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  • アイルトン・セナが「F1の基準を引き上げた」元マクラーレンのピロが証言

    アイルトン・セナが「F1の基準を引き上げた」元マクラーレンのピロが証言

    元マクラーレンF1ドライバーのエマニュエル・ピロが、1980年代後半にアイルトン・セナとアラン・プロストの仕事ぶりを間近で見た経験を振り返り、セナが技術面で「ドライバーの基準を引き上げた」と語った。

    当時マクラーレンのテストドライバーを務めていたピロは、セナとプロストがエンジニアにマシンの挙動を伝える技術に優れていたと証言。

    なかでもセナは、ドライバーが感じたことを極めて詳細に言語化し、エンジニアがセットアップを改善するために必要な情報を余すところなく伝えていたという。

    セナが変えた「マシンを伝える」技術
    1988年と1989年、マクラーレンではセナとプロストというF1史を代表する2人のドライバーがチームメイトとして激しい争いを繰り広げた。

    タイトル争いだけでなく、開発の現場でも両者は極めて高いレベルにあった。その様子を間近で見ていたのが、当時マクラーレンのテストドライバーを務めていたエマニュエル・ピロだ。

    ピロはベネトンでレースに参戦する一方、マクラーレンのテストや開発にも携わり、セナとプロストが参加する技術ミーティングにも同席していた。

    Davide Cironiとのインタビューで、ピロは2人について「明らかに並外れたドライバーだったし、テストドライバーとしても並外れていた」と振り返る。

    そのうえで、セナには特に際立った能力があったと説明した。

    「セナは、ドライバーがマシンの挙動をエンジニアに説明する方法という点で、本当に基準を引き上げた人物だった」

    現在のF1では膨大なセンサーデータやシミュレーションを利用できるが、当時はドライバーの感覚と、それをエンジニアへ正確に伝える能力が現在以上に重要だった。

    「もちろん今では多くのツールがあるから、このやり方自体は変わっているし、以前ほど重要ではなくなっている。それでも、今でも重要なことに変わりはない」

    1時間以上続いたセナの技術デブリーフ
    ピロによれば、セナの技術デブリーフは非常に長く、少なくとも1時間から1時間半に及ぶことも珍しくなかった。

    ただ長く話していたわけではない。セナはコース上で経験したマシンの挙動を細部まで再現するように説明していたという。

    「つまり、彼は自分がドライブしているときの経験をエンジニアの目の前に再現していた。マシンがその瞬間、その瞬間に何をしていたのかを伝えて、必要な調整をするための情報をすべてエンジニアに与えていたんだ」

    セナはコーナーごとの挙動やマシンから受け取った感覚を詳細に言葉へ置き換え、エンジニアが問題を理解できるところまで掘り下げていた。

    データ解析が現在ほど発達していなかった時代において、そのフィードバック能力はマシン開発そのものに大きな価値を持っていた。

    プロストは半分以下の時間で「必要なことだけ」
    興味深いのは、同じく開発能力の高さで知られたプロストが、セナとはまったく異なるアプローチを取っていたことだ。

    「アラン・プロストのブリーフィングは、長くてもセナの半分くらいだった。おそらく、それより短かったと思う」

    しかし、ピロはプロストのフィードバックがセナより劣っていたとは考えていない。

    「彼は本質的な部分だけに集中していた。だから最終的には、僕の見方ではフィードバックの質は同じくらいだった」

    その違いを、ピロは端的にこう表現する。

    「セナはすべてを説明した。プロストは必要なことをすべて説明した」

    セナがマシンで起きている現象を徹底的に言語化したのに対し、プロストは改善に必要なポイントを絞り込み、簡潔にエンジニアへ伝えるタイプだった。

    アプローチは対照的だったが、どちらもマシンを速くするという目的に対して非常に高いレベルに到達していた。

    ピロのキャリアにも残ったセナとプロストの仕事ぶり
    セナとプロストの関係は、コース上ではF1史上でも屈指の激しいライバル関係として知られている。しかしピロにとって、2人を間近で見る経験は単なるライバル対決以上のものだった。

    「彼らの技術デブリーフを聞くことは本当に楽しかったし、ものすごく勉強になった。その経験を、その後の自分のキャリアにも間違いなく持っていった」

    ピロはその後、F1だけでなくスポーツカーでも長いキャリアを築き、ル・マン24時間レースでは5度の総合優勝を達成した。

    そのピロが長いキャリアを経た後も鮮明に記憶しているのが、マクラーレンの技術ミーティングで目にしたセナとプロストの仕事ぶりだった。

    激しいライバル関係ばかりが語られる2人だが、マクラーレンが1980年代後半に圧倒的な強さを発揮できた背景には、速さだけではなく、マシンの状態を理解し、それをエンジニアへ伝える2人の卓越した能力があった。なかでもセナの詳細なフィードバックは、ピロが「基準を引き上げた」と表現するほど、当時のF1におけるドライバーとエンジニアの仕事の水準を押し上げるものだった。

  • シャルル・ルクレール F1新世代マシンの難しさ語る「データだけでは答えが出ない」

    シャルル・ルクレール F1新世代マシンの難しさ語る「データだけでは答えが出ない」

    フェラーリのシャルル・ルクレールは、2026年のF1新世代マシンがドライバーに突きつけている難題について語った。以前のようにデータを見れば改善すべきポイントが明確になるわけではなく、パワーユニットや各種制御を含めた多数の要素が複雑に絡み合っているという。

    2026年の新レギュレーション導入後、ドライバーからは激しいスーパークリッピングや、レース中に加速と減速を繰り返すような走り方について不満の声が上がっている。

    一方、ルクレールは新世代マシンを単純に否定するのではなく、その特性を理解しようとする姿勢を崩していない。

    「以前のようにデータを見れば分かるわけではない」
    ドライビングスタイルを新しいマシンにどう適応させているのかと問われたルクレールは、単純な答えは存在しないと説明した。

    「パワーユニットや、すべてがどう設定されているかにも大きく左右されると思う」

    「だから、このマシンはすごく難しい。さまざまな変数があまりにも多い。以前ならデータを見て、『ここで明らかにタイムを失っている。だから自分のドライビングをここで変えなければならない』とはっきり判断できた。でも、今はそうではない」

    「自分のドライビングを変えても、プログラミングがそれとは逆の方向に働いていたら、最初よりもずっと悪くなってしまうことがある」

    ルクレールによれば、これこそが現在のマシンと過去のF1マシンとの大きな違いだという。

    「だから、本当にいろいろな変数がある」

    こうした複雑さは、チームやドライバーが2026年型マシンの「正しい」走らせ方をなかなか見つけられない理由のひとつでもある。サーキットによってアプローチが変わるだけでなく、同じコースでもコーナーごとに求められるものが異なる場合がある。

    シャルル・ルクレール(スクーデリア・フェラーリ)

    新世代マシンへの評価は「白か黒ではない」
    プレシーズンテストが始まる前から、2026年型マシンのドライビングについてはさまざまな懸念が語られていた。しかし、ルクレールはそうした事前の評価をあまり気にしなかったという。

