F1では安全技術の進歩によって、サーキット上の事故でドライバーが大きな負傷を負うケースは以前に比べて減少している。しかし、その一方で自転車やラリー、さらには日常的なスポーツなど、F1とは直接関係のない活動中の事故がシーズンに影響を及ぼす例は繰り返されてきた。
2026年F1オランダGPでは、レッドブル・レーシングのアイザック・ハジャーが夏休み中に手首を負傷し、欠場することが決まった。
レッドブルは負傷の詳しい経緯を明らかにしていないが、BBCはハジャーがボクシング中に手を骨折したとみられると報じている。サーキット外でのアクシデントによってF1参戦が左右されたケースは、ハジャーが初めてではない。
アイザック・ハジャーだけではないF1の「サーキット外リスク」
現代のF1マシンは極めて高い安全性を備えており、大事故でもドライバーが無傷でマシンを降りる場面は珍しくなくなった。
ところが、F1から離れた場所ではそうした安全装備に守られているわけではない。特にF1関係者の負傷例で目立つのが、自転車による事故だ。
ハジャーの負傷をきっかけに、過去にF1ドライバーやチーム関係者を襲った代表的なサーキット外での事故を振り返る。
トト・ヴォルフ:自転車事故などで何度も骨折
メルセデスを率いるトト・ヴォルフは、F1関係者のなかでもサーキット外での負傷経験が多い人物だ。
元レーシングドライバーでもあるヴォルフは2009年、ニュルブルクリンク北コースでラップレコード更新に挑戦していた際、ポルシェ911 RSRを運転中にタイヤが破裂。約190mph(約306km/h)でバリアに激突し、衝撃は27Gに達した。
自力でマシンから脱出したものの、その直後にバリアの裏側で意識を失ったという。
さらにウィリアムズへの投資を経てメルセデスの経営に加わった後の2014年には、F1ハンガリーGPを前にスタッフとドナウ川近くをサイクリング中に集団事故を起こした。
ヴォルフは肩、鎖骨、肘、手首を骨折。それでも「これからはプロに任せることにした。ルイスとニコの方が、僕たちが30km/hで走るより300km/hでホイール・トゥ・ホイールをする方が上手だからね」と冗談を飛ばした。
その数カ月後にはエクササイズボールから転落して膝蓋骨を骨折したと報じられ、2023年にも家族との休暇中にダウンヒル・マウンテンバイクで転倒して肘を骨折している。
ランス・ストロール:両手首を骨折も12日後にF1復帰
ランス・ストロールは2023年シーズン開幕直前、自転車でのトレーニング中に事故を起こした。
両手首を骨折し、右手首には手術が必要となったため、バーレーンで行われたプレシーズンテストをすべて欠場。当初は開幕から数戦を欠場する可能性もあると考えられていた。
しかし、バルセロナで専門医ハビエル・ミールの手術を受け、驚異的なペースでリハビリを進めた。
「医療チームは骨の治癒に効果があるという証拠が少しでもあることなら、何でもやってくれた。それが僕のフルタイムの仕事になった。たとえ0.5%でも助けになるなら、すべて組み合わせようとしていた」
ストロールは手術からわずか12日後のF1バーレーンGPに出場。痛みを抱えながら6位でフィニッシュした。

フェルナンド・アロンソ:自転車で自動車と衝突し顎を骨折
フェルナンド・アロンソもF1復帰を目前に控えて自転車事故に見舞われたひとりだ。
2021年2月、スイスのルガーノで自転車に乗っていたアロンソは、自動車との衝突事故に遭った。上顎を骨折し、直ちに手術を受けることになった。
2年間のF1離脱を経てアルピーヌから復帰する直前だっただけに、シーズンへの影響も懸念された。
「事故が起きたときは心配だった。前年の後半からずっと待っていて、チーム発表や最初のテストに向けて準備していた。それなのに突然、自転車事故で病院にいて、回復にどれだけかかるのか分からなくなったんだ」
幸い手術後の回復は順調で、アロンソはプレシーズンテストに参加。予定通り2021年シーズンをスタートさせた。
マーク・ウェバー:2度の自転車事故を経験
元レッドブルF1ドライバーのマーク・ウェバーは、現役時代に2度の自転車事故で負傷している。
最初の大事故は2008年シーズン終了後。自身の名を冠したチャリティー耐久イベント「マーク・ウェバー・ピュア・タスマニア・チャレンジ」に参加していた際、自転車で自動車と衝突した。
