カテゴリー: レッドブル・レーシング

  • 角田裕毅 2027年インディカー参戦へMSRと交渉 66号車の有力候補に

    角田裕毅 2027年インディカー参戦へMSRと交渉 66号車の有力候補に

    角田裕毅が2027年のインディカー・シリーズ参戦に向け、メイヤー・シャンク・レーシング(MSR)と交渉を進めていることが明らかになった。レッドブル・レーシングのテスト兼リザーブドライバーを務める角田にとって、F1からアメリカ最高峰のフォーミュラカテゴリーへとキャリアの舞台を移す可能性が浮上している。

    Motorsport.comによると、角田裕毅はMSRがホンダエンジンで走らせる66号車の2027年ドライバー候補となっている。

    現在66号車をドライブするマーカス・アームストロングは、今季限りでチームを離れるフェリックス・ローゼンクヴィストに代わり、2027年から姉妹車の60号車へ移る予定で、その空席を巡る候補のひとりとして角田の名前が挙がっている。

    F1で111戦を経験した角田裕毅に新たな選択肢
    角田裕毅は2021年にF1デビューを果たし、これまで111戦に出走。2021年アブダビGPで記録した4位が自己最高位となっている。

    2026年はF1のレギュラーシートを失い、レッドブル・レーシングのテスト兼リザーブドライバーとして活動している。F1のシート争いが依然として厳しいなか、26歳の角田にとってインディカーは今後のキャリアを考えるうえで現実的な選択肢のひとつになりつつある。

    日本人F1ドライバーからインディカーへ転向した代表的な存在が佐藤琢磨だ。F1参戦後にアメリカへ活動の場を移し、インディ500を2017年と2020年に制覇。日本人として初めて世界三大レースのひとつを勝利し、インディカーで長いキャリアを築いた。

    角田裕毅がMSR入りを決断すれば、佐藤と同じホンダとの関係を維持しながらアメリカで新たなキャリアをスタートさせることになる。

    2024年にはインディカーを初ドライブ
    角田裕毅にとってインディカーはまったく未知のマシンではない。

    2024年のF1ラスベガスGPを前に行われたホンダのプロモーションイベントで、チップ・ガナッシ・レーシングが用意したホンダエンジン搭載の93号車をドライブしている。

    この際にはインディカーで6度のシリーズチャンピオンに輝いたスコット・ディクソンから直接指導を受け、ラスベガス・モーター・スピードウェイ近郊に設けられた約1.3マイルのコースで2回の走行を実施。合計約30分にわたってインディカーを体験した。

    当時、角田裕毅は将来的なインディカー参戦に興味を示す一方、オーバル、とりわけインディアナポリス・モーター・スピードウェイでのレースについては率直に恐怖心も口にしていた。

    「もし機会があって、それが適切なタイミングだと感じたら、もちろんやってみたいです」

    「アメリカ自体が好きなので、ここに住むことにも抵抗はありません。でも、今はまだそのタイミングではないと思っています。インディアナポリス・モーター・スピードウェイで2時間以上レースをして、毎周200マイル以上で走るなんて想像できません」

    「僕にとっては怖いです。2時間以上あのマシンに乗って走り続ける自分を想像できません。今のところインディカーを目指しているわけでも、具体的に考えているわけでもありません。でも、将来的にはあり得ると思います」

    2024年当時は「将来的には」と語っていた角田裕毅だが、その将来が2027年に現実となる可能性が出てきた。

    角田裕毅 インディカー

    MSR代表も交渉を否定せず「まだ何も決めていない」
    一方、MSRの共同オーナーであるマイク・シャンクは、2027年のドライバー選定がまだ進行中であることを強調している。

    「まだ何も決めていない。インディカーに適合する、あるいは関連性のあるあらゆるモータースポーツのドライバーと話をしている」

    「候補に挙がっている人たちを引き続き評価しているところで、あらゆる選択肢を検討している」

    シャンクは角田裕毅との交渉を明確に認める発言こそしていないものの、否定もしていない。現段階では66号車のドライバーが正式決定したわけではなく、複数の候補を比較している段階とみられる。

    ホンダとの関係を維持できるMSRという選択肢
    角田裕毅にとってMSRは、単なるインディカーの空席以上の意味を持つ。

    MSRはホンダのパワーユニットを使用しており、長年ホンダの支援を受けてキャリアを築いてきた角田にとって、これまでの関係を生かしやすい環境だ。さらに、F1で111戦を経験した角田のロードコースでの経験値は、チーム側にとっても魅力的な材料となる。

    一方で、インディカーではロードコースやストリートコースだけでなく、高速オーバルへの適応が必要になる。角田自身がかつて「怖い」と語ったインディ500への挑戦も、フル参戦となれば避けて通れない大きなテーマとなる。

    F1で6シーズンにわたって戦い、現在はレッドブルのリザーブを務める角田裕毅。2027年にF1復帰の道を探るのか、それともホンダとの関係を維持しながらインディカーという新天地へ向かうのか。MSRとの交渉は、角田のキャリアが大きな転換点を迎えつつあることを示している。

  • デビッド・クルサード レッドブルF1時代の激怒無線「全員バカ!」マテシッツも傍受

    デビッド・クルサード レッドブルF1時代の激怒無線「全員バカ!」マテシッツも傍受

    デビッド・クルサードが、レッドブル・レーシングでF1を戦っていた時代の印象的な無線エピソードを明かした。

    姉妹チームのトロロッソに行く手を阻まれ、怒りのあまりチーム無線で「全員バカだ!」と罵倒。そのやり取りを、当時レッドブルのオーナーだったディートリッヒ・マテシッツが聞いていたという。

    クルサードが振り返ったのは、レッドブルがまだ現在のようなF1のトップチームへと成長する前の出来事だ。レッドブル・レーシングとトロロッソは同じオーナーの傘下にありながら、コース上では独立したチームとして競争する。その方針を、クルサードは身をもって知ることになった。

    新品タイヤでトロロッソの後方へ
    クルサードは自身のF1キャリア終盤をレッドブル・レーシングで過ごし、クリスチャン・ホーナーらとともにチームの黎明期を支えた。

    2006年にはレッドブルが2チーム体制を確立。レッドブル・レーシングに加え、ミナルディを買収して誕生したトロロッソが参戦していた。後者は現在のレーシングブルズにつながるチームである。

