カテゴリー: ザウバーF1チーム

  • セルジオ・ペレスとのシート争いに敗れたパストール・マルドナド

    セルジオ・ペレスとのシート争いに敗れたパストール・マルドナド

    今年のGP2チャンピオンを獲得したパストール・マルドナドは、2011年に小林可夢偉と並んでザウバーのレースシートを獲得することを願っていた。

    ニコラス・トッドがマネジメントを務める25歳のパストール・マルドナドは、ベネズエラの石油会社PDVSAとベネズエラのウゴ・チャベス大統領も支援している。

    ブラジル人ジャーナリストのリビオ・オリキオによると、パストール・マルドナドは先月のモンツァで「ペーター・ザウバーと何度かミーティングを行っている」と述べていたという。

    「すべてはテーブルに並んでいる。F1に挑戦する準備ができているドライバーとしての僕の経験と成長、僕たちがどのような投資ができるかを詳しく述べている」とパストール・マルドナドはコメント。

    「PDVSAは、僕たちのブロジェクトにとって重要であり、僕たちのパッケージがとてもいいことはわかっている。でも、ザウバーの場所を争っているのが僕だけではないのはわかっている」

    「バラストをたくさん持った人々が勝負のなかにいる」

    ザウバーは4日、パストール・マルドナドに次ぐ2位で今シーズンのGP2を終えたメキシコ人ドライバーのセルジオ・ペレスが2011年の小林可夢偉のチームメイトになることを発表した。

    また、セルジオ・ペレスのスポンサーであるテルメックスもザウバーに加入することが発表された。

    リビオ・オリキオは「ペーター・ザウバーはミスの多い経験不足のドライバーは好まない」とコメント。

    「しかし、スイスにはほとんど選択肢がなかった。ウゴ・チャベスかカルロス・スリムの提案を受け入れるか、来年の世界選手権でレースをしないかだった」

    「シーズンで3,000万ユーロを投資するスポンサーを獲得することは非常に難しい。テルメックスとの交渉はその範囲内だったと思う」

    関連:
    ・ザウバー、テルメックスとのスポンサー契約を発表
    ・ザウバー、2011年のセルジオ・ペレスとの契約を発表

  • ザウバー 「チームを売却する予定はない」

    ザウバー 「チームを売却する予定はない」

    ペーター・ザウバーは、新しい主要スポンサーであるテルメックスとの契約によって、F1チームを売却する用意ができているかもしれないとの噂を否定した。

    ザウバーは4日、メキシコの大富豪がカルロス・スリムが率いるテルメックとのスポンサー契約を発表。2011年のザウバーノマシンのカラーリングにおいて“重要な存在”になると述べた。

    契約は、レースドライバーとしてメキシコ人のGP2ドライバーであるセルジオ・ペレスの起用も関係している。20歳のセルジオ・ペレスは、テルメックスのモータースポーツ部門であるスクーデリア・テルメックスの主要メンバーだ。

    「テルメックスと我々のレースプロジェクトにとって大きな前進だ」とカルロス・スリムの長男カルロス・スリム・ドミットは述べた。

    伝統的にザウバーと親しいスイスの blick によると、テルメックスとの2年契約は1500万ユーロ(約17億円)の価値があるとしている。

    「スリムが完全に新しいおもちゃを買うかどうかは誰もわからない」と同紙は推測している。

    GP2チームのARTを所有するニコラス・トッドもザウバー買収に熱心だと噂されているが、ペーター・ザウバーは実現することはないだろうと Daily Telegraph に述べた。

    「私は株式の100%を所有しており、チームやその一部を売却する計画はない」とペーター・ザウバーは主張した。

    しかし、BMW撤退後、2010年シーズンを真っ白で空白の多いカラーリングで戦ったザウバーは、大きな契約をまとめられたことに安心しているようだ。

    「テルメックスと一緒に他の(潜在的な)スポンサーに明確なメッセージを送りたい」

    関連:
    ・ザウバー、テルメックスとのスポンサー契約を発表
    ・ザウバー、2011年のセルジオ・ペレスとの契約を発表

  • ザウバー、2011年のセルジオ・ペレスとの契約を発表

    ザウバー、2011年のセルジオ・ペレスとの契約を発表

    ザウバーは、2011年の小林可夢偉のチームメイトとしてセルジオ・ペレスと契約したことを発表した。

    今年のGP2を2位で終えた20歳あるセルジオ・ペレスは、1997年から1981年までグランプリに参戦していたヘクター・アロンソ・レバーク以来のメキシコ人F1ドライバーとなる。

