カテゴリー: F1マシン

  • F1マシン列伝:ウィリアムズ FW26 没落を招いた“セイウチノーズ”

    F1マシン列伝:ウィリアムズ FW26 没落を招いた“セイウチノーズ”

    ウィリアムズF1チームの2004年F1マシン『ウィリアムズ FW26』は、その衝撃的な“セイウチノーズ”とともに名門チーム没落のきっかけとなった。

    F1には“美しいマシンは速い”という格言がある。そこには確かな根拠はないが、このウィリアムズ FW26をはじめとするF1マシンはその格言を逆説的に正当化することを証明する結果となっている。

    2003年にフェラーリと最終戦までコンストラクターズ選手権を争い、2年連続でコンストラクターズ選手権2位で終えたウィリアムズは、このままでは勝てないことを悟り、斬新な空力デザインを採用した『ウィリアムズ FW26』を生み出す。

    ツインキール構造を新たに導入したモノコックの性能を最大限まで引き出すべく、ノーズ下面への空気流増加を狙ってデザインされたFW26は、ウロントウイングを吊り下げる太くて短いノーズコーンから2本のステーが牙のように見えたことから“セイウチノーズ”というあだ名がつけられた。

    だが、結果的にこの大胆なフロント周りがマシンの姿勢変化に弱い性質を生み出し、ラップタイムが安定しないという事態に陥った。

    前年2勝ずつを挙げたファン・パブロ・モントーヤとラルフ・シューマッハを起用した2004年。開幕戦4位。第2戦で2位表彰台、第4戦サンマリノGPで3位表彰台を獲得するが、勝利にはつながらない。第8戦カナダGPではラルフ・シューマッハが予選ポールポジションを獲得し、決勝も2位だったものの、ブレーキダクト寸法違反で2台ともに失格となる不運もあった。

    ウィリアムズは後半戦に大幅なアップデートを実施。第10戦フランスGPではコンパクトなサイドポンツーンを投入。そして、第13戦ハンガリーGPではセイウチノーズが廃止されてオーソドックスなものに変更され、フロントウイングの形状も見直された。

    その結果、第17戦日本GPでラフフ・シューマッハが復帰2戦目で2位表彰台を獲得。最終戦ブラジルGPではファン・パブロ・モントーヤが優勝でシーズンを締めくくった。コンストラクターズ選手権は4位。

    だが、このマシンの失敗は翌年まで尾を引き、2005年は未勝利でコンストラクターズ5位に転落。成績の低迷とチーム運営への方針を巡ってBMWとの関係は悪化。BMWはザウバーを買収してコンストラクターとして参戦することを決意し、ウィリアムズは2006年からプライベーターチームとして再出発することになる。

    そこからは2012年の1勝(パストール・マルドナド)以外に勝利を挙げることはできておらず、事実上、ウィリアムズFW26は現在の低迷へのきっかけとなる1台となった。

    ウィリアムズ FW26 (2004年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW26 (2004年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW26 (2004年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW26 (2004年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW26 (2004年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW26 (2004年のF1世界選手権)

  • F1マシン列伝:ジョーダン 191 “デザインとカラーリングの勝者”

    F1マシン列伝:ジョーダン 191 “デザインとカラーリングの勝者”

    ジョーダンの1991年F1マシン『ジョーダン 191』は、F1史上最も美しいマシンの一台に数えられている。

    勝利や表彰台という記録は残していないが、“デザインとカラーリングの勝者”であるジョーダン 191は、7回のF1ワールドチャンピオンであるミハエル・シューマッハのF1デビューマシンとしても記憶されている。

    1991年にアイルランド出身のエディ・ジョーダンが創設したジョーダン・グランプリの第1号マシンは、発表時にはジョーダン 911とネーミングされていたが、「911」を看板車種に有しているポルシェからクレームが入ったことから、プレシーズンテストからジョーダン 191と改称された。

    ジョーダン 191は、元レイナードのゲイリー・アンダーソンを中心に開発。空力は当時のトレンドが多数取り入れられた。フロントウイングは、ティレルがF1に持ち込んだハイノーズとアンヘドラルウイングをモディファイしたトーショナルウイングを採用。丸く細長いペンシルノーズやホームベース側のコックピット開口部、2つの大型トンネルを備えたディフュザーはエイドリアン・ニューウェイが設計したレイトンハウスのマシンに見られたものだった。だが、独自のデザインも見られ、リアエンドに向けて下部をえぐったサイドポンツーンは他チームにも模倣されることになった。

    そして、何よりも目を引いたのがそのカラーリングだった。緑色をブランドカラーとするペプシコーラ社ブランドの「7up」がタイトルスポンサーについて『7up ジョーダン』として参戦した初年度は、アイルランドのレーシングカラーでもある鮮やかなグリーンとブルーに塗装されたされた。同じく緑色をブランドカラーとする富士フイルムをスポンサーとして獲得するなど、統一感のあるカラーリングだった。

