カテゴリー: アルピーヌF1チーム

  • ピエール・ガスリーが語るF1愛と人生観「5年後は世界王者になっていたい」

    ピエール・ガスリーが語るF1愛と人生観「5年後は世界王者になっていたい」

    アルピーヌF1のピエール・ガスリーがF1.comの「Getting to Know」シリーズに登場。カートに出会った幼少期の体験から、誕生日に取得した運転免許、親友シャルル・ルクレールとの思い出、さらに“なってみたい職業”や“泣くほど笑った瞬間”まで、多岐にわたる質問にガスリーが答えた。

    幼い頃からレースと共に育ち、F1で勝利を掴んだ今も、ガスリーの原動力は「スピード」「勝利への執念」、そして「本物であること」だ。

    今回のインタビューでは、素顔の彼が見せるユーモアや情熱、そして競争の中で築かれた友情が丁寧に語られている。

    Q:自分を3つの言葉で表すと?
    うわ~来たね、こういう質問。まあ、わかったよ。まず1つ目は「負けず嫌い(competitive)」。これはすぐに浮かんだ。それから「誠実(genuine)」。そして「勝利(winning)」。これが自分を突き動かしているものだ。

    Q:F1に恋をしたきっかけは?
    スピード、そしてアドレナリン。それがF1を好きになった理由だ。初めてカートに乗ったときの感覚は今でも覚えてる。6歳で、ノルマンディーの実家の近くのサーキットだった。目を閉じれば、ピットレーンから出ていって、ストレートを走って、草むらに突っ込んで…っていう映像が浮かぶ。ライン取りを模索してた。とにかく興奮と恐怖とアドレナリンのカクテルみたいだった。テレビでF1を見るのも好きだったけど、地面に近い視点でスピードを体感したことで、本当に夢中になった。

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1チームガスリーは2017年、当時のトロ・ロッソからF1デビューを果たした

    Q:運転免許は何回で合格した?
    誕生日当日に合格したよ!フランスでは18歳にならないと受けられないから、2月7日、自分の誕生日に試験を予約してた。30分くらいのテストで、最初の10分はF1の話をされた。まだリザーブドライバーだったけど、試験官が「もういいよ、合格だ」って(笑)。実を言うと、その人は昔一緒にレースしてたドライバーの父親で、「この子は運転うまいってわかってる」って言ってくれた。

    Q:最後に笑いすぎて泣いたのはいつ?
    親友のひとりとはしょっちゅうそういう瞬間がある。週に何回かは涙が出るほど笑ってるよ。たぶん今週もあったね。

    Q:パドック内の親友は?
    やっぱりシャルル(・ルクレール)かな。長年の付き合いだから。(角田)裕毅も、弟みたいな存在で…最近はもう“お兄さん”って感じだけど。昔から家族ぐるみで仲が良くて、子どもの頃から一緒にレースしてた。オフの時間も一緒に過ごしたし、特別な瞬間を共有してきたから、すごく強い絆がある。

    ピエール・ガスリー F1ガスリーとルクレールは、ジュニア時代から共に育ち、今も深い友情で結ばれている

    Q:ディナーパーティーに招きたいF1関係者3人は?
    まずジェームズ・ハント。彼の名前はよく挙がるけど、人生を全力で生きた人って感じがするから。そしてアイルトン・セナ。子どもの頃からずっと憧れだった。セナを挙げるなら、プロストとも言いたいけど、彼とは実際に話したこともあるから、代わりにファンジオで。だから、ファンジオ、ハント、セナだね。

    Q:無人島に1人F1ドライバーを連れて行くなら?
    最初に浮かんだのはキミ・ライコネン。話さないタイプだからケンカにならない(笑)。でもやっぱりシャルルかな。気心が知れてるし楽しいはず。裕毅もありだね。料理うまいから、食事はなんとかなる!

    Q:話せる言語は?他に学びたい言語はある?
    まずは1つをしっかり話したい(笑)。フランス語が母国語だけど、英語の方が話す機会は多い。フランス語、英語、イタリア語は話せる。スペイン語は学校レベル、ポルトガル語はちょっとだけ。合計で3カ国語が流暢で、他2つは旅先でなんとかなる感じ。ビールの注文はできる!

