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  • ソチの新サーキット、MotoGPの開催も視野

    ソチの新サーキット、MotoGPの開催も視野

    ロシアのソチに建設されているサーキットの代表は、将来的にMotoGPの開催も視野に入れていることを明らかにした。

    2014年のF1ロシアGP開催に向け、ソチではサーキット建設が着々と進められている。

    だが、サーキットを運営する“フォーミュラ・ソチ”の代表アレキサンダー・ボグダノフは、自動車レースだけで満足するつもりはないと述べた。

    サーキット工事の進捗についてアレキサンダー・ボグダノフは「レーストラックの建設は高速ギアで進められている」と述べた。

    「全長5854mのサーキットは、F1世界選手権で最長のトラックのひとつだ」

    「オートドロームは、FIA GTワールドシリーズ、FIA WEC、WTCC、F3、ロシア国際選手権といった異なるレースシリーズも開催する」

    「我々は、MotoGP、スーパーバイクといった最高レベルのオートバイレース開催の可能性も見越して作業している」

    F1とMotoGPに求められるサーキットの必要条件は異なるが、サーキットデザイナーのヘルマン・ティルケは、両方のカテゴリーの開催に関して問題はないと考えている。

    「サーキットがF1のための全ての必要条件を満たしていることは疑いのないことであり、おそらくMotoGPも問題はないだろう」とヘルマン・ティルケは述べた。

    ロシア政府は、ソチのサーキット建設を完全に支援しており、トラックに2億ドルを投入している。

  • スズキ、2014年のMotoGP復帰にむけて準備

    スズキ、2014年のMotoGP復帰にむけて準備

    スズキが、2014年のMotoGP復帰にむけて来年いくつかのMotoGPテストへの参加を希望していることが明らかになった。

    スズキは、2011年末に財政的な理由でMotoGPから撤退している。

    スズキのモトGPプロジェクトリーダーを務める寺田覚は、2014年のMotoGPへの完全復帰にむけて準備を進めているが、2013年のワイルドカード参戦は否定している。

    MotoGPを運営するドルナスポーツのカルメロ・エスペレータ会長は、スズキが2013年の公式テストへの参加を希望していることを明らかにした。

    「彼らは2013年シーズン中にいくつかテストに参加することを求めている」とカルメロ・エスペレータは述べた。

    「全てがうまくいけば、おそらく2014年には彼らを見ることができるだろう」

    スズキが撤退したことで、現在MotoGPのワークスチームは、ホンダ、ヤマハ、ドゥカティの3社となっている。

    だが、カルメロ・エスペレータは、MotoGPの最優先事項はより競争的なレースを開催することであり、ファクトリーチームの数を増やすことではないと主張する。

    「まだ何も合意されてはいないが、ファクトリーチームの数を押し上げることは我々の主要な問題ではない」とカルメロ・エスペレータは説明。

    「現在、我々にはホンダ、ヤマハ、ドゥカティという3つのメーカーがいる。スズキが入れば4つになるが、F1と同じ数であり、大きな問題ではない」

    「重要なことは、より競争的なレースをすることだ。より多くのメーカーとそれができることにこしたことはないが、競争力のあるバイクであることが重要だ」

    MotoGPは、2014年から共通のECUとデーターロガーが導入される。

  • ホルヘ・ロレンソ、2012年 MotoGP世界チャンピオンを獲得

    ホルヘ・ロレンソ、2012年 MotoGP世界チャンピオンを獲得

    ホルヘ・ロレンソが、2012年MotoGP世界チャンピオンを決めた。スペイン人ライダーが最高峰クラスで2回チャンピオンに輝くのはこれが初めて。

    ホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)は、予選2位から発進し2位でゴール。チャンピオンシップのライバル、ダニ・ペドロサ(ホンダ)が転倒リタイアに終わっため、最終戦を待たずして2012シーズンのMotoGPタイトルを手中にした。

    全17戦を終えた時点で優勝6回、2位10回でシリーズポイントの合計は350ポイントとなり、ライバルのペドロサに43ポイント差をつけた。

    次回はいよいよ最終戦。ホルヘ・ロレンソはチャンピオン争いのプレッシャーから解放され、今季最後のホームレースに凱旋することとなった。

    ホルヘ・ロレンソ
    「何ということだ! ダニがミスをして転倒し、僕は思いがけず早めにチャンピオンになってしまった! ダニの離脱後もケイシーについて行きたかったんだけれど、今日の彼は強過ぎた。だから無理をせずに、自分のやるべきことをやったんだ。それは、しっかりと最後まで走りきること。そしてその結果、こうして2度目の世界タイトルを手にすることができた。何とも言えない、素晴らしい気分。チームのみんな、ヤマハ、家族や友人、スポンサー、ファン…僕を支えてくれたすべての人に心から感謝する。今日は信じられないくらいの最高の一日。ここまで非常に根気よく、非常に集中して頑張ってきた。そしてついに世界タイトルが舞い降りてきたんだ」

