カテゴリー: キミ・ライコネン

  • 最下位のキミ・ライコネン、無線で声を荒げるシーンも / アルファロメオ

    最下位のキミ・ライコネン、無線で声を荒げるシーンも / アルファロメオ

    アルファロメオF1のキミ・ライコネンは、2020年のF1世界選手権 第4戦 F1イギリスGPの決勝レースで完走したマシンのなかでは最下位となる17位でレースをフィニッシュ。すでにピットに入ろうとしている際にステイアウトを指示されて声を荒げるシーンもあった。

    「こんなレースになるとは期待していなかった。レース序盤は戦えるチャンスはあると思っていたけど、ピットストップ後のペースは他についていくことができなかった」とキミ・ライコネンはコメント。

    「来年のレースにむけてどうやったらパフォーマンスを改善できるか確認する必要がある。終盤のラップでフロントウイングが故障したけど、最終的に違いはなかったと思う。何が起こったのかはわからない。詳しく調べてみる必要がある」

  • キミ・ライコネン 「ベッテルとフェラーリF1の関係はそれほど悪くない」

    キミ・ライコネン 「ベッテルとフェラーリF1の関係はそれほど悪くない」

    キミ・ライコネンは、セバスチャン・ベッテルとフェラーリF1との関係は外部から認識されているほど悪いとは考えていない。

    レッドブル・リンクでは、セバスチャン・ベッテルとフェラーリF1との関係がトラック内外で悪化していると話題になっている。フェラーリF1は、ベッテルの今シーズン末でチームを離脱するのは相互の決定だと主張していたが、ベッテルは反論。

    フェラーリF1から2021年の契約オファーはなかったとし、チーム代表のマッティア・ビノットが新型コロナウイルスによる状況の変化がそうさせたとの主張にも疑問を呈した。

    さらにコース上ではセバスチャン・ベッテルは予選Q2で敗退し、決勝でも不安定なSF1000と格闘。自分の後継者であるカルロス・サインツと接触してスピンを喫して10位でレースを終えた。

    外部から見ると、両者のパートナーシップはすでに亀裂が入っているように見えるが、キミ・ライコネンは報じられているほど悪くはないと考えている。

    「正直、先週末に彼と話をした。お互いに会ってすぐにね。スタート前だったと思う。僕がわかっているのはそれがすべてだけどね」とキミ・ライコネンはコメント。

    「あそこで何が起こっているのかはわからない。それは僕の仕事ではないしね。何が起こっているのかわからないのに、誰かがそこで虐げられているどうかをコメントするのは不公平だと思う」

    「彼らが人々と思っているほど関係が悪化しているとは思えない」

    「もちろん、チームを離れたり、チームがそのような選択をしたりするとそうなることもある。彼の将来に何が起こるかを見ていくつもりだ。彼に尋ねる必要があると思うけどね」

    「1レースを終えた今、それがどれくらい難しいかについてはあまり言えない。アルファロメオにとっても最も簡単な週末ではなかったしね。彼らは先週末よりもはるかに強くなると確信していり」

    フェラーリF1が、離脱が決定しているセバスチャン・ベッテルとシャルル・ルクレールを異なる方法で扱うと思うかと質問されたキミ・ライコネンは、自分の経験に基づいてそれはないと語る。

    「二人ともまったく同じ扱いを受けると確信している」とキミ・ライコネンは語った。

    「両方のマシンで最高の結果を出そうとすることは彼らの利益になるので、なぜ彼らが他のことをするのかわからない」

  • アルファロメオF1、キミ・ライコネンのタイヤ脱落事故で罰金処分

    アルファロメオF1、キミ・ライコネンのタイヤ脱落事故で罰金処分

    アルファロメオF1は、F1オーストリアGPの決勝でキミ・ライコネンの右フロントホイールが脱落した件で5000ユーロ(約60万円)の罰金を科せられた。

    キミ・ライコネンは、2回目のセーフティカー期間中にピットインしたが、レース再開直後にターン9で右フロントホイール緩んで脱落。メインストレートでマシンを止め、3回目のセーフティカーが入った。

