カテゴリー: F1マシン

  • F1デバイス列伝:ルノーF1チームの王座を支えた“マスダンパー”

    F1デバイス列伝:ルノーF1チームの王座を支えた“マスダンパー”

    ルノーF1チームが2005年F1マシン『R25』に導入した“マスダンパー”は、FIA(国際自動車連盟)が非合法化するまでフロントエンドのダウンフォースを改善するデバイスとして搭載された。

    ルノーは、2005年と2006年にフェルナンド・アロンソがF1ワールドチャンピオンを2連覇。特に2006年F1マシン『R26』の速さの秘密としてクローズアップされたのがマスダンパー(慣性ダンパー)である。

    マスダンパーは、錘とバネを使った制震装置で、一般には市販車のサスペンションや高層建築の免震構造などに普及している。ルノーの場合はサスペンションではなく、ノーズコーン内部に垂直におもりを吊り下げ、上下にバネを挟んだ装置を使用していると推測された。

    当時ルノーF1チームのR&D部門で働いていたティム・ライトは、ノーズコーンに搭載されたデバイスがコーナーリング中のフロントエンドの安定性をどのように改善し、フェルナンド・アロンソとジャンカルロ・フィジケラの信頼を高めていたかを回顧した。

    「基本的には、両側にスプリングが付いたチューブ内の大きな錘であり、マシンが上下に動き始めたとき、それに対して反応した。特にトリックはなかったが、ドライバーはマスダンパーに非常に満足していた」とティム・ライトは解説する。

    「マシンがコーナーを通過するときに安定している場合、彼らに大きな自身を与えること想像に容易いことだと思う」

    「間違いなくサーキットに依存するが、縁石がたくさんあるバンピーなサーキットではとにかくマシンのフロントを完全に落ち着かせた。少なくとも1秒の価値があったと思う。マシンにとって大きな変化だった」

    2005年にはダウンフォースとコーナリングスピードを下げるためにフロントウィングを50mm持ち上げるという新しいルールが導入された。チームは、パフォーマンス低下を補い、フロントウィングを地面にできるだけ近づけるために、過度に強いフロントスプリング剛性が求められた。

    この時代のF1マシンは、600kgの重量制限(予選では605kgに増加)があり、最低重量をクリアするためにしばしばバラストが搭載された。

    現在レッドブル・レーシングの最高技術責任者であるロブ・マーシャルがマスダンパーを考案した、路面のバンプを乗り越える際、車体と錘の上下動がずれることでピッチングを相殺し、車高を維持してダウンフォース発生量を安定させた。

    ルノーは、7ポストシェーカーリグでの広範なテストにより、ラップタイムの増加が可能であることが確認され、マシンを安定させるだけでなく、ドライバーが縁石をより強く攻撃できるようになり、より順応性のある乗り心地と安定した空力特性を実現した。
    ルノーF1 マスダンパー
    「マシンへの搭載を検討する前に、多くのテストが行われた」とティム・ライトは振り返る。

    「適切に調整する必要があった。つまり、錘やバネなどについて多くの研究が行われたが、それ以外は実際には調整可能なデバイスだた」

    マスダンパーは最初に2005シーズンの終盤に搭載され、ルノーは各回路に合わせてカスタマイズできることに気付くまで約10kgの錘を使用していた。

    マシンを最大限に活用するために様々な錘が使用され、後にマシンの後部にも追加されたが、ティム・ライトは「それほど効果的ではなかった」と語る。

    「我々はそれを試したが、空力負荷が伴ったため、フロントが支配的な部分だった。マシンのフロントはセンシティブな部分であり、そこからすべての利益が得られた」

    この時代、F1にはブリヂストンとミシュランという2社のタイヤサプライヤーがおり、ルノーはミシュランから供給を受けていた。これはルノーにとってもう一つの大当たりだった。

    トレッドブロックは力が加えられたときに動き回る傾向があり、ミシュランのゴムはマスダンパーの使用に対してより受容的であると理解された。

    ライバルチームもすぐに追随し、2005年から2006年にかけてより複雑な手順と錘のマスダンパーが登場した。

    それが、ルノーの成功を妨げることはなかったが、2005年にマクラーレンのキミ・ライコネンを破ったフェルナンド・アロンソは、2006年にはミハエル・シューマッハを退けて2度目のタイトルを獲得。ルノーF1チームとしてもコンストラクターズ選手権を2連覇した。

    しかし、2006年のドイツGPで、ルノーはのシステムは“移動可能な空力装置”に相当するとの抗議に直面した。ホッケンハイムのスチュワードによって承認されたものの、その決定はFIAか照会され、失格のリスクを回避するためにシステムなしでレースをするように促した。