    第10戦ハンガリーGPではベルトラン・ガショーがチーム及び自身初のファステストラップをマーク。だが、F1ハンガリーGP後にガショーが傷害事件で投獄されるという不祥事が発生し、チームは代役としてメルセデス・ベンツの秘蔵っ子であるミハエル・シューマッハを起用する。シューマッハはデビュー戦のF2ベルギーGPで当時チーム最高の予選7位を記録して注目を集め、この1戦のみでベネトンに引き抜かれた。

    ジョーダン 191は、最終的に13ポイントを獲得し、デビューシーズンにコンストラクターズランキング5位という素晴らしい成績を収めた。

    ジョーダン 191 / 1991年のF1世界選手権ジョーダン 191 / 1991年のF1世界選手権ジョーダン 191 / 1991年のF1世界選手権ジョーダン 191 / 1991年のF1世界選手権ジョーダン 191 / 1991年のF1世界選手権

  • F1マシンを彩ったタバコスポンサー Part 1

    F1マシンを彩ったタバコスポンサー Part 1

    F1マシンをかつて彩ったタバコ会社のスポンサーシップを特集する。

    1968年、ロータスはF1チームとして初めてF1マシンを完全にタバコのカラー、インペリアル・タバコのゴールドリーフの色で塗装した。それ以降、F1マシンのカラーリングは、ナショナル・レーシングカラーからスポンサーカラーへの移行が進むことになり、何十年もの間、タバコ産業はスポーツへのスポンサーにおいて主役を演じていた。

    マールボロの親会社であるフィリップ モリスは、フェラーリを実質的に支援してはいるものの、2008年以降、タバコ広告はF1から完全に姿を消した。

    ゴールドリーフ(Gold Leaf)
    ゴールドリーフ(Gold Leaf)
    ゴールドリーフは、F1をスポンサードした最初のタバコ会社。1968年のロータス 49はパッケージにちなんだ赤・白・金のカラーリングが施された。ゴールドリーフカーのマシンでグラハム・ヒルはチャンピオンを獲得。2年後には第10戦イタリアGPで事故死したヨッヘン・リンが死後にその年のチャンピオンを獲得している。赤・白・金のカラーリングは1971年が最後となり、翌年からは姉妹ブランドのジョン・プレイヤー・スペシャルに代わった。このスポンサードを機に、F1マシンはナショナル・レーシングカラーからスポンサーカラーへの移行が進むことになった。

    ジョン・プレイヤー・スペシャル(JPS)
    ジョン・プレイヤー・スペシャル(JPS)
    ジョン・プレイヤー・スペシャルのブラック・ゴールドのカラーリングはカルト的な人気を誇った。JPSと聞いてタバコではなく、ロータスのF1マシンを連想する者さえいた。1972年にエマソンフィッティパルディがJPSロータス72で最初のワールドチャンピオン獲得し、1978年にはマリオ・アンドレッティは、グラウンドエフェクトカーのロータス79でタイトルを獲得した。その後、JPSは2年半F1を離れていたが、1981年の夏にロータスに戻った。エリオ・デ・アンジェリスとアイルトン・セナも80年代にJPSカラーのマシンで勝利を収めた。1986年の終わりにJPSはF1から撤退した。

    マールボロ(Marlboro)
    マールボロ(Marlboro)
    ほとんどの人が知っているくらい有名なカラーリング。最初はBRM(ブリティッシュ・レーシング・モータース)、続いてのウィリアムズF1の前身であるイソ・マールボロをスポンサードしたのち、1974年から22年間にわたってマクラーレンのスポンサーを務めた。同時に、アルファロメオとBMSスクーデリア・イタリアのマシンも赤・白に塗られた。1996年以来、親会社であるフィリップモリスはスクーデリア・フェラーリと提携し、今日まで数百万ドルをもたらしてる。マールボロほどF1タイトルを祝ったタバコ会社はいないだろう。エマーソン・フィッティパルディ、ジェームス・ハント、ニキ・ラウダ、アラン・プロスト、アイルトン・セナ、ミハエル・シューマッハが赤・白のマシンでタイトルを獲得している、

    ジタン(Gitanes)
    ジタン(Gitanes)
    リジェとジタンは何年も切り離せない存在だった。1976年から1995年までリジェのマシンにはジプシーが舞う青・白のカラーリングが施された。もちろん、ジャック・ラフィット、パトリック・デパイユ、ディディエ・ピローニといったグランプリウィナー、ジャッキー・イクスといったグランプリウィナーがドライブした。

    ゴロワーズ(Gauloises)
    ゴロワーズ(Gauloises)
    ゴロワーズは1996年にジタンからリジェのメインスポンサーとして引き継ぎ、雨のモナコGPでオリビエ・パニスの驚くべき勝利で比類のないスポーツへの参入を経験した。1997年初頭にアラン・プロストがリジェを引き継いでプロスト・グランプリと改称された後も2000年までメインスポンサーを務めた。

  • F1マシン列伝:ホンダ RA108 第3期最終作を印象付けた“ダンボウイング”

    F1マシン列伝:ホンダ RA108 第3期最終作を印象付けた“ダンボウイング”

