カテゴリー: インディカー

  • マクラーレン 「2018年にインディ500にエントリーすることはない」

    マクラーレン 「2018年にインディ500にエントリーすることはない」

    マクラーレンのエグゼクティブディレクターを務めるザク・ブラウンは、マクラーレンとして2018年のインディ500に参戦する可能性を明確に否定した。

    今年5月、フェルナンド・アロンソはマクラーレン・アンドレッティからインディ500へ参戦。最終的にはホンダのエンジントラブルによってリタイアしたものの、興行的には大きな成功を収めた。

    フェルナンド・アロンソ、そして、マクラーレンのインディ500は世界中で大きな注目を集めたこともあり、以前ンにザク・ブラウンは将来的にマクラーレンとしてインディに戻りたいと述べていた。

    次のマクラーレンのインディカーへの参戦は、シリーズへのフルタイムの参戦になるのか、もしくは再びインディ500のみの参戦になるのかと質問されたザク・ブラウンは「いい質問だ。そこは検討中だ」と RACER にコメント。

    「インディ500がインディカーの全体的な認知度のなかで大きな部分を占めていることを踏まえ、望んでいるものを達成するために十分なものを与えられるだろうか? フルシーズンをやりたいか? そこが全てのレビュープロセスの一部だ」

    しかし、フェルナンド・アロンソは、ルノーのf1パワーユニットを使用する初年となる2018年はマクラーレンのF1プログラムに焦点を当てたいとして2018年のインディ500参戦は否定している。

    「テーブルから外れている。チェックボックスのすべてをチェックすることはできなかったし、フェルナンドと一緒に作り上げた認知度を繰り返すのは難しいだろう」

    「だが、我々はマクラーレンは誇りに思っているし、我々が何かをやるときは、マクラーレンのやり方で進めていかなければならない」

    「来年、また別のインディ500エントリーとしてインディに行くことはあるかもしれないが、それはマクラーレンではない。適切にそれをやり遂げ、ショーの大きな一部となれないのであれば、我々はそれを望まない」

    「また、優先順位も考慮しなければならない。インディにいくためにどれくらいの準備時間を費やすことができるだろうか? 次回に行くときはは、それがインディ500限定かインディカーかどうかに関わらず、1回限りではない」

    「我々はインディ限定という決定を下した場合は、今後10年間はインディだけになるだろう。クルマを買い、チームと提携することにはなるが、我々は長期的にそれにコミットすることになる。今年は1戦限りだったが、クレイジーなアイデアが素晴らしい機会となった」

  • 【インディカー】 グラハム・レイホール、佐藤琢磨の加入を歓迎

    【インディカー】 グラハム・レイホール、佐藤琢磨の加入を歓迎

    グラハム・レイホールは、2018年のインディカー・シリーズにむけて佐藤琢磨がレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに加入することを歓迎。新しいエアロキットへの挑戦のためには2台体制に拡大する必要があったと述べた。

    過去5年間、1台体制でインディカーを戦い5勝を挙げたグラハム・レイホールは、2018年にインディ500ウィナーである佐藤琢磨をチームメイトに迎える。

    2018年の新しいユニバーサルエアロキットは、マシン下部でダウンフォースを発生させることに焦点を当てており、メーカーのデザインから大きく離れることになる。

    グラハム・レイホールは、2018年にむけてチームの拡大は不可欠だったと考えている。

    「新しいエアロとそれによる調整が必要になることで、僕たちには2台目のクルマが必要だった」とグラハム・レイホールはコメント。

    「僕たちは改善を続けていなければならないし、2台で満足のいくバランスを見つけるために協力していかなければならないと思っている。データが増加することがチームを前進させることに役立つことを心から期待している」