    案の定、控訴裁判所で1か月後、FIAはスチュワードの決定を覆すよう申し立てた。その見解では、デバイスの開発における上申では、それらの主な目的はメカニカル面の追加の支援ではなく、マシンの空力アウトプットを著しく改善するものであるとの見解が強調された。

    「これは、DASシステムに少し似たものの1つだ。実際にステアリングの問題なのか?というね」とティム・ライトは語った。

    「両面から論じることができるし、我々はマスダンパーが空力的な補助ではなくメカニカルな補助だと主張するために一生懸命努力した」

    「フロントウイングがより効率的に機能するようにマシンの前部を落ち着かせましたが、本質的にはマシンにダンパーとスプリングがあるのと同じようにメカニカル面なキットの一部だった」

    「ほとんど空力的なデバイスではなかったが、空力面にも役立っていた」

    2007年にルノーF1チームはコンストラクターズ選手権3位に落ちたが、フェルナンド・アロンソがマクラーレンに移籍し、ミシュランがF1から撤退してブリヂストンに切り替えなければならないなど多くの要因があった。しかし、マスダンパーが使えなくなったことも大きな要因のひとつだった。

  • F1デバイス列伝:ティレルが導入した“Xウイング”

    F1デバイス列伝:ティレルが導入した“Xウイング”

    ティレルは、1997年マシン『025』で型破りなルックスの“Xウイング”を導入した。

    ティレルが1997年シーズンに投入した025は、通常のサーキットではごく普通のF1マシンだった。しかし、最大限のダウンフォースが必要とされるモナコのようなツイスティなサーキットでは、コックピットの両側から斜めに生えるミニウイングが装着された。

    デザイナーのマイク・ガスコインが考案したこのミニウイングは、レギュレーションで規定されていない抜け穴をついてダウンフォース稼ぐために設置された。だが、その効果よりも支柱と“Xウイング”というニックネームが与えられたその特徴的なルックスで記憶されている。当時のファンからは冷笑されたが、他チームはその空力面の効果に着目し、このコンセプトの研究に取り組み始めた。

    1998年からX型でなく1本あるいは2本のステーで支える形式になり、ザウバー、プロスト、ジョーダンも同様のデバイスを採用し始めた。だが、当時のFIA会長のマックス・モズレーは、その醜いルックスを嫌っており、同年のアルゼンチンGPでザウバーのジャン・アレジがピットイン時にエアホースを引っかける事故が起きると安全性という大義ができた。翌戦のサンマリノGPでトップチームのフェラーリが採用。FIAは安全上の理由からこのテクノロジーを廃止へと追い込んだ。このままいけば、全チームがイオンキャノン砲付きXウイングを装備することになると恐れたのに違いない。

    後発チームは必要に応じてXウイングを取り付ける形式をとっていたが、本家ティレルは、1998年マシン『026』をXウイングを前提に設計。禁止されたことで慢性的なダウンフォース不足に陥り、シーズン末にチームの歴史に幕を閉じた。

    Xウイング:ザウバーXウイング:プロストXウイング:ジョーダンXウイング:フェラーリXウイング:ティレル

  • F1マシン列伝:レッドブル RB5 常勝の礎を築いた“すべてのマシンの父”

    F1マシン列伝:レッドブル RB5 常勝の礎を築いた“すべてのマシンの父”

    レッドブルの2009年F1マシン『RB5』は、翌年から4連覇する礎を築いた“すべてのマシン父”となるマシンだ。

    2005年シーズンからF1に参戦したレッドブル・レーシングは、その後4年をかけて成功の基盤を築いていった。2007年には“空力の奇才”エイドリアン・ニューウェイをはじめとする有能なスタッフを次々と雇用しながら、強豪チームに肩を並べられるレベルまで規模を拡大していった。

    だが、レッドブル・レーシングはあらゆる点でまだ若いチームであり、2008年はコンストラクターズ選手権7位に後退していた。

    しかし、2009年シーズンにすべてが変わることになる。2008年シーズン限りで引退したクルサードの後釜としてセバスチャン・ベッテルが加入。このシーズンは、奇しくもF1が空力レギュレーションの大幅な改訂を実施したシーズンだった。新レギュレーションの施行はチーム間の戦力格差をなくし、エイドリアン・ニューウェイ率いるレッドブル・レーシングのテクニカルチームに飛躍のチャンスをもたらした。そして、ウイニングマシンRB5が開発された。

    エイドリアン・ニューウェイが真っ新なキャンバスに描いたRB5は、それまでのマシンとは異なり高い位置にフロントノーズが設置されたノーズは先端からモノコックにかけて中央部がえぐられて左右の端が反り立った“Vノーズ”を形状に。ノーズ断面積の規定をクリアするとともに“ホーンウイング”の役割も担った。