    クルサードがポッドキャスト『Up To Speed』で語ったエピソードは、その初期の時代に起きたものだった。

    「かなり昔の話だけど、ホッケンハイムで、おそらく2007年だったと思う。ピットストップを終えてコースに戻ったら、当時トロロッソと呼ばれていたマシンの後ろに出た。今のレーシングブルズだね」

    クルサードは新品タイヤを履いていた一方、前を走るトロロッソは使用済みタイヤだった。両者は同じレッドブル傘下であり、レース戦略も異なっていたことから、クルサードはすぐに道を譲ってもらえると考えていた。

    「僕は新品タイヤで、向こうは古いタイヤだった。それに僕たちは同じファミリーだった。どちらもレッドブルのチームだったからね」

    そこでクルサードは無線を通じ、トロロッソ側に自分を先行させるよう伝えてほしいとチームに求めた。

    「無線で『トロロッソに、僕たちはレースの違うフェーズにいると伝えてくれ』と言った。当時はレッドブル・レーシングもトロロッソも、コンスタントにポイントを獲得していた時代ではなかった。まだチームを作り上げている段階だったんだ」

    譲らない姉妹チームにクルサードが激怒
    しかし、前を走るトロロッソはポジションを譲らなかった。

    「向こうは退かなかった。それでまた無線を入れて、『みんな、僕はここで時間を失っているだけだ』と言った」

    現在とは違い、当時のF1にはDRSがなく、KERSもまだ導入されていなかった。ペース差があっても、コース上で追い抜くのは簡単ではなかった。

    「KERSもなかったし、DRSもなかった。何とかして自分でオーバーテイクのチャンスを見つけるしかなかったんだ」

    クルサードの苛立ちは次第に高まり、ついに我慢の限界を迎えた。

    「結局、彼らは退かなかった。それで無線で『お前たちはバカだ。全員どうしようもない奴らだ!』って言っていたんだ」

    この無線はテレビ中継では放送されなかった。クルサードとしては、あくまでチーム内部だけで交わされた怒りの言葉だった。

    ところが、その無線を聞いていた人物の中には、レッドブルという組織で最も重要な人物のひとりがいた。

    「そのあと、レッドブルのオーナーだったマテシッツさんが無線を聞いていたことを知ったんだ」

    デビッド・クルサードとディートリッヒ・マテシッツ

    マテシッツが示した「2チームは独立」の哲学
    ディートリッヒ・マテシッツに直接聞かれていたとなれば、クルサードが叱責されても不思議ではなかった。しかし、実際にはそうならなかった。

    むしろクルサードは、この出来事を通じてマテシッツがレッドブルの2チームをどのように位置づけているのかを理解したという。

    「彼の考え方はこうだった。レッドブルが所有するチームは2つある。でも、それぞれ独立して運営されていて、どちらがトップまで上がれるかを競っているんだ、とね」

    レッドブル・レーシングとトロロッソは同じ企業の所有下にあっても、一方がもう一方をコース上で優遇することを前提としていなかった。少なくともマテシッツは、両チームを競争させることを重視していた。

    クルサードは、その姿勢に敬意を抱いたという。

    「僕はそれを尊重している。それに、彼があとから僕のところへ来て『二度と無線であんなことを言うな』と言わなかったことも尊敬しているよ」

    ホーナーからは「褒め言葉をありがとう」
    もっとも、クルサードの怒りの無線がチーム内で聞き流されていたわけではなかった。

    ピットへ戻ると、当時レッドブル・レーシングのチーム代表だったクリスチャン・ホーナーやスタッフから反応があったという。

    「放送には流れていなかった。でもピットに戻ったら、クリスチャン・ホーナーとチームのみんなから『ああ、褒め言葉をありがとう!』って言われたよ」

    クルサードは2005年のレッドブル・レーシングF1参戦初年度からチームに所属し、2008年シーズン限りで現役を引退した。F1通算13勝を挙げ、ウィリアムズで1勝、マクラーレンで12勝を記録している。

    レッドブルでは勝利を挙げることはできなかったものの、2006年モナコGPでチーム初表彰台を獲得するなど、その後の飛躍につながる基盤づくりに貢献した。

    一方、ホーナーは2005年の参戦開始から長年にわたってレッドブル・レーシングを率い、複数のF1世界タイトル獲得を指揮。2025年イギリスGP後にチームを離れ、約20年に及ぶ代表としての時代に幕を下ろした。

    同じレッドブル傘下だからといって、コース上で特別扱いするわけではない。クルサードの怒りの無線と、それを聞いても介入しなかったマテシッツの対応は、後にF1を代表する勢力へと成長するレッドブルの競争哲学を象徴するエピソードでもある。

  • レッドブルF1 オランダGPで特別スーツ フェルスタッペンとハジャーで異なる配色

    レッドブルF1 オランダGPで特別スーツ フェルスタッペンとハジャーで異なる配色

    レッドブル・レーシングは、2026年F1オランダGPに向けてマックス・フェルスタッペンとアイザック・ハジャーが着用する特別仕様のレーシングスーツを公開した。

    ザントフォールトで開催されるオランダGPは、少なくとも当面の間は今回が最後の開催となる。地元オランダ出身のフェルスタッペンにとってはもちろん、ハジャーにとっても特別な思い出を持つグランプリだ。

    フェルスタッペンはオレンジ ハジャーはシルバーの特別仕様
    レッドブル・レーシングが公開したオランダGP仕様のレーシングスーツでは、フェルスタッペンとハジャーで異なるカラーリングが採用された。

    フェルスタッペンはオレンジをアクセントとして取り入れ、ホームグランプリを意識したデザインとなっている。一方、ハジャーはシルバー系をアクセントに使用。基本となるネイビーのレッドブルカラーを共有しながら、肩やサイドなどの配色によって2人で異なる印象に仕上げられている。

    2021年にF1カレンダーへ復帰して以降、ザントフォールトでは5回のオランダGPが開催されている。フェルスタッペンはそのうち3勝を挙げ、残る2戦でも2位に入っており、すべてのレースで表彰台を獲得している。

    マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング) オランダグランプリアイザック・ハジャー(レッドブル・レーシング) オランダグランプリ

    フェルスタッペンにとって特別なホームGP
    今回のオランダGPには、これまでとは異なる意味も加わる。ザントフォールトでのF1開催は2026年大会を最後に終了することが決まっており、現時点で将来の復活予定はない。

