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  • セバスチャン・ベッテル 2027年レース・オブ・チャンピオンズ参戦決定

    セバスチャン・ベッテル 2027年レース・オブ・チャンピオンズ参戦決定

    F1で4度のワールドチャンピオンに輝いたセバスチャン・ベッテルが、2027年1月にニュージーランドで開催されるレース・オブ・チャンピオンズ(ROC)に参戦することが発表された。

    今回のROCは史上初めてニュージーランドで開催され、ウェリントンのHnryスタジアム内に特設されるターマックコースが舞台となる。ベッテルに加え、現役F1ドライバーのバルテリ・ボッタスも出場することが決まっている。

    ベッテルが再びレース・オブ・チャンピオンズに参戦
    2027年大会への出場が決定した最初の4人のドライバーのひとりとして、元レッドブル・レーシング、フェラーリ、アストンマーティンF1ドライバーのベッテルが名を連ねた。

    ベッテルはレッドブル・レーシング在籍時の2010年から2013年にかけてF1ワールドチャンピオンを4年連続で獲得。2022年シーズン限りでF1を引退した後も、モータースポーツに関わり続けている。

    ROCとの関係も長く、2007年以降に開催された大会のうち欠場したのはわずか2回。個人戦では2015年にチャンピオン・オブ・チャンピオンズのタイトルを獲得している。

    国別対抗戦のネーションズカップでは通算7度の優勝を経験。そのうち6度はミハエル・シューマッハとドイツ代表を組み、6年連続でタイトルを獲得した。

    「ニュージーランドにROCを持ってきてと冗談で話した」
    ベッテルは、前回のROCシドニー大会を前にニュージーランドを初めて訪れており、その際に同国の魅力に強く引かれたという。

    「ROCシドニーの前に初めてニュージーランドを短時間訪れたんだけど、この国の美しさに圧倒された。それで主催者に冗談で『次のROCをニュージーランドに持ってきてくれない?』と言ったんだ」

    「1月にウェリントンで開催されるレース・オブ・チャンピオンズで、世界中から集まる多くのチャンピオンたちと戦えることを本当に楽しみにしている。それに、ニュージーランドをもっと見て回る機会が得られるのも楽しみだ」

    バルテリ・ボッタス

    バルテリ・ボッタスも3度目のROC参戦
    2027年大会には、キャデラックF1のバルテリ・ボッタスも出場する。ボッタスにとってROCへの参戦は今回が3度目となる。

    「レース・オブ・チャンピオンズは本当に特別でエキサイティングなイベントだ。また開催されることになって、とてもうれしいよ」

    ROCは異なるカテゴリーで活躍するトップドライバーたちが同一条件のマシンを使用して競い合うイベントで、個人戦の「チャンピオン・オブ・チャンピオンズ」と国・地域別で争う「ネーションズカップ」が行われる。

    F1で4度のタイトルを獲得したベッテルと、現役F1ドライバーとしてキャデラックで戦うボッタスの参戦が決定したことで、ニュージーランド初開催となる2027年ROCには早くも注目が集まりそうだ。

  • セバスチャン・ベッテル F1のV8回帰論に警鐘「持続可能燃料も万能薬ではない」

    セバスチャン・ベッテル F1のV8回帰論に警鐘「持続可能燃料も万能薬ではない」

    セバスチャン・ベッテルは、F1が将来的にV8エンジンと持続可能燃料を組み合わせる方向へ進む可能性について、ひとつの技術だけですべての問題を解決できる「万能薬」は存在しないとの考えを示した。

    FIA会長のモハメド・ビン・スライエムは、遅くとも2031年までに、電動出力を最小限に抑え、持続可能燃料を使用するV8エンジンへF1を移行させる構想を明らかにしている。

    ベッテルは持続可能燃料の可能性を高く評価する一方、それだけを解決策として捉えるべきではないと強調した。

    現代のF1マシンも「F1が体現すべきもの」
    ベッテルは最近、モンツァでミハエル・シューマッハがタイトルを獲得したフェラーリF2002をドライブし、F1マシンのコックピットに復帰した。その経験も踏まえ、現在のF1について自身の考えを語った。

    「僕はエキサイティングだと思う。レースもエキサイティングだ。質問の意図は分かっているし、だからこそ今のF1はすごく面白いんだと思う。F1を見ていると、分析できることが本当にたくさんあるからね」

