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  • 佐藤琢磨、インディ500のプラクティス2日目のトップタイムをマーク

    佐藤琢磨、インディ500のプラクティス2日目のトップタイムをマーク

    佐藤琢磨は、2023年インディ500のプラクティス2日目のトップタイムをマークした。

    火曜日に行われたインディ500のプラクティス初日は雨に見舞われたが、水曜日には青空が広がり、34人のドライバーたちが周回を重ねた。

    6時間のセッションにグリーンフラッグが振られると、チーム・ペンスキーのトリオが真っ先にコースインし、レンガの庭を挟んで並んで記念撮影をした。

    ペンスキー勢は近年、このような行動を習慣化しており、IMSのオーナーと同じ人物が所有するチームとして、ちょっとした華やかさを演出している。

    デブリを片づけるために数回中断されただけの長い練習セッションの終わりに、チャートのトップに立ったのはインディ500で2度優勝している佐藤琢磨だった。

    佐藤琢磨のベストラップは39.2261秒、平均速度は時速229.439マイル。練習初日の昨年の最速タイム(同じく自身が記録したタイム)よりも、ちょうど時速0.5マイル速かった。

    チップ・ガナッシ・レーシングはトップ2の両方を占め、9号車のスコット・ディクソンはチームメイトよりわずかに遅いタイムで周回した。ディクソンは午後の大半でタイムシートの先頭に立っていましたが、最後の1時間で逆転された。

    サンティノ・フェルッチは、終盤のラップで3位に浮上し、もう1人のガナッシドライバーのアレックス・パロウを上回った。トップ5にはスコット・マクラフリンが入った。

    最多周回数を記録したのはライナス・ヴィーケイで、2.5マイルのオーバルを151周し、フルレースの4分の3以上の距離を走破した。

    最も多くの周回を走ったのはライナス・ヴィーケイで、レース距離の4分の3に相当する2.5マイルのオーバルを151周完走した。

    エド・カーペンター・レーシングのトリオは、前に後流を作るドライバーがいない状態で走行したラップを計測するノートウタイムでも非常に強かった。ECRはドラフトなしで最速のチームのひとつであり、ヴィーケイは水曜日にそのトップに立った。これは今週末に行われる単独予選の取り組みにとって良い前兆だ。

    フンコス・ホリンジャー・レーシングにとって残念なことに、カラム・アイロットはハンドリングのトラブルを抱え続けていた。彼のマシンは4月下旬のオープン・テストでほぼ走行不能に陥っていたが、そのトラブルは実際のインディ500のプラクティス初日にも依然として残っていた。

    チームはこの問題の正確な原因を突き止めることはできなかったが、急遽バックアップカーを投入するのではなく、1日を通して調整を続けることを選択した。

    アイロットはペースから時速6マイル以上離れた34位でこの日を終え、ルーキーのチームメイト、アグスティン・カナピーノはハンドリングが格段に良くなったマシンで22位でフィニッシュした。

    RCエナーソンは、ルーキー・オリエンテーション・プログラムを完了するため、午前中にサーキットでの専有時間を与えられた。エナーソンは、アベル・モータースポーツ・チームとともに、順調に走行を進め、午後のオープンセッションに参加することができた。エナーソンは33位でその日を終え、たくさんのデータを手に入れた。

    グレアム・レイホールは、ターン3でRLLホンダのマシンがワイドドリフトしてしまい、この日一番のピンチを迎えた。彼は集中力の欠如が原因であることを認め、マシンのダメージはファイアストンタイヤが擦り切れた程度であった。

    合計3,450周を走破し、木曜日にも6時間のプラクティスセッションが予定されている。

    金曜日には、土日に行われる予選のシミュレーションを行うため、各チームはターボチャージャーに追加のブーストを与えられる。

    2023年 インディ500 プラクティス2日目

  • 佐藤琢磨、2023年インディ500参戦車両のカラーリングを披露

    佐藤琢磨、2023年インディ500参戦車両のカラーリングを披露

    佐藤琢磨は、2023年のインディ500に参戦するマシンのカラーリングを公開した。

    46歳の佐藤琢磨は、名門チップ・ガナッシ・レーシングへの移籍が決まったが、14年目のインディカー・シリーズとなる2023年はオーバルのみの5レースへのスポット参戦という形になった。