    「必ずしも簡単なことではないし、多くのコミットメントと時間がかかるだろう。それ以上を要するかもしれない」

    「僕たちのスタッフは集中し続けなければならないし、最近の成功を可能にした細部に注意をはらうことを続けていかなければならない」

    グラハム・レイホールは、2012年にレイホールで走った佐藤琢磨とともに勢いを増していくことができると期待している。

    「調整する部分はあるだろうけど、タクと仕事をすることを楽しみにしている」とグラハム・レイホールはコメント。

    「僕たちはお互いを本当にうまく補完することが出来ると思っているし、2台体制にシームレスに移行できると完全に期待している」

    AJフォイトとアンドレッティを経て、5年ぶりにレイホールに復帰する佐藤琢磨は、2012年とは非常に異なるドライバーになっており、チームへの復帰は“変な感じ”だと語る。

    アンドレッティがホンダからシボレーへの変更を検討したことが移籍した理由だが、レイホールへの復帰は簡単な決断だったと佐藤琢磨は語る。

    「2012年にいたかなり多くの人がいることはわかっているし、ボビー(レイホール)のチームに戻ることをとても心地よく感じています」と佐藤琢磨はコメント。

    「2012年よりも多くの経験を積んで、成長し、より成熟したドライバーになっていると感じているので、ちょっと変な感じでもありますけどね」

    佐藤琢磨は、1台体制のチームとしてのレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの競争力が魅力的だったと語る。

    「レイホールを見ると、数年間、1台体制のチームとして非常に印象的でした。彼らはおそらくショートオーバル、スピードウェイ、ロード、ストリートコースで最も一貫性のあるチームでした」

    「1台のクルマでそれができるということは、彼らはクルマを深く理解しているということですからね」

  • 【インディカー】 カーリン、2018年のインディカー参戦を発表

    【インディカー】 カーリン、2018年のインディカー参戦を発表

    カーリンは、2018年シーズンからインディカーにフル参戦することを発表した。

    英国の名門チームであるカーリンは、2015年からインディライツへの参戦を開始。2016年にはエド・ジョーンズがタイトルを獲得。3年間インディライツで経験を積み、満を持してのインディカー参戦となる。

    2018年、カーリンはマックス・チルトンとチャーリー・キンボールをドライバーに起用。エンジンはシボレーを搭載。両ドライバーを支援する保険仲介およびリスク管理サービスを提供するギャラガー、グローバルヘルスケア企業のノボノルディスクがメインスポンサーを務める。

    カーリンのチーム代表トレバー・カーリンは「ついにチームの長期的な大望だったベライゾン・インディカー・シリーズへの参戦を発表できたことを嬉しく思う」とコメント。

    「マックスとキンボールというすでにレース勝利の歴史のあるドライバーとともにギャラガー、ノボノルディスクというブランドが我々のデビューシーズンの旅路に加わることは我々の期待を超えている。この先のチャレンジと競争を過小評価することは決してないが、チームマネージャーのコリン(ヘイル)と一緒に構成した若く情熱的なチームを心から信頼している」

    マックス・チルトンは、カーリンでF3とGP2に参戦した後、2013年からマルシャで2年間F1に参戦。その後、2015年にカーリンとインディライツに参戦している。

    その後、ガナッシからインディカーに参戦したマックス・チルトンだが、ガナッシは2018年から4台体制から2台体制に縮小。チャーリー・キンボールとともにチームを離れていた。

    「今日の発表はこれを現実のものにすることに関係してきた全員に本当に大きな喜びをもたらすものだ」とマックス・チルトンはコメント。

    「カーリンは近代のベライゾン・インディカー・シリーズに参戦する初の英国チームであり、チームが数年前にアメリカン・レーシングに参入して以降の多くのハードワークと野心の結果だ」

    「カーリンは僕にとって家族のようなものだし、2018年にとても興奮している。2009年から不規則ではあるけど彼らとレースをしているし、チームと一緒に自分の最も競争力のある年月を過ごしてきたので、僕たちがインディカーでの素晴らしい結果のために仕事ができることはわかっている。ベライゾン・インディカー・シリーズは、非常に競争的ではあるけど、新しいエアロパッケージの導入は競争の場を整えることに役立つはずだ。カーリンはこのようなスペックのシリーズで最大限を見い出すことに本当に長けている」