    フェルスタッペンにとっては、少なくとも当面の間、ザントフォールトで迎える最後のホームグランプリとなる。

    2021年の復活初年度から圧倒的な人気を集め、サーキットを埋め尽くす「オレンジ・アーミー」とともにオランダGPを象徴する存在となったフェルスタッペン。レッドブルにとっても、今回の週末はひとつの節目となる。

    ハジャーにとってもF1初表彰台の思い出の地
    一方、ハジャーにとってザントフォールトはF1キャリアの転機となった場所だ。

    レーシングブルズから参戦していた2025年のオランダGPで、ハジャーは見事な走りを披露してF1初表彰台を獲得。この結果はルーキーシーズンにおける大きなハイライトとなり、2026年にレッドブル・レーシングへ昇格する評価につながった出来事のひとつでもあった。

    その1年後、ハジャーはフェルスタッペンのチームメイトとしてザントフォールトに戻ってくる。

    フェルスタッペンにとっては母国で築いてきた歴史の一区切り、ハジャーにとってはF1キャリアを大きく前進させたサーキットへの凱旋となる。異なるカラーリングの特別なレーシングスーツをまとった2人が、節目となるオランダGPに臨む。

  • レッドブルF1 苦戦するRB22にワシェ「自信を持てる状態ではない」

    レッドブルF1 苦戦するRB22にワシェ「自信を持てる状態ではない」

    レッドブル・レーシングのテクニカルディレクターを務めるピエール・ワシェが、2026年F1マシン「RB22」の現状について厳しい評価を下した。サーキットに持ち込むたびに異なる問題が現れるとして、チームには現在「自信がない」と認めている。

    かつてF1を圧倒したレッドブル・レーシングだが、2026年シーズン前半戦は11戦を終えて未勝利。単純なパフォーマンス不足以上に深刻なのは、RB22の挙動を十分に理解できず、コンディションの変化に対して極めて敏感なマシンになっていることだ。

    「コースに出るたびに違う問題が見つかる」
    レッドブル・レーシングは、2024年にドライバーズ選手権を僅差で逃し、2025年にはマクラーレンにタイトルを奪われた。そして新レギュレーションが導入された2026年も、シーズン序盤から苦戦を強いられている。

    51歳のワシェは、レッドブルだけでなくマクラーレンも前年から出遅れた一方、ライバル勢がシーズン中に大きく進歩したと分析する。

    「我々は最後まで戦った。マクラーレンも同じだと思うが、昨年やっていたことを基準にすれば、両チームとも少し遅れていると思う」

    「他のライバルたちはモナコ以降、大きく進歩している。この新しいマシンでは、サーキットに行ってマシンを走らせるたびに、毎回違う問題が見つかる」

    「我々はそこから最大限を引き出そうとしている。しかし、自信を持てる状態ではない」

    RB22の問題は、単に特定のコーナーやひとつの性能領域に限定されたものではない。サーキットやコンディションが変わるたびに異なる弱点が表面化し、チームがマシンを完全には把握できていないことをワシェの発言は示している。

    実際、その不安定さはコース上でも表れている。

    マックス・フェルスタッペンはオーストリアGPとハンガリーGPの予選でスピンを喫し、オーストリアではバリアに接触してグラベルでストップした。

    さらにフェルスタッペンとチームメイトのアイザック・ハジャーは、セッション中にマシンが自分たちの下で物理的に壊れていくように感じる場面についても言及しており、RB22の構造面を含めた挙動にも懸念が生じている。

    ピエール・ワシェ(レッドブル・レーシング)

    進歩はしているが問題の全体像は見えず
    一方でワシェは、レッドブル・レーシングが開幕時から何も改善できていないわけではないと強調する。

    「最も重要なのは、我々が遅れた状態からスタートしたということだ。そして、間違いなく進歩している」

    「ここまで改善し、現在の位置まで来られたことについては、チームが非常にいい仕事をしたと思う」

    「まだ我々が望んでいる位置にはいないが、できる限りのことをして、何が機能していないのか、何を改善できるのかを理解しようとしている。そのうえで、自分たちがどこにいるのかを見ることになる」

    「ただ、最も重要なのは、チームとしての進歩が非常に興味深いものだったということだ」

    レッドブルはRB22を改善し続けている。しかし現在の問題は、単純にダウンフォースを増やしたり、特定の弱点をアップデートで修正したりすれば解決する性質のものではない可能性がある。

    ワシェが明かしたように、サーキット、路面状況、気温、セットアップなどの条件が変化すると、それまでとは異なる問題が姿を現す。そのためチームは開発を進めながら、同時にRB22そのものへの理解を深めなければならない状況にある。

    フェルスタッペンの母国オランダGPが次の試金石
    夏休み明けのF1は、ザントフォールトで行われるオランダGPから再開する。

    マックス・フェルスタッペンにとっては母国レースであり、大きな期待が集まる一戦となる。一方、レッドブルにとっては、変化するコンディションに敏感なRB22をどこまで安定したパフォーマンス領域に持ち込めるかが重要になる。

    フェルスタッペンの将来をめぐっては依然としてパドックでさまざまな憶測が続いており、マシンへの「自信がない」というワシェの言葉は、レッドブルにとって決して軽いものではない。

    それでも、チームが開幕時から着実に前進していることもワシェは強調している。残る課題は、その進歩を安定した速さへと結びつけられるかどうかだ。

    かつて勝利を前提としてグランプリに臨んでいたレッドブル・レーシングは現在、RB22が次にどんな問題を見せるのか分からない状態で週末を迎えている。2026年後半戦では、速さそのものを追求する前に、まずマシンを理解し、ドライバーが信頼できる状態に仕上げることが最大の課題となる。

  • マックス・フェルスタッペン F1オランダGP惜別の特別ヘルメット「一生残る思い出」

    マックス・フェルスタッペン F1オランダGP惜別の特別ヘルメット「一生残る思い出」

    マックス・フェルスタッペンが、2026年を最後にF1カレンダーから姿を消すオランダGPに向け、母国とザントフォールトへのオマージュを込めたスペシャルヘルメットを公開した。

    2021年に36年ぶりの復活を果たしたオランダGPは、8月30日に決勝が行われる2026年大会をもって開催を終了する。母国の英雄フェルスタッペンと「オレンジ・アーミー」が作り上げてきたザントフォールトの熱狂も、ひとまず最後の週末を迎える。