    「もちろん、ドライバーの立場なら最高のマシンを運転して、レースに勝ちたい。でも、じゃあ最高のマシンとは何なのか。2002年のマシンは当時の最先端であり、パイオニアだった。そして、F1というものを非常によく体現していた」

    「今のマシンも同じことをしていると思う。F1はパフォーマンス、精密さ、規律、ハードワークを追求するものだけど、同時に責任を持って前進させていくことでもある。つまり未来についても考えるということで、今のマシンはそれを実現しようとしている」

    一方でベッテルは、現在の技術規則のすべてに賛同しているわけではないと認める。

    「ドライビングという観点では、今のレギュレーションのすべてに賛成しているわけではない。でも未来を考えれば、そこには人々を一緒に連れていく大きなチャンスがあると思う」

    「そして、このスポーツがかつて何だったのか、今何なのか、これから何であるべきなのか、何になれるのかを改めて思い出してもらえるかもしれない。それを責任ある形でやることが大切だ。一方を選んだからといって、もう一方を排除する必要はない。僕たちが好きなものを組み合わせられる方法を見つけなければならないと思う」

    V8と持続可能燃料だけでは問題は解決しない
    ビン・スライエムは、F1が将来的にV8エンジンへ回帰し、持続可能燃料と最低限の電動化を組み合わせる方針を示している。

    しかしベッテルは、持続可能燃料を導入すればF1が抱える課題が一気に解決するという考えには慎重だ。

    「何かひとつを導入すれば、すべての問題が解決するというものではない。僕が知っているパドックの多くの人たち、そして僕自身もそのひとりだったけど、誰もが万能薬のようなものを探している。何かひとつで一気に前進して、アドバンテージを得られるものをね。でも、ひとつだけではないんだ」

    「常にたくさんのものの組み合わせだ。F1やモーターレーシングを考えれば、持続可能燃料は進むべき方向だと思う。そこにはF1だけでなく、ほかのレースカテゴリーにも影響を与えられる非常に大きな可能性がある」

    ベッテルは、次世代F1マシンの設計についても、技術的な先進性だけではなく、その技術が社会にどのようにつながるのかを考える必要があると指摘する。

    「次世代のマシンを形作っていくなら、責任ある方法でそれを実現できる大きな可能性があると思う。技術的には素晴らしいものでも、公道車には応用できないものもあるかもしれない。その部分について考えることも、F1の責任だと思う」

    「もしそうした可能性がなくなったのなら、もっとシンプルにすることを受け入れる段階に来るのかもしれない。責任を果たし、模範を示す方法はいろいろある。それはレーストラックの上だけではなく、サーキットのすぐ外側でもできることだ」

    「僕はこれからの未来と、そこで何が待っているのかを楽しみにしている。F1には、僕の人生を形作り、刺激を与えてくれた素晴らしい価値がたくさんある。このスポーツは世界中の多くの人々に届いているし、その力を、本当に意味があって影響を与えられるさまざまなことにも使えると思う」

    V型8気筒エンジンについて語ったセバスチャン・ベッテル

    アントネッリの最年少王者更新も歓迎
    ベッテルは、自身が保持するF1史上最年少ワールドチャンピオン記録が更新される可能性についても語った。

    ベッテルは2010年に23歳で初のF1ワールドチャンピオンに輝いた。一方、2026年にタイトル争いをリードするキミ・アントネッリは20歳であり、今季タイトルを獲得すればベッテルの記録を大幅に更新することになる。

    「彼が達成したら、僕はすごくうれしいよ。彼は素晴らしい一年を送っている。昔から『記録は破られるためにある』と言うからね。彼にはこれから、それを実現するための時間がたくさんある。僕はこのスポーツが好きだから、ひとりの観客として見てもすごくエキサイティングだ」

    「ほかのドライバーたちにも巻き返して、もっと争いに加わってほしいとは思っている。僕は今では独立した立場だし、彼が成功するなら素直にうれしい。そこまで到達するために、どれだけ多くの努力が必要なのかを知っているからね。そして最終的に誰が勝ったとしても、それだけのものに値するはずだ」

    V8エンジンへの回帰や持続可能燃料は、将来のF1をめぐる議論の重要な要素となっている。しかしベッテルは、過去の魅力を取り戻すことと未来への責任は相反するものではなく、単一の技術に答えを求めるのではなく、複数の要素を組み合わせながらF1の価値を維持していくことが重要だと訴えている。