    Q:好きな映画やテレビ番組は?
    子どもの頃は『ハリー・ポッター』が大好きだった。魔法の世界に引き込まれる感じがたまらなかった。最近は『ラスト・ダンス』(マイケル・ジョーダンのドキュメンタリー)が最高だった。当時の映像と今のインタビューが交互に出てきて、ジョーダンの視点が語られる構成が素晴らしかった。MJの大ファンだから、あのシリーズが一番好きだね。

    Q:これまでで一番役立ったアドバイスは?
    ジャン・アレジにカート時代に言われたこと。「夢は大きく持つのもいいが、目の前のステップに集中しろ」って。13歳くらいの頃、モナコで言われた。最初は意味がよくわからなかったけど、後からすごく納得できた。あとは「今を楽しめ」ということ。つい“次、次…”って考えがちだけど、今をちゃんと味わうことが大事だと思う。

    ピエール・ガスリー インタビューフランスのF1レジェンド、ジャン・アレジは、若き日のガスリーに貴重な助言を与えていた

    Q:1日だけ体験してみたい職業は?
    宇宙とか、宇宙飛行士には惹かれるけど、1日じゃどこにも行けないか(笑)。インテリアデザインも好きだから、デザイナーもいいかも。チャンピオンズリーグの決勝で10万人の前でプレーするのも夢だったな。それとウォール街のトレーダーも気になる。あの緊張感とアドレナリンはかなり魅力的だと思う。

    Q:F1でこれまで一番誇らしい瞬間は?
    2020年のモンツァ。初優勝のレース。今でもキャリアで一番特別な瞬間だ。

    Q:5年後、どこにいたい?
    5年後?F1のワールドチャンピオンになっていたい。それ以外に興味はない。本当に、それだけが目標だ。

  • クリスチャン・ホーナー アルピーヌF1チーム代表に電撃移籍?

    クリスチャン・ホーナー アルピーヌF1チーム代表に電撃移籍?

    F1の世界では、パドックの噂話がDRSを開いたレッドブルよりも速く駆け巡るものだが、今注目を集めているのが、レッドブルF1代表クリスチャン・ホーナーのアルピーヌF1電撃移籍の可能性だ。

    エンストンを拠点とするアルピーヌF1は、近年チーム代表を次々と交代させてきたことで知られており、現在は“モータースポーツ界のボンド悪役”ことフラビオ・ブリアトーレが実権を握っている。先月、オリバー・オークスが突然辞任したことで、チームは再び新たなリーダーを探している状況だ。

    そんな中、ホーナーがアルピーヌと「話し合いを始めた」との情報がパドックの噂話として浮上している。とはいえ、その「話し合い」がモーターホームでのカジュアルなコーヒートークなのか、正式なZoom会議なのかは定かではない。

    レッドブル内部に漂う不協和音
    ホーナーのレッドブルでの立場は、かつてほど盤石ではないとも言われている。レッドブルを一大チャンピオンチームに育て上げた実績を持つホーナーだが、現在はチーム内での影響力を一部失いつつあるようだ。

    タイのレッドブル親会社からの支持も以前ほどではなく、ドライバーの契約に関する決定権など、いくつかの重要な権限は、CEOのオリバー・ミンツラフやヘルムート・マルコに移っているとされている。

    この背景には、セルジオ・ペレスとの契約問題により早期解約金として推定1800万ドル(約28億円)を支払う羽目になった件が影響しているとも見られている。

    さらに昨年にはホーナーを巡るハラスメント調査も行われており、すでに問題は“収束”したものの、その余波がミルトンキーンズのチーム内にいまだ尾を引いているという声もある。

    クリスチャン・ホーナー アルピーヌF1チーム レッドブル・レーシング

    現実的ではないがF1に「絶対」はない
    では、ホーナーが本当にレッドブルを去り、混乱続きのアルピーヌへと移る可能性はあるのか?