    フロントサスペンションはRB4から引き続きゼロキール式を採用。モノコックのロワアーム取り付け部が丸みを帯びており、ゼロキールとしながらロワアームを長くすることに成功した。

    リアウイングは翼端板とディフューザー側壁を一体化した独特な形状。そして、リヤサスペンションにはF1に20年以上ぶりにプルロッド式のサスペンションを復活させた。新レギュレーションでディフューザーが小型化したことで、ギヤボックス下の空間を大きくとる必要がなくなると考え、ダンパーやスプリングといったパーツを低い位置に設置することで低重心化するとともに、ギヤボックスの高さを抑えクリーンな気流をマシン後方に送った。プルロッド式はその後、多くのチームが採用することになる。

    プレシーズンテストでは信頼性不足を懸念されたが、開幕戦からトップを快走するブラウンGPに次ぐ速さを発揮した。ウェットレースとなった第3戦中国GPでは、セバスチャン・ベッテルが優勝。チームとしての初勝利を1-2フィニッシュで飾った。

    プルロッドの採用によって、この年にブラウンGPが開拓したダブルディフューザーを組み込むことに苦戦したが、第8戦イギリスGPではフロントウイング、リアウイング、エンジンカバー、リアディフューザーにアップデートに成功。カモノハシのくちばしのような平べったい形状のノーズ形状も登場。終盤戦に3戦連続優勝を果たし、コンストラクターズランキング2位へと躍進した。

    ブラウンGPを捉える事はできなかったが、Vノーズやプルロッド式リアサスペンションは翌年以降他チームのマシンにも取り入れられることになる。レッドブルもこのRB5をベースにして進化型マシンを開発する体制を確立。エイドリアン・ニューウェイは2012年モデルのRB8の説明にあたり「RB5はすべてのマシンの父だ」と語った。

    レッドブル RB5 (2009年のF1世界選手権)レッドブル RB5 (2009年のF1世界選手権)レッドブル RB5 (2009年のF1世界選手権)レッドブル RB5 (2009年のF1世界選手権)レッドブル RB5 (2009年のF1世界選手権)レッドブル RB5 (2009年のF1世界選手権)レッドブル RB5 (2009年のF1世界選手権)

  • F1マシン列伝:ホンダ RA106 “オールホンダとして最後に勝ったマシン”

    F1マシン列伝:ホンダ RA106 “オールホンダとして最後に勝ったマシン”

    ホンダF1の2006年F1マシン『RA106』は、オールホンダの復活を告げる1台だった。

    1999年、第3期としてシャシー製造を含めたフルワークスによるF1参戦を目指していたホンダだが、テスト中に当時テクニカルディレクターを務めていたハーベイ・ポスルスウェイトがバルセロナでのテスト中に急死したこと、またホンダ社内に根強く残る慎重論などを背景に、結局ホンダはフルワークスによる参戦を断念。

    2000年にB・A・Rへのエンジン供給と車体の共同開発という形でF1に復帰した。だが、2007年よりタバコ広告が全グランプリで禁止されることにともない、B・A・Rのメインスポンサーであるブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)が2006年限りで撤退することが決まっていた。そこで、ホンダはBATが保有する残り株式を取得し、38年ぶりに「純ホンダ」のワークスチームとして参戦することを決めた。

    ホンダがB・A・Rの全株式を取得たことでシャシー銘柄と形番が改められ、“RA(Racing Automobile)”という名称が復活した。RA106は、ホンダとしてはF1第1期活動最後のRA302(1968年)以来となるRAが掲げられたマシンとなった。

    テクニカルディレクターであったジェフ・ウィリスを中心に設計されたホンダ RA106は、基本的にはB・A・Rホンダとして培ってきたものを正常進化版だが、フロントサスペンションにゼロキールを採用するなどトレンドをおさえたマシンだった。だが、他チームと比較すればコンサバティブな1台だった。

    だが、その癖のなさが奏功し、第13戦ハンガリーGPでジェンソン・バトンが14位スタートながら波乱のレースを制して、優勝し第3期参戦としての初勝利を果たした。オールホンダとしては39年ぶりの優勝だった。ホンダのF1エンジンとしては72勝目、シャシーコンストラクターのホンダにとっては第1期の67年イタリアGP以来、39年ぶりの通算3勝目であった。

    しかし、ホンダは続くRA107の開発に失敗し、RA108もその特性を引き継いで未勝利に終わり、2008年末でF1から撤退。結果的にRA106が第3期ホンダF1で唯一勝利を挙げたマシンとなった。

    ホンダ RA106 (2006年のF1世界選手権)ホンダ RA106 (2006年のF1世界選手権)ホンダ RA106 (2006年のF1世界選手権)ホンダ RA106 (2006年のF1世界選手権)ホンダ RA106 (2006年のF1世界選手権)ホンダ RA106 (2006年のF1世界選手権)ホンダ RA106 (2006年のF1世界選手権)