    インディカー・シリーズには2010年から参戦を開始し、F1モナコGP、ル・マン24時間レースと並ぶ『世界3大レース』のひとつとして知られ、決勝日には35万人を超える観衆の前で最高速度380km/hにもなるスピードで争われるインディインディ500を2017年と2020年に制覇。今シーズンはチップ・ガナッシ・レーシングの11号車で自身3度目の優勝を目指す。

    佐藤琢磨の11号車はデロイト トーマツがスポサードする。マシンは同社のコーポレートカラーであるブラックとグリーンに飾られる。

    佐藤琢磨は「皆さん、お待たせいたしました。INDY500を走るDeloitteカラーリングの11号車のお披露目です。いよいよ明日からプラクティス始まります!」とソーシャルメディアでマシンのカラーリングを公開した。

    佐藤琢磨 インディ500 インディカー・シリーズ

  • 佐藤琢磨、2023年インディカー最初のレースは無念のリタイア

    佐藤琢磨、2023年インディカー最初のレースは無念のリタイア

    佐藤琢磨は、2023年の最初レースとなった2023年のインディカー・シリーズ第2戦PPG375をリタイアで終えた。

    第2戦はテキサス州の大都市ダラス郊外にあるテキサスモータースピードウェイで開催されました。ターン1とターン2に20度、ターン3とターン4に24度という急なバンクがつけられた全長1.5マイルのオーバルコースで、エントリーした28台のインディカーによるハイスピードバトルが繰り広げられた。

    Hondaエンジン搭載マシンで戦うアレックス・パロウ(Chip Ganassi Racing) が3位フィニッシュし、デビッド・マルカス(Dale Coyne Racing with HMD)、スコット・ディクソン(Chip Ganassi Racing)、コルトン・ハータ(Andretti Autosport w/ Curb-Agajanian)も4、5、7位でゴールしました。

    今年の春のテキサス州は天候が不安定で、今日のレースも降雨に見舞われる可能性が心配されていた。そこでレースを主催するインディカーは、雨を避けるために14分間だけだがレースを予定より早くスタートさせた。

    スタート時の気温は摂氏22度。薄雲の広がっていた空はレースのスタート後に青空が出すまでに変わり、サーキット上空に雨雲が近づくことはなかった。

    レースはフルディスタンスで争われ、オープンホイールのインディカーならではのスリリングなバトルがゴールまで続けられた。Hondaドライバーの中からトップ争いに加わったのは、Chip Ganassi Racingのパロウとディクソン、Andretti Autosportのハータとロマン・グロージャンでした。彼らのバトルはゴールが近づくに連れてヒートアップして行き、最終的に合計8人のドライバーが27回ものリードチェンジを行う、一瞬たりとも目の離せない戦いになった。

    ヨーロッパ出身でF1グランプリからインディカーへと移って来て3シーズン目を迎えているグロージャンは、インディカーでの初優勝をテキサスのオーバルで記録するチャンスを手にし、アグレッシブに走っていた。若手のパロウやマルカス、ハータたちと、ベテランのディクソンやグロージャンらが1ラップごと、1コーナーごとに順位を入れ替える非常にエキサイティングなバトルに、集まったファンは最後まで歓声を上げ続けていた。

    しかし、バトルがより激しさを増したレースの終盤、ゴールまで残り2周というところで、グロージャンはクラッシュを喫した。彼のアクシデントにより、イエローフラッグとチェッカーフラッグが同時に振られてレースは終了。Hondaドライバーはトップ5に3人が食い込んだ。そして、フロリダ州セントピーターズバーグでの開幕戦で優勝したマーカス・エリクソン(Chip Ganassi Racing)は、しぶとい走りで8位でゴールを達成し、INDY500で史上最多タイの4勝を挙げている大ベテランのエリオ・カストロネベス(Meyer Shank Racing)も確実な走りを続けて10位でフィニッシュ。Honda勢6人がトップ10でレースを終えた。

    2010年からのインディカーシリーズ参戦でインディカー500での2勝を含む通算6勝を挙げてきている佐藤琢磨は、今年はオーバルレースにChip Ganassi Racingから参戦することとなり、今週末のテキサスが彼にとっての今シーズン最初のレースだった。