    その後、スチュワードは、ホイールを固定しているナットがキミライコネンのマシンに取り付けられたときにしっかりと固定されていなかったと結論付けた。

    「損傷したホイールとアクスルシャフトの写真を調べたところ、ホイール交換中に右側のフロントにホイールナットに噛み合わせ不良が発生していたが、ホイールガンのオペレーターはそれを認識していなかった。その結果、レースに復帰した際に右のフロントホイールが外れてしまった」

    「しかし、スチュワードは、チームもドライバーもマシンが危険な状態にあることに気付く機会がなかったため、マシンを止めなかったと判断した。これらの状況を考慮すると、5000ユーロの罰金が適切だ」

  • キミ・ライコネン、Q1敗退で最後列スタート 「これが僕たちの現状」

    キミ・ライコネン、Q1敗退で最後列スタート 「これが僕たちの現状」

    アルファロメオF1のキミ・ライコネンは、F1オーストリアGPの予選でQ1敗退を喫し、最後列の19番グリッドからレースをスタートすることになった。

    昨年のF1オーストリアGPでは、アルファロメオF1は2台揃ってQ3進出を果たし、決勝でもダブル入賞を果たしていた。しかし、今年のアルファロメオF1はプラクティスからほとんど話題にならないくらい低迷。

    予選でキミ・ライコネンは同じくQ1敗退となったチームメイトのアントニオ・ジョビナッツィの後塵を拝し、19番手タイムでセッションを終えた。

    F1キャリアで通算18回のポールポジションを獲得しているキミ・ライコネンは、313戦のキャリアで最後列スタートは10回しかない。

    だが、キミ・ライコネンは、結果はチームの現況の現実を表していると語る。

    このような厳しい予選セッションを予選していたかと質問されたキミ・ライコネンは「昨日と今朝の後、あまり楽な一日にはならないと思っていた」とコメント。

    「でも、これが僕たちの現在の状況であり、クルマをより速くして競争力を高めなければならない」

    「僕たちが昨年ほど良くないのは明らかだ。今年起こったことを他の年と比較すればそうだけど、最初のレースウィークエンドであり、もちろん、目標とするところから遠く離れているけど、それが今の現実であり、自分たちに何ができるかを見極める必要がある」

    キミ・ライコネン アルファロメオF1 2020年 F1オーストリアGP関連:F1オーストリアGP 予選 結果:バルテリ・ボッタスがポールポジション

  • キミ・ライコネンのF1引退を新型コロナウイルス危機が早める?

    キミ・ライコネンのF1引退を新型コロナウイルス危機が早める?

    元F1ドライバーのミカ・サロは、新型コロナウイルス危機がキミ・ライコネンをF1引退に近づけたかもしれないとと語る。

    2007年のF1ワールドチャンピオンであるキミ・ライコネンは、Instagramでの投稿からも明らかなようにF1の長い中断期間を楽しんでいる。最近では息子ロビン君とカートで戦う動画が公開されている。

    「キミがこの長い休暇にどのように反応したかを言うのは難しいだね」と同じフィンランド人であるミカ・サロは MTV Uutiset に語った。

    「しかし、休日は楽しいものであり、ドライビングはもはやそれほど関心事ではないというメッセージがあったかもしれない」

    「今後もキミが続けてくれることを誰もが望んでいるが、それは彼次第であることは誰もが知っている」

    2018年末にフェラーリF1を去って以来、40歳のキミ・ライコネンは2001年にF1デビューを果たしたザウバー – 現アルファロメオ – でF1を戦っている。

    「キミにとって簡単な場所ではない」とミカ・サロは続けた。

    「名前が変わっても、スタッフと問題は同じだ。キミは、すべてのレースでポイントを獲得することさえできないだろう」

    キミ・ライコネンが2020年シーズン末にF1引退を決意した場合、後任候補のひとりはチーム新しいリザーブドライバーであるロバート・クビカだ。

    ロバート・クビサは「喜んで彼の代わりを引き受けるドライバーは僕だけではない。だから今は答えられない」と Info Plock TV に語った。

  • キミ・ライコネンの酒乱伝説…ホテルのスイートルームがめちゃくちゃに

    キミ・ライコネンの酒乱伝説…ホテルのスイートルームがめちゃくちゃに

    キミ・ライコネンの酒好きは有名だが、元マクラーレンのエンジニアを務めたマーク・プレーストリーが、ホテルのスイーツルームがめちゃくちゃになったある夜のパーティーについて振り返った。