  • セバスチャン・ベッテル F1最年少王者記録更新へ進むアントネッリに「喜んで譲る」

    セバスチャン・ベッテル F1最年少王者記録更新へ進むアントネッリに「喜んで譲る」

    セバスチャン・ベッテルは、自身が16年間にわたって保持しているF1最年少ワールドチャンピオン記録を、キミ・アントネッリが更新する可能性について「喜んで彼に譲る」と語った。

    2026年のF1世界選手権でランキング首位を独走するアントネッリは、前戦イタリアGPで19番グリッドから歴史的な逆転優勝を飾り、今季7勝目を獲得。ランキング2位のジョージ・ラッセルに66ポイント差をつけており、20歳での初タイトル獲得に向けて大きく前進している。

    ベッテルが16年間保持するF1最年少王者記録
    現在のF1最年少ワールドチャンピオン記録を持つのはベッテルだ。

    1987年7月3日生まれのベッテルは、レッドブル・レーシング時代の2010年11月14日に初のF1ワールドチャンピオンを獲得。当時の年齢は23歳4カ月11日だった。

    2006年8月25日生まれのアントネッリは、2026年8月に20歳になったばかり。今季中にタイトルを獲得すれば、ベッテルの記録を3年以上も更新することになる。

    仮に2026年のタイトル争いが最終戦まで持ち越されたとしても、12月6日の時点でアントネッリは20歳3カ月12日。ベッテルが保持する記録を大幅に塗り替えることになる。

    イタリアGP終了時点でアントネッリはラッセルに66ポイント差をつけており、残り最大10戦という状況で大きなリードを築いている。

    「記録は破られるためにある」
    16年間守ってきた記録を失うことについて、ベッテルに複雑な思いはないようだ。

    アントネッリに記録を更新されることをほろ苦く感じるかと尋ねられたベッテルは「いや」と否定した。

    「彼のためにとても嬉しく思うよ。彼は信じられないような一年を過ごしているし、『記録は破られるためにある』という昔からの言葉もある」

    「彼には、それを成し遂げるための年月がまだたくさん残されている」

    2022年限りでF1を引退したベッテルは、現在は一人のファンとしてタイトル争いを見守っていると説明。一方で、アントネッリだけが抜け出すのではなく、ライバルたちが再び争いに加わる展開も期待しているという。

    「僕はこのスポーツが大好きだから、観客として見ていてとてもエキサイティングだ。他のみんなにも追いついて、もっと争いに加わってほしいと思っている」

    「でも、僕はある意味では独立した立場だから、彼らのことを素直に喜べる。そこに到達するために、どれだけ多くの仕事が必要なのかを知っているからね」

    「そして、最終的に誰が勝ったとしても、その人がタイトルにふさわしいと思う」

    アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデスAMG・ペトロナス・モータースポーツ)

    F1史上最年少ワールドチャンピオン記録
    現在のF1史上最年少ワールドチャンピオン記録は以下の通り。

    1位 セバスチャン・ベッテル(2010年)23歳4カ月11日
    2位 ルイス・ハミルトン(2008年)23歳9カ月26日
    3位 フェルナンド・アロンソ(2005年)24歳1カ月27日
    4位 マックス・フェルスタッペン(2021年)24歳2カ月12日
    5位 セバスチャン・ベッテル(2011年)24歳3カ月6日
    6位 マックス・フェルスタッペン(2022年)25歳0カ月9日
    7位 フェルナンド・アロンソ(2006年)25歳2カ月23日
    8位 セバスチャン・ベッテル(2012年)25歳4カ月22日
    9位 エマーソン・フィッティパルディ(1972年)25歳8カ月29日
    10位 ミハエル・シューマッハ(1994年)25歳10カ月10日

    アントネッリが2026年に初のF1ワールドチャンピオンに輝けば、このランキングのトップに20歳という圧倒的な若さで名前を刻むことになる。16年間にわたって破られていないベッテルの記録が更新される日は近づいているが、当のベッテルは、その瞬間を歓迎する構えだ。

  • セバスチャン・ベッテル シューマッハのF2002でモンツァを走行「彼を強く感じた」

    セバスチャン・ベッテル シューマッハのF2002でモンツァを走行「彼を強く感じた」

    セバスチャン・ベッテルが2026年F1イタリアGP決勝を前にモンツァで、ミハエル・シューマッハが駆ったフェラーリF2002をドライブした。4度のF1ワールドチャンピオンによるデモ走行にティフォシは熱狂し、ベッテル自身にとっても特別な時間となった。