    「すごくオープンな考え方で臨む必要があると思う」

    実際、ルクレール自身の2026年シーズンも、新世代マシンに対する印象が短期間で大きく変化することを示している。

    「シーズン序盤はマシンにすごく乗りやすさを感じていたし、かなり強かった。でも、モナコとモントリオールではこのマシンにかなり苦しんだ。その後、かなり多くのことを変更して、少しずつ戻ってきた」

    ルクレールは、こうしたパフォーマンスの変動を単純にドライバーの走りの良し悪しだけで説明することはできないと考えている。

    「でも、このマシンでは物事がそれほど白か黒かではっきりしているとは思わない。さまざまな変数があるし、少しうまくいかなくなったときに、それが全体にどんな影響を及ぼしているのかを理解するのは、見た目以上にずっと難しい」

    「アグレッシブに走れば速い」とも限らない
    この複雑さは、2026年型マシンではアグレッシブなドライビングほどラップタイムを引き出せるという見方についても、ルクレールを慎重にさせている。

    「このマシンでは、とにかくアグレッシブに走ればうまくいくという意見には、僕はあまり賛成できない。少なくとも僕たちのマシンではそうだ。でも、別のマシンならそれが機能するかもしれない」

    重要なのは、ひとつのドライビングスタイルがすべての2026年型F1マシンに当てはまるわけではないという点だ。パワーユニットの制御やエネルギーマネジメント、マシン側の設定とドライバーの操作が相互に影響するため、あるチームで有効な走らせ方が別のチームでも通用するとは限らない。

    ルクレールの言葉からは、2026年のF1ではドライバーが単純にマシンへ適応するだけでは足りず、技術面を含めた複雑な要素をチームとともに理解しながら最適解を探し続ける必要があることが浮かび上がっている。

  • アストンマーティンF1 アラムコの2027年支援凍結報道 中東情勢が影響

    アストンマーティンF1 アラムコの2027年支援凍結報道 中東情勢が影響

    アストンマーティンF1チームの将来計画に、中東情勢を巡る新たな懸念が浮上した。サウジアラビア側が2027年に向けて予定していたスポンサー支援の拡大計画を凍結したと、F1のビジネス事情に詳しいジャーナリストが報じている。

    報道のポイントは、アラムコとの既存契約が打ち切られたという話ではなく、2027年に向けて検討されていた支援拡大が保留になったとされていることだ。

    アストンマーティンとアラムコはいずれも現時点で公式発表を行っておらず、確定情報としてではなく、関係者からの情報に基づく動きとして見る必要がある。

    2027年のスポンサー拡大計画が凍結か
    F1のビジネス分野を取材し、『Business Book GP』を手掛けるマルク・リマッハーによると、サウジアラビアは数カ月にわたる協議を経て、2027年のアストンマーティンF1チームに対するスポンサー計画を凍結したという。

    リマッハーは、サウジアラビア側がアラムコによるスポンサー支援を増額するとともに、新たに3社目となるスポンサーをチームのポートフォリオへ加える計画だったと伝えている。

    しかし、その計画は現在ストップしているという。

    「サウジアラビアは数カ月にわたる協議の末、2027年のアストンマーティンF1チームへのスポンサーシップを凍結した」

    リマッハーはさらに、その背景について「イランでの戦争によってプロジェクトが遅れている」と説明している。

    中東情勢の緊迫化によってサウジアラビア政府を取り巻く経済的、戦略的な優先順位が変化し、F1を含む国際的なマーケティング投資にも影響が及んでいる可能性がある。

    ただし、今回報じられたのはあくまで2027年に向けたスポンサー計画の「凍結」であり、アラムコがアストンマーティンから撤退することが決まったわけではない。

    アラムコは2028年までタイトルパートナー契約
    アラムコはアストンマーティンにとって重要なパートナーだ。2023年末には契約延長が発表され、2024年から「Aston Martin Aramco Formula One Team」の名称が使用されている。

    契約は2028年までとされており、アラムコは単なるスポンサー以上の役割を担っている。

    特に重要なのが、2026年からスタートしたホンダとのワークス体制だ。

    アストンマーティンは2026年からホンダのパワーユニットを独占的に使用するワークスチームとなった。新しいパワーユニット規則では100%持続可能な燃料が導入されており、アラムコはホンダとの技術協力の一環として燃料や潤滑油の開発にも関与している。

    そのため、アラムコとの関係はチームの広告収入だけでなく、アストンマーティン、ホンダ、アラムコによって構築された技術プロジェクトにも結び付いている。

    スポンサー問題と技術提携は切り分けて考える必要
    一方で、今回の報道からアラムコによる技術支援まで停止すると判断するのは早計だ。

    元記事では、スポンサー資金が凍結された場合に燃料供給を含む技術面にも影響する可能性が示されているが、リマッハーが伝えている中心的な内容は2027年のスポンサー計画についてだ。

    既存の2028年までのタイトルパートナー契約や、ホンダと進めている燃料・潤滑油開発が変更されたとの公式発表は出ていない。

    したがって現段階では、「アラムコが撤退する」「燃料供給が止まる」といったところまで話を広げるのではなく、2027年に予定されていた追加投資が中東情勢によって保留されている可能性がある、と捉えるのが適切だ。

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム

    大型投資を続けるアストンマーティンへの影響
    アストンマーティンはローレンス・ストロールの下で、F1世界選手権制覇を目標に大規模な投資を続けてきた。

    シルバーストンには新たなAMRテクノロジーキャンパスを建設し、自社風洞を含む最新設備を整備。さらにエイドリアン・ニューウェイをはじめとする有力な技術者を獲得し、2026年からはホンダとのワークス体制へ移行した。

    こうした長期プロジェクトを進めるうえで、スポンサー収入の拡大は重要な要素となる。

    特に2027年にアラムコからの支援増額と新スポンサーの加入が計画されていたのであれば、その延期はチームの中長期的な財務計画に一定の影響を与える可能性がある。

    ただし、F1にはコストキャップが存在するため、スポンサー収入の減少がそのままマシン開発費の減少につながるわけではない。チームの設備投資やマーケティング、組織運営など、コストキャップ対象外を含めた事業全体への影響として考える必要がある。

    中東情勢がF1ビジネスにも波及
    今回の報道が事実であれば、アストンマーティン固有の経営問題というより、地政学的な情勢がF1のスポンサー市場に直接影響を及ぼしたケースとなる。

    アラムコは2028年までアストンマーティンのタイトルパートナーを務める契約を結んでおり、ホンダとの技術プロジェクトにも関与している。それだけに、2027年に向けた追加支援がどの程度の規模で計画され、今回の凍結がどこまで影響するのかが焦点となる。

    現時点ではアストンマーティン、アラムコともに報道について公式なコメントを発表していない。既存契約や技術提携の変更も確認されておらず、まずは2027年に向けたスポンサー拡大計画が中東情勢を理由に保留されたとの報道段階にある。

    アストンマーティンがホンダとのワークス体制を本格化させるなか、アラムコとの関係が今後どのように推移するのか。チームの競争力だけでなく、長期的なF1プロジェクトを左右するビジネス面の動きとしても注目される。