  • F1マシン列伝:ロータス E22 “奇想天外な2本牙ノーズが残した傷跡”

    F1マシン列伝:ロータス E22 “奇想天外な2本牙ノーズが残した傷跡”

    ロータスF1チームの2014年F1マシン『ロータス E22』は“2本牙ノーズ”を採用。だが、決して競争力を発揮することなく、その奇想天外なノーズ形状だけがF1史に残されることになった。

    2014年のF1レギュレーションでは、安全面の理由から断面積が小さく、高さも約300mm低い位置に取り付けられる“ひとつのノーズ先端”が義務付けられた。

    ロータス E22は、“ひとつのノーズ先端”という規約に従うため、長さが異なる二本の牙が供えられた。つまり、長い方のノーズが義務づけられた先端であり、もう一方の牙はノーズ先端とは見なされないよう短くした。両方の牙は衝突吸収構造、フロントウィングのステー、さらにターニング・ベーンとして機能する。

    通常であれば、規約の抜け穴をついたソリューションには他チームが抗議するものだが、2014年は多くのコンセプトが見られ、FIAが合法と判断したことについて大きな批判は起きなかった。フェラーリのテクニカルディレクターを務めていたジェームズ・アリソンは「クルマの先端分のデザインはそれほど重要ではない」と語った。

    しかし、その奇妙なルックスから想像できるようにロータス E22は競争力を見せなかった。そもそも、財政難によってプレシーズンテスト1回目に参加できないなど開発が遅れていたことに加え、ルノーのF1パワーユニットは競争力と信頼性に欠けていた。さらに合法的なアクティブサスペンションであるFRIC(フロント・アンド・リア・インタラクティブ・コントロール)を禁じられたことも痛かった。

    結局、ロマン・グロージャンとパストール・マルドナドのコンビは3回の入賞で10ポイントしか獲得できず、コンストラクターズ選手権を8位で終えた。F1は2015年から寸法などを細かく規定した新たなノーズ規約を導入し、2本牙ノーズは1年で姿を消した。

    ロータスF1チームは、2010年でワークス参戦をやめたルノーF1チームがグループ・ロータスに株式を売却して誕生。2011年にロータス・ルノーGPの名前で参戦した後、チーム・ロータスとの名称使用をめぐる訴訟に勝ち、2012年からロータスF1チームとして参戦。だが、2015年末に再びルノーに再買収され、ロータスの名前は再びF1から消えることになった。その6年間のなかでロータスF1チームはキミ・ライコネンが2勝を挙げた。

    ロータス E22 2本牙ノーズロータス E22 二本牙ノーズロータス E22 (2014年のF1世界選手権)ロータス E22 (2014年のF1世界選手権)ロータス E22 (2014年のF1世界選手権)ロータス E22 (2014年のF1世界選手権)

  • F1マシン列伝:ウィリアムズ FW14B “史上最強ハイテクマシン”

    F1マシン列伝:ウィリアムズ FW14B “史上最強ハイテクマシン”

    ウィリアムズF1チームの1992年マシン『FW14B』は、セミオートマチック・ギアボックス、アクティブサスペンション、トラクションコントロールで武装した“史上最強ハイテクマシン”として語り継がれている。

    レイトンハウスを解雇されたエイドリアン・ニューウェイを招聘したウィリアムズは、1991年にニューウェイとパトリック・ヘッドの共同体制での第1作目となる『FW14』を生み出す。ノーズ先端が持ち上げられ、コクピット開口部はドライバーの肩が露出するニューウェイ独特の5角形デザインとなった。

    そして、FW14をベースにアクティブサスペンションを搭載し、1992年に向けて改良がを加えられたマシンが『FW14B』だ。ウィリアムズは1988年のFW12でもアクティブサスペンションに取り組んでいたが、当時はまだシステムを確立できなかった。だが、その後も開発を重ね、信頼性を高められたことから1992年に実戦投入に踏み切った。

    FW14Bのシステムはロータス・99Tのようなフルアクティブではなく、ガスシリンダー(パッシブ)と油圧式アクチュエータ(アクティブ)を組み合わせたセミアクティブ方式。路面のバンプを通過する際、大きな揺れにはパッシブサス、小さな揺れはアクティブサスで制御した。ソフトなサスペンション特性を持ちながらも、シャシー姿勢や車高を最適に維持するという相反する要素を兼ね備えることで、FW14がいかなる状況でも本来兼ね備えていた空力性能を発揮できるようになり、並外れたコーナリング性能を実現。また、ストレートではフロントの車高を上げ、ウィングをドラッグを減らし、トップスピードを高めることもできた。