    「ギャラガーがインディカーにおける僕のサポートを継続してくれることに心から感謝している。今年、ギャラガーの26000人以上の従業員、そして、チームワークとイノベーションに重点を置くブランドを代表する重要性はさらに大きくなっていた。2018年のこのパッケージの一員になれることにとても感謝している」

    チャーリー・キンボールは、2005年にカーリンから英国F3に参戦。2007年にはカーリンが運営するヴィクトリー・エンジニアリングからフォーミュラ・ルノー3.5に参戦しており、10年ぶりにカーリンに復帰することになる。

    「2018年シーズンのベライゾン・インディカー・シリーズのためにカーリンに加入することに本当に興奮している。彼らはヨーロッパでレースをしていたときに僕のキャリアをスタートさせる大きな役割を担ってくれたし、2005年の英国F3選手権では一緒に大きな成功を収めた」とチャーリー・キンボールはコメント。

    「トレバー、そして、カーリンのチーム全体と再び仕事をするこの機会を得るには全てが適切なタイミングで実現したように思う。マックスとはチームメイトとしてすでに2年間仕事をした経験があるし、この新しい冒険を開始するにあたり、僕たちの長所と短所をお互いを本当に補完できると思う。もちろん、ベライゾン・インディカー・シリーズが新しいレースチームを獲得することはエキサイティングなことだけど、それだけでなく、このチームを構成する有望で競争力のあるグループを獲得することになる。10年連続でノボノルディスクを迎えることは、個人的に大きな意味があることだ。彼らはスポンサー以上の存在だ。ノボノルディスクは真のパートナーであり、彼らのサポートには感謝してもしきれない」

  • 【インディカー】 佐藤琢磨、レイホール移籍を決断した経緯を語る

    【インディカー】 佐藤琢磨、レイホール移籍を決断した経緯を語る

    佐藤琢磨が、2018年にレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへの移籍を決断した経緯を語った。

    今年、佐藤琢磨は名門アンドレッティ・オートスポーツに移籍し、アジア人として初めてインディ500を制した。誰もが来季もアンドレッティで活躍するものと考えていたが、佐藤琢磨は2012年に所属していたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへの移籍を選んだ。

    佐藤琢磨は10日(日)、都内でファンイベント『TAKUMA CLUB MEETING 2017』を開催。その場で移籍についての経緯を語った。

    「僕としては、やっぱりシリーズチャンピオンになりたいんです」と佐藤琢磨は語り始めた。

    「それには絶対的な速さと強さが通年を通してないとなれない。シリーズチャンピオンを獲りたいんですけども、2018年は新しいパッケージなる。でも、今年はホンダとシボレーで違う。エンジンだけでなく、空力特性が違った。2016年から2017年にかけてレギュレーションがフリーズになったので、16年に速いクルマは17年も速い、16年に遅いクルマは17年も遅いということになる。そうすると、ホンダのパッケージは非常に申し訳ないんだけど、シリーズチャンピオンはあまり現実的ではない。となったときに、狙うは一つ、インディ500だと」

    「そうすると、インディ500で一番強いチームというと、当然ペンスキー、ガナッシの2つだけではなく、アンドレッティ・オートスポーツがある。僕としては、インディ500を獲りにいく、そのためにアンドレッティに行くと。2016年、アンドレッティは1-2だった。戦略の違いがあったんですけど、つまり、どういった状況でも速かったのは事実なので、17年も強いだろうと。そのときに、AJフォイト・レーシングの進路が変わってしまって、エンジンのメーカー変更があって、僕としてはホンダ系のチームでやっぱり走りたい」

    「だから、他を探していて、26号車がそっくりそのままあって、そこには自分が昔いたエンジニアが待っていてくれて、とすべて揃っていたので、本当に二つ返事ではないけど、アンドレッティに行くと決めて、移籍したわけです」

