カテゴリー: フェルナンド・アロンソ

  • フェリペ・マッサ 「アロンソのチームメイトとして多くの苦痛を味わった」

    フェリペ・マッサ 「アロンソのチームメイトとして多くの苦痛を味わった」

    フェラーリでF1でベストドライバーの2人とチームを組んだフェリペ・マッサは、ミハエル・シューマッハはフェラーリで“力”を持ち、フェルナンド・アロンソはすべてを“有利”に進めたと語る。だが、それは二人が才能があり、速いドライバーだったという事実を損なうものではない。

    2006年にフェラーリに加入したフェリペ・マッサは、チームとの最終年となるミハエル・シューマッハのチームメイトになった。

    その後、ミハエル・シューマッハの後任としてキミ・ライコネンが加入し、2010年にはルノーからフェルナンド・アロンソがフェラーリに移籍してきた。

    フェリペ・マッサは、最も厳しいチームメイトだったのはフェルナンド・アロンソだと感じており、特にアロンソはすべてを自分の有利に進めようとしていたと語る。

    「最もベストで手ごわいチームメイトはフェルナンド・アロンソだった」とフェリペ・マッサはInsragramのQ&Aで語った。

    「その点でミハエルを下げたくはないけど、アロンソは間違いなく才能があり、速いドライバーだった」

    「僕が加入したとき、シューマッハはチーム内でパワーを持っていて、兄のように感じていた」。

    「アロンソと一緒にいるときもそれは同じだったけど、彼はすべてを有利に利用することができた」

    フェラーリでの最初のレースとなったF1バーレーンGPで、フェルナンド・アロンソは優勝、フェリペ・マッサは2位でレースを終えた。

    フェラーリはそのレースの後、フェルナンド・アロンソがそのシーズンのナンバーワンになることをすでに決めていた。

    第2戦となったF1オーストラリアGPで、フェラーリはフェリペ・マッサにフェルナンド・アロンソを抜かせるよう指示したが、マッサはそれを拒否し、4位のアロンソの前で3位表彰台を獲得した。

    だが、それはフェリペ・マッサにとって不吉の前兆だった。

    「オーストラリアでは雨が降っていて、3位と4位だった。フェルナンドは僕の後ろにいて、チームは彼を前に出すように頼んできた」とフェリペ・マッサは振り返る。

    「意味がなかったと思ったので、僕はそれを拒否ししたけど、精神的に壊されてしまうものだ」

    「それは公平ではなく、彼は精神的に僕を崩そうとした。だから、最終的に彼が望んだことをした」

    「僕はアロンソのチームメイトとして多くの苦しみを味わった」

    「仕事が面白くなかったわけではないし、彼とはうまくやっていた。でも、チーム内で彼はすべてを自分の味方につけることができたので、彼はいつも自分の道を進んでいた」

    「キミとはそのような問題を抱えたことはなかったし、アロンソとの戦いでそれに一生懸命に取り組む必要があった」

    十分な苦痛を味わったフェリペ・マッサは、2013年末ウィリアムズに移籍し、そこでキャリアを終えた。

  • フェルナンド・アロンソ、F1復帰は新規則の導入延期でさらに遠のく

    フェルナンド・アロンソ、F1復帰は新規則の導入延期でさらに遠のく

    2回のF1ワールドチャンピオンであるフェルナンド・アロンソは、2021年の活動計画を最終決定したようだが、F1が2021年に導入していたレギュレーション変更を延期したことによって、F1復帰の望みは遠のいたようだ。

    マクラーレンに在籍していた2018年末にF1を離れたフェルナンド・アロンソは、世界3大レースでの“トリプルクラウン”を新たな目標に掲げてトヨタとともにWECに参戦してル・マン24時間レースを制覇。デイトナ24時間レースやダカール・ラリーなど新たなカテゴリーに挑戦してきた。