    セルジオ・ペレスは、まだF1をドライブしたことはないが、2008年後半からGP2、GP2アジアに参戦し、2007年にはイギリスF3ネーションクラス選手権で優勝している。

    「F1は全ての若手レースドライバーの夢だ」とセルジオ・ペレスはコメント。

    「そして、今、僕はその夢を実現しようとしている」

    「これが大きな挑戦と責任であることも十分にわかっているが、それを受け入れるを嬉しく思っているし、モーターレーシングの最高峰のカテゴリーで自分の国を代表することを誇りに思う」

    「ペーター・ザウバーが示してくれた信頼に感謝したい。この素晴らしいチャンスを最大限に生かすために全力を尽くすつもりだ」

    ペーター・ザウバーは「セルジオは、ここ数年にわたって連続した上昇カーブを描いている。彼は、昨シーズン、レースでファイティングスピリットをはっきりと示し、F1でステップアップする準備ができていることを証明した」とコメント。

    「彼と働くことを楽しみにしている。セルジオ・ペレスと小林可夢偉によって力強いドライバーペアになることに疑いはない」

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    ザウバー、テルメックスとのスポンサー契約を発表

  • ザウバー、テルメックスとのスポンサー契約を発表

    ザウバー、テルメックスとのスポンサー契約を発表

    ザウバーは、テルメックスとのスポンサー契約を発表した。

    テルメックス(Telmex)は、メキシコの大富豪カルロス・スリムがオーナーを務めるメキシコの電気通信会社。

    今回の契約により、2011年からザウバーのマシンにテルメックスのロゴが掲載される。

    「ザウバーは、非常に成功したレーシングチームというだけでなく、スポーツで最も尊敬された人々と同様に初期の頃からレースで最も認識された人材の強力な発掘者でもある」とカルロス・スリムの長男でテルメックス会長のカルロス・スリム・ドミットはコメント。

    「彼らがセルジオを起用するという決定は、メキシコを代表するトップドライバーになるための彼のキャリアにとって非常に重要なことだ。テルメックスと我々のレースプロジェクトであるスクーデリア・テルメックスにとっても大きな進歩だ。ザウバー・モータースポーツとともにF1でメキシコ人ドライバーが参戦するという近年の努力を実らせることができてとても誇りに思う」

    ペーザー・ザウバー (ザウバー代表)
    「テルメックスは、すでに何年にもわかりモータースポーツに関与し、様々なレースシリースでドライバーをサポートしている。現在、彼らはモーターレーシングのトップカテゴリーに重要なステップアップを果たしている。彼らが我々とともにそのステップを果たしてくれることを嬉しく思っており、誇りに思う」

    「テルメックスは突出した企業であり、我々のチームの力強いパートナーを大穂ゆする企業だ。実りの多いパートナーシップになることを楽しみにしている」

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    ザウバー、2011年のセルジオ・ペレスとの契約を発表

  • 小林可夢偉 「正直、鈴鹿はそんなに走っていないんです・・・」

    小林可夢偉 「正直、鈴鹿はそんなに走っていないんです・・・」

    小林可夢偉が、今週末に鈴鹿サーキットで開催されるF1日本グランプリに向けて、改めて決意を語った。

    「正直に言いますけど、僕は鈴鹿を走った経験はそんなに多いわけではないんです(苦笑)」と語る小林可夢偉。

    「2003年にフォーミュラトヨタで2回レースの週末があったのと、去年トヨタF1で金曜フリー走行で走ったこの3回だけ。それでも、すごく難しけど面白いコースだと思いました」

    「フォーミュラトヨタで覚えているのは1回目の週末は雨がらみだったことと、2回目の時は最終戦で、ポイントリーダーやったのに、結局エンジンを壊して負けてしまったことですねえ。だから鈴鹿でのレースとしては悔しい思いが残ったまま。今年は絶対そのリベンジがしたいですね」

    去年のF1日本GPでは体調を崩したティモ・グロックの代役として金曜フリー走行に出走することが当日に決まった。

    「去年、朝クルマでサーキットに移動しているときに、『いまどこ!?今日乗ってもらうから早く来て!!』って電話があって、『え〜、マジですか』ってあわててサーキットに行ったのも忘れられません」