    「ところが、僕としては15号車がずっと気になっていたんです。2012年にボビーのところで走って、その後、お互いに違う道を行かざるを得なかったんだけど、ボビーは僕に来年一緒に走ろうとずっと言ってくれてた。でも、いろんな条件、チームの大きさだったり、体制だったりが整わなくて、実現しなかったんですね」

    「18年に関しては、僕がインディ500を勝った今、ボビーとしては今言わないでどうするという話になって。僕としてはチームの契約があるし、そんな簡単には行かないんです」

    「ところが、同じときにマイケルが『ちょっとエンジンメーカーが変更になる可能性がある。シボレーで走れるか』という質問があって、どっかで聞いたセリフですけど(笑)。で、『一回、持ち帰らせてくれ』と。で、日本に戻ってホンダにも相談して」

    「そのときに例えば、F1の時も実はそうだったんだけれども、“待つ”という作業があったんですよ。でも、それって、結局自分の未来を誰かに委ねなきゃいけない。マイケルを信じて、でも、ファイナルシャルの状態とかいろいろ見ると、チームの中にいたんでわかるんだけども、本当にやばかったんですよ。で、シボレーに行く可能性がものすごい高くて」

    「そうなると、ずっと契約で拘束されたまま、いろんなところが埋まり始めてて、ポンと放出される可能性があった。向こうとしてはインディ500に勝ったので放出なんてしないんです。ただ、もしシボレーのエンジンになったら、僕は走らないし、走れないんですよ」

    「そうなったときにまた移籍ってなって、チームがまた戻るとか、下にいくとか嫌だったんで。インディ500獲ったらチャンピオンしかないでしょう。そしたら、ボビーのところしかないんですよね。でも、もちろん、アンドレッティと契約更新することもできました。ちゃんとオプション契約も持っている。でも、僕としては次のステップに行きたい

    「なんでレイホールなのかというと。これまでアンドレッティ・オートスポーツは4台体制で、ペンスキーも4台体制、チップ・ガナッシも4台体制のなかで、グラハム・レイホールは1台でやってきた。で、ホンダのパッケージが苦しかった15年と16年、シングルカー体制でホンダ最上位だったんですよ。それぐらい安定している。ショートオーバル、スーパースピードウェイ、ロードコース、ストリートコース、すべての環境のなかで速くないとシリーズ争いの上位には入れないんです。しかも15年はチャンピオン争いをしている。今年も確かスコット・ディクソンには負けたんですけど、ホンダ2位なんですよね。そういうことを見ると、基本的なメカニカル、つまり空力サイドでは僕らはある意味ディスアドバンテージがあったわけで、それをカバーできるメカニカルグリップを彼らは持っている。それは僕はグラハムの真後ろで走っていたからよくわかる」

    「で、来年はユニバーサルパッケージということで上側が全員一緒になるので、何が大事かと言うとメカニカルグリップなんです。アンドレッティはプラクティスで4台のなかで一番いいのを選んでいけるけど、彼らはとりあえずひとつの方向で行くしかない。適当にいくとレースは科学の世界なので駄目になっちゃうんだけど、彼らのエンジニアリングはちゃんと正しいところに戻ってくる。グラハムも時として予選を失敗することもあるんだけど、決勝は常に速いんですよ」

    「それで僕は話を進めて、ボビー・レイホールのところに移籍することを決意したんです」

    古巣に戻ることに関して佐藤琢磨「全然問題ないでよ」と語る。

    「あの年は僕がインディカーに乗って初めての表彰台だったり、そして、インディ500はあとちょっとで勝てるところまで行って、すごく勢いのあるいいチームだった。ただ、小さかったし、エンジニアリングのメンバーもあれからごそっと一新して、非常に強くなった」