    確かに技術的にはあり得る。だが実際には極めて可能性は低い。星がすべて揃い、水星が逆行し、F1パドックの半分が“人生の再出発”を決意するような奇跡でも起きない限り、現実にはならないだろう。

    ちなみに最近では、ホーナーがフェラーリと接触しているとの噂も流れていたが、こちらも「イタリア的な夢物語」の域を出ない。

    それでも、F1とは常に予想を裏切る世界。2000年代以降のドライバーキャリアの数々を思い出せば、この種の話題が尽きることはないのも納得だ。

    当のホーナーはというと、最近のインタビューで「レッドブルに100%コミットしている」とフェラーリ移籍の噂を一蹴している。

    とはいえ、もしホーナーが本当にチームを去るようなことがあれば、それは内部で続く不和を整理する大きなきっかけとなり、マックス・フェルスタッペンが求める「安定」をもたらす可能性もある。

    いずれにせよ、ホーナーがレッドブルのネイビーブルーを脱ぎ、アルピーヌの“青・白・困惑”の装いに身を包むまでは、この話は「もしかして」から「可能性はほぼゼロだが話題としては面白い」の域に留まりそうだ。

  • フラビオ・ブリアトーレ F1追放の真相「クラッシュゲートの被害者は私だ」

    フラビオ・ブリアトーレ F1追放の真相「クラッシュゲートの被害者は私だ」

    2008年F1シンガポールGPでネルソン・ピケJr.に故意にクラッシュさせたとされる“クラッシュゲート”騒動について、フラビオ・ブリアトーレは再び自身の関与を否定した。

    このスキャンダルは、ピケが2009年にルノーを解雇されたことをきっかけに表面化。ピケは当時チーム代表だったブリアトーレから、意図的にクラッシュしてレース展開を操作するよう指示されたと証言した。

    事件が発生したのはF1初開催となった2008年のシンガポールGP。15周目、ピケは単独クラッシュを喫しセーフティカーが導入される。これによって15番グリッドからスタートしていたチームメイトのフェルナンド・アロンソが優勝。ルノーとブリアトーレにとってはシーズン初勝利となった。

    翌2009年、ピケはシーズン途中でチームを去り、FIAが調査に乗り出すこととなった。その結果、ブリアトーレにはF1からの“無期限追放”処分が下され、技術責任者だったパット・シモンズも5年間の活動停止処分を受けた。

    しかしその後、フランスの裁判所はFIAによる処分を無効と判断し、ブリアトーレに象徴的な賠償金の支払いを命じた。

    伊メディア「Corriere della Sera」のインタビューに応じたブリアトーレは、ピケとの関係性を否定しながらこう語っている。

    「いや、興味はない。彼が私の下で走っていたときも、ほとんど話したことはない」

    「私は彼と話したことがない。実際、FIAの処分はフランスの裁判所によって取り消され、象徴的な賠償金も支払われた。皮肉なことに、私を追放したモズレー会長は、シューマッハを失格にした人物でもある」

    フラビオ・ブリアトーレ F1 クラッシュゲート

    また、当時チームを離れた理由についても言及した。

    「私はすでにすべてを勝ち取っていたし、新たなドライバーたちも世に送り出していた。情熱を持てなくなっていて、それは単なる仕事になっていた。そうなると私はもう機能しない」

    「ちょうどその頃、息子のファルコが生まれようとしていて、妻のそばにいたかったんだ」

    現在75歳のブリアトーレは、アルピーヌF1のエグゼクティブディレクターとしてF1に復帰しており、チームの主要な決定において重要な役割を担っている。フランコ・コラピントの起用や、2026年からのカスタマーチーム化の方針にも関わっているとされる。

    “クラッシュゲート”の影響は今もなお尾を引いており、2008年のタイトル争いでフェリペ・マッサが失った勝利を巡って論争が続いている。ピケのクラッシュによるセーフティカー導入が、マッサにとって致命的だったとの見方もある。

  • アルピーヌF1 ブリアトーレ コラピントのパフォーマンスに「満足していない」

    アルピーヌF1 ブリアトーレ コラピントのパフォーマンスに「満足していない」

    アルピーヌF1チームのアドバイザーを務めるフラビオ・ブリアトーレは、同チームでF1デビューを果たしたフランコ・コラピントのこれまでのパフォーマンスに対し、不満を露わにした。