  • デイモン・ヒル F1王者直後にウィリアムズ放出「シューマッハとドイツ市場が影響」

    デイモン・ヒル F1王者直後にウィリアムズ放出「シューマッハとドイツ市場が影響」

    1996年のF1ワールドチャンピオン、デイモン・ヒルが、タイトル獲得直後にウィリアムズから放出された背景について、30年を経て自身の見解を明かした。

    ヒルによれば、当時のウィリアムズが見据えていたのは単なるドライバー交代ではなく、ミハエル・シューマッハの活躍によって急成長していたドイツ市場、ハインツ=ハラルド・フレンツェンの起用、そして後に実現するBMWとの提携までを含めた長期的な戦略だったという。

    王者になっても変わらなかったウィリアムズの決定
    F1ワールドチャンピオンの獲得は通常、ドライバーのチーム内での立場を決定的なものにする。しかし、1996年のデイモン・ヒルには当てはまらなかった。

    ヒルは1996年にウィリアムズ・ルノーを駆って自身初のF1ワールドチャンピオンを獲得したが、チームはシーズン終了を待たずして翌年のラインアップからヒルを外すことを決めていた。

    フランク・ウィリアムズとパトリック・ヘッドが選択した1997年の布陣は、ジャック・ヴィルヌーヴとハインツ=ハラルド・フレンツェンだった。

    そのため、ヒルはディフェンディングチャンピオンでありながら1997年にアロウズへ移籍。前年にタイトルを争ったトップチームから、一転して後方グリッドを走ることになった。

    当時、この決定はF1界に大きな衝撃を与えた。ヒル自身も、なぜ自分がチームの構想から外されたのかを完全には理解できていなかったという。

    転機は1995年「将来を考える必要がある」と判断
    F1公式サイトの特集で、現在ではウィリアムズがフレンツェンを選んだ理由を理解しているのかと問われたヒルは、その起点はタイトルを獲得した1996年ではなく、その前年にあったとの考えを示した。

    「1995年だったと思う。1995年に起きたことを見て、フランク・ウィリアムズとパトリック・ヘッドは、おそらく『将来について考える必要がある』と判断したんだと思う」

    1995年、ヒルはウィリアムズでシューマッハとタイトルを争ったものの、ベネトンのシューマッハに敗れた。

    ヒルは、その結果がウィリアムズに将来のドライバーラインアップを再検討させるきっかけになったと考えている。

    だが、後になって振り返ると、そこにはドライバーの純粋な速さや成績だけでは説明できない要素があったという。

    シューマッハが変えたドイツのF1市場
    ヒルが重要な要素として挙げたのが、ミハエル・シューマッハの存在だった。

    シューマッハの成功によってドイツ国内でF1人気が急速に高まり、テレビをはじめとするメディアや企業から大規模な投資が流れ込んでいた。

    「時間が経ってから分かってきたことのひとつは、ミハエルの存在によって、F1の市場がドイツへ向かう大きな動きがあったということだ」

    「テレビにも大きな投資が行われて、ドイツという市場そのものが重要になっていた」

    シューマッハは1994年と1995年にベネトンでF1ワールドチャンピオンを獲得。ドイツ人として初めてF1王者となったことで、母国に巨大なF1ブームを巻き起こしていた。

    その状況では、ドイツ人ドライバーを擁すること自体に大きなマーケティング上の価値が生まれていたとヒルは考えている。

    「だから、F1のマーケティングという意味でもドイツ人ドライバーを持つことが重要だった。そして当時、フレンツェンは少なくともスポーツカー時代にはミハエルと同じくらい速かったと言われていた」

    フレンツェン起用とBMWへの布石
    ハインツ=ハラルド・フレンツェンはシューマッハと同世代のドイツ人ドライバーであり、若手時代からその才能を高く評価されていた。

    ヒルは、ウィリアムズがフレンツェンを単なる後任ドライバーとしてではなく、ドイツ市場へ接近するための重要な存在として見ていたのではないかと推測する。

    そして、その先にはBMWとの関係構築もあったという。

    「彼らはフレンツェンを将来につながる存在として考えていたんだと思う。それに、将来的にはBMWのパワーユニットという可能性もあった。それは最終的に2000年に実現した」

    実際、ウィリアムズは2000年からBMWとワークス提携を開始。ウィリアムズBMWとしてF1に参戦し、2000年代前半にはフェラーリやマクラーレンとタイトルを争う存在となった。

    ヒルは、1990年代半ばの段階ですでに、ウィリアムズがドイツとの関係を強める長期戦略を描いていた可能性があるとみている。

    フランク・ウィリアムズが語った「チームの未来」
    ヒルが放出を告げられた際、フランク・ウィリアムズから示された説明は極めて簡潔なものだった。

    「フランクから僕を放出すると言われたとき、彼は『チームの未来について考えなければならない』と言った。それが彼の答えであり、言い訳だった」

    ヒルにとって、その言葉は簡単には受け入れられなかった。

    「それで僕は『僕は未来じゃないのか。なぜなんだ?』と思った」

    しかし、年月が経ってから当時の状況を調べ直したことで、ヒルはその「未来」という言葉が何を意味していたのかについて、自分なりの答えにたどり着いた。

    「何年も経ってから少し調べてみた。そして、BMWへ向かう動きは戦略だったんじゃないかと思っている。そのためにはドイツ人ドライバーが重要だったんだと思う」

    「1996年に何をしても関係なかった」
    ヒルにとって最も皮肉なのは、1996年の成績が自身の将来を左右する材料には、すでになっていなかったという点だ。

    ウィリアムズはヒルがタイトルを獲得する前から、1997年のドライバーラインアップを事実上決めていた。

    「基本的には、僕が1996年に何をしようと関係なかった。フランクはすでに1997年に走る2人のドライバーと契約していた。だから僕が入る余地はなかったんだ」

    つまり、ヒルが1996年にF1ワールドチャンピオンになったとしても、その結果によって契約が覆る可能性はほとんどなかったということになる。

    ヒルは最終戦日本GPで勝利を挙げ、年間8勝を記録してタイトルを獲得。しかし、それでもウィリアムズで翌シーズンを戦うことはできなかった。

    シューマッハはヒルを成長させた最大のライバル
    一方、ヒルはシューマッハについて、ウィリアムズ放出につながった時代背景を生み出した存在としてだけでなく、自身をレーシングドライバーとして成長させた最大のライバルだったとも振り返っている。

    「彼は彼だった。それだけだと思う。競争相手だった」

    「人生のあらゆる細かい部分にまでプレッシャーをかけてくるような存在だった」

    そして、シューマッハとの激しい戦いがなければ、自分自身の限界を知ることもなかったと語った。

    「これは言える。ミハエルがいなかったら、レーシングドライバーとして自分がどこまで行けるのかを知ることはなかったと思う」

    ヒルとシューマッハは1994年と1995年に激しいタイトル争いを展開。特に1994年は最終戦オーストラリアGPまでタイトル争いが続き、両者の接触によってシューマッハの初タイトルが決まるという劇的な結末を迎えた。

