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  • レッドブルF1 ランビアーゼ後任を発表 トム・マッカローが2027年加入

    レッドブルF1 ランビアーゼ後任を発表 トム・マッカローが2027年加入

    レッドブル・レーシングは、2027年からトム・マッカローがチームに加入し、コンペティションディレクターに就任することを発表した。アストンマーティンで長年にわたりF1の現場を支えてきた経験豊富なエンジニアを迎え、マクラーレンへの移籍が決まっているジャンピエロ・ランビアーゼの後任とする。

    50歳のマッカローは2027年シーズン開幕から新たな役職に就く。レッドブル・レーシングでは近年、黄金期を支えた主要スタッフの離脱が相次いでおり、今回の人事は技術・レース運営組織の再構築に向けた重要な一手となる。

    レッドブルがマッカロー加入を正式発表
    レッドブル・レーシングはマッカローの加入について声明を発表した。

    「2027年初頭にトムをチームに迎えられることをうれしく思う。この役職において、彼の豊富な経験と専門知識を生かせることを楽しみにしている」

    マッカローはF1で豊富な経験を持つ。シルバーストンを拠点とするチームに10年以上在籍し、フォース・インディア、レーシング・ポイント、そしてアストンマーティンへとチームが変遷するなかで、主にトラックサイドのパフォーマンス部門を担当してきた。

    しかし、2025年シーズン序盤に行われたアストンマーティンの経営・技術組織再編に伴い、F1チームの第一線から外れた。その後は、アストンマーティンの高性能技術事業を担うアストンマーティン・パフォーマンス・テクノロジーズでパフォーマンスディレクターを務めていた。

    レッドブルは、マッカローが持つ長年のトラックサイド経験とF1チーム運営への深い理解を評価し、今後の組織で重要な役割を託すことを決めた。

    ランビアーゼはマクラーレン移籍へ
    マッカローは事実上、ジャンピエロ・ランビアーゼが担ってきたレースエンジニアリング部門の責任を引き継ぐことになる。

    ランビアーゼは2024年10月にコンペティションディレクターへ昇格しながら、マックス・フェルスタッペンのレースエンジニアも引き続き担当してきた。フェルスタッペンとの無線で知られる存在である一方、レッドブルのレース運営全体でも重要なポジションを担っている。

    そのランビアーゼは、遅くとも2028年までにマクラーレンへ移籍する予定となっている。ただし、実際の加入時期が前倒しされる可能性も残されている。

    マクラーレン・レーシングCEOのザク・ブラウンは今年5月、将来的に直接のライバルへ移ることが決まっているスタッフを長期間チームに残すことの難しさを認めていた。

    「我々はこの世界がどういうものか分かっている。ある時点では、ライバルチームへ行くと分かっている人間を抱えていることが、おそらく居心地の悪い状況になるだろう」

    一方でブラウンは、他チームへの移籍を望むスタッフを無理に引き留める考えもないとしている。

    「私の基本的な考え方としては、誰かが去りたいのであれば、適切な形で進めるべきだ。ただ、もう私のチームにいたくないという人について、他のチームにスタッフを盗まれたと考えるタイプではない」

    「ドライバーでもスポンサーでも同じだ。失うこともあれば、彼らが別のものに興味を持つこともある」

    契約は2028年まで 前倒し移籍の可能性も
    ランビアーゼとレッドブルとの現在の契約は2028年まで残っており、現時点ではそれがマクラーレン加入時期を決める基準となっている。

    ブラウンはランビアーゼの加入時期について次のように説明している。

    「2028年まで契約がある。それが必要なのであれば、我々は待つ。もっと早く何かできるのであれば、もちろん興味はある。ただ、現時点では全員が2026年に集中していると思う」

    レッドブルにとっては、ランビアーゼがいつ実際にチームを離れるのかも今後の焦点となる。マッカローが2027年初頭から加入することで、少なくとも一定期間は両者が同じ組織に在籍する可能性があり、引き継ぎを含めた体制構築を進める余地が生まれる。

    ジャンピエロ・ランビアーゼ(レッドブル・レーシング)

    黄金期の主要スタッフ流出が続くレッドブル
    マッカローの招聘は、レッドブルが進めている組織刷新の一環でもある。

    近年のレッドブルでは、長年にわたってチームの成功を支えてきた主要人物が相次いで組織を離れており、ランビアーゼもその流れに加わることになる。新たな技術レギュレーションの下で競争力を維持するうえで、マシンそのものの開発だけでなく、レース週末を運営する技術組織の再構築も重要な課題となっている。

    その点でマッカローは、ランビアーゼとは異なるキャリアを持つ。ひとつのシルバーストン拠点の組織でフォース・インディアからレーシング・ポイント、アストンマーティンへと変化する過程を経験し、限られたリソースで戦った時代から大規模投資による拡張期までを知る人物だ。

    特にトラックサイドでのパフォーマンス管理に長く携わってきた経験は、レース運営と技術部門を結ぶポジションを担ううえで大きな強みとなる。

    2027年加入でランビアーゼ後の体制構築へ
    今回の人事は、F1のトップチーム間で激しさを増す人材獲得競争を象徴する動きでもある。新レギュレーション時代ではマシンやパワーユニットだけでなく、それらを最大限に機能させる技術者と組織力が競争力を左右する。

    レッドブルにとって重要なのは、ランビアーゼの離脱による影響を最小限に抑えながら、マッカローを中心とした新たなレース運営体制を構築することになる。

    マッカローが正式に仕事を始めるのは2027年。それまでランビアーゼはレッドブルで職務を続ける予定であり、一方のマクラーレンは2028年まで待つのか、それとも早期移籍に向けた合意を取り付けるのかという判断を迫られる。

    黄金期を築いたスタッフが徐々に入れ替わるなか、経験豊富なマッカローの招聘は、レッドブルが次の時代を見据えて進める組織再編の重要なピースとなる。

  • ナイキが24年ぶりF1復帰へ FOMと提携協議 キャデラックとも「継続的対話」

    ナイキが24年ぶりF1復帰へ FOMと提携協議 キャデラックとも「継続的対話」

    ナイキが、24年ぶりにF1へ本格復帰する可能性が浮上している。米国のスポーツ用品大手はF1とのスポンサーシップおよびライセンス契約の可能性を検討しており、Formula One Management(FOM)との協議がすでに行われたと報じられている。

    さらに、2026年からF1に参戦しているキャデラックとの関係も深まりつつあるという。現時点で正式な契約は成立していないものの、ナイキをめぐる複数の動きから、F1への再参入に向けた検討が具体化していることがうかがえる。