    「2019年にF1グリッドにいないことを発表した。なぜなら、WEC、ル・マン、デイトナ、ダカールのようなことを経験したかったからだ…今年それは実現した」とフェルナンド・アロンソはル・マン24時間レースのInstagramで語った。

    「18年間、そのルーティンとプレッシャーの中にいて、その環境から一呼吸置く必要があった」

    今年、8月まで延期されたインディ500に再挑戦するフェルナンド・アロンソは、F1復帰への思いをたびたび口にしてきたが、2021年の活動計画はほぼ決定したようだ。

    「2021年に何をするかはだいたいわかっている。すぐに知らせたいけど、今はこれ以上のことは言えない」

    だが、F1は新型コロナウイルスの影響によって2021年に導入していた新しい技術規則を1年延期することを決定しており、フェルナンド・アロンソは2021年の活動計画がF1になることはないとほのめかした。

    「僕はずっと新たな技術規則が導入される2021年にF1復帰もあり得ると言ってきた。マシンはもっとバランスがとれたものになるだろうし、再び自分をテストしたいと思っていたからね」

    だが、新しい規則の導入延期はF1にとって“悪いニュース”であるとフェルナンド・アロンソは考えており、“できるだけ早く”導入する必要があると語る。

    「ルールを遅らせることは理解できる決断だ。なぜなら今の状況では2021年のマシンを開発することができないからね」とフェルナンド・アロンソは語る。

    また、フェルナンド・アロンソは彼の次の動きがインディカーへのフル参戦になるかもしれないという憶測について次のように語った。

    「それには大きなコミットメントと多くの準備が必要になるだろう」とフェルナンド・アロンソ語る。

    「インディ500だけでもすでに大きなコミットメントであり、かなり準備が必要だ。インディカーにフル参戦することは想像したくないね」

  • フェルナンド・アロンソ、2009年にブラウンGPに移籍していた可能性

    フェルナンド・アロンソ、2009年にブラウンGPに移籍していた可能性

    フェルナンド・アロンソのF1キャリアは、2008年の決定次第では違ったものになっていたかもしれない。

    2007年にマクラーレンに移籍したフェルナンド・アロンソだが、チームメイトのルイス・ハミルトン、およびマクラーレンの上層部との関係が悪化し、残り2年の契約を破棄してチームを離脱。古巣ルノーへと復帰する。

    だが、ルノーへの復帰は次の大きな機会への一時的な措置であることは広く知られ、すぐさま2009年の去就が取り沙汰されることになる。フェルナンド・アロンソは2010年にフェラーリへの移籍を希望していたが、まだリーマンショックが起こる前であり、レッドブルやトヨタ、BMWザウバー、ホンダが移籍先として候補に挙がった。

    F1記者のチャールズ・ブラッドリーによると、6月のF1カナダGPの時点でホンダF1は本気でフェルナンド・アロンソの獲得を狙っていたという。

    当時のホンダF1はまったく競争力がなかったが、2009年にはF1レギュレーションの大幅変更が予定されており、空力面の大幅な変更、特にKERSの導入を含め、各チームの勢力図は未知だった。

    ホンダF1のある上層部は「来年、皆はゼロからスタートする。空気的に全チームが毎年5%または10%向上している。1年を逃せば、残りの年も駄目ということになる。来年、そのような問題ははい。だから、このようなレギュレーション変更は起こるときは常にサプライズがある。どのチームも来年は強くなる可能性がある」と自信を見せていたという。

    そして、8月にはフェルナンド・アロンソが、2009年にホンダと1500万ドル(約16億円)の契約にサインする直前だと報じられた。ホンダは、2010年にフェラーリへの移籍を希望しているアロンソのために、1年契約も受け入れるとされていた。