    デイモン・ヒル(1997年)

    王者ヒルはアロウズへ ウィリアムズは連覇
    1997年、ヒルはカーナンバー1を付けてアロウズから参戦したが、前年とは対照的に厳しいシーズンを過ごした。

    17戦でポイントを獲得したのは2レースのみ。それでもハンガリーGPでは非力なアロウズ・ヤマハで首位を快走し、終盤のマシントラブルによって勝利こそ逃したものの2位表彰台を獲得した。

    一方、ヒルを放出したウィリアムズは1997年もタイトル争いをリード。ヴィルヌーヴがシューマッハとの争いを制してドライバーズチャンピオンとなり、チームはコンストラクターズタイトルも獲得した。

    フレンツェンもドライバーズランキング2位となり、少なくとも競技成績という面ではウィリアムズのドライバー交代は結果につながった。

    しかし、前年のワールドチャンピオンをそのまま放出するという決断は、30年が経過した現在もF1史に残る非情な人事のひとつとして語られている。

    ヒル自身は今、その背景には1995年の敗北だけではなく、シューマッハによって急成長したドイツのF1市場、フレンツェンの存在、そしてBMWとの将来的な提携を見据えたウィリアムズの長期戦略があったと考えている。

    1996年に世界王者になっても覆らなかった決定。その理由を示すフランク・ウィリアムズの「チームの未来」という言葉は、ヒルにとって30年を経てようやく具体的な意味を持つものになった。

  • キャデラックF1新代表 フェラーリPUの「隠されたノウハウ」に注目

    キャデラックF1新代表 フェラーリPUの「隠されたノウハウ」に注目

    キャデラックF1の新チーム代表に就任するマルチン・ブコウスキーは、チームがフェラーリ製パワーユニット(PU)の性能を最大限に引き出せているのかを精査する考えを示した。

    2026年のF1では、新世代PUのエネルギーマネジメントが大きなパフォーマンス要因となっている。ブコウスキーは、ワークスとカスタマーに同一のハードウェアが供給されていても、その使い方に関するすべてのノウハウが共有されるとは限らないと指摘。

    フェラーリを非難する意図はないと強調したうえで、キャデラック側にも改善できる余地があるとの認識を示した。

    新代表ブコウスキーがフェラーリPUの活用法を精査
    キャデラックは将来的にゼネラルモーターズ(GM)製PUを投入してワークスチームとなる計画だが、F1参戦初年度となる2026年はフェラーリからPUの供給を受けている。

    チームはサマーブレイク中に首脳陣を刷新。グレアム・ロードンをチーム代表から解任し、アルピーヌF1でエグゼクティブディレクターを務めたブコウスキーを後任に起用した。

    ブコウスキーが着任後に確認したいポイントのひとつが、フェラーリPUの使い方だ。

    2026年シーズン前半には、ワークスとカスタマーチームの間で新世代PUに関する知識の差が話題となった。特にマクラーレンは序盤戦で、メルセデス・ハイパフォーマンス・パワートレインズから提供される情報が十分ではないとの問題意識を示していた。

    新規則では電気エネルギーの管理がこれまで以上に重要となっており、同じPUを搭載していても、その制御や運用方法によって実際に引き出せるパフォーマンスには差が生じる。

    「もちろん、我々はフェラーリのカスタマーだ。レギュレーションに従って、同じハードウェア、同じエンジンを供給してもらっている」とブコウスキーは語った。

    「ただ、今年はフェラーリに限った話ではなく、特にメルセデスのエンジンを見ても分かるように、主にエネルギーマネジメントの細かな部分を理解することで、まだ多くのパフォーマンスを引き出せることが分かっている。それがパフォーマンスを左右する要素になっている」

    「これは我々のチームでも確認しなければならないことだと思う。供給されているハードウェアを本当に最大限に活用できているのか、ということだ」

    「すべての秘訣を共有するとは限らない」
    ブコウスキーは、フェラーリPUそのものの競争力には疑問を持っていない。むしろ重要なのは、キャデラックがその能力をどこまで引き出せているかだと考えている。

    「エンジンには競争力がある。ADUOによるアップグレードで、さらに競争力を増していくだろう。ただ、我々が本当にそのポテンシャルを最大限に使えているのかという問題がある」

    2026年から導入されたADUO(Additional Development and Upgrade Opportunities)は、PUメーカー間の性能差に応じて追加開発の機会を認める仕組みだ。シーズン中の性能評価に基づいて開発機会が与えられるため、フェラーリPUにも今後さらなる性能向上の余地がある。

    一方で、ブコウスキーはPUメーカーとカスタマーチームの関係には、単純なハードウェア供給だけでは説明できない部分が存在すると指摘する。

    「もちろん、サプライヤーとの関係は重要だ。ただ、最大限のパフォーマンスを引き出すための『商売上の秘訣』を、サプライヤーが必ずしもすべて共有するわけではないという部分は常にある」

    「それはフェアなゲームだし、チーム側が取り組むべきことだ。フェラーリや、グリッド上の誰かを責めているわけではない」

    つまり、フェラーリには規則で定められた同等のPUを供給する責任がある一方、そのPUをどう使いこなし、エネルギーマネジメントを最適化するかはキャデラック自身の技術力に委ねられるという考えだ。

    「可能な限り最高のエンジンを供給するという部分があり、もうひとつには、それを可能な限りうまく使うという部分がある」

    「これは間違いなく、僕がチームに加わったときに確認していくことのひとつだ」

    同じPUでも差を生む2026年F1のエネルギーマネジメント
    2026年のF1では、PUに占める電動システムの重要性が大幅に高まったことで、エネルギーの回収、蓄積、放出をどのように管理するかがラップタイムを左右する重要な要素となった。

    そのため、同じメーカーのPUを搭載するチームであっても、ハードウェアが同じだからといって必ずしも同じ性能を発揮できるわけではない。PUの制御方法だけでなく、車体側との統合、ドライバーの操作、レース中のエネルギー配分などを含めた総合的な最適化が必要になる。

    ブコウスキーが例に挙げたメルセデスとマクラーレンの関係は、その難しさを象徴している。2026年序盤には、マクラーレンが新PUの運用に必要な情報についてメルセデス側との間に課題があることを認めており、カスタマーチームが同一ハードウェアから最大性能を引き出す難しさが浮き彫りとなった。

    キャデラックも同じ課題に直面している可能性がある。11戦を終えた段階でチームはまだ今季初ポイントを獲得できておらず、バルテリ・ボッタスが中国GPで記録した13位がここまでの最高成績となっている。

    ブコウスキーにとって、フェラーリとの関係を強化することだけが解決策ではない。供給されたPUについてキャデラック自身が理解を深め、フェラーリが持つすべての運用ノウハウを知らなくても最大限の性能を引き出せる体制を構築することが重要になる。

    将来的にGM製PUを自社で扱うワークス体制への移行を目指すキャデラックにとっても、PUのハードウェアだけでなく、その性能を引き出すための知識と技術をチーム内部に蓄積することは欠かせない。ブコウスキーの着任後、その作業がどこまでキャデラックの競争力向上につながるかが注目される。