    オフの間のテストがほとんど許されないレギュレーションのため、佐藤琢磨は今週末の土曜日のプラクティスが移籍先チームでの初走行だったが、豊富な経験を持つ上、テキサスモータースピードウェイは2019年にポールポジションを獲得し、昨シーズンも予選で3位になっているコースとあって、佐藤琢磨はプラクティス1、予選、プラクティス2と着実にマシンへの習熟度を高めて行き、予選では6番手という好結果を手にした。

    レースでの佐藤琢磨は、マシンのハンドリングやタイヤの摩耗などを確かめる戦いぶりを見せていた。走行ポジションは12番手まで下がっていたが、1回目のピットストップが近づいてきた頃にペースを上げ始めていた。ライバル勢の中にはタイヤのグリップを失ってスピードダウンをする者も現れ出し、佐藤琢磨はそのような遅いマシンに悪いタイミングで急接近。コース外側に押しやられる形でクラッシュを喫した。ピットストップを重ねてマシンにファインチューニングを施し、レース後半に上位へと進出する戦いを展開していた佐藤琢磨だったが、46周でリタイアという短いレースとなった。

    アレックス・パロス(Chip Ganassi Racing)
    「とてもエキサイティングでした。自分にとっては、このようなレースはインディカーで走るようになって初めてでした。本当に楽しいバトルでした。ときとして混沌としすぎていたときもありました。燃料をセーブしないといけない展開になっていたこともありました。しかし、私たちがライバル勢より少ないピットストップでゴールまで走ることができたのは、HondaとHPDが非常に燃費性能のよいエンジンを提供してくれているからです。それはすばらしいことです。あと少しのところで勝利を逃したのが残念です。しかし、私たちのカーナンバー10は、今日のレースで非常に速かったので、次のレースではより力強い戦いを見せることができると思います

    佐藤琢磨(Chip Ganassi Racing)
    「すぐ目の前を走っていたマシンがコースの外側へと少しふらついて、ちょうどそのタイミングで誰かのマシンが彼のインサイドへと飛び込んで行きました。そのせいで私はさらに外側のグリップの低いラインへと行かざるを得なくなり、壁にヒットする結果となりました。私たちのカーナンバー11を担当するクルーたちは、本当にファンタスティックな仕事ぶりでマシンを準備してくれていました。それだけに、今日のレース結果は彼らには本当に申し訳ない気持ちです」

  • 佐藤琢磨、ナックと2023年シーズンのスポンサー契約を締結

    佐藤琢磨、ナックと2023年シーズンのスポンサー契約を締結

    佐藤琢磨は、株式会社ナックと2012年より締結しているスポンサー契約を継続することを発表。本契約により、2023年のインディカー・シリーズで佐藤選手が参戦するオーバルレースにて、マシンやレーシングスーツにナックのロゴが掲載される。

    東京都町田市で創業したナックと同郷である佐藤琢磨は、スポンサー契約締結以前、25年も前からの縁があった。

    海外を拠点に果敢な挑戦を続ける佐藤琢磨の姿がナックの企業イメージに合致すると考え、また「With you Japan」プログラムを通して被災地支援に取り組む佐藤琢磨の姿勢に共感し、スポンサー契約を締結した。

    この度、自身3度目のインディ500チャンピオンを目指しこれまでに無い偉業に挑む佐藤琢磨を、引き続き応援する。

    佐藤琢磨

    ■佐藤琢磨について
    学生時代の自転車競技から一転、20歳で鈴鹿サーキットレーシングスクールに入り首席で卒業し渡英。2000年からはF1への登竜門である英国F3に挑戦し、日本人初めての総合優勝やマカオGPなどの世界戦を制しF3 ドライバーの頂点を極める。2002年にはモータースポーツに転身後わずか5年でF1デビュー。2004年ではF1米国GPで表彰台獲得。2010年からは米国最高峰のレース「インディカー・シリーズ」に参戦し、2013年には初優勝を飾る。世界三大レースの1つインディ500では、2017年と2020年に2度優勝するなどの快挙を成し遂げ、インディカー・シリーズでは現在通算6勝を挙げている。2023年はチップ・ガナッシ・レーシングに移籍し、インディ500を中心にオーバルコースのみ5戦に参戦する。

