絶対になく、双方がいつも「一緒に乗り越えて行こう」という姿勢でした。 私自身もチームメンバーから”We win together, We lose together”(勝つときも負けるときも、一緒だ)とよく言われていたことを覚えています。成績が出ないときも常に前を向いていましたし、そういったところでも本当に助けられました。

    2018年でもう一つよく覚えていることは、日本GPを前にロシアGPで投入した”スペック3”の導入に至るまでの経緯です。当時、シーズンを通して進化を遂げていたとはいえ、まだ私たちのPUのパフォーマンスはライバルに大きく水をあけられている状況でした。それに対して、”スペック3”はそれなりに大きな性能の進化を図るとともに、燃焼コンセプト面でも現在まで使用しているPUの礎になったものだったので、その投入には大きな意味がありました

    ある意味勝負のPUだったのですが、一方で投入に向けて技術面や時間的な制約が非常に厳しい状況でした。そんな中でもトロロッソのメンバーはSpec 3導入のために、我々を懸命にサポートしてくれました。サプライヤーとして私たちが持ち込んだというよりは、導入のために彼らも全力で汗水たらして一緒に作業を続けてくれたという感じです。タイトな時間の中でのオペレーションは、F1では常ですが、あのときはことさら難しい状況かつ大切なタイミングでしたので、そんなときでも私たちの話を真摯に聞きながらそれを受け入れてくれたことはうれしく思いました。

    2チーム供給体制でもより強固な信頼関係に
    続く2019年、ホンダの新たな仲間としてRed Bull Racingが加わり、ホンダにとってはF1復帰後初の2チーム供給という、新たなチャレンジの年でした。私は引き続きトロロッソとともに仕事を続けますが、それまでとの大きな違いは、テクニカルディレクターである田辺さんがトロロッソのみでなくRed Bullも管轄する形となったことでした。田辺さんはこれまでのようにトロロッソにかかり切りという状況ではなくなったため、自然と私が決断しなければならない事項が増えました。そんなときでも、トロロッソ側のパートナーであるエンジニアのジョナサン(・エドルズ/チーフエンジニア)やジョディ(・エジントン/テクニカルディレクター)は私の決定を信頼してくれていましたし、懸念や相談があるときはきちんと話を聞き、一緒に適切な回答を導き出してくれました。

    2019年はシーズン前半こそ苦しかったものの、結果的に2度の表彰台を獲得することができました。雨で荒れたレースの中、クビアト選手の走りとチームの作戦が奏功して3位表彰台を得た第11戦のドイツGPは、荒れるレースを想定していたもののまさか表彰台とは思わず、嬉しさと驚きが混ざったものになりました。

    一方で、徐々にマシンのポテンシャルを引き出せてきていた状況下、降雨で非常に荒れたレース展開でもエンジニア・メカニックの全員が的確な判断を下したうえで勝ち取った表彰台だったことも間違いありません。チーム全体がきちんと機能していた状況を見て「このチーム、すごいな。まだまだポテンシャルがある」と強く感じたことを覚えています。

    ブラジルでの1-2フィニッシュは、一生忘れられない
    そして、第20戦ブラジルGP。優勝したRed Bullのフェルスタッペン選手とともに、ガスリー選手が2位に入り、ホンダのPUが1-2フィニッシュを果たした忘れられないレースです。

    ホンダとして非常に成長を感じたことはもちろんでしたが、なによりトロロッソが2位ということが本当にうれしくて、感慨もひとしおでした。最終周のストレートでガスリー選手がメルセデスのハミルトン選手を振り切ったシーンはF1の歴史に残るものになると思いますし、ファンのみなさんはもちろん、ホンダのメンバーとしても一生忘れられない瞬間になりそうです。

    チームとしても、ホンダとしても「やればできるんだ」と感じられたレースでした。

    2020年、新生アルファタウリとともに
    そしてトロロッソあらためアルファタウリとして迎えた2020年。鮮やかなブルーとシルバーのマシンやチーム名がなくなることに少し寂しい気持ちもありましたが、新たにデビューした白と紺ベースのマシンやガレージはまた別の意味でとてもカッコよく、いまはとても気に入っています。

    オフシーズンはかつてなく順調に進んだ一方で、オーストラリアでの開幕戦が新型コロナウィルス感染拡大の影響でキャンセルとなるなど、難しい時間も続きました。そんな中でもチームとは常に連携を取っていましたし、いつ再開しても大丈夫というように準備を進めていました。

