カテゴリー: F1マシン

  • F1特集:物議を醸したレギュレーション

    F1特集:物議を醸したレギュレーション

    F1で導入されてきたレギュレーションには、効果を発揮したものとそうでないものがある。過去に物議を醸したレギュレーションをいくつか振り返る。

    新型コロナウイルスの影響により、F1は2021年に予定していた次世代F1マシンへと移り変わる大幅なレギュレーション変更を2022年に延期することになった。

    F1ファンは良い / 悪い / 醜悪なレギュレーション変更をこれまでに何回も目撃してきた。そこで今回は、導入されたあと大きな議論を呼んで撤廃に追い込まれたレギュレーションをいくつかピックアップしてみることにした。

    合算タイム制の予選
    F1史上最短で終わったルールのひとつが、2005年シーズンの前半6戦のみで施行された “合算タイム制の予選” だ。

    十分エキサイティングだった従来の予選形式を、当時のF1運営陣はなぜわざわざ複雑な形式に変更しようとしたのだろうか? 今となっては知る由もない。

    ともあれ、彼らは燃料搭載量制限のない予選セッションを土曜日に実施し、さらに日曜日午前に決勝スタート用の燃料を搭載したマシンでもう一度予選セッションを行い、この2回のセッションで記録されたタイムの合算で決勝スターティンググリッドを決定するというプランを実行に移した。

    この予選形式は過度に複雑でカオスだった。また、各テレビ局も日曜日午前のセッションを生中継する編成を組めなかった。結果、この予選形式は6レース限りで撤廃された。

    ファステストラップを記録したドライバーにポイント付与
    1950年代のF1黎明期は、まだ歴史の浅いスポーツに独自の地位を与えるべく様々な実験的ルールが実施されていた。その中には、決勝レースで最速ラップを記録したドライバーにチャンピオンシップポイントを付与するというルールもあった。

    残念ながら、このルールはあまりに先進的で、当時の計時技術では正確な運用が不可能だった。1回のレースでファステストラップを記録するドライバーが2人以上現れ、ポイントを分け合ったケースもあったのだ。

    たとえば、1954年シーズンのイギリスGPでは、実に7名ものドライバーが1分50秒という同一ファステストラップを記録し、結果として各自0.14ポイントを与えられることになった。現代の正確な計時技術であればこのルールは機能するだろうが、そもそも誰がこのルール導入を望むだろう?

    1台のマシンを複数のドライバーでシェア
    黎明期のF1で実施されたもうひとつの珍ルールが、1台のマシンを複数のドライバーでシェアするというものだ。

    1950年シーズンから1957年シーズンまでは、ドライバーが望んだ場合、決勝レース中に1台のマシンを同チームのドライバー同士でシェアすることが認められていた。また、両ドライバーが規定の走行距離を満たした場合、獲得ポイントは各ドライバーで分け合うというルールも設定されていた。

    1956年シーズン末、自身初のワールドチャンピオンを射程距離に捉えていたピーター・コリンズは、チャンピオンになったあとに起きる不必要な周囲からの重圧と要求を嫌がっていた。そこで、コリンズは同チームの大先輩ファン・マヌエル・ファンジオに自らのマシンを明け渡す決断を下した。マシンを引き継いだファンジオは2位でフィニッシュし、4度目のタイトルを獲得した。

    このルールはその後もしばらく撤廃されなかったが、1958年シーズン以降はマシンをシェアした場合はチャンピオンシップポイント付与の対象外となった。

    レース中の給油
    1983年シーズン以来禁止されていたレース中の給油が1994年シーズンに再度認められることとなったが、各チームからの反発の声は根強かった。

    多くの専門家の予想通り、給油作業中の火災事故が相次ぎ、2009年シーズン限りで再禁止されるまで、ピットクルーたちは不測の火災に脅かされ続けることになった。

    エリミネーション方式の予選
    これもまた短命に終わった予選関連のルールのひとつだ。2016年シーズン、エリミネーション(足切り)方式の予選が実施されたが、わずか1レースで撤廃された。

    2016年シーズン開幕戦のオーストラリアGPで実施されたこの新予選方式は、Q1でタイムシート下位7名がノックアウトされ、Q2でもさらに下位7名がノックアウト、そしてQ3でもあらかじめ設定されたタイミングでひとりずつノックアウトされるというものだった。

    この新たな試みは大失敗に終わり、ルイス・ハミルトンは「サッカーのピッチに2個目のボールを投入しようとしているようなもの(=ナンセンス極まりない)」と酷評した。

    第2戦からは従来までの予選形式に戻され、エリミネーション方式案は御蔵入りとなった。「壊れていないものを直そうとするな」という古くからの諺が真理であることがあらためて証明されたというわけだ。