    今季、アルピーヌはルーキーのジャック・ドゥーハンをわずか6戦でシートから降ろし、アルゼンチンからの多額の支援を受ける21歳のコラピントを起用した。しかしその決断に対して、ブリアトーレは現時点で期待に応えられていないと評価している。

    「最初のレース週末でいきなりクラッシュしていた」とブリアトーレはバルセロナでのSky Deutschlandに語った。「もし“満足している”なんて言ったら、それは嘘になる」

    「私はまったく満足していない」

    アルピーヌはドゥーハンとコラピントの交代を発表した際、コラピントには5戦のみの保証があると明記していた。しかしブリアトーレはその後すぐにそれを否定。ただ、現時点でコラピントが今後どれだけのチャンスを与えられるかは不透明な状況だ。

    「彼にとってシーズンがどう展開していくか、見ていく必要がある」とブリアトーレ。

    「フランコはまだ非常に若く、アルゼンチンだけでなくあらゆる方向から大きなプレッシャーを受けているという点も認識しなければならない。この(バルセロナ)が彼にとって初めての“本当の”レースだ。ここで何ができるか見てみようと思っている」

    「この仕事では、できるだけ早く自信を得られるようにならないといけない。彼がそれをやり遂げ、再び軌道に乗れることを願っている」

    一方で、パドック内では奇妙な噂も浮上しており、ブリアトーレがアルピーヌのWEC(世界耐久選手権)主力ドライバーであるミック・シューマッハをF1復帰候補として視野に入れているとも言われている。

    しかしその件について尋ねられると、ブリアトーレは語気を強めて答えた。

    「それはここで聞くべき質問じゃない。次の質問にしてくれ。その話はしたくない」

    アルピーヌF1チーム フラビオ・ブリアトーレ フランコ・コラピント

    2016年のF1ワールドチャンピオンであるニコ・ロズベルグは、この発言を「コラピントへの明確な警告」と解釈している。

    「今のコラピントはフラビオの“悪い側”にいる。そこにいたくはないはずだ」とロズベルグはコメント。

    「フラビオは“ナンバー2”のドライバーには一切関心を示さない。彼は完全に無視する」

    「一方で“ナンバー1”ドライバーには子犬のように甘くなる。それくらい極端なんだ」

    ミック・シューマッハの叔父であるラルフ・シューマッハもまた、兄であるミハエルとブリアトーレの関係性を熟知しており、ミックに新たなチャンスが訪れる可能性を感じ取っている。

    「彼(ブリアトーレ)は2026年に向けて最強のチームを作ろうとしている」とラルフは語る。

    「今はドライバーたちに自らを証明するチャンスを与えている段階で、あとで決断を下すつもりなんだ。それはドライバーにとっては明らかに過酷なやり方だ」

    「もしランド・ノリスに同じことをしたら、彼は逆走しながらサーキットを走るだろう。誰もがフラビオに耐えられるわけじゃない。彼のやり方は非常に厳しくて、若者にとっては楽なものじゃない」

  • アルピーヌF1 ブリアトーレ「コラピントは速いがプレッシャーに課題」

    アルピーヌF1 ブリアトーレ「コラピントは速いがプレッシャーに課題」

    フラビオ・ブリアトーレは、自身が見出した最新のF1ドライバーであるフランコ・コラピントのこれまでのパフォーマンスについて、手放しで称賛するにはまだ早いと考えているようだ。

    アルピーヌF1は先日、ジャック・ドゥーハンをチームから外し、代わってルーキーのコラピントを起用。その際にブリアトーレはプレスリリースで「5戦限定の起用」と記されたが、直後にパドックで報道陣に対し「5戦の制限はない」と訂正している。

    「フラビオが自分を信じてくれたことは、僕にとって本当に大きな意味がある。フェルナンド(アロンソ)の時のようにね」と、21歳のコラピントはスペイン・バルセロナでスペイン語メディアに語った。

