カテゴリー: インディカー

  • ジョセフ・ニューガーデン 「F1にトライしてみたい」

    ジョセフ・ニューガーデン 「F1にトライしてみたい」

    2017年のインディカー・チャンピオンであるジョセフ・ニューガーデンは、適切な機会が訪れるのであれば、子供の頃の夢であるF1にトライしたいと語る。

    26歳のジョセフ・ニューガーデンは、ペンスキーに移籍した初年度となる今年、4勝を挙げてインディカーのチャンピオンに輝いた。

    F1は競争力のあるアメリカ人ドライバーの参戦を長年にわたって求めている。

    F1の新オーナーであるリバティ・メディアがアメリカでのF1の人気拡大を目指していることもあり、ジョセフ・ニューガーデンの野望は叶う可能性があるかもしれない。

    「自分の立場を理解しなければならない」とジョセフ・ニューガーデンは ESPN にコメント。

    「僕はアメリカで夢を実現できるベストな状況にいる。インディカー、アメリカのレースでは、チーム・ペンスキーを倒すことはできない。世界規模で見ても、おそらく歴史上で最も素晴らしいモータースポーツチームのひとつだ」

    「それを考えれば、『僕は驚異的な立場にいる』と言えるかもしれない。僕にとってインディカー・シリーズは本当に素晴らしいものだし、素晴らしい競技だ。でも、F1は是非ともトライしてみたい」

    ジェセフ・ニューガーデンは、インディカーでのキャリアに集中したままだが、どこかの段階で現在の専門分野を超えた挑戦をしてみたいと語り、今年インディ500に挑戦したフェルナンド・アロンソを例に挙げた。

    「ある意味、フェルナンドとちょっと似ているかもしれないね。彼は異なる分野を試したいと思った。彼は幅広いドライバーになることを望んでいるし、僕はそのことにかなり同感だ」

    「僕もスポーツカーやNASCARなど、いろんなモータースポーツを試してみたいと思っている。インディカーが大好きだし、続けていきたい。でも、F1もやってみたい」

    「インディカーとF1というオープンホイールレースの複数の形を走ることが若い頃から僕の夢だった。手を出すことができるなら、大賛成だ。適切な機会が訪れて、それを実現することができるのであれば、トライしてみたい」

    「年齢という点を考えなければならないと思う。僕はまだそれをすることができる若さだ。40歳とか42歳でそれをすることを望むなら・・・26歳ならば今はまだ動き回れる時間はある」

    「世界のその側に移動することには間違いなくオープンだけど、それが実現するならば、僕の最終目標はおそらくインディカーに戻ってくることだ」

    「そのようなことが実現するかは決してわからない。僕はインディカーに集中しているし、チーム・ペンスキーのために働いている。それが仕事だし、とても満足している。でも、F1でなんらかの機会があれば、絶対に検討するし、実現させたい」

  • 【インディカー】 チップ・ガナッシ、エド・ジョーンズの起用を発表

    【インディカー】 チップ・ガナッシ、エド・ジョーンズの起用を発表

    チップ・ガナッシは、エド・ジョーンズを2018年シーズンのインディカー・シリーズのドライバーとして起用することを発表。ドライバーラインナップが確定した。

    今年まで4台体制でインディカーに参戦していたチップ・ガナッシだが、2018年は2台体制に縮小することを発表しており、11号車はスコット・ディクソンが走らせることが決定していた。

    チップ・ガナッシは25日(水)、エド・ジョーンズが10号車を走らせることを発表。2018年のドライバーラインナップが確定した。

    「我々はしばらくの間、エドのキャリアをフォローしてきた。彼を我々のインディカーラインナップを強化するために彼を追加できることを嬉しく思う」とチームオーナーのチップ・ガナッシはコメント。

    「現在、彼はインディカーレースで1年の経験を積み、我々が求めていた若い才能だ。レーストラックで彼を乗せることが待ち切れない」

    エド・ジョーンズは「チップ、彼の組織、そしてNTTデータを代表するチャンスを得ることは本当に名誉なことだ」とコメント。

    「チップは、世界でも最大でベストなレーシングチームだし、同じくらい重要なのは、ル・マンからインディアナポリスに至るまで、各シリーズでウィナーで実績のあるウィナーだ。出来るだけ多くのことを学ぶ、すぐにスピードを発揮できるようにした」