  • アストンマーティンF1は4秒差から1秒差へ モントーヤが語るニューウェイの「奇跡」

    アストンマーティンF1は4秒差から1秒差へ モントーヤが語るニューウェイの「奇跡」

    アストンマーティンF1は、ハンガリーGPで投入したAMR26Bをきっかけに復調への兆しを見せている。

    元F1ドライバーのファン・パブロ・モントーヤは、その変化をエイドリアン・ニューウェイの影響力を示すものと評価し、さらにホンダのアップデートによってトップとの差が縮まると予想した。

    モントーヤは、シーズン序盤に最大4秒規模だった差が、今後は「1秒」程度まで縮まる可能性があると分析。AMR26Bを事実上ニューウェイが本格的に手掛けた最初のマシンと位置づけ、2027年にはアストンマーティンとホンダがさらに大きな飛躍を遂げると期待している。

    AMR26Bで流れが変わったアストンマーティン
    2026年の新レギュレーション導入とともに始まったアストンマーティンのシーズンは、当初の期待とは大きく異なるものとなった。

    ニューウェイの加入、ホンダとのワークス体制、新ファクトリーと新風洞。勝利を狙うための条件を揃えたように見えたが、AMR26は開幕から深刻な競争力不足に苦しんだ。

    しかし、ハンガリーGPで大幅にアップデートされたAMR26Bが投入されると状況に変化が生まれた。まだトップ争いに加われる段階ではないものの、マシンの挙動や競争力には明確な改善が確認されている。

    この変化を高く評価しているのが、ウィリアムズやマクラーレンで活躍したモントーヤだ。かつてマクラーレンでニューウェイと仕事をした経験を持つモントーヤは、67歳の英国人デザイナーがアストンマーティンの将来にとって極めて重要な存在だと考えている。

    「アストンマーティンは最後尾から競争できるところまで来た。それはニューウェイの影響が実を結び始めていることを示している」

    「これがニューウェイの最初の本当のマシン」
    モントーヤは、AMR26Bについてニューウェイの思想が本格的に反映された最初のアストンマーティンだと評価する。

    「これがニューウェイにとって最初の本当のマシンだと思う。エイドリアンが加入したときには、すでに多くのことが決まっていた。それは彼が望んでいたものではなかった。だから、すでに決められていたものを使って仕事をするしかなかったんだ」

    ただし、この点については実際の開発経緯とは若干異なる。

    ニューウェイ自身が明かしているように、2025年3月1日にアストンマーティンへ正式加入した時点で、2026年型マシンの開発はむしろ十分に進んでいなかった。

    他チームがFIAの規定に従って1月1日から2026年型マシンの空力開発を開始していたのに対し、アストンマーティンは出遅れていた。さらに、新しい風洞の稼働を待ったことで実質的な作業開始は遅れ、ニューウェイは短期間で設計をまとめる必要に迫られた。

    ホンダ側も、ニューウェイの加入後に多くの設計変更を求められ、パワーユニットについても修正が必要になったことを明かしている。

    つまり、AMR26の問題はニューウェイが既存の完成されたコンセプトを引き継いだことよりも、開発開始そのものが遅れ、十分な検証時間を確保できなかったことにあった。

    その意味では、シーズン途中まで開発を重ねたAMR26Bこそ、ニューウェイが落ち着いた環境で方向性を定め、現在の技術陣とともに作り込んだ最初の仕様と見ることができる。

    ホンダの新パワーユニットがザントフォールトで投入へ
    モントーヤが期待しているのはシャシーだけではない。ホンダも夏休み明けにパワーユニットのアップデートを投入する予定であり、これがアストンマーティンのさらなる前進につながると考えている。

    「これからさらに新しいものが入ってくる。次のザントフォールトでは新しいエンジンが投入される。それがまた一歩前進になるはずだ」

    そして、シーズン後半にはポイント争いへ加わることも可能だと予想した。

    「マドリードやマレーシアの頃になれば、彼らがポイントを獲得していても驚かないよ」

    ホンダが準備している新仕様は、ICEを中心に燃焼効率やフリクション、ターボなどを改善したものとなる。アストンマーティンはハンガリーGP後にテストを実施しており、夏休み明けのオランダGPで正式投入される見通しだ。

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム ホンダF1

    「4秒差だった。それが1秒になる」
    モントーヤは、ホンダが一度のアップデートですべての問題を解決するとは考えていない。それでも、パワーユニットの競争力は大きく改善すると予想している。

    「エンジンにはまだ問題が残ると思う。でも、パワー面での差は半分くらいまで縮められるんじゃないかな」

    そして、アストンマーティン全体の改善幅について具体的な数字を挙げた。

    「それでも1秒くらいは離されると思う。でも以前は4秒だったんだ」

    モントーヤが強調するのは、単純なラップタイムだけではない。2026年の新レギュレーションで多くのチームがマシン開発に苦戦するなか、ニューウェイが短期間でアストンマーティンの方向性を修正した点を評価している。

    「ニューウェイがやっていることは、ウィリアムズやアルピーヌ、ハースが苦しんでいる状況を見るとよく分かる。この人がやって来て、最初のマシンですでに大半のチームより良いものを作っているんだからね」

    本当の勝負は2027年
    一方、モントーヤはアストンマーティンが夏休み明けから直ちに優勝争いを始めるとは考えていない。

    2026年後半はAMR26Bとホンダの新パワーユニットによって着実に差を縮め、その成果を2027年につなげることが重要だと見ている。

    「夏休み明けにはアストンマーティンが一歩前進すると期待している。でも、本当の大きなジャンプは来年になると思う」

    ホンダにとっても、2026年シーズンを通じて得られる実戦データは大きな意味を持つ。

    「ホンダには今、2027年に向けてさらに大きなステップを踏むための時間がある。ホンダとアストンマーティンは素晴らしい物語を作ると思うよ」

    アストンマーティンにとってAMR26Bは、単なるシーズン途中のアップデートではなく、ニューウェイ主導の開発体制が本格的に機能し始めたことを示す最初の試金石となる。

    モントーヤが示した「4秒から1秒」という数字はあくまで本人の見立てだが、夏休み明けにはホンダの新パワーユニットも加わる。2026年後半でどこまで差を縮められるかが、ニューウェイとホンダによる2027年のアストンマーティンF1の競争力を占う重要な指標となりそうだ。

  • レッドブルF1 苦戦するRB22にワシェ「自信を持てる状態ではない」

    レッドブルF1 苦戦するRB22にワシェ「自信を持てる状態ではない」

    レッドブル・レーシングのテクニカルディレクターを務めるピエール・ワシェが、2026年F1マシン「RB22」の現状について厳しい評価を下した。サーキットに持ち込むたびに異なる問題が現れるとして、チームには現在「自信がない」と認めている。

    かつてF1を圧倒したレッドブル・レーシングだが、2026年シーズン前半戦は11戦を終えて未勝利。単純なパフォーマンス不足以上に深刻なのは、RB22の挙動を十分に理解できず、コンディションの変化に対して極めて敏感なマシンになっていることだ。

