アルゼンチンのハビエル・ミレイ大統領が、F1アルゼンチンGPの復活開催に強い意欲を示した。1998年を最後にF1カレンダーから姿を消している同国について、「再びF1を迎えるために必要な条件はすべて揃っている」と訴えている。
アルゼンチンでは、フランコ・コラピントのF1参戦によってモータースポーツ人気が再び大きな盛り上がりを見せている。
ミレイ大統領は、その熱気に加えて、歴史、ドライバー、そして国際大会を開催するための制度的な信頼性を整えることで、F1だけでなくWRC(世界ラリー選手権)の招致も目指す考えを明らかにした。
FIAアメリカン・コングレスでF1招致を表明
ミレイ大統領は9月1日(月)、ブエノスアイレスで開幕したFIAアメリカン・コングレスで演説し、アルゼンチンにおけるモータースポーツの重要性を強調した。
「アルゼンチン自動車クラブ(ACA)は国内モータースポーツに多大な貢献をしてきました。そして、アルゼンチンは自動車を愛する国です」
「アルゼンチン人のレースに対する情熱は時代を超えて存在しています」
その言葉を裏付けるように、アルゼンチンでは現在、F1への関心が急速に高まっている。その中心にいるのがコラピントだ。
コラピントは2001年以来となるアルゼンチン人F1ドライバーとして最高峰カテゴリーに参戦。今年4月にはブエノスアイレス市街地でデモ走行を行い、沿道には数十万人規模のファンが集まった。アルピーヌとの契約も2027年まで延長され、国内でのF1人気を押し上げる存在となっている。
ただし、ミレイ大統領が描く構想は、アルゼンチン人ドライバーがF1に参戦しているという話だけにとどまらない。
1998年以来となるアルゼンチンGP復活への課題
アルゼンチンGPが最後に開催されたのは1998年であり、復活が実現すれば約30年ぶりのF1開催となる。
アルゼンチンとF1の歴史は古い。1950年代には伝説的ドライバー、ファン・マヌエル・ファンジオが活躍し、5度のF1ワールドチャンピオンに輝いた。アルゼンチンGPはこれまで20回開催され、そのすべてがブエノスアイレスのアウトドローモ・オスカル・イ・フアン・ガルベスを舞台としてきた。
一方、現代のF1を開催するためにはサーキットをFIAグレード1の基準に適合させる必要がある。
同サーキットについては2017年にも大規模改修計画が持ち上がったものの実現には至らなかった。したがって、アルゼンチンGP復活に向けては、F1側との商業的な合意だけでなく、施設改修や開催資金を含めた具体的な計画が必要になる。
現時点でF1アルゼンチンGPの復活が正式決定したわけではなく、ミレイ政権が招致への意欲を公に示した段階とみるべきだ。

ミレイ大統領「F1とWRCを再びカレンダーに」
ミレイ大統領は、アルゼンチンが国際的なモータースポーツイベントを開催するための環境を再構築していると強調。F1とWRCの双方を具体的な招致対象として挙げた。
「だからこそ、皆さんにも私と一緒に夢を見ていただきたいと思います。アルゼンチンには、F1と世界ラリー選手権を再びカレンダーに迎えるために必要な条件がすべて揃っています」
さらにミレイ大統領は、国際カテゴリーが開催国を選ぶうえで重要になる「制度的な信頼性」についても言及した。
「我々には伝統があります。ドライバーもいます。そして今、こうしたカテゴリーが開催国を選択する際に求める制度的な信頼性を、再び築きつつあります。我々には本当にすべてが揃っています」
コラピント人気はF1復活への追い風
アルゼンチンにとって最大の追い風となっているのは、コラピントの存在によって国内のF1熱が目に見える形で復活していることだ。
F1開催には、FIAグレード1を満たすサーキット、巨額の開催費用、プロモーター、政府や自治体の支援、そしてF1との契約など複数の条件をクリアする必要がある。その意味では、大統領による今回の発言だけでアルゼンチンGP復活が具体化したとは言えない。
それでも、国家元首がFIAの公式会議という場でF1招致を明言した意味は小さくない。ファンジオによって築かれた歴史にコラピントが新たな熱狂を加え、政府も開催への意思を示したことで、長年語られてきたアルゼンチンGP復活構想には新たな政治的な後押しが加わった。
次に問われるのは、その「すべてが揃っている」という言葉を、サーキット改修や開催契約といった具体的な計画へと結びつけられるかどうかだ。



