    最終戦ダブルポイント制
    F1で安全性向上が目的ではないルール変更が行われる場合、その多くの目的はレースのショーアップに設定されている。2014年シーズン最終戦の獲得ポイントを通常の2倍にしようというアイディアの根底にも、ショーアップを目論む意図があったはずだ。

    結果的に、2014年シーズン最終戦アブダビGPはF1史上唯一のダブルポイント制で行われたレースとなった。

    元々、このルールは、2011年シーズン / 2013年シーズンのセバスチャン・ベッテル(当時レッドブル)のような独走でのタイトル獲得を防ぐ目的で導入されたのだが、F1ドライバーズチャンピオンが最終戦で決定した年シーズンは29例を下らない。そのため、このルールは翌年にあえなく撤廃された。

  • F1マシン列伝:ルノー R25 “フェラーリ政権に終止符”

    F1マシン列伝:ルノー R25 “フェラーリ政権に終止符”

    ルノーの2005年F1マシン『R25』は、長きにわたるフェラーリ政権に終止符を打ち、ルノーに初のコンストラクターズタイトルをもたらした歴史的を変えた1台だ。

    2000年にベネトンF1チームを買収したルノーは、2002年に「マイルドセブン・ルノーF1チーム」として17年ぶりにコンストラクターとして復帰。2005年までにコンストラクター部門でのタイトルを獲得するという目標を掲げた。

    V10エンジン最終年となった2005年。ダウンフォースとコーナリングスピードを下げるためにフロントウィングを50mm持ち上げるという新しいルールが導入された。

    テクニカルディレクターのボブ・ベル主導で開発されたルノー R25は当時のトレンドとなる空力コンセプトが盛り込まれた。フロントサスペンションのマウントにはVキールを開発。ノーズは細く絞り込まれ、フロントウイングは複雑な3D形状を採用。第4戦サンマリノGPではフロントウイングにアッパーエレメントが装着し、以降のトレンドとなった。

    サイドポンツーンはよりタイトに絞り込まれた非常に美しい継続。冷却面で厳しくなるのを防ぐため、上面に放熱用のシャークルーバーが何本も刻まれたされた。

    また、シーズン終盤には翌年に競争力を発揮する“マスダンパー”を投入。ノーズコーン内部に垂直におもりを吊り下げ、上下にバネを挟んだこのデバイスはコーナーリング中のフロントエンドの安定性を高めた。

    前年まではフェラーリがコンストラクターズ選手権を6連覇(1999年から2004年)、ミエエル・シューマッハがドライバーズ選手権を5連覇(2000年から2004年)し、ダブルタイトル5連覇と圧倒的な強さをみせていた。

    しかし、開幕戦GPはジャンカルロ・フィジケラがポール・トゥ・ウィンを達成。第2戦マレーシアGPではフェルナンド・アロンソがシーズン初勝利を挙げるとそこから3連勝。アロンソは第5戦スペインGPでも2位表彰台を獲得し、開幕5戦全てで表彰台を獲得してリードを広げる。

    終盤はマクラーレンのキミ・ライコネンが追い上げをみせるが、フェルナンド・アロンソは第17戦ブラジルGPまでに17レース中13度の表彰台を獲得。スペイン人として初、そして当時F1史上最年少となる24歳58日でF1ワールドチャンピオンとなった。ルノーもコンストラクターとして1977年の初参戦以来初めてチャンピオンとなり、選手権2冠を達成。長く続いたフェラーリ/ミハエル・シューマッハ政権に終止符を打った。

    ルノー R25 (2005年のF1世界選手権)ルノー R25 (2005年のF1世界選手権)ルノー R25 (2005年のF1世界選手権)ルノー R25 (2005年のF1世界選手権)ルノー R25 (2005年のF1世界選手権)ルノー R25 (2005年のF1世界選手権)

  • F1特集:F1マシンと動物の意外な関係性

    F1特集:F1マシンと動物の意外な関係性

    シャークフィンからアリクイノーズまで、F1のマシンデザインに息づく自然界からの影響を探ってみよう。

    マックス・フェルスタッペンによると、フェラーリの2017年F1マシン『SF70H』がどことなく魚のように見えると語った。それは、フェラーリのデザインコンサルタント、ロリー・バーンの影響によるものらしい。

    ベネトンとフェラーリ時代を通じてミハエル・シューマッハに7度のチャンピオンをもたらした全F1マシンを設計したことでも知られるバーンは、マシンデザイナーであると同時に、熱心なスキューバダイビング愛好家でもある。よって、バーンが手がけるデザインには流線型の海洋生物からインスパイアされたものがいくつか存在する。マックスが幼少期からF1シーンに関わり、彼の父ヨスがシューマッハ / バーン時代のベネトンに在籍していた経緯を踏まえれば、前述のマックスの見解は的外れではないようだ。

    自然界は空力的・流体力学的に優れた形状を生み出すことに長けており、空力設計者たちはアイディアを積極的に取り入れている。数十年前、メルセデス・ベンツの市販車開発部門は生体工学を取り入れた。リバースエンジニアリング的アプローチで生物の理論やシステムを解析。市販車の設計に反映させようというこの試みは、珊瑚礁に生息するハコフグの研究を経てバイオニック・コンセプトカーとして結実した。

    最近のハコフグ研究の結果から考えると、当時のメルセデスの試みは見当違いだったのかもしれないが、基本的な方向性は間違っていない。自然界はデザインのアイディアの宝庫であり、模倣しても知的財産権の侵害で訴えられることはない。

    フェラーリ 156:シャークノーズ
    フェラーリ 156:シャークノーズ
    1961年シーズンにデビューしたフェラーリ 156は、実戦投入初年度でフィル・ヒルを王座へ導いた名車だ。156の初期バージョンのノーズには角度がつけられた2つのエアインテーク(空気取り入れ口)があり、その鋭いルックスはサメを思わせるものだった。

    レッドブル RB4:シャークフィン
    レッドブル RB4:シャークフィン
    流体力学的に優れた形状を持つ巨大な海の捕食者サメはF1テクノロジーに携わるデザイナーたちに好まれる傾向がある。サメの背びれは水中姿勢を安定させる役割を担っているため、彼らはこれを拡大解釈してF1マシンの安定性向上に応用しているのだ。

    2009~2016年シーズンのレギュレーションでは、リアウイングは高い位置にマウントされ、比較的乱れの少ない空気が当たっていた。しかし、2017年シーズンからはリアウイングの位置が下げられ、乱流の多い位置にマウントされるようになったため、空力面では理想的とは言えなくなってしまった。シャークフィンはエンジンカウルからリアウイングへ流れる空気をより滑らかに整え、低いリアウイングを効率よく機能させるためのデザインコンセプトだ。これを「アイロン台」と揶揄する声もあるようだが、「シャークフィン」という呼び名の方が断然クールだ。

    ウィリアムズ FW26:セイウチノーズ
    ウィリアムズ FW26:セイウチノーズ
    確たる根拠がないにも関わらず、F1に携わる多くの人は「美しいマシンは速い」という格言を信じている。そして、ウィリアムズ FW26のようなマシンはこの格言の正当性を逆説的に証明してしまった。というのも、この見た目にも荒々しいセイウチの牙のようなノーズを備えた2004年シーズン用マシンは名門ウィリアムズ没落のきっかけになったからだ。

    ツインキール構造を新たに導入したモノコックの性能を最大限まで引き出すべく、ノーズ下面への空気流増加を狙ってデザインされたFW26は、太くて短いノーズコーンから2本の長い牙のようなステーを延ばしてフロントウイングを吊り下げていた。しかし、このデザインではマシン挙動が予測しづらく、ウィリアムズは年シーズン後半に常識的なノーズデザインに戻した。そして、ノーマルノーズに戻ったマシンを駆ったファン・パブロ・モントーヤは、この年シーズンの最終戦ブラジルGPを優勝した。

    2014年シーズン:アリクイノーズ
    2014年シーズン:アリクイノーズ
    フロントノーズはレーシングマシンの中で最も動物に喩えられやすいパーツで、実際、そのような比喩をされたノーズデザインは数多く存在する。その中でも最も有名なのが、2014年シーズンの新レギュレーション下に登場したF1マシンのノーズデザインだ。多くのチームがレギュレーション解釈に苦悩した結果、F1史上最も奇妙で醜いノーズデザインがいくつか生まれてしまったのだ。

    ホイールに乗り上げるクラッシュやTボーン・クラッシュのリスクを減少させ、より安全性の高いレースの実現を目指していたF1は、2014年シーズンからローノーズ・デザインを義務付けた。しかし、ローノーズではモノコック下面に導ける空気流が制限されてしまい、フロアが発生するダウンフォースの大部分が失われてしまう。そこで各チームはレギュレーションで定められたノーズ断面積を最小限にするためのソリューションに苦心した。この結果、ノーズ先端部に奇妙な突起が組み込まれることになり、そのフォルムを表現するあらゆる軽蔑的な名称が生みだされた。「アリクイ(アントイーター)ノーズ」はその中で比較的まともな呼び名だ。

    スーパーアグリ SA07:チキン
    スーパーアグリ SA07:チキン
    2000年代中盤のF1マシンは恐ろしいほど複雑な空力デバイスの宝庫で、スクープやフリップ、チムニーなど多種多様な空力パーツで表面が埋め尽くされていた。サイドポッド前方に配置されるスプリッターにも様々な形状や大きさが存在したが、なかでもスーパーアグリのマシンが備えていたスプリッターは若鶏のトサカのようにも見えた(かなり頑張って見る必要があるが)。スーパーアグリが2007年シーズンのスペインGPにエアロアップデートを持ち込んだ際に発行したプレスリリースは、その新型パーツを「新しいチキン」と表記しており、一部にちょっとした困惑をもたらした。

    ホンダ RA108:ダンボウイング
    ホンダ RA108:ダンボウイング
    スーパーアグリがチキンを導入した時代、親チームのホンダも2007年シーズンにノーズ上にマウントされたウイングレットをテストし、2008年シーズンに実戦投入したが、形状がディズニー映画『ダンボ』に登場した象の耳を思わせたことから、「ダンボウイング」と呼ばれた。ノーズ上面に配置されたこのウイングレットは、当時他チームが導入していたフロントウイング周辺の付属デバイスに対する代替ソリューションだった。その後、2009年シーズンにボディ上面の付加空力パーツを禁止するレギュレーションが導入されたが、ホンダはすでにF1から撤退していた。現在、各チームはフロントウイングのマルチエレメント化の道を歩んでおり、ウイングのルックスはまるで最新の髭剃りを思わせる形状になっている。

    モンキーシート
    モンキーシート
    自然界からインスパイアされたデザインではないが、2017年シーズンのF1マシンが備えたモンキーシートとは、リアウイングとリア・クラッシャブルストラクチャーの間に配置された小型のサブウイングを指す。F1マシンに小猿を座らせるにはかなりのイマジネーションと訓練が必要になるはずだが、このウイングは小猿が座る場所としては確かに最適だ。

    現代のF1マシンではあらゆるサブウイングが試行錯誤されているため、モンキーシートを誰が発明したのか特定するのは難しい。ともあれ、モンキーシートはダウンフォース発生と排気流の有効活用を兼ねたデバイスとして定着した。

  • F1マシン列伝:レッドブル RB7 “常勝時代の完成形”

    F1マシン列伝:レッドブル RB7 “常勝時代の完成形”

    レッドブルの2011年F1マシン『RB7』は、エイドリアン・ニューウェイがゼロから設計したRB5からの流れを昇華させた“常勝時代の完成形”とも言える1台だった。

    新レギュレーションが導入された2009年に初勝利を挙げたレッドブルは、翌2010年にセバスチャン・ベッテルがF1史上最年少ワールドチャンピオン獲得。チームに初タイトルをもたらし、4シーズン続くレッドブル・レーシング圧勝時代の幕が開けた。

    そして、2011年に投入された『RB7』はRB5からの流れを進化させたマシン。この年、ダブルディフューザーが禁止され、新たにDRS(ドラッグリダクションシステム)が導入された。RB7は、これらの規約の変更に対応して設計された。また、この年からKERSが導入されたが、レッドブルはKERSを導入しないことを選択した。

    前年モデル『RB6』で注目されたブロウンディフューザーは排気管を延長し、リアタイヤの内側に吹き付ける新方式となった。さらに低速時にも一定の排気を保つ“オフスロットル・ブローイング”をが搭載された。

    また、RB7は今やレッドブルの代名詞となったフロントウィングと路面の距離が近くなるようリアの車高を上げた“ハイレーキ”のスタイルが登場。他チームが追随することになった。

    レッドブル RB7は開幕から圧倒的な速さをみせ、セバスチャン・ベッテルがポール・トゥ・ウィン。得意とするハイダウンフォースサーキットだけでなく、エンジンパワーにハンディのある高速コースでも優勝した

    RB7はとくに予選においてライバルに圧倒的なタイム差をつけ、ベッテルはシーズン最多記録となる15回のポールポジションを獲得。ポールポジションからスタートし、DRSが有効となる3周目までにギャップを確保して逃げ切るという勝ちパターンを確立した。

    最終的に4戦を残してセバスチャン・ベッテルのドライバーズチャンピオンが決定。レッドブルとしても19戦中18回のポールポジション、12勝という圧倒的な強さで2年連続のダブルタイトル獲得した。

    レッドブル RB7 (2011年のF1世界選手権)レッドブル RB7 (2011年のF1世界選手権)レッドブル RB7 (2011年のF1世界選手権)レッドブル RB7 (2011年のF1世界選手権)レッドブル RB7 (2011年のF1世界選手権)レッドブル RB7 (2011年のF1世界選手権)

  • ロス・ブラウン 「次世代F1マシンは2022年に確実に導入される」

    ロス・ブラウン 「次世代F1マシンは2022年に確実に導入される」

    F1のマネージングディレクターを務めるロス・ブラウンは、2022年に新しい技術規則を導入するという計画は“確実”に実施されるとし、それ以上延期されることはないと語った。

    F1は2021年にF1マシンを大きく変えることになる抜本的な技術規則の変更を予定していたが、新型コロナウイルスの大流行によって開幕から10戦の中止を余儀なくされた状況を鑑みて、計画は2022年まで延期された。

    F1チームはレース中断による収益減とコスト削減の影響を抑えるために、新レギュレーションの導入を2022年まで延期し、今季のマシンを来年も使用することに満場一致で合意した。

    しかし、レッドブル・ホンダF1のクリスチャン・ホーナーは、10チームの間でルール変更を2023年までさらに1年延期するという“合理的な合意”があったと述べていた。

    だが、ロス・ブラウンは、さらなる延期の提案を却下。新型コロナウイルスの不確実性は拭い去れていないが、2020年に新レギュレーションを導入するという計画を変更することはないと述べた。

    「間違いなく2022年に導入される」とロス・ブラウンは F1 Show に語った。

    「一部のチームはさらに1年間それらを遅らせることを求めている。我々は恐ろしい危機の真っ只中にあるので、今のマシンを来年も使用するという措置には正当な必要性があると考える」

    「新しいレギュレーションで我々が取り入れているイニシアチブは、複雑さ、そして、お金がどこに費やされるかという点において、スポーツをより経済的に実行可能にすることだ」

    「現在のマシンは非常に複雑であり、大金をつぎ込むむだけ速くすることできる。我々はその傾斜を横ばいにし、お金だけが競争力の基準にならない状況を作り出す必要がある。したがって、我々にはその傾斜を平らにするためにも新しいマシンが必要だ」

    「我々は今でも素晴らしいチームに勝ってほしいと思っている。我々はF1の品位を維持する必要がある。これはスポーツであり、最高の人々が勝つ必要がある。しかし、私はこれらの新しい規則、新しいマシンで、将来的に競争力のあるレースを形作ることができると思っている」

    「それらは1年延期されたが、間違いなく2022年に登場する」

    2020年F1マシンの空力開発は、チームのコストを削減するためのさらなる動きとして今年の残りの間禁止されている。

  • F1マシン列伝:メルセデス W05 “最も過小評価されている最強マシン”

    F1マシン列伝:メルセデス W05 “最も過小評価されている最強マシン”

    メルセデスの2014年F1マシン『W05』は、マクラーレン・ホンダ MP4/4が保持していた歴代年間最多勝利数、1-2フィニッシュ数という“最強マシン”記録を更新するも、最も過小評価されている1台でもある。

    2014年はF1の新時代の幕開けを告げるシーズンとなった。従来の“エンジン”にあたる内燃機関(ICE)にエネルギー回生システム(ERS)を併用したハイブリッドシステム「パワーユニット(PU)」が導入された。

    メルセデスは、このPUでフェラーリとルノーというライバルを圧倒する性能を示した。エンジンブロックの前部にコンプレッサー、後部にタービンを配置するスプリットターボ方式を採用したメルセデスのPUはプレシーズンテストから高い信頼性とパフォーマンスを示した。

    また、2014年は新レギュレーションによってフロントノーズ先端の高さが規定され、多くのチームが高いノーズに突起をつけた“アリクイノーズ”を採用したが、メルセデスはノーズ全体が低い“カモノハシ”のようなデジアンを採用。美しさという点では群を抜いていた。

    ローノーズ化に合わせて、プッシュロッド式のフロントサスペンションのアームは“ハの字型”の角度が緩くなり、水平に近くなった。フロントダブルウィッシュボーンのロワアームが通常の“V字型”ではなく、“Y字型”とするなどジオメトリーを突き詰めた。

    ルイス・ハミルトンとニコ・ロズベルグが駆ったメルセデス W10は圧倒的な強さをみせる。19戦中優勝16回は1988年のマクラーレン MP4/4と2004年のフェラーリ F2004が残したシーズン15勝、1-2フィニッシュ11回はMP4/4の10回という記録を塗り替え、ポールポジション18回は2011年のレッドブル RB7と並ぶ最多タイ記録となった。

    序盤に5戦連続、終盤にも4戦連続1-2フィニッシュを飾るなど完全にシーズンを席巻し、3戦を残してコンストラクターズタイトルを確定。チームメイト同士で最終戦までもつれ込んだドライバーズタイトルは、ルイス・ハミルトンがメルセデスとしては1955年のファン・マヌエル・ファンジオ以来59年ぶりとなるドライバーズタイトルを獲得。コンストラクターズタイトルは1958年以降制定されたため、メルセデスとして初戴冠となった。

    上記のような圧倒的な強さをみせたメルセデス W05だが、オールドファンからは“最強マシン”という評価に物言いがついている。最多勝利数ではマクラーレン・ホンダを上回ったが、当時はレース数が少なかったため(16戦中15勝)、勝率ではメルセデスが84.2%なのに対し、マクラーレン・ホンダは93.7%と上回っている。

    メルセデス W05は整ったマシンではあるものの、優勢な立場にいるのはパワーユニットが圧倒的に強力だからだとされた。だが、メルセデスは、シャシー性能も空力に定評のあるレッドブルより優れていると評価している。

