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  • F1が2027年に空力開発を相次ぎ禁止 FIAが警戒する「2022年の失敗」

    F1が2027年に空力開発を相次ぎ禁止 FIAが警戒する「2022年の失敗」

    F1では2027年に向け、2026年シーズンに各チームが開拓した複数の空力デバイスが禁止される。対象にはエキゾースト周辺のウイング、リアウイングのハンガー延長、そしてモナコGP以降に広がったアクチュエーターフェアリングのウイングレットなどが含まれる。

    FIAは、これらの規制強化について単なる開発競争の抑制だけが目的ではないと説明する。最大の狙いは、マシン同士が接近して走れるという現行レギュレーションの基本コンセプトを守ることだ。

    2022年に導入したグラウンドエフェクト規則では、当初は改善された後続車の空力性能が数年間の開発によって大幅に悪化した。

    その失敗を繰り返さないため、FIAは早い段階で手を打つ。

    2027年F1で禁止される主な空力開発
    2026年の新レギュレーションでは、チームが想定以上のスピードで細かな空力上の余地を発見した。その代表例が、排気流周辺を利用する「エキゾーストウイング」だ。

    さらにリアウイングでは、支持構造であるハンガーを延長して空力的に利用するアイデアも登場。モナコGP以降には、リアウイングのアクチュエーター周辺に設けられたフェアリングを利用し、小型ウイングレットを形成する開発も各チームに広がった。

    FIAはこうした領域を2027年規則で規制する。目的のひとつはダウンフォースを抑えることであり、もうひとつは限られた小さな領域を巡って巨額の開発費が投入される「開発戦争」を防ぐことにある。

    ただし、FIAは空力設計を完全に画一化する考えではない。チームが独自のアイデアを生み出せる余地を残しながら、レギュレーションの根幹を損なう方向への開発だけを封じる方針だ。

    2022年F1で起きた「追い抜きやすさ」の後退
    FIAシングルシーター部門ディレクターのニコラス・トンバジスは、現在の2026年型F1マシンについて、後続車が受けるダウンフォース低下は2022年シーズン開幕時と同程度の水準にあると説明する。

    2022年の規則は、前を走るマシンが発生させる乱流の影響を抑え、後続車が接近しやすくすることを大きな目的として導入された。

    当初、前走車から10メートル後方でのダウンフォース低下は約15%、20メートルでは約5%だった。しかし各チームが規則の自由度を利用して空力開発を進めた結果、数年後には10メートルで約35%、20メートルでも約15%まで悪化した。

    つまり、マシンそのものは速くなった一方で、後続車にとっては再び走りにくい環境になっていった。

    「2022年選手権のスタート時と似たところにいると思う。ただ、今年の方が少し堅牢だと思っている」

    トンバジスは2026年規則についてそう評価する。

    「チームはいろいろな空力ソリューションを導入してきたが、コンセプトそのものを壊すようなものはまだ見つけていない」

    FIAが学んだフロントウイングとフロアの教訓
    前世代のレギュレーションで問題となったのは、規則上残されていた設計自由度だった。

    「以前のレギュレーションでは、コンセプトを大きく損なったものがいくつかあった。主にフロントウイングのエンドプレート、フロアエッジ、そしてフロントホイール周辺に付けられたさまざまな空力パーツだ」

    「それらすべてが後流の特性をかなり悪化させた。我々はそこから学んだ。今回は同じような問題が存在しないことを願っている」

    フロントウイングやフロアの開発によって前輪周辺の乱流を外側へ押し出す「アウトウォッシュ」が強まり、それが後続車に届くウェイクを悪化させたことが、2022年規則の狙いを徐々に損なう要因となった。

    2026年規則では、この経験を踏まえて空力的な自由度の与え方そのものが見直されている。

    国際自動車連盟 フォーミュラ1カー

    エキゾーストウイングはFIAにも想定外
    もっとも、FIAが2026年の空力開発をすべて予測できていたわけではない。

    トンバジスは、エキゾースト周辺の開発など一部のアイデアについては想定外だったことを認める。

    「例えば、エキゾーストを使ったソリューションが出てくるとは予想していなかった。ボディワークについてもいくつかのソリューションがあり、それについてはすでに来年に向けて修正している」

    一方、リアウイングのアクチュエーター周辺については、2027年から合法領域を狭めるものの、完全に設計の余地をなくすわけではない。残されたスペースを利用して、各チームが新たなアイデアを考案する可能性は残る。

    「全体として、チームにとってマシン開発が興味深いチャレンジであり続けるようにしたかった」

    「完全に制限する方向には進まなかった。設計自由度を残しながら、パフォーマンスが徐々に収束していくという意味では、それほど悪い位置にはいないと思う」

    トンバジスは、現在もチーム間には「妥当な性能差」が存在するとしながら、今後6カ月ほどで徐々に収束していくとの見通しを示した。

    2026年F1マシンは「簡単に運転できない」ことも狙い
    2026年の新パワーユニット規則についてはドライバーから不満も出ている一方、シャシーについては比較的好意的な評価が聞かれている。

    前世代のグラウンドエフェクトカーで問題となった極端に硬いサスペンションや低い車高が緩和され、ダウンフォースも減少。コーナーではドライバーがより積極的にマシンを操る必要がある。

    トンバジスは、それも意図したものだと語る。

    「ドライバーにとって、今でもかなり難しいマシンだと思う。誰にでも運転できるようなクルマではないというのは良いことだ」

    「空力規則の一部によって、チームはコーナーのあらゆる局面を完璧に解決することができなくなっている。だからこそドライバーには課題が残る」

    そして、その考えをユーモアを交えて表現した。

    「世界最高の22人のドライバーがいるのだから、僕のおばあちゃんでも簡単に運転できるようなマシンであるべきではない」

    また、車高を以前より高くしたことで身体的な厳しさも軽減された。

    「車高も少し上げたので、昨年ほど過酷ではない。それに少し軽く、小さくなった。そこはドライバーたちにも評価されている」

    次世代F1では「さらに80kg軽量化」が目標
    FIAは2026年規則の方向性には一定の手応えを得ているものの、現在のマシンを最終形とは考えていない。

    トンバジスが次世代F1マシンで特に重視しているのが、さらなる軽量化と小型化だ。

    「我々が望んでいるところまで来ているかと言えば、ノーだ」

    「さらに80kgほど軽くしたいし、もう少し短く、もう少し小さくしたい」

    「それが目標だ。今回可能だったところから、さらに大きな一歩を踏み出したい」

    2027年の空力規制は、単純に革新的なアイデアを禁止するためのものではない。FIAが重視しているのは、2022年に経験したように、開発競争によって「接近して戦えるF1」という規則の根本思想が数年で失われることを防ぐことだ。

    エキゾーストウイングなど想定外のアイデアには早期に規制を加える一方、技術競争そのものは残す。2027年の変更は、開発の自由とレースの質を両立させるための調整という位置づけになる。

  • レッドブルF1に“フランス化”への懸念 メキースの人事に内部から疑問

    レッドブルF1に“フランス化”への懸念 メキースの人事に内部から疑問

    レッドブル・レーシングで、チーム代表ローラン・メキースが進める組織改革をめぐり、一部のスタッフから「フランスのチームになりつつある」との声が上がっているという。クリスチャン・ホーナーの後任として就任してから1年あまり、メキースは徐々に自身の色を組織に反映させている。

    近年のレッドブルでは、エイドリアン・ニューウェイをはじめ、ロブ・マーシャル、ジョナサン・ウィートリー、ウィル・コートネイ、クレイグ・スキナーら長年チームを支えてきた主要スタッフが相次いで離脱。

    さらにポール・モナハンもチームを離れ、キャデラックへ移籍するとみられており、英国人を中心に構成されてきたミルトンキーンズの組織は大きな転換期を迎えている。

    ニューウェイ離脱後に変わったレッドブルの勢力図
    レッドブルは長年、英国を拠点とする技術者を中心に強力な組織を築いてきた。しかし、相次ぐ幹部の離脱によって、その構造は急速に変化している。