    「僕としては26号車はやっぱり後ろ髪を引かれたというか、やっぱり彼らとともに作り上げてきたものというのは、間違いなくナンバー1のクルマですし、本当に彼らのサポートがあったからこそ僕は活躍ができたわけで、その人たちと一緒にできないのは非常につらかったですね。でも、みんな涙してたけど、俺らの絆は一生変わらない、どこに行っても応援していると言ってくれて。ただ、後ろを走ってねと(笑)。それはお互い様というか、非常に別れ惜しいけど、非常に素晴らしい環境のなかで送り出していただいて、感謝の気持ちしかないです」

  • 【インディカー】 マルコ・アンドレッティ、2018年は98号車をドライブ

    【インディカー】 マルコ・アンドレッティ、2018年は98号車をドライブ

    アンドレッティ・オートスポーツは、2018年にマルコ・アンドレッティとアレキサンダー・ロッシのマシンを交換し、マルコ・アンドレッティがブライアン・ハータ・オートスポーツのマシンを走らせることなった。

    アンドレッティとブライアン・ハータのパートナーシップは3年間延長され、2018年はマリオ・ハンドレッティが#98 アンドレッティ・ハータ、アレキサンダー・ロッシが#27 アンドレッティ・オートスポーツとしてエントリーする。

    CARTとインディカーのウィナーであるブライアン・ハータのチームは、2016年シーズン前にマイケル・アンドレッティのチームと合流。彼らのジョイントエントリーはアレキサンダー・ロッシとともにその年のインディ500を制した。

    パートナーシップは2017年に延長され、アレキサンダー・ロッシがドライバーとして残ったが、ブライアン・ハータ自身はマイケル・アンドレッティの27号車のストラテジストを務めていた。

    マルコ・アンドレッティは、過去2シーズンで表彰台に上がっておらず、今年はランキング12位でシーズンを終了。一方、アレキサンダー・ロッシはアンドレッティ勢ではトップとなる7位で選手権を終えていた。

    「アンドレッティ・ハータのエントリーで参加するとても楽しみにしている」とマルコ・アンドレッティはコメント。

    「僕の目標は、98号車でまたインディ500の勝利、その他の多くの勝利をもたらすことだ」

    「ブライアンとの仕事は爽快だ。彼は僕がビクトリーサクールに戻るために必要なあらゆるツールを与えることにコミットしてくれている」

    「彼は僕の才能を信じてくれているし、それを結果に帰ることに専念したい」

    19歳でインディカーへの参戦を開始したマルコ・アンドレッティは、4戦目となるインディ500で2位フィニッシュ。だが、12年間のキャリアでわずか2勝しかできていない。

    ブライアン・ハータは「アンドレッティ・オートスポーツとのパートナーシップを継続することに興奮している」とコメント。

    「この関係は、我々と我々のパートナーにとってトラック内外で本当にうまく機能している。98号車がマルコとともにタイミングスタンドに戻るのを楽しみにしているし、2018年シーズンの開始が待ち切れない」

  • ホンダ、佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーを本社ビルで特別展示

    ホンダ、佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーを本社ビルで特別展示

    ホンダは、今年のインディー500ウィナーである佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500優勝トロフィー「ボルグワーナートロフィー」を12月8日(金)・9日(土)の2日間にわたってHondaウエルカムプラザ青山で特別展示する。

    ボルグワーナートロフィーは、世界三大レースの一つ、インディ500の勝者を称えるために1936年に登場。

    それまでのウイナー24名の顔が刻まれた、特徴的なフォルムの銀製彫刻には、毎年優勝者の顔が追加されていき、レース後に飲み干す牛乳と同様にインディ500の象徴的アイコンとして認識されている。

    今年、アジア人として初めてインディ500を制した佐藤琢磨選手の顔もこのトロフィーに刻まれ、10月17日に米国で初めて公開された。

    普段、トロフィーはインディ500の舞台であるインディアナポリス・モーター・スピードウェイ内に所在する、ホールオブフェームミュージアムで展示されている。しかし、この度、1936年に登場して以来、初めて米国を離れ日本でのさまざまなイベントでお披露目されることとなり、12月8日・9日の2日間、Honda青山ビルにも展示されることになった。