    「キミがパーティーをするのが好きなのは秘密ではない。マクラーレンにいる間、たくさんの楽しいことを経験した」とマーク・プレーストリーは自身のYoutubeチャンネルで語った。

    「キミもしばしば確認しているが、彼は素晴らしい時間を過ごした。皆さんもご存じのようにね。だが、レースでは常に真剣だ。レースウィーク中、彼はほとんどホテルの部屋から出てこなかったが、レース後の日曜日の午後はクレイジーになった」

    「オーストラリアGP後の日曜日の夕方、フィンランドの友人と一緒にいるキミと偶然出くわした。最終的に僕たちはお酒を求めて数人とホテルのスイートに戻った。当然、完全に収集がつかない状態になった。我々は良い結果を出しており、パーティーをするための理由があった」

    「あの夜、いくつかの家具が壊れ、多くの酒がこぼれ、誰かがテーブルの端で頭を切ってさえいた。キミの友人がふざけてテレビを50階の窓から投げ捨てようとした。だが、私は彼が冗談で言っているのかどうかわからなかった・・・」

    だが、それで夜が終わったわけではない。自体はさらに手に負えなくなるくらい悪化したとマーク・プレーストリーは語る。

    「キミは午前6時にレセプションに電話して、10個のイングリッシュブレックファストを注文した。すでにミニバーを完全に空になっていたので、ビールも注文した。食べ物を持ち込んだ女性は見なかったことにしたと想像できる。食べ物を置いてすぐに去っていったよ」

    「30秒以内に、最初の食べ物がホテルの部屋を舞っていた。そこから30分間、部屋は戦場になった。あれはこれまで目にした最も激しいフードファイトだった。すべてが壊れ、床、カーテンなど、被害は甚大だった」

    「ラップトップをシールドとして使用してホテルの部屋の隅に立っていたキミのことはまだ覚えている。卵とトーストしたパンが頭上を飛んでいた。それは11時くらいまで続いた。家に帰るために空港に戻らなければならなかった」

    マーク・プレーストリーは、弁償のための高額な請求書が届き、当時のマクラーレンのボスであるロン・デニスを激怒させたと付け加えた。

  • ミハエル・シューマッハ、2000年にライコネンとの契約をザウバーに助言

    ミハエル・シューマッハ、2000年にライコネンとの契約をザウバーに助言

    2000年にキミ・ライコネンのF1テストを見学していたミハエル・シューマッハは、“彼は大物になる”とザウバーF1のチーム代表であるペーター・ザウバーに助言していたと Blick は回顧する。

    キミ・ライコネンは、わずか23戦のシングルシーター経験しかなかったが、勝率53%というパフォーマンスで注目を集めていた。その成績に注目したザウバーはムジェロにキミ・ライコネンを招待してF1マシンでのテストを実施した。

    Blick によると、このテストを見学していたミハエル・シューマッハは、チームオーナーであるペーター・ザウバーにキミ・ライコネンと契約するよう助言したという。

    「同じ日にムジェロでフェラーリをテストしていたミハエル・シューマッハは、夕方にピーター・ザウバーに『誰があなたのクルマを運転していたのかはわからないが、彼は大物になるだろう!』と語った」

    2001年に4戦限定の仮スーパーライセンスでF1デビューを果たしたキミ・ライコネンは、デビュー戦オーストラリアGPで6位入賞。その後、正式にスーパーライセンスが発給されたライコネンは、第6戦オーストリアGP、第8戦カナダGPで4位入賞するなど、全17戦中4戦で入賞して9ポイントを獲得し、ドライバーズランキング10位を獲得している。

    キミ・ライコネンは、2007年にミハエル・シューマッハの後任としてフェラーリに加入してF1ワールドチャンピオンを獲得。2020年現在、フェラーリのドライバーが獲得したドライバーズタイトルはこの年のライコネンのタイトルが最後となっている。

    昨年、フェラーリF1との契約を更新できなかったキミ・ライコネンは、ザウバーの復帰。アルファロメオF1に名前を変えたチームと今シーズン末まで契約を結んでいる。

    キミ・ライコネンとミハエル・シューマッハ

  • キミ・ライコネンの活躍がロータスF1を破産寸前に追い込んだ?