    最後の母国F1に捧げるスペシャルヘルメット
    フェルスタッペンはSNSを通じ、最後のF1オランダGPで使用するワンオフのヘルメットデザインを披露した。

    「象徴的なグランプリ。一生残る忘れられない思い出。最後のホームレース、特別なヘルメット。オランダとザントフォールトへのオマージュだ」

    今回のデザインには、単なるホームレース仕様以上の意味が込められている。2026年大会を最後にオランダGPがF1カレンダーから外れるため、フェルスタッペンにとってF1ドライバーとしてザントフォールトを走る最後の機会となるからだ。

    オランダGPは1985年を最後に長く開催されていなかったが、2021年にF1カレンダーへ復帰。復活初年度からフェルスタッペンが勝利し、2022年、2023年も制して3連勝を達成した。

    スタンドを埋め尽くすオレンジ色のファンと、会場を包む独特の熱気は復活後のオランダGPを象徴する光景となった。フェルスタッペンの台頭とともに実現した母国GPは、わずか数年でF1屈指の人気イベントへ成長した。

    マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング) オランダGPヘルメット

    「ファンと一緒に楽しみたい」
    夏休み前、フェルスタッペンは最後のオランダGPについて、結果だけではなく母国ファンとの時間そのものを楽しみたいと語っていた。

    「僕のホームグランプリだから、もちろんすごく楽しむつもりだ。ドライビングの面でも楽しめればいいね! 少なくとも、この週末(ハンガリー)よりは楽しめることを願っているよ」

    2026年のレッドブル・レーシングはRB22の扱いに苦しむ場面もあり、フェルスタッペンにとって母国戦だからといって勝利を約束された状況ではない。それでも、ザントフォールトそのものがなくなるわけではないとして、F1撤退後については前向きに受け止めている。

    「ファンに会えるのは素晴らしいことだ。確かにF1グランプリはなくなるけど、ほかにもたくさんのカテゴリーがそこでレースをするし、トラックデーで走りたければサーキットがなくなるわけでもない」

    「だから僕はこれからもそこで走って楽しめる。ただ、それがF1ではなくなるというだけだ。それはそれでいいと思っている」

    「僕はただ、ファンと一緒に楽しみたいんだ」

    ザントフォールト復活がF1に残したもの
    フェルスタッペンは、オランダGPを復活させた関係者の仕事についても高く評価している。

    「彼らがこのグランプリを復活させるためにやってきたことは、本当に信じられないほど素晴らしい」

    「最初のレースを開催したとき、グランプリをどう開催して、どう観客を楽しませるべきなのかという意味で、ほかの多くのグランプリにとっても素晴らしいお手本になったと思う」

    ザントフォールトでのオランダGPは、1985年にニキ・ラウダがマクラーレンで勝利したのを最後にF1カレンダーから姿を消した。その後、フェルスタッペンの活躍によって国内でF1人気が急速に高まり、2021年に待望の復活を果たした。

    復活後はオレンジ色に染まった大観衆がフェルスタッペンを後押しし、ザントフォールトならではの雰囲気を作り上げた。フェルスタッペン自身も3勝を挙げており、母国ファンの前で数々の印象的な瞬間を残してきた。

    2026年8月30日、その歴史はいったん区切りを迎える。フェルスタッペンにとって最後のF1オランダGPは、勝敗だけではなく、自身のキャリアとともに歩んできたザントフォールト、そして母国ファンへの感謝を示す特別な週末となる。

  • リアム・ローソン レッドブル離脱も選択肢「F1で勝てる場所を目指す」

    リアム・ローソン レッドブル離脱も選択肢「F1で勝てる場所を目指す」

    リアム・ローソンは、将来的にレッドブルのファミリーを離れる可能性を否定せず、現在の目標は特定のチームで走ることではなく「F1でトップを争い、勝つこと」だと語った。

    かつてはレッドブル・レーシングへの昇格を明確な目標としていたローソンだが、2025年にわずか2戦でレーシングブルズへ降格。その経験を経て考え方は変化した。2026年はレーシングブルズで安定した成績を残しており、自身の将来についてもレッドブルにこだわらない姿勢を示している。

    レッドブル昇格だけが目標ではなくなったローソン
    ローソンは2025年シーズン開幕時、姉妹チームでわずか11戦のF1経験しかない状態でレッドブル・レーシングに昇格した。しかし、チームは2戦を終えた段階でその判断を見直し、ローソンをレーシングブルズへ降格させた。

    現在、ローソンが再びレッドブル・レーシングのシートを得る可能性は高くないとみられている。一方で、レッドブルの育成プログラムではニコラ・ツォロフら若手が台頭しており、レーシングブルズのシートを巡る競争も今後激しくなる可能性がある。

    PlanetF1のインタビューで、ローソンはレッドブル以外のチームへ移籍する可能性について問われ、F1で勝利を争える環境に近づけるのであれば選択肢になり得るとの考えを示した。

    「以前の僕の目標は、もちろんすごく具体的だったと思う。レッドブルに入って、トップチームまで上がることだった」

    「F1に来たときも、もっと若かった頃も、頭の中にあったのは本当にそれだったし、それを目標にしていた」

    しかし、現在は特定のチームへのこだわりは薄れている。

    「でも今は、特定のチームというわけではない。ほかのみんなと同じように、僕もF1でトップに立って勝つことを目指している。それがどこになるのかは、まったく分からない」

    ローソンの言葉からは、「レッドブル・レーシングへの昇格」という従来の一本道ではなく、自身が勝てる環境を基準にキャリアを考える姿勢への変化がうかがえる。

    ウィリアムズやアウディも過去にローソンへ関心
    レッドブルを離れてキャリアを築いたドライバーは少なくない。アレックス・アルボンやカルロス・サインツJr.、ピエール・ガスリーも、レッドブルとの関係を離れた後に別のチームでF1キャリアを継続している。

    ローソン自身にも、過去に他チームから関心が寄せられていた。

    ウィリアムズのチーム代表ジェイムス・ボウルズは、2024年シーズン途中にローガン・サージェントの後任を探していた際、当時レッドブルのリザーブドライバーだったローソンに関心を示していた。

    また、元レッドブルのジョナサン・ウィートリーもアウディ在籍時にローソンの獲得に関心を持っていたとされる。ただし、ウィートリーがアウディを離れたことで、その可能性を取り巻く状況は変化している。

    ローソンにとって重要なのは、単にレッドブルを離れることではない。現在のレーシングブルズよりも競争力があり、将来的に優勝を狙える環境へ進めるかどうかが判断基準になる。