イベントはマウンテンバイク、カヤック、トレッキングなどで約250kmを走破するものだったが、ウェバーは自転車区間で事故に遭い、脚と肩を骨折。ヘリコプターで病院へ搬送された。
2009年シーズンには復帰したものの、脚にはその後約4年間にわたって金属製のロッドが残された。
さらに2010年、日本GP前にもマウンテンバイクで転倒し、右肩を骨折した。
タイトルを争っていたウェバーは負傷をチームに伏せ、トレーナーのロジャー・クリアリーとFIA医師ゲイリー・ハートスタインだけに知らせた状態でシーズン終盤を戦った。
パスカル・ウェーレイン:レース・オブ・チャンピオンズで脊椎3カ所骨折
パスカル・ウェーレインの場合は自転車ではなく、F1以外のモータースポーツイベントが原因だった。
2017年シーズン開幕前、マイアミで開催されたレース・オブ・チャンピオンズにセバスチャン・ベッテルとともにドイツ代表として出場。フェリペ・マッサとのレース中にポラリス・スリングショットのコントロールを失い、バリアに衝突して横転した。
事故直後は自力でマシンから降りたものの、実際には脊椎を3カ所骨折していた。
ウェーレインは約5週間まともに動くことができず、F1オーストラリアGPと中国GPを欠場。アントニオ・ジョビナッツィが代役を務めた。
「メルボルンで走るのは無理だった。背中もフィットネスも準備できていなかった。脊椎を3カ所骨折してからまだ8週間だったから、あまりにも早すぎた」
その後ウェーレインは復帰したが、2017年限りでザウバーのシートを失った。
ロバート・クビサ:ラリー事故でF1キャリアが一変
サーキット外の事故によってF1キャリアそのものが大きく変わった代表例がロバート・クビサだ。
ルノーで高い評価を得ていたクビサは2011年シーズン開幕前、イタリアで開催されたロンド・ディ・アンドラ・ラリーにシュコダ・ファビアで参戦した。
しかし、コース脇のガードレールに激突。ガードレールが車体内部に侵入する深刻な事故となり、右前腕が部分的に切断されるなど生命を脅かす重傷を負った。
一命は取り留めたものの右腕に運動機能障害が残り、F1への即時復帰は不可能となった。
その後ラリーで競技復帰し、ルノーやウィリアムズでF1テストを重ねた末、2019年にウィリアムズから奇跡的なF1復帰を果たした。
クビサは後に、2012年からフェラーリで走るための事前契約を結んでいたことも明かしている。2008年F1カナダGP優勝者のキャリアは、あのラリー事故がなければ大きく異なっていた可能性がある。
ファン・パブロ・モントーヤ:「テニス事故」を巡って飛び交った疑惑
ファン・パブロ・モントーヤは2005年、ウィリアムズからマクラーレンに移籍した直後に肩を負傷し、F1バーレーンGPとサンマリノGPを欠場した。
公式な説明は「テニス中の事故」だった。
ところが、モントーヤが実際にはモトクロスバイクに乗っていて負傷したのではないかとの噂が広がった。当時、危険な活動がマクラーレンとの契約で禁止されていたのではないかとの憶測もあったためだ。
モントーヤは一貫して否定した。
「いろいろな話を聞いたよ。でも本当にテニスだった。バイクだったと言った方がまだ格好いいくらいだ。テニスというのはちょっと間抜けに聞こえるけど、それが実際に起きたことなんだ」
代役を務めたペドロ・デ・ラ・ロサも、モントーヤ本人からは一貫してテニスだったと聞かされていたと証言している。
ただし、当時マクラーレンを率いていたロン・デニスは後に、この負傷が2005年シーズンに大きな悪影響を及ぼし、両者の関係に緊張を生んだ要因だったと振り返っている。
F1マシンを降りても消えない負傷リスク
F1ではマシン、サーキット、ヘルメット、HANS、医療体制など、安全性向上のための取り組みが長年にわたって積み重ねられてきた。しかし、ドライバーがコックピットを離れれば、その高度な安全システムに守られているわけではない。
ストロールやアロンソ、ウェバーの例が示すように、とりわけトレーニングとして一般的なサイクリングは、F1ドライバーにとって意外なリスクにもなってきた。一方、クビサのラリー事故のように、その後のキャリアを根本から変えてしまったケースもある。
2026年F1オランダGPを欠場することになったハジャーの負傷もまた、サーキット外での何気ない活動がF1シーズンに直接影響を及ぼし得ることを改めて示す出来事となった。