    チップ・ガナッシのドライバーには、ポルシェからWECに参戦し、先週末のアメリカGPでトロ・ロッソからF1デビューを果たしたブレンドン・ハートレーも候補に挙げられていた。今回のチップ・ガナッシのドライバー決定は、ブレンドン・ハートレーの2018年のトロ・ロッソでのフル参戦を示唆するものかもしれない。

  • 佐藤琢磨、自身の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーと対面

    佐藤琢磨、自身の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーと対面

    今年の5月に開催された第101回インディ500で優勝した佐藤琢磨の顔が完成しトロフィーに取り付けられ、10月17日(火)に初めて公開された。

    世界で最も長い歴史を誇るインディアナポリス500マイルレース(インディ500)の勝者は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイに常時展示されているボルグワーナートロフィーに顔が刻まれる伝統となっている。

    この式典は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイ内にあるホールオブフェームミュージアムにおいて、チーム、サーキット、報道の関係者だけではなく、ファンにも解放されて華々しく賑やかな雰囲気の中で執り行われた。

    佐藤琢磨の顔は、ボルグワーナートロフィーに載る104個目。佐藤琢磨が勝ったレースは第101回大会だったが、過去2回のレースがリリーフドライバーを起用しての優勝だったことから2つの顔が一年のスペースに刻まれたことと、第二次世界大戦後、消滅の危機に面したインディアナポリス・モーター・スピードウェイを新たなオーナーとなって救い、インディカーレースを今の隆盛へと導いたトニー・ハルマンの顔もトロフィーに刻まれている。そのため、佐藤琢磨は104番目となった。

    夕方の5時に始まったセレモニーでトロフィーの一部分を覆っていた黒いベールが、ボルグワーナーのPR担当副社長と佐藤琢磨によって取り払われた。

    「この彫像はすごくうれしそうな顔をしていますね。こうしてトロフィーに貼り付けられた自分の顔を見て、本当にうれしく感じています。今日、実際に自分の顔がトロフィー上にあるのを見て感激しています。ノースカロライナ州にある芸術家のスタジオを訪れ、そこでは粘土製の実物大の顔を見せてもらいましたが、そのときも最高の出来栄えだと感じました。自分よりいい男になっていて、小さく作られた銀製の顔も、あの彫像と同じようにすばらしいと思います。そして、おもしろいことに小さくなった彫像は、ちゃんと日本人の顔になっていますよね」と佐藤琢磨は笑顔で印象を語った。

    「今日もまた本当にすばらしい一日となりました。インディ500で優勝してからというもの、もう何度も今日のような日を経験しています。ありがとうございます。今日、ここに来ていらっしゃる皆さん一人一人に感謝します。そして、今日ここに来ることのできなかった多くの方々も含めて、本当にたくさんの人たちの力があって、インディ500での優勝は達成されました。インディ500を走るようになってしばらく経ちますが、ここ数年、走る度に感謝の気持ちを深くしています」とスピーチを締めくくった。

    式典後の夜7時からは、インディアナポリス市街のレストランで恒例のメディア・ディナーが開催され、佐藤琢磨は20人ほどの地元メディアと、夕食や会話を楽しんだ。その上のフロアでは佐藤琢磨のスタッフ、友人など60人以上が集まり、そちらもテーブルを囲んで楽しいときを過ごした。

    佐藤琢磨 インディ500 ボルグワーナートロフィー

  • 佐藤琢磨の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーがお披露目

    佐藤琢磨の顔が刻まれたボルグワーナートロフィーがお披露目

    インディカーは、今年のインディ500のウィナーである佐藤琢磨の顔が刻まれた“ボルグワーナートロフィー”を現地時間17日(火)にインディアナポリスモータースピードウェイ博物館で公開した。