    リアム・ローソン

    2026年は43ポイント 中団勢をリード
    2025年の激動とは対照的に、2026年のローソンはレーシングブルズで安定したシーズンを送っている。

    第11戦を終えた時点で43ポイントを獲得し、中団勢のドライバーではトップ。F1キャリアでそれまでに獲得していたポイント数に迫る数字を、今季前半だけで積み上げた。

    ローソンは、こうしたパフォーマンスについて、2025年のレッドブルでの経験から立ち直った結果だという見方には同意していない。

    「それをどう見るかは、たぶんみなさんが決めることだと思う。僕にとっては、今はもう考えていることではないからね」

    「僕にとって、それは本当に何か特別なものではない。今シーズンは、僕たちは本当にすごくいい仕事をしていると思う。僕自身としては、昨年の『亡霊』みたいなものがあったとは思っていない」

    2025年が厳しいシーズンだったこと自体は認めている。しかし、ローソンはその経験を失敗として引きずるのではなく、自身を成長させたものとして捉えている。

    「厳しいシーズンだった。でも、そこから本当に多くのことを学んだし、正直に言えば、ドライバーとしても人間としてもずっと強くなって戻ってこられた」

    「毎週、その経験をすべて生かそうとしている。今はクルマに乗って、いいシーズンを送ることだけを考えているし、実際にそれができている。ほかの人がどう見るかは、その人たち次第だ」

    「今は一貫性を続けることに集中している」
    レッドブル・レーシングへの昇格と、わずか2戦での降格は、ローソンのF1キャリアを語るうえで避けて通れない出来事となった。

    それでも本人にとって、それは現在のパフォーマンスを左右する「亡霊」ではないという。

    「結局のところ、もちろん人々は好きなように見ることができる。でも今は物事が本当に、本当にうまくいっている。僕たちが集中しているのは、それを続けることだ。この一貫性を維持していきたい」

    2026年のローソンは、レーシングブルズで結果を積み重ねることで、自らの市場価値を再び高めている。かつて目標だったレッドブル・レーシングへの昇格だけに将来を託す必要もなくなりつつある。

    レッドブルに残るのか、それとも新たなチームへ向かうのか。ローソンが示した基準は明確だ。チームの名前ではなく、F1でトップを争い、勝利を狙える場所であること。それが今のローソンにとって最も重要なキャリアの目標となっている。

  • マックス・フェルスタッペン 45歳アロンソのF1去就「辞める決断は僕より簡単」

    マックス・フェルスタッペン 45歳アロンソのF1去就「辞める決断は僕より簡単」

    マックス・フェルスタッペンは、フェルナンド・アロンソのF1での将来について、自身とは置かれている状況が異なると語った。45歳のアロンソにとって、F1を続けるかどうかの決断は、28歳の自分よりも「おそらく簡単」だという。

    2026年に導入された新レギュレーションに対しては、フェルスタッペンとアロンソの双方がこれまで率直に不満を示してきた。ともに来季以降の去就には不透明な部分があり、その判断にはマシンを運転する楽しさが大きく影響している。

    アロンソ「順位ではなく楽しめるか」で将来を判断
    アロンソは先月、自身のF1での将来について、アストンマーティンが競争力を取り戻せるかどうかだけで判断するつもりはないと説明していた。

    重要なのは、自分がマシンを楽しんでドライブできるかどうかだという。

    2026年のF1では新たな技術レギュレーションが導入されたが、アロンソはその方向性に必ずしも満足していない。フェルスタッペンも同様で、新世代マシンへの不満を公然と口にしてきた。

    アロンソの考えについて尋ねられたフェルスタッペンは、その気持ちはよく理解できると語った。

    「彼には完全に同意するよ。これは自分たちが望んでいるものではない」

    その一方で、キャリアの段階という意味では、自分とアロンソには大きな違いがあると指摘する。

    「もちろん、フェルナンドは45歳だから、『もう辞める』と言うのは、おそらく彼の方が簡単だと思う。基本的には、もうキャリアを十分にやり遂げているからね」

    「僕としては、フェルナンドには60歳までレースをしていてほしいけど、それがF1で現実的だとは思わない」

    「アロンソが21番手にいるべきではない」
    フェルスタッペンは、アロンソが現在置かれている状況そのものにも同情を示した。

    長年F1で戦ってきた純粋なレーサーにとって、レギュレーションを楽しめず、さらに競争力のないマシンで戦うことは簡単ではないという。

    「本物のレーサーにとっては厳しいよ。特に今のレギュレーションを楽しめていなくて、しかも競争力がない状況なら、本当に難しい」

    そして、アロンソの実力と現在の順位は釣り合っていないとの考えを強調した。

    「だって、フェルナンドが21番手にいるなんてふさわしくない。フェルナンドなら最低でもトップ5にいるべきだよ」

    この発言には、単なる同情以上の意味がある。フェルスタッペン自身、アロンソを現役F1ドライバーの中でも高く評価してきた。現在の成績だけを見て、アロンソ自身の能力が衰えたと判断しているわけではない。

    マックス・フェルスタッペンとフェルナンド・アロンソ

    フェルスタッペン自身にもF1離脱の可能性
    一方、フェルスタッペン自身の将来も完全に確定しているわけではない。

    契約上は2028年末までレッドブル・レーシングに所属することになっているが、来季について明確なコミットメントを示しておらず、これまでもF1をいつまで続けるかについて慎重な姿勢を見せてきた。

    特に2026年の新レギュレーションについては、シーズンを通して批判的な発言を続けている。

    過去には、F1の方向性次第では早期に競技を離れる可能性も示唆してきた。ただし、28歳のフェルスタッペンは、自分と45歳のアロンソを単純に比較することはできないと考えている。

    「僕はもちろん28歳だから、少し状況が違う」

    「辞めようと思えば簡単に辞められる。それ自体は問題じゃない。でも、僕はレースが大好きなんだ」

    「だから今あるもので何とかやろうとしている。たとえ今のものが、僕の好きなものではなかったとしてもね」

    異なるキャリア段階でも共通する新世代F1への違和感
    アロンソとフェルスタッペンでは年齢もキャリアの段階も大きく異なる。アロンソはすでに2度のF1ワールドチャンピオンを獲得し、45歳までトップカテゴリーで戦い続けてきた。一方のフェルスタッペンは28歳で、まだ長いキャリアを続けることも可能だ。