    「彼は伝説的な存在だし、アルピーヌを本来のトップチームへ戻そうとしている雰囲気を感じる」

    しかし、イモラでのF1デビュー戦は大クラッシュに見舞われ、ブリアトーレがレース前に掲げた「ミスのない走り」という目標とは真逆の結果に。続くモナコも目立った成果は出せなかった。

    「まだマシンに慣れている段階だ。数戦かかると思う」とコラピントはバルセロナで述べた。

    「カルロス(サインツ)やルイス(ハミルトン)のようにチームを移ったドライバーでさえ、マシンの限界をまだ掴みきれていないと話していた。だから、僕にももっと伸びしろがあると信じている」

    一方で、75歳のブリアトーレは最近、コラピントを持ち上げる発言を控えるようになってきた。アルピーヌのドライバーラインアップが「理想の形になったか」と問われると、彼は首を横に振った。

    「一番簡単に勝つ方法は、マックス・フェルスタッペンを獲得することだが、それは無理だ。だから今いるドライバーでやっていくしかない」とブリアトーレは語った。

    フラビオ・ブリアトーレ アルピーヌF1チーム

    同氏はピエール・ガスリーについて「非常に良いドライバーだが、もう少し集中力が必要だ」と評した。

    「だが良いマシンに乗ればトップドライバーになれる。スピードは持っているか持っていないかのどちらかだ。ピエールは持っている」と仏紙『ル・モンド』に語っている。

    一方でコラピントについては、「速さはあるが、まだプレッシャーへの耐性が足りない」と評価をトーンダウン。

    「速くても壁に突っ込んでしまえば意味がない」と厳しく指摘した。

    それでも、アルピーヌにとってコラピントの存在は大きい。彼は母国アルゼンチンの政府や企業からの強力な支援を受けており、「素晴らしいことだ」と本人もコメント。

    「アルゼンチンではF1への情熱が強くて、長年ぶりにまたドライバーが戻ってきたことを本当に喜んでくれている。今この瞬間を楽しんでいるし、アルゼンチンの人たちにもそうあってほしい」と語った。

    現在のパドックでは、2026年のシーズンもガスリーとコラピントがアルピーヌに残るという見方が大勢を占めている。

    「2026年にはレースに勝てる」とブリアトーレは断言。

    「そして2027年にはタイトル争いに挑むつもりだ」

    来季の新レギュレーション導入にあたって、アルピーヌはメルセデスのカスタマーエンジンを搭載する予定だ。

    「今年は移行期だ。すでに全リソースは来年のマシンに注がれている」とブリアトーレは説明。

    「新レギュレーションを最大限に活かさなければならない。そして、もう言い訳はできない。競争力を示さなければならない。ルノー、アルピーヌ、そしてルカ・デ・メオのためにも」

  • フラビオ・ブリアトーレ アルピーヌF1のオークス後任は「時間をかけて選ぶ」

    フラビオ・ブリアトーレ アルピーヌF1のオークス後任は「時間をかけて選ぶ」

    アルピーヌF1チームのエグゼクティブディレクターであるフラビオ・ブリアトーレは、チーム代表の後任決定について「時間をかけたい」と述べている。

    今月初め、オリバー・オークスが個人的な理由によりアルピーヌF1チームの代表を辞任し、チームは再びマネジメント体制の再編を迫られている。現在ブリアトーレがオークスの職務を暫定的に引き継いでいるが、フランスのマニュファクチャラーはオークスの後任を水面下で探しているところだ。

    ブリアトーレは、オークスが1年足らずでチームを去らざるを得なかったことを残念に思っていると語り、後任選びに関しては拙速を避ける方針を強調した。

    「今、探しているところだ」とブリアトーレはスペインGP前の金曜日に語った。「現時点では何も変わっていない」

    「オーリーのことは本当に残念に思っている。彼とはとても良い関係だったし、彼は良いチーム代表だった」

    「ご存じの通り、個人的な理由で彼は辞めてしまった。今は彼の後任を探しているところだ」

    「私たちは間違いを犯したくない。だからこそ、時間をかけたいと思っている」

    「誰が新しいチームマネージャーになるかが決まった時には、皆さんにお伝えする」

    フラビオ・ブリアトーレ アルピーヌF1チーム

    ブリアトーレは、2026年の新レギュレーションでアルピーヌF1チームがフルワークスチームからカスタマーチームへと移行する中で、すでに多くの候補者が関心を示していると示唆した。