    ■株式会社ナックについて
    1971 年に株式会社ダスキンのフランチャイズ加盟店として創業して以来、「暮らしのお役立ち」を軸として、積極的な事業領域の拡大た。2021 年には創業50 周年を迎え、現在ではダスキン事業を中核とするレンタル事業に加え、宅配水事業を展開するクリクラ事業、地場工務店の経営支援を行う建築コンサルティング事業、住宅事業、美容・健康事業と、「暮らし」と「住まい」に関わる幅広い領域において全国のお客様とダイレクトにつながりを持ち、さらなる成長を続けている。

  • 佐藤琢磨、日本特殊陶業と2023年シーズンのスポンサー契約を締結

    佐藤琢磨、日本特殊陶業と2023年シーズンのスポンサー契約を締結

    佐藤琢磨は、日本特殊陶業と2023年シーズンのスポンサー契約を締結したことを発表した。

    佐藤琢磨は、2023年シーズンのインディカー・シリーズのうち、インディ500を中心としたオーバルレースにチップ・ガナッシ・レーシングから参戦する。

    日本特殊陶業は佐藤琢磨をプライマリスポンサーとして協賛。第2戦のマシンカラーリングを発表した。

    「当社は2023年4月1日から英文商号を『Niterra Co., Ltd.』に変更することにともない、当社グループは新たに『Niterraグループ』として、生まれ変わります」と日本特殊陶業は声明で述べた。

    「当社は長年、レーシングドライバーの佐藤琢磨選手を応援しています。この度、佐藤琢磨選手が参戦するインディカー・シリーズ第2戦テキサスでは、当社がプライマリースポンサーを務め、『Niterra』を配した特別カラーリングのマシンで参戦いたします」

    「佐藤琢磨選手が3度目のチャンピオンを目指しチャレンジするインディ500を含めたオーバルレース5戦を通じて、大勢の方々に新しく生まれ変わった『Niterra』とともに、スパークプラグを中心としたブランドである『NGK』、セラミック関連製品のブランドである『NTK』を知っていただく絶好の機会と捉え、この度スポンサーとして協賛することといたしました」

    佐藤琢磨
    佐藤琢磨について
    学生時代の自転車競技から一転、20歳で鈴鹿サーキットレーシングスクールに入り首席で卒業し渡英。英国F3で頂点を極め、2002年よりF1に参戦。2004年にはF1米国GPで表彰台獲得。2010年からは米国最高峰のレース「インディカー・シリーズ」に参戦。2013年には初優勝を飾り、世界三大レースの1つインディ500では、2017年、2020年と2度のチャンピオンに輝く。インディカー・シリーズでは現在通算6勝を挙げている。

    2020年には2度目となるインディ500のチャンピオンとなり、インディカー・シリーズ通算6勝を収める。2023年はチップ・ガナッシ・レーシングに移籍し、インディ500を中心にオーバルのみ5戦に参戦する。

    また、2019年よりHonda Racing School Suzuka(旧:鈴鹿サーキットレーシングスクール)のKart、Formulaのプリンシパルを務め次世代の育成にも力を入れている。

  • 佐藤琢磨 「フル参戦ではなくオーバル限定を消化するのは時間がかかった」

    佐藤琢磨 「フル参戦ではなくオーバル限定を消化するのは時間がかかった」

    佐藤琢磨は、2023年にチップ・ガナッシからオーバル限定で参戦することはインディ500の3度目の制覇に集中できるとの考えに至ったものの、フル参戦ではなく、スポット参戦ということを消化するのに時間がかかったと認める。

    今月46歳の誕生日を迎える佐藤琢磨は名門チップ・ガナッシ・レーシングへの移籍が決まったが、14年目のインディカー・シリーズとなる2023年はオーバルのみの5レースへのスポット参戦という形になった。

    チーム・ペンスキーとともにインディカーでのトップチームと考えるチップ・ガナッシ・レーシングへの移籍について佐藤琢磨は「信じられない気持ちです」と語った。

    「ずっと打倒チップ・ガナッシ・レーシング、打倒ペンスキーという気持ちでやってきましたからね。これまで以上に環境が整っているので楽しみしかないです」

    2017年と2020年にインディ500を制覇した佐藤琢磨は、名門チームで自身3度目の優勝を目指す。昨年は同チームに所属するマーカス・エリクソンがインディ500で優勝している。