    最初の3連戦くらいは従来の中団が少しばらけ始めた印象で、その中でアルファタウリは少し苦戦していたところもありました。ただ、ここ数戦はマシンのポテンシャルをうまく引き出せている印象で、激戦となっている中団で浮上していくチャンスはあると感じています。クビアト選手、ガスリー選手ともに速さを見せられているので、あとはこれを確実にポイントに繋げていくことが大切になります。

    特にガスリー選手がここ数戦非常に調子がいい様子ですが、彼とは一緒に3年仕事をしてきて、彼自身も成長しているように思っています。時間を経るごとにきちんと自分の意見を主張するようになってきていますし、PUについての要求も以前に比べてより細かく、高いレベルのものを求めるようになったと感じています。

    我々としてもその要望にきちんと応えられるようにしなくてはいけませんし、チーム・ドライバーとともに一緒に成長を遂げられればと思っています。

    さて、これからいよいよ50戦目を迎えます。どのような結果になるにせよ、節目のレースで悔いが残らないよう、全力で臨みたいと思います。

  • ホンダF1 田辺豊治TD「今のホンダがあるのはアルファタウリのおかげ」

    ホンダF1 田辺豊治TD「今のホンダがあるのはアルファタウリのおかげ」

    ホンダF1の田辺豊治が、イタリアでホームレースを迎えるアルファタウリに感謝の言葉を述べた。

    2015年にマクラーレンのパートナーとしてF1復帰したホンダF1が、3年間で契約を解消。供給元がなくなったホンダにアプローチしたのが当時トロロッソと呼ばれていたアルファタウリだった。

    2018年にトロロッソとともに新たなパートナーシップを開始したホンダF1は、マクラーレン時代とは異なる自由に開発を任せられた環境のなかでパワーユニットのパフォーマンスと戦闘力をあげ、2019年からトップ3の一角であるレッドブルにもエンジン供給を開始。レッドブルとは復帰後初優勝も経験した。

    田辺豊治は今のホンダF1があるのはアルファタウリだと語る。

    「この2連戦は我々のパートナーチームであるスクーデリア・アルファタウリのホーム、イタリアで開催されます。特に今週末のイタリアGPは、ホンダにとってトロロッソ時代も含め彼らと一緒に戦う50戦目の節目のレースになります」

    「アルファタウリとは、2018年のパートナーシップ締結以降、ゼロからプロジェクトを開始し、ここまで2度表彰台を獲得するなど、着実な前進を見せてきました。今のホンダがあるのは彼らのおかげと言っても過言ではありません。イタリアらしい熱い情熱と温かさで我々を迎え入れ、ここまでともに歩んできてくれたアルファタウリに対し、ここで改めて感謝の意を伝えたいと思います。

    「今回はさまざまな意味で我々にとって大切なレースになります。2つのチームとともにいい結果を残せるよう、全力で週末に臨みます」

  • ピエール・ガスリー 「レッドブルF1時代に経験豊富なエンジニアを求めた」

    ピエール・ガスリー 「レッドブルF1時代に経験豊富なエンジニアを求めた」

    ピエール・ガスリーは、昨年中旬にトロロッソ(現アルファタウリ)に降格する前に、レッドブル・ホンダに経験豊富なレースエンジニアをつけてくれるよう求めていたと語る。

    ピエール・ガスリーの後継者であるアレクサンダー・アルボンは、マックス・フェルスタッペンに対するシーズン序盤のパフォーマンスに周囲からのプレッシャーが高まり続けている。

    先週末のF1イギリスGPに先立ち、レッドブル・ホンダはこれまでアレクサンダー・アルボンのレースエンジニアだったマイク・ラッグをファクトリー勤務に降格させ、過去にマーク・ウェバーやダニエル・リカルドとレースに勝利した経験豊富なサイモン・レニーに後退した。

    「レッドブルは、そうすることが正しいと思ったので、そうしたんだと思う」とピエール・ガスリーは Formule 1 に語った。

    ピエール・ガスリー自身、昨年トロロッソに降格する前に、レッドブルに経験豊富なエンジニアを求めていたことを明らかにした。

    「正直言うとイエスだ」とピエール・ガスリーは語った。

    「僕は1年しかF1にいなかったので、ほとんど経験がなかった。自分が速いことはわかっていたけど、もっと経験のある人が望ましかった。僕とは異なり、F1に新しくない人をね」