    ウィルコ・ズィーレンベルグ (ヤマハ・ファクトリー・レーシング・チームマネジャー)
    「ダニに勝たなければならないことは、誰もが知っていた。もちろん彼のほうも、よくわかっていたはずだ。だから序盤から、あれほどハードにプッシュしていったのだ。結局、攻めすぎてしまったわけだが、その素晴らしいチャレンジ精神には敬服する。ホルヘのほうもとても好調で、とくに安定性では彼に優っており、あのまま行っていても勝てたと思うが、ダニの転倒後は完走だけを目指せば良かった。今シーズンは優勝と2位をいくつも積み上げ、その結果、こうしてタイトルを獲得することができた。素晴らしいシーズンだった」

    マッシモ・メレガリ (ヤマハ・ファクトリー・レーシング・チームディレクター)
    「ホルヘはヤマハのためにほんとうによく頑張ってくれた。今日も彼のトレードマークとも言える安定性と献身性を発揮し、着実に2位を獲得した。シーズン初戦のカタールから、彼の安定性と献身性はチャンピオンのそれだった。だから、そのときすでに、このような最高の結果を期待していたのだ。この成功を支え、勝てるマシンを用意することに尽力してくれたチームのみんなに、心からお礼を言いたい。彼らのおかげで、すべてのサーキットで優勝争いを展開することができた。毎回、彼の走りを見るのが楽しみだった。正真正銘のチャンピオンだ」

  • MotoGP:故マルコ・シモンチェリ 追悼メモリアルラン

    MotoGP:故マルコ・シモンチェリ 追悼メモリアルラン

    故マルコ・シモンチェリを偲ぶ追悼のメモリアルランのために、3クラスにエントリーする全ライダーたちが一堂に集結。ミサノ・ワールド・サーキット‐マルコ・シモンチェリのトラックで、多くのライダーたちが自前の自転車で感動の1ラップを周回した。

    第13戦サンマリノ&デラ・リビエラ・ディ・リミニGPのプレイベントは13日、ミサノ・ワールド・サーキット‐マルコ・シモンチェリのトラックで行われ、3クラスのライダーたちが自転車で故マルコ・シモンチェリを追悼するメモリアルランを行った。

    イベントには、サーキット近郊の町リッチョーネのサイクリングショップ、テクノバイクストアーとBMW社の協力により実現。サイクリングをトレーニングに使用するライダーたちが、それぞれの思いを込めて、トラックを1周した。

  • ケーシー・ストーナーが手術を決断 「MotoGPタイトルの望みは消えた」

    ケーシー・ストーナーが手術を決断 「MotoGPタイトルの望みは消えた」

    ケーシー・ストーナーは、骨折した右足首の手術を受けるため、オーストラリアに帰国し、今週末の第12戦チェコGPを欠場することを発表。2012年のMotoGPタイトルの望みは消えたと認めた。

    ケーシー・ストーナーは、前戦インディアナポリスGPの公式予選で転倒を喫した際に右足首を骨折して、靭帯を損傷したことから、医師団の助言を受けて、手術を受けることを決断した。

    すでにケーシー・ストーナーは、チャンピオンシップ首位のホルヘ・ロレンソに39ポイント差をつけられており、これから長い回復期間に直面することで、MotoGP最後の年となる今シーズンに3回目のタイトル獲得の可能性はないと認めた。

    「残念なニュースだけど、僕たちのチャンピオンシップは終わった」とケーシー・ストーナーはコメント。

    「手術をするまでいつ戻れるかはわからない」

    インディアナポリスGPで、ケーシー・ストーナーは改良したブーツを使用し、レース前には鎮痛剤を服用して挑んだ。だが、医師団から後遺症のリスクがあるとの助言を受け、ブルノ前に手術することを選んだと述べた。