    世界最長の歴史と、世界最大の規模を誇るインディ500で優勝した者は、その顔の彫刻がトロフィーに刻まれる栄誉を与えられる。

    今年、佐藤琢磨は日本人として初めてインディ500を制覇。ボルグワーナートロフィーに刻まれる104番目の顔になった。

    第101回大会のウイナーなのに101人目ではないのは、2つのレースでドライバー交代が行われ、2人が同年度のウイナーとなっているためと、1945年にインディアナポリス・モーター・スピードウェイを購入して大会消滅の危機から救い、インディ500を世界最大のレースへと再び繁栄させたコースオーナー、トニー・ハルマン氏の顔も刻まれているからだ。なおトニー・ハルマン氏の顔だけは、その偉大なる功績を讃えるため24カラットのゴールドで作られている。

    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。

    トロフィーの製作者はウィリアム・バーレーンズ氏。メジャーリーグベースボールの選手やアメリカの政治家などの彫刻製作でも有名なアーティスト。1990年からインディ500ウイナーの顔をボルグワーナートロフィーのために作っている。

    今年9月、佐藤琢磨はウィリアム・バーレーンズのアトリアを訪れ、インディ500の翌日に彫像製作用として撮影された写真をもとに、粘土で作られた実物大の顔および頭部の細かな部分を作り込まれた。

    ボルグワーナートロフィーには、佐藤琢磨の顔のレリーフと名前、開催年の2017年、そして、佐藤琢磨の決勝レースにおける平均速度155.595MPHが刻まれた。

    佐藤琢磨 インディ500 ボルグワーナートロフィー

  • 佐藤琢磨、レイホール・レターマン・ラニガンでシート合わせ

    佐藤琢磨、レイホール・レターマン・ラニガンでシート合わせ

    佐藤琢磨が、2018年のインディカー・シリーズを戦うレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのマシンでシート合わせを戦った。

    今年、アンドレッティ・オートスポーツでインディ500を制した佐藤琢磨は、来シーズンより2012年にも在籍したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰する。

    移籍について佐藤琢磨は「レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに戻ってこられて、本当に嬉しく思っています。ボビー、デイヴ、マイクの3人は、これまでもいつも僕を応援してくれました。過去数年間、チームは驚くほどコンペティティブでした。2018年にこのチームの一員となることが待ちきれないような思いです。きっと、僕たちは一緒に素晴らしいことを達成できるはずです」と語っている。

    佐藤琢磨は16日(月)にチームのワークショップを訪問。2018年シーズンの愛機となるイエローにカラーリングされたカーナンバー16のマシンでシート合わせを実施した。

    佐藤琢磨 レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング

    この日は、レッドブル・エアレースでチャンピオンを獲得した室屋義秀も同行。室屋義秀は、2018年の佐藤琢磨のチームメイトとなるグラハム・レイホールのマシンに乗り込んで、佐藤琢磨からマシンについて説明を受けた。

    インディ500のウィナーである佐藤琢磨は、伝統あるレースを代表してスピードウェイで開催されるエアレースを訪問。予選日に初対面した2人は、世界を駆け巡って活躍する者同士、すぐさま意気投合。翌日には室屋義秀が同じ日本人としてエアレースで初のワールドチャンピオンになる瞬間を見守った。

    佐藤琢磨と室屋義秀

  • マクラーレン 「2018年のインディ500参戦は未決定」

    マクラーレン 「2018年のインディ500参戦は未決定」

    マクラーレンのエグゼクティブディレクターを務めるザク・ブラウンは、インディ500で再びマクラーレンがレースをすることを考えているが、それが2018年に実現するかどうかはまだ定かではないと語る。

    今年、2度のF1ワールドチャンピオンであるフェルナンド・アロンソが“マクラーレン・ホンダ・アンドレッティ”からインディ500に参戦したことは世界中で大きな話題となった。

    フェルナンド・アロンソが、F1モナコGPを欠場してインディ500に参戦できたのは、ホンダのF1パワーユニットの競争力と信頼性不足によってマクラーレン・ホンダが結果を出せなったことから実現した部分が大きい。

    だが、2018年にマクラーレンはホンダからルノーにパワーユニットを変更してF1でトップに返り咲く意気込みであり、フェルナンド・アロンソがマクラーレンに残留した場合もF1が優先される可能性が高い。