    ニューウェイが去った現在、テクニカルディレクターのピエール・ワシェは、ミルトンキーンズの技術部門で最も大きな影響力を持つ人物のひとりとなった。

    そして、ホーナー時代の終焉後に進められている人事で特に注目を集めているのが、メルセデスからグウェン・ラグルーを獲得したことだ。

    ラグルーはメルセデスで約10年間にわたってドライバー育成部門を担当し、ジョージ・ラッセルやキミ・アントネッリらのF1昇格を支えてきた人物である。2027年からレッドブル・ジュニアチームのディレクターに就任し、事実上、長年若手育成を取り仕切ってきたヘルムート・マルコの役割を引き継ぐことになる。

    また、フェラーリからコンサルタントとして加入したジーノ・ロサートは、カナダのフランス語圏であるケベック出身だ。

    メキースの人事にレッドブル内部から疑問
    F1 Insiderのラルフ・バッハによると、レッドブル内部では、フランス人のメキースが自身と近いバックグラウンドを持つ人物を周囲に集めているのではないかと見る向きがあるという。

    その狙いについてバッハは、純粋な競争力向上だけではなく、メキースが組織内部の安定を重視している可能性を指摘した。

    「彼は自分の周囲に人を集め、政治的な平穏を確保しようとしている。必ずしも彼を前進させてくれる人ではなくても、少なくとも問題を起こさない人たちを求めているということだ」

    「これはレッドブルの人たちと話していて出てくる話のひとつだ」

    もっとも、ラグルーの起用が単純に国籍を理由としたものなのかについて、バッハ自身も断定していない。

    「彼(ラグルー)がフランス人なのは偶然なのか? それは分からない。ただ、レッドブル内部には『もう本拠地をル・カステレかマニクールに移せばいい』という声もある。要するにフランスへ移転してしまえということだ。どうせフランスのチームになりつつあるんだからね」

    メキースが目指すのは安定か、それとも新たなレッドブルか
    こうした「フランス化」という表現には皮肉も含まれているが、その背景にはレッドブルの組織文化が大きく変わりつつあることへの警戒感がある。

    ホーナーのもとで長期間にわたって形成された経営体制に加え、ニューウェイ、ウィートリー、マーシャルらが担ってきた技術・運営面の中核もすでに大きく様変わりした。そこにメキースが新たな人材を配置することで、従来とは異なる権力構造が形成され始めている。

    一方、ラグルーはメルセデスで若手育成の実績を残しており、その招聘自体には明確な理由がある。ワシェも長年レッドブルの技術部門を支えてきた人物であり、フランス人スタッフが要職を占めているという事実だけで、人事の意図を判断することはできない。

    F1では、同じ国籍や過去に仕事をともにした人物が新たな責任者の周囲に集まること自体は珍しくない。重要なのは、その人事によって組織の安定と競争力を両立できるかどうかだ。

    レッドブル・レーシングに加入するグウェン・ラグルー

    アルピーヌとは対照的な“フランス化”
    興味深いのは、本来「フランスのF1チーム」であるアルピーヌが、実際には英国オックスフォードシャーを活動拠点とし、現在はルノー製パワーユニットも使用していないことだ。

    アルピーヌの実権を握るフラビオ・ブリアトーレはイタリア人で、マネージングディレクターのスティーブ・ニールセンは英国人。一方で英国ミルトンキーンズを本拠地とするレッドブルでは、フランス人のメキースとワシェが重要なポジションを担い、さらにラグルーが加わろうとしている。

    もちろん、これだけでレッドブルが文字通り「フランスのチーム」になるわけではない。それでも、内部からこうした冗談交じりの声が聞かれること自体、ホーナー時代から続いてきたレッドブルの組織が大きな変革期にあることを象徴している。

    メキースが進める人事が組織に安定をもたらすのか、それとも一部スタッフが懸念するように新たな軋轢を生むのか。最終的な評価を決めるのは国籍ではなく、再編されたレッドブルがF1でどのような結果を残すかになりそうだ。

  • ホンダF1 スペック2の改良内容を公開 オランダGP投入へ「目標を達成」

    ホンダF1 スペック2の改良内容を公開 オランダGP投入へ「目標を達成」

    ホンダ・レーシング(HRC)は、2026年F1オランダGPで新仕様の「スペック2」パワーユニットを投入する。HRCのトラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアを務める折原慎太郎が、燃焼室やピストン、潤滑システムにまで及ぶ改良内容の一端を明らかにした。

    ハンガリーGPで行われたインタビューで、折原慎太郎はホンダでF1に携わることになった経緯や、アストンマーティンとの関係、そしてオランダGPから投入予定のスペック2について質問に答えた。

    燃焼高速化を狙ったスペック2
    ホンダが現在、最も力を注いでいるのがパワーユニットの性能向上だ。折原慎太郎は、スペック2では燃焼そのものに手を加えていることを明かした。

    「僕たちはエンジン性能の向上に集中しています。たとえば、燃焼をより速くすることです。ある意味では秘密なのですが、少しだけお話しできます」

    「燃焼を速くするためにプレチャンバーを変更しました。また、より良い燃焼を得るためにピストンの形状も変更しています」

    改良は燃焼系だけではない。内部の機械的損失を減らすため、潤滑システムにも変更を施したという。

    「さらに、フリクションを低減するために潤滑システムの一部も変更しました。そのため、エンジン性能を向上させるために、かなり大きなリスクを取っています」

    2026年のF1パワーユニットは新たな技術規則の下で開発されており、シーズン中の性能向上は各メーカーにとって重要なテーマとなっている。ホンダもHRC Sakuraを中心に改良を続け、スペック2で設定していた社内目標に到達したという。

    「具体的な数値についてはお話しできませんが、社内で設定していた目標は達成できました。HRC Sakuraのメンバーがスペック2エンジンで成し遂げた仕事には自信を持っていますし、とても楽しみにしています」

    「オランダに新しいスペックのエンジンを持ち込みます。そこで自分たちがどの位置にいるのかを確認したいと思います」

    アストンマーティンとの関係も「かなり良い位置」
    2026年からワークスパートナーとして組むアストンマーティンとの関係についても、折原慎太郎はシーズンを戦うなかで着実に深まってきたと説明した。

    「アストンマーティンとホンダの関係は、トラックサイドだけでなくファクトリー側でも発展してきました」

    「最初から関係は良かったですが、厳しい時期も一緒に経験しました。シーズンを通してそうした難しい時間を乗り越えることで関係を築いてきましたし、今はかなり良い状態にあると思っています」

    新規則初年度ということもあり、マシンとパワーユニット双方を最適化していくには密接な連携が不可欠だ。実戦を重ねることで、アストンマーティンとホンダのコミュニケーションも成熟してきたという認識だ。

    ホンダ・レーシング / ホンダF1

    高校時代から目指していたF1エンジニア
    折原慎太郎は自身がF1エンジニアを志したきっかけについても語った。

    「高校生のころからF1エンジニアになりたいと思っていました。そして最終的に、ホンダがF1で自分がどこまでできるのか挑戦する機会を与えてくれました」

    F1エンジニアを目指す若者へのアドバイスとして強調したのは、「諦めないこと」だった。

    「僕自身の経験から言えば、とても大切なのは決して諦めないことです。F1エンジニアになりたいと言い続けること、そして挑戦し続けることだと思います」

    また、ホンダならではの特徴として、市販車部門とモータースポーツ部門の間でエンジニアやメカニックが行き来する人材育成の文化を挙げた。

    「技術そのものは市販車のプロジェクトとは大きく異なります。ただ、ホンダではF1という世界でエンジニアを育ててきました。そこはホンダ独自の文化だと思います」

    「エンジニアやメカニックが市販車のプロジェクトからF1へ移り、逆にF1から市販車のプロジェクトへ移ることもあります。F1の大きなプレッシャーや素早い対応が求められる環境のなかで、エンジニアやメカニックの能力を高めてきました」

    燃焼室やピストン形状、潤滑システムまで変更し、一定のリスクを取って性能向上を狙ったホンダのスペック2。HRC Sakuraが目標としていた性能を達成したという新仕様が、オランダGPでアストンマーティンの競争力をどこまで押し上げるのかが注目される。

  • F1第2四半期の営業利益61%減 レース減少が直撃もドメニカリCEOは成長に自信

    F1第2四半期の営業利益61%減 レース減少が直撃もドメニカリCEOは成長に自信

    F1の2026年第2四半期決算で、売上高が前年同期比38%減、調整後OIBDA(減価償却前営業利益)が61%減となったことが明らかになった。

    一見すると大幅な業績悪化だが、主因は中東情勢によるバーレーンGPとサウジアラビアGPの中止や開催時期の変更などにより、第2四半期に実施されたレース数が前年の9戦から5戦へ減少したことにある。