    マクラーレン・ホンダ MP4/4もホンダのV6ターボの強さが際立っていたが、PUの大人しいサウンド、そして、空力の進化によって接近戦が減少したことなどにより、“最強マシン”という評価では最も過小評価されてしまっているのがメルセデス W05と言える。だが、現時点で6年間続いているダブルタイトル制覇のメルセデス政権の狼煙を上げた記念すべきマシンだ。

    メルセデス W05 (2014年のF1世界選手権)メルセデス W05 (2014年のF1世界選手権)メルセデス W05 (2014年のF1世界選手権)メルセデス W05 (2014年のF1世界選手権)メルセデス W05 (2014年のF1世界選手権)

  • F1マシン列伝:マクラーレン・ホンダ MP4/4 “F1黄金時代の象徴”

    F1マシン列伝:マクラーレン・ホンダ MP4/4 “F1黄金時代の象徴”

    マクラーレンの1998年F1マシン『マクラーレン・ホンダ MP4/4』は、16戦15勝という圧倒的な強さ、セナプロ対決の名バトルなど、F1黄金時代を象徴する1台として歴史に名が刻まれている。

    ホンダのF1エンジンが独走状態となったことで、FIA(国際自動車連盟)は1988年限りでターボを禁止し、1989年からの3.5リッター 自然吸気エンジンを導入することを決定した。

    ターボ最終年となった1988年は、F1エンジンのパワー規制はさらに厳しくなり、ブースト圧は4バールから2.5バールに、レース中の燃料使用量は195リッターから150リッターに引き下げられた。しかし、ホンダはこの条件を逆手にとり、低燃費技術を駆使して他のエンジンメーカーを圧倒した。

    当初、マクラーレンは、テクニカルディレクターであったジョン・バーナードがデザインした前年マシン『MP4/3』をリファインして使用する予定だったが、レギュレーション変更によってドライバーの足を前車軸より後ろに下げる規定が定められたこと、またブラバムからゴードン・マレーが加入していたことなどが重なり、白紙の状態からデザインされた。マクラーレン・ホンダ MP4/4は、MP4/3までの大柄なスタイルから一変し、マレーが2年前に設計した『フラットフィッシュ』の異名をとったブラバム BT55のような、全高が低く、ドラッグが少ないデザインとなった。

    リアウイングへ効率よく空気を流すためサイドポッドが低く絞り込まれたデザインを実現するため、ホンダF1はエンジンのクランクシャフトの位置を下げ、ギアボックスのクラッチプレートを小径化するなどの改良を施した。

    マクラーレン・ホンダ MP4/4は、16戦中15勝、10度にわたる1-2フィニッシュなど、数々の記録を塗り替えた。唯一、両ドライバーがリタイアしたイタリアGPでフェラーリのゲルハルト・ベルガーに優勝をさらわれ、シーズン完全制覇はならなかったが、マクラーレンMP4/4が史上最強のマシンだったことは明らかだ。

    アラン・プロストとアイルトン・セナの両マクラーレンドライバーによって争われたドライバーズチャンピオン争いは、7勝のプロストに対し8勝を挙げたセナのものとなった。セナにとっては初のドライバーズタイトルとなった。獲得総ポイントではプロストが105ポイント、セナが94ポイントと、プロストが上回るが、有効ポイント制によりベスト11戦のリザルトが有効とされた(セナが90ポイント、プロストが87ポイント)。

    当時ホンダF1のエンジニアを務めた市田勝巳は「世界一になるためには世界一のドライバーと組むこと。そうして挑んできたおかげで、彼らからマシン熟成のために貴重なアドバイスをたくさん受けてきました。彼らは人間的にも非常に豊かな感性を持っており、勝てないで落ち込んでいるメカニックたちをクルーザーに招待して、楽しませてくれたりしました。心のつながりも非常に大きかったですね。そうした彼らの人間性もマスコミを通じて日本人に浸透し、F1の人気も高まってきたんでしょうね」と語る。

    前述のとおり、翌1989年よりレギュレーション変更でターボが禁止に。この時点でホンダ内部では初期目標の達成とターボエンジン開発の終了から、参戦休止という意見も出ていたが、本田宗一郎は「ターボ禁止はホンダだけか? 全チームが同じ条件で戦うのならばいいじゃないか。それでこそ、ヨーロッパの人たちに評価されるじゃないか」と意見した。

    結果的にはホンダF1は、厳しい燃料制限を克服するために3.5リッター自然吸気エンジンを開発し、参戦は継続された。そして、ダブルチャンピオンは1991年まで5年連続で続くこととなる。91年にはマクラーレンへV12エンジン、ティレルへV10エンジンとタイプの違うエンジンを同時に供給するなど、将来像を描きながら絶えず挑戦を続けたが、「所期の目的を果たした」という理由により、10年目の区切りを迎えた92年シーズン終了をもって、ホンダはF1レース活動を休止することとなった。