    本物のフォルム、その大きさ、刻まれた歴代の優勝者の表情を間近で見ることができる希少な機会だ。

    ボルグワーナートロフィー
    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。佐藤琢磨の顔は、ボルグワーナートロフィーに載る104個目。佐藤琢磨が勝ったレースは第101回大会だったが、過去2回のレースがリリーフドライバーを起用しての優勝だったことから2つの顔が一年のスペースに刻まれたことと、第二次世界大戦後、消滅の危機に面したインディアナポリス・モーター・スピードウェイを新たなオーナーとなって救い、インディカーレースを今の隆盛へと導いたトニー・ハルマンの顔もトロフィーに刻まれている。そのため、佐藤琢磨は104番目となった。なおトニー・ハルマン氏の顔だけは、その偉大なる功績を讃えるため24カラットのゴールドで作られている。当初の価値は1万ドル(約112万円)だったが、現在は350万ドル(約3億9500万円)まで価値が上昇している。

  • 佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーが日本へ…米国を離れるのは史上初

    佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーが日本へ…米国を離れるのは史上初

    佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500の優勝トロフィー『ボルグワーナートロフィー』が、82年の歴史上で初めて米国を離れ、日本へとやってくる。

    今年、佐藤琢磨は世界3大レースのひとつ“インディ500”で日本人ドライバー初となる優勝という快挙を達成。日本レース界の金字塔を打ち立てた。

    ボルグワーナートロフィーは、インディアナポリス・モーター・スピードウェイに常時展示されてきた。

    しかし、今回特別に日本で開催される佐藤琢磨のインディ500優勝、そして、ホンダのインディ500における12勝目を祝う様々なイベントのために11月28日に米国を離れて日本へと輸送された。

    「ボルグワーナートロフィーが日本に移動するのは非常に特別なことだと思います」と佐藤琢磨はコメント。

    「トロフィーは世界最大のレースでの優勝を表すものですし、自分が2017年のインディ500で優勝して、自分な顔がトロフィーに刻まれたことを非常に誇りに思っています」

    「ほぼ2週間、トロフィーはファンやメディアに公開されます。インディ500で優勝した初の日本人ドライバーであることを光栄に思っていますし、ボルグワーナートロフィーが僕のチームとホンダの業績を祝うために初めて米国外に旅することに非常に感謝しています。来年もまた頑張りますよ!」

    ボルグワーナー社のマーケティング副社長を務めるスコッド・D・ギャレットは「ボルグワーナー社は、インディ500で優勝した初の日本人ドライバーである佐藤琢磨を称賛するためにボルグワーナートロフィーが日本に持ち込まれることに興奮している」とコメント。

    「ホンダのインディ500での12勝と琢磨の“500”初優勝を彼らの母国で祝う手助けができることはボルグワナーの名誉だ。我々はボルグワーナートロフィーを日本のレースファン、メディア関係者、我々の従業員に示せることを非常に誇りに思っている。重さ110ポンド、高さ5フィート以上あるこの歴史的で象徴的なトロフィーは、インディアナポリス500の素晴らしい歴史と伝統を表している。その勝者は1911年の最初の“500”までさかのぼる」

    ボルグワーナートロフィー 展示スケジュール
    12月3日(日):Honda Racing THANKS DAY(ツインリンクもてぎ)
    12月4日(月):東京ドーム
    12月6日(水):ボルグワーナー工場(三重県・名張市)
    12月7日(木):NSKワーナー工場(静岡県・袋井市)
    12月8日(金):ホンダ本社(東京・青山)
    12月9日(土):ホンダ本社(東京・青山)
    12月10日(日):佐藤琢磨ファンイベント(東京)
    12月11日(月):佐藤琢磨 受賞イベント(東京)

  • ダニカ・パトリック、2018年限りでのレース引退を表明

    ダニカ・パトリック、2018年限りでのレース引退を表明

    ダニカ・パトリックは、2017年がNASCARカップシリーズでの最後のフルタイムの1年になると述べ、2018年は最後のレースとしてデイトナ500とインディ500でレースをすると述べた。