    ザク・ブラウンは「多くの変更があったし、昨年はバーをかなり高く設定していた」と RACER にコメント。

    「それを繰り返すのは難しいだろう。だが、マクラーレンとして我々がやっていく必要があることは、その種のブレイクスルーやインパクトだ。交渉のドアはまだオープンであり、交渉は進められている。ただ、来年何かをまとめる可能性は低いと思う」

    ザク・ブラウンは、マクラーレンがホンダからルノーにエンジンを変更したことは、ホンダのエンジンを搭載するアンドレッティ・オートスポーツとのインディ500参戦には無関係だと語る。

    「技術的な理由ではない。特別なものである必要があるだろうし、取り組んでいるアイデアはいくつかある。だが、それはまだ不十分だ。我々はただインディを走るためだけにインディに行くつもりはない。今のところ、いくつかのオプションはあるが、そのような質のものではないし、我々はそれをしないだろう。だが、我々はインディに戻らないということではなく、時期の問題だ」

    ザク・ブラウンは、マクラーレンとして2019年という早い時期にインディカーにフル参戦することに関心を示している。

    アンドレッティ・オートスポーツは、来年すでに5台で参戦することになっており、マイケル・シャンク・レーシングが復帰すれば6台での参戦になる可能性がある。だが、アンドレッティが別のコラボレーションを実施したとしても、それはマクラーレンのインディ参戦の抑止力にはならないと語る。

    「マイケルが競争的なチームと組むことができると言うのあれば、私が心配することはない」とザク・ブラウンはコメント。

    「彼は何台のクルマを走らせるかを心配する必要があるが、私はそのような心配はしない。彼が我々のための解決策を持っていると言うのであれば、私が心配することはない」

  • インディカー:2018年 開催スケジュール

    インディカー:2018年 開催スケジュール

    インディカー・シリーズは、2018年の開催スケジュールを発表した。

    2018年のインディカー・シリーズは、昨年と同じく全17戦のカレンダーが組まれた。3月11日(日)にセント・ピーターズバーグで開幕し、9月16日(日)にソノマ・レースウェイで最終戦が行われる。

    第102回を迎える伝統のインディ500は5月27日(日)に開催される。

    また、2018年はワトキンスグレンがカレンダーから外れ、ポートランドが復活する。

    インディカー・シリーズのCEOを務めるマーク・マイルズは「ベライゾン・インディカー・シリーズの2018年スケジュールの強みと一貫性は、我々全員が誇りに思うべきことだ」とコメント。

    2018年のインディカー・シリーズには、新たにダラーラが開発したユニバーサル・エアロキットが導入される。

    「また、ユニバーサルエアロキットの導入によってシリーズが上昇傾向が続いていくことを楽しみにしている。テストではよりエキサイティングなプロダクトになることが示されている」

    2018年に復活するポートランド・インターナショナル・レースウェイは、1984年から2007年までCARTとチャンプカーを開催。1.967マイルのロードコースで11年ぶりにインディカーが開催される。

    「ポートランド・インタナショナル・レースウェイは、インディカーの歴史を通してスリリングなロードレースを生み出してきた。1997年にはロード/ストリートで最も接近したレースフィニッシュのレコードを持っている。2018年の新しいマシンが導入されることを缶がれ場、これ以上の復帰のタイミングはない。逃したくないショーになることを期待している」