    幼少期からシューマッハを英雄として慕ってきたベッテルは、2002年に圧倒的な強さを誇ったF2002で名誉ラップを走行。コース上ではドーナツターンも披露した。走行後にはさまざまな感情が入り交じったことを明かし、「今日はミハエルの瞬間」と語った。

    「この数周でミハエルを強く感じた」
    走行を終えたベッテルは感情をあらわにしながら、「レースが始まる前に、もう勝ったような気分だった」と冗談交じりに振り返った。

    「いろいろな感情が入り交じっている。このマシンをドライブすること自体が素晴らしいし、本当に美しいマシンだ。でも、それ以上にこれはミハエルのマシンなんだ」

    「彼は今日ここにはいない。でも、この数周で僕は彼を強く感じた。みんなにも彼の音が聞こえて、彼を感じてもらえていたらいいな。本当に信じられないよ。この機会を与えてくれたことに感謝しているし、ティフォシにもありがとうと言いたい」

    ベッテルは2022年限りでF1から引退したものの、モータースポーツへの思いは今も変わっていないと強調した。

    「僕はレースが大好きだ。レースを辞めたことは分かっているけど、心の中では今でもレースを愛している。このスポーツ、このマシン、この人たち、ティフォシ、そしてこのスポーツを特別なものにしてくれるファンのことを心から大切に思っている」

    「だからこそ、このスポーツを未来へと前進させる本当の力があると思っている。これから起こるすべてのことを楽しみにしている。でも、今日はミハエルの瞬間だ。僕たちのすべての愛と感情を彼に送りたい」


    F2002の「魂」を感じたベッテル
    F2002は、シューマッハが2002年に5度目のF1ワールドタイトルを獲得した時代を象徴するマシンだ。実際にステアリングを握ったベッテルは、わずかな周回だけでもその特別さを感じ取ることができたという。

    「ものすごく興奮したよ。マシンの魂を感じるのに何周も必要ない。これは特別なマシンだとすぐに分かる。『行け、行け、行け!』って叫びかけてくるような感じなんだ」

    「ここでも、第2シケインでもドーナツをやった。みんなが喜んでくれていたね。その間ずっと『このマシンをプッシュしたい』という気持ちと、『この瞬間を楽しんで、できるだけ長く味わいたい』という気持ちの間で揺れていた」

    「本当に素晴らしかった。そして、ミハエルのスピリットがどれほど生き続けているのか、ここでフェラーリのスピリットがどれほど生き続けているのかを感じることができた。僕も何年も前にそれを経験したからね」

    「恋しく思う部分もある。でも、今は違う人生を送っているし、次の世代のドライバーたちに目を向ければ、これから素晴らしい機会が待っている。とても感情的な一日だった」


    フェラーリは、シューマッハが1996年に加入してから30周年となる2026年F1イタリアGPで、さまざまなトリビュートを実施している。SF-26にはシューマッハがフェラーリで最初にドライブしたF310をモチーフとするスペシャルカラーリングが施された。

    そのモンツァで、シューマッハを少年時代から敬愛してきたベッテルがF2002を走らせた。ティフォシの前で実現したデモ走行は、シューマッハとフェラーリの歴史を現在のF1へとつなぐ特別な時間となった。

    セバスチャン・ベッテル / 2026年F1イタリアグランプリ

  • セバスチャン・ベッテル フェラーリF1に帰還 シューマッハのF2002をモンツァで走行

    セバスチャン・ベッテル フェラーリF1に帰還 シューマッハのF2002をモンツァで走行

    セバスチャン・ベッテルが、今週末のF1イタリアGPでフェラーリのマシンを再びドライブする。ミハエル・シューマッハを称えるモンツァでの特別企画として、2002年に圧倒的な強さを誇ったフェラーリF2002のステアリングを握る。

    4度のF1ワールドチャンピオンであるベッテルは、F1引退後も歴史的なマシンを走らせる機会を設けてきた。今回は自身が幼少期から憧れ続けてきたミハエル・シューマッハの代表的なマシンを、フェラーリカラーで走らせることになる。

    ベッテルがシューマッハのF2002でモンツァを走行
    デモンストレーション走行は、53周で争われる日曜日のイタリアGP決勝を前に実施される。ベッテルがドライブするのは、シューマッハが5度目のF1ワールドタイトルを獲得した2002年のフェラーリF2002だ。

    F2002はフェラーリF1史上を代表するマシンのひとつであり、シューマッハは2002年シーズンの17戦で11勝を挙げた。表彰台のトップ2を逃したのはマレーシアGPの3位だけという驚異的な安定感を誇った。

    シューマッハ以外が勝利した6戦のうち4戦では、チームメイトのルーベンス・バリチェロが優勝。残る2勝をウィリアムズとマクラーレンが1勝ずつ分け合った。フェラーリはこのシーズンを圧倒し、コンストラクターズ選手権でも他を寄せ付けない強さを見せた。

    ベッテルは、約900馬力を発生するV10エンジンを搭載したF2002でモンツァを1周する予定だ。このエンジンは最高1万9000rpmまで回転し、現在のF1マシンとは大きく異なるサウンドを響かせる。

    サステナブル燃料でF2002を走行
    ベッテルはこれまでの歴史的F1マシンによるデモ走行でも、サステナブル燃料の使用を重視してきた。今回もその方針は変わらない。

    走行はフェラーリの「F1 Clienti」部門を通じて実施され、F2002にはシェルが特別に開発した先進的なサステナブル燃料が使用される。

    フェラーリは、この燃料について「今シーズンに得られたノウハウを活用し、2026年に使用されている燃料の開発経験を基に、シェルが特別に開発した先進的なサステナブル燃料」と説明している。

    ベッテルはF1引退後、歴史的マシンを未来につなげる手段としてサステナブル燃料を積極的にアピールしてきた。これまでにもシルバーストンでナイジェル・マンセルの1992年型ウィリアムズを走らせ、2024年のエミリア・ロマーニャGPではアイルトン・セナが1993年にドライブしたマクラーレンを走行させている。

    フェラーリ F2002 ミハエル・シューマッハ

    バリチェロもF2002と再会
    F2002を走らせるのはベッテルだけではない。土曜日には、2002年にシューマッハのチームメイトとして同マシンをドライブしたルーベンス・バリチェロもステアリングを握る。

    バリチェロは予選を前にF2002でデモンストレーション走行を行う予定で、土曜日のみモンツァを訪れるファンにも、24年前のV10エンジンのサウンドを聞く機会が用意される。

    さらに会場では、シューマッハのフェラーリF1キャリアの始まりと終わりを象徴する2台も展示される。1996年にフェラーリ移籍初年度を戦ったF310と、フェラーリでの最後のシーズンとなった2006年の248 F1だ。

    フェラーリがモンツァでシューマッハを称える
    2026年F1イタリアGPでは、ミハエル・シューマッハがフェラーリに残した功績を称えるさまざまな企画が用意されている。

    フェラーリはすでに特別仕様のレーシングスーツを発表しており、SF-26にもシューマッハがフェラーリ移籍初年度の1996年にモンツァで勝利したマシンをモチーフとする特別カラーリングが施される。

    シューマッハを自身のヒーローとして公言してきたベッテルにとって、フェラーリのホームレースでF2002を走らせることは特別な意味を持つ。2015年から2020年までフェラーリF1ドライバーとして戦ったベッテルが、シューマッハを称える週末に再び跳ね馬のマシンでモンツァを走る。

  • セバスチャン・ベッテル 抗議の順位ボード交換…F1史に残るカナダGP裁定劇

    セバスチャン・ベッテル 抗議の順位ボード交換…F1史に残るカナダGP裁定劇

    セバスチャン・ベッテルが2019年F1カナダGPで受けた5秒ペナルティは、いまなお近代F1で最も物議を醸した裁定のひとつとして語り継がれている。

    ポールポジションからレースを支配していたベッテルは、終盤までルイス・ハミルトンの激しいプレッシャーを受け続けながらも首位をキープ。しかし、48周目のターン3〜4シケインで起きた小さなミスが、結果的に勝利そのものを失う決定打となった。

    5秒ペナルティが奪ったフェラーリF1の勝利
    ベッテルはターン3〜4でマシン後部を滑らせ、芝生へ飛び出した。その後コースへ復帰した際、フェラーリは外側へ流れ、背後にいたハミルトンは接触回避のためブレーキングを強いられた。

    スチュワードはこれを「危険な復帰」および「他車をコース外へ押し出した行為」と判断。ベッテルに5秒ペナルティを科した。

    ハミルトンとの差はフィニッシュ時点で1.3秒しかなく、チェッカーを最初に受けたにもかかわらず、優勝はハミルトンのものとなった。

    当時の裁定はパドック全体で大きな論争を呼び、現在でも「厳しすぎる裁定だった」とする声は根強い。


    “レースを盗まれた” ベッテルの怒り
    ベッテルの怒りは無線でも隠されなかった。

    「僕はどこへ行けばよかったんだ?」

    さらにベッテルは「彼らは僕たちからレースを盗んでいる」と無線で訴えた。

    レース後のパルクフェルメでも、その感情は収まらなかった。ベッテルは本来の停止位置にマシンを止めず、一度モーターホームへ戻った。

    その後戻ってきたベッテルは、順位ボードを入れ替える行動に出る。自身の空いたスペースの前に「1位」のボードを置き、ハミルトンのメルセデスの前には「2位」のボードを配置した。

    それは「本当の勝者は自分だ」という強烈な抗議だった。

    ハミルトンも複雑だった勝利
    一方のハミルトンも、後味の悪さを隠さなかった。

    「もちろん、こういう形で勝ちたかったわけじゃない」とハミルトンは語った。

    そのうえで「コースへ戻るときは、レーシングラインへそのまま戻るべきではない。安全に復帰する必要がある」と裁定自体には理解を示している。

    フェラーリはその後、裁定の再審査を求めたものの、スチュワードの判断は覆らなかった。

    セバスチャン・ベッテル 2019年 カナダグランプリ

    いまも議論が続く“2019年カナダGP事件”
    この一件は、F1における「レース裁定」と「レーシングの本質」の境界線を巡る象徴的な事件となった。

    特に近年は“レースを最後まで走って決めるべきか”という議論が強まっており、2019年カナダGPはその代表例として繰り返し引用されている。

    また、この裁定はベッテルとフェラーリの関係における転換点だったとの見方もある。2019年シーズンのフェラーリは速さを持ちながらタイトル争いを制することができず、ベッテル自身も翌年限りでチームを離れることになった。

    その意味でも、モントリオールで失われた勝利は、単なる1レース以上の重みを持つ出来事だった。

  • 元F1王者セバスチャン・ベッテル “17年支えた右腕”ブリッタ・ロースケが退任

    元F1王者セバスチャン・ベッテル “17年支えた右腕”ブリッタ・ロースケが退任

    セバスチャン・ベッテルの長年の“右腕”として知られたブリッタ・ロースケが、17年間にわたる協力関係に終止符を打つことが明らかになった。

    2009年からベッテルの広報担当として活動してきたロースケは、レッドブル時代の4連覇、フェラーリ移籍、そしてアストンマーティンでのラストシーズンまで、F1キャリアのほぼ全期間を支えてきた存在だ。F1パドックでは“ベッテルと常に行動を共にする人物”として知られていた。

    今回、ロースケ本人が声明を発表し、「新たなキャリアの章を始める」と説明。新たな職業的チャレンジを求めていることを明かした。

    17年間にわたってベッテルを支え続けた存在
    ブリッタ・ロースケは、単なる広報担当の枠を超えた“最側近”とも言える存在だった。

    レッドブル時代には、セバスチャン・ベッテルの4度のF1ワールドチャンピオン獲得を現場で支え、その後のフェラーリ移籍、アストンマーティン移籍にも同行。ベッテルのメディア戦略や対外コミュニケーションを一手に担ってきた。

    2022年末にベッテルがF1を引退した後も関係は続いていた。近年は個別プロジェクトやイベント出演の調整を担当しており、2025年のイモラで行われたアイルトン・セナのマクラーレンによるデモランにも関与していたという。

    また、ベッテルが近年力を入れていた環境保護やサステナビリティ活動についても、長年にわたってロースケが調整役を務めてきた。

    セバスチャン・ベッテルとブリッタ・ロースケ(フェラーリF1在籍時)

    ベッテル周辺体制にも変化
    ロースケは声明の中で、ベッテルとの仕事について「個人的にも職業的にも大きな影響を受けた、豊かで特別な経験だった」と振り返った。

    今後は、新たなチームがベッテル関連プロジェクトやパートナーシップ、メディア対応などを引き継ぐことになる。

    ブリッタ・ロースケは、F1パドックでも特に知られた広報担当者のひとりだった。ベッテル以前にはルノーやレッドブルでも活動しており、長年にわたってF1のメディア対応を支えてきた実績を持つ。