    ナイキがFOMとスポンサー・ライセンス契約を協議
    『Sports Business Journal』によると、ナイキは最近、FOMと接触し、F1との提携について協議を行ったという。

    検討されているのは、スポンサーシップとブランドライセンスを組み合わせた契約だとされる。具体的な契約内容や対象となる権利については明らかになっていない。

    ナイキの幹部は5月に開催されたF1マイアミGPにも姿を見せており、F1側との接触がより具体的な段階に入っていることを示す動きとして注目されている。

    ただし、現段階では合意には至っていない。『Sports Business Journal』の取材に対し、ナイキとF1はいずれもコメントを控えている。

    キャデラックとも「継続的な対話」
    ナイキのF1復帰をめぐっては、キャデラックとの関係も重要なポイントとなっている。

    キャデラックのF1ドライバーであるバルテリ・ボッタスとセルジオ・ペレスは、チーム関連のビジュアルでナイキのシューズを着用している。

    さらにマイアミGPでは、キャデラックのダン・トーリスCEOとその妻に、チームカラーを取り入れたカスタム仕様の「Nike Dunk Low」が贈られた。

    『Sports Business Journal』が引用した関係者によれば、キャデラックとナイキの間では「継続的な対話」が行われているという。ただし、こちらについても正式なパートナーシップは発表されていない。

    こうした動きから、ナイキがF1全体との契約だけでなく、米国メーカーであるキャデラックとの個別提携も視野に入れている可能性がある。

    ナイキ F1 ミハエル・シューマッハ

    ミハエル・シューマッハ以来24年ぶりのF1復帰へ
    ナイキにとってF1は初めて進出する市場ではない。過去にはミハエル・シューマッハとの契約を通じて、F1で大きな露出を獲得していた。

    シューマッハはフェラーリ時代の1996年から2002年にかけてナイキを着用。フェラーリで黄金時代を築いていく過程で、ナイキも7度のF1ワールドチャンピオンとなるシューマッハとの結びつきを通じて、モータースポーツ界で強い存在感を示した。

    2002年以来となれば、今回の動きはナイキにとって24年ぶりのF1復帰につながることになる。

    アディダスやプーマなど大手ブランドがF1市場で競争
    ナイキがF1への復帰を検討する背景には、近年急速に拡大しているF1のアパレルおよびライセンス市場がある。

    現在はアディダス、プーマ、Castore、New EraなどのブランドがF1や各チームとの関係を構築しており、スポーツウェア企業にとってF1は世界規模でブランドを訴求できる市場となっている。

    そのなかでナイキが参入すれば、世界最大級のスポーツブランド同士による競争がF1でもさらに激しくなる可能性がある。

    一方で、契約実現に向けた焦点のひとつとなるのが、すでにFOMと直接的な関係を持つプーマとのすみ分けだ。

    『Sports Business Journal』によれば、ナイキとの契約はスポンサーシップとライセンス権を組み合わせる可能性がある。ただし、既存のプーマとのグローバルなパートナーシップと、ナイキに付与する権利をどのように両立させるのかは現時点で明確になっていない。

    ナイキとFOM、そしてキャデラックのいずれについても契約はまだ成立しておらず、現段階では協議中の案件にとどまる。それでも、FOMとの接触、マイアミGPへの幹部の訪問、キャデラックとの継続的な対話が重なっていることから、ミハエル・シューマッハとの関係が終了した2002年以来となるナイキのF1復帰が現実味を帯び始めている。

  • ウィリアムズF1 開発遅れの深刻な実情「他チームにはない問題に予算」

    ウィリアムズF1 開発遅れの深刻な実情「他チームにはない問題に予算」

    ウィリアムズは2026年F1シーズン、FW48の開発でライバルに後れを取っている。その背景には単なるアップデート投入の遅れだけでなく、長年の投資不足によって残された開発・製造インフラの問題がある。

    ジェームス・ボウルズ代表は、現在もコストキャップ下の貴重なリソースを「他チームには存在しない問題」の解決に振り向けていると明かした。

    2025年のコンストラクターズ選手権を5位で終えたウィリアムズは、新テクニカルレギュレーションが導入された2026年にさらなる前進を狙っていた。しかし、FW48は完成が遅れ、プレシーズンのバルセロナで行われたシェイクダウンを欠席。開幕後も重量超過とダウンフォース不足に苦しみ、現在はコンストラクターズ選手権9位に沈んでいる。

    FW48は「推測」に頼って開発
    問題は、FW48が完成する以前から始まっていた。

    ボウルズによれば、ウィリアムズが必要としていた新しいシミュレーション技術は2025年初頭にはまだ利用できず、実際に稼働したのは同年11月だった。そのころには2026年型FW48の設計はほぼ完成していた。

    「我々がやっていたのは、知識と経験に基づいて推測することだった。そして、その一部を間違えた」

    ボウルズはザントフォールトでそう認めた。

    その代表的な例が、空力開発で基準としたリアのライドハイトだった。

    「我々は間違ったリアのライドハイトで開発を進めた。ちなみにアストンマーティンも同じだった。それほど大きな違いには聞こえないかもしれないが、空力的には完全に間違った領域で開発していることになる」

    現在のF1マシンでは、フロア下面で発生させるダウンフォースが性能を大きく左右する。そのため、マシンがどの車高領域で走ることを前提に空力開発を行うかは重要だ。

    FW48はフロントランナーと比較してリアの車高が高いハイレーキ傾向のマシンとなっており、Autosportはアストンマーティンとともにその特徴が目立っていると指摘している。

    マイアミでようやく「開幕戦仕様」
    設計上の問題だけではなかった。FW48の最終的な製造ではクラッシュテストへの対応にも問題が発生し、チームはバルセロナでのシェイクダウン参加を断念した。

    完成したマシンは重量超過の状態で、ダウンフォースも不足していた。

    その遅れがどれほど大きかったのかを示すのが、ボウルズが明かしたマイアミGPでの状況だ。

    「我々はかなり率直に話している。マイアミで走らせたマシンは、実際にはメルボルンに持っていく予定だったマシンだった」

    5月に行われた第4戦マイアミGPで投入したFW48が、チームが本来3月の開幕戦オーストラリアGPで走らせる予定だった仕様だったという。

    つまり、ウィリアムズはシーズンが始まってからもしばらくの間、当初予定していた開幕仕様に追いつくための作業を続けていたことになる。

    さらに、FW48は重量超過でスタートしたため、通常ならダウンフォース向上に振り向ける開発リソースの多くを軽量化に使わざるを得なかった。

    Autosportによれば、バクーで開催されるアゼルバイジャンGPに投入予定のアップグレードが、ウィリアムズにとって2026年で初めて本格的に空力性能向上を目的として開発されたパッケージになる。