    F1のステファノ・ドメニカリCEOは、年間では22~23戦を確保できる見通しを示し、今後はスプリントの増加やプレミアム体験、ライセンス事業などを通じて収益拡大を図る方針を明らかにした。

    F1売上高38%減 営業利益は大幅に縮小
    F1を傘下に持つリバティ・メディアが発表した2026年第2四半期決算によると、4月から6月までのF1の売上高は7億6400万ドルとなり、前年同期の12億2000万ドルから38%減少した。

    営業利益も前年同期の2億9300万ドルから7300万ドルへ大幅に減少。調整後OIBDAは3億6100万ドルから1億3900万ドルとなり、前年同期比61%減を記録した。

    ただし、この数字だけでF1の事業そのものが急速に悪化していると判断するのは適切ではない。2026年はカレンダー構成が前年から大きく変化しており、第2四半期に開催されたレース数そのものが大幅に減っているためだ。

    2025年第2四半期には9戦が開催されたのに対し、2026年は5戦のみ。レース数は44%減少しており、売上高の38%減は開催数の減少と密接に連動している。

    中東情勢と日程変更で第2四半期は4戦減
    レース数減少の背景には、開催時期の変更と中東情勢の影響がある。

    日本GPは前年より早い3月開催となり、2026年は第1四半期の売上として計上された。また、中東情勢の緊迫化によってバーレーンGPとサウジアラビアGPが中止となり、イモラも2026年のカレンダーから外れた。

    その結果、上半期全体でも開催数は2025年の11戦から2026年の8戦へ27%減少した。

    上半期のF1の売上高は前年同期比15%減にとどまっており、レース数が27%減少したことを踏まえれば、収益基盤そのものが大きく崩れたわけではないことが分かる。

    また、レース開催数の減少は各F1チームへの分配金にも影響した。2026年第2四半期にチームへ支払われた総額は3億1600万ドルで、前年同期の5億1300万ドルから減少した。

    上半期では5億ドルとなり、2025年同期の6億2700万ドルを下回っている。

    後半戦でレース数回復 年間22~23戦を想定
    一方、2026年後半は開催数が増えるため、年間ベースでは財務への影響が縮小すると見込まれている。

    第3四半期にはマドリードで開催されるスペインGPを含む7戦が予定されており、前年同期の6戦を上回る。さらにカタールGPとアブダビGPが予定通り開催されれば、第4四半期は前年の7戦に対して8戦となる。

    当初中止となったバーレーンGPについても、10月にマレーシアのセパンで開催することで合意しており、失われたレースの一部を補う。

    仮にカタールGPとアブダビGPが中止となった場合について、ドメニカリはシーズンを欧州で終える可能性にも言及している。その場合、12月の最終戦候補としてイモラが有力視されている。

    こうした対応によって、F1は2026年シーズンを最終的に22戦または23戦で構成し、中東情勢による年間収益への影響を最小限に抑える考えだ。

    2027年はF1スプリント増加へ
    F1は将来的な収益拡大を目指しているものの、短期的にグランプリそのものを増やす余地はない。ドメニカリによれば、F1カレンダーは2028年まで事実上埋まっているという。

    そこで新たな収益源として重視されているのがF1スプリントだ。

    スプリントが開催される週末は金曜日と土曜日の集客力が高まるため、プロモーター側にも通常のグランプリ以上の開催料を支払うメリットが生まれる。

    ドメニカリは投資家向けの電話会議で、2027年からスプリントの開催数を増やすことを明言した。

    「来年はスプリントレースを増やす。何戦になるのかについては、2027年カレンダーを発表するときに知らせる」

    「原則はシンプルだ。これは商業的な観点から本当に活用できる、収益源を拡大する機会なんだ」

    ただし、全グランプリでスプリントを開催する考えは否定した。開催数を限定することによる希少価値を維持する必要があると考えているためだ。

    「商業的な理由だけでどこでも開催するようになれば、商業面で生み出せる価値ではなくなってしまう」

    「ただ、将来的に開催数をさらに増やしていくことは間違いない。それは1000%、すでに来年から起きることだ」

    1人1万ユーロ超のプレミアム体験も展開
    F1はレース開催数だけに頼らない収益拡大にも力を入れている。

    若年層や女性ファンの増加に加え、米国ではApple TVへの移行後、総視聴時間が13%増加したという。こうしたファン層の拡大を背景に、ドメニカリはサーキットで提供する高価格帯の商品や体験の拡充を進める考えを示した。

    F1のホスピタリティサービス「パドッククラブ」は2026年分が完売しており、2027年のチーム向け割り当てもすでに確定している。このためF1は、既存のパドッククラブとは異なる富裕層向けサービスの開拓を進めている。

    ドメニカリは「我々が将来に向けて重点を置いているのは体験型の機会だ」と説明し、通常では購入できないような「お金では買えない」体験を増やしていく方針を示した。

    その一例が、ベルギーGPで導入された「Outlap」だ。

    LVMHとの協力による高級ディナー体験で、特別に製作されたコンテナ内で12人のゲストが食事を楽しみながらサーキットを周回する。料金は1人あたり1万ユーロ(約182万円)を超え、2027年には他の欧州ラウンドにも展開される予定だ。

    ライセンス事業拡大 AIは1社独占にせず
    ドメニカリは、ライセンス契約の拡大や既存契約の更新についても、F1のさらなる成長余地があるとみている。

    一方、AI分野については、F1全体を1社の公式パートナーに独占させる考えはないという。

    「この分野を誰か1社、あるいは単一のパートナーに渡すことは決してない。あまりにも大きな分野だからだ」

    「このビジネス領域を分割できることが、我々に多くの機会を生み出している」

    2026年第2四半期の売上高38%減、調整後OIBDA61%減という数字は大きいものの、背景にはレース数が前年同期から44%減少した特殊事情がある。後半戦で開催数が回復するF1にとって、より重要なのは年間業績とその先の成長戦略となる。スプリントの拡大、プレミアム体験、ライセンス、AI関連ビジネスなど、グランプリ開催料や放映権以外の収益源をどこまで伸ばせるかが今後の焦点となりそうだ。

  • F1ドライバーの異名15選 「スムース・オペレーター」「アイスマン」その由来とは

    F1ドライバーの異名15選 「スムース・オペレーター」「アイスマン」その由来とは

    F1ドライバーには、その人物像やドライビングスタイル、あるいは何気ない出来事をきっかけに定着した「ニックネーム」が数多く存在する。

    カルロス・サインツJr.の「スムース・オペレーター」、キミ・ライコネンの「アイスマン」、アラン・プロストの「プロフェッサー(教授)」など、その呼び名を聞くだけでドライバーの姿が浮かぶものも少なくない。

    一方で、セルジオ・ペレスの「チェコ」のように、意外なほど単純な由来を持つものもある。F1公式サイトが紹介した15人の印象的なニックネームと、その誕生の背景を振り返る。

    ■ セルジオ・ペレス「チェコ(Checo)」
    キャデラックF1のセルジオ・ペレスが長年親しまれている「チェコ」という呼び名。その由来は意外なほどシンプルだ。

    母国メキシコでは「Checo」は「Sergio」の一般的な愛称であり、英語圏でJamesをJimと呼ぶようなものだ。

    ただし、レッドブル・レーシング時代には別の異名も生まれた。「メキシコ国防大臣(Mexican Minister of Defence)」だ。

    きっかけは2021年最終戦アブダビGP。ドライバーズタイトルを争っていたマックス・フェルスタッペンを援護するため、ペレスはルイス・ハミルトンを相手に激しい防御を展開した。ハミルトンのペースを抑え、フェルスタッペンとの差を縮めさせた走りから、この異名が広まった。

    セルジオ・ペレス「チェコ(Checo)」

    ■ アレクサンダー・アルボン「アルボノ(Albono)」
    アレクサンダー・アルボンの「アルボノ」は、ジュニアカテゴリー時代のレーシングスーツに由来する。

    当時は緊急時に備えて血液型をスーツに明記する必要があり、アルボンの場合は「A. Albon O+」と記されていた。これを続けて読むと「Albono」に見えることから、自然とニックネームになった。

    2020年、新型コロナウイルスによるロックダウン期間中にシャルル・ルクレール、ランド・ノリス、ジョージ・ラッセルらとオンラインレースを配信したことで、この呼び名はファンの間にも広く浸透した。