    新代表に求める資質を問われると、ブリアトーレは次のように答えた。

    「我々が求めているのは“誰か”だ」

    「この仕事をこなせる人はそう多くない。我々は有能な人間を求めている。理解力があり、チームの一員になれるような人物だ」

    「私はこのアルピーヌの新たな旅路に加わりたいと思っている人を何人か知っている。誰にするかはこれから決める」

  • アルピーヌF1チーム スペインGPでアルピーヌ創立70周年を特別カラーで祝福

    アルピーヌF1チーム スペインGPでアルピーヌ創立70周年を特別カラーで祝福

    BWTアルピーヌF1チームは、2025年FIA F1世界選手権第9戦となるスペインGPに向けてバルセロナへ向かう。この週末、チームはアルピーヌブランド創立70周年を記念し、アルピーヌ・ファミリー全体とともに祝賀ムードに包まれる。

    1955年、ジャン・レデレによってフランス・ディエップで創設されたアルピーヌは、モータースポーツと自動車への情熱から生まれたブランドであり、F1やWEC(世界耐久選手権)といったトップカテゴリーで現在も競技を続けている。

    自動車メーカーとしても、昨年にはA290を発表し大きな評価を獲得、ヨーロッパ・カー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。そして5月27日には初のスポーツ・ファストバック車をディエップでワールドプレミアし、70周年を祝う週末に一般公開される予定だ。

    この記念すべきスペインGPの週末に、BWTアルピーヌF1チームは特別な「Alpine 70 Years」ロゴをあしらった新たなリバリーを纏い出走する。ピエール・ガスリーとフランコ・コラピントは、白地に赤と青のストライプをあしらい、「A70」ロゴを配置した特別仕様のレーシングスーツとグローブで参戦する。

    ■アルピーヌ70周年記念ロゴの特徴
    Aの矢印を模したシンボルが1955年から2025年までの70年を祝う。青・白・赤の配色は1955年にジャン・レデレによって創設されたフランスブランドとしてのルーツを表現しており、Aの矢印から伸びる「70」の数字は、過去を礎としながら未来へと向かう姿勢を示している。中央に赤いターゲット(的)が配置されており、これは今後の70年にわたるチャレンジ精神を象徴している。

    アルピーヌF1チーム スペインGP F1

    ピエール・ガスリー
    「トリプルヘッダーの最終戦となるバルセロナに向かう。モナコでは僕たちの予想に反して、パフォーマンスが思ったよりも良くなかったことが正直驚きだった。予選では下位に沈んでしまい、そこから挽回するのは非常に難しかった。決勝は角田(裕毅)との接触で終わってしまったが、あのレースではどのみち順位を大きく上げるのは困難だっただろう。だからこそ、チームとしてしっかり立て直して、スペインに向けて改善できることを探っている。バルセロナのような総合的なサーキットなら、僕たちのパッケージに合うのではと期待している。今週末からは、例のテクニカルディレクティブへの適合義務もあるので、グリッド全体で小さな差が出てくるかもしれない。バルセロナのサーキット自体は昔からドライブが楽しくて、これまでも悪くない結果を出せているから、前向きに臨みたい。あと、土曜の夜はチャンピオンズリーグ決勝をテレビで観戦する予定だ。素晴らしい試合になると思うし、PSGがタイトルを取ってくれるよう応援しているよ!」

    フランコ・コラピント
    「モナコでの週末は、チームにとっても自分にとっても厳しいものだった。いくつかの理由からマシンのペースに苦しみ、予選では後方に沈んでしまった。あのようなオーバーテイクがほとんど不可能なサーキットでは、それが大きく響いた。新たな2ストップ義務化ルールによって、各チームがさまざまな戦略を展開していたけれど、僕らは13位が限界だったと思う。今週末のスペインGPでトリプルヘッダーを締めくくるのを楽しみにしている。スペイン語圏でもあるし、アルゼンチンのファンも多く来てくれると思うので、僕にとっても特別なレースになるだろう。それに、今週は誕生日だったので、家族や大切な人たちと少しだけリラックスできたのもよかった。バルセロナはモナコと比べてより伝統的なタイプのサーキットだし、僕たちのマシンにより合うはずだ。できるだけ早くクルマに慣れて、予選でしっかりした位置を確保して、日曜のレースに備えたいと思う。」