    当時のホンダF1のチーム代表ロス・ブロウンは、「彼をチームに入れたい。彼は最高だからね。」とアロンソ獲得の意思を明言している。

    「今いる全ドライバーの中で、ミハエル(シューマッハ)がそうだったように、すべてが完成されているドライバーは彼だけだ」

    ホンダF1のCEOを務めたニック・フライも、「フェルナンド(アロンソ)が我々のところへ来る決断をしてくれることを願っている。我々はは非常に先進なKERSシステムを開発しており、来季のマシンを懸命に作業をしている。我々には4つの風洞があり、日本の1つでプロジェクトが順調に進められている。アロンソが我々と組めば、優勝チームになれる」と語っていた。

    しかし、フェルナンド・アロンソはホンダF1のオファーを拒否した。おそらく、それはマネージャーであるフラビオ・ブリアトーレがホンダのF1撤退を察知していたからだと考えられている。

    だが、ホンダF1を引き継いだブラウンGPの奇跡は誰も予想できないことだった。

    当時のホンダF1の上級筋は「フェルナンド・アロンソは2009年にニック・フライとロス・ブラウンのために運転していたはずだった。もしそうなら、彼は今日は4度のF1ワールドチャンピオンになっていただろう」と語る。

    4回のF1ワールドチャンピオンになれたかはわからないが、3回目を獲得できた可能性はあったかもしれない。

    フェルナンド・アロンソは、2015年にマクラーレン・ホンダに移籍し、F1に復帰したホンダで走ることが実現する。しかし、ブラウンGPのような奇跡が起こることはなかった。

  • ロマン・グロージャンが語る“アロンソとライコネンの共通点” / F1見聞録

    ロマン・グロージャンが語る“アロンソとライコネンの共通点” / F1見聞録

    ハースF1チームのロマン・グロージャンは、過去にチームメイトだったフェルナンド・アロンソとキミ・ライコネンは“驚くほど”似ていると語った。

    ロマン・グロージャンは、2009年の第11戦ヨーロッパGPでネルソン・ピケJr.に代わってルノーでF1デビュー。チームメイトは2度のF1ワールドチャンピオンであるフェルナンド・アロンソだった。だが、シーズン終了後にシートを失ってしまう。

    そして、2012年にロータス・ルノーGPでF1復帰。2007年のF1ワールドチャンピオンであるキミ・ライコネンのチームメイトを務めた。

    二人合わせて200回の表彰台を獲得しているフェルナンド・アロンソとキミ・ライコネンは非常に異なる性格のように見えるが、ロマン・グロージャンは彼らのアプローチは“驚くほど”似ていたとInstagram Liveのインタビューで語った。

    「アロンソの隣でF1をスタートして、ライコネンの隣にカムバックした。今はケビン(マグヌッセン)と組んでいる。本当にタフなチームメイトだ」とロマン・グロージャンはコメント。

    「フェルナンドとキミからはたくさんのことを学んだ。驚くほど同じような方法でね」

    「多くの人々は、彼らは非常に異なっていると思うかもしれないけど、彼らは日曜日の午後3時10分を見据えてFP1を始める。それだけが重要だった」

    「彼らはフリープラクティスで速いか遅いかは気にしていなかった。とにかくレースにむけて準備をするためにセットアップした。若者の場合、すべてのセッションで速くなりたいし、『OK、これが今の僕たちの状態だ。日曜日には少し異なるかもしれないし、変更してそれを回避しよう』と考えてしまうからね」

    ロマン・グロージャンは、ハースF1チームに加入する前は現在のチームメイトであるケビン・マグヌッセンのことをあまり快く思っていなかったと認めるが、“バイキング”だと呼ぶ今では素晴らしいドライバーだと称賛する。

    「彼は速い。本当に速い。ケビンは打ち負かすのが難しいチームメイトだ。彼はまさにバイキングだ。決して諦めることはない。彼は素晴らしい」とロマン・グロージャンは語る。

    「彼のチームメイトになる前は、彼に満足していなかった。でお、同じチームにいると、チームにポイントをもたらすためにできる限り激しく戦っていることを知る。それは驚くべきことだ」