    アレクサンダー・アルボン「アルボノ(Albono)」

    ■ カルロス・サインツJr.「スムース・オペレーター(Smooth Operator)」
    カルロス・サインツJr.は、自分自身で偶然ニックネームを生み出した珍しいケースだ。

    マクラーレンに所属していた2019年のハンガリーGPでトップ5フィニッシュを果たした直後、無線でシャーデーが1984年に発表した楽曲「Smooth Operator」を歌った。

    サインツJr.はシルバーストンで耳にした曲を気に入っていただけで、それほど有名な楽曲だとは知らなかったという。

    ブラジルGPでも同じフレーズを無線で披露。その年、サインツJr.は同レースでF1初表彰台を獲得し、「スムース・オペレーター」は彼を象徴する呼び名として完全に定着した。

    カルロス・サインツJr.「スムース・オペレーター(Smooth Operator)」

    ■ ダニエル・リカルド「ハニーバジャー(Honey Badger)」
    2024年にF1を去ったダニエル・リカルドだが、「ハニーバジャー」という異名はいまも彼の代名詞だ。

    普段は笑顔を絶やさず陽気な性格ながら、コックピットに入れば攻撃的で激しいレーサーへと変貌する。その二面性が、小柄ながら非常に獰猛なことで知られるラーテル(ハニーバジャー)と重なった。

    リカルド自身もかつて、ハニーバジャーについて「かわいらしく見えるけど、自分のものを奪われれば反撃する」と説明し、それがステアリングを握った際の自分の「もうひとつの人格」に似ていると語っている。

    ダニエル・リカルド「ハニーバジャー(Honey Badger)」

    ■ セバスチャン・ベッテル「インスペクター・セブ(Inspector Seb)」
    4度のF1ワールドチャンピオンに輝いたセバスチャン・ベッテルは、速さだけでなく知的好奇心の強さでも知られていた。

    特に有名だったのが、パルクフェルメでライバルのマシンを観察する姿だ。レースや予選を終えると他チームのマシンに近づき、空力パーツなど細部を熱心にチェックする光景が何度も目撃された。

    その行動から付けられたのが「インスペクター・セブ」、つまり「セブ警部」である。

    セバスチャン・ベッテル「インスペクター・セブ(Inspector Seb)」

    ■ キミ・ライコネン「アイスマン(The Iceman)」
    キミ・ライコネンを象徴する「アイスマン」は、マクラーレン時代のチーム代表ロン・デニスによって付けられた。

    コース上でもコース外でも感情を大きく表に出さず、メディア対応でも淡々とした態度を貫いたフィンランド人。その冷静さが「アイスマン」という呼び名にぴったりだった。

    マクラーレンを離れた後もこのニックネームは使われ続け、現在でもライコネンを象徴する言葉となっている。

    キミ・ライコネン「アイスマン(The Iceman)」

    ■ ニコ・ロズベルグ「ブリトニー(Britney)」
    2016年F1ワールドチャンピオンのニコ・ロズベルグには、若手時代に本人としてはあまり歓迎できなかったであろうニックネームがあった。

    2006年にウィリアムズからF1デビューした当時、金髪と若々しいルックスを見たチームメイトのマーク・ウェバーが、米国の人気歌手ブリトニー・スピアーズになぞらえて「ブリトニー」と呼び始めた。

    同年最終戦ブラジルGPでは両者が接触し、ロズベルグがピットへ戻る途中でクラッシュ。ウェバーは無線で「ブリトニーが壁に突っ込んだ」と皮肉った。

    その後ロズベルグがトップドライバーへ成長するにつれて、この呼び名は次第に使われなくなっていった。

    ニコ・ロズベルグ「ブリトニー(Britney)」

    ■ ミカ・ハッキネン「フライング・フィン(The Flying Finn)」
    ミカ・ハッキネンもライコネン同様、必要以上に多くを語らないフィンランド人だった。

    しかし、ステアリングを握れば常に限界まで攻め続け、その圧倒的なスピードから「フライング・フィン」と呼ばれるようになった。

    同郷のケケ・ロズベルグから支援を受けながら成長し、ミハエル・シューマッハ最大のライバルのひとりとして活躍。1998年と1999年に2年連続でF1ワールドチャンピオンとなり、通算20勝を挙げた。

    ミカ・ハッキネン「フライング・フィン(The Flying Finn)」

    ■ ナイジェル・マンセル「イル・レオーネ(Il Leone)」
    ナイジェル・マンセルは、その攻撃的なドライビングと情熱的な姿勢によってファンから絶大な支持を集めた。

    1989年にフェラーリへ加入すると、開幕戦ブラジルGPでいきなり優勝。その後もマシンを限界まで攻め続け、ハンガリーGPでは12番手から劇的な逆転勝利を飾った。

    その勇猛果敢な姿に魅了されたイタリアのティフォシが与えた呼び名が「Il Leone」。イタリア語で「ライオン」を意味する。

    ナイジェル・マンセル「イル・レオーネ(Il Leone)」

    ■ アラン・プロスト「教授(The Professor)」
    4度のF1ワールドチャンピオンに輝いたアラン・プロストは、純粋な速さだけで勝利を積み重ねたドライバーではなかった。

    レース全体を論理的に組み立て、マシンやタイヤを管理しながら必要な場面で最大限の力を引き出す。その知的かつ計算されたアプローチから「教授」と呼ばれるようになった。

    アイルトン・セナとの激しいタイトル争いでも、プロストは緻密な戦略と判断力を武器に対抗。そのスタイルは「教授」という異名とともにF1史に刻まれている。

    アラン・プロスト「教授(The Professor)」

    ■ ニキ・ラウダ「ザ・ラット(The Rat)」
    3度のF1ワールドチャンピオンであるニキ・ラウダの異名は、その偉大な実績からは少々意外なものだった。

    当初は歯の特徴から「ザ・マウス(The Mouse)」と呼ばれ、その後「キング・ラット」「スーパー・ラット」などへと変化。最終的には「ザ・ラット」が広く知られるようになった。

    また、マシンを極めて論理的に分析し、感情に左右されない走りを見せたことから「ザ・コンピューター」と呼ばれることもあった。

    ニキ・ラウダ「ザ・ラット(The Rat)」

    ■ ジェームス・ハント「ハント・ザ・シャント(Hunt the Shunt)」
    1976年F1ワールドチャンピオンのジェームス・ハントは、成功を収める以前、派手なクラッシュを繰り返すことで知られていた。

    「shunt」はモータースポーツでクラッシュや接触を意味する言葉で、「Hunt」と韻を踏んだ「Hunt the Shunt」という呼び名が誕生した。

    若手時代にはマシンを壊してでも攻めるような走りを見せていたが、経験を積むにつれてその荒々しさをコントロール。最終的には1976年にF1王座を獲得した。

    ジェームス・ハント「ハント・ザ・シャント(Hunt the Shunt)」

    ■ グラハム・ヒル「ミスター・モナコ(Mr Monaco)」
    整えられた口ひげと英国紳士らしい振る舞いで知られたグラハム・ヒル。その名を特別なものにした舞台がモナコだった。

    1963年にモナコGP初優勝を飾ると、1964年、1965年、1968年、1969年にも勝利。合計5勝を記録した。

    後にアイルトン・セナが6勝を挙げて記録を更新したものの、モナコを象徴する最初のF1ドライバーとして、ヒルには「ミスター・モナコ」という称号が残った。

    グラハム・ヒル「ミスター・モナコ(Mr Monaco)」

    ■ ジャック・ブラバム「ブラック・ジャック(Black Jack)」
    「ブラック・ジャック」という名前からギャンブラーを連想するかもしれないが、ジャック・ブラバムの異名は賭け事とは関係がない。

    黒い髪と寡黙でどこか謎めいた雰囲気から付けられたものだった。

    ブラバムは単なるドライバーではなく、マシンの問題点を数周走っただけで的確に見抜ける優れた技術的感覚を持っていた。1966年には自身の名を冠したブラバムでワールドチャンピオンを獲得。自らの名前を持つマシンでF1王者となった唯一の人物として歴史に残っている。

    ジャック・ブラバム「ブラック・ジャック(Black Jack)」

    ■ ファン・マヌエル・ファンジオ「エル・マエストロ(El Maestro)」
    F1黎明期を代表するファン・マヌエル・ファンジオには、「El Maestro」、スペイン語で「巨匠」「師匠」を意味する異名が与えられた。