    ライバルがシーズン中に継続して空力アップデートを投入するなか、ウィリアムズはまず開幕時の遅れと重量問題を取り戻すことに追われてきた。

    ウィリアムズ・レーシング

    「他チームにはない問題」を修正
    こうした状況の根底にあるのが、ウィリアムズが長年抱えてきたインフラの問題だ。

    ボウルズは2023年にメルセデスからウィリアムズに加入して以来、グローブの設計・製造設備や業務プロセスの近代化を進めている。しかし、約20年間にわたる投資不足によって生じた差を短期間で埋めることはできないと説明する。

    「ウィリアムズを12カ月で直すことはできない」

    さらに、現在のF1ではコストキャップが設定されているため、チームが使えるリソースには限界がある。

    「今、我々はコストキャップの予算のかなりの部分を、他チームには存在しない問題を修正するために使っている」

    これは現在のウィリアムズが抱える大きなジレンマでもある。

    上位チームが利用可能な予算を現在のマシンのパフォーマンス向上に集中できる一方、ウィリアムズは同じコストキャップの枠内で、過去の投資不足によって残された設計、製造、シミュレーションなどの問題も解決しなければならない。

    ボウルズは以前から、チームの一部システムがF1のトップチームと比較して大幅に遅れていることを明らかにしてきた。現在進めている改革も、目先の数戦だけではなく今後5年間を見据えたものだという。

    マクラーレンから生産部門のキーパーソンを獲得
    その改革を加速させるため、ウィリアムズは8月、マクラーレンで最高執行責任者(COO)を務めていたピアーズ・シンを迎え入れた。

    シンはグローブで、生産プロセスの効率化や計画、施設の近代化を中心に担当する。

    ボウルズは、マクラーレンでF1のトップレベルの組織を経験してきたシンについて、チャンピオンシップを争うチームがどのような水準で機能するべきかを理解していることが大きな財産になると評価している。

    2025年にコンストラクターズ選手権5位まで浮上したウィリアムズだが、2026年は新規則への対応で再び後退した。FW48そのものを速くする作業と並行して、将来のマシンをより速く、より効率的に開発できる組織へと作り替える必要がある。

    現在の開発の遅さはその改革に伴う代償でもある。バクーに予定される本格的な空力アップデートがFW48の競争力をどこまで引き上げられるかとともに、ウィリアムズが長年のインフラ面の遅れをどれだけ早く解消できるかが、再び上位へ返り咲くための鍵となる。

  • マクラーレンF1 イタリアGPとスペインGPでOKX特別カラーのMCL40を投入

    マクラーレンF1 イタリアGPとスペインGPでOKX特別カラーのMCL40を投入

    マクラーレンF1は、オフィシャル・プライマリー・パートナーのOKXとのコラボレーションによる特別カラーを発表した。ランド・ノリスとオスカー・ピアストリがドライブするMCL40に採用され、今週末のF1イタリアGPと、その後マドリードで開催されるスペインGPの2戦で使用される。

    今回のデザインは、2022年に始まったマクラーレン・レーシングとOKXのパートナーシップを記念したものだ。

    両者はこれまでにも複数の特別カラーやキャンペーンを展開しており、今回のMCL40はその歩みそのものをテーマとしている。

    モンツァとマドリードの2戦で特別カラーを採用
    マクラーレンとOKXの協力関係は2022年にスタートした。それ以来、F1マシンのカラーリングを活用した企画をはじめ、ファン向けのさまざまなキャンペーンやコンテンツを展開してきた。

    特別カラーでの取り組みとしては、2023年シンガポールGPの「ステルスモード」、2024年モナコGPでアイルトン・セナを称えた「McLaren SENNA presented by OKX」、さらに2025年モナコGPとスペインGPで採用されたリビエラをイメージしたカラーリングなどがある。

    今回発表されたデザインは、そうした過去の企画を踏まえながら、マクラーレンとOKXが築いてきたパートナーシップそのものに焦点を当てたものとなる。

    特別カラーは、モンツァで開催されるイタリアGPの週末を通じてノリスとピアストリのMCL40に施され、その後、マドリードで開催されるスペインGPでも再び使用される。

    マクラーレン イタリアグランプリ

    マクラーレン「パートナーシップの大きな価値を示している」
    マクラーレン・レーシングの最高マーケティング責任者(CMO)を務めるルイーズ・マキューエンは、OKXとの特別カラー企画が毎年大きな反響を呼んできたと語った。

    「OKXとのカラーリング・キャンペーンは、毎シーズンのハイライトになっています。象徴的だった2024年のSENNAデザインは、現在までで最も成功したキャンペーンのひとつであり、世代を超えたファンから世界的に非常に大きな反響を得ました」

    「この成功は、我々のパートナーシップが持つ大きな価値を示しています。今年、モンツァとマドリードで、これまで両者がともに成し遂げてきた成果を祝えることを大変うれしく思います」

    マクラーレン スペイングランプリ

    OKX「このデザインはパートナーシップそのものを表現」
    OKXの最高マーケティング責任者(CMO)であるハイダー・ラフィークは、2022年に提携を開始した当時から現在までのマクラーレンの変化を振り返り、今回のデザインには両者が歩んできた道のりが込められていると説明した。

    「2022年にマクラーレン・レーシングとパートナーシップを結んだとき、チームは中団にいて、その先にどんな道が待っているのか、誰にとっても明確だったわけではありません。それでも我々は、このチームがどこまで成長できるのかを信じていました」

    「シンガポールからモナコ、そしてリビエラまで、我々が一緒に作り上げてきたそれぞれのカラーリングは、その道のりにおける異なる瞬間を象徴してきました」

    「今回のデザインが表現しているのは、パートナーシップそのものです。ここまでたどり着くために何が必要だったのか、そしてそれがチーム、我々のブランド、さらにはこの物語を見守ってきたファンにとって何を意味するのかを表しています」

    2022年の提携開始から、マクラーレンとOKXの特別カラーは各シーズンの節目を象徴する企画として展開されてきた。2026年はモンツァとマドリードの2戦でMCL40の外観を変更し、両者が築いてきたパートナーシップの歩みを表現する。

  • ホンダF1 スペック2をモンツァで検証 燃焼制御の安定化でドライバビリティ改善

    ホンダF1 スペック2をモンツァで検証 燃焼制御の安定化でドライバビリティ改善

    ホンダは、2026年F1第13戦イタリアGPに向けたプレビューを発表した。前戦オランダGPで投入したスペック2のエンジンによって性能向上を果たした一方、ホンダF1 トラックサイド・ゼネラルマネージャー兼チーフエンジニアの折原伸太郎は、総合的な戦闘力では「依然としてライバルとの差がある」と認めている。