    ホンダが2008年のF1世界選手権に投入したF1マシン『ホンダ RA108』は、その“醜悪なダンボウイング”の印象だけを残して、ホンダの第3期F1活動の最終マシンとなった。

    2006年にホンダはBATが所有する株式を取得し、ワークスチームとしてF1への参戦を開始。F1ハンガリーGPではジェンソン・バトンが優勝し、オールホンダとして39年ぶりの勝利をもたらし、次年度以降に期待を抱かせるスタートを切った。

    ホンダF1は2007年にむけて新しいフルスケールの風洞施設を活用して新車『ホンダ RA107』を開発したが、開発に失敗。コーナー進入時にアンダーステア、出口ではオーバーステアと空力的に敏感すぎるマシンとなり、わずか6ポイントしか獲得できなかった。

    ホンダは2017年11月にチームプリンシパルとしてロス・ブラウンを招聘して巻き返しを図ったが、すでに開発が進められていた2008年マシン『RA108』のベース部分に関わることはできなかった。カラーリングは、前年にグリーン・アワード大賞を獲得した「myearthdream」を進化させた「earthdreams」とし、黒ベースから白ベースへと変更された。

    ロス・ブラウンは、RA108の発表時に次のようにコメントしている。

    「RA108の空力レイアウトとメカニカル構造は、今までのマシンと異なるコンセプトで設計した。特に、空力パーツのパッケージングや性能をより柔軟に調整でき、シーズン中のアップデートもよりスムーズにできるデザインにしている。安定した、高い効率の空力性能を引き出すことに焦点を絞り、車体のレイアウトを、空力パーツやサスペンションに対して、いかに最適なコンビにまとめるかに集中した。これにより、更なる開発に対してアップデートが可能となるため、実際には、今日の車と比較して、開幕戦メルボルンまでに空力パッケージがさらにアップデートされるだろう」

    「2008年の目標は、2006年シーズンの後半のような安定的に毎戦ポイント獲得を狙えるだけの実力を十分に確保すること。まずそれを達成し、さらに高いレベルを目指したい。私がホンダに加わってから、チームのリソースと仕事の進め方を理解し、どうすれば進化できるかに、自らの焦点を絞った。期待に添えず残念な結果に終わった2007年シーズンを経験し、目標に向かって絶え間ない努力を続けたチームのメンバーに感謝している。新しいマシンがどれだけ進歩するかは、様子を見る必要があるが、このチームには目標を達成できる素質がある」

    だが、現実は甘くはなかった。第8戦までの入賞はルーベンス・バリチェロが6位と7位を1回ずつ、ジェンソン・バトンが6位1回と低迷。第9戦イギリスGPではバリチェロが3位を獲得し、チームにとって2006年最終戦以来、1年8カ月以上ぶりとなる表彰台をもたらしたが、これは雨絡みのレース展開でもたらされたものだった。最終的に14ポイントの獲得でランキング9位でシーズンを終えた。

    ホンダ RA108 ダンボウイング

    ホンダは、シーズン中に空力アップデートを投入して巻き返しを図るが戦闘力を高めることはできなかった。特にインパクトを残したのが“ダンボウイング”だった。形状がディズニー映画『ダンボ』に登場した象の耳を思わせたことそう呼ばれた。ノーズ上面に配置されたこのウイングレットは、“ホーンウイング”としてマクラーレンやBMWも投入していたが、ホンダよりもマシンに融合されたデザインだった。他にもエンジンカウルの側面の“エレファントイヤー”“シャークフィン”など、当時のトレンドだった空力パーツも導入されたが、事実上、来季にむけてRA108の開発は早々に終了していた。

    富士スピードウェイで開催された第16戦日本GPの前の記者会見での首脳陣のコメントがホンダの苦戦を物語っていた。

    中本修平は「昨年のマシンは空力に大きな問題を抱えていて、エアロのチームを作り変えた。結果的に、開発のスタートが遅れてしまった。その遅れが、シーズンの前半のレース成績に影響が出てしまった。その遅れをロスを中心にキャッチアップし、エアロのアップデート、メカニカルのアップデートを続けてきて、クルマは仕上がりつつあるが、持っている力を100%出し切れていない。それがレース結果になってしまっている」と元気なく語った。

    ロス・ブラウンも今シーズンの結果を“残念な結果”と表現するが“やむを得ない犠牲だった”と語った。「私自身、チームの仕組みを理解する上で重要だったし、様々な補強を図ってきたし、チームが力を発揮できる体制を練ってきた。期待通りのマシンではなかったが、犠牲を払う必要があった」と準備の1年だったことを強調した。