    「インディ500でのガナッシの強さは際立っています。昨年、デイル・コインで極限までドラッグを削って同じスピードまでいけましたが、決勝ではチップ・ガナッシ・レーシングが圧倒的に速かった。どんな状況でも確実なパフォーマンス差を見せていて、倒すのが大変だと感じました」

    「そのチームと契約して、25年を超えるキャリアで、本当の意味でのトップチームは初めての領域です。そこで自分が走るというのは想像できないぐらい興奮します」

    「アンドレッティもトップチームの1つであることは間違いないありませんが、インディカーの2強はペンスキーとチップ・ガナッシ・レーシングというのが現実です。絶対的な強さという意味でのトップチームに所属するのは初めてなので、また次のレベルに行けると思ってます」

    それでも、オーバル限定という契約には葛藤があったと佐藤琢磨は明かす。

    「初めは自分の中で消化するのも時間がかかりました。F1時代はもちろん、インディでも13年間チャンピオンを狙って戦ってきました。フル参戦ではなくスポット参戦ということをなかなか消化できませんでした」

    「でも、自分にとって一番大事なことは何かと考えたらそれはインディ500優勝でした。オーバルに集中するけど、チップ・ガナッシ・レーシングというトップチームとやれるのは大きなステップになると考えました」

    チップ・ガナッシでは、マーカス・エリクソン、アレックス・パロウ、そして、スコット・ディクソンとチームを組むことになる。

    これまでのライバルであるスコット・ディクソンとチームメイトになることについて佐藤琢磨は「これまではライバルチームだったので、細かい話はしていませんでしたが、意外と空力パーツなどに関する話はしたりしていました」とコメント。

    「過去には自分ともいろいろなドラマもありましたが、お互いにリスペクトをもっています。チップ・ガナッシ・レーシングのマシンがどんなマシンなのか楽しみです」

    「マイク・ハル(チップ・ガナッシ・レーシングのマネージング・ディレクター)との話の中で『いつもインディ500のレースでは、どこからか佐藤琢磨がやってくる』と思っていたと本気半分で言われましたね。『ならば、ライバルチームではなく自分たちのチームに来てほしいと思っていた』と言われました」

  • 佐藤琢磨、2023年はチップ・ガナッシからオーバルのみの参戦が決定

    佐藤琢磨、2023年はチップ・ガナッシからオーバルのみの参戦が決定

    佐藤琢磨が、2023年のインディカー・シリーズにチップ・ガナッシ・レーシング(Chip Ganassi Racing)から参戦することが発表された。

    佐藤琢磨は、ホンダのドライバー育成プログラムである鈴鹿レーシングスクール(現ホンダ・レーシング・スクール・鈴鹿)を1997年に卒業。2002年からはF1に出場し、2004年アメリカGPでは表彰台を勝ち取った。

    インディカー・シリーズには2010年から参戦を開始し、F1モナコGP、ル・マン24時間レースと並ぶ『世界3大レース』のひとつとして知られ、決勝日には35万人を超える観衆の前で最高速度380km/hにもなるスピードで争われるインディインディ500を2017年と2020年に制覇。今シーズンは自身3度目の優勝を目指すインディ500を含めたオーバルコースで開催される複数のレースでチップ・ガナッシ・レーシングの11号車で参戦する。

    佐藤琢磨
    「2023年にチップ・ガナッシ・レーシングに加入できることに、言葉では表せないほどの期待と感激を抱いています。このチームはもう何十年にもわたってシリーズのトップに位置しているチームであり、言うまでもないことですが競争力の高さは圧倒的です。オーバルレースに集中するのは僕にとって新たな経験ですが、これまでチャンピオンシップやインディ500を何度も制したチームメンバーやチームメイトと参戦することが大きなアドバンテージとなることは間違いなく、その可能性に胸をワクワクさせています。チャレンジが始まるのを待ちきれない気分です」

    佐藤琢磨の主な戦績
    1997年 鈴鹿レーシングスクール フォーミュラ(SRS-F)を卒業

    2001年 英国F3選手権チャンピオン
    マスターズF3優勝
    マカオGP優勝

    2002年 ジョーダン・ホンダよりF1デビュー

    2003年 B・A・R ホンダに移籍

    2004年 F1 第9戦アメリカGPで3位表彰台

    2006年 スーパーアグリ・ホンダに移籍

    2010年 KVレーシングよりインディカー・シリーズに参戦
    第94回インディアナポリス500にてインディ500に初挑戦、20位完走

    2011年 インディカー・シリーズ第8戦で日本人初のポールポジション獲得

    2012年 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍
    第4戦サンパウロで自身初の3位表彰台
    第96回インディ500にて終盤まで優勝争いを演じるも、惜しくも最終ラップでスピン

    2013年 AJフォイト・レーシングに移籍
    第3戦ロングビーチでインディカー・シリーズ日本人初優勝

    2017年 アンドレッティ・オートスポーツに移籍
    第101回インディ500で日本人初優勝
    この勝利により内閣総理大臣顕彰受賞

    2018年 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに移籍

    2019年 第103回インディ500でトップに約0.3秒及ばず、3位

    2020年 第104回インディ500予選で日本人過去最高位となる3位
    決勝レースで自身2度目となる優勝

    2021年 第105回インディ500で連覇を狙うも、14位。

    2022年 デイル・コイン・レーシング・ウィズ・リック・ウェア・レーシングから参戦

    2023年 チップ・ガナッシ・レーシングに移籍、3度目のインディ500制覇を狙う

  • F1特集 | 佐藤琢磨 歴代F1マシン

    F1特集 | 佐藤琢磨 歴代F1マシン

    佐藤琢磨のF1キャリアを歴代マシンとともに振り返る。

    2001年には日本人初のイギリスF3チャンピオンを獲得した佐藤琢磨は、2002年にジョーダンでF1デビュー。史上7人目の日本人フルタイムF1ドライバーとなった。ホンダF1チーム所属時の2009年の第9戦アメリカGPでは自己初、そして日本人ドライバーとしては14年ぶりとなる3位表彰台を獲得した。

    スーパーアグリ撤退後にトロロッソのテストを受け、加入が確実視されたが、最終的には実現しなかった。

    ジョーダン EJ10

    ジョーダン EJ10 Jordan EJ10
    佐藤琢磨のF1初走行マシン。2000年のイギリスF3でシリーズランキング3位を獲得をした琢磨には、数チームからテストドライブの申し出があり、ジョーダンでのテストが実現。2000年12月7日、スペイン・ヘレスサーキットでジョーダン EJ10をドライブした。残念ながら雨のため午後のセッションはキャンセルとなり、午前中のみのテストとなった。初めてのF1マシンを琢磨は、「パワー、ダウンフォース、ブレ-キングとも、F3とはまったく違う」とコメントしている。

    BAR 002

    B・A・R ホンダ 002 BAR Honda 002
    2000年12月18日には、B・A・Rのドライバー育成プログラムの一員としてバルセロナで行われたB・A・Rのテストに参加。翌年の1月15日のヘレステストでは、B・A・R 002でトラクションコントロールの開発とブレーキのテストを任せられ、最速タイムをマークした。

    BAR 003

    B・A・R ホンダ 003 BAR Honda 003
    2001年1月12日、B・A・Rは佐藤琢磨をテストドライバーに起用することを発表。マーク・ハインズとの「オーディション」に競り勝ち、新人育成プログラムに参加、英国F3に参戦しながらテストドライバーを務めることになる。

    ジョーダン EJ11

    ジョーダン EJ11 Jordan Honda EJ11
    2001年10月10日、ジョーダンは2001年英国F3チャンピオンの佐藤琢磨を2002年のレースドライバーに起用することを発表。佐藤琢磨は史上7人目の日本人フルタイムF1ドライバーとなった。冬季テストでは、前年マシンであるEJ11で多くの作業を行った。

    ジョーダン EJ12

    ジョーダン EJ12 Jordan Honda EJ12
    佐藤琢磨のグランプリデビューマシン。ジョーダンチームの資金不足により、プレシーズン、シーズン中のテストもままならず苦戦が続いた。日本GPでは、予選7位、決勝では5位でフィニッシュし、F1初ポイントを挙げた。