    高速のモンツァ・サーキットでは、パワーユニットの性能とエネルギーマネジメントが重要になる。

    ホンダはオランダGP以降、HRC Sakuraのベンチで燃焼制御の安定化に取り組んでおり、イタリアGPでは特にドライバビリティの改善とさらなる最適化を進める。

    スペック2投入後初の超高速サーキット
    2026年シーズン第13戦イタリアGPは、9月4日(金)にモンツァ・サーキットで開幕する。初日はFP1とFP2、5日(土)にはFP3と公式予選、6日(日)に決勝が行われる。

    モンツァは長いストレートを11のコーナーでつないだ、F1カレンダー屈指の高速サーキットだ。スロットル全開率が非常に高く、最高速だけでなく、限られたエネルギーを1周のどこで使うかという配分もラップタイムを大きく左右する。

    特に予選では、1周を通じて最大限のパフォーマンスを引き出すためのエネルギーマネジメントが重要になる。

    折原伸太郎はモンツァの特徴について次のように説明した。

    「今週末の舞台となるモンツァは、長いストレートと11のコーナーで構成され、スロットル全開率が非常に高いサーキットです。限られたエネルギーを各区間にどう配分するかが重要で、特に予選ではラップタイムを大きく左右します」

    ホンダ F1 ホンダ・レーシング

    スペック2で性能向上もライバルとの差を認識
    ホンダは前戦オランダGPで、アストンマーティンにスペック2のエンジンを投入した。

    新スペックによって性能面で前進したことを折原伸太郎も認めている。しかし、パワーユニットだけではなくマシンを含めた総合的な競争力という観点では、トップ勢との差を埋め切れていないとの認識を示した。

    「前戦オランダGPで投入したスペック2のエンジンにより性能は向上しましたが、総合的な戦闘力は依然としてライバルとの差があり、チャレンジングな週末になると考えています」

    モンツァはパワーユニットへの要求が極めて大きいだけに、スペック2投入による改善が実戦でどこまで競争力につながるのかを確認する重要な週末となる。

    HRC Sakuraで燃焼制御を改善
    イタリアGPに向けてホンダが重点的に取り組んできたのがドライバビリティだ。

    オランダGPでは新スペックによる絶対的な性能向上だけでなく、パワーユニットをいかに安定して扱える状態にするかも課題となった。ホンダはレース後、HRC Sakuraのベンチで燃焼制御の改善作業を継続している。

    「イタリアGPに向けては、ドライバビリティの改善に注力してきました。オランダGP以降、HRC Sakuraのベンチで安定した燃焼制御の実現に取り組んでおり、モンツァではその効果を確認しながら、今後の競争力向上につながるよう、さらなる最適化を進めます」

    今回のモンツァでは、スペック2の純粋なパフォーマンスだけでなく、燃焼制御の安定化によってドライバーが要求するトルクをどれだけ扱いやすく引き出せるかも焦点となる。

    長い全開区間を持つモンツァは、ホンダの新スペックが持つ現在地を測るうえで格好の舞台となる。オランダGPで得たデータとHRC Sakuraでのベンチ作業を実車で検証し、今後の競争力向上につなげられるか。ホンダにとってイタリアGPは、スペック2のさらなる熟成に向けた重要な一戦となる。

  • レッドブルF1 モンツァのガレージにローソンの「30」 ハジャー欠場なら代役か

    レッドブルF1 モンツァのガレージにローソンの「30」 ハジャー欠場なら代役か

    レッドブル・レーシングがF1イタリアGPに向けて準備を進めるモンツァのガレージで、リアム・ローソンのカーナンバー「30」が確認され、アイザック・ハジャーが欠場した場合の代役起用に備えているのではないかと注目を集めている。

    手首を骨折したハジャーのイタリアGP出場については、直前まで回復状態を見極めたうえで最終判断される見通しだ。

    前戦オランダGPではローソンがハジャーに代わってレッドブル・レーシングから出場して7位に入り、その影響でリザーブドライバーの角田裕毅がレーシングブルズからF1復帰を果たした。

    モンツァのレッドブル・ガレージ奥にローソンの「30」
    ハジャーはF1のサマーブレイク中、トレーニングの一環として行っていたボクシングで手首を骨折。オランダGPを欠場したものの、その後は順調に回復しており、イタリアGPでの復帰を目指している。

    PlanetF1のトーマス・マーハーによると、レッドブル・レーシングは今週末のドライバーラインナップについて水曜日まで待って最終決定する予定だという。

    ハジャーがレース出場に必要な状態まで回復するかをぎりぎりまで見極めることになり、仮に出場許可が下りたとしても、完全なコンディションに戻っているとは限らない。イタリアGPは次戦スペインGPとの連戦の初戦でもあり、チームとしては慎重な判断が求められる。

    そうしたなか、F1フォトグラファーのキム・イルマンがモンツァで撮影したレッドブル・レーシングのガレージの写真をInstagramに投稿。ハジャー側のスペースが通常どおり準備されている様子を紹介した。

    「これは今日のモンツァ・サーキットにあるレッドブルのガレージだ。ハジャーの名前と写真がガレージに掲げられている。ただし、チームは彼が今週末のレースを走るかどうかについて、骨折した手首の回復に最大限の時間を与えるため、最後の瞬間まで決断を下さない」

    実際、ガレージ前方にはハジャーの名前と写真が掲示されており、一見すればハジャーの復帰を前提として準備が進められているように見える。

    しかし、投稿された写真を詳しく確認したファンから「ハジャー側のガレージの奥に30と書かれている」との指摘が寄せられた。「30」はローソンのカーナンバーであり、ハジャーが出場できなかった場合に備えてローソンの代役起用を想定しているのではないかとの見方が広がった。この指摘には200件を超える「いいね」が集まり、ファンの関心を呼んでいる。

    もっとも、ガレージの表示が実際のドライバーラインナップを示しているとは限らない。「こうしたガレージの名前はすぐに変更できる」「オランダGPでも同じだった。かなり前から準備されている」と指摘するファンもいる。

    サーキット側のスタッフが通常のドライバーラインナップに基づいてガレージ前方の表示を設営し、必要になった場合には短時間で変更できるようになっている可能性もある。そのため、ローソンの「30」が残されていることだけで代役起用の準備が進められていると断定することはできない。

    それでも、ハジャーの出場がまだ正式に決まっていないタイミングでローソンの「30」が確認されたことで、ファンの間では万一に備えたものではないかとの憶測を呼んでいる。


    ハジャー「腫れはない。モンツァには期待している」
    ハジャー自身はオランダGP期間中、レッドブルが公開した舞台裏映像のなかで回復が順調に進んでいることを明かしている。

    「腫れはありません。それはいい兆候です。回復も早いですし、毎日少しずつ動かせる範囲が広がっています。モンツァには期待しています」

    ハジャーの負傷は手術を必要とするものではないとみられている。

    2023年にはダニエル・リカルドがオランダGPでクラッシュして手を骨折し、手術を受けたことで5戦を欠場。当時アルファタウリのリザーブを務めていたローソンが代役としてF1デビューし、複数戦にわたって出場する機会を得た。

    今回のハジャーの負傷はリカルドのケースほど深刻ではないとみられるものの、レッドブル・レーシングとしてはイタリアGPを走り切れる状態にあるかを慎重に判断する必要がある。

    ハジャーが予定どおり復帰できれば、ローソンは通常の役割に戻ることになる。一方、出場が見送られれば、オランダGPで7位に入ったローソンが再びレッドブル・レーシングをドライブする可能性が高く、その場合は角田裕毅が引き続きレーシングブルズを担当することになる。

    モンツァのガレージで確認された「30」が単なる設営上の名残なのか、それともハジャーの欠場に備えた準備なのか。現段階では推測の域を出ず、最終的な答えはハジャーの手首の状態を確認したうえで下されるレッドブル・レーシングの決断を待つことになる。

  • セバスチャン・ベッテル フェラーリF1に帰還 シューマッハのF2002をモンツァで走行

    セバスチャン・ベッテル フェラーリF1に帰還 シューマッハのF2002をモンツァで走行

    セバスチャン・ベッテルが、今週末のF1イタリアGPでフェラーリのマシンを再びドライブする。ミハエル・シューマッハを称えるモンツァでの特別企画として、2002年に圧倒的な強さを誇ったフェラーリF2002のステアリングを握る。

    4度のF1ワールドチャンピオンであるベッテルは、F1引退後も歴史的なマシンを走らせる機会を設けてきた。今回は自身が幼少期から憧れ続けてきたミハエル・シューマッハの代表的なマシンを、フェラーリカラーで走らせることになる。

    ベッテルがシューマッハのF2002でモンツァを走行
    デモンストレーション走行は、53周で争われる日曜日のイタリアGP決勝を前に実施される。ベッテルがドライブするのは、シューマッハが5度目のF1ワールドタイトルを獲得した2002年のフェラーリF2002だ。

    F2002はフェラーリF1史上を代表するマシンのひとつであり、シューマッハは2002年シーズンの17戦で11勝を挙げた。表彰台のトップ2を逃したのはマレーシアGPの3位だけという驚異的な安定感を誇った。

    シューマッハ以外が勝利した6戦のうち4戦では、チームメイトのルーベンス・バリチェロが優勝。残る2勝をウィリアムズとマクラーレンが1勝ずつ分け合った。フェラーリはこのシーズンを圧倒し、コンストラクターズ選手権でも他を寄せ付けない強さを見せた。

    ベッテルは、約900馬力を発生するV10エンジンを搭載したF2002でモンツァを1周する予定だ。このエンジンは最高1万9000rpmまで回転し、現在のF1マシンとは大きく異なるサウンドを響かせる。

    サステナブル燃料でF2002を走行
    ベッテルはこれまでの歴史的F1マシンによるデモ走行でも、サステナブル燃料の使用を重視してきた。今回もその方針は変わらない。

    走行はフェラーリの「F1 Clienti」部門を通じて実施され、F2002にはシェルが特別に開発した先進的なサステナブル燃料が使用される。

    フェラーリは、この燃料について「今シーズンに得られたノウハウを活用し、2026年に使用されている燃料の開発経験を基に、シェルが特別に開発した先進的なサステナブル燃料」と説明している。

    ベッテルはF1引退後、歴史的マシンを未来につなげる手段としてサステナブル燃料を積極的にアピールしてきた。これまでにもシルバーストンでナイジェル・マンセルの1992年型ウィリアムズを走らせ、2024年のエミリア・ロマーニャGPではアイルトン・セナが1993年にドライブしたマクラーレンを走行させている。

    フェラーリ F2002 ミハエル・シューマッハ

    バリチェロもF2002と再会
    F2002を走らせるのはベッテルだけではない。土曜日には、2002年にシューマッハのチームメイトとして同マシンをドライブしたルーベンス・バリチェロもステアリングを握る。

    バリチェロは予選を前にF2002でデモンストレーション走行を行う予定で、土曜日のみモンツァを訪れるファンにも、24年前のV10エンジンのサウンドを聞く機会が用意される。

    さらに会場では、シューマッハのフェラーリF1キャリアの始まりと終わりを象徴する2台も展示される。1996年にフェラーリ移籍初年度を戦ったF310と、フェラーリでの最後のシーズンとなった2006年の248 F1だ。

    フェラーリがモンツァでシューマッハを称える
    2026年F1イタリアGPでは、ミハエル・シューマッハがフェラーリに残した功績を称えるさまざまな企画が用意されている。

    フェラーリはすでに特別仕様のレーシングスーツを発表しており、SF-26にもシューマッハがフェラーリ移籍初年度の1996年にモンツァで勝利したマシンをモチーフとする特別カラーリングが施される。

    シューマッハを自身のヒーローとして公言してきたベッテルにとって、フェラーリのホームレースでF2002を走らせることは特別な意味を持つ。2015年から2020年までフェラーリF1ドライバーとして戦ったベッテルが、シューマッハを称える週末に再び跳ね馬のマシンでモンツァを走る。

  • 角田裕毅も続けるか F1で逆境から評価を取り戻した7人の復活劇

    角田裕毅も続けるか F1で逆境から評価を取り戻した7人の復活劇

    2026年F1オランダGPでレーシングブルズから電撃復帰を果たした角田裕毅は、決勝11位という結果以上に、その走りによって再び自身の存在をパドックに印象づけた。

    2025年限りでレッドブル・レーシングのレギュラーシートを失い、2026年はテスト兼リザーブドライバーとして過ごしてきた角田裕毅。しかし、アイザック・ハジャーの負傷によってリアム・ローソンがレッドブル・レーシングに招集されると、その空席を埋める形でレーシングブルズのマシンをドライブする機会が巡ってきた。

    「今日はできることをすべてやりましたし、本当に楽しめました」

    決勝でポイントまであと一歩の11位に終わった角田裕毅は、レース後にそう振り返った。

    この一戦だけで2027年のF1レギュラー復帰につながるかはまだ分からない。それでもF1の歴史を振り返れば、代役出場や復帰戦、あるいは厳しい状況で見せた一度の鮮烈なパフォーマンスが、その後のキャリアを大きく変えた例は少なくない。

    F1公式サイトは、角田裕毅のザントフォールトでの復帰をきっかけに、逆境から評価を取り戻した代表的なドライバーたちを紹介している。

    角田裕毅も続けるか ニコ・ヒュルケンベルグのケース

    ■ ニコ・ヒュルケンベルグ 代役出場からF1復帰への道を切り開く
    2026年オランダGPで角田裕毅より数ポジション前の8位でフィニッシュしたニコ・ヒュルケンベルグは、まさに代役出場によってF1キャリアを再生させた代表例だ。

    ヒュルケンベルグは2019年末にルノーのシートを失い、2020年はF1のレギュラーシートを持っていなかった。

    しかし、その2020年にレーシングポイントのセルジオ・ペレスとランス・ストロールが相次いで新型コロナウイルスに感染したことで、ヒュルケンベルグに代役出場の機会が巡ってきた。

    最初のシルバーストンではマシントラブルにより決勝をスタートできなかったものの、翌週に同じサーキットで行われた70周年記念GPではメルセデス勢に続く予選3番手を獲得。決勝でも7位に入った。

    さらにニュルブルクリンクでは急きょ招集されながら、最後尾から8位まで追い上げる走りを披露した。

    こうしたパフォーマンスを受け、レーシングポイントは2021年にヒュルケンベルグを正式なリザーブドライバーに起用。その後、2022年にも2戦で代役出場を果たし、F1パドックで存在感を維持し続けた。

    そして2023年、ハースからF1フル参戦に復帰。さらにザウバーを経てアウディへ移籍し、2026年まで第一線で活躍を続けている。

    代役として結果を残し続けたことが、事実上ヒュルケンベルグのF1キャリアをもう一度つなぎ直したと言える。

    ■ カルロス・サインツJr. 虫垂炎手術から2週間後に優勝
    カルロス・サインツJr.はF1から離脱した経験こそないものの、2024年シーズンを極めて特殊な状況で迎えていた。

    開幕前、ルイス・ハミルトンが2025年からフェラーリへ加入することが電撃発表され、サインツJr.はシーズンが始まる前から年末でチームを去ることが決まっていた。

    さらに第2戦サウジアラビアGPでは虫垂炎に見舞われ、手術を受けたため欠場。当時F2に参戦していたオリバー・ベアマンが代役を務めた。

    それでもサインツJr.は、わずか2週間後のオーストラリアGPで復帰した。

    予選では2番手を獲得し、決勝ではフェラーリを勝利へと導いた。

    手術直後とは思えないそのパフォーマンスは、サインツJr.の能力を改めて証明するものとなった。

    すでにフェラーリ離脱が決まっていたことで2025年のシートを探す立場に置かれていたサインツJr.だが、その後は複数チームから獲得候補として注目を集め、最終的にウィリアムズへの移籍を決断した。

    厳しい状況に置かれた直後に勝利という最大級の結果を残したことで、自らの市場価値を再確認させたレースだった。

    角田裕毅も続けるか アラン・プロストのケース

    ■ アラン・プロスト 1年休養から復帰初戦で勝利
    フェラーリとの関係悪化によって一度F1を離れながら、復帰後すぐに頂点へ戻ったドライバーがアラン・プロストだ。

    マクラーレンからフェラーリへ移籍したプロストは、1990年にアイルトン・セナとタイトルを争ったものの、鈴鹿での接触によって王座を逃した。

    1991年になるとフェラーリの競争力が低下し、プロストはチームを公然と批判するようになる。

    両者の関係は急速に悪化し、当時3度のF1ワールドチャンピオンだったプロストはシーズン終了を待たずにフェラーリを解雇された。

    1992年に競争力のあるシートを確保する時間は残されておらず、プロストは1年間F1を休養することになった。

    しかし、「教授」と呼ばれたプロストのキャリアはそこで終わらなかった。

    1993年にウィリアムズからF1へ復帰すると、開幕戦南アフリカGPでポールポジションを獲得。そのまま復帰初戦を勝利で飾った。

    その後もシーズンを通じてさらに6勝を挙げ、通算4度目のF1ワールドチャンピオンを獲得した。

    1年間レースから離れていたドライバーが復帰直後からタイトルを獲得した例は、F1史でも特筆すべきカムバックのひとつである。

    ■ ミカ・サロ シューマッハの代役で評価を一変
    ミカ・サロもまた、代役出場をきっかけにF1キャリアを再構築したドライバーだ。

    1994年終盤にロータスからF1デビューしたサロは、その後ティレルやアロウズで戦ったものの、1999年にはレギュラーシートを失った。

    だが、BARのリカルド・ゾンタが負傷したことで3戦の代役出場を担当すると、その後さらに大きなチャンスが訪れる。

    フェラーリのミハエル・シューマッハがシルバーストンでの事故で脚を骨折し、サロがその代役として起用された。

    フェラーリでの初戦オーストリアGPは9位だったが、次戦ドイツGPでは4番グリッドからスタートし、一時はレースをリードした。

    最終的にはF1タイトルを争っていたチームメイトのエディ・アーバインを前に出し、自身は2位でフィニッシュ。これがサロにとって初表彰台であり、F1キャリア最高位となった。

    その後モンツァでも表彰台を獲得し、フェラーリのコンストラクターズタイトル獲得に貢献した。

    サロの走りはザウバーにも評価され、2000年には再びF1のレギュラーシートを手にした。

    シューマッハという絶対的エースの代役という大きなプレッシャーの中で結果を残したことが、サロのキャリアを再び動かした。

    ■ バルテリ・ボッタス 苦悩の2018年から「ボッタス2.0」へ
    バルテリ・ボッタスの場合、F1のシートを失ったわけではなかった。しかし2018年シーズンは、そのキャリアの中でも特に厳しい1年となった。

    2017年にメルセデスへ加入しF1初勝利を挙げたボッタスだったが、2018年は未勝利に終わり、ドライバーズ選手権でも5位まで後退した。

    一方、チームメイトのルイス・ハミルトンはタイトルを獲得。ボッタスは後に、この時期に精神的に非常に厳しい状態に陥り、F1を辞めることまで考えたと明かしている。

    それでも冬の間に立て直しを図り、2019年開幕戦オーストラリアGPで強烈な反撃を見せた。

    予選ではハミルトンに次ぐ2番手だったが、スタート直後に首位を奪取。そのまま約20秒もの大差を築いて圧勝した。

    チェッカー後、ボッタスは無線で前年に向けられた批判への強烈なメッセージを発した。

    後に本人は、それが「前年からたまっていたフラストレーションが全部出たものだった」と振り返っている。

    「ボッタス2.0」と呼ばれるようになった2019年は4勝を挙げ、ドライバーズ選手権2位。ボッタスにとってF1キャリア最高のシーズンとなった。

    ■ ケビン・マグヌッセン 1年離脱から復帰初戦5位
    ケビン・マグヌッセンも、突然巡ってきた復帰のチャンスを最大限に生かした。

    2017年から2020年までハースで戦ったマグヌッセンだったが、チームが2021年にニキータ・マゼピンとミック・シューマッハというルーキー2人を起用したことでF1のシートを失った。

    その後はスポーツカーなど別カテゴリーへ活動の場を移していた。

    ところが2022年開幕直前、ハースはマゼピンとの契約を解除。その後任としてマグヌッセンを呼び戻した。

    F1から1年以上離れていたにもかかわらず、復帰戦となったバーレーンGPで予選7番手を獲得すると、決勝では5位に入った。

    当時ハース代表だったギュンター・シュタイナーは、その走りを強烈な言葉で「バイキングのカムバック」と表現した。

    同年のサンパウロGPではさらに驚きのポールポジションを獲得。マグヌッセンとハースの関係は2024年末まで続いた。

    F1を一度離れたドライバーが、ほぼ準備期間なしで復帰し、初戦からトップ5に入ったインパクトは大きかった。

    角田裕毅も続けるか セルジオ・ペレスのケース

    ■ セルジオ・ペレス シート喪失決定後にF1初優勝
    セルジオ・ペレスの2020年サクヒールGPも、1レースによってキャリアの流れが大きく変わった象徴的な例だ。

    2011年にザウバーからF1デビューしたペレスは、マクラーレンを経てフォース・インディアへ加入。その後チームがレーシングポイントへと姿を変えてからも長年残留していた。

    しかし、2021年からチームがアストンマーティンへ改称するのを前に、4度のF1ワールドチャンピオンであるセバスチャン・ベッテルの加入が決定。契約を残していたペレスはシートを失うことになった。

    それでもペレスはシーズン終盤に結果で自らをアピールした。

    トルコGPで2位に入ると、その2戦後のサクヒールGPではさらに劇的なレースを演じる。

    1周目の接触によって最後尾まで後退したものの、そこから猛烈な追い上げを開始。最終的にはF1初優勝を達成した。

    メキシコ人ドライバーのF1勝利は、1970年のペドロ・ロドリゲス以来だった。

    すでに翌年のシートを失うことが決まっていた時期に挙げたこの勝利は、ペレスの評価を決定的に高めた。

    その後レッドブル・レーシングが2021年のドライバーとしてペレスを起用。そこから4シーズンにわたってチャンピオンチームの一員として戦うことになった。

    角田裕毅(ビザ・キャッシュアップ・RB・フォーミュラワン・チーム)

    ■ 角田裕毅も「一度のチャンス」でF1復帰への流れを変えられるか
    ヒュルケンベルグ、サロ、マグヌッセンのように代役出場を足掛かりにシートを取り戻したケースもあれば、プロストのように休養後すぐ勝利してタイトルまで獲得した例もある。

    サインツJr.やボッタス、ペレスも、キャリア上の厳しい局面で鮮烈なパフォーマンスを見せることで自身の価値を改めて証明した。

    角田裕毅が2026年オランダGPで置かれていた状況も、それらと重なる部分がある。

    レッドブル・レーシングのシートを失った後もF1を離れず、リザーブとしてチャンスを待ち続けた。そして突然訪れたレーシングブルズでの復帰戦で、短い準備期間ながら決勝まで戦い抜いた。

    11位という数字だけを見れば華々しい結果ではない。しかしF1で次のシートをつかむために重要なのは、与えられた機会の中で何を示したかでもある。

    過去の「復活劇」が証明しているように、わずか1戦の走りがドライバーの将来を変えることはある。

    ザントフォールトで再びF1マシンに乗った角田裕毅にとっても、この一戦が本格的なグリッド復帰へ向けた最初の一歩になる可能性は十分に残されている。

  • F1が今後のスタート手順を検証へ オランダGPでフェルスタッペンらスピン相次ぐ

    F1が今後のスタート手順を検証へ オランダGPでフェルスタッペンらスピン相次ぐ

    F1は、難しい路面コンディションで混乱が生じたオランダGPを受け、今後のレースにおけるスタート手順を検証する。ピエール・ガスリーは、セーフティカー先導を採用するのであれば、スタート前にもう1周走るべきだったとの考えを示した。

    ザントフォールトでは決勝1周目から波乱が相次いだ。マックス・フェルスタッペンは最終コーナーの濡れた部分でマシンのコントロールを失い、アウト側のコンクリートウォールにクラッシュ。

    同じオープニングラップでは、アウディのガブリエル・ボルトレトも360度スピンを喫した。

    セーフティカー先導1周からスタンディングスタート
    コースの大部分はドライだった一方、バンク角のついた最終コーナーには濡れた部分が残り、バンク下側には水も残っていた。

    こうしたコンディションを受け、通常のフォーメーションラップではなく、セーフティカーが隊列を先導。その後、各マシンはグリッドに並び、通常のスタンディングスタートでレースが開始された。

    難しいコンディションの場合、FIAのレースディレクターはローリングスタートを選択できるほか、セーフティカー先導で追加の周回を行ったうえで、スタンディングスタートまたはローリングスタートを実施することもできる。その場合、追加された周回はレースの総周回数から差し引かれる。

    ガスリーは今回の手順について、セーフティカー先導を1周だけ行ってスタンディングスタートとするのであれば、通常のフォーメーションラップの方がよかったと振り返った。

    「セーフティカーの後ろを1周して、それからスタンディングスタートというやり方なら、僕としては普通にアウトラップをした方がよかった。そうすれば、もう少し速いペースで走れたからね」

    「セーフティカーと一緒に、少なくとも一度はバンクのある最終コーナーを通ってから通常のレーススタートをすることが目的だと思っていた」

    最終コーナーには濡れた部分が残っていたものの、ガスリーはタイヤ選択そのものが変わるほどのコンディションではなかったと説明する。

    「確かに濡れていた。でも、僕たちはそれでもスリックタイヤを履いていただろうし、タイヤ選択が大きく変わったとは思わない。だから、残念ながらコンディションとタイヤ選択の問題だった」

    ピエール・ガスリー

    今後に向けドライバーのフィードバックを検証
    ガスリーによれば、今回のスタートについてドライバーから寄せられたフィードバックを確認し、今後のレースに向けて検証が行われる。

    「次のレースに向けて、ドライバーからどんなフィードバックがあったのかを検証することになる。でも僕としては、セーフティカーを使わずにフォーメーションラップを1周だけ行うか、セーフティカーを使うなら少なくとも追加でもう1周走らせるか、そのどちらかだったと思う」

    トップ10圏内からスタートしたガスリーは、1周目にフェルスタッペンがコントロールを失った際、そのすぐ近くを走っていた。

    「そこが一番濡れているコーナーだった。ターン13を立ち上がるだけでもものすごく難しかったし、マックスは濡れた部分でマシンが大きくスナップして、それを立て直すことができなかった」

    フェルスタッペンだけでなくボルトレトもスピンするなど、オランダGPではスタート直後から複数のドライバーが部分的に濡れた路面に翻弄された。今回のケースとドライバーからの意見を踏まえ、同様のコンディションでセーフティカーを使用する場合の周回数を含め、今後のF1におけるスタート手順が検証されることになる。

  • フェラーリF1 イタリアGPのミハエル・シューマッハ特別カラーSF-26を披露

    フェラーリF1 イタリアGPのミハエル・シューマッハ特別カラーSF-26を披露

    スクーデリア・フェラーリは、2026年F1第13戦イタリアGPでルイス・ハミルトンとシャルル・ルクレールがドライブするSF-26のスペシャルリバリーを披露した。ミハエル・シューマッハがフェラーリで最初のシーズンを戦った1996年のF310をモチーフとした特別仕様となる。

    フェラーリはすでにモンツァでシューマッハへのトリビュートカラーを採用することを予告し、ハミルトンとルクレールが着用する特別レーシングスーツも公開していた。

    そして今回、そのテーマをSF-26に落とし込んだ完成形が明らかになった。

    1996年のF310をイメージしたSF-26
    今回のスペシャルリバリーは、シューマッハがベネトンからフェラーリに移籍した1996年にドライブしたF310からインスピレーションを得ている。

    フェラーリは、イタリアGP仕様について「主に赤を基調とし、ウイングの一部に白を取り入れ、そこに黒を組み合わせた」デザインだと説明している。

    通常仕様のSF-26ではシーズン開幕からエンジンカバーなどに大きく白が使われてきたが、モンツァ仕様ではその印象を大きく変更。車体を赤主体とすることで、シューマッハがフェラーリで戦い始めた1996年当時を思わせる姿となった。

    ホイールにも当時を意識したディテールが盛り込まれている。

    「当時と同じくBBS製のホイールにはゴールドのアクセントが施され、あのシーズンに使用していたマグネシウム製リム本来のカラーを想起させるものとなっている」

    カーナンバーのフォントもシューマッハ時代のフェラーリをイメージしたものに変更され、マシンにはシューマッハのサインも取り入れられた。

    スクーデリア・フェラーリ ミハエル・シューマッハ仕様

    ハミルトンが望んでいた「赤いコックピット」も実現
    今回のSF-26では、ルイス・ハミルトンが以前から望んでいた赤いコックピットも実現した。

    ハミルトンは6月のF1バルセロナ・カタルーニャGPでフェラーリ移籍後初勝利を挙げた際、30年前の1996年に同じサーキットでフェラーリ初勝利を飾ったシューマッハへの憧れを語っていた。

    当時12歳だったハミルトンは、テレビで赤いフェラーリを見ながらコックピットに座る自分を想像していたという。

    「僕はたぶん家のソファに座ってそのレースを見ていた。膝の上に皿を置いて、サンドイッチかチキンヌードルスープでも食べながらね」

    「日曜日なら、レースをしていなければ12歳の僕はテレビの前にいた。そしてあの赤いマシンを見ながら、『あの赤いコックピットに座るのはどんな気分なんだろう』と思っていたんだ」

    一方、2026年の通常仕様のSF-26はコックピット周辺が白となっており、ハミルトンはそのカラーリングについて率直な思いを明かしていた。

    「僕のコックピットは白なんだ。正直あまり気に入っていない」

    「ミハエルのように赤くしたかったんだ。いつかまた赤くしてもらうつもりだよ」

    その希望が、シューマッハへのトリビュートという形でモンツァで実現することになった。ハミルトンにとっては、幼少期に憧れたシューマッハ時代のフェラーリをより強く感じさせる特別なSF-26となる。

    スクーデリア・フェラーリ イタリアグランプリ

    シューマッハのフェラーリ初年度から30周年
    2026年は、シューマッハがフェラーリに加入した1996年から30周年にあたる。

    2度のF1ワールドチャンピオンとしてマラネロに加わったシューマッハは、移籍初年度にスペインGP、ベルギーGP、イタリアGPで3勝を挙げた。

    なかでもモンツァではティフォシの前でフェラーリ移籍後初となるイタリアGP優勝を達成。そこからフェラーリとシューマッハはF1史に残る黄金時代を築いていくことになる。

    シューマッハはフェラーリ在籍中に72勝を挙げ、2000年から2004年まで5年連続でドライバーズタイトルを獲得した。今回のトリビュートは、1996年のフェラーリ加入から30周年、そして2006年に同チームで最後のシーズンを戦ってから20周年という節目に合わせたものでもある。

    フェラーリ F1 ミハエル・シューマッハフェラーリ F1 イタリアグランプリ

    ハミルトンとルクレールのレーシングスーツも特別仕様
    フェラーリはマシンに先立ち、ハミルトンとルクレールがイタリアGPで着用するスペシャルレーシングスーツも公開している。

    レーシングスーツには白いストライプが入り、シューマッハのパーソナルロゴを配置。背面には7度のF1ワールドチャンピオンを象徴する7つの白い星があしらわれている。フェラーリの特別コレクションにも、7つの星やゴールドの月桂樹など1996年当時をモチーフとしたディテールが採用された。

    フェラーリにとってモンツァは、ティフォシが大挙して集まるシーズン最大のホームイベントだ。2026年はそこにシューマッハとフェラーリの歴史という特別な意味が加わる。

    30年前にシューマッハが駆ったF310を現代のSF-26で表現し、ハミルトンがかねて望んでいた赤いコックピットも実現。ハミルトンとルクレールは、フェラーリ黄金時代へのオマージュをまとった特別仕様のマシンでイタリアGPに臨む。