    「コースに出るたびに違う問題が見つかる」
    レッドブル・レーシングは、2024年にドライバーズ選手権を僅差で逃し、2025年にはマクラーレンにタイトルを奪われた。そして新レギュレーションが導入された2026年も、シーズン序盤から苦戦を強いられている。

    51歳のワシェは、レッドブルだけでなくマクラーレンも前年から出遅れた一方、ライバル勢がシーズン中に大きく進歩したと分析する。

    「我々は最後まで戦った。マクラーレンも同じだと思うが、昨年やっていたことを基準にすれば、両チームとも少し遅れていると思う」

    「他のライバルたちはモナコ以降、大きく進歩している。この新しいマシンでは、サーキットに行ってマシンを走らせるたびに、毎回違う問題が見つかる」

    「我々はそこから最大限を引き出そうとしている。しかし、自信を持てる状態ではない」

    RB22の問題は、単に特定のコーナーやひとつの性能領域に限定されたものではない。サーキットやコンディションが変わるたびに異なる弱点が表面化し、チームがマシンを完全には把握できていないことをワシェの発言は示している。

    実際、その不安定さはコース上でも表れている。

    マックス・フェルスタッペンはオーストリアGPとハンガリーGPの予選でスピンを喫し、オーストリアではバリアに接触してグラベルでストップした。

    さらにフェルスタッペンとチームメイトのアイザック・ハジャーは、セッション中にマシンが自分たちの下で物理的に壊れていくように感じる場面についても言及しており、RB22の構造面を含めた挙動にも懸念が生じている。

    ピエール・ワシェ(レッドブル・レーシング)

    進歩はしているが問題の全体像は見えず
    一方でワシェは、レッドブル・レーシングが開幕時から何も改善できていないわけではないと強調する。

    「最も重要なのは、我々が遅れた状態からスタートしたということだ。そして、間違いなく進歩している」

    「ここまで改善し、現在の位置まで来られたことについては、チームが非常にいい仕事をしたと思う」

    「まだ我々が望んでいる位置にはいないが、できる限りのことをして、何が機能していないのか、何を改善できるのかを理解しようとしている。そのうえで、自分たちがどこにいるのかを見ることになる」

    「ただ、最も重要なのは、チームとしての進歩が非常に興味深いものだったということだ」

    レッドブルはRB22を改善し続けている。しかし現在の問題は、単純にダウンフォースを増やしたり、特定の弱点をアップデートで修正したりすれば解決する性質のものではない可能性がある。

    ワシェが明かしたように、サーキット、路面状況、気温、セットアップなどの条件が変化すると、それまでとは異なる問題が姿を現す。そのためチームは開発を進めながら、同時にRB22そのものへの理解を深めなければならない状況にある。

    フェルスタッペンの母国オランダGPが次の試金石
    夏休み明けのF1は、ザントフォールトで行われるオランダGPから再開する。

    マックス・フェルスタッペンにとっては母国レースであり、大きな期待が集まる一戦となる。一方、レッドブルにとっては、変化するコンディションに敏感なRB22をどこまで安定したパフォーマンス領域に持ち込めるかが重要になる。

    フェルスタッペンの将来をめぐっては依然としてパドックでさまざまな憶測が続いており、マシンへの「自信がない」というワシェの言葉は、レッドブルにとって決して軽いものではない。

    それでも、チームが開幕時から着実に前進していることもワシェは強調している。残る課題は、その進歩を安定した速さへと結びつけられるかどうかだ。

    かつて勝利を前提としてグランプリに臨んでいたレッドブル・レーシングは現在、RB22が次にどんな問題を見せるのか分からない状態で週末を迎えている。2026年後半戦では、速さそのものを追求する前に、まずマシンを理解し、ドライバーが信頼できる状態に仕上げることが最大の課題となる。

  • 2026年のF1世界選手権 チケット価格ランキングで日本GPは世界最安クラス

    2026年のF1世界選手権 チケット価格ランキングで日本GPは世界最安クラス

    2026年のF1グランプリを現地観戦するには、いくら必要なのか。全24戦の一般入場券とグランドスタンド席の最低価格を比較すると、開催地によって大きな価格差があることが分かった。

    PlanetF1.comが2026年シーズンの各グランプリについて調査したところ、一般入場券の最低価格は平均で300ドル(約4万8000円)に迫る。

    一方、中国GPや日本GPは世界的に見ても安価で、特に鈴鹿サーキットで開催されるF1日本GPはグランドスタンド席の価格で際立ったコストパフォーマンスを示している。

    F1観戦チケットは開催地で大きな価格差
    世界的なF1人気の高まりに伴い、各グランプリではチケット需要が急増している。多くのイベントが満員の観客を集めるようになり、それに合わせて観戦費用も上昇してきた。

    2026年のイギリスGPでは、週末を通じた観客数が50万人を超え、同イベント史上最大規模を記録した。シルバーストンの週末一般入場券は360ドル(約5万7200円)で、カレンダーでも高額な部類に入る。

    ただし、最も安いグランドスタンド席は620ドル(約9万8600円)で、ほかの高価格帯のグランプリと比較すると突出しているわけではない。

    対照的なのがサンパウロGPだ。インテルラゴスでは週末を通したグランドスタンド席がわずか95ドル(約1万5100円)から設定され、今回の調査では全24戦で最安だった。

    一方、一般入場に近いエリアへのアクセスは240ドル(約3万8200円)。これはサーキット内側に設けられたスポンサーエリアへの入場券で、通常の自由席とはやや性格が異なる。パーティー色の強いエリアとなっており、18歳未満は入場できない。

    最高額はモナコGP グランドスタンドで1170ドル
    グランドスタンド席で最も高額だったのはモナコGPで、週末の最低価格が1170ドル(約18万6000円)に達した。

    モナコでは週末通しの一般入場券が設定されておらず、各日のチケットを個別に購入する必要がある。3日間を合計すると290ドル(約4万6100円)となり、一般入場という観点では意外にもカレンダー平均に近い。

    一般入場券で特に高額なのはアメリカGPだ。サーキット・オブ・ジ・アメリカズ(COTA)の「グラウンドパス」は450ドル(約7万1600円)。一方、最も安いグランドスタンド席は604.50ドル(約9万6100円)となっている。

    F1 日本グランプリ 鈴鹿サーキット

    日本GPは世界屈指のコストパフォーマンス
    価格面で際立っているのが中国GPと日本GPだ。

    中国GPの一般入場券は70ドル(約1万1100円)で全24戦中最安。最も安いグランドスタンド席も235ドル(約3万7400円)に抑えられている。

    F1日本GPも一般入場に相当する西エリア券が1万8000円、最も安い指定席となるG席とO席が2万2000円からとなっている。

    ドル換算ではそれぞれ113ドル、140ドルとして集計されており、特に指定席はサンパウロGPの95ドルに次ぐ安さで、中国GPよりも低価格だ。

    つまり、指定された観戦席からF1を楽しむという条件では、日本GPは2026年カレンダーで2番目に安いグランプリとなる。

    マイアミとラスベガスは最低でも400ドル
    対照的に観戦費用が高いのが、マイアミGPとラスベガスGPだ。

    いずれもF1の商業権を保有するリバティ・メディアが全面的、あるいは共同でプロモーションに関与するイベントで、最も基本的なチケットでも400ドル(約6万3600円)以上となる。