    当時はGPSが存在しなかったため、各サーキットで走行ライン上の路面状態や縁石を全て事前に調査したうえでサスペンションの動作プログラムを作成する手法が採られていた。チームは機密保持に神経を遣っており、ピットでの整備時にはガードマンを配置したり、アクティブ装置の上にカバーを被せるなどして、写真撮影されることを避けていた。

    セミオートマティック・ギアボックス、アクティブサスペンション、トラクションコントロールというハイテク装備で武装したFW14Bは、開幕戦から3戦連続ワンツーフィニッシュを果たし、ライバルチームに衝撃を与えた。第2戦メキシコGPが開催されたエルマノス・ロドリゲス・サーキットは路面がバンピーなことで知られたが、FW14Bはアクティブサス効果で姿勢を乱すことなく駆け抜けた。マクラーレンは第3戦ブラジルGPにて新車MP4/7Aを緊急投入したが、ウィリアムズの優位は崩れることなく、マンセルは開幕から5連勝という当時の新記録を達成した。

    第6戦モナコGPはホイールトラブルでアイルトン・セナに勝利を献上し、第7戦カナダGPでは初のダブルリタイアを喫したが、第8戦フランスGPからナイジェル・マンセルが再び3連勝し、第11戦ハンガリーGPでは年間16戦で行われていた当時の最短記録で悲願のドライバーズチャンピオンを獲得した。マンセルによって、1980年のデビューから12年経過しており、当時のマリオ・アンドレッティの10年を破り「デビューから最も遅いチャンピオン」であった。

    その後はルノー製RS4エンジンのトラブルなどによりナイジェル・マンセルとリカルド・パトレーゼが1勝ずつをあげるにとどまったが、ウィリアムズは16戦10勝という成績で1987年以来のコンストラクターズタイトルを獲得した。ポールポジションは第7戦以外はウィリアムズコンビが獲得し、翌1993年にかけて23戦連続ポールポジションというコンストラクター記録を樹立することになる。マンセルは個人としても年間14ポールポジションという記録を残した。

    ウィリアムズ FW14B (1992年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW14B (1992年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW14B (1992年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW14B (1992年のF1世界選手権)ウィリアムズ FW14B (1992年のF1世界選手権)ナイジェル・マンセル (1992年のF1世界選手権)

  • F1:2021年にむけてダウンフォースとタイヤ負荷の低減を計画

    F1:2021年にむけてダウンフォースとタイヤ負荷の低減を計画

    F1は、新型コロナウイルスのパンデミックを受けて2021年にF1マシンの開発を“凍結”することを決定しているが、それに加えていくつか技術的な変更を計画している。

    La Gazzetta dello Sport は、テクニカルワーキンググループのビデオ会議に続いて、ダウンフォースとタイヤにかかる負荷を低減ための変更が2021年から適用されると伝えている。

    2021年はまったく新しい技術規制のスタートになると予定だったが、新型コロナウイルス危機のために2022年まで延期された。そのため、2020年のために開発されたシャシーが2021年にも使用される。

    報道によると、2021年は技術的な凍結の“基本的な哲学”を損なうことなく、フロアとウイングに変更が含んだ変更が行われるという。

    変更の1つの目的は、ピレリのF1タイヤを支援するために実施される。2020年も2019年仕様のタイヤを継続することが決定し、開発が進められていた18インチタイヤのデビューが2022年に延期されたことで、同じ仕様のコンパウンドが3シーズン使用されることになる。

    ピレリのF1責任者を務めるマリオ・イゾラは「13インチタイヤをそこまで長期間にわたって使用する計画ではなかったのは確かだ」と Radiobox にコメント。

    マリオ・イゾラは、2021年にむけて現在のタイヤの限られた開発が必要になるかもしれないと語る。

    「このタイプの評価を行うには、2021年末に予想されるパフォーマンスを理解するためのシミュレーションを提供してもらうためにチームの助けが必要だ」とマリオ・イゾラは付け加えた。

    「それは我々が小さな開発をしなければならないのか、あるいはおそらく圧力を上げるかキャンバーを少し制限することによって現在のタイヤを使用できるのかを理解することを可能になる」

  • F1特集:DTMの惨状が示したカスタマーカー導入の危険性

    F1特集:DTMの惨状が示したカスタマーカー導入の危険性

    F1のコスト削減の必要性が高まるたび、カスタマーカーを再導入するというアイデアが必ず非常する。

    案の定、過去数週間でレッドブル・ホンダのF1チーム代表であるクリスチャン・ホーナーがカスタマーカー導入のアイデアを表明し、フェラーリのF1チーム代表であるマッティア・ビノットもそのアイデアを支持した。

    カスタマーカーを導入することはF1に大きな変化をもたらすことになるだろう。現在のルールでは、F1チームはマシンの大部分を独自に製造する必要があるが、パワーユニット、ギアボックスなどの“リストに掲載された”一部のコンポーネントはライバルチームを含めたサプライヤーから調達することができる。

    一部のチームはこのルールを最大限に活用して、可能な限りのパーツを購入することで開発を最小限に抑えるビジネスケースを確立された。カスタマーカーを許可すれば、このコンセプトはさらに一歩前進し、かつて許可されていたようにF1チームはシャシー全体を購入することが可能になる。

    このアイデアには間違いなく説得力のある論理がある。F1チームが他チームから購入したシャーシを使用することを許可すれば、年間数億ポンドを使い果たすことなく参戦する機会が生まれる。

    しかし、いくつかの小規模チームは激しく抵抗している。彼らはエンジニアリング競争に参加したいと考えており、たとえば、メルセデス/レッドブル/フェラーリのシャシーを購入するのにはるかに少ない予算のライバルに負ける可能性があることを知っている。カスタマーカーは、自分たちでマシンを製造するチームにとって実存的な脅威となる。

    F1はカスタマーカーを考慮すべきだろうか? 10チームのうちの大部分が自分たちでマシンを製造するのではなく、少数のメーカーが多のチームを抱えるという状況は果たして良いのだろう?

    DTM(ドイツツーリングカー選手権)は、カスタマーカーが正解ではないことを示している。

    DTMは比較的最近まで健全な状態だった。BMWが8年前に参戦したことで、アウディおよびメルセデスというドイツの3大メーカーが揃った。また、DTMは元F1ドライバーや将来のF1ドライバーを含めた才能のあるドライバーを容易に集めることができた。

    しかし、DTMに欠けているのは自分たちのマシンを走らせるカスタマーチームだった。この脆弱性は、メルセデスが2018年末で撤退を発表したときに露呈された。それにもかかわらず、アストンマーティンが2019年に参戦して、グリッドサイズは維持されました。

    だが、今年DTMは二重打撃を受けた。アストンマーティンは、1つの競争のないシーズンの後、1月に撤退を発表。さらに4月28日(月)にはアウディが2020年限りで撤退することを発表した。

    これにより、参戦するメーカーはBMWだけとなった。2019年の18台のレギュラーエントリーのうち、今年は4台減少し、来シーズンはさらに8台が失われる。DTMは2021年にグリッド数を達成するために確実に大きな変更を検討する必要がある。

    ここでのF1のレッスンは明白だ。メーカーチームは多額の費用を費やすかもしれないが、突然撤退する可能性もある。エントリーのすべてまたは大部分をそれらに依存するチャンピオンシップは大きなリスクを負っている。

    カスタマーカーを許可すれば、F1はDTMと同じジレンマに陥りかねない。そして、ある程度はすでにそうなっている。2014年に高価なV6ターボ“パワーユニット”が導入されたことで、F1の独立系エンジンビルダーは姿を消した。現在、グリッド全体は4つのエンジンメーカーに依存している。

    シャーシコンストラクターでも同じシナリオが展開された場合、同じ危険にさらされることになる。DTMの経験から教訓を学ばないことは賢明ではないことは明らかだ。

    現在のパーツ供給規制を限界まで生かしてきたハースF1チームのチームプリンシパルであるギュンター・シュタイナーは、カスタマーカーの合法化に反対している。

    「今やるべきだと今言っている人々は、当時それに完全に反対していたた。本当に理解できない」

    「私が実際に理解している唯一のことは、カスタマーカーを持つことは、それが小さなチームをコントロールするもう一つの方法だということだ。それがそこでの問題だ」

    「今のところ、F1にはカスタマーカーのような抜本的な何かが必要だとは思わない。競争を低下させるのではなく、競争を高めるべきだと思う」

    ギュンター・シュタイナーは、カスタマーカーが小規模なチームの経済モデルを危険にさらすのではないかと懸念している。

    「現在、10チームがおり、彼らははすべてなんとかして生き残ることが可能であり、すべてかなり良いチームだと思う」

    「だから、カスタマーカーに競争力を与えるのではなく、小規模チームに競争の機会をより多く与えるように努めるべきでだ。たとえそれが安くても、それでも多くのお金がかかるし、F1チームに投資する人々は以前に起こったようなお金をかかなくなるか、もしくは競争できことによって情熱を使い果たしまうだろう」