    今回の離別は、単なるスタッフ交代という以上に、ベッテル時代を象徴してきたひとつの関係性の終焉とも言えそうだ。

    Photo:Red Bull Content Pool

  • 元F1王者セバスチャン・ベッテル ロンドンマラソン初挑戦で3時間切りの快挙

    元F1王者セバスチャン・ベッテル ロンドンマラソン初挑戦で3時間切りの快挙

    元F1王者セバスチャン・ベッテルが、2026年ロンドンマラソンで見事な走りを披露し、目標としていた“3時間の壁”を突破した。タイムは2時間59分08秒と、アマチュアとしては極めて優れた記録だった。

    現在は社会活動に力を注ぐベッテルは、今回のレースで慈善団体への支援も実施。暑さの中での厳しいコンディションにもかかわらず、終始安定したペースを刻み、初挑戦での快挙を成し遂げた。

    初マラソンで見せた圧巻の安定ペース
    ベッテルは現地時間9時35分にスタート。序盤から一定のリズムを維持し、過酷な42.195kmを通してペースを崩すことはなかった。

    ハーフ地点は1時間29分18秒で通過。3時間切りを狙える位置につけながらも、後半での粘りが求められる展開となったが、そのまま失速することなく走り切った。

    後半の21.1kmも1時間29分50秒でまとめ、最終的に2時間59分08秒でフィニッシュ。狙い通り“3時間切り”を達成した。

    慈善活動とともに挑んだロンドンの一日
    今回ベッテルは、ブレイン&スパイン財団およびグランプリ・トラストのためにチャリティーランナーとして出場。沿道の観客に支えられながら走り抜いた。

    レース後、ベッテルは次のように語った。

    「とても長く感じたけど、初めてだったから何を期待していいかわからなかった。でも本当に素晴らしかった。コースの横にはたくさんの人がいて、みんなとても楽しそうだった。本当に素晴らしい経験だったし、まだ興奮しているし、完走できてとても嬉しい」

    「ずっとマラソンをやりたいと思っていた。普段から体は鍛えていたし、ランニングやサイクリングもしていたから、そろそろ挑戦する時だと思った。自分に野心的な目標を設定して、それを達成できた。3時間を少し切ることが目標だったから、それができて本当に嬉しい」

    「それ以上に、完走できたこと、そしてこの経験を味わえたことが嬉しい。ぜひみんなにもおすすめしたい」

    F1王者の新たな挑戦が示したもの
    2022年にF1を引退したベッテルは、環境問題や社会活動に積極的に取り組んできた。その延長線上にある今回のマラソン挑戦は、競技者としての新たな一面を印象づける結果となった。

    トップカテゴリーを離れた後もなお、高い目標を掲げて挑戦を続ける姿勢は変わらない。その走りは、F1で見せた規律と持続力を別の舞台で証明するものだった。

  • セバスチャン・ベッテル F1レギュレーション変更に警鐘「DNAを失うな」

    セバスチャン・ベッテル F1レギュレーション変更に警鐘「DNAを失うな」

    2026年F1シーズン序盤のレギュレーションに対する批判が高まる中、4度のワールドチャンピオンであるセバスチャン・ベッテルが、競技の本質に関わる懸念を示した。

    ドライバーの評価は厳しく、観客の反応も賛否が分かれる現状に対し、ベッテルは「F1のDNAを失うべきではない」と強調。安全性やレース内容の改善を目的とした変更が進む一方で、スポーツの根幹が揺らぐ可能性に警鐘を鳴らした。

    レギュレーション変更と高まる不満
    シーズン開幕後、2026年の新レギュレーションに基づくレースは、オーバーテイク増加という側面はあるものの、ドライバーからは否定的な声が多く上がっている。ファンの評価も分かれており、競技としての魅力に疑問が投げかけられている状況だ。

    こうした中、FIA、F1、そして11チームで構成されるF1委員会は、5月初旬のマイアミGPに向けて改善策を導入。安全性の向上や“スーパークリッピング”の抑制、そしてフルスロットル走行時間の増加を目的とした変更が承認された。

    ベッテルが語る「ドライバー中心」の視点
    スウェーデンのメディアの取材に応じたベッテルは、今回の変更について次のように語った。

    「少しだけ目を通した」

    「スポーツの観点から見て、彼らが対処しようとしているのがそこだといいと思うし、それによってドライバーがより満足するようになることを願っている。最終的に、ドライバーはこのスポーツの“顔”だからね。彼らがマシンを降りたときにアドレナリンに満ちていて、興奮していれば、それが画面の前の人やスタンドの観客の興奮にもつながる」

    「速さ」を競う本質への懸念
    現役時代から率直な発言で知られるベッテルは、現在のF1が抱える構造的な問題にも踏み込んだ。

    「スポーツ面については、その批判は理解できるし、僕も同意する。クルマを運転するのは楽しいかもしれないけど、レギュレーションやそれに伴う難しさのせいで、レースをする楽しさはそれほどでもないのかもしれない」

    「だからドライバーには共感するし、このスポーツの心臓でありDNAである部分――つまり“最も速いマシンで最も速いドライバーが勝つ”という本質を失わないことが極めて重要だ」

    競技とエンターテインメントのバランス
    今回の発言は、単なるレギュレーション批判にとどまらない。F1が「見せるスポーツ」として進化する中で、競技性とのバランスをどう保つかという根源的な問いを投げかけている。

    オーバーテイク増加や安全性向上といった改良は重要である一方で、それがドライバーの純粋な競争を損なうものであれば本末転倒となる。ベッテルの指摘は、現在のF1が直面する課題を象徴していると言える。

    なお、ベッテルは今回、環境問題や生物多様性への取り組みが評価され、2026年のパーフェクト・ワールド財団賞を受賞するためストックホルムを訪問。また、ブレイン&スパイン財団およびグランプリ・トラスト支援のため、ロンドン・マラソンへの出場も予定している。

  • セバスチャン・ベッテル F1昇格の裏側 スピード「トストに暴言で即交代」

    セバスチャン・ベッテル F1昇格の裏側 スピード「トストに暴言で即交代」

    2007年F1シーズン、セバスチャン・ベッテルがトロロッソでデビューを果たした背景には、当時のレギュラードライバーだったスコット・スピードの行動が大きく影響していたことが明らかになった。

    スピード本人が振り返った証言により、レッドブル育成ドライバーとしてキャリアを歩んでいたベッテルの昇格は、単なる実力評価だけでなく、チーム内での人間関係や振る舞いも大きく関係していた実態が浮かび上がっている。

    ベッテル昇格の裏で起きていた出来事
    2007年、ベッテルはBMWザウバーから代役出場したアメリカGPで8位入賞を果たし、F1初ポイントを獲得した。その後、約2か月後のハンガリーGPでトロロッソから正式に参戦することになる。

    そのシートを失ったのがスコット・スピードだった。スピードはポッドキャスト出演の中で、自身のキャリアを振り返りながら当時の状況を明かしている。

    「いろいろ違うやり方ができたと思う。コミュニケーション能力がなかったし、ちゃんとした教育も受けていなかった。この世界がどういうものか全く理解していなかった」

    「ドライバーとして自分にどんな影響力があるのかも分かっていなかった。ただマシンに乗って速く走るだけだと思っていた。でも、なぜ速いのかも分かっていなかった」

    決定打となったトストとの衝突
    転機となったのは、ニュルブルクリンクで開催された2007年ヨーロッパGP後だった。豪雨により多くのマシンが1コーナーでコースアウトする混乱のレースとなり、スピードもその一人だった。

    レース後、トロロッソのチーム代表フランツ・トストとのやり取りが決定的な亀裂を生む。

    「エンジニアと話していたらトストが来て、1コーナーで何が起きたのかと聞いてきた」

    「正直、何を言っているのかと思った。あそこでは8台くらいがコースアウトしていたし、ハミルトンやバトンも同じだった。だから『みんなと同じだ。アクアプレーニングだ』と答えた」

    「すると彼は『全員じゃない。バカだけだ』と言った」

    「だから僕は『ふざけるな』と言ってその場を去った。そして次のレースでは、セバスチャン・ベッテルが僕のマシンに乗っていた」

    「傲慢だった」スピードの自己分析
    スピードは当時の自分を厳しく振り返り、トップカテゴリーで成功するために必要な要素を理解していなかったと認めている。

    「ただの傲慢な若者だった。チーム代表にあんなことを言っても問題ないと思っていた。でも実際は違った」

    「そのレベルで成功するために何が必要か、僕は理解していなかっただけだ」

    ベッテルのキャリアはこの交代劇をきっかけに大きく動き出し、その後の成功へとつながっていく。一方でスピードにとっては、F1でのチャンスを失う決定的な出来事となった。