    「僕たちが望んでいたほど競争的でなかった理由はもっとあるけど、それが僕をより難しい状況に置いた」

    「僕はそれらの理由を分かっているし、レッドブルもそうだ。僕たちはどちらももっとうまくいった可能性があることをわかっている。でも、今ではそれは過去のことだ」

    ピエール・ガスリーは、現在のシートに満足していると主張しており、プレッシャーのかかっているアレクサンダー・アルボンをうらやましく思ってはいないようだ。

    「ドライバーとして、自分のベストを尽くすことができているので、今の自分のいる場所の方が満足しているかもしれない。だからといって、僕は違う人間になったわけではない」

    アレクサンダー・アルボンに関しては、ピエール・ガスリーは次のように結論付けた。

    「アレックスがなぜ苦労しているのかはわからないけど、4戦で僕はより遅い車で2回彼の前にいた」

  • レッドブルF1の育成方針 「現場で彼女の言うことを聞いている時点で負け」

    レッドブルF1の育成方針 「現場で彼女の言うことを聞いている時点で負け」

    アルファタウリ・ホンダF1のチーム代表を務めるフランツ・トストが、レッドブルF1のドライバー育成について語った。

    レッドブルF1のジュニアチームを率いるフランツ・トストは、ヘルムート・マルコが選抜した才能を走らせ、チャンピオンやグランプリウィナーのを育成してきた。

    2006年にトロロッソが設立されて以来、フランツ・トストはチーム代表として、セバスチャン・ベッテル、ダニエル・リカルド、マックス・フェルスタッペン、カルロス・サインツといった才能をF1でブレイクさせる下地を築いた。

    「レッドブルに関与する全てのドライバーは平均以上の才能を持っている必要がある。そうでなければ、彼らを訓練することに関心は持たない。もちろん、若い才能がスピードを持っているかどうかは、若い才能をたくさん見ていると、それがどんどんわかるようになってくる」とフランツ・トストは Speedweek.com に語った。

    「有能な人と無能な人を分けるのは彼らがフィードバックに対してどう対応するかだ。我々はもっと速く走るためのヒントをドライバーに与える。例えば、もう少し速くスロットルを開けられるようにある場所でもう少しブレーキを早くかけた方がいいといったね。才能のあるドライバーは呑み込みが早い。ベッテル、フェルスタッペン、リカルドには2回話す必要はなかった」

    「コース以外ではドライバーの行動も重要だ。F1に到着にはそれが人生の中心でなければならない。自分に批判的であり、常に自分自身からより多くを引き出したいと思っていなければならない」

    「コース上でガールフレンドの言うことを生きているようなドライバーはすでに負けだ。チャンピオンはチームの言うことを聞く」

    フランツ・トストは、特にマックス・フェルスタッペンのその能力を称賛する。

    「それに関する限り、私が会ったすべてのドライバーのなかでの最高はフェルスタッペンだと言いたい。父親のおかげもあり、彼は若い頃からあらゆる成功を収めてきた。もう一人挙げるとすれば、セバスチャン・ブエミだ。熱心に働き、非常に自制心があるが、決定的な瞬間に緊張してしまっていたね」

  • アルファタウリ・ホンダF1、2種類のテスト規則を巧みに融合

    アルファタウリ・ホンダF1、2種類のテスト規則を巧みに融合

    アルファタウリ・ホンダF1は、6月24日(水)にイモラ・サーキットに新旧2台のF1マシンを持ち込んで走行機会を最大限に活用し、2020年のF1世界選手権のシーズン開幕にむけて準備を進めた。

    7月5日のオーストリアでのシーズン開幕に先立ち、アルファタウリ・ホンダF1はかつてサンマリノGPが開催されたイモラ・サーキットで事前テストを実施。ピエール・ガスリーとダニール・クビアトがF1マシンでの走行を行った。

    アルファタウリ・ホンダF1は、1日のテストを2つのパートに分割することによって、F1の厳しく制限されたテスト規則を巧みに回避した。

    ピエール・ガスリーとダニール・クビアトは、午前中にチームの2018年仕様のF1マシンである『トロロッソ・ホンダ STR13』で無制限の走行を実施。その後、午後からはフィルミングデーを利用して2020年F1マシン『アルファタウリ・ホンダ AT01』で規定された走行距離を走った。

    現行マシンを使用したフィルミングデーは、プロモーションを目的として、ピレリのデモンストレーションタイヤで2日間の100kmの走行に制限されている。アルファタウリ・ホンダF1は、2月にミサノでフィルミングデーを利用してAT01のシェイクダウンを実施し、その1日を消化していた。

    一方、2年以上前のF1マシンを使用したテストでは無制限の走行が可能となる。メルセデス、フェラーリ、ルノーは2年落ちのマシンでテストを完了することを選んだ。

    アルファタウリ・ホンダF1は、その2つの許可されたタイプのテストイベントを1日に集約して実施することを決定した。

    アルファタウリ・ホンダF1のチームメンバーは、このテスト日を利用して、フェルスマスクの着用、可能な限りソーシャルディスタンスのガイドラインの順守など、今シーズンに実施されるF1の厳密な新しい安全プロトコルを実践した。

    ピエール・ガスリーとダニール・クビアトにとっては、2月にカタロニア・サーキットで実施されたプレシーズンテストが終了して以来のF1マシンでの走行となった。

    ピエール・ガスリーは、オーストラリアでのシーズン開幕の計画が新型コロナウイルスのパンデミックによって中止になった後、ドバイでトレーニング中にカートでの走行を実施していた。

    「こんなにも長い間待っていたので、トラックに戻ることができて本当にうれしかった」とピエール・ガスリーは語った。

    「ドライビングから得る感覚を本当に恋しく思っていたので、STR13とAT01に戻ることは信じられないことだった。僕たちは本当にスムーズな一日を過ごしたし、両方のマシンでいくつかのラップを走った」

    「今朝は興奮して幸せな気分で目が覚めた。今夜も同じ気分で眠りにつくだろう。お気に入りのトラックの1つであるイモラでF1マシンをドライブすることも特別だった。オーストリアに向けて準備ができていると思う」

    モナコで自主隔離生活を送っていたダニール・クビアトは「今日はここイモラに来ることができて素晴らしい気分だ!」とコメント。

    「僕は以前からトラックを知っていた。2010年にフォーミュラBMWで最初のテストのひとつをここで行ったし、2012年にはフォーミュラ・ルノー・アルプスのレースをしているからね。そして、今日ようやくチームとフィルミングデーのために戻ってくることができた」

    「イモラは、多くの速いコーナーがあってドライブするには本当に素晴らしいトラックだ。F1カレンダーに戻ってくるのに本当に相応しいトラックだと思っている。今日、このような長いブレイクの後にマシンの戻ることができて特別な気分だったし、本当に楽しむことができた」

    イモラ・サーキットは、アルファタウリ・ホンダF1の拠点であるファエンツァのファクトリーから30分の距離になるため、チームにとってテストを実施するには理想的な場所だった。

    F1は改訂された2020年のカレンダーの残りの部分を確定させることを目指しており、イモラ・サーキットは潜在的なグランプリ開催地として名前が挙げられている。

    イモラ・サーキットは、1980年にイタリアGPを開催。1981年から2006年まではサンマリノGPとして開催された。

    今年、フェラーリF1は1000回目のグランプリ出走を迎える。現時点で9月6日にモンツァで開催される第8戦イタリアGPが999戦目となり、翌週に第9戦としてフェラーリが所有するイモラもしくはムジェロで開催する可能性が報じられている。

    正式名称『アウトドローモ・インテルナツィオナーレ・エンツォ・エ・ディーノ・フェラーリ』であるイモラ・サーキットは、6月17日に期限を迎えることになっていたグレード1ライセンスを更新。F1レースを開催できる状態となっている。

  • アルファタウリ・ホンダF1、AT01&トロロッソSTR13でテストを開始

    アルファタウリ・ホンダF1、AT01&トロロッソSTR13でテストを開始

    アルファタウリ・ホンダF1は、イモラ・サーキットで事前テストを開始。今季マシン『AT01』と2018年F1マシン『トロロッソ STR13』の2台が持ち込まれ、フィルミングデーとプライベートテストを合体させたテストが実施されている。

    アルファタウリ・ホンダF1は、7月5日にオーストリアで開幕する大幅に遅れた2020年のF1世界選手権の再開にむけた準備を進めるために6月24日(水)にかつてのサンマリノGPであるイモラ・サーキットに到着。