    マイアミGPは一般入場券が430ドル(約6万8400円)、グランドスタンド席が670ドル(約10万6500円)。ラスベガスGPはそれぞれ400ドル(約6万3600円)と875ドル(約13万9100円)で、グランドスタンド席はモナコGPに次いで2番目に高額だ。

    また、シンガポールGPの一般入場券も430ドル(約6万8400円)と高額だが、グランドスタンド席は475ドル(約7万5500円)。差額はわずか45ドル(約7200円)で、座席を確保できるのであればアップグレードの価値は比較的高い。

    欧州で狙い目はオーストリアGPとハンガリーGP
    ヨーロッパで比較的リーズナブルなのがオーストリアGPとハンガリーGPで、どちらも一般入場券は195ドル(約3万1000円)からとなっている。

    なかでもPlanetF1.comが「隠れた逸品」として評価したのがハンガリーGPだ。

    ハンガロリンクはブダペストからアクセスしやすく、自然のすり鉢状の地形を利用したレイアウトによって観戦エリアから広い範囲を見渡せる。また、場所によってはマシンとの距離が比較的近く、F1マシンの迫力を体感しやすい。

    注意点は真夏の暑さだ。一般入場エリアでは日陰が少ないため、暑さへの対策が欠かせない。それでもブダペスト観光と組み合わせれば、チケット価格を含めた週末全体の魅力は高い。

    2026年F1チケット最低価格一覧
    オーストラリアGP:一般入場 約42,900円/グランドスタンド 約63,600円
    中国GP:一般入場 約11,100円/グランドスタンド 約37,400円
    日本GP:一般入場 18,000円/グランドスタンド 22,000円
    マイアミGP:一般入場 約68,400円/グランドスタンド 約106,500円
    カナダGP:一般入場 約46,900円/グランドスタンド 約50,100円
    モナコGP:一般入場 約46,100円/グランドスタンド 約186,000円
    バルセロナGP:一般入場 約36,600円/グランドスタンド 約58,800円
    オーストリアGP:一般入場 約31,000円/グランドスタンド 約39,800円
    イギリスGP:一般入場 約57,200円/グランドスタンド 約98,600円
    ベルギーGP:一般入場 約39,800円/グランドスタンド 約66,800円
    ハンガリーGP:一般入場 約31,000円/グランドスタンド 約49,300円
    オランダGP:一般入場 約58,800円/グランドスタンド 約103,400円
    イタリアGP:一般入場 約43,700円/グランドスタンド 約100,200円
    スペインGP:一般入場 約54,100円/グランドスタンド 約100,200円
    アゼルバイジャンGP:一般入場 約28,600円/グランドスタンド 約103,400円
    バーレーンGP:一般入場 約35,000円/グランドスタンド 約55,700円
    シンガポールGP:一般入場 約68,400円/グランドスタンド 約75,500円
    アメリカGP:一般入場 約71,600円/グランドスタンド 約96,100円
    メキシコシティGP:一般入場 約30,200円/グランドスタンド 約101,800円
    サンパウロGP:一般入場 約38,200円/グランドスタンド 約15,100円
    ラスベガスGP:一般入場 約63,600円/グランドスタンド 約139,100円
    カタールGP:一般入場 約27,800円/グランドスタンド 約46,900円
    アブダビGP:一般入場 約55,700円/グランドスタンド 約103,400円
    サウジアラビアGP:一般入場 約22,100円/グランドスタンド 約42,500円

    一般入場券だけで比較すると中国GPの約1万1100円が最安で、日本GPの1万8000円、サウジアラビアGPの約2万2100円が続く。一方、グランドスタンド席ではサンパウロGPの約1万5100円が最安、日本GPの2万2000円で2位となった。

    2026年のF1観戦は、同じ世界選手権でも開催地によって必要な予算が大きく異なる。とりわけ日本GPは一般入場、グランドスタンドの双方で低価格帯に位置しており、現地でF1を観戦したいファンにとって世界でも屈指のコストパフォーマンスを誇るイベントと言えそうだ。

  • 元フェラーリ育成マヤ・ウィーグ苦境 F1アカデミー卒業後「レース予定がない」

    元フェラーリ育成マヤ・ウィーグ苦境 F1アカデミー卒業後「レース予定がない」

    フェラーリの育成ドライバーとしてF1アカデミーでタイトルを争ったマヤ・ウィーグが、わずか1年でレース参戦の機会を失う厳しい状況に直面している。

    昨季までF1アカデミーのフロントランナーとして活躍したウィーグは、今季に向けて準備していた計画が開幕直前に崩壊したことを明かした。現在は今後出場するレースが決まっておらず、「キャリアで最も厳しい1年」と現在の心境を語っている。

    F1アカデミーでタイトル争いも一転
    オランダのライセンスで参戦するウィーグは、かつてフェラーリ・ドライバー・アカデミーに所属。2025年のF1アカデミーではフェラーリのカラーを背負い、3勝を挙げてランキング2位となった。

    表彰台争いを続けていた当時から、まだ1年も経っていない。しかし現在の状況は大きく異なる。

    ウィーグは自身のSNSで、これまで表には出してこなかった苦境について明かした。

    「これをどう書けばいいのか、本当に分からない。シーズンを通してポジティブな部分を見せようとしてきたけど、実際には今年は間違いなく私のキャリアで最も厳しい1年になっている」

    「1年前、私はチャンピオンシップを争っていて、勝利を挙げ、ほぼ毎週末のように表彰台に立っていた。それから1年も経たないうちに、こんな状況になるなんて思ってもいなかった」

    開幕直前に「素晴らしい計画」が崩壊
    ウィーグによれば、2026年に向けて当初は明確なレースプログラムが用意されていた。しかし、シーズン開始直前になって計画そのものが消滅したという。

    「今シーズンに向けては素晴らしい計画があった。でも、シーズンが始まる少し前に、私にはどうすることもできない理由ですべてが崩れてしまった」

    「その時点では別のプランを組み立てるにはあまりにも遅かったし、自分ひとりでレースに出る機会を確保するのは本当に難しかった」

    モータースポーツでは、実績だけで翌年のシートが保証されるわけではない。カテゴリーをステップアップするほど参戦予算やメーカー、チームとの関係が重要になり、F1アカデミー卒業後のキャリア形成も大きな課題となる。

    ウィーグはベルギーの耐久シリーズ「Belcar」で3レースに出場する機会を得た。ART RacingからGTカーでデビューし、初戦で表彰台を獲得している。

    「Belcarで3レースに出場できたのは幸運だったし、その機会を与えてくれたART Racingには本当に感謝している。GTカーでのデビュー戦では表彰台にも上がることができた」

    しかし、その数少ない参戦機会も続かなかった。

    「でも、出場する予定だったゾルダー24時間もなくなってしまった。だから今のところ、これから出場するレースは何もない」

    マヤ・ウィーグ(F1アカデミー)