    「したがって、現時点でのカスタマーカーは最良のアイデアではないと思う」

    DTMの現状は、ギュンター・シュタイナーの評価をさらに説得力のあるものにするだけだ。

  • F1史に刻まれた8つの技術革新

    F1史に刻まれた8つの技術革新

    F1の技術革新は、ドライバーと同じく重要な要素だ。F1に革新をもたらした7つのテクノロジーを振り返ってみよう。

    ドライバーの腕だめしの場として始まったF1だが、近年は自動車版NASAと呼ぶに相応しい、自動車業界の最先端研究開発の非公式会場となっている。現代のF1マシンは “走る研究室” そのもので、常に新たなドライビングテクノロジーの発明、改善、熟成が重ねられている。そして、多くのイノベーションは短命に終わる。

    なぜなら、マシン性能とドライバースキルへの依存が安全性とエンターテイメント性を損なわないために、そしてレースが退屈なDIY対決にならないようにするために、レギュレーションが定期的に変更されているからだ。

    ともあれ、テクノロジー開発競争は、チェッカーフラッグや表彰台で振りまかれるシャンパンと同様、このスポーツを形成する要素の一部だ。そこで今回は、F1のスポーツとしてのあり方を大きく変えた “ゲームチェンジャー” と呼ぶべき革新的技術の数々を見ていこう。

    ミッドシップ・レイアウト
    ミッドシップ・レイアウト
    モータースポーツ黎明期のエンジン搭載のアイディアは馬車の時代のそれと同じで、馬力を発生するエンジンはマシンのフロントに置かれていた。これはそれなりに論理的な考えだったが、やがてドライバーたちは高速走行時のアンダーステアに悩まされるようになった。1957年、クーパーがこの固定概念を覆し、より理想的な重量配分を求めてエンジンを “ドライバーの後方:リア駆動軸の前方” にレイアウトした。最初はこの新構造を懐疑的に見る向きもあったが、クーパーのミッドシップマシンを駆ったジャック・ブラバムが1959シーズンと1960シーズンのチャンピオンシップを連覇すると、1961シーズンは全マニュファクチャラーがミッドシップ・レイアウトを追従した。

    モノコック設計
    モノコック設計
    1960年代前半までのF1マシンは、伝統的な鋼管フレームによる設計が主流だった。ところが、ロータスが1962年にアルミニウムシートを貼り合わせた革新的なモノコック構造を導入。マシン重量増の元凶となっていた内部フレームを排除し、ボディパネル全体で応力を分担する構造を採用した。面構造を主体とし、骨格を持たないこのデザインは航空機から着想を得たもので、車体重量を劇的に減らしつつ、加速性能・トップスピード・燃費性能を大幅に高めた。この設計思想がひとつの頂点に達したのは、マクラーレンがのちにチャンピオンシップを制覇する初のカーボンファイバーモノコック車MP4/1を発表した1981年だった。尚、MP4/1は市販車として初めてカーボンファイバーモノコックを採用したマクラーレン F1の原型になった。

    アクティブサスペンション
    アクティブサスペンション
    近年のF1のハイテク化に先鞭をつけたアクティブサスペンションは、F1史上初の合法的な電子ドライバーエイドだった。1982年にロータスのピーター・ライトによって初めて導入されたアクティブサスペンションは、1987シーズンのモナコGPでアイルトン・セナを勝利に導いたことで一躍有名になった。人工的にダンパーの動作を制御するアクチュエータに電子測定システムを組み合わせたアクティブサスペンションは、強大なダウンフォースに対するより優れた車体制御と路面の凹凸から受ける影響の低減を実現した。アクティブサスペンションは各地の主要サーキットで集めた走行データから路面状態を効率的に予測してマシンのサスペンションを調節したため、マシンの車高を一定に保ちながら、グリップと空力効率を最大限に高めることができた。
    しかし、結果的にアクティブサスペンションの進化はF1観戦の魅力を奪うことになり、1993シーズンを最後に撤廃された。

    ターボチャージャー
    ターボチャージャー
    1966年に実施されたレギュレーション変更により、過給器、つまりターボチャージャーを備えたエンジンに門戸が開かれた。
    そして、1979シーズンのフランスGPでルノーがターボ搭載車初優勝を勝ち取ると、ターボ技術はその価値が広く認められるようになり、1986シーズンには、スターティンググリッドから自然吸気エンジン搭載車が完全に消え、ターボエンジンは最大1,000馬力を超えるまでに成長した。しかし、ターボ全盛の陰で、この技術の根本的な弱点が露呈し始めた。ドライバーたちはターボが効き始めるタイミングが予測できない中でのドライブを強いられ、マシンはますます不安定でコントロールしにくいものになっていった。最終的にFIAは、ターボチャージャーはあまりにも危険かつ高コストで、小規模チームの存続を危うくすると判断し、1988シーズン限りでターボチャージャーを廃止した。しかし、2014シーズンに1.6ℓV6ハイブリッド・パワーユニットへの転換が実施されると、ターボチャージャーはF1の表舞台へ復帰した。