    今年の日本GPは、去年とは異なるザウバーのマシンで挑むが、ザウバー C29は中高速コーナーがある鈴鹿との相性はいいと可夢偉は語る。

    「ザウバーのクルマはもともとダウンフォースを効かせるコーナーは得意なので、中高速コーナーがある鈴鹿とは相性がいい。たぶんカレンダーのなかで一番あうコースだと思います。あまり得意ではない直線とかもあるんですけど、正直、いきなり直線を速くするっていうのは難しいんで、どこで稼ぐかですね。低速コーナーの後に直線があったりしたら、とにかくコーナーの出口で稼ぐようにしたり、中高速コーナーでマイナスな要素を補ったりと、鈴鹿の全部に完璧にあわせたクルマというのは多分作れないから、一番効率がいいセットアップを見つけることがカギになると思っています」

    「それにクルマ自体シーズン中のアップデートで、ずいぶんとセッティングの幅が広がったし、僕たちも使いこなし方の理解度が深まってます。シーズン序盤の状態だったら苦手だったはずのホッケンハイムやハンガロリンクでも、戦えるクルマになったし、なにより先週のシンガポールでは、鈴鹿に向けたアップデートも確認できた。それに週末の流れを見ても、フリー走行でちょっとはまりそうだったけれども、予選とレースに向けてきちんと攻めるクルマが作られたことはすごく自信になってます。鈴鹿というコースはそう簡単じゃないけれども、期待していてください」

    「とにかく、自分たちの持っている力を出せればポイントは自然と獲れると思ってます。あんまり目標とか言ったりするのは苦手なんですが、僕らが今まで持ってた状況でいくとやっぱり6位が精一杯のパフォーマンス。もちろん自己ベストが更新できればうれしいし、すごく難しいのは分かっているけど、やっぱり上を目指さないとね。そうすれば来年はもっといいレースができると思う。あんまり初めての母国GPだとかは意識しないでおきますが、僕はずっとヨーロッパでレースをしていたので、今回日本のファンのみなさんの前でレースできるのがすごく楽しみなんです。みなさん応援よろしくお願いします」

  • 小林可夢偉:F1日本GPプレビュー

    小林可夢偉:F1日本GPプレビュー

    小林可夢偉が、母国レースとなるF1日本GPへの意気込みを語った。

    小林可夢偉 (ザウバー)
    「ここ7年間、日本ではあまり多くの時間を過ごしていませんが、僕は日本人だし、鈴鹿ラウンドはホームレースです。最後に日本でレースをしたのは17歳のときです。もちろん、去年トヨタでグランプリ前のフリープラクティスを走っているのでサーキットはかなり良く知っています。非常に素晴らしいサーキットですし、隅から隅まで好きですね。ラップ全体にわたってチャレンジングなトラックですね」

    「僕たちのクルマは鈴鹿が得意だと思います。鈴鹿に行くのは僕にとって非常にエキサイティングなことですし、多くのサポーターがいることを知っています。僕のファンのための特別エリアがあって、2000枚のチケットがすぐに完売になりました。シンガポールでのレース後、まっすぐ日本に立ちました。レースの準備と並んで、食べ物と日本の温泉を楽しみにしています」

  • ニック・ハイドフェルド:F1日本GPプレビュー

    ニック・ハイドフェルド:F1日本GPプレビュー

    ニック・ハイドフェルドが、F1日本GPへの意気込みを語った。

    ニック・ハイドフェルド (ザウバー)
    「鈴鹿でレースをするのを本当に楽しみにしている。全てのF1サーキットのなかでもお気に入りのトラックだし、チームとの2回目のレース週末になるので、もちろんクルマについてより多くのことがわかっている。その上、僕は日本に行くのが本当に好きなんだ。今回は東京を訪れる予定はないけど、実際鈴鹿にもあまり行ったことがないので楽しみにしている。食べ物、文化、ファンの興奮が好きなんだ。彼らは日本GPをとても楽しんでいるし、それを見るのは本当に最高だ」