  • F1ドライバーの初勝利:フェルナンド・アロンソ(2003年ハンガリーGP)

    F1ドライバーの初勝利:フェルナンド・アロンソ(2003年ハンガリーGP)

    フェルナンド・アロンソがF1で初勝利を挙げたのはルノー時代の2003年のF1ハンガリーGP。F1史上94人目のウィナーとなった。

    フェルナンド・アロンソは2001年にルノーの契約下でミナルディから19歳でF1デビュー。2002年をルノーのテストドライバーとして過ごしたのち、2003年にルノーのレギュラードライバーとしてレースに復帰した。

    第2戦マレーシアGPの予選では当時の史上最年少記録(21歳236日)でポールポジションを獲得。決勝レースは3位でチェッカーを受け、当時の史上最年少記録(21歳237日)での表彰台獲得となった。第13戦ハンガリーGP予選で自身2度目のポールポジションを獲得すると、決勝も完璧なレース運びでポール・トゥ・ウィンを飾り、当時の史上最年少優勝記録(22歳26日)を樹立した。

    フェルナンド・アロンソ
    「今年何度も言ってしまっているけど、今日は僕の人生で最高の日だ。クルマは完璧だったし、戦略も完璧だった。一貫したレースをドライブすることができた。金曜日にいくつかの問題があったけど、チームはそれらを克服するために懸命に仕事をしてくれた。個人的に現場、そして、フランスとイギリスのファクトリーにいるチーム全体に心から感謝していると伝えたい。ルノーのためにレースをして、彼らのためにこの勝利をおさめ、自分の国でグランプリに勝った最初のドライバーになれたことを誇りに思う。素晴らしい気分だ」

    フェルナンド・アロンソ 2013年 F1ハンガリーGPフェルナンド・アロンソ 2013年 F1ハンガリーGPフェルナンド・アロンソ 2013年 F1ハンガリーGP

  • もはやネタ化?フェルナンド・アロンソ、フェラーリでF1復帰説

    もはやネタ化?フェルナンド・アロンソ、フェラーリでF1復帰説

    フェルナンド・アロンソもセバスチャン・ベッテルの後任としてフェラーリF1の候補にリストアップされていると F1-Insider.com が、フェラーリとベッテルとの交渉が難航しているという記事の最後にひっそりと、だが太字で書き加えている。

    報道によると、フェラーリは4回のF1ワールドチャンピオンであるセバスチャン・ベッテルに約3分の1の報酬の1年契約をオファーし、ベッテルはそれを拒否しているとされている。

    この報道を受けてすでにセバスチャン・ベッテルの後任として誰がフェラーリのF1シートを射止めることになるかとの憶測が始まっている。

    最有力候補として挙げられているのが、ダニエル・リカルド(ルノー)、同率でカルロス・サインツ(マクラーレン)、そして、一時しのぎの解決策としてアントニオ・ジョビナッツィ(アルファロメオ)の3名が挙げられている。

    だが、そこに F1-Insider.com は2回のF1ワールドチャンピオンであるフェルナンド・アロンソの名前をつけ足している。

    2018年にF1を離れたフェルナンド・アロンソは、その後たびたびF1復帰への願望を口にしている。アロンソ側の希望は“勝てるチーム”であり、フェラーリはそれに合致する。

    だが、現在では経営陣が一新されているとは言え、過去にフェルナンド・アロンソは喧嘩別れに近いかたちでフェラーリを去っている。

    また、元F1ドライバーのJ.J.レートは、その後に移籍したマクラーレンでのホンダF1への無礼により、F1チームから総スカンを食らっていると語っている。

    「ホンダに対する無礼は本当にとんでもないものだった。彼は雇用主に向けって怒鳴り、彼らの足を踏みつけた。その振る舞いはどのメーカーからも見過ごされなかったのは確かだ」とJ.J.レートはコメント。