    この呼び名を使った人物のひとりが、ファンジオを深く尊敬し、チームメイトでもあったスターリング・モスだった。

    ファンジオは5度のF1ワールドチャンピオンを獲得。出走した51戦のうち48戦でフロントロースタートを記録するなど、驚異的な成績を残した。

    「チェコ」から「教授」「アイスマン」「イル・レオーネ」まで、F1ドライバーのニックネームにはそれぞれの時代やキャラクター、そしてコース上で生まれた物語が凝縮されている。単なる愛称を超え、ドライバーのF1でのレガシーを象徴する言葉として現在まで語り継がれている。

    ファン・マヌエル・ファンジオ「エル・マエストロ(El Maestro)」

  • マックス・フェルスタッペンのレッドブルF1批判に警鐘「時に行き過ぎている」

    マックス・フェルスタッペンのレッドブルF1批判に警鐘「時に行き過ぎている」

    マックス・フェルスタッペンがマシンやレッドブル・レーシングに対して公の場で繰り返す批判について、元F1ドライバーのクリスチャン・アルバースが、その率直さを評価しながらも「時に行き過ぎる」と警鐘を鳴らした。

    2026年F1シーズン、フェルスタッペンはRB22のパフォーマンスに対する不満を隠していない。

    アルバースは、妥協を許さず常に勝利を求める姿勢こそフェルスタッペンの強さだと認める一方、否定的な発言が続けば、チームで働くスタッフに悪影響を及ぼす可能性があると指摘している。

    「毎周、すべてのコーナーで戦い続ける」
    フェルスタッペンはここ数カ月、RB22の競争力やドライバビリティについて厳しい評価を口にしてきた。それでもコース上では攻撃的な姿勢を変えておらず、アルバースはそこに4度のF1ワールドチャンピオンを支える強さがあると考えている。

    オランダ紙『De Telegraaf』から、ハンガリーGPでルイス・ハミルトンに仕掛けた強引なオーバーテイクが、フラストレーションや個人的な感情によるものだったのかと問われたアルバースは、その見方を否定した。

    「いや、彼は誰に対してもああする。それがマックスの素晴らしいところなんだ。だからこそレッドブルは彼にあれだけ高い給料を払っている。毎周、すべてのコーナー、すべてのブレーキングで、彼は戦い続けている」

    アルバースにとって、相手が誰であろうと一切引かない姿勢はフェルスタッペンの大きな長所であり、その競争心自体を問題視しているわけではない。

    率直さは長所でもあり短所でもある
    一方でアルバースが疑問を投げかけたのが、フェルスタッペンによるレッドブルやRB22への度重なる公の批判だ。

    「マックスには非常に多くの長所がある。でも、短所もある。彼のインタビューを聞いていて、ときどき疑問に思うことがある」

    アルバースは、フェルスタッペンが自分の考えを隠さず口にする姿勢そのものについては評価している。

    「22人のドライバー全員が最高のマシンに乗って勝ちたいと思っている。その一方で、彼があれほどオープンで正直であることも僕は評価している」

    ただし、その率直さが否定的な方向に偏りすぎることには懸念を示した。

    「彼は『これは好きじゃない、あれも好きじゃない』と言う。彼のコメントにはポジティブな部分があまりない。こういう状況をどうやって適切に扱えばいいんだろう、と考えてしまう」

    「ほかの21人も勝ってチャンピオンになりたい」
    アルバースは、勝利だけを求め続けるフェルスタッペンの強烈なメンタリティが、ときに周囲の状況を見えにくくしている可能性があると考えている。

    「その点では、彼は自分自身にあまりにも集中していて、ほかの21人のドライバーだって勝ちたいし、ワールドチャンピオンになりたいと思っていることが見えなくなっているんじゃないかと思う」

    「全員が最高のマシンを手にできるわけではない。でも、その一方で彼の姿勢を評価することもできる」

    フェルスタッペンが求める基準が極めて高いからこそ、マシンがその水準に達していないときの不満も強く表れる。アルバースは、その姿勢が成功を生み出してきた一方で、現在のような苦しい状況ではマイナスに作用することもあるとみている。

    マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)

    レッドブルF1をもっと擁護すべきとの指摘
    フェルスタッペンについては、RB22の弱点を公然と指摘するだけではなく、ときにはチームを擁護する姿勢を示すべきだとの意見もある。アルバースも、その考えには一定の理解を示した。

    「僕も少しそう思う」

    そのうえでアルバースは、F1マシンの開発はトップクラスの技術者が加わったとしても、短期間で劇的に変えられるものではないと強調した。

    「アストンマーティンF1のエイドリアン・ニューウェイを見ても分かる。何もないところから、いきなり競争力のあるマシンコンセプトを作り出すことはできない。手元にあるものを使って仕事をしなければならないんだ」

    ニューウェイほどの実績を持つデザイナーであっても、既存の組織や設備、マシンコンセプトを踏まえながら時間をかけて改善していく必要があるというのがアルバースの主張だ。

    「ファクトリーでは1000人が働いている」
    アルバースが特に問題視するのは、ドライバーの発言がチーム内部の大勢のスタッフに与える影響だ。

    「物事が自分の望んでいる方向に進まなければ、フラストレーションがたまるのは理解できる。でも、ファクトリーでは1000人が働いている。そのうち700人くらいは、あなたとまったく同じ方向に進みたいと思っているかもしれない」

    つまり、結果が出ないからといって、チーム全体がフェルスタッペンの要求に応えようとしていないわけではない。表舞台に立つドライバーの厳しい言葉は、改善に向けて働き続けるスタッフにも届くため、その影響まで考える必要があるという指摘だ。

    レッドブル・レーシングは現在まで、フェルスタッペンによるRB22への厳しい批判を公に問題視してはいない。だが、2027年以降の去就を巡る憶測が続くなか、その発言は単なるマシンへの不満以上の意味を持って受け止められる状況になっている。

    勝つために妥協せず、問題を率直に口にする姿勢はフェルスタッペンを4度のF1王者へと押し上げた武器でもある。一方でアルバースは、その強烈なメンタリティだからこそ、苦境にあるチームに対してどこまで批判を公にするべきなのか、そのバランスが重要になっているとみている。

    【関連】
    ・マックス・フェルスタッペン レッドブルF1離脱へ「第2の解除条項」が判明か

  • ルイス・ハミルトン 愛犬“ヘイロー”と夏休み満喫「休んで回復して充電」

    ルイス・ハミルトン 愛犬“ヘイロー”と夏休み満喫「休んで回復して充電」

    フェラーリF1のルイス・ハミルトンが、夏休みに新たな家族を迎えた。ゴールデンレトリバーの子犬で、その名前はF1で多くのドライバーの命を守ってきた安全装置にちなんだ「ヘイロー(Halo)」だ。

    7度のF1ワールドチャンピオンであるハミルトンは、SNSで新しい相棒との写真と動画を公開。「休んで、回復して、充電する」と夏休みの過ごし方を表現した。フェラーリでタイトル争いを続けるシーズン後半戦を前に、ヘイローとの時間が大切なリフレッシュになっているようだ。

    新たな家族はゴールデンレトリバーの「ヘイロー」
    ハミルトンが新たに家族へ迎え入れたのは、ゴールデンレトリバーの子犬だ。その名前は「ヘイロー」。F1では2018年からコックピット保護装置として装着が義務化され、重大事故からドライバーの命を守ってきた安全装置と同じ名前である。

    ハミルトンは8月7日、自身のSNSで夏休み中の様子をまとめて公開。そのなかにはヘイローを抱いた写真に加え、新しい相棒の愛らしい姿を収めた動画も含まれている。

    動画では、まだ幼いヘイローが自分の前足をかじろうとするなど、子犬らしい無邪気な姿を披露。サーキットで見せるハミルトンとはひと味違う、リラックスした時間が伝わってくる投稿となった。

    メイン州からロサンゼルスへ ヘイローを迎え入れ
    実はヘイローの存在は、ハミルトン自身が今回の写真を公開する以前の7月に、米国を拠点とするブリーダーによって明らかにされていた。