    2018年 インディカー・シリーズ 日程スケジュール

    ラウンド 開催日 開催地 コース
    開幕戦 3月11日 セント・ピーターズバーグ ストリート
    第2戦 4月7日 フェニックス・インタナショナル・レースウェイ オーバル
    第3戦 4月15日 ロングビーチ ストリート
    第4戦 4月22日 バーバー・モータースポーツパーク ロードコース
    第5戦 5月12日 インディアナポリス・モータースピードウェイ ロードコース
    第6戦 5月27日 インディ500 オーバル
    第7戦 6月2日 デトロイト ストリート
    第8戦 6月3日 デトロイト ストリート
    第9戦 6月9日 テキサス・モータースピードウェイ オーバル
    第10戦 6月24日 ロード・アメリカ ロードコース
    第11戦 7月8日 アイオワ・スピードウェイ オーバル
    第12戦 7月15日 トロント ストリート
    第13戦 7月29日 ミド・オハイオ・スポーツカー・コース ロードコース
    第14戦 8月19日 ポコノ・レースウェイ オーバル
    第15戦 8月25日 ゲートウェイ・モータースポーツパーク オーバル
    第16戦 9月2日 ポートランド・インタナショナル・レースウェイ ロードコース
    最終戦 9月16日 ソノマ・レースウェイ ロードコース
  • 【インディカー】 AJフォイト、2018年のトニー・カナーンの起用を発表

    【インディカー】 AJフォイト、2018年のトニー・カナーンの起用を発表

    AJフォイト・レーシングは、2018年のインディカー・シーズンのドライバーとしてトニー・カナーンを起用することを発表した。

    今年まで4年間チップ・ガナッシに所属していたトニー・カナーン(42歳)が、チームは2018年に4台から2台体制に縮小することを発表。トニー・カナーンの去就については不透明となっていた。

    2018年、トニー・カナーンはAJフォイト・レーシングの14号車を走らせることになる。もう一台の4号車のドライバーに関してはまだ発表されていない。

    1997年にインディ・ライツでチャンピオンを獲得したトニー・カナーンは1998年にタスマン・モータースポーツでCARTに昇格。2003年にアンドレッティからインディカーに参戦。インディカーでは15勝を挙げ、2013年には悲願のインディ500制覇を成し遂げている。

    AJフォイト・レーシング
    チームオーナーのA.J. フォイトは、インディ500、デイトナ500、ル・マン24時間耐久レースの3つを制した唯一のドライバーであり、アメリカで最も人気の高い伝説のドライバー。インディ500で4回の優勝も史上初めて達成している。93年にインディカーからの引退を決め、チームとしては1998年にケニー・ブラックがインディ500を制覇、1996年、1998年にインディカー・シリーズのタイトルを獲得した。2006年末に息子のラリー・フォイトがチームディレクターに就任して以来、エンジニアリング体制の強化を計り、更なる躍進を図っている。 今年からシボレーエンジンを搭載しているが、ホンダ時代の2013年から2016年まで佐藤琢磨が所属して14号車を走らせていた。

  • 佐藤琢磨、インディ500トロフィーを「Honda Racing THANKS DAY」で披露

    佐藤琢磨、インディ500トロフィーを「Honda Racing THANKS DAY」で披露

    佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500優勝トロフィー“ボルグワーナートロフィー”が12月3日(日)にツインリンクもでぎで開催される「Honda Racing THANKS DAY 2017」でお披露目されることが明らかになった。ボルグワーナートロフィーがアメリカ国外に持ち出されるのは史上初めてとなる。

    世界最長の歴史と、世界最大の規模を誇るインディアナポリス500(インディ500)で優勝した者は、その顔の彫刻がトロフィーに刻まれる栄誉を与えられる。

    佐藤琢磨は、今年の第101回インディア500で日本人として初めて優勝するという快挙を達成。ボルグワーナートロフィーに刻まれる104番目の顔になる。

    通常、ボルグワーナートロフィーは12月にインディアナポリスでお披露目されるが、今年は12月3日(日)にツインリンクもでぎで開催される「Honda Racing THANKS DAY 2017」で公開されることになった。ボルグワーナートロフィーがアメリカ国外に持ち出されるのは史上初めてとなる。

    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。

    また、「Honda Racing THANKS DAY 2017」では、佐藤琢磨がインディ500のウィニングマシンでのデモ走行を行うことも明らかになった。

  • 佐藤琢磨 「ボビーのチームに戻ることが楽しみで仕方ありません」

    佐藤琢磨 「ボビーのチームに戻ることが楽しみで仕方ありません」

    佐藤琢磨が、2017年インディカー・シリーズ 最終戦ソノマのレース週末を振り返るとともに、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰する2018年シーズンにむけた抱負を語った。