    BAR 005

    B・A・R ホンダ 005 BAR Honda 005
    2003年はB・A・Rのリザーブ兼テストドライバーとなった佐藤琢磨。全戦に帯同し、膨大な量のテスト走行をこなした。最終戦日本GPでは、翌年のシートを失うことが確実になっていたジャック・ヴィルヌーヴに代わり出走し、見事6位入賞を果たす。

    BAR 006

    B・A・R ホンダ 006 BAR Honda 006
    B・A・Rのレギュラードライバーに昇格した2004年は、ヨーロッパGPで日本人初のセッションリーダー(予選1回目)、フロントロー獲得、ラップリーダーを記録、さらにアメリカGPで日本人最高位タイの3位フィニッシュを果たす。34ポイントを獲得した琢磨は、ドライバーズランキング8位でシーズンを終えた。

    BAR 007

    B・A・R ホンダ 007 BAR Honda 007
    B・A・R 007は、レギュレーション変更への対応に苦戦し、開幕戦のオーストラリアGPから第3戦バーレーンGPまでは、1ポイントすら獲得できない状況に陥る。第4戦サンマリノGPでは5位でフィニッシュした琢磨だが、ホンダはレース終了後の車検で重量規定違反を問われ、サンマリノGPはレース失格となり、獲得したポイントを剥奪されたばかりでなく、第5戦スペインGP、第6戦モナコGPの出場停止処分が下された。この年、移籍を撤回したジェンソン・バトンに押し出されるカタチで佐藤琢磨は2006年B・A・Rでのレギュラードライバーの座を失うことになる。

    スーパアグリ SA05

    スーパーアグリ SA05 SUPER AGURI SA05
    2006年は、新規参戦チーム スーパーアグリF1チームから、参戦することとなった佐藤琢磨。SA05は、予定していたホンダの1年落ちのマシンB・A・R007が使えなくなり、4年落ちのアロウズA23をベースに、ホンダRA806Eエンジンを搭載。2006年のレギュレーションに適合させるためにエンジンの前後にスーペサーをいれて寸法を合わせたり、ギアボックスにあわせるためにエンジンを持ち上げるなどの対応が施された。4年落ちのマシンでは、新型タイヤのグリップを使いこなすことはできず、マシンバランスに苦労した。

    スーパアグリ SA06A

    スーパーアグリ SA06A SUPER AGURI SA06A
    第12戦ドイツGPで満を持して投入されたSA06。念願のホンダ製ギアボックスを搭載し、エンジンを本来の位置に搭載できるようになり、重量配分が向上。また、SA05と比較して20kgの軽量化がなされたため、セッティングの幅が広がった。特にエンジン搭載位置の低下とギアボックスのナロー化は、空力面に多くの貢献をもたらし、不足していたダウンフォースを確保。リアサスペンションのジオメトリーも一新され、コーナーリング時の挙動が大幅に改善された。

    スーパアグリ SA06B

    スーパーアグリ SA06 SUPER AGURI SA06B
    第14戦トルコGPから投入されたSA06B。アロウズA23の流れをくむツインキールのキール部を短くする改良が施され、ロワアームの取り付け位置が5cmほど引き上げられた。これにより、ジオメトリーも変更され、ゼロキールに近い空力特性を獲得。さらにアップライトの改良により、タイヤのリムが広がり、最新仕様のタイヤを使いこなせるようになった。シーズンを通して細かなエアロパーツを投入してダウンフォースの獲得に尽力。着実にポテンシャルをあげ、最終戦ブラジルGPで佐藤琢磨は10位完走を果たした。

    スーパアグリ SA07

    スーパーアグリ SA07 SUPER AGURI SA07
    スーパーアグリのデザインチームとホンダの栃木研究所によって共同開発されたSA07。2006年型ホンダRA106をベースに、2007年のレギュレーションにあわせた改良が施された。スペインGPでは新しいカーボンギアボックスを搭載。チムニーやウィングレット、リアウィングのパッケージなど、積極的なアップデートを行い、琢磨はスーパーアグリ初ポイントとなる8位入賞を果たした。そして、カナダGPでは、王者フェルナンド・アロンソをオーバーテイクし、6位入賞を果たす。その後も細かな改良が加えられ、最終戦ブラジルGPでも新しいリアウィングを持ち込むなど、限られた資金のなか健闘をみせた。このマシンでスーパーアグリは4ポイントを獲得した。