    ブリーダーは当時、「ミス・ヘイローをF1フェラーリドライバーのルイス・ハミルトンのもとへ、ロサンゼルスまで飛行機で送り届けることを楽しみにしている」と投稿。動物トレーナーのカースティン・マクミリアンが、ヘイローを迎えるために米メイン州へ向かったことも明かしていた。

    マクミリアンは3世代にわたる動物トレーナー一家の人物で、ハミルトンにとっても以前から信頼を寄せてきた存在だ。

    ハミルトンがこれまで飼っていたイングリッシュ・ブルドッグのロスコーとココのトレーニングにも携わっており、新たに家族となったヘイローも同じ人物に託されることになった。

    愛犬ココとの別れを経て迎えた新たな家族
    ハミルトンにとって、愛犬は長年にわたって生活の大切な一部だった。

    特にロスコーはF1パドックにもたびたび姿を見せ、世界中のファンから親しまれてきた。ハミルトンのSNSにも頻繁に登場し、レース活動とは異なる一面を伝える存在として知られている。

    一方、もう1匹のイングリッシュ・ブルドッグだったココは2025年9月に死去。ハミルトンにとって大切な家族とのつらい別れとなった。

    それから約1年。新たに迎え入れたのがゴールデンレトリバーのヘイローだ。

    かつてロスコーとココを担当した同じトレーナーにヘイローを託したことからも、ハミルトンが新しい家族を迎えるにあたって信頼できる環境を選んだことがうかがえる。

    「休んで、回復して、充電する」夏休みを満喫
    ハミルトンは今回のSNS投稿に「Resting, restoring, recharging」と短いメッセージを添えた。

    「休んで、回復して、充電する」

    投稿ではヘイローと過ごす時間だけでなく、トレーニングに取り組む姿など、夏休みを満喫する様子も紹介されている。

    F1のシーズンは長く、夏休みはドライバーにとって貴重なリセット期間となる。特に2026年は新世代マシンとパワーユニットが導入され、ドライバーにも例年以上に大きな負担がかかっている。

    41歳のハミルトンにとっても、タイトル争いが本格化するシーズン後半戦を前に、心身を整える重要な時間だ。新しい相棒ヘイローとの生活は、その充電期間にさらなる喜びを加えている。


    フェラーリで初勝利 ランキング2位で後半戦へ
    ハミルトンは、フェラーリで迎えた2026年シーズンにドライバーズタイトルを争っている。

    シーズン前半にはバルセロナでフェラーリ加入後初となるグランプリ優勝を達成。スクーデリアの赤いレーシングスーツをまとって初めて表彰台の頂点に立つ、本人にとってもチームにとっても大きな意味を持つ勝利となった。

    現在はドライバーズランキング2位につけ、ランキング首位を走るメルセデスのアンドレア・キミ・アントネッリを追っている。一方で、ジョージ・ラッセルとの争いも続いており、シーズン後半戦も気の抜けない戦いが待っている。

    直近の数戦では必ずしもすべてが思い通りに進んだわけではない。それでもフェラーリでの初タイトルを目指すハミルトンにとって、夏休み明けからの戦いが重要になることに変わりはない。

    “命を守る”ヘイローとともにタイトル争いへ
    F1の「ヘイロー」は、導入当初こそ外観をめぐって賛否を呼んだものの、その後はいくつもの重大事故でドライバーを保護し、現在ではF1を象徴する安全装置のひとつとなった。

    そんな“命を守る存在”と同じ名前を与えられたゴールデンレトリバーのヘイローが、ハミルトンの新たな家族となった。

    愛犬ココとの別れを経て、新しい相棒を迎えたハミルトン。「休んで、回復して、充電する」という言葉通り、ヘイローと過ごす時間からもしっかりとエネルギーを受け取っているようだ。

    フェラーリでの初タイトルを目指すハミルトンは、新たな家族とともに束の間の夏休みを過ごし、首位アントネッリを追う2026年F1シーズン後半戦へと向かう。

  • メルセデスF1が後半戦を警戒「夏休み後に選手権は様変わりする」

    メルセデスF1が後半戦を警戒「夏休み後に選手権は様変わりする」

    メルセデスF1は、2026年シーズン後半が前半戦とはまったく異なる戦いになると予想している。コンストラクターズ選手権とドライバーズ選手権の両方で首位に立ちながらも、チームは夏休み明けのオランダGPからタイトル争いがさらに激化すると警戒している。

    メルセデスF1の副テクニカルディレクターを務めるシモーネ・レスタは、F1では夏休みを境に選手権の流れが大きく変わることが多く、タイトル争いではプレッシャーへの対応力が勝敗を左右すると強調した。

    メルセデスF1 「失ったポイントがなければもっとリードしていた」
    ハンガリーGP終了時点で、メルセデスはドライバーズ、コンストラクターズの両ランキングで首位に立ち、2020年以来となるダブルタイトル獲得へ向けて有利な立場で夏休みに入った。

    しかし、チーム代表のトト・ヴォルフは、今季の戦いは本来ならさらに優位に進められていたと振り返る。パワーユニットとシャシーを一体で開発するワークス体制が好スタートにつながった一方で、信頼性トラブルによって大きな代償を払ったという。

    「シーズン序盤は非常に良いスタートを切れた。パワーユニットとシャシーを統合した体制、そしてチーム全体の準備が成果につながったと思う」

    「一方で、信頼性の問題には明らかに苦しんだ。3回か4回のリタイアがあり、直接のライバルであるフェラーリに対して70~80ポイントは失ったはずだ。今のリードは70ポイント余りなので、それらを加えれば非常に大きな差になっていた」

    「だが、そのポイントは失われた。そして当然ながらライバルとの差は縮まった。難しいグランプリもいくつかあった」

    さらにヴォルフは、フェラーリが挙げた直近2勝についても、メルセデス側のミスや不運が大きく影響したとの見方を示した。

    「実際、フェラーリのここ2勝は我々自身の失敗によるものだ。バルセロナではセーフティカーの不運があり、シルバーストンではキミ(アンドレア・キミ・アントネッリ)のホイールトラブルがあった」

    メルセデスAMG・ペトロナス・モータースポーツ

    シモーネ・レスタ 「夏休み後は選手権の流れが変わる」
    シーズン前半はメルセデスが優位に立ったものの、ここ数戦ではフェラーリやマクラーレンが着実にパフォーマンスを向上させ、その差は縮まりつつある。

    レスタは、こうした流れが夏休み明けのオランダGP以降、さらに顕著になると予想している。

    「歴史を振り返れば、選手権は夏休み後に必ず変化する」

    「首位に立つチームには大きなプレッシャーがかかるが、追う側にも同じようにプレッシャーがかかる」

    「シーズン後半はチームにとってまったく別の局面になる。環境はさらに厳しくなり、一つひとつの結果の重みが増していく」

    現在、メルセデスはコンストラクターズ選手権でフェラーリに72ポイント差、ドライバーズ選手権ではアンドレア・キミ・アントネッリがルイス・ハミルトンに50ポイント差をつけている。

    それでもレスタは、このリードがタイトル獲得を保証するものではないと断言する。

    「この時期こそ、組織の強さとレジリエンス(対応力)が本当に試される」

    「プレッシャーに耐え、さらに重要性が増した状況でも結果を出し続けられるかどうかを、チームは証明しなければならない」

    そして、2026年シーズン終盤はわずかな差がタイトルの行方を左右する激戦になると予想した。

    「このシーズン後半がどう展開していくのか、とても興味深い。多くの場合、選手権はこの時期に勝ち取られるか、あるいは失われるものだからだ」

  • ブリアトーレが語るベネトン成功秘話「誰もTシャツ屋がF1で勝つとは思わなかった」

    ブリアトーレが語るベネトン成功秘話「誰もTシャツ屋がF1で勝つとは思わなかった」

    アルピーヌF1を率いるフラビオ・ブリアトーレが、自身のF1キャリアの原点となったベネトン時代を振り返り、「Tシャツメーカー」と揶揄されたファッションブランドが世界王者へと上り詰めた成功の理由を語った。

    2027年からアルピーヌの主要パートナーとしてグッチが加わることを控え、ブリアトーレにとってはファッションとF1を再び結びつける形となる。

    約30年前、ベネトンを単なるスポンサーではなくF1そのものをブランドの「アンバサダー」として活用した経験は、現在のアルピーヌにも通じるものがあるという。

    「F1初の本格的なファッションブランドだった」
    ブリアトーレがF1に足を踏み入れたきっかけは、イタリアのアパレルブランド、ベネトンだった。当時、ルチアーノ・ベネトンからF1での活動を任され、それまで自動車メーカーやレーシングチームが中心だった世界に、ファッションブランドという異質な存在を持ち込んだ。