    キミ・ライコネンの活躍がロータスF1を破産寸前に追い込んだ?

    キミ・ライコネンのロータスF1時代の活躍はチームを破産寸前に追い込んだとフィンランド人ジャーナリストのヘイキ・コルタがF1公式サイトで語った。

    2009年にフェラーリを去ったキミ・ライコネンは、F1を離れ、WRCやNASCARに参戦していたが、2021年にロータスF1でカムバックを果たした。ライコネンの能力は高く評価されていたが、この冒険が大きな成功につながるとは誰も考えていなかった。

    ロータスF1への加入にはキミ・ライコネン自身も疑問を抱いていた。2010年末でルノーはF1から撤退し、もはやファクトリーチームではなくなっていた。

    しかし、2012年にキミ・ライコネンは最終的に1勝と7回の表彰台を獲得してチャンピオンシップを3位で終えた。2013年にもキミ・ライコネンはオーストラリアGPで勝利を挙げてシーズンをスタートするなど、2年間で2勝と13回の表彰台を獲得して390ポイントを獲得した。

    だが、舞台裏ではキミ・ライコネンのパフォーマンスはロータスF1にまったく良い結果をもたらさなかった。パフォーマンス条項で定められたボーナスによってチームは破産寸前に追い込まれた。

    ヘイキ・クルタは「2011年のドイツGPでライコネンのF1復帰計画を初めて耳にした」とF1公式サイトの The Real Kimi Raikkonen – a Finnish perspective of the Iceman に寄稿した。

    「当時、ウィリアムズと交渉が行われていたが、その秋の終わりに、彼はロータスと契約を結んだことが明らかになり、私は契約のニュースをすぐに報告しました。

    「彼がその間にいかに早く適応できたかを見るのは驚くべきことだった。2012年の第4戦バーレーンGPで彼はすでにロータスF1で2位でフィニッシュしていた。そして、11月4日のアブダビの夕明かりでの勝利のことはずっと忘れないだろう。特にクリスマスプレゼントとしてもらった“Leave Me Alone”パーカーを着ているときはね」

    「ライコネンはロータスでの2年間で390ポイントを獲得した。チームボスのジェラール・ロペスがそうなるとは考えていなかったのは確かだ。なぜなら、彼はキミと1ポイントごとに50,000ユーロのボーナスを支払う契約を結んでおり、ほぼ破産に至った。そのボーナスだけでライコネンは1950万ユーロを稼いだ」

    だが、2013年シーズン中、キミ・ライコネンには何の支払いもなく、シーズン終了時にチームを離れ、2014年にフェラーリと契約を結んでいる。一方、ロータスF1は2014年に財政難に陥り、2015年末でルノーが再びチームを買い戻している。

    キミ・ライコネンの鈍い個性は、皮肉にも彼をF1の最も愛すべきキャラクターの1人にしている。ヘイキ・クルタは過去20年間に数え切れないほどのインタビューしたことでラインコネンをよく知っている。

    ヘイキ・クルタは、マクラーレンのチームの元オフィシャル雑誌である Racing Line のtためのキミ・ライコネンとのインタビューを振り返る。

    「ライコネンは、F1に参加した中で最も正直なドライバーであると言っても過言ではない」とヘイキ・クルタは語った。

    「彼は政治をせず、時々鈍すぎると思われる方法で質問に答える。そして、彼に馬鹿げていると思うことについて質問すれば、すぐにそれについて知ることができる」

    「そのような率直さは、マクラーレンの広報担当から2004年に新車MP4-19をテストした初日にインタビューを依頼されたときに一回で明らかになりました。記事はチームの以前の公式雑誌であるレーシングラインに関するものだった」

    「マシンは2003年11月にコースを走っていたが、ライコネンは1月まで運転していなかった。彼が初めて運転したのは3か月の冬季休暇から戻ったときだった。それで、私は『新車の第一印象はどうでしたか?』と尋ねた。『完全にクソだね』とキミ・ライコネンはフィンランド語でぼやけた」