    F1アカデミー卒業生で分かれる進路
    ウィーグの苦境は、F1アカデミー卒業後のキャリアが一様ではないことも浮き彫りにしている。

    F1アカデミー王者のドリアーヌ・ピンは、メルセデスF1の開発ドライバーを務めるほか、プジョーのハイパーカー開発ドライバー、フォーミュラEのシトロエンでも開発ドライバーを担当。2026年にはル・マン24時間レースにも出場するなど、耐久レースを含めて活動の場を広げている。

    また、2024年王者のアビー・プリングは、フォーミュラEの日産でルーキー兼シミュレータードライバーを務めながらGB3に参戦。今季はすでに1勝を挙げ、ランキング7位につけている。

    一方、ウィーグはフェラーリの育成プログラムを離れた後も、現在F1アカデミーでフェラーリ代表を務めるアルバ・ラーセンのメンターとして活動してきた。だが、自身が求めているのはサーキットの外から後輩を支えることだけではない。

    「見ていたいんじゃない。レースがしたい」
    レースから離れる時間が増えたことで得たものもあるとしながら、ウィーグはドライバーとして走り続けたいという思いを強調した。

    「今年はものすごく多くのことを学んだし、人間としても大きく成長した。でも、私は見ていたいんじゃない。レースがしたい」

    「最高レベルの舞台で再びコースに戻って、自分に本当は何ができるのかを示したい」

    「それが残りの人生でやりたいこと。もう一度マシンに乗るために、毎日努力している」

    ウィーグにとって特に受け入れがたいのは、F1アカデミーを含め、これまで積み重ねてきた結果が次のチャンスにつながらなかったことだ。

    「モータースポーツは厳しい世界。これまで何年も積み上げてきた結果が、何かにつながると思っていたんだと思う」

    それでも、復帰への希望を失ったわけではない。

    「厳しい時期を支えてくれているみんなに感謝している。身近な人たちは、ひとつの扉が閉じれば別の扉が開くとずっと言ってくれている。私はそれを信じることにしている」

    F1アカデミーで勝利を重ね、フェラーリの有望株として将来を期待されたウィーグ。それでも次のシートを確保できない現状は、若手ドライバーがカテゴリー卒業後に直面するモータースポーツの厳しい現実を示している。再びレースに戻るための「次の扉」を開けることができるか、23歳のウィーグにとって重要な時期が続く。

  • フェルナンド・アロンソ F1続行でも引退でも「アストンマーティン」とデ・ラ・ロサ

    フェルナンド・アロンソ F1続行でも引退でも「アストンマーティン」とデ・ラ・ロサ

    フェルナンド・アロンソのF1での将来について、アストンマーティンのアンバサダーを務めるペドロ・デ・ラ・ロサが見解を示した。アロンソが現役を続行する場合も、F1ドライバーとして引退する場合も、アストンマーティンとの関係を継続することになるという。

    45歳のアロンソを巡っては、古巣アルピーヌへの復帰を含め、2027年以降の去就がF1ドライバー市場の注目材料となっている。

    しかし、デ・ラ・ロサによれば、アロンソが今後下す決断は「どのチームで走るか」ではなく、アストンマーティンでドライバーを続けるか、それとも別の役割に移るかというものになるようだ。

    「いずれにせよ、彼は僕たちと一緒にいる」
    アロンソは2024年にアストンマーティンとの契約を延長。当時は2026年末までの複数年契約と発表されたが、Sky Sports F1の実況を務めるデビッド・クロフトは、実際には5年間に及ぶ契約が結ばれていると伝えている。

    その契約については、アロンソが最初の期間をF1ドライバーとして過ごした後、現役を退いた場合にはアンバサダーなど別の役割でアストンマーティンとの関係を継続できる内容になっている可能性も指摘されている。

    デ・ラ・ロサはイタリアの『Automoto』に対し、アロンソの将来について次のように語った。

    「彼がチームに残ってくれれば素晴らしい。でも、それは非常に個人的な決断だ。彼には考えなければならないことがたくさんあるし、どんな選択をしても僕たちは尊重する。僕たちが口を挟むこともない」

    「僕たちにできるのは、彼に可能な限り最高のマシンを用意することだけだ。彼は今後数カ月のうちに決断するだろう。だからこそ、今それを与える必要がある」

    そのうえで、デ・ラ・ロサはアロンソがアストンマーティンを離れて別のF1チームへ移籍する可能性を事実上否定した。

    「いずれにせよ、彼は僕たちと一緒にいる。ドライバーとしてなら素晴らしい。でも、アンバサダーになることもできるし、別の役割を担うこともできる」

    この発言通りであれば、アロンソにとって2027年以降の選択肢は、アストンマーティンでF1ドライバーを続けるか、現役を退いてチーム内で別の役割を担うかということになる。

    アストンマーティン・コグニザント・フォーミュラワンチーム

    2027年F1の方向性も現役続行の判断材料
    アロンソが現役を続けるかどうかを左右するのは、アストンマーティンの競争力だけではない。2026年に導入された新世代F1マシンのドライビング特性について、アロンソはこれまで厳しい意見を繰り返してきた。

    特に新パワーユニットでは電動側の比重が大幅に高められたことに不満を示しており、F1がドライバーにとって純粋に楽しめるカテゴリーであり続けることの重要性を訴えている。

    F1では2027年に向けてレギュレーションの調整が進められており、パワーユニットについてもバッテリーへの依存度を抑える方向で変更が検討されている。

    デ・ラ・ロサは、こうした今後のF1の方向性もアロンソの決断に影響すると考えている。

    「彼には残ってほしい。彼は特別なドライバーであり、素晴らしいリーダーだからだ」

    「彼は現代のマシンをドライブすることを楽しみたいと思っている。だからこそ、今後数年間に予定されている変更によって、将来のF1がどのようなものになるのかを知ることは有益だろう」

    アストンマーティンの競争力も重要な要素
    アロンソにとって2026年シーズンは厳しい戦いが続いている。ここまで獲得したのは1ポイントで、ドライバーズランキング19位。F1キャリア23シーズン目を迎えたベテランにとって、ルーキーイヤー以来となる低い順位に沈んでいる。

    予選でも苦戦が続き、第11戦ハンガリーGPでようやく今季初めてQ2進出を果たした。一方、アストンマーティンはハンガリーで大幅にアップデートされたAMR26Bを投入。さらにHondaもオランダGPに向けて改良版パワーユニットを準備しており、シーズン後半の巻き返しに期待がかかっている。

    デ・ラ・ロサが「可能な限り最高のマシンを用意することだけ」と語ったように、アストンマーティンが今後どこまで競争力を高められるかは、アロンソの現役続行を後押しする重要な要素となる。

    ただし、今回の発言でひとつの方向性は明確になった。アロンソがF1ドライバーとして走り続ける場合も、引退を決断する場合も、その将来はアストンマーティンと結びついている。今後数カ月で下されるという決断は、移籍先を選ぶものではなく、アストンマーティンでどのような役割を担うかを決めるものになりそうだ。