    「当時のベネトンも、ある意味ではラグジュアリーブランドのような存在だった。世界に7000店舗のベネトンがあったからね。そして、F1に参入した最初の本格的なファッションブランドだった」とブリアトーレはThe Race Businessに語った。

    「最初はマシン全体がベネトンカラーだった。その後、ベネトンだけでやるには費用が高くなりすぎて、黄色や青など別のカラーを加える必要が出てきた。それでも、最初の例がベネトンだった」

    F1参戦によって得られたブランド効果は、ブリアトーレ自身の想像を超えていたという。

    「ある時点では、店舗よりレーシングチームのほうがはるかに有名になっていた。信じられないことだったよ。Tシャツメーカーがチャンピオンシップを獲るなんて、本当にすごいことだった」

    「1989年から1990年ごろに始めたときは、誰も我々に1セントの価値も見いだしていなかった。それが1995年には世界王者になる準備ができていた。本当に素晴らしかった」

    シューマッハと低予算でF1の頂点へ
    ベネトンは1994年にミハエル・シューマッハとともにドライバーズタイトルを獲得し、1995年にはシューマッハが連覇を達成。さらにコンストラクターズタイトルも手にした。

    ブリアトーレは、その成功が巨額の資金によって生まれたものではなかったと強調する。

    「レッドブルも後に似たことをやった。ただし、資金の規模もシステムもまったく違う。当時の我々の予算は、他のチームと比べて非常に限られていた。それでも成し遂げた。ミハエル・シューマッハには感謝している。彼はチームにとって非常に大きな存在だった」

    ベネトンがF1に参入した当初、周囲からは「Tシャツメーカー」と見られていた。それは飲料メーカーとしてF1に参入したレッドブルが後に受けた懐疑的な視線とも重なる。

    「我々は本当に“Tシャツメーカー”だった。でも結局、運営するのは人なんだ。その結果として最終製品であるマシンが生まれる」

    「ルチアーノはF1が大好きだった。兄弟のひとりはラグビーが好きで、別の兄弟はバレーボールが好きだった。ただ、最初からF1を選んだ理由は、それが世界的なスポーツだったからだ。ベネトンを他とは違うレベルへ持っていこうとしていた」

    ミハエル・シューマッハとフラビオ・ブリアトーレ

    モータースポーツ誌ではなく「VOGUE」に売り込んだベネトン
    当時のF1では、マクラーレン、フェラーリ、ウィリアムズ、ティレル、ブラバムといった伝統的なレーシングチームが中心だった。ブリアトーレは、彼らと同じ方法で戦ってもベネトンの存在感は高められないと考えた。

    そこで選んだのが、モータースポーツの枠を超えてファッションの世界へF1を持ち込む戦略だった。

    「他のチームは非常に技術志向だった。マクラーレン、フェラーリ、ウィリアムズ、ティレル、ブラバムといったチームだ」

    「そこでパトリツィアと僕は、AutosportやAutosprintなどの自動車雑誌に出るのではなく、ファッション誌やVOGUEに出ようと決めた。まったく違うアプローチだった」

    「モデルを使ったり、写真を重視したりした。当時の我々のマシンには競争力がなかったけれど、メディアやイメージという面では常にトップだった。誰もがベネトンを追いかけていた」

    つまり、マシンが勝てるようになる前から、ブランドとしてはF1のトップクラスの存在感を獲得していたということだ。

    「誰もTシャツメーカーが勝てるとは思っていなかった」
    ブリアトーレは、ベネトンが後方からスタートし、徐々に勢力図を覆していった過程を、現在のアルピーヌとも重ね合わせている。

    「我々は後方からスタートした。昨年アルピーヌで始めたときと同じだ。我々はいつも流れを変えてきたし、下から始めてきた」

    「ベネトンの成功は本当に信じられないものだった。Tシャツやセーターを作っている会社が、これほど競争が激しく技術的な世界に入って成功できるなんて、誰も信じていなかったからね」

    F1という世界を外部から眺めたことも、既成概念に縛られない発想につながったという。

    「当時、我々はそれほど難しくないことにも気づいた。みんなが物事を非常に難しくしていたんだ。最も難しいのは、適切な人材が適切な場所、適切なタイミングにいる機会を作ることだった」

    最初は参戦するだけだったベネトンだが、やがて表彰台が現実的な目標となり、その先にタイトルが見えてきた。

    「少なくとも競争できる可能性があることが分かった。その後、ただ競争するだけでなく、表彰台を狙えることが分かった。そして最後には『よし、今なら本当に戦える』となった」

    トップチームより30~40%少ない予算
    ブリアトーレによれば、ベネトンの予算は当時のトップチームより常に大幅に少なかった。

    「我々の予算は、常にトップチームより30~40%少なかった。1995年に最初のコンストラクターズタイトルを獲得したときは、当時のフェラーリやマクラーレンの50%程度の予算だったと思う」

    「それでも勝てたのは戦略が正しかったからだ」

    その戦略の中心にあったのが、人材だった。

    「信じられないほど素晴らしいドライバーを獲得した。そして素晴らしいエンジニアの集団がいた。彼らは今ではみんなスターになっている。ロス・ブラウンからパット・シモンズまでね」

    「現在レーシングブルズのチーム代表を務めているアラン・パーメインも我々と一緒だったし、ジョナサン・ウィートリーもいた」

    ブリアトーレは、これを「ベネトン・スクール」と表現する。

    「確かに我々はファッション企業だった。でも技術面でも優秀な人材を育てる力があった。ファッションの精神とテクノロジーの精神を組み合わせた。それをひとつにまとめた結果、大成功になったんだ」

    F1は「特別に難しいビジネスではない」
    ブリアトーレは、F1チームの経営を過度に特殊なものとは考えていない。

    「他のビジネスと同じだと思っている。世界最高の人材を相手に競争する以上、簡単ではない。でも成功することが不可能なわけではない」

    そもそもブリアトーレ自身、F1に深い知識を持ってこの世界に入ったわけではなかった。

    「僕はF1が何なのか、まったく知らなかった。ルチアーノ・ベネトンの判断によって、偶然F1に入ったんだ。本来なら数カ月だけ、商業面を整理するための仕事だった」

    「これほど長くF1にいるなんて思ってもいなかった。だからこそ、外からの視点でF1を見ることができた。もちろん複雑だよ。他のビジネスと同じように複雑だけれど、できることはたくさんある」

    「F1そのものがベネトンのアンバサダーだった」
    ブリアトーレが強調するのは、ベネトンが単にF1チームを広告媒体として利用していたわけではないという点だ。

    「当時、我々はベネトンのためにF1を使っていた。完全にね。ベネトンがF1を利用していたというより、F1そのものをベネトンのアンバサダーにすることを決めたんだ」

    「ルチアーノはあれだけの露出を得られたことを非常に喜んでいた。会社としても信じられないほどの成功だった」

    そして競争力が高まれば、その広告効果はさらに増幅する。

    「競争力があれば、その効果は2倍、3倍、4倍になる。新しい業界に入ると、違った目で見ることができる。毎日その世界にいるわけではないからね」

    グッチ加入で再び「ファッション×F1」へ
    2027年からグッチを主要パートナーに迎えるアルピーヌは、ブリアトーレにとって30年以上前のベネトン時代を想起させるプロジェクトになる。

    ベネトンは、伝統的なモータースポーツ企業ではない「Tシャツメーカー」としてF1に乗り込み、ファッションとモータースポーツを融合させた独自のマーケティングを展開。その後、シューマッハを中心にブラウン、シモンズ、パーメイン、ウィートリーら後にF1界の重要人物となる人材を集め、世界王者へと成長した。

    「多くの人は毎日同じやり方で物事をする。『これがやり方だから』という理由でね。でも、違う方法でやることもできる」

    ブリアトーレは現在も、自身を純粋なモータースポーツ人間とは捉えていない。

    「もちろんレースは大切だ。自分たちのチームだからね。でも、もし自分のチームがなかったら、僕がF1を見るかどうかは分からない。正直なところね」

    ファッションブランドの視点をF1へ持ち込み、常識とは異なる方法でベネトンを頂点へ導いたブリアトーレ。グッチとの新たなパートナーシップは、単なるスポンサー契約ではなく、かつて成功を収めた「ファッション×F1」という発想を現代のアルピーヌで再び試す機会となりそうだ。

  • コルトン・ハータ F1挑戦に暗雲 キャデラックはカマラを2027年候補に?

    コルトン・ハータ F1挑戦に暗雲 キャデラックはカマラを2027年候補に?

    コルトン・ハータがF1参戦を目指してインディカーを離れ、FIA F2へ転向した大きな決断が厳しい局面を迎えている。2026年シーズンは残り5大会となった時点でランキング16位に低迷し、当初期待されていた2027年のキャデラックF1加入から遠ざかりつつある。

    海外メディア『Last Word On Sports』は、ハータがもはやキャデラックの2027年に向けた有力候補ではなくなり、フェラーリ・ドライバー・アカデミー(FDA)のラファエル・カマラが候補として浮上していると報道。

    『GIVEMESPORT』もハータのF2挑戦を「大きな賭け」と表現し、その賭けが現時点では報われていないとの見方を示している。

    インディカー9勝を捨ててF2へ 大きな賭けに出たハータ
    ハータは2019年、サーキット・オブ・ジ・アメリカズで18歳にしてインディカー初勝利を挙げ、シリーズ史上最年少優勝記録を樹立した。

    その後もインディカーで通算9勝を挙げ、ランキング2位を獲得するなど、アメリカを代表する若手ドライバーのひとりとして評価を確立した。

    キャデラックがF1参戦計画を進めるなか、アメリカ人ドライバーであり、アンドレッティ陣営との関係も深いハータは自然と有力候補になった。キャデラックは2026年のドライバー候補としてもハータを検討したが、F1参戦に必要なFIAスーパーライセンスのポイントが不足していた。

    そこでハータは2026年、7年間戦ったインディカーを離れるという大きな決断を下した。ハイテックからF2に参戦し、スーパーライセンスポイントを獲得すると同時に、F1で使用されるサーキットなどへの適応を進めることが狙いだった。

    すべては2027年のF1昇格につなげるための選択だった。

    F2で16位 残り5大会で8位とは39ポイント差
    しかし、ハータのF2挑戦はここまで期待通りには進んでいない。

    『GIVEMESPORT』によると、残り5大会となった時点でハータは26ポイントにとどまり、ドライバーズランキング16位。ランキング8位のローレンス・ファン・フーペンとは39ポイント差がついている。

    さらに厳しい材料となっているのが、ハイテックのチームメイトである宮田莉朋がランキング13位でハータを上回っていることだ。

    ハイテック自体もチームランキング8位と苦戦しており、ハータの成績をチームの競争力と切り離して考えることはできない。『Last Word On Sports』も、F2は基本的にワンメイクカテゴリーでありながら、チーム間のパフォーマンス差をめぐる議論があることに触れている。

    それでも、同じチームで戦う宮田がランキングで前にいる以上、ハータの低迷をチームだけの問題として説明するのは難しい。

    特にハータはインディカーで豊富な経験を積んだ26歳であり、F1シート獲得を目的としてカテゴリーを移った以上、F2での結果そのものがキャデラックにとって重要な評価材料となる。

    F2で8位を逃してもスーパーライセンス取得の道は残る
    一方で、F2ランキング8位以内を逃せば、ハータのF1挑戦が即座に終わるわけではない。

    『GIVEMESPORT』は、ハータにはF2でのランキングとは別にスーパーライセンスポイントを補うルートが残されていると指摘している。

    FIAのスーパーライセンス制度では、条件を満たしたF1フリー走行への出走によってポイントを獲得できる。ハータは2026年に計4回のF1フリー走行への出走が予定されており、それぞれ必要な走行距離を満たせばポイントを追加できる。

    さらに、F2シーズンをペナルティポイントなしで終えた場合にも追加ポイントを得られる可能性がある。

    これらを組み合わせれば、F2ランキング8位以内に届かなかったとしても、F1参戦に必要な40ポイントに到達するルートは残されている。

    つまり、ハータが現在直面している問題はスーパーライセンスを取得できるかどうかだけではない。

    むしろ大きいのは、ハータがF2で苦戦している間に、キャデラックが2027年のドライバー候補として検討できる別の若手が台頭してきたことだ。

    キャデラックF1はペレスとボッタスの経験を高く評価
    キャデラックF1は2026年の参戦初年度にセルジオ・ペレスとバルテリ・ボッタスという経験豊富な2人を起用した。

    チームはこれまで一貫して両ドライバーの仕事を高く評価し、新規参戦チームに必要な経験やフィードバックをもたらしているとの姿勢を示している。

    ペレスとボッタス自身も2027年のシートについて自信を示している。一方で、両者の契約期間やオプションなど詳細な条件は明らかになっていない。

    当初は、2026年にハータがF2で結果を残し、スーパーライセンスを取得したうえで2027年にキャデラックへ加入するというシナリオが有力視されていた。

    アメリカの自動車メーカーが率いるF1チームにアメリカ人ドライバーを乗せることには、マーケティング面でも大きなメリットがある。インディカーで実績と知名度を築いてきたハータは、その条件に最も合致する存在だった。

    しかし、F2での苦戦によって状況は変わりつつある。

    ラファエル・カマラがキャデラックF1の有力候補に

    カマラがF2ランキング3位 キャデラックの候補に浮上
    ハータに代わって2027年のキャデラックF1候補として存在感を強めているのが、ラファエル・カマラだ。

    21歳のブラジル人であるカマラはフェラーリ・ドライバー・アカデミーに所属。フォーミュラ・リージョナル・ヨーロピアン選手権、FIA F3とタイトルを獲得し、今季F2でもランキング3位につけている。

    『Last Word On Sports』は、カマラがキャデラックの2027年候補として広く報じられており、フェラーリもF1シート獲得を後押ししていると伝えている。『GIVEMESPORT』も、カマラがキャデラックの検討リストで上位に浮上したとの見方を示している。

    F2で苦戦するハータとは対照的に、カマラは結果によって自身のF1昇格への評価を高めている。

    さらに重要なのがフェラーリとの関係だ。

    キャデラックはフェラーリ製パワーユニットを使用しているため、フェラーリが育成ドライバーであるカマラのF1昇格を後押しする場合、カスタマーチームであるキャデラックは現実的な選択肢となる。

    これまでフェラーリ育成ドライバーの受け皿として重要な役割を担ってきたのはハースだった。オリバー・ベアマンもその代表例だ。ただし、ベアマンの起用についてはフェラーリとの関係だけではなく、小松礼雄代表自身が獲得を希望していたという事情もある。

    現在のハースはトヨタとの関係を強化しており、今後もフェラーリ育成ドライバーの受け皿として従来と同じ役割を担うかは不透明だ。

    そうなれば、フェラーリにとってキャデラックがカマラのF1昇格先として重要な選択肢になる可能性がある。

    アメリカ人という強みよりF2での結果が重要に
    ハータには依然としてキャデラックにとって大きな魅力がある。

    アメリカ人ドライバーを起用するというストーリーは、アメリカ市場を重視するキャデラックにとって理想的だ。ハータ自身もインディカーで実績と知名度を築いている。

    しかし、F1のシートを決めるうえで最終的に問われるのはパフォーマンスだ。

    ハータがインディカーという確立されたキャリアを離れてF2へ移ったのも、自身の実力を示し、F1参戦資格を手にするためだった。そのF2でランキング16位に低迷している事実は、キャデラックが2027年のラインアップを判断する際に無視できない材料となる。

    対照的にカマラは、若さ、F2での成績、フェラーリとの関係という複数の要素を持つ。

    キャデラックが参戦2年目も安定性を重視するのであれば、ペレスとボッタスを継続することには十分な合理性がある。一方で将来を見据えて若手を起用するのであれば、現時点ではハータよりカマラの方が説得力のある候補になりつつある。

    インディカーで築いたキャリアを離れ、F1という目標に賭けたハータ。その挑戦が完全に終わったわけではなく、スーパーライセンス取得への道も残されている。

    それでも2027年のキャデラックF1シートをめぐる競争では、ハータがF2で苦戦している間にカマラが急速に評価を高めた。残り5大会でハータが流れを変えられるかどうかは、F1への道だけでなく、自ら選んだ大きな賭けの成否を左右することになりそうだ。