    北カリフォルニアの丘陵地帯を縫うように走るソノマのロードコースで催されたシリーズ最終戦は、佐藤琢磨の2017年ベライゾン・インディカー・シーズン後半戦を象徴するような一戦となった。予選で絶好調だったにもかかわらず、トラブルのために好成績を収める絶好のチャンスを逃した。

    No.26 アンドレッティ・オートスポーツ・ダラーラ・ホンダに乗る佐藤琢磨は予選を5位で通過したが、これはホンダ勢のトップにあたるもの。佐藤琢磨が予選でホンダ勢の最高位となるのは今シーズン6度目のことだが、これはインディカー界のレジェンドでもあるスコット・ディクソンと並ぶ記録だ。

    ちなみに、彼らふたりに続くドライバーは今季2度しかホンダ勢のトップに立っていない。ところが、佐藤琢磨はレース序盤にパンクに見舞われてリードラップから転落。さらに駆動力を失ってリタイアする羽目に陥った。これさえなければ佐藤琢磨がランキング5位でシリーズを終えるのは簡単だっただろうが、このおかげでランキング8位に後退。実に残念なシーズンの幕切れとなった。

    フリープラクティスの前日にあたる木曜日に行なわれたプリテストは期待の持てる内容となった。「例年、オープンテストはレースの1週間前に行なわれてきました」と佐藤琢磨。

    「僕たちはここにやってきてテストを行なうと、機材をそのまま残してインディアナポリスに帰り、レースウィークにまた戻ってくるというのがこれまでの流れでした。ところが今年は前日にオープンテストが行なわれたので、実質的に4日間のイベントとなりました。これはとても好ましいことです。なぜなら、ソノマがとてもチャレンジングなのはそのコーナーのレイアウトだけによるのではなく、天候、風向き、温度などが1週間前のオープンテストとレースウィークとで大きく異なることがあるからです。けれども、今回はとても充実したテストとなり、僕たちが思うどおりの作業ができました」

    「前回、僕たちがここでテストを行なったのは4月のことで、このときは基本的なセットアップをいくつか試しました。なぜなら、アンドレッティ・オートスポーツは今年、セットアップのフィロソフィーに大きな変更を加えたからです。昨年、ライアン・ハンター-レイは力強い走りを見せ、チームは自信を抱いていました」

    金曜日最初のセッションを12番手で終えた佐藤琢磨は、その後、9番手にポジションを上げ、土曜日に行なわれた3回目のセッションでは7番手まで躍進した。

    「マシンのバランスに大満足する必要は必ずしもありませんでしたが、セッションごとに状況はどんどんよくなっていきました。そして予選までにすべてがまとまり、その状態を維持することができたのです。とても楽しいソノマの予選でした!」

    おそらくそうだったのだろうが、佐藤琢磨がこのコースで納得のいく予選を戦ったことはこれまで1度もない。ところが今回は、予選最初のセグメントを4番手で終えると、第2セグメントでは5番手となり、最後のセグメントであるファイアストン・ファスト6では、予選を席巻したチーム・ペンスキーの4人のドライバーに続く5番グリッドを手に入れたのである。

    「本当に素晴らしいコースです。高低差が大きくて、高速コーナーもあるし低速のテクニカルなコーナーもある。しかも路面の変化がとても大きいのです。山や丘から風が吹き下ろすので、コースに少し砂が乗ってとてもグリップは低くなります。このためデグラデーションが激しく、おいしいラップは1周しかないような状況となるため、ファイアストンは今回、コンパウンドを変えてきました。毎周、ひとつコーナーを曲がるために路面は異なるので、タイアの性能を最大限引き出すのはとても難しいのです。正しいバランスと安定性を手に入れることが重要となります」

    「したがってとてもチャレンジングなのですが、このコースでこれほどコンペティティブなマシンを手に入れたことはありません。僕は走行したラップを心から楽しみましたし、マシンは最高の走りを見せてくれました。ソノマの予選を楽しめたのは、今回が初めてです!」