    マクラーレン・ホンダ MP4/4 1988年のF1世界選手権アイルトン・セナ マクラーレン・ホンダ MP4/4McLaren Honda MP4/4

  • パンテーラ チーム アジアF1、2022年のF1参戦を諦めず

    パンテーラ チーム アジアF1、2022年のF1参戦を諦めず

    パンテーラ チーム アジアF1(Panthera Team Asia F1)は、F1に新しいレギュレーションが導入される2022年にグリッドに参加することを目指していると述べた。

    英国・シルバーストンに拠点を置き、中国のコンソーシアムが支援しているとされるパンテーラ チーム アジアF1は、昨年夏にF1に新しいレギュレーションが導入される2021年にF1に新規参入すると述べていた。

    しかし、新型コロナウイルスの財政危機により、新レギュレーションの導入は2022年に延期されることになった。

    パンテーラ チーム アジアの代表を務めるベンジャミン・デュランは、F1の新レギュレーションの導入の遅れと世界的な金融危機が、F1に参戦する組織の努力に終止符を打つことはないと語った。

    「かなりのジェットコースターだったが、我々はまだ生きている。プロジェクトは終わっていない」とベンジャミン・デュランは語った。

    「現在の危機が発生する前に、我々はすでに2022年を目指していた。だが、まだ道を模索している」

    「我々にはマシンで作業している人々のグループがおり、空力面でいくつかの予備的な作業を実施している。そして、投資家と仕事も継続している」

    以前にロシアのSMPレーシングのフランス拠点のスポーツカーチームを運営していたベンジャミン・デュランは、F1の将来についての不確実性は、パンテーラの計画が依然として流動的であることを意味すると強調した。

    「もっと多くのことを話す前に、我々はF1で何が起こるか成り行きを見守っている。人々は別のチームからマシンを購入できる可能性について話をしているので、我々はしばらく待って何が起こるかを見なければならない」

    ベンジャミン・デュランは、新型コロナウイルスのパンデミックが発生する前の今年始め、F1エンジンうや他のパーツの供給に関してメーカーと基本合意に達していることを明らかにしていた。

    パンテーラ チーム アジアF1が、完全なプロジェクトをまとめることができれば、2021年から施工される予定のF1の新しい予算上限を活用できる。。

    しかし、F1はまだ2022年の新規参入について、潜在的なチームとまだ正式な交渉を行っていないとしている。

    パンテーラやカンポス・レーシングと関連のあるスペインのチームの両方からの関心を示した昨年10月、F1は「新しいチームの参入について人や企業との真剣な議論はなかった」と声明で述べている。

    新規F1チームがグリッドに参加する場合、新しいチームはFIA(国際自動車連盟)が監督する入札プロセスを通過する必要がある。
    潜在的な新しいF1チームの入札条件は2015年に最後に発行されましたが、提出された2つの申請はFIAの必要な基準を満たさないと判断されたとされている。

  • メルセデスF1 「W11には優れたイノベーションが詰まっている」

    メルセデスF1 「W11には優れたイノベーションが詰まっている」

    メルセデスF1チームのテクニカルディレクターを務めるジェームス・アリソンは、今年のF1ではDAS(デュアル・アクスル・ステアリング)が注目を集めているかもしれないが、2020年F1マシン『W11』にはそれ以外にも驚くべきイノベーションに溢れていると主張する。

    メルセデスW11に搭載されている独創的なDASはF1プレシーズンテストのオンボード映像で明らかになった。ドライバーはステアリングを押し引きすることでフロントタイヤのトー角を変更することができ、タイヤ温度やストレートスピードに影響を与えると考えられている。

    しかし、ジェームス・アリソンは、注目を集めているのはDASだが、W11にはライバルのレーダーには捉えられていない多くの追加機能が詰め込まれていると明かした。

    「マシンは望むことができるくらい美しい。1000人の革新と創造性の現れだ」とジェームス・アリソンは語る。

    「今年のマシンには、DASのように人目を引く派手なものが存在するが、マシンの実体のあらゆる部分、あらゆるレベルの革新が書かれている」

    ジェームス・アリソンは、その1例として1つのコンポーネントを挙げた。

    「リアサスペンション下部のウィッシュボーンだけをとってもそうだ。我々は実質的にフロントとリアの脚を入れ替えた」

    「それは視覚的にそれほど劇的ではないので、マスコミであまり注目を集めていないが、そうすることで、エアロダイナミストが高エネルギーの空気を送りたいマシンの部分に高エネルギーの空気を吹き込むことができる」

    「そのような曲芸をすると、多くのメインの力が、脚を非常に異なる経路を走ることになるが、昨年のマシンでうまく機能したことがわかっているのと同じドライビング特性を維持するために、これを行うために構造側、ギアボックス、サスペンション、クラッシュ構造で作業するすべての人々が、運動学的に優れ、十分に強く、十分な剛性のあるサスペンションのレイアウトを組み立てるために自分たちの仕事をつく詰めた」