  • 角田裕毅 F1モナコGPでの「ブレーキング中の進路変更」をガスリーが非難

    角田裕毅 F1モナコGPでの「ブレーキング中の進路変更」をガスリーが非難

    ピエール・ガスリーは、F1モナコGPでリタイアにつながった接触の原因について、元チームメイトの角田裕毅に非があると主張し、「ブレーキング中に進路変更された」と語った。

    接触が発生したのは、1周目に義務ピットストップを終えた後、角田裕毅とピエール・ガスリーが17番手と18番手を走行していたシケイン区間。アルピーヌのピエール・ガスリーが仕掛け、レッドブルの角田裕毅と衝突した。

    テレビ中継では、ピエール・ガスリーの無線で「ブレーキがない」という音声が流れたが、本人はこれが文脈を誤って伝えられていると釈明した。

    「ブレーキは効いていた」とピエール・ガスリーは強調した。「トンネル手前で角田がミスをして、僕はすごく接近することができた。

    「毎周、彼は右側のレーシングライン上でブレーキを踏んでいたけど、この周は本当に近かったから左側に残ることにした。すると彼は左でブレーキを始めた。だから僕は右に切り替えて、彼より遅らせてブレーキを踏んだけど、そこで彼がレーシングラインに戻ってきた。僕はもう動き出していたし、避けられなかった」

    「このコースではラインを守らなきゃいけない。2台が並ぶスペースなんてほとんどない。ポジションを守ることはできるけど、『右に寄せてブロックして、左に来たら左も潰す』というのは違う。このサーキットはオーバーテイクが極めて難しいんだから。だから、彼がスペースを残すと思っていた」

    「たぶんあとで話すことになるけど、今回の彼の対応はベストとは言えなかったと思う」

    このピエール・ガスリーのコメントが「不安定なドライビング」と言い換えられて角田裕毅に伝えられると、角田裕毅は驚きを隠さず、こう反論した。

    「えっ?自分が何か悪いことをしたとは思っていません」

    「もう一度同じ状況になっても、やっぱり同じことをすると思います。ずっと壁に張り付いて走っていましたし、彼が仕掛けてくるだろうなとは思っていたので、ブレーキング中に動かないようにしていました」

    角田裕毅 F1

    いずれにしても、アルピーヌにとってはまたしても苦しい週末となった。ピエール・ガスリーは今季ワーストの18番手で予選を終え、チームメイトのフランコ・コラピントは最下位スタートだったが、決勝では13位まで順位を上げた。

    ピエール・ガスリーは、モナコの市街地サーキットがアルピーヌのA525に合わないことを予想していた。

    「まずは予選でうまくいかなかった原因を理解することが大事だと思っている。すでにいくつか見当はついているけどね。ただ、このコースではクルマの弱点が明らかになることはわかっていた」と語る。

    「車高変動への対応力が我々のマシンの強みではない。このサーキットは低速区間が多く、縁石を乗り越える場所も多いし、3輪状態になるような場所もある。今のマシンには柔軟性が足りていない」

  • 角田裕毅とピエール・ガスリー F1モナコGPでの接触をめぐり非難の応酬

    角田裕毅とピエール・ガスリー F1モナコGPでの接触をめぐり非難の応酬

    角田裕毅とピエール・ガスリーが、F1モナコGPの序盤に発生した接触事故をめぐって互いに非を認めず、主張が食い違っている。

    両者ともに土曜の予選で苦戦し、角田裕毅は12番グリッド、ピエール・ガスリーは17番グリッドからのスタートとなった。オーバーテイクが困難なモナコでは、順位を上げるにはリスクを伴う果敢な動きが求められる。