    KERS(運動エネルギー回生システム)
    KERS(運動エネルギー回生システム)
    KERSとは「Kinetic Energy Recovery System(運動エネルギー回生システム)」の略称で、簡単に言えば、『マリオカート』シリーズのダッシュキノコのようなものだ。運動エネルギーを電気エネルギーに変換してバッテリーに貯蔵するKERSは、マシンがブレーキング時に放出するエネルギーを回生し、加速時にボタンを押して一時的なパワーブーストを得るシステムだ(現在の最大エネルギー量は1周あたり160馬力 / 6.5秒に制限されている)。サステイナブルなテクノロジーを提示する一環として2009シーズンから導入されたKERSは、オーバーテイクを増加させ、レースをよりエキサイティングにするという理由からファンの好評を得た。また、KERSはルイス・ハミルトンやニコ・ロズベルグなどをはじめとするドライバー陣からも好評を得たが、技術研究開発予算を切り盛りするチームボスたちにとっては必ずしも好評とは言えなかったようで、当時ルノーを率いていたフラビオ・ブリアトーレは、KERSの開発コストは年間予算の半分に相当すると主張していた。

    トラクションコントロール
    これまで登場したF1テクノロジーの中で自動運転に最も近いトラクションコントロールは、ホイールスピン時に自動的に駆動力制御を行い、さらなる加速制御、パーフェクトなスタート、マシンの横滑り防止を実現するイノベーションだ。これはどのチームにとっても魅力的なものだったが、ファンや評論家は、ドライバースキルの重要性を大幅に下げ、潤沢な予算のチームを有利にする可能性もあるとしてこのイノベーションを受け入れなかった。トラクションコントロールは1994シーズンから正式に禁止されたが、その後も一部のチームがレギュレーションの抜け穴を利用してトラクションコントロールに近い効果を得ていた。しかし、2008シーズンにトラクションコントロールを永続的に禁じるルールが施行されると、よりエキサイティングなレーススタートが見られるようになった。

    セミオートマチック・ギアボックス
    セミオートマチック・ギアボックス
    1989シーズンにフェラーリが導入し、ナイジェル・マンセルに劇的な開幕戦勝利をもたらしたセミオートマチック・ギアボックスは、2つのシフトバレル機構でクラッチ操作の必要性を排除することで、パワー伝達の損失を最小限に抑えたシームレスなギアチェンジを可能にした。同時に、フェラーリはステアリングホイールの裏側に取り付けられたパドルを介したギアシフトも開発した。変速時にステアリングホイールから手を離す必要がなく、より迅速なギアチェンジを可能にしたセミオートマチック・ギアボックスは、1990年代のF1レーシングを根底から変える一大イノベーションとなった。また、セミオートマチック・ギアボックスはF1のステアリングホイールの多機能化の先駆けにもなり、ドライバーたちは、Wii Uのコントローラーを思わせるパドルやボタン、トグルスイッチ、スクリーンなどを介して、燃料の混合比からブレーキバイアスにいたるマシンパフォーマンスの全てを確認・コントロールできるようになった。

    ヘイロー
    ヘイロー
    モータースポーツイノベーションの多くはレースのスピードアップを実現するものだが、同時にレースの危険性も高める。そのため、出火を防ぐ構造やセーフティセルなど、ドライバーの安全性を高めるシステムも進化を続けている。その最新の実例がハロで、ドライバーをめがけて飛んでくる大きな飛散物から頭部を守ることを目的に2018シーズンから導入された。チームはルールで義務付けられたこの異様なデバイスをシャシーデザインに組み込む必要に迫られ、エアロダイナミクス面と応力分布に極めて複雑な波及効果をもたらした。満場一致で支持されているテクノロジーではないが、新たなチャレンジはより優れたイノベーションの原動力になるので、ハロが新世代F1デザインの先導役を担う可能性は残されていると言えるだろう。

  • F1:ギアボックスとサスペンションを凍結&開発トークンを導入

    F1:ギアボックスとサスペンションを凍結&開発トークンを導入

    F1は、新型コロナウイルスによる財政危機を乗り切るために2021年にギアボックスとサスペンションを凍結し、それ以外の開発においてはトークンシステムを導入することで合意に至ったようだ。

    4月30日(水)、全F1チームの代表者はビデオ会議を実施し、2021年F1マシンの開発についてテクニカルワーキンググループとコスト削減のための新しい基準を話し合った。

    経験上、F1チームは戦術的および政治的な観点ですぐに合意に至らないことが予想されたが、知性が勝利したという。また、会議にはロス・ブラウンが欠席したと報じられている。

    計画は、2021年のF1マシンのシャーシ、ギアボックス、およびサスペンション以外の要素を開発するためにトークンが用いられるという。だが、空力開発は自由なままであり、F1チームは領域で戦うことになる。