    「手術前に炎症が治まるのを待たなければならないので、オーストリアに戻る予定だ」

    「すでに僕たちは、何ができるかを確認し、復帰を目指すために、あらゆるものを揃えている」

    「通常、僕のドクターは怪我をしてもライディングは問題にしないけど、彼はレポートを読んですぐにインディアナポリスで乗ることに忠告した」

    「全てのレポートが同じだった。できるだけ早くこの足を休ませる必要があるとね」

    ケーシー・ストーナーは、今シーズン限りでMotoGPを引退することを発表している。

    「フィリップアイランドの1〜2レース前に復帰できればいいけど、わからない」

    「フラストレーションを感じている。特に最後の年だからね。でも、それがレースだ」

  • ケーシー・ストーナー、今季限りでのMotoGP引退を発表

    ケーシー・ストーナー、今季限りでのMotoGP引退を発表

    ケーシー・ストーナーが、今シーズン限りでMotoGPを引退することを発表した。

    26歳のオーストラリア人ライダーは、2002年からフル参戦を開始すると、ドゥカティ・マールボロ・チームから参戦した最高峰クラス2年目、800ccクラスの1年目となった2007年に初タイトルを獲得すると、レプソル・ホンダから参戦した2011年に2度目のタイトルに成功。

    チャンピオンを証明するゼッケン1で挑戦する2012年は、開幕戦こそ腕上がりが原因で優勝を逃したが、2戦目にはヘレスでキャリア初優勝。3戦目にはエストリルで最高峰クラス初優勝を挙げ、史上10人目となる通算42勝目に到達していたが、4戦目を前に引退を決断した。

    「家族と妻と一緒に長い時間をかけて考えてきた。これは数年前からだけど、2012年シーズンに終わり。2013年はチャンピオンシップに参戦しない。今シーズン末にMotoGPでのキャリアを終わりにして、僕の人生において異なることを進める」

    「僕は大好きなスポーツを長くやってきて、僕の家族、僕自身も多くの犠牲を払ってきた。長い間、沢山トライしてきて、このポイントまで僕たちは来た。このスポーツは大きく変化し、楽しくないところまで変わってしまった。情熱がない。情熱がないから、引退するのが良い時期だろう」

    「失望したことが沢山あった。このスポーツの大好きなことも沢山あったけど、不運にもバランスは間違った方向に行ってしまった。根本的に僕たちはこれ以上続けられない。もう1年残っていると言えれば良いかもしれないけど、どこで止められるか?だから、僕たちは今、全てを終わりにすることを決めた」

  • MotoGP:2012年 暫定エントリーリストを発表

    MotoGP:2012年 暫定エントリーリストを発表

    FIM国際モーターサイクリズム連盟は13日、2012年シーズンにMotoGPクラスにフル参戦する暫定エントリーリストを発表した。

    2012年のMotoGPは、レギュレーション変更により、7チーム、9人のCRTクレイミング・ルール・チームを含む14チーム、21人がエントリー。CRTチームとは、メーカーからエンジンを購入して参戦するチームを指し、エンジンの使用機数やタンク容量などに優遇策がとられる。

    2012年シーズンは、1月31日からセパンでオフィシャルテストがスタート。4月8日にカタールのロサイル・インターナショナル・サーキットで開幕する。

    2012年 MotoGP 暫定エントリーリスト

    1. ケーシー・ストーナー (オーストラリア): ホンダ・チーム (ホンダ)
    4. アンドレア・ドビツィオーゾ (イタリア): ヤマハ・テック3 (ヤマハ)
    5. コーリン・エドワーズ (アメリカ): フォワード・レーシング (シューター*)
    6. ステファン・ブラドル (ドイツ): LCR・ホンダ (ホンダ)
    8. エクトル・バルベラ (スペイン): プラマック・レーシング (ドゥカティ)
    9. ダニロ・ペトルッティ (イタリア): イオダ・レーシング (イオダ*)
    11. ベン・スピース (アメリカ): ヤマハ・ファクトリー・レーシング (ヤマハ)
    13. アンソニー・ウエスト (オーストラリア): スピード・マスター (ART*)
    14. ランディ・ド・プニエ (フランス): アスパル・チーム (ART*)
    17. カレル・アブラハム (チェコ): カルディオン・AB・モーターレーシング (ドゥカティ)
    19. アルバロ・バウティスタ (スペイン): ホンダ・グレシーニ (ホンダ)
    20. アレックス・エスパルガロ (スペイン): アスパル・チーム (ART*)
    22. イバン・シルバ (スペイン): BQR (BQR‐FTR*)
    26. ダニ・ペドロサ (スペイン): ホンダ・チーム (ホンダ)
    35. カル・クラッチロー (イギリス): ヤマハ・テック3 (ヤマハ)
    46. バレンティーノ・ロッシ (イタリア): ドゥカティ・チーム (ドゥカティ)
    51. ミケーレ・ピロ (イタリア): ホンダ・グレシーニ (FTR*)
    68. ヨニー・エルナンデェス (コロンビア): BQR (BQR‐FTR*)
    69. ニッキー・ヘイデン (アメリカ): ドゥカティ・チーム (ドゥカティ)
    77. ジェームス・エリソン (イギリス): ポール・バート・レーシング (ART*)
    99. ホルヘ・ロレンソ (スペイン): ヤマハ・ファクトリー・レーシング (ヤマハ)