    「もちろん、私はこのメッセージを雑誌で伝えることはできなかったので、英語でマシンはキミが望んでいたとおりではなかったと書いた…それでも、それは事実だったがね」

    「MP4-19はシーズンの最初の7戦のうち6戦でリタイアし、改良されたMP4-19Bが到着したとき、彼は8ポイントしか獲得していなかった」

  • キミ・ライコネン 「F1マシンから離れていることは問題にはならない」

    キミ・ライコネン 「F1マシンから離れていることは問題にはならない」

    キミ・ライコネンは、F1ドライバーはしばらくF1マシンから離れていても来月のオーストリアGPで苦労することはないと語る。

    アルファロメオF1のチームメイトであるアントニオ・ジョビナッツィは、7月5日のオーストリアGPでヨーロッパシーズンがスタートした際にF1ドライバー“錆ついている”と感じることになるだろうと考えている。

    しかし、現役F1ドライバーのなかでは最年長で経験豊富なドライバーであるキミ・ライコネンは「僕たちのドライバーにとって、それが大きな違いになるとは思わない」とコメント。

    「運動しているし、アクティブに活動して、スポーツをしている。マシンから離れていることは、毎年冬に経験していることだ。通常より少し長くなってはいるけど、マシンに戻ったときと同じように感じるだろう」とキミ・ライコネンは付け加えました。

    レッドブル・ホンダF1のマックス・フェルスタッペンも心配していない。フェルスタッペンは観客のいないレースは“非常に異なる”ものになるだろうが、ドライバーはすぐに調整できると語る。

    「限界に戻るのに数周あれば十分だと思う」とマックス・フェルスタッペンは語る。

    「僕たちは長い間レースをしてきたし、この3~4か月は問題にならない」

    レッドブル・ホンダF1やアルファロメオは、シーズン再開前に慣らし運転のためのテストは計画していない。

    一方、メルセデスはすでにシルバーストンで2年落ちのF1マシンで2日間のプライベートテストを実施。フェラーリとアルファロメオも同様のテストを6月中に実施する。また、レーシング・ポイントとアルファタウリ・ホンダは、フィルミングデーを利用して2020年F1マシンで100kmの走行を予定している。

  • キミ・ライコネン 「今シーズン限りでF1を引退する可能性もある」

    キミ・ライコネン 「今シーズン限りでF1を引退する可能性もある」

    キミ・ライコネンは、もはやレースが好きではないと感じた場合には今シーズン限りでF1を引退すると語る。

    40歳のキミ・ライコネンは、18回目のF1シーズンをスタートしようとしているが、現在所属しているアルファロメオF1との契約は2020年末で満了する。

    キミ・ライコネンは、それ以降にどうするかはまだ決めておらず、今後もF1を継続していくかどうかを大幅にスケジュールが変更された2020年シーズンに確認していくことになる。

    「今シーズンを走って、それから決めるつもりだとすでに言ってきたと思う」とキミ・ライコネンは Infobae に語る。

    「今年も引き続きレースを楽しむことができれば、続ける。そうでなければ、引退する」

    現在、313戦のグランプリに出場しているキミ・ライコネンは、今年少なくとも10戦以上を戦うことができれば、ルーベンス・バリチェロの持つ323戦という史上最多の出場記録に並び、それ以降は記録を更新することができる。

    どのようにF1のキャリアを延ばすことができたのかと質問されたキミ・ライコネンは「それはとても簡単だ。レースが大好きだからだ」とコメント。

    「インタビューなどの残りのすべてのことにはあまり関心はないけど、ホイール・トゥ・ホイールでレースをする感覚は本当に好きだ。それを恋しくなったから戻ってきた」

    そうは言っても、キミ・ライコネンは、最終的に引退することを決めたときには再びF1を恋しく思うことはないと感じている。

    「恋しく思うことはないと思う。仲が良い人はいるし、彼らと連絡を取り続けるだろうけど、それだけだ」と彼は付け加えました。

    「僕はここで何年も過ごしてきた。やめることを選択したとしても、自分を忙しくしておくための多くのことを見つけることができると確信している」