    スチュワート・ハース・レーシングは、2018年にダニカ・パトリック(35歳)に代えてアリック・アルミロラを起用することを決定。ダニカはシートを失うことになった。

    以前、ダニカ・パトリックは、2018年もNACARでレースをすることが唯一の望みであり、同シリーズにとどまるために交渉を続けていると述べていた。

    しかし、ダニカ・パトリックは17日(金)にホームステッドで「今年はフルタイムのドライバーとして最後のシーズンになるでしょう」と発表。

    「どうしても駆り立てられているという気がしませんし、そうすべきだと感じています。それが自分の人生が進むべき道だと感じています」

    ダニカ・パトリックは、インディカーへの1回限りの復帰と、デイトナで最後にNASCARを戦うことが、終えるための正しい方法だと感じていると付け加えた。

    「完全には終わっていない。来年はデイトナ500とインディ500で走るつもりです」

    「それについて本当に興奮しています。引退のための素晴らしい方法になると思っています」

    ダニカ・パトリックのNASCARカップでの最高成績は2014年のアトランタでの6位。さらに6回のトップ10フィニッシュを達成している。

    「私がずっと望んでいたのは、素晴らしいドライバーとして覚えてもらうことです」とダニカ・パトリックはコメント。

    「みなさんが私のことを女の子として覚えてくれるどうかは気にしません。もちろん、私はそうですが、素晴らしいドライバーとしても覚えてほしいです」

    「何年も前にも言ったように、うまくいかなければ、楽しめなければ、それをしたくはありません。そして、ここにいるのは楽しいことではありません」

    2008年のもてぎで女性初のインディカー優勝を成し遂げたダニカ・パトリックは、インディカーとNASCARで勝利を収める数少ないドライバーの一人になることを目指していた。しかし、NASCARの独自性はそれを達成させるのを難しくしたと述べた。

    「NASCARの難しいところは、インディカーの2倍、20台ではなく40代が走り、本当に競争的なことです。クルマが大きな違いを生みます」

    「ドライバーとしてコントロールできないことが多くあると感じていますし、それにはフラストレーションの溜まることです」

    「インディカーへの復帰では調整することは少しだけだと思いますが、異なるのは確かです。今の自分がインディカーで走っていた頃よりも悪いドライバーだとは感じていませんし、本質的には良いドライバーになっていると感じています」

    「慣れるのに少し時間がかかるとは思いますが、いざその時が来たら、もう少し近づけると思います。幸運にもそれまでに多くの時間がありますしね」

    ダニカ・パトリックは、2018年の2つのレース以降はレースを続けることはないだろうと付け加えた。

    「絶対ないとは言えませんが、それが私の計画です。インディカーを終えれば、終わりです」

  • アンドレッティ、チームとしてのF1参戦に興味

    アンドレッティ、チームとしてのF1参戦に興味

    元F1ドライバーでアンドレッティ・オートスポーツのオーナーであるマイケル・アンドレッティは、将来にチームオーナーとしてF1に再び参戦したいと考えていることを認める。

    1991年のCARTチャンピオンであるマイケル・アンドレッティは、1993年にアイルトン・セナのチームメートとしてマクラーレンからF1に参戦。シーズン途中でアメリカに戻ったアンドレッティは、2003年に自らのチームを設立し、以降はチームオーナー業に専念している。

    今年、フェルナンド・アロンソは、そのアンドレッティ・オートスポーツとマクラーレンの協力によってインディ500デビューを果たしている。

    2021年から低コストの新たなF1エンジンを導入する計画を発表されて話題となっているF1だが、同時にF1チームの予算についてもコストキャップの導入が計画されている。

    予算キャップが実現すれば、新たなF1チームが参入する門戸が広がることになる。

    マイケル・アンドレッティは、チャンスがあればF1に参戦することに興味を持っていると認める。

    「当然ながら、それは後援者が得られるか次第だ。自分自身でそのようなことをする余裕はないからね」とマイケル・アンドレッティは DW Motorsport に語った。