    しかし8周目、シケインのブレーキングゾーンでピエール・ガスリーが角田裕毅のRB21に追突し、前方サスペンションを破損。ピットに戻ってリタイアを余儀なくされた。

    「レーシングラインに戻ってきた」
    ピエール・ガスリーはメディアに対し、今回の接触について全面的に角田裕毅に非があると主張した。

    「ユウキがトンネルの前でミスをして、僕はかなり接近していた。これまで毎周、彼は右側のレーシングライン上でブレーキを踏んでいたが、その周は僕がすぐ後ろにいたので左側に留まった」

    「彼は左側でブレーキを踏み始めたから、僕は右側に移って遅めにブレーキングした。ところが彼がレーシングラインに戻ってきてしまって、僕はもう逃げ場がなかった」

    「普通のサーキットなら、ブレーキング中に動いたりしない。ブレーキを踏んだら、そこに留まるべきなんだ。彼は明らかに左側から白線を越えて動いた。きっとあとで話すことになるだろうが、彼にとっても最良の動きではなかったと思う」と怒りをにじませた。

    角田裕毅 モナコGP F1 ピエール・ガスリー

    「もう一度でも同じことをします」
    一方、接触を受けた角田裕毅は大きな損傷を免れ、レースを続行。しかしペースを上げることはできず、最終的に17位でフィニッシュした。

    ピエール・ガスリーの非難に対して、角田裕毅は困惑を示した。

    「正直、よくわからないです。ブレーキング中に動いたりとか、変なことは一切してないです」

    「何が起きたのかはっきり覚えてないですけど、あとから考えると、ただガスリーが僕に突っ込んできたっていう感じですね」

    さらに角田裕毅は、自身に非がないという立場を変えず、「やり直しても同じことをする」と断言した。

    「僕は何も間違ったことはしてないと思ってます。もう一度同じ状況でも、同じようにします」

    「ずっと壁際を走ってましたし、最初から進路も決めてました。ブレーキング中に動くのは嫌だったので、そうならないようにしてました」と語った。

  • 角田裕毅とF1モナコGPで接触のピエール・ガスリーに戒告処分

    角田裕毅とF1モナコGPで接触のピエール・ガスリーに戒告処分

    F1スチュワードは、F1モナコGP決勝中に発生した角田裕毅とピエール・ガスリーの接触事故について判断を下した。

    この元チームメイト同士の接触は、レース9周目にトンネル出口で発生。ガスリーが角田のマシンのリアに追突した。角田裕毅はそのまま走行を続けたが、ガスリーはマシンの左フロントに深刻なダメージを負い、レースからリタイアした。

    このインシデントについて、スチュワードはガスリーに非があると判断し、戒告処分を科した。

    アルピーヌ側は、角田裕毅が「自車とコース端との間に1台分のスペースを残さなかった」と主張し、さらにターン9を抜けたあと左側でブレーキングを開始したのちに「右側へ移動した」と述べていた。

    しかしスチュワードはこれらの主張を退け、次のように見解を示した。

    「ごくわずかな違いはあったものの、角田の走行ラインはそれ以前の周と同様だった。したがって、アペンディックスL(付則L)に違反するような“オフラインでの防御”には該当せず、1台分の幅を残す義務は適用されなかった」

    「また、角田はブレーキング中にポジションを守るために動いたわけではなく、コースの左から右へと続く通常のレーシングラインを取っていたにすぎない」

    「このような状況を踏まえると、モナコのターン10へ向けて22号車を追い抜こうとした試みは野心的で、成功する可能性は低いと考えられる。10号車のドライバーはより慎重に行動すべきであり、過去数周で22号車が右側へ動いていたことを予測すべきだった」

    「さらに、10号車のテレメトリーデータも確認したところ、ブレーキング時にリアタイヤがわずかにロックしており、それにより制動効率が低下し、この接触の一因となった」

    「以上を踏まえ、10号車のドライバーに全責任、もしくは主な責任があると判断した」

    「なお、今回の接触によって22号車には明確かつ即時のスポーツ的損害は認められず、影響を受けたのは主に10号車だった。この点を考慮し、ペナルティガイドラインに従い、戒告(ドライビング)という処分を科すこととした」