    強敵ペンスキーは、その1週間前に規則で認められたテストを実施していたので、彼らを打ち負かすのは不可能に近かった。それでも佐藤琢磨たちは自信満々だった。決勝レースでよりよいマシンを手に入れるため、4名のドライバーが異なるプログラムで臨んだ最後のセッションを佐藤琢磨は8番手で終えた。

    「僕の前にいたドライバーはチャンピオンシップを競い合っていましたが、もしも状況が許せばもちろん彼らにもチャレンジするつもりでした。ただし、彼らのタイトル争いには関係したくないと思っていました」

    チップ・ガナッシのスターであるディクソンもペンスキーの4名を相手にタイトル争いを演じていたので、佐藤琢磨はオープニングラップを慎重に走った。

    「ターン2からターン3にかけて、好スタートを決めたスコットとサイド・バイ・サイドとなり、その後、彼は先行していきました。僕はポジションを守ろうとしてラインをクロスしましたが、ターン4でアレックス・ロッシがイン側に飛び込んできました。続くターン5で彼はアウトにはらみ、僕は押し出される格好となって砂地に足を落とします。彼の行動には失望しました。これが原因になったかどうかはわかりませんが、その数周後にパンクに見舞われたのです」

    このとき、グラハム・レイホールにも抜かされたので、タイア交換のため6周目にピットストップを行なうまでに佐藤琢磨は8番手となっていた。

    「パンクが明らかになったのはターン2だったので、ほとんど1周にわたってスロー走行をしなければいけませんでした。おかげでフロア、ウィングレット、バンパーなどがダメージを受け、この段階で非常に困難な状況に追い込まれました」

    この遅れで佐藤琢磨はラップダウンになったものの、イエロー・コーションになればリードラップに返り咲く可能性が生まれるので、それほど悲観する必要はなかった。ところが、このレースはなんと一度もコーションにならなかった。もっとも、どちらにしても結果は変わらなかったといえる。なぜなら、佐藤琢磨は62周でリタイアに追い込まれたからだ。

    「僕たちは最善を尽くしました。その後、駆動力を失い、マシンを停めなければならなくなりました。今回は力強く戦えたはずなので、こんな形でレースが終わるのは残念でなりませんでした。過去6レース、僕たちは挑戦し続け、常にトップクラスの速さを手に入れてきたので、今回は本当にいい結果が欲しいと思っていました」

    結果的に今回のソノマが、佐藤琢磨が1シーズンを過ごしたアンドレッティ・オートスポーツと戦う最後のレースとなった。なぜなら、2018年は佐藤琢磨が2012年に在籍したレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰することが決まったからだ。アンドレッティで過ごした今シーズンのハイライトがインディ500だったことは、いまさらいうまでもない。

    「シーズンを通じて、チームのメンバーは傑出した働きを示してくれました。どれほどお礼を申し上げても十分とはいえません。スタート前には、グリッド上でみんなと素晴らしい時間を分かち合いました。インディ500で信じられないような成績を収めることができたのは彼らのおかげで、いつもホンダ勢でもっとも速いマシンを用意してくれました。このことを僕は誇りに思っていますし、僕たちの関係はこれからもずっと変わることはないでしょう。彼らと新しいシーズンを迎えられないことは残念ですが、これがモータースポーツです。僕たちは前に進まなければいけません」

    今回“前に進む”ことはレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに“戻る”ことを意味する。

    「彼らのチームに戻ってこられて、本当に嬉しく思っています。ボビー・レイホール、マイク・ラニガン、デイヴィド・レターマンは、2013年に互いに違う道を歩むことになってからも、ずっと僕を応援してくれました。ボビーがチームに留まって欲しいと望んでいたことは、もはや公然の秘密です。彼らが過去3シーズンに残した成績には誰もが感銘を受けています。グラハムはいつも素晴らしい戦い振りを見せてきました。なにしろ、たとえ予選で苦戦しても、決勝日にはいつも挽回するのですから!」

    「ボビーのチームに戻ることが楽しみで仕方ありません。彼らはとても強力なチームで、エンジニアは優秀で、しかも2018年からはまったく新しいユニバーサル・エアロ・パッケージが導入されるので本当に楽しみです。チームは大きな可能性を秘めていて、非常に強力になったとしても不思議ではありません」