    それでも両者に共通しているのは、F1に残ること自体を目的としていない点だ。

    アロンソはマシンをドライブする喜びを重視し、フェルスタッペンも「レースが大好き」だからこそ現在のF1と向き合っている。

    フェルスタッペンの発言は、アロンソの引退が近いと断定したものではない。むしろ、45歳までF1で戦ってきたアロンソには、自分自身が楽しめないと感じたときにキャリアを終えるという選択をしやすい立場にある、という見方だ。

    そして28歳のフェルスタッペンもまた、今のF1を好んでいないことを隠してはいない。世代もキャリアも異なる2人のワールドチャンピオンが、同じ2026年レギュレーションに違和感を抱いていることは、今後のF1にとって無視できないテーマになりそうだ。

  • アイザック・ハジャー レッドブルF1で角田裕毅を意識「0.8秒も遅れるはずがない」

    アイザック・ハジャー レッドブルF1で角田裕毅を意識「0.8秒も遅れるはずがない」

    アイザック・ハジャーは、マックス・フェルスタッペンのチームメイトとしてレッドブル・レーシングに加入するにあたり、過去のドライバーたちが苦しんできた状況を理解していた。それでも、自分が1周あたり0.8秒もの差をつけられることは「あり得ない」と確信していたという。

    2026年シーズン前半を終えた現在、その自信は結果によって裏付けられつつある。

    予選でのフェルスタッペンとの平均タイム差は約0.232秒。2025年に角田裕毅が記録した0.735秒、リアム・ローソンの0.880秒と比較すると、その差は大幅に縮まっている。

    さらにローラン・メキース代表も、ハジャーの成長曲線について「非常に長い間で最高」と評価している。

    「同じチャンスなら0.8秒差で負けることはない」
    ハジャーは6月末、Sky Sports F1のカルン・チャンドックとのインタビューで、フェルスタッペンとの比較について手応えを語っていた。

    「とても満足している。マシンがまったく同じ状態だったときは、毎回僕もそこにいた」

    一方で、4度のF1ワールドチャンピオンであるフェルスタッペンとの差を感じる部分もある。

    「同時に言わなければならないのは、彼はコースに出るたびに僕より早くグリップを見つけて、かなり早い段階で基準となるタイムを出すということだ。正直、それは彼に対して僕が予想していた通りだった。ものすごく高いレベルにいる」

    レッドブルでは、ダニエル・リカルドが2018年末に離脱して以降、ピエール・ガスリー、アレクサンダー・アルボン、セルジオ・ペレス、リアム・ローソン、角田裕毅と、フェルスタッペンのチームメイトが次々と交代してきた。

    当然、ハジャーにも不安がなかったわけではない。

    「多少の疑いはある。これまでのチームメイトに何が起きたのかを見るからね」

    「でも同時に、僕は自分を信じている。同じチャンスを与えてもらえれば、1周あたり0.8秒も差をつけられて負けるなんてあり得ない。それが僕の持っている自信だ」

    フェルスタッペンとの差は平均0.232秒
    2026年シーズン前半の予選データを見ると、ハジャーの言葉には数字の裏付けがある。

    フェルスタッペンが予選対決で7勝3敗とリードしているものの、平均タイム差は0.232秒にとどまっている。

    2025年の角田裕毅はフェルスタッペンに対して平均0.735秒遅れ、ローソンはわずか2戦というサンプルながら0.880秒差だった。ハジャーは、その差を約3分の1まで縮めている。

    決勝ではまだフェルスタッペンより上位でフィニッシュしていないものの、チームの獲得ポイントに占めるハジャーの割合も大きい。2025年にはフェルスタッペンがレッドブルのポイントの93%以上を稼いだが、2026年はハジャーがチームポイントの4割近くを獲得している。

    これは単純な速さだけでなく、長年レッドブルを悩ませてきた「セカンドカー問題」が変化し始めていることを示す数字でもある。

    マルコから夏休みに届いた電話
    ハジャーがレッドブル昇格を決定的なものにした背景には、ヘルムート・マルコとのやり取りがあった。

    2025年シーズンの夏休み、翌年のドライバー選考が進むなか、マルコから電話を受けたという。

    「物事が決まり始めていた時期だった。夏休みにヘルムートから電話がかかってきて、『君を後押しするものが必要だ』と言われた」

    つまり、速さへの評価はあっても、レッドブル昇格を正当化する明確な結果が必要だった。

    その要求にハジャーは即座に応えた。

    「夏休み明け最初のレースで表彰台に上がった。僕は、それで十分だと分かっていた」

    2025年オランダGPでレーシングブルズから3位に入り、F1初表彰台を獲得。その結果がレッドブル昇格への大きな後押しとなった。

    2026年にはモナコGPでも一度は3位につけたが、ピエール・ガスリーの順位が復活したことで表彰台を逃している。レッドブルでの初表彰台はまだ実現していない。

    角田裕毅(レッドブル・レーシング)

    メキース「過去は必ずしも完璧ではなかった」
    ハジャーの活躍を評価しているのが、レッドブル・レーシング代表のローラン・メキースだ。

    メキースは、チームが長年抱えてきたセカンドカーの問題について、レッドブル側にも改善すべき点があったことを認めている。

    「レッドブル・レーシングの優先事項には、もちろんパワーユニットがあり、できるだけ早く競争力を取り戻すことがあった。しかし同時に、『セカンドカーの問題を解決しなければならない』というものもあった」

    「過去に我々が必ずしもすべてを完璧にやってきたわけではないことは認識している。だからこそ、アイザックに関して同じことを繰り返さないようにすることは、間違いなく最優先事項だった」

    2025年7月にクリスチャン・ホーナーの後任としてレッドブル代表に就任したメキースは、それ以前にレーシングブルズを率いていた。ハジャーの成長過程も間近で見てきた人物だ。

    「功績はアイザック自身のもの」
    ただしメキースは、レッドブル側の取り組みだけで現在の結果が生まれたわけではないと強調する。

    「誤解してはいけない。功績はアイザック自身のものだ」

    「彼は年初に我々と契約してから、わずか数日後にはイギリスにやって来た」

    「レースが立て込んでいるときでも2週間に1度はファクトリーに来るし、そうでなければ2日に1度だ。シミュレーターに乗らないときには、エンジニアたちと仕事をしている」

    ハジャーが重視しているのは、フェルスタッペンをすぐに倒そうとすることではなく、チームとフェルスタッペンから可能な限り吸収することだという。

    「彼は地に足をつけ、頭を下げて、チームから、マックスから、毎日ただ学ぼうというアプローチを取っている。そしてマシンに乗るたびに進歩している。それが我々に見えているものだ」

    「マシンに乗るたびに少しずつ良くなっている。週末の状況によってそれが見えることもあれば、見えないこともある。しかし、それが現実だ」

    「非常に長い間で最高の成長曲線」
    メキースが特に高く評価しているのは、現在の速さそのものよりも、ハジャーがまだ成長過程にあることだ。

    「これはまだ始まりにすぎない。彼自身も、まだ引き出さなければならないものがたくさんあると分かっている。そこがエキサイティングなところだ」

    そして、レッドブルのセカンドシートをめぐる近年のドライバーたちとの比較について、メキースは明確に語った。

    「確実に言えるのは、このセカンドカーで我々が見てきたなかでは、非常に長い間で最高の成長曲線だということだ」

    2026年夏休み時点で、ハジャーはドライバーズランキング8位につけ、68ポイントを獲得。フェルスタッペンの109ポイントに対して十分な貢献を果たしており、2027年のシートもすでに安泰とみられている。

    新レギュレーションによってフェルスタッペンが旧世代マシンで築いていたアドバンテージがリセットされたことが、ハジャーに有利に働いたとの見方もある。しかし、平均0.232秒という予選差と継続的な成長は、それだけでは説明できない。

    「0.8秒も差をつけられることはない」と信じてレッドブルに乗り込んだハジャーは、少なくともシーズン前半、その言葉を結果で証明している。長年続いたレッドブルのセカンドカー問題に、ようやくひとつの答えが見え始めている。

  • マックス・フェルスタッペン レッドブルF1加入を決めたマルコの「20分」交渉

    マックス・フェルスタッペン レッドブルF1加入を決めたマルコの「20分」交渉

    マックス・フェルスタッペンがレッドブルと歩むことになった決定的な瞬間は、ヘルムート・マルコとのわずか「20分」の話し合いだった。父ヨス・フェルスタッペンが、当時メルセデスのトト・ヴォルフとも交渉していた息子のF1進出を振り返った。

    2014年、FIA F3ヨーロッパ選手権を戦っていたフェルスタッペンを巡り、レッドブルとメルセデスが獲得に動いていた。

    しかし、すでにルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグという強力なラインアップを抱えていたメルセデスに対し、レッドブルは翌2015年からのF1参戦という具体的なプランを提示。その決断の速さが、後に4度のF1ワールドチャンピオンとなるフェルスタッペンの進路を決めた。

    メルセデスとレッドブルがフェルスタッペン獲得を争う
    当時フェルスタッペンは16歳。カートから四輪へ転向したばかりで、FIA F3ヨーロッパ選手権を戦っていた。

    父ヨスと、現在もフェルスタッペンのマネージャーを務めるレイモンド・フェルミューレンは、息子の将来について複数の選択肢を検討していた。その中心にいたのがレッドブルとメルセデスだった。

    54歳のヨスは『AutoHebdo』に当時の状況を振り返った。

    「当時から、今と同じチームが我々の周りにいた。マネージャーのレイモンド・フェルミューレンは、私の親しい友人でもある」

    「レイモンドとマックス、そして私だ。その体制は今でも変わっていない。だから、我々は非常にしっかりと準備できていた」

    「トト・ヴォルフとヘルムート・マルコの両方が我々と話をしていた。どちらもマックスとの契約を望んでいた。そして我々がやるべきことは、マックスにとって最も良い環境を見つけることだった」

    メルセデス側もフェルスタッペンの才能を高く評価していた。しかし当時のワークスチームにはハミルトンとロズベルグがおり、若いフェルスタッペンにすぐF1のレースシートを用意することは難しかった。

    一方、レッドブルにはジュニアチームを通じてF1デビューさせるという選択肢があった。その違いが交渉を大きく動かした。

    マルコの第一声「来年マックスをF1に乗せたい」
    決定的な話し合いはホッケンハイムで行われた。ヨスによれば、マルコとの交渉はわずか20分だったという。

    「よく覚えている。私はホッケンハイムにいて、いかにもヘルムートらしい話し合いだった」

    「彼が我々のテーブルにやって来て、『20分しかない』と言った。私は、それだけあれば話をするには十分だと答えた」

    そしてマルコは、ほとんど前置きなしに核心を切り出した。

    「彼の最初の言葉は『来年、マックスを我々と一緒にF1で走らせたい』だった」

    「それを聞いたときは、とても驚いた。それで私は『分かった、ヘルムート。それならやろう。ただし1年ではなく2年にしよう』と答えた」

    当時まだ10代だった息子をF1に送り込む以上、ヨスは適応期間が必要だと考えていた。

    「マックスは非常に若かったから、最初の1年は環境に慣れるために必要だと考えていた。そして2年目になれば、彼がどれだけの力を持っているのかを示せると思っていた」

    「だが、彼は非常にうまく適応した。2015年の最初のシーズンが素晴らしかったので、2年目には早くもレッドブルへ昇格することになった。それは良い判断だったと思う」

    17歳でF1デビュー 2年目にはレッドブルで初勝利
    フェルスタッペンは2015年、レッドブルのジュニアチームであるトロロッソからF1デビュー。開幕戦オーストラリアGPでは17歳166日でスタートし、F1史上最年少出走記録を樹立した。

    翌2016年にはシーズン第5戦スペインGPを前にダニール・クビアトと入れ替わる形でレッドブル・レーシングへ昇格。そして、その初戦でいきなり優勝した。

    フェラーリのキミ・ライコネンを0.616秒差で抑えてチェッカーを受け、18歳227日でF1史上最年少優勝記録も更新。マルコが2014年に下した大胆な決断は、わずか2年足らずで結果につながった。

    その後フェルスタッペンはレッドブルの絶対的エースへ成長し、2021年から4年連続でF1ワールドチャンピオンを獲得。現在までに71勝、131回の表彰台を記録している。

    マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)

    ヴォルフもフェルスタッペンを逃したことを「後悔」
    一方、フェルスタッペン獲得の可能性がありながら契約に至らなかったヴォルフは、後にその判断を振り返っている。

    ヴォルフによれば、ヨスとマックスはブラクリーにあるメルセデスのオフィスを訪れ、その後にはウィーンにあるヴォルフの自宅でも数時間にわたって将来について話し合ったという。