    * CRT

  • スズキ、MotoGP参戦を休止

    スズキ、MotoGP参戦を休止

    スズキは、2012年よりMotoGPへの参戦を一時休止することを発表した。

    スズキは、MotoGP参戦休止の理由を「先進国市場の長引く不況、歴史的な円高、災害等により未だ厳しい環境にあるため」と説明。

    だが、「2014年の再参戦を目途として競争力のあるマシン開発を行います」と2014年からのMotoGPに復帰する意向を示した。

    なお、「モトクロスレース活動、およびFIMホモロゲーション取得、レースキットパーツ開発のサプライヤーへの協力など、市販車ベースのレースサポートについてはこれまでどおり継続して行って参ります」としている。

  • MotoGP、マルコ・シモンチェリの事故死の状況を説明

    MotoGP、マルコ・シモンチェリの事故死の状況を説明

    MotoGPのレースディレクションは23日、セパン・インターナショナル・サーキットのプレスカンファレンスルームで、第17戦マレーシアGPの決勝レースで事故死したマルコ・シモンチェリの状況に関して共同会見を行った。

    レースディレクションの代表であるポール・バトラーは、「この記者会見の目的は、マルコ・シモンチェリの悲劇的な死亡の状況を検証することです」と説明を始めた。

    「皆様がご存知のように、我々レースディレクションのメンバー全員がここに出席します。FIM国際モーターサイクリズム連盟の代表であるクロード・ダニス、ドルナスポーツの代表であるハビエル・アロンソ、ライダーの代表であるフランコ・ウンチーニ、そして私はIRTA国際レーシングチーム連盟の代表兼レースディレクションの代表です。ミケーレ・マッキアゴデーナは我々のメディカルディレクターであり、彼が死亡に関して状況を説明します。」

    マッキアゴデーナは、「友人であるマルコ・シモンチェリの死亡に関して報告するために、ここにいることは大変悲しいです。他のライダーたちに激突したレース中の転倒でした。彼は頭部と首、胸部に深刻な外傷を負いました。」

    「我々のメディカルスタッフが彼のところに駆けつけたとき、彼は意識不明でした。心停止だったことから、救急車で、CPR(心肺蘇生)を始めました。」

    「緊急に、メディカルセンターでクリニカモービルのスタッフと地元医師の助けを借り、挿管を施行し、胸部から少量の血液を吸引することが可能でした。」

    「我々は彼を助けるために治療を尽くし、可能だと考えて、CPRを45分間継続しました。不運にも彼を助けることができず、現地時間の16時56分に死亡を宣言しなければいけませんでした」と、状況を説明した。

    バトラーは、ヘルメットが外れたことに関する質問に対して、「他の機会に答えることができると思います。事故の状況や結果を徹底的に調査します」と、事故検証を実施することを説明。

    コーリン・エドワーズの負傷状態に関して、マッキアゴデーナは「肩を脱臼しました。麻酔を受け、正しい位置に戻りました。彼は大丈夫です」と説明。

    「我々は彼の家族に同情します。可能な限り、あらゆる点を示したい」と、バトラーは付け加え、会見を締め括った。

    マルコ・シモンチェリ 経歴

    1996年から2000年にかけて地元イタリアのミニバイク選手権で活躍し、2年連続のチャンピオンに輝く。01年にイタリア選手権125ccクラスのホンダ・トロフィーに参戦。翌02年には、欧州選手権の125ccタイトルを獲得するとともに、ロードレース世界選手権(WGP)にも出場。03年からWGPにフル参戦を開始し、05年には125ccで総合5位と躍進すると、翌年から250ccにステップアップを果たした。08年には250ccのタイトルを獲得し、09年は、最終戦までライバル青山博一選手とタイトル争いを繰り広げ、総合3位となった。2010年に最高峰のMotoGPにステップアップ。参戦2年目の2011年、第17戦マレーシアGP決勝レースにおけるアクシデントで負傷し、サーキットのメディカルセンターで救命処置が行われたが同日逝去。享年24歳。