    当初はフィルミングデーを利用した今季マシン『AT01』のみのテストとされていたが、実際にはトロロッソの2018年F1マシン『STR13』も持ち込んでおりう、AT01で100kmの走行と2年落ちのSTR13による無制限の走行を組み合わせたプログラムを実施する。

    まずはピエール・ガスリーがトロロッソ・ホンダ STR13で走行を開始。ダニール・クビアトはアルファタウリ・ホンダAT01で準備を行っている。

    過去数週間でメルセデス、ルノー、フェラーリは、無制限の走行が許可されている2年落ちの2018年仕様のF1マシンを使用してプライベートテストを実施。新型コロナウイルスの世界的な大流行によって序盤10戦が延期・中止となる大混乱に続きて、シーズン再開にむけた準備を進めている。

    テストはF1ドライバーの肩慣らしとしての意味合いだけでなく、チームスタッフが可能な限りソーシャルディスタンスを守り、手袋やマスク、フェイスガードといった個人用保護具(PPE)を着用するなど、新型コロナウイルスにより無観客で開催されるレースにおける“新しい生活様式”での安全および衛生プロトコルに慣れる機会としても利用されている。

    イモラ・サーキットは、2020年のF1カレンダーには載っていない会場だが、シーズン後半のフライアウェイラウンドが中止となった場合、ムジェロ・サーキット、アルガルベ・サーキット(ポルトガル)、ホッケンハイム(ドイツ)とともに代替候補地として名前が挙げられている。

    イモラ・サーキットは、ファエンツァにあるアルファタウリ・ホンダF1の本拠地からわずか20分の位置にあり、チームにとっては理想的な会場だ。

    ホンダF1は、レースの中断期間を利用して、F1パワーユニットを『スペック1.1』にアップグレードしたことを明らかにしている。

    また、レッドブル・ホンダは今週後半にシルバーストンで同様のテストを計画していると理解されている。


    Alpha Tauri Honda F1

  • ダニール・クビアト 「19歳でのF1デビューは若過ぎた」

    ダニール・クビアト 「19歳でのF1デビューは若過ぎた」

    アルファタウリ・ホンダF1のダニール・クビアトは、19歳でのデビューはF1にとって“若過ぎた”と振り返る。

    ロシア出身のダニール・クビアトは、GP3でチャンピオンを獲得した翌年の2014年にトロロッソでジャン・エリック・ベルニュのチームメイトとしてF1デビューを果たした。

    1年後、フェラーリに移籍したセバスチャン・ベッテルの後任としてレッドブル・レーシングに昇格。だが、時折速さを見せたものの、粗削りなレースと不安定さが目立ち、2016年シーズン途中でマックス・フェルスタッペンと入れ替わる形でトロロッソに降格。

    トロロッソではスランプを抜け出すことができず、シーズン終盤にシートを喪失するとともにレッドブルのプログラムから解雇された。

    だが、1年間フェラーリでシミュレータードライバーを務めたダニール・クビアトは、2019年にトロロッソでチームに復帰。ドイツGPでは3位表彰台を獲得するなどの活躍を見せ、2020年にアルファタウリ・ホンダF1へと名前を変えるチームへの残留が決定した。

    だが、ダニール・クビアトは、当時はフラストレーションを感じていた特定の頃柄も26歳のなった今ではなくなったと語り、2014年に19歳でF1デビューしたのは“若過ぎた”と振り返る。

    「過去にはメディア作業などはかなり退屈だった。でも、今はちゃんと成長してそれも仕事の一部であることを学んでいるよ」とダニール・クビアトは In The Pink に語った。

    「正直なところ、それでも時々イライラすることはあるけどね。もちろん、駄目な日もあるし、特にここまで多くのレースがあると、僕たちのスポーツでいつだってそれほど良くない日を過ごすもある」

    「何かがうまくいかない場合もあるけど、それは問題ない。OK、自分自身に説明して、前に進み、それと共存してページをめくる必要がある。だから、それはノーマルなことだ」

    「もちろん、19歳でF1にいたときは、最初はとても若かったし、若すぎたかもしない。でも、今では違った見方をしている」

    「自分をイライラさせていたことにも、今ではあまりイライラしなくなっているよ」