    だが、時はすでにリーマン・ショックが自動車メーカーに大きな打撃を与えていた。そして、ホンダは12月5日に緊急記者会見を開き、F1から撤退することを発表した。

    F1撤退のプレスリリーズでホンダは以下のように述べている。

    「私どもホンダは、このたび、2008年をもってF1レース活動から撤退することを決定いたしました。サブプライム問題に端を発した金融危機と、それらに伴う信用危機、各国に広がった実体経済の急速な後退により、ホンダを取り巻くビジネス環境は急速に悪化してきています。当面の世界経済は不透明さを増すばかりであり、回復にはしばらく時間がかかることが予想されます。ホンダはこの急激かつ大幅な市場環境の悪化に対し、迅速かつフレキシブルに対応をしてきましたが、将来への投資も含め、さらに経営資源の効率的な再配分が必要との認識から、F1活動からの撤退を決定いたしました。今後のHonda Racing F1 Team、英国でエンジンの供給を行ってきたHonda Racing Development Ltd.については、チーム売却の可能性も含め従業員と協議にはいります。ホンダは第3期のF1活動として、2000年よりB・A・Rとの共同開発という新しい形での参戦をいたしました。その後のF1を取り巻く環境変化により2006年よりホンダが100%出資するチームとしての運営に移行しました。最高峰のレースへの挑戦は、思いのほか厳しい道のりでしたが、多くの応援を頂き、2006年に貴重な1勝をあげることができました。頂いたご声援に十分お応えすることなく撤退の決定をすることは大変困難をともなう決断でした。今後は、この激動の時代を生き抜き、レースで培われたチャレンジング・スピリットをもって、様々な新たな課題に引き続き挑戦し続けてまいります。これまで、ご声援をくださった多くのファンの皆様、そして活動を支えてくださったF1界の皆様に対し、心よりお礼申し上げます。ありがとうございました」

    最終的にホンダF1チームは、ロス・ブラウンに事実上譲渡され、2009年にブラウンGPはホンダが『RA109』として開発していたマシンでドライバーズ選手権とコンストラクターズ選手権の両方を制した。

    ホンダ RA108 2008年のF1世界戦選手権ホンダ RA108 2008年のF1世界戦選手権ホンダ RA108 2008年のF1世界戦選手権

  • F1、コンストラクターズ順位に基づいた風洞の利用時間制限を検討

    F1、コンストラクターズ順位に基づいた風洞の利用時間制限を検討

    F1チームは、小規模チームがビッグチームに追いつくことを助けるために急進的なアイデアを検討していると報じられている。

    Auto Motor und Sport は、このアイデアにはコンストラクターズ選手権の順位に基づいてF1チームが風洞で利用できる時間を制限することを含まれていると報じている。

    「トップ3チームは風洞を70%の時間使用することを許可される。これは現在すべての人が利用できる制限だ」と記者のマイケル・シュミットは語った。

    「4番目は75%、5番目は80%と続く。9番目と10番目は100%の風洞時間を利用でき、空力不足を補うことが期待されている」

    F1チームは、コスト削減のために2021年も現在の2020年F1マシンで戦うことが決定しており、新レギュレーションに合わせた2022年F1マシンの開発も一時停止され、2021年2月まで風洞の開発が禁止されている。

  • F1パワーユニットの仕組み:6つのコンポーネントの役割

    F1パワーユニットの仕組み:6つのコンポーネントの役割

    F1は、2014年にレギュレーションを変更。従来の”エンジン”にあたる内燃機関(ICE)にエネルギー回生システム(ERS)を併用したハイブリッドシステム「パワーユニット(PU)」が導入された。ハイパワーと高効率を両立したこのPUが、現代F1マシンの心臓部を司っている。

    F1世界選手権が始まった1950年以降、F1マシンの動力源は内燃機関、つまり一般の自動車と同じように燃料を用いて動力を生み出す“エンジン”を用いていた。

    しかし、石油をはじめとする化石燃料の枯渇や環境への影響といった問題が叫ばれるようになり、F1も2014年にハイブリッドエンジンを導入した。

    最先端のハイブリッドシステムでは、ブレーキの運動エネルギーと排気の熱エネルギーを電力に回生。将来的には市販車への技術転用も期待されている。PUの各部がどのような役割を果たしているのか、一つずつ見ていこう。

    ICE(内燃機関)
    ICE(内燃機関)
    ICEは従来で言う“エンジン”に当たる。現行のレギュレーションでは、排気量1.6L、6気筒のエンジンと定められており、V型バンクに3気筒ずつ配置されているため、V6エンジンと呼ばれる。使用される燃料は厳密に規定され、市販車向けにかなり近いものとなっている。

    ターボチャージャー
    ターボチャージャー
    ターボチャージャー(TC)は、エンジンの排気を利用してコンプレッサーを回転させ、エンジンへ送り込まれる空気を圧縮、増幅させている。燃料を燃やすには酸素が必須だが、1レースの燃料消費量が110㎏に制限されたレギュレーションのもとでは、燃焼効率を増すためにより多くの酸素が必要となる。このターボチャージャーは、1分間に10万回以上回転し、そうしたエンジンの“呼吸”を助けている。また、ターボチャージャーと連結しているMGU-Hは、排気を熱エネルギーに変換するだけでなく、ターボの回転をサポートし、いわゆる“ターボラグ”の解消にも使われている。

    MGU-K
    MGU-K
    「Motor Generator Unit, Kinetic」の頭文字をとったもの。Generatorは発電機、Kineticは運動学上という意味なので、直訳すると“モーター発電機ユニット – 運動エネルギー”となる。PUの中でも最も複雑な機構を持つコンポーネントの一つで、複数の役割がある。時速350km以上から70kmまでの急減速を行うこともあるF1マシンのブレーキング。旧来のF1マシンはその強大な運動エネルギーを、カーボン製のブレーキパッドが真っ赤に光るほどの熱に変えて放出し、車体を減速させていた。約540℃に達するそのエネルギーをモーターに取り込み、電気エネルギーに変換してエナジーストア(ES)、つまりバッテリーに送るのがMGU-Kだ。

    Motor Generator Unit, Kinetic
    MGU-Kは、ESに蓄えた電力で逆にモーターを駆動させ、最大で約160馬力のパワーを生み出す役目も担っている。また、この電力はターボを補助する目的でMGU-Hへも送られる。

    MGU-H
    MGU-H
    「Motor Generator Unit, Heat」の略で、Heat=熱を回生するコンポーネント。回転により発電する原理はMGU-Kと同じだが、こちらはエンジンの排気で発電を行い、そのエネルギーはESかMGU-Kへと送られる。MGU-Hは、エネルギー回生(蓄電)だけでなく、出力も行っている。これは主にターボを補助するためのもので、アクセルを開けたときにコンプレッサーの回転スピードを向上させることで、ターボラグを抑えてパフォーマンスを最大化するのに役立つ。

    エナジーストア(ES)
    エナジーストア(ES)
    エナジーストア(ES)は、MGU-K、MGU-Hで発生した電力を蓄えるバッテリー。ブレーキングや排気の熱によって生み出された電気エネルギーは、現代のF1マシンにとって不可欠な動力源となる。これらの回生エネルギーをマシン内部に貯めておき、必要に応じてMGU-K内部のモーターを通じて駆動力を向上させる。ちなみに、ESからMGU-Kへのエネルギー転送量は、1ラップあたり4MJに制限されている。

    コントロールエレクトロニクス
    コントロールエレクトロニクス
    パワーユニットの制御を司る電子デバイス。1秒間に数百万回の処理を行う。レース中は常にドライバーが求めるタイミングで最適な出力となるように制御。エネルギーの出力、回生、発電量をコントロールする。

  • F1マシン列伝:マクラーレン MP4-20 速いが脆い“ガラスのマクラーレン”

    F1マシン列伝:マクラーレン MP4-20 速いが脆い“ガラスのマクラーレン”

    マクラーレンの2005年F1マシン『MP4-20』は、間違いなく最速マシンだったが、同時に信頼性の脆さを抱えた“ガラスのマクラーレン”というフレーズを象徴する一台だった。

    マクラーレン MP4-20は、当時のテクニカルディレクターであるエイドリアン・ニューウェイ(現レッドブル)のアイデアが満載された攻めた一台だった。フロントサスペンションの配置はモノコック下端にロアアームを直接装着した“ゼロキール”方式を初採用。翌年以降多くのチームが採用し、現在のF1マシンのトレンドとなっている。

    また、インダクションボックスの低い地にツノのような形をした通称“ホーンウイング”を装着。マシン後方の気流を整え、リアウイングのダウンフォース発生量を増加させる手法の先駆けとなった。

    そして、マクラーレン MP4-20の速さは本物だった。シーズン中に12回のファステストラップを記録。19戦中10勝と2005年のF1世界選手権で最多勝利を挙げた。

    速さの象徴的なレースが第18戦日本GPだった。キミ・ライコネンは予選でタイムアタック直前に雨が降り出すという不運に見舞われ17番手スタートとなるが、決勝のオープニングラップで12番手まで順位を上げると、怒濤の追い上げを見せ、ファイナルラップの1コーナーでジャンカルロ・フィジケラ(ルノー)をアウトからオーバーテイクし優勝を果たすという見事なレースを展開した

    だが、その反面で信頼性敵に脆いマシンでもあった。メルセデス・エンジンは信頼性にかけ、エンジンブローによる3回の10グリッド降格、決勝での2回のエンジンブロー、メカニカルトラブルによるリタイヤがあった。

    第7戦ヨーロッパGPでは、キミ・ライコネンが首位を走行していたファイナルラップに左フロントサスペンション破損によりリタイア。タイトルを争うフェルナンド・アロンソに優勝を許した。

    キミ・ライコネンは、5回のポールポジション、年間最多タイ記録の10回のファステストラップ、チャンピオンを獲得したフェルナンド・アロンソと同数の7回の優勝を飾ったが、アロンソから22ポイント差のランキング2位でシーズンを終えた。7勝はワールドチャンピオンを獲得できなかったドライバーがーズン中に挙げた勝利数としては当時の最多タイ記録だった。マクラーレンとしても8勝のルノーに対して10勝と上回ったが、最終的に9ポイント差で2位となった。

    マクラーレン MP4-20 (2015年のF1世界選手権)マクラーレン MP4-20 (2015年のF1世界選手権)マクラーレン MP4-20 (2015年のF1世界選手権)マクラーレン MP4-20 (2015年のF1世界選手権)

    また、ヨーロッパにおけるタバコ広告が禁止になった2005年7月31日にウエストがタイトルスポンサー契約を終了。第13戦ハンガリーGP以降はドライバーネームとジョニー・ウォーカーのロゴがマシンに描かれた。

    マクラーレン MP4-20 ウエスト撤退

  • F1マシン列伝:ブラウンGP BGP001 “幻となったホンダ RA109”

    F1マシン列伝:ブラウンGP BGP001 “幻となったホンダ RA109”

    ブラウンGPが2009年に圧倒的な強さでダブルタイトルを獲得したF1マシン『BGP001』は、ホンダがF1を継続していれば、『ホンダ RA109』としてグリッドに並んでいるはずのマシンだった。

    大幅に空力コンセプトを変更した2007年マシン『RA107』の開発に失敗したホンダF1は、2008年にチーム代表としてロス・ブラウンを招聘して立て直しを図っていた。しかし、リーマン・ショックのあおりを受けてホンダは2008年限りでF1撤退を決断した。

    チームは、ロス・ブラウンがホンダのF1活動に関連する企業を束ねる持株会社である「Honda GP Holdings Ltd.」社が保有するホンダF1株式の100%を買い取る形売却された。なおチームの売却価格は「1ポンド」であったほか、ホンダから新経営陣に「100億円に達しない額」の保証金も支払われていたとされている。

    ホンダF1は、前年からの失敗を引きづった2008年マシン『RA108』に早期に見切りをつけ、新レギュレーションが導入される2009年にむけて『RA109』の開発にシフトしていた。ロス・ブラウンはマシン開発に当初から携わっていた。

    チーム売却のごたごたによる開発の停滞、そして、F1エンジンをホンダからメルセデスに変更するという作業が発生したにも関わらず、ブラウンGP BGP001は冬のテストで衝撃的なデビューを飾る。BGP001は初テストでノーセットアップの状態からトップタイムを塗り替え、その実力は開幕前からフェラーリのフェリペ・マッサも「敵わない」と白旗を挙げるほどだった。

    2009年、ブラウンGPは17戦中8勝を挙げる強さでコンストラクターズタイトルを獲得。6勝を挙げたジェンソン・バトンがドライバーズタイトルを獲得し、ダブルタイトルを制覇した。

    では、なぜブラウンGP BGP001はそれほどまでに速かったのだろうか?

    前述のとおり、2009年を勝負の年と見据えたホンダは、2008年シーズンを捨て、早くから2009年のレギュレーションに沿ったRA109の開発を進めてきた。その恩恵はしっかりと表れており、BGP001は全チームで最も遅い発表になったにも関わらず、各チームが冬季テストで早い時期から詰めてきたエアロコンセプトの長所をすでに備えていた。

    論争となったダブルディフューザーを生み出したことからも、ホンダF1が空力レギュレーションに対して相当なシミュレーションが行われてきたことがわかる。

    2009年のレギュレーションでダウンフォースは昨年の50%減となったが、各チームはテストの段階で80%くらいまでダウンフォースを取り戻していた。2008年時点でRA108のダウンフォースレベルは、すでに他チームに比べ90%以下だったとも言われている。そのため、継続起用となったバトン&バリチェロは、ダウンフォース削減の影響をほとんど感じなかったと考えられている。

    そして、最も大きな影響を与えたのはメルセデス・エンジンだと考えられている。フェラーリ・エンジンの搭載も検討したブラウンGPだが、シャシーとのマッチングの良いメルセデス・エンジンを採用した。ブラウンGPのエンジニアはメルセデス・エンジンは、ホンダ・エンジンと比較して「70馬力は上」だと語っている。ルーベンス・バリチェロも、メルセデス・エンジンのパワーとドライバビリティの高さを絶賛。ブラウンGPの突然の速さがエンジンの違いによってもたらされたのは確かだ。

    またブラウンGPは、同じくメルセデス・エンジンを搭載するフォース・インディアとは異なり、ホンダが独自に設計した相当軽量なギアボックスを搭載し、優れたリアのトラクションを発揮した。ギアボックスと連結するリアサスペンション、すなわち全体のサスペンション・ジオメトリーも独自に開発されたものであり、2009年マシンのパフォーマンスに苦しんだマクラーレンとは対照的だった。

    そして、KERSを搭載していなかったこともアドバンテージとなった。KERSの開発には高いコストが掛かるため、ブラウンGPは、KERSの搭載を見送った。そのおかげで30kgといわれるKERSの重量による負荷を受けず、理想的な前後重量配分を保つことができた。また各チームがKERSの信頼性に時間を費やすなか、KERS非搭載のブラウンGPは大きなトラブルなく走行距離を延ばし、セットアップを煮詰めることに成功した。

    仮にホンダが2009年もF1を継続していた場合、ホンダ RA109がブラウンGPと同じような強さを発揮できていたかはわからない。だが、仮に継続しれば、ホンダF1の運命は大きくことなっていたかもしれない。