    「それを実現するには数十人のスキルが必要だった。リアサスペンション下部のウィッシュボーンを見れると、それを生み出すことのできるチームを本当に誇りに思う。同じように賢く熟練したエンジニアたちだ」

    ジェームス・アリソンは、DASとリアサスペンション下部のウィッシュボーンは、イノベーションの2つの例にすぎないと語る。

    「このスポーツに参加することの素晴らしい点の1つは、何百人もの人々が生み出すこの創造性の海に浸ることができるということです。全員が同じ最速のマシンを作り出し、レースでトップを争うよいう目標に焦点を当てている」

  • F1マシン列伝:トロ・ロッソ STR3 “先に勝利を収めたカスタマーカー”

    F1マシン列伝:トロ・ロッソ STR3 “先に勝利を収めたカスタマーカー”

    トロ・ロッソの2008年F1マシン『STR3』は、親チームのレッドブルよりも先に勝利を収めた“カスタマーカー”であり、トロ・ロッソというチーム名で唯一勝利を挙げたマシンとなった。

    当初、2008年のコンコルド協定からからカスタマーカー(カスタマーシャシー)は解禁される予定だった。しかし、ライバルチームからの反発により、結局はカスタマーカーでの参戦は認められず、2010年以降は独自にマシンを開発しなければならなくなった。

    当時、レッドブルはレッドブル・テクノロジーからレッドブル・レーシングとトロロッソの2チームに供給することで「コンストラクター間の取引禁止」という文面を回避していた。

    そのため、トロ・ロッソ STR3は、エイドリアン・ニューウェイが、親チームであるレッドブル RB4のためにデザインしたものが流用されており、レッドブルの開発が優先されたため、シーズン開幕時は昨年マシンをレギュレーションに合わせた改良が加えられたSTR2Bで戦い、STR3がデビューしたのは第6戦モナコGPからとなった。

    見た目はほぼレッドブル RB4だった。フロントウイングには2007年にマクラーレンが導入して流行となった“ブリッジウイング”が搭載され、RB4にも搭載された“シャークフィン”も搭載された。

    ただ、レッドブルはルノーのF1エンジンを搭載していたのに対し、トロ・ロッソはフェラーリのF1エンジンを搭載しており、ギアボックスやエンジンの補機類はSTR3専用に製造され、そのエリアの空力設計はSTR3独自のものとなった。

    セバスチャン・ベッテルとセバスチャン・ブルデーを起用した2008年。序盤戦はSTR2Bでリタイアの続いていたが、STR3の導入により状況が一転した。

    第14戦イタリアGPでは、雨のコンディションでセバスチャン・ベッテルがポールポジションを獲得。決勝でもポールトゥーウィンを果たして、ベッテル自身とトロ・ロッソの前身であるミナルディを含め、初ポールポジション・初表彰台・初優勝であり、親チームでのレッドブルよりも先に勝利を収めることになった。

    セバスチャン・ベッテルは、21歳72日はF1史上最年少ポールポジション、21歳73日は当時の最年少優勝・最年少表彰台および最年少ポール・トゥ・ウィンとなった。さらに“初表彰台が初優勝”は1979年第8戦フランスGPでのジャン=ピエール・ジャブイーユ以来であり、イタリアGPでフェラーリ以外のイタリアンチームが優勝したのは、1957年にマセラティ250Fを駆ったスターリング・モス以来、半世紀ぶりと記録づくめの歴史的な勝利となった。

    このシーズン、トロ・ロッソは11回の入賞を果たして39ポイントを獲得し、ランキング6位で終えた。

    また、トロ・ロッソ STR3は、佐藤琢磨もドライブしている。2008年シーズン途中でF1シートを失った佐藤琢磨だが、トロ・ロッソからテストのチャンスを与えられ、9月のヘレステストでは、前戦イタリアGPの優勝マシンしたばかりのSTR3でテストを実施。午後から雨が降り、午前中のみのテストとなったが安定したパフォーマンスを見せる。「クルマからやってくる情報量が違う。初めてF1マシンに乗ったような気分になった」と語った。その後、11月のバルセロナ、12月のヘレスに再び招かれ、スリックタイヤと2009年を想定したエアロで走行。ヘレスではトップタイムを記録する印象的なパフォーマンスを披露したが、シートを得ることはできなかった。

    トロ・ロッソ STR3 (2008年のF1世界選手権)トロ・ロッソ STR3 佐藤琢磨(2008年のF1世界選手権)トロ・ロッソ STR3 佐藤琢磨 ②(2008年のF1世界選手権)トロ・ロッソ STR3 ② (2008年のF1世界選手権)トロ・ロッソ STR3 ③ (2008年のF1世界選手権)