    「彼らはブラクリーにある私のオフィスに来た。マックスがまだカートをやっていたころか、カート時代の最後、つまりF3に進む直前の2013年だったと思う」

    「その後、マックスとヨスがウィーンにある私の自宅を訪れたときにも話をした。彼の将来について数時間話し合った」

    フェルスタッペンを獲得できなかったことを後悔しているかと問われ、ヴォルフは認めている。

    「もちろんだ。ただ、当時は選択肢にならなかった」

    「私にはニコとルイスという、非常に満足していた2人のドライバーがいた。そしてニコが2016年末に去ったときには、バルテリ(・ボッタス)が選択肢となり、その時点でマックスはもう獲得可能ではなかった」

    「将来のF1シート」を提示できたレッドブルの決断力
    フェルスタッペン争奪戦を振り返ると、レッドブルとメルセデスの差は才能への評価そのものではなく、その才能に対して即座に何を提示できたかにあった。

    メルセデスも早い段階からフェルスタッペン側と接触していたが、当時はハミルトンとロズベルグの体制を崩してまで16歳の若手を起用する現実的な理由がなかった。

    対してマルコは、F3を戦っていたフェルスタッペンに翌年のF1シートを提示した。カートから四輪に転向してわずか1年でF1へ進ませるという異例のプランだったが、その大胆さがフェルスタッペン陣営の求めていた「最高の環境」と一致した。

    「20分しかない」というマルコの一言から始まったホッケンハイムでの交渉は、フェルスタッペンとレッドブルの長い関係を決定づけることになった。そして、その決断を逃したヴォルフ自身が後に「もちろん後悔している」と認めたことが、当時の選択がその後のF1の勢力図に与えた影響の大きさを物語っている。

  • メルセデスF1育成責任者ラグルーが別れのメッセージ 2027年からレッドブルへ

    メルセデスF1育成責任者ラグルーが別れのメッセージ 2027年からレッドブルへ

    メルセデスF1で若手ドライバー育成を担ってきたグウェン・ラグルーが、11シーズンにわたるチームでの活動を終え、別れのメッセージを発表した。

    ラグルーは2027年からレッドブル・ジュニア・プログラムのディレクターに就任することが決まっている。メルセデスではジョージ・ラッセルやアンドレア・キミ・アントネッリらのF1昇格を支えた育成部門の中心人物であり、その移籍は両チームの将来を担う若手発掘・育成にも影響を与える人事となる。

    ハンガリーGPがメルセデスでの最後のグランプリ
    ラグルーは自身のSNSを通じ、メルセデスで過ごした時間を振り返った。ハンガリーGPがチームスタッフとして参加する最後のグランプリだったことを明かしている。

    「すべての夢にはチームが必要だ」

    「数年前、この5つの言葉はメルセデスの物語の一部になった。そして今日、それは僕にとってさらに個人的な意味を持つものになった」

    「ブダペストはメルセデスAMGペトロナスF1チームで迎える最後のグランプリだった。忘れることのできない11シーズンを経て、信じられないようなひとつの章が終わることになった」

    ラグルーがメルセデスに加入する機会を与えたのは、チーム代表のトト・ヴォルフだった。

    「トトがチームに加わる機会を与えてくれたとき、その先にどんな旅が待っているのか想像することなどできなかった」

    「僕たちは一緒に築き、進化させ、毎日のように自分たち自身へ挑戦してきた。才能ある若いドライバーたちが、その可能性を最大限に発揮できるよう支援するという、同じ野心に常に突き動かされていた」

    ラッセルやアントネッリらの成長を支援
    ラグルーはメルセデスのジュニアプログラムを統括し、若手ドライバーの発掘から育成、そしてトップカテゴリーへのステップアップまでを支えてきた。

    その中には現在メルセデスF1を代表するドライバーとなったジョージ・ラッセルとアンドレア・キミ・アントネッリだけでなく、エステバン・オコン、ニック・デ・フリースらも含まれる。

    「振り返ってみると、僕が最も誇りに感じているのは、単に僕たちが成し遂げたことだけではない。仕事をする機会に恵まれた、すべてのドライバーたちのことだ」

    「エステバン・オコンやニック・デ・フリースから、ジョージ・ラッセル、キミ・アントネッリまで。フレデリック・ベスティやドリアーヌ・パン、そして長年にわたりメルセデスAMG F1ジュニア・プログラムの一員だった、あるいは現在もその一員であるすべてのジュニアドライバーたちだ」

    「若い才能が世界トップレベルのプロフェッショナルへ成長していく姿を見ることは、僕のキャリアにおいて最大の特権のひとつだった」

    「みんなには、これからも大きな夢を持ち、努力を続け、その旅の一歩一歩を楽しんでほしい。みんなの周囲には、自分自身の最高の姿になれるよう常に後押ししてくれる素晴らしいチームがいる」

    ヴォルフとメルセデスに感謝「僕が覚えているのは人々」
    ラグルーは自身をメルセデスへ迎え入れたヴォルフにも、特別な感謝を伝えている。

    「トト、信頼と友情をありがとう」

    「そしてメルセデスのみんな、その情熱、献身、そして卓越性を絶え間なく追求する姿勢に感謝している。このチームを本当に特別な存在にしているのは、成し遂げてきたことだけではない。毎日、このチームを形作っている人々だ」

    「人々は選手権、勝利、記録を覚えていることが多い。でも僕自身が覚えているのは、人々のことだ」

    「僕を信じ、この素晴らしい物語のほんの一部を担わせてくれたことに感謝している。夢を現実にする仕事をさせてくれたことにも感謝している」

    「みんなのこれからが最高のものになることを願っている」

    2027年からレッドブルの若手育成を指揮
    ラグルーの次の舞台は、メルセデスのライバルであるレッドブルとなる。2027年からレッドブル・ジュニア・プログラムのディレクターとして若手育成部門を率いる。

    レッドブルの育成プログラムは、セバスチャン・ベッテルやマックス・フェルスタッペンをはじめ、数多くのF1ドライバーを輩出してきたことで知られる。2025年末まで長年にわたってその中心にいたのがヘルムート・マルコだった。

    ラグルーはメルセデスでも、単なるジュニアカテゴリーでの成績だけでなく、将来的にF1で戦えるドライバーを見極め、長期的に育成する役割を担ってきた。ラッセルやアントネッリがメルセデスのワークスドライバーまで昇格した実績は、その仕事を象徴するものだ。

    11シーズンを過ごしたメルセデスに別れを告げたラグルー。2027年からはライバル陣営で、レッドブルの次世代を担うドライバーの発掘と育成を託されることになる。