    最終的にブラウンGPはメルセデスが買収するかたちで1年で消滅。現在のダブルタイトルを6連覇中のメルセデスの拠点となっているのは、ホンダF1が築いたブラックリーのファクトリーだ。現在、レッドブルと組んだホンダF1はそのメルセデスを倒すべく開発を進めている。

    ブラウンGP BGP001 = ホンダ RA109 2019年のF1世界選手権Brawn GP BGP001 = Honda RA109 2019年のF1世界選手権ブラウンGP BGP001 ダブルディフューザー

  • F1マシン列伝:ホンダ RA107 “意欲的な失敗作”

    F1マシン列伝:ホンダ RA107 “意欲的な失敗作”

    ホンダが2007年のF1世界選手権に投入したF1マシン『ホンダ RA107』は、様々な点で“意欲的”なマシンだったが、“失敗作”でもあった。

    2007年からF1でタバコ広告が全グランプリで禁止されることに伴い、ブリティッシュ・アメリカン・タバコは2006年限りで撤退を決断。ホンダはBATが所有する株式を取得し、2006年にワークスチームとしてF1への参戦を開始した。

    2006年にホンダF1はジェンソン・バトンがF1ハンガリーGPで優勝。オールホンダとしては39年ぶりの優勝となり、コンストラクターズ選手権でもランキング4位と次年度以降に期待が持てるシーズンとなった。

    ホンダF1は2007年にむけて新しいフルスケールの風洞施設を活用して新車『ホンダ RA107』を開発。RA106に抜本的な改良を加えた。

    ホンダ RA107は、大胆なカラーリングも話題を呼んだ。前述のBATの撤退に伴い、ホンダF1はマシンカラーリングを一新。新たな試みとして車体から全てのスポンサー広告を排除し、地球をイメージした「アースカラー」を採用した。ホンダは環境問題をテーマにした「アースドリーム・プロジェクト」を設立し、公式サイトで趣旨に賛同した人々の名前をボディに掲載した。

    このコンセプトは、芸能マネージャーとして知られるサイモン・フラーの19エンターテインメント社が手掛けたもので、これにより第2回グリーン・アワードでグランプリを獲得している。

    だが、肝心のパフォーマンスについてプレシーズンテストから苦戦が続く。2006年シーズン前半の成績不振により、ホンダは、B・A・R時代から技術部門を率いてきたジェフ・ウィリスに替えて、中本修平をシニア・エンジニアリング・ディレクターに採用していた。

    ホンダ RA107の開発は、中本修平の指揮の下に製作されたが、合議制によりマシンがデザインされ、リーダーシップ不在により迷走していた。

    シーズンが開幕してパフォーマンス不足は顕著に表れ、実質的なBチームであるスーパーアグリにポイント獲得で先を越され、第8戦でジェンソン・バトンが8位入賞を果たすまで、ワークスチームの中で唯一ポイントを獲得できていなかった。第16戦までコンストラクターズ選手権でスーパーアグリの後塵を拝した。

    空力的に敏感すぎるホンダ RA107は、コーナー進入時にアンダーステア、出る儀ではオーバーステアが出ていた。ドライバーを務めるルーベンス・バリチェロは、新たに導入した風洞に問題があり、低迷につながったと語っている。

    緑や青がまだらにペイントされたようなデザインから「ホンダのマシンには“カビが生えた”」と揶揄された。

    最終的にホンダF1は6ポイントを獲得し、4ポイントのスーパーアグリに2ポイント差の8位でレーズンを終了。だが、マクラーレンがスパイゲート問題で失格なったことで繰り上げになったものであり、実際には11チーム中9位だった。

    現在、モータースポーツ界は環境問題への取り組みを進めている。ホンダは10年以上も前にその取り組みを提唱していた。だが、ホンダ RA107はマシンカラーリング、空力コンセプトという点で“意欲的”ではあるが完全なる“失敗作”としてホンダF1の第3期の歴史に刻まれることになった。

    2017年の結果を踏まえ、ホンダF1は、ベネトンやフェラーリでミハエル・シューマッハの走りを支えたロス・ブラウンをチーム代表に迎えて立て直しを図ったが、RA107の失敗は翌年まで後を引き、リーマンショックが引き金となったF1撤退へとつながった。

    ホンダ RA107 (2007年のF1世界選手権)ホンダ RA107 (2007年のF1世界選手権)ホンダ RA107 (2007年のF1世界選手権)ホンダ RA107 (2007年のF1世界選手権)ホンダ RA107 (2007年のF1世界選手権)

  • F1特集:数年ごとに浮上する“カスタマーカー”の是非

    F1特集:数年ごとに浮上する“カスタマーカー”の是非

    2020年のF1世界選手権は新型コロナウイルスの世界的な大流行によって開幕の目途が立っておらず、収入が見込めないことから特に小規模チームは存続の危機に瀕している。そんな中、レッドブル・ホンダF1のチーム代表クリスチャン・ホーナーが提唱するのが“カスタマーカー”の使用だ。

    かつて、F1ではF1マシン(シャシー)を購入して参戦することが認められていた。だが、1982年に締結されたコンコルド協定によって“コンストラクターにのみF1への参戦資格を与える”ことが制定された。