    アンドレッティ・オートスポーツは、インディカーだけでなく、フォーミュラE、ラリークロス、V8スーパーカーにもチームとして参戦している。

    マイケル・アンドレッティは、過去にF1でもチーム結成に近づいていたことを認めている。

    「F1をやってみようという話しはいくつかあったが実現はしなかった」とマイケル・アンドレッティはコメント。

    「我々はいつも目を開いてチャンスを見逃さないようにしているよ」

    FIA会長を務めるジャン・トッドは、真剣な候補者がいれば、新規F1チームの入札プロセスを開始することになるだろうと述べている。

    「我々が入札を行うときができると感じたときがそうなる。現在、我々には10チームいるが、12チームまで増やしというアイデアはある。なので、我々には機会はある。1~2チーム強力なニューカマーがいれば、その可能性はある」

    「ハースのケースと同じように、本格的な関心があり、人々が有能だと確信できれば、我々は入札を行う」

  • ホンダ、「モースポフェス in 九州」の参加概要を発表

    ホンダ、「モースポフェス in 九州」の参加概要を発表

    ホンダは、2017年11月19日(日)、熊本県のHSR九州にて開催される「モースポフェス in 九州」にて、レーシングマシンなどの展示や、Hondaライダー・ドライバーによるデモンストレーション走行などを行う。

    「モースポフェス in 九州」は、“モータースポーツの力で地域に活力を”の想いを込め、自動車関連各企業、団体が垣根を超えて、さまざまなモータースポーツの魅力をお伝えするとともに、クルマを運転する楽しさやクルマへの憧れ・夢を育んでいただけるイベントで、今回が初めての開催となる。

    なお、当日は、今年5月に米国にて開催された第101回イインディ500で優勝した佐藤琢磨が来場し、トークショーなどのイベントに参加するほか、インディ500優勝マシンの展示も行う。また、2017年の参戦車両であるSUPER GTのARTA NSX-GTのデモンストレーション走行と、全日本スーパーフォーミュラ選手権のTEAM MUGEN ピエール・ガスリーの参戦マシンの展示も行う。

    さらに、ちびっこバイク体験やASIMOふあふあ、McLaren-Honda MP4-31コックピット体験など、幅広い層のお客様にお楽しみいただけるプログラムを用意している。

    【主なイベント参加者(予定)】
    □二輪ライダー
    <MFJ全日本ロードレース選手権> 高橋 巧
    <MFJ全日本モトクロス選手権> 田中 雅己
    <MFJ全日本トライアル選手権> 小川 友幸
    <トライアルデモンストレーター> 小林 直樹
     
    □四輪チーム監督 鈴木 亜久里
    □四輪ドライバー 
    <インディカー・シリーズ> 佐藤 琢磨
    <SUPER GT(GT500クラス)> 野尻 智紀
     中嶋 大祐
     塚越 広大
     ベルトラン・バゲット
     伊沢 拓也

    【イベント概要】
    ■名称 モースポフェス in 九州 / MOTOR SPORTS FESTIVAL in KYUSHU
    ■主催 モースポフェス in 九州 実行委員会
    (トヨタ自動車株式会社、本田技研工業株式会社)
    ■後援(予定含む) 一般社団法人日本自動車連盟(JAF) / 株式会社日本レースプロモーション(JRP) / 株式会社GTアソシエイション(GTA) / 一般社団法人九州観光推進機構 / 熊本県 / 大津町 / 西原村
    ■会場 HSR九州
    〒869-1231 熊本県菊池郡大津町平川1500
    ■開催日 2017年11月19日(日) ※雨天決行
    ■時間 9:00~17:00(予定)
    ■入場/駐車料金 無料
    ■公式サイト http://msp-f.com
    ■お問い合わせ先 モースポフェス in 九州 事務局 Mail: info@msp-f.com