    「鈴鹿のラップは非常に素晴らしい流れがあるし、豊富な種類の特性を持っている。第1セクターの“S字”は特に美しい。S字をうまく走れたときは、物凄く楽しいね」

  • 小林可夢偉 Q&A : F1日本GPに向けて

    小林可夢偉 Q&A : F1日本GPに向けて

    小林可夢偉が、F1ドライバーとして鈴鹿での凱旋レースとなるF1日本GPへの意気込みを語った。

    ホームレースは、あなたによってどのような意味がありますか?
    F1ドライバーとして日本のレースに戻ることは多くの意味があります。去年、トヨタでティモ・グロックの代わりに金曜のプラクティスセッションに出たときにもそれを味わいました。去年は急なことでしたが、今年のレースは多くのサポーター来てくれそうです。ターン2とターン3の間には“小林可夢偉応援シート”があるんです。2000席以上ありますし、あっという間に完売しました。友人のためになんとかチケットを買うことができました。彼らが楽しんでくれることを願っています。

    鈴鹿でのレースをどのように予想していますか?
    シンガポールでは、良い予選ができていたので、もちろんレースの結果にはがっかりしました。鈴鹿では土曜日と日曜の両方に満足できることを期待しています。僕たち全員、クルマにかなり合うサーキットだと思っています。

    最後に日本でレースをしたのはいつですか?
    日本ではあまり多くのレースをしていませんし、最後のレースはずいぶん昔になります。2003年のフォーミュラ・トヨタは鈴鹿のグランプリサーキットではなくショートトラックでした。当時は17歳でしたね。

    日本とヨーロッパのレースの違いはなんですか?
    大きく違います。ヨーロッパはモーターレースのあらゆる歴史があると思います。ドライバーを育成する小さなレースシリーズがたくさんあります。日本GPに参加した誰もが分かっていると思いますが、人々は興奮や情熱をわかっています。でも、ヨーロッパのレースは比較的夜遅くに放送されるので、日本の人々がF1をフォローするのは簡単ではないのも事実です。

    これまでホームシックを感じたことはありますか?
    いいえ。もちろん、はじめてヨーロッパに来たとき、実際にはイタリアのヴィチェンツァだったんが、僕は英語さえ話せませんでしたし、全てが完全に違っていたので変な感じでした。でも、とても楽しくもありましたね!

    でも、両親や妹がいなくて寂しくありませんでしたか?
    ヨーロッパの方が理解するのは難しいと思いますが、日本人にとって親元を離れて、他の場所に仕事をしに行くことはそんなに珍しいことではないです。日本にいたときも、家族には滅多に会いませんでした。僕はほとんど東京に行っていましたが、彼らは東京から遠い、大阪に近い尼崎に住んでいました。僕は素敵な場所に滞在するのが好きですが、国はあまり重要ではありません。

    犬を飼っていますよね。不在にしているときは、どうしているのですか?
    はい、犬を飼っています。アルフレッドはヨークシャテリアのでとてもかわいいですよ! パリの友人の家に預けていますga
    、できるだけ会いに行っています。

    子供の頃、F1ドライバーになることを夢見ていましたか。
    いいえ。むしろコメディアンになりたかったです。尼崎は、芸人がかなり人気があす。あまり才能がないとわかりましたけどね。

    両親はレースをすることを応援してくれました?
    両親はレースにまったく興味がありませんでした。自分の車も持っていないですし。自分のために2回、車を買いましたが、2回とも父親はそれを売ってしまいました。父は尼崎で寿司屋を経営しています。僕がカートで速くなければ、間違いなく寿司を握っていたと思います。生の魚が苦手なんですけどね。

  • 小林可夢偉、「スポーツ観光マイスター」に就任

    小林可夢偉、「スポーツ観光マイスター」に就任

    小林可夢偉が9月29日(水)、観光庁より「スポーツ観光マイスター」に任命された。

    その任命式が観光庁にて行われ、観光庁の溝畑宏観光庁長官から、観光マイスター任命状、ピンバッチ、そして小林可夢偉の名前が入った名刺を手渡された。

    世界最高峰レース F1世界選手権を戦う小林可夢偉に対し、溝畑観光庁長官からは「モータースポーツを通じて人々に夢を与え、日本の魅力を世界にアピールする日本の顔として観光マイスターになってもらいたい」という思いが伝えられ、可夢偉も「世界中の人々に日本の良さを伝えていきたい」と抱負を語った。