    「彼は間違いなく才能のあるドライバーだ。だが、彼がいかに多くの関わりを絶ったかを考えれば、どのチームに対してもリスクを負う意思があるかどうかを問わずにはいらないないだろう」

    「それにアロンソは2018年以降、本格的にF1カーを運転していない。彼がすでにかなり年齢がいっていることにも言及せずにはいられない。マーケットにはもっと若く、安価で、簡単なドライバーがいる」

    それでも、フェルナンド・アロンソに復帰するのを見たがっている者もいる。元F1ドライバーのニック・ハイドフェルドがその一人だ。

    「彼はもっと多くのワールドタイトルを獲れたはずだ。だが、マシンの外での彼は常にあまり扱いやすいわけではなかった」とニック・ハイドフェルドは語る。

    「彼の政治的なゲームを用いる手法は彼の有利には働かなかったが、純粋に彼とレースをするのは素晴らしいことだった。常に公正だが、激しい戦いだった。F1で誰が見たいと言われれば、アロンソだ。彼はF1を離れたときはまだ非常に速かったし、彼はベストドライアーの一人なので、もう一度彼を見たいね。僕の意見では、彼は今まで戦ったなかで最も完成されたドライバーだ」

    F1では決して何が起こるかはわからない。果たしてフェルナンド・アロンソが再びF1グリッドに並ぶ日は来るのだろうか?

  • フェルナンド・アロンソ 「F1から離れて新たなエネルギーを得た」

    フェルナンド・アロンソ 「F1から離れて新たなエネルギーを得た」

    フェルナンド・アロンソは、F1から離れたことで今後にむけた“新たなエネルギー”を得ることができたと語る。

    フェラーリが、セバスチャン・ベッテルに大幅な給与カットを前提とした1年契約を提示したとの情報が流れた数時間後、フェルナンド・アロンソは潜在的なフェラーリでのF1復帰について報じられた。

    2018年にF1を離れたフェルナンド・アロンソは「これから10年後、これらの日々についてもっと自問していくことになるだろう」とフェルナンド・アロンソは Marca にコメント。

    「でも、短期的にはもっとはっきりしている。今後何が起こるか見ていくつもりだ」

    「2018年にF1を去ったときには世界中を18年間ノンストップで旅していたし、1年中365日アスリートでいなければならないプレッシャーがあったので、少し後退する必要があった」

    「この2年間は、僕にとって空気を得るために非常に良いものだった。今、自分が再び23歳であるかのように新たなエネルギーを得ている。そして、それは今後のプロジェクトの励まみになる」

  • 【動画】 ジェンソン・バトン、アロンソに「君のシートにおしっこしとくよ」

    【動画】 ジェンソン・バトン、アロンソに「君のシートにおしっこしとくよ」

    ジェンソン・バトンは、フェルナンド・アロンソの代役として参戦した2017年のF1モナコGPのスタート前にユーモアな会話を披露した。

    2016年にF1引退を表明し、マクラーレン・ホンダのリザーブドライバーを務めていたジェンソン・バトンは、インディ500に参戦したレギュラードライバーのフェルナンド・アロンソの代役として1戦限りのF1復帰を果たした。

    予選ではQ3進出を果たすも、パワーユニット交換によって再開まで降格。フロアを交換してピットレーンからスタートすることになった。

    決勝日、スタートに向けてピット出口に並んでいるジェンソン・バトンにフェルナンド・アロンソからの国際電話が繋げられた。

    アロンソ:「昨日の予選、凄かったね。僕のクルマの面倒見ておいてね!」

    バトン:「わかった。君のシートでおしっこしとくよ!」

    ジェンソン・バトンは、決勝ではパスカル・ウェーレインと接触してリタイア。次戦3グリッド降格ペナルティを科せられたが、その後は出走せずにF1キャリアを終えた。

  • F1見聞録:フェラーリはフェルナンド・アロンソに嫉妬していた

    F1見聞録:フェラーリはフェルナンド・アロンソに嫉妬していた

    元F1チーム代表のフラビオ・ブリアトーレは、フェルナンド・アロンソがフェラーリ時代に成功を収められなかった原因として、“フェラーリがアロンソに嫉妬していた”ことを挙げた。

    フラビオ・ブリアトーレは、2つのチームを成功に導いた。ベネトン時代にはミハエル・シューマッハとともに1つのドライバーズ選手権と2度のコンストラクターズ選手権(1994/1995)、ルノー時代にはフェルナンド・アロンソと両方のタイトルを2連覇した(2005/2006)。

    「彼らの世代の2人の最高のF1ドライバーと一緒に仕事ができたことを誇りに思っている」とフラビオ・ブリアトーレは F1-Insider.com に語った。

    「ミハエルの後、もう出現することはないだろうと考えていた。だが、フェルナンドは少なくとも同じくらい優れていた。彼のドライビングにはまったく弱点がなかった」

    フェルナンド・アロンソは、2010年に優勝請負人としてフェラーリに加入。しかし、5年間で3回ランキング2位で終えたものの、マラネロにタイトルをもたらすことはできず、最終的にはチームとの関係が悪化して契約期間を早期に終了してチームを出て行った。

    フラビオ・ブリアトーレは、フェラーリはフェルナンド・アロンソに十分な感謝を示していなかったと語る。

    「違いを生み出していたのはマシンではなくフェルナンドだった」とフラビオ・ブリアトーレは語る。

    残念ながら、ルカ・ディモンテゼーモロはフェラーリはあらゆる点でフェルナンドの世話になっていることを認めたくなかった。それどころかフェラーリはフェルナンドに嫉妬していた。これは常にフェラーリのドライバーにとって問題だ。チームを動かさなければならないが、マシンはあまりうまくいかない。バランスを取らなければならない」

    フラビオ・ブリアトーレは、マックス・フェルスタッペンとシャルル・ルクレールが次のF1を背負っていくスターだと考えている。

    「二人ともミハエル、フェルナンド、セナを思い出させる。それはまさにF1が必要としていることだ。彼らはスポーツに新しいエネルギーをもたらしている。F1は緊急に新しいスターを必要としている」

  • F1:フェリペ・マッサ 「フェラーリは僕とアロンソの時代よりは良い状況」

    F1:フェリペ・マッサ 「フェラーリは僕とアロンソの時代よりは良い状況」

    元F1ドライバーのフェリペ・マッサが、フェラーリでのフェルナンド・アロンソとのライバル関係、そして、次シーズンのF1への期待を語った。

    「ここまで見てきた感じでは、ルイス・ハミルトンとメルセデスが最速のように思う。チームのファクトリーは閉鎖されているので、レースが少なくなってもそれは変わらないと思う」とフェリペ・マッサは La Gazzetta dello Sport に語った。

    「シャルル・ルクレールとマックス・フェルスタッペンは将来にワールドチャンピオンになれると思うけど、チーム間の差がドライバーの影響よりも大きいこの時代では彼らは勝たなければならない。この時代のマシンは素晴らしいけど、1つのチームが支配しているときは誰もそれを好きにはなれない」

    フェラーリ時代、フェルナンド・アロンソというチームメイトと対峙しなければならなかったフェリペ・マッサは、現在のセバスチャン・ベッテルとシャルル・ルクレールの状況と比較して次のように語った。

    「アロンソとの時代、彼はチームで非常に大きな力を持っていたので、残りは忘れられていた。すべてが1人のドライバーに有利だった」とフェリペ・マッサは語る。

    「少なくとも現在のフェラーリドライバーは、インシデントが発生した場合でも戦うことが許されている。両方のドライバーを同じように扱われているし、僕があそこにいたときと比べて、はるかにバランスが取れている」