    関連:マルコ・シモンチェリ、MotoGPのレース中に事故死

  • ケーシー・ストーナー、MotoGPで2度目のタイトル獲得

    ケーシー・ストーナー、MotoGPで2度目のタイトル獲得

    ケーシー・ストーナーが、MotoGP 第16戦 オーストラリアGPで今季11回目のポールポジションからライバルを圧倒する速さで今季9勝目を達成。残り2戦のシーズン終了を待たずに2011年シーズンのタイトルを獲得した。

    またホンダのコンストラクターズ・チャンピオンシップも確定。ホンダにとって、2006年以来5年ぶりのタイトル獲得となった。

    この日は、総合2位のホルヘ・ロレンソ(ヤマハ)がウオームアップで転倒して決勝レースを欠場。そのため、ケーシー・ストーナーは6位以内に入れば自力でチャンピオンが決まるレースとなったが、オーストラリアGP5連勝達成という快挙で、タイトル獲得に華を添えた。

    ケーシー・ストーナー (MotoGP 優勝)
    「こんな結果を予想することはできませんでした。コンディションは厳しくて、レースは信じられないほど難しかったです。雨が降るんじゃないかと思っていたので、早めにリードを築こうと思っていました。でも本当に降ってくるかどうかは分かりませんでした。レース終盤の雨は、まるで雨の壁の中に入ったような感じでした。それまで雨の気配は全くありませんでしたが、最終コーナーに差しかかったときに雨が強くなりました。もう少しでコントロールを失うところでした。グラベルに飛び出しそうになりましたが、なんとかコントロールして後ろとのギャップをキープすることができました。その結果、ホームGPで優勝することができました。今大会では少し緊張していたので、今はほっとしています。今朝のホルヘ(ロレンソ)のアクシデントは本当に気の毒でした。彼はすばらしいライバルです。もし彼が今日のレースに出場していたら、このような結果にはならなかったと思います。手術がうまくいって、できるだけ早くレースに戻ってくることを願っています。今日は最高の一日になりました。チームとレプソル、そしてスポンサー、一年間一生懸命がんばってくれたすべての人に感謝したいです」

    伊東孝紳 (本田技研工業株式会社 代表取締役社長 )
    「ライダーズ・チャンピオンシップを獲得したケーシー・ストーナー選手に対し、まずおめでとう、そしてありがとうと伝えたいですね。シーズン開幕から常に期待に応え続けている実に頼もしいライダーです。また、彼をはじめライダー、スタッフなど関係者全員の頑張りにより、2006 年以来、実に 5 年ぶりに Hondaがコンストラクターズ・チャンピオンシップを獲得できたことを本当に嬉しく思っております。今年は東日本大震災があり、大変なシーズンとなっておりますが、この 2 つのタイトルを本日獲得できたのは、なによりも世界中のファンの皆様の変わらぬ熱い応援のおかげだと心から感謝しております」

    鈴木哲夫 (株式会社ホンダ・レーシング 代表取締役社長)
    「今回のコンストラクターズ・チャンピオンシップの獲得は、Hondaにとってちょうど 60 回目※となりますが、その現場に立ちあえたことを私は光栄に思います。1954 年に創始者の本田宗一郎がロードレース参戦宣言をして以来、最も革新的なマシンを生み出すために、常に技術開発に取り組んできた誇りある歴史が私どもにはございます。今回のチャンピオンシップの獲得は、すばらしいマシンを生み出すために常に技術の限界に挑戦し新たな手法を拡大してきた献身的なスタッフと、才能あふれるライダー全員による功績であり、彼らなしでは到底成し得なかったであろうと考えております。我々に対し惜しみない支援をいただいた全てのスポンサー様と、多大なるご協力をいただいた全てのお取引先に対し、感謝しております。最後にコンストラクターズ・チャンピオンシップを獲得したのは 5 年前ですが、HRC はさらに強くなって復活したことを誇りに思っております。 ケーシー・ストーナー選手、ダニ・ペドロサ選手、アンドレア・ドヴィツィオーゾ選手、毎週休みなく頑張ってきたスタッフ、そして世界のファンの皆様全員に感謝の気持ちをお伝えいたします」