    「スポーツ観光マイスター」は、これまでも世界的・全国的に活躍するスポーツ選手(元選手)が任命されており、「スポーツ観光マイスター」があらゆる機会を利用してスポーツを核とした観光PRを行うことで、日本の観光の魅力発信とスポーツ観光の推進を図る。

  • 小林可夢偉 「ポイントを獲りに行くためだったので後悔はない」

    小林可夢偉 「ポイントを獲りに行くためだったので後悔はない」

    小林可夢偉が、クラシュリタイアに終わったF1シンガポールGPを振り返った。

    「シンガポールGPはF1カレンダーで唯一のナイトレースですが、僕はGP2のカタールでナイトレースを走っているし、去年のアブダビGPも最後は夜だったので、夜走るということはそこまで気にしていませんでした」とシンガポールのレース週末の印象を語る小林可夢偉。

    3年目にして初めてレース週末に雨が降ったマリーナ・ベイ市街地コースではセッティングが定まらず、予選に向けて大幅にセッティングを変更した。

    「コース自体は金曜日のフリー走行前に雨が降って、ウエット路面で覚えないといけませんでしたが、フリー走行1回目の間に普通に慣れることができました」

    「ただ2回目のナイトセッションでは、路面がまだ濡れていたこともあって、プライムタイヤの走行ではちょっと変にタイヤを痛めた部分もあったし、さらにタイヤが悪い状態ではどこを走ってもグリップをしないという状態で、セットアップが難しかった。夜3時までミーティングをして、土曜日に向けてかなりセッティングを変えることにしました」

    「ただ、土曜日のフリー走行でもフロントウイングやダンパーなど比較したんですが、あまりうまくいかずに、ちょっとはまりそうだったんです。オプションのウオームアップも悪くて、1周目ではなく2周目でタイムが出てるという状況で、セッションの後、何が問題かエンジニアと解析した結果、根本的に考え方が間違っていたから、予選に向けてかなりセッティングを変えたんです」

    そんな状況で迎えた予選。小林可夢偉はQ2で素晴らしいパフォーマンスを発揮し、今季4度目となるQ3進出を果たす。

    「だから、予選が始まったとき、本当に大丈夫かちょっと不安なところもあったんですけど、第1セッションで効果を確認できて、第2セッションでまとめ切れたのが良かったです。あの第2セッションのラップはほぼ完璧だったと思います。ただ第3セッション入りまでは期待していませんでした。シーズンの始めなら、こういうコースだとQ1で落ちているくらいのクルマだと思うけど、結果的に残り5戦でここまでクルマを仕上げられたということはすごくポジティブなことだし、チームも自信を持っていいと思います」

    10番グリッドからスタートした小林可夢偉はスタートで1つ順位を落とすも、セーフティカー出動時にステイアウトすることを選択し、入賞圏内でレースを展開する。

    「決勝はスタートでホイールスピンが多くて、ひとつポジションを落としましたが、その後のペースは良かったし、セーフティーカー中にタイヤ交換をせずにコースに残った戦略も正しかったと思います。ただ、想像以上にシューマッハが遅くて、その戦略が狂ってしまいました」

    しかし、32周目。ターン18で曲がりきれずにバリアにクラッシュし、レースを終えることになる。

    「なんとかチャンスを見つけて抜きましたが、その時点ですでにタイヤ交換を終えているスーティルにかなり迫られていて、とにかくタイムを稼いで逃げないといけないという、一番レース展開的にはつらいパターンになっていて、ターン18でリヤタイヤをロックして曲がりきれずバリアに当たりました」

    「クラッシュは僕の責任です。20周近くシューマッハの後ろ走っていたときに、思っていたよりもタイヤが壊れていたんで、もしかしたら、もうちょっと待ってからプッシュしてみないといけなかったかもしれません。それは反省しています。ただ、残りが30周しかなかったので、毎周コンマ5秒くらい稼がないといけなかった。ただ、ポイントを獲りに行くためだったんで後悔はしていません」

    「残念ながらポイントは獲れませんでしたが、クルマのパフォーマンスについてはすごく手応えを感じています。もちろんアップデートの効果もありましたが、クルマを理解しつつあるということも大きい」

    「次の鈴鹿は、もともとこのコースよりクルマの相性がいいですから、攻められるクルマで予選を前からスタートできれば、自然といいレース展開になると思います」