    スーパアグリ SA08A

    スーパーアグリ SA08A SUPER AGURI SA08A
    ホンダの2007年型マシンRA107をベースに、2008年レギュレーションにあわせてドライバーヘッドプロテクターを装着するなどしたRA107の改良型マシン。ギアボックスは、ホンダRA108搭載のものと同じもので、SA08は言わばRA107のフロントとRA108のバックエンドをあわせたようなハイブリッドマシン。資金不足よりシーズン前のテストもままならず、挙動はRA107の不安定さをそのまま引き継いでいた。チームはこの後、SA08Bを投入する予定であったが、スーパーアグリはスペインGP後にF1撤退を決定。わずか4戦の出走に終わった。

    トロ・ロッソ STR3

    トロ・ロッソ STR3 Toro Rosso STR3
    2008年シーズン途中でF1シートを失った琢磨だが、トロ・ロッソからテストのチャンスを与えられる。9月のヘレステストでは、前戦イタリアGPの優勝マシンであるこのSTR3でテストを実施。午後から雨が降り、午前中のみのテストとなったが安定したパフォーマンスを見せる。その後、11月のバルセロナ、12月のヘレスに再び招かれ、スリックタイヤと2009年を想定したエアロで走行。ヘレスではトップタイムを記録する印象的なパフォーマンスを披露した。「クルマからやってくる情報量が違う。初めてF1マシンに乗ったような気分になった」と語った。

  • 佐藤琢磨、山本尚貴のFP1での走りを絶賛「悔しがっているのは本人だけ」

    佐藤琢磨、山本尚貴のFP1での走りを絶賛「悔しがっているのは本人だけ」

    山本尚貴は、F1日本GPのフリー走行1回目にトロロッソ・ホンダのF1マシンを走らせた山本尚貴を“100点満点”と絶賛。“悔しがっているのは本人だけ”とねぎらった。

    ホンダが支援する31歳の山本尚貴は、F1日本GPのフリー走行1回目でトロロッソ・ホンダのF1マシンを始めて走らせて、チームメイトのダニール・クビアトから0.098秒という僅差でセッションを終えた。

    走行を終えた山本尚貴は「正直、レーシングドライバーとしての自分はこの順位に満足はできません」と語ったが、トロロッソ・ホンダのガレージから走行を見守ったホンダの先輩ドライバーである佐藤琢磨はその走りを称賛した。

    走行後、山本尚貴とがっちりと握手を交わした佐藤琢磨はTwitteで「尚貴の初F1、FP1の走りは100点満点、完璧!!」と投稿。

    「悔しがっているのは本人だけ。限られた厳しい条件下でこれ以上のない、本当に素晴らしい走りでした」

    「未来に繋がる、間違いなく大きな一歩。スーパーフォーミュラ最終戦もがんばって!」とエールを送った。

    また、台風19号が接近していることを受け、「台風19号、皆さん、引き続き安全第一で、お気をつけてお過ごし下さい」と付け加えた。

  • 佐藤琢磨、マックス・フェルスタッペンのRA272への瞬時の適応に感銘

    佐藤琢磨、マックス・フェルスタッペンのRA272への瞬時の適応に感銘

    佐藤琢磨は、F1日本GP前にホンダの栃木の研究所でマックス・フェルスタッペンとホンダの1965年のF1マシン『RA272』を走らせた。

    マックス・フェルスタッペンは、自分より2倍以上もの歳を重ねたRA272をドライブ。しかし、慣れないHゲートのシフト操作に戸惑う間に、あっという間にエンジンはストールする。

    その後もHパターンのシフト操作に四苦八苦しながらも、マックス・フェルスタッペンはわずかな時間で慣れ親しんだマシンのような動きへと導いていった。

    「彼にとっては、難しいマシンだったと思います」と佐藤琢磨はコメント。

    「何しろ今ドキのマシンとは、何もかも扱い方が違う。最新のF1マシンに慣れている人ならなおさら。すべてがアナログで、何もかもを自分の五感で対処しなければならない。誰も助けてくれないし、事前の計画通り事が進むわけじゃない。だからこそ、楽しい側面があるんです」

    「でも、瞬時に彼がそれを理解していたところは、さすがのトップドライバーだと思いました」