    基本的にカスタマーカーには大規模チームが賛成し、小規模チームが反対する。大規模チームは財政的に苦しむ小規模チームを救うためという大義をかざし、小規模チームはシャシーを購入することによて大規模チームと争う機会が失われる、またはミッドフィールドでの順位を失うことを懸念して反対する。

    カスタマーカー問題が最も脚光を浴びたのが2008年のコンコルド協定締結時だ。当初、2008年からカスタマーカーが解禁される予定だった。

    2007年、それを見越して参戦していたスーパーアグリとトロロッソが、それぞれ事実上、ホンダとレッドブルは事実上のカスタマーカーでF1に参戦。ホンダはRA106の“知的財産権”をPJUUに譲渡してそれをスーパーアグリが使用。レッドブルはレッドブル・テクノロジーからレッドブル・レーシングとトロロッソの2チームに供給することで「コンストラクター間の取引禁止」という文面を回避していた。

    しかし、ウィリアムズやスパイカーといったチームが反発。ルノーやトヨタも反対側に回った。最終的に2008年のコンコルド協定ではカスタマーカーでの参戦は認められず、スーパーアグリとトロロッソは2009年に暫定的にカスタマーカーの使用を認められたが、2010年以降は独自にマシンを開発しなければならなくなった。

    これにより、マクラーレンからマシンを購入して2008年から参戦を計画していたプロドライブは参戦を断念。F1撤退を余儀なくされたスーパーアグリも買収先を見つけられなかった。

    2016年にハースがF1への参戦を開始した際にもカスタマーカー問題が再浮上した。ハースF1チームのマシンは、フェラーリの部品を70%以上搭載し、フェラーリの前年マシンと酷似していた。この技術提携なくしてハースF1チームは存在しないことは誰もが知っていたが、FIAはそれを許可した。

    ハースF1チームのマシンは、F1レギュレーションに定められた“掲載部品”が関連している。各チームはノーズ、フロントウィングとリアウィング、バージボード、アンダーボディ、エンジンカバーなどを独自に開発および構築しなければならないが、第三者にアウトソーシングすることは許可されている。

    この問題は2020年にはさらに発展。レーシング・ポイントF1チーム RP20が2019年のメルセデスW01、アルファタウリAT01がレッドブル・ホンダRB15に酷似し、プレシーズンテストで優れたパフォーマンスを発揮した。

    そんな中でレッドブル・ホンダF1のクリスチャン・ホーナーは、カスタマーカーの実現を提案した。新型コロナウイルス危機からチームも守るのは、予算上限を引き下げることではなく、カスタマーカーを購入してコストを抑える方が現実的だとの意見だ。

    クリスチャン・ホーナーは、“写真”からメルセデスのF1マシンをコピーしたと主張するレーシング・ポイントを例に挙げ、それならばカスタマーカー購入を許可した方がコストは下げられると主張する。

    レッドブルをはじめとするビッグチームは、カスタマーチームにパーツを販売しており、そのためのR&D(研究開発)によってカスタマーチームよりもコストがかかっている。そのため予算上限の大幅な引き下げに抵抗している。

    「我々はコスト削減について、特に小規模チームのことを真剣に考えているのであれば、私なら今後2年間で完全なカスタマーカーを供給することを完全に支持するだろう」とクリスチャン・ホーナーはコメント。

    「小規模なチームはR&Dを必要としない。彼らはレースチームと同じように走り、コストを大幅に削減できるだろう。現代の3D写真技術によって、いずれにしろ全チームがお互いにそれぞれのマシンをコピーしようとしている」

    「時代は変わり、物事は動いている。F1は何年も前にカスタマーカーを使用していました。マーチやフェラーリからマシンを購入してレースをすることができていた。堂々巡りをして、数字について自分たちの首を絞めるのではなく、既成に縛られずに考える必要がある。小規模チームを救済し、競争力を向上させることが重要なのであれば、小規模チームがカスタマーカーを買うことができるという論理に反対することは非常に難しいことだと思う」

    だが、この意見に反対するのがフェラーリから大量のパーツを購入しているハースF1チームだ。彼らも大規模チームと小規模チームとの競争力がさらに開くことを懸念している。

    ギュンター・シュタイナーは「すべてがチームがすでに仕事をする方法を見つけているので、その計画はもはや妥当とはいない」とコメント。

    「正直、追加のお金は必要ない。ビッグチームに少ない予算で作業してもらいたい。そうすることで、競争力を高めることができる」

    ギュンター・シュタイナーは、クリスチャン・ホーナーの計画では、上位チームが小規模チームに大きな影響を与える可能性があると考えている。

    「そうなると我々はカスタマーチームになる。1年落ちのマシンを走らせることになるので、実際にはビッグチームがパフォーマンスを操作することになる」

    「彼らは常に我々より先を行くだろう。予算上限があっても、我々はビッグチームの予算にまだ到達していない。だが、我々hはより近づいている。そのマシンが今年のクルマよりも速くなるとは思わない」

    カスタマーカーを巡る堂々巡りは今後も繰り返されることになりそうだ。