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  • 角田裕毅 レッドブルF1祝賀で胸が痛む瞬間「そこにいる資格はない」

    角田裕毅 レッドブルF1祝賀で胸が痛む瞬間「そこにいる資格はない」

    スカイスポーツF1のテッド・クラビッツが、イタリアGPでのレッドブルのマックス・フェルスタッペンと角田裕毅にまつわる胸が痛む瞬間を明かした。フェルスタッペンがモンツァで今季3勝目を挙げて喜びに沸いた一方で、角田は「そこにいる資格はない」として祝賀の輪に加わることを辞退したという。

    『The Race』のインタビューでクラビッツは、フェルスタッペンが圧巻の勝利を収めた後に行われたレッドブルの集合写真を振り返った。

    フェルスタッペンは笑顔で中央に立っていたが、角田裕毅は外側の端にしか写っていなかった。

    角田裕毅は祝賀から一歩退いた
    クラビッツによると、マックス・フェルスタッペンは角田裕毅を中央へ招き入れ「一緒に祝おう」と声をかけたという。だが角田は「いや、僕はできない。そこにいる資格はない」と答えたという。

    「マックスがレッドブル・レーシングで3勝目を挙げて歓喜に包まれていた一方で、裕毅はまた少し目立たない週末を過ごしていた。胸が痛む瞬間だった」

    「そしてマックスが、写真の端の端にいた裕毅に『真ん中においで、一緒に祝おう』と言ったんだ。でもユウキは『いや、僕はできない。そこにいる資格はない』と返した」

    「本当に胸が痛む瞬間だった。振り返ってみて『ああ、なるほど、これは心に響くものがあるな』と感じたよ」

    「僕の新刊『F1 Insider: Notes from the Pit Lane』では、チームの舞台裏や、このスポーツの本当に忘れられない瞬間を読者に紹介したいと思っている」

    角田裕毅 F1角田裕毅 レッドブル・レーシング F1角田裕毅はレッドブルF1の祝賀写真に一番端で参加した。

  • 角田裕毅 F1日本人初優勝への挑戦「片山右京さんとの出会いが原点」

    角田裕毅 F1日本人初優勝への挑戦「片山右京さんとの出会いが原点」

    角田裕毅(レッドブル・レーシング)が、日本人として誰も成し遂げていないF1初優勝に挑んでいる。

    日本人最多出走を更新した角田裕毅は、幼少期に片山右京と出会った経験を胸に、その原点から歴史的快挙を目指して走り続けている。

    日本は長年にわたり多くのF1ドライバーを輩出してきたが、ドライバーたちがF1世界選手権75年の歴史の中で収めてきた成功は限られている。

    現在の多くのドライバーたちも、日本グランプリが開催されている鈴鹿サーキットを「カレンダーの中で最高のサーキットのひとつ」として挙げている。

    しかし、日本人ドライバーたちはF1での歴史において成功が限られてきた。これまでに日本からは合計21人のドライバーがF1に出走しており、その最初は1975年の伏田裕司だった。翌1976年には、フランク・ウィリアムズが桑島正美をたった1セッションだけで降ろした出来事もあった。一方で、中嶋悟は、初めて複数のレースにわたり参戦した日本人ドライバーとなった。

    角田裕毅は現在、日本の旗を背負って走っており、すでに日本人ドライバーの中で最も多いF1出走数の記録を更新している。レッドブルは角田裕毅の将来を検討しているが、25歳の彼は、幼い頃に同郷の片山右京から大きな影響を受けたことを打ち明けており、それが今日の自分に繋がっていると語っている。

    トーキング・ブル・ポッドキャストで、子供の頃に本当に憧れていた日本人ドライバーはいるのかと尋ねられた角田裕毅は「片山右京さんですね」と答えた。

    「彼はまったく同じ町の出身なんです。とても小さな町なんですけどね。本当に小さい町なんですけど、なぜか最近はその町から多くのアスリートが出てきていて、オリンピックの金メダリストとかもいます。あの町には何かあるんでしょうね。理由は分からないですけど。あの町はアスリートがうまくいっていて、片山右京さんのことを覚えているのは、最初に会ったのは僕が3歳か、いや4歳くらいの時で、父が僕を連れて行ってくれたんです。町でトークショーをやっていて、そこに行って話を聞いたんです。そのことを今でも覚えています」

    そして角田裕毅は続けてこう語った。

    「だから、自分がそのリストに入っているのは本当に名誉なことであり誇らしいことです。そしてもちろん、もっと成功を収めたいですけどね。でも、これまでの日本人ドライバーたちには本当に敬意を抱いています」

    日本人F1ドライバーの最多グランプリ出走数

    順位 ドライバー 出走数
    1 角田裕毅 103*
    2 片山右京 95
    3 佐藤琢磨 90
    4 小林可夢偉 75
    5 中嶋悟 74

    片山右京 F1 角田裕毅

    片山右京のキャリア
    片山右京は1963年5月29日生まれで、角田裕毅が示したとおり、彼も神奈川県相模原市の出身だ。片山右京は日本国内での活動と並行してフランスでもレース活動を行い、1991年には全日本F3000選手権で優勝した。これによって1992年にラルースからF1デビューを果たし、チームメイトはベルトラン・ガショーだった。そのときには日本人ドライバーの鈴木亜久里もフットワークから参戦していた。

    片山右京のその年のベストリザルトは、ブラジルとイタリアでの9位だった。翌年にはティレルに加入し、そこで4シーズンを戦った。デビューイヤーは目立った成績を残せなかったが、1992年ブラジルGPでは最多ポジションアップの記録を持ち、ジャンニ・モルビデリ、ルイス・ハミルトン、マックス・フェルスタッペンと並んでその記録を共有している。

    1994年のシーズンは片山右京にとって最高の年となり、ブラジルGPとサンマリノGPで5位入賞を果たした。その後、シルバーストンで最後となる5ポイント目を獲得した。1996年のベルギーGPでは、ミカ・サロと同じティレルから参戦し、8位でチェッカーを受けたが、この時が唯一のフルラップ完走となった。

    片山右京のキャリア最後のレースは1997年のヨーロッパGPで、そこで17位に終わった。最終的に95戦に参戦し、通算5ポイントを獲得した。なお、彼は58戦連続でノーポイントという記録を持っているが、もし現在のポイントシステムが当時から導入されていれば、その連続記録はもっと短く終わっていただろう。

    片山右京のメッセージと困難
    片山右京は、ミナルディでの最後の時期に、実は1994年にがんと診断されていたことを明らかにしたが、当時は公表していなかった。また、1995年のポルトガルGPでは大きなクラッシュを経験し、当時F1で最も多くのレースを無得点で終えていたルカ・バドエルと接触して次戦を欠場することになった。

    2005年にトヨタ・ガズーレーシングのインタビューを受けた際、将来F1を目指す人々にどんなアドバイスをするかと問われ、片山右京はこう答えている。

    「高校の時、進路指導の先生に『F1ドライバーになる』って言って、本当に実現しました。挑戦すればできることはたくさんあります。ただほとんどの人は挑戦すらしない。自分の幸せや価値を、自分自身で見つけなければいけないんです。物事に邪魔されたり、挫けたりしてはいけない。すべてを深く考えすぎてはいけない。映画を観て感動したり、音楽を聴いて鳥肌が立ったりすることがあるでしょう。それが自分の“センサー”なんです。それが幸せを教えてくれる。もしその感覚に従えば、子供の頃の純粋な夢を心に持ち続けることができます。それに従っていけば、夢は必ず叶います」

    片山右京はF1で95戦を経験した。これは彼以外ではただ一人の日本人ドライバーしか達成していない数字だ。そして現在、角田裕毅がその後を継ぎ、日本人初のF1優勝という夢に挑んでいる。その挑戦が実を結ぶ時、日本モータースポーツの歴史に新たな大きな一歩が刻まれることになる。

  • 角田裕毅の後任候補 ハジャーはレッドブルF1昇格に意欲「怖いけど刺激的」

    角田裕毅の後任候補 ハジャーはレッドブルF1昇格に意欲「怖いけど刺激的」

    レーシングブルズでルーキーシーズンを戦うアイザック・ハジャーは、2026年に角田裕毅の後任としてレッドブルF1に昇格する最有力候補と見られている。20歳のフランス人ドライバーは、現王者マックス・フェルスタッペンとのコンビ結成について「恐ろしいけど、最高にワクワクする」と心境を明かした。

    ハジャーはバクーGP週末を前にCanal Plusに対し、「マックスと一緒にやっている自分を想像できるか?もちろんだ!」と語った。

    「なんというラインナップになるだろう。それは僕を怖がらせるけど、同時にめちゃくちゃワクワクさせるんだ」

    さらにハジャーは、2026年のドライバーラインナップがすでに決まっていることを示唆した。「もちろん僕のキャリアの早い段階で来ることになるけど、そういうチャンスを得られるかもしれない」と彼は言った。

    「世界最高のドライバーと同じクルマを手にして、彼はすぐ隣にいるんだ。自分を彼と比較する機会があり、同じチャンスを持てるんだ」

    ラルフ・シューマッハもT-Onlineに対し、フェルスタッペンのチームメイトとしてハジャーを有力視していると認めつつ、それは「次の子羊を屠殺場に送るようなもの」に例えられるかもしれないと警告した。

    「そう、それは僕も最初に言ったことだ」と彼は笑った。

    角田裕毅 レッドブル F1 アイザック・ハジャー

    しかし元F1優勝者のラルフは、2026年に新レギュレーションが導入されることで、ハジャーはフェルスタッペンの過去のチームメイトよりもチャンスがあるかもしれないと考えている。

    「ハジャーのような才能ある若手ドライバーは、レッドブルのようなチームで自分を主張する術を学ばなければならない」とラルフは語った。「今のようにマックスがチームと一緒に開発したクルマに乗れば、それは明らかに難しい」

    「だから僕が言うのは、もし今日ツノダと同じクルマにハジャーが乗らなければならなかったら、レッドブルは彼をも壊していただろうということだ。でも来年はすべてがリセットされる」

    「つまりマックスもゼロから始めるし、新しいチームメイトもゼロから始める。誰もが自分の必要とするセットアップを持ち込める」とドイツ人のラルフは言った。「加えてハジャーには必要なスピードがある。もし彼が新しいコンセプトにも適応できれば、間違いなくマックス・フェルスタッペンのチームメイトとして最も簡単で明白な解決策だ」

    それでもラルフは「僕自身はそんな挑戦に立ち向かうのは嫌だ」と認めた。

  • 角田裕毅 F1アゼルバイジャンGP展望「取り組みが形になりつつある」

    角田裕毅 F1アゼルバイジャンGP展望「取り組みが形になりつつある」

    角田裕毅(レッドブル・レーシング)が、2025年F1第15戦アゼルバイジャンGPを前に意気込みを語った。

    前戦イタリアGPでは序盤のダメージにより本来の力を発揮できなかったが、予選での速さや進歩を確認できたことから、自信を持ってバクーに臨むと強調した。挑戦的な市街地サーキットで集中力を研ぎ澄まし、真のパフォーマンスを示す構えだ。

    「モンツァは残念なレースでしたが、ポジティブな部分に目を向けています」と角田裕毅は語った。

    「予選では僕たちがとても強さを見せられましたし、もしダメージを負っていなければ十分な速さがあったと分かっています。僕たちは毎週のように進歩していて、マックスがあの勝利でなぜ基準点とされているのかを示しました。僕たちが彼にレースごとに近づいていることを実感できていますし、取り組んでいることが形になりつつあるのは心強いです」

    「モンツァでは最後にクルマの本当のポテンシャルを示すことができず、フラストレーションもありましたが、それが今週末に向けた自信にもなっています。イタリアではショートランの方がロングランより感触が良かったので、その部分でやるべきことがあり、クルマを正しいウィンドウに入れるためにしっかり分析を続けています」

    「バクーは楽しくてチャレンジングなサーキットで、予想外のことがたくさん起こり得ます。ここでは本当に集中して全力を尽くさなければならないので、週末に臨むにあたってもその気持ちで挑むつもりです」

    角田裕毅(レッドブル・レーシング) F1 アゼルバイジャンGP

    チームメイトのマックス・フェルスタッペンも、モンツァでの勝利を振り返りつつバクーへの意気込みを語った。

    「モンツァはチーム全体にとってとてもいい週末だった。僕たちは金曜日から強さを見せられていたし、予選でも決勝でもいい形でまとめることができた。あの勝利は、僕たちがどのように作業を進めてきたか、そしてクルマが持っている本来のパフォーマンスを示すものになったと思う」とフェルスタッペンはコメント。

    「もちろん、次のバクーはまったく異なるチャレンジになる。市街地サーキットだから何が起こるか分からないし、リスクも大きい。でも僕はこういう展開の読めないレースが好きだし、集中して自分たちのやるべきことをやれば、いい結果につながるはずだ」

    「シーズンを通じて僕たちは正しい方向に進んでいると思うし、モンツァのようにすべてがうまくかみ合えば強さを発揮できる。バクーでも同じように、全力を尽くして戦うだけだ」

  • 角田裕毅と再タッグ希望?ガスリーが描くアルピーヌF1の2026年体制

    角田裕毅と再タッグ希望?ガスリーが描くアルピーヌF1の2026年体制

    アルピーヌF1はピエール・ガスリーを2028年まで残留させたが、2026年のチーム体制は依然不透明だ。その中で浮上しているのが、レッドブルで苦境に立たされる角田裕毅との「再タッグ」構想だ。

    ピエール・ガスリーは、イタリアGPを前にアルピーヌと長期契約を結び、2028年までチームに残留することになった。しかし、来季彼とコンビを組むドライバーの正体はいまだ明らかになっていない。

    フランスの自動車メーカーであるアルピーヌは現在コンストラクターズ選手権で最下位に沈んでおり、1つ上のハースを逆転する望みもほとんどない。チームは早くも2026年のレギュレーション変更に照準を合わせており、来季からは新たにメルセデスをパワーユニット供給元として迎える予定だ。

    アルピーヌの現状とコラピントの苦戦
    チーフアドバイザーのフラビオ・ブリアトーレと新代表スティーブ・ニールセンは、ガスリーのチームメイト選びに直面している。フランコ・コラピントはジャック・ドゥーハンの後任として10戦を消化したが、いまだポイント獲得には至っていない。

    ブリアトーレは既に後任候補リストを用意しており、その中には1人の日本人ドライバーの名前が挙がっている。そしてその人物こそ、ガスリーがチームに推薦している角田裕毅だ。

    角田裕毅を推すガスリー
    F1 Oversteerの報道によると、2026年に向けてドライバーラインナップが不透明なチームはアルピーヌ、レッドブル、レーシングブルズの3つとされる。

    角田裕毅は日本GPでレッドブルに昇格して以来、ここまでわずか9ポイントしか獲得できておらず、シートを失う瀬戸際に立たされている。角田裕毅が再びレーシングブルズへ戻るのではという噂もある中で、アルピーヌは角田裕毅を候補のひとりとして検討しているという。

    ブリアトーレ自身は角田裕毅起用に完全には納得していないが、「ガスリーは角田裕毅を連れてきたいと考えている」と報じられている。両者はアルファタウリ時代に強固な関係を築いており、経験豊富で相性の良いコンビとして再び組む可能性がある。

    角田裕毅 アルピーヌ F1 ピエール・ガスリー

    ガスリーの角田裕毅評
    角田裕毅は最近のインタビューでガスリーを「ブラザー」と呼んでいる。ガスリーはF1公式サイトに対し、角田裕毅のレッドブル昇格について次のように語った。

    「うん、電話で話したよ。僕がレッドブルでチャンスをもらった時のことや、うまくいかなかった部分、違っていたかもしれないことと重なる部分もある。彼には経験があるし、速さもある。僕はずっと彼を応援してきた」

    「2年間一緒に戦ってきて、彼の生の速さを見てきた。彼が当時から何ができるかを知っていた。2021年からずっと、彼は本当に速いドライバーだと言い続けてきた。彼にはスピードがあるし、強いキャラクターも持っている」

    ガスリーが角田裕毅を高く評価していることは明白だ。しかし最終的な判断はアルピーヌ首脳陣に委ねられており、今季のレッドブルでの成績を見れば、彼らが納得するかどうかは不透明だ。

  • 角田裕毅 アルピーヌF1移籍は絶望的?ブリアトーレが拒否姿勢

    角田裕毅 アルピーヌF1移籍は絶望的?ブリアトーレが拒否姿勢

    角田裕毅のアルピーヌF1移籍の可能性に暗雲が漂っている。ファンからは2026年のラインナップ入りを強く望む声が上がっているものの、エグゼクティブアドバイザーのフラビオ・ブリアトーレは獲得に消極的と報じられた。

    一方で、アルピーヌに加入したフランコ・コラピントは依然として結果を残せておらず、後任候補のリストも浮上している。角田裕毅はレッドブル残留かブリアトーレの方針転換か、キャリアの岐路に立たされている。

    フランコ・コラピントがアルピーヌでF1初ポイントを獲得するのを待ち続けているが、その道のりはイタリアGP終了時点で10戦に達した。2025年イタリアGPでは自身ワースト級の結果に終わった。

    22歳のフランコ・コラピントは今年5月にジャック・ドゥーハンの後任としてアルピーヌに加入して以降、直近4戦で自己ワースト3戦を記録している。ベルギーGPは19位、ハンガリーGPは18位、イタリアGPは17位で、唯一の例外はオランダGPの11位だった。

    オランダGPの11位は今季アルピーヌでの自己最高位でもあったが、ザントフォールトでの結果をモンツァでの浮上につなげることはできず、チームメイトのピエール・ガスリーも16位に沈むなど、アルピーヌにとって忘れたい週末となった。

    さらにモンツァではブレーキトラブルに見舞われ、「とても怖い」と無線で訴える場面もあった。フランコ・コラピントは2024年アゼルバイジャンGPでウィリアムズに在籍時に8位で初ポイントを獲得しており、次戦バクーでの復調を目指す。

    フラビオ・ブリアトーレ、角田裕毅をアルピーヌに迎える可能性を「極めて低い」と示唆
    アルピーヌは残り8戦でフランコ・コラピントのパフォーマンスを見極め、2026年のドライバーラインナップを決める見込みだ。エグゼクティブアドバイザーのフラビオ・ブリアトーレは、成績次第ではフランコ・コラピントの後任候補リストから複数の名前を検討している。

    だがモータースポーツ・ドットコムによれば、レッドブルの角田裕毅がアルピーヌに移籍する可能性は「極めて低い」と報じられている。フラビオ・ブリアトーレは25歳の日本人ドライバーを獲得する意欲を持っておらず、角田裕毅のF1キャリアに暗雲が漂っている。

    フランコ・コラピントも角田裕毅も2026年の契約がなく、F1での将来を懸けた戦いを強いられている。仮にレッドブルが角田裕毅を放出した場合、現実的な移籍先はアルピーヌのみであり、他の空席はメルセデスが握っている。

    角田裕毅がF1に生き残るには、レッドブル代表ローラン・メキースやモータースポーツアドバイザーのヘルムート・マルコを説得し契約更新を勝ち取るか、フラビオ・ブリアトーレの考えを変えるしかない。

    角田裕毅 F1

    角田裕毅の代理人、アルピーヌとの交渉を否定せず
    ピエール・ガスリーが先週のイタリアGP前に2028年までの契約延長を結んだことで、ファンからは「角田裕毅をアルピーヌに」との声が一層強まっている。代理人もアルピーヌとの交渉について否定しておらず、F1市場で経験豊富な選択肢として注目を集めている。

    角田裕毅はモンツァで103戦目のF1出走を果たし、キャリア通算103ポイントを獲得している。しかし、フラビオ・ブリアトーレのリストにはリザーブドライバーのポール・アーロン、ミック・シューマッハー、アストンマーティンのリザーブであるフェリペ・ドルゴビッチ、アカデミー所属のジャック・クロフォードらも含まれている。

    今季レッドブルでの角田裕毅は苦戦しており、リヤム・ローソンの後任として3月に加入してから14戦中10戦でノーポイント。イタリアGPでも13位に終わり、オランダGP9位の勢いをつなげられなかった。

    元トロロッソ代表のフランツ・トストも角田裕毅の姿勢に懐疑的で、「十分に努力していないように見える」と指摘。「なぜ常にフェルスタッペンより大きく遅いのかを理解する努力が足りない」とその労働倫理に疑問を投げかけている。

  • 角田裕毅 ローソンとレーシングブルズの2026年F1シート争い?

    角田裕毅 ローソンとレーシングブルズの2026年F1シート争い?

    角田裕毅は、来季2026年に向けてリアム・ローソンとレーシングブルズのシートを争う構図となっている。アイザック・ハジャーの昇格とアービッド・リンドブラッドの起用が見込まれる中、残る1枠を巡って両者の直接対決が注目を集めている。

    レッドブル・レーシングは2026年にマックス・フェルスタッペンのチームメイトとしてアイザック・ハジャーを起用すると見られている。その結果、角田裕毅は長年追い求めてきたシートを失うことになる。

    一方、F2の有望株アービッド・リンドブラッドがレーシングブルズへ昇格する見通しだ。この3人のドライバーが事実上確定している中で、角田裕毅とリアム・ローソンが残る4つ目のシートを争っている。

    これは『Auto Motor und Sport』によるもので、最終的な決定はシーズン最終3分の1の後に下されるという。角田裕毅はキャリア的には後退のように見えても、レーシングブルズに戻ることを受け入れる意思を示している。

    レッドブルは2025年シーズンのわずか2戦後にローソンをファエンツァのチームへ戻した。同様のことは2019年シーズン中盤にピエール・ガスリーにも起きている。

    角田裕毅、レーシングブルズ残留争いで「わずかな優位」
    紙面上ではより遅いマシンをドライブしているにもかかわらず、ローソンは角田裕毅よりもランキング上位につけており、20ポイント対12ポイントで上回っている。しかし、そのニュージーランド人ドライバーもハジャーには敵わず、直接対決で23対6と大きくリードされている。

    『AMuS』は、現時点で角田裕毅がローソンに対して「わずかな優位」を持っていると見ている。ローラン・メキースは昨年、角田裕毅がローソンとダニエル・リカルドを上回ったのを見て、彼の「重要な支持者」となっている。

    イタリアGPでこの件について質問された際、メキースは角田裕毅がレーシングブルズに戻る可能性について確認を避けた。しかしこれは選択肢の一つと考えられている。

    報道は、両ドライバーともにまだ自らをアピールする機会を持っていることを明確にしているが、メキースが角田裕毅に対して本心から同情的であるのは明らかだ。

    フェルナンド・アロンソは、レーシングブルズのVCARB02の速さが実際にはより扱いやすいという考え方を反映する形で「フェルスタッペンならレーシングブルズでもタイトルを獲れる」と語った。

    角田裕毅 F1

    アルピーヌが救済先となる可能性は低い
    『AMuS』は、この一騎打ちの敗者は「F1から追放される」危険があると付け加えている。アルピーヌにはガスリーの横にまだ1つシートが残っているが、タイミングが合わない可能性が高い。

    角田裕毅のマネージャーは、ピエール・ガスリーとの再タッグの可能性を巡ってフラビオ・ブリアトーレと話をしたかどうかについて否定を避けた。また今月初めには、ローソン陣営もアルピーヌに関心を持っていると報じられていた。

    しかし現時点で、フランコ・コラピントの後任としてポール・アロンが最有力候補とされている。アーロンは今季最終戦に向けて数戦に参戦し、2026年のシートを見据えている可能性がある。

    したがって、角田裕毅やローソンがエンストンで活路を見出す可能性は低く、残り8戦の争いの緊張感はさらに高まっている。

  • 角田裕毅 レッドブルF1から解雇報道 ハジャー昇格をドイツ誌スクープ

    角田裕毅 レッドブルF1から解雇報道 ハジャー昇格をドイツ誌スクープ

    角田裕毅は来年レッドブル・レーシングから解雇される予定であり、アイザック・ハジャーがオーストリアのチームに昇格する見込みだと報じられている。今季レッドブルのメインチームでデビューを果たした日本人ドライバーは、ハジャーに道を譲ることになる。

    角田裕毅は今季、レーシングブルズからレッドブルへと昇格し、セルジオ・ペレスの後任として起用されたリアム・ローソンに代わってチーム入りした。しかし間もなく、レッドブル首脳陣はレーシングブルズから日本人スターを引き上げ、ローソンの座を奪う形で角田裕毅を昇格させた。

    だがマックス・フェルスタッペンのチームメイトとして十分な印象を残すことができず、その結果、レッドブルは2026年の新レギュレーション導入を機に彼を放出する決断を下した。

    ドイツのメディア『Auto Motor und Sport』の最新報道によれば、レッドブルは角田裕毅に代わってアイザック・ハジャーを昇格させ、フェルスタッペンの新たなチームメイトとするという。これにより、フェルスタッペンにとって1年半あまりで4人目のチームメイトとなる。

    ハジャーの昇格は、彼がレッドブル首脳陣をパフォーマンスで強く印象づけたことを受けたものだ。レーシングブルズのドライバーである彼は、2025年シーズン序盤から好成績を収め、直近のオランダGPで表彰台を獲得したトップパフォーマーの一人とされる。

    現在、彼は16戦と3回のスプリントを終えて38ポイントを獲得し、ドライバーズ選手権9位に位置している。ザウバーのニコ・ヒュルケンベルグに1ポイント差で続き、メルセデスのキミ・アントネッリには28ポイント差をつけられている。

    角田裕毅 レッドブル F1

    角田裕毅は2025年にどうだったのか?
    角田裕毅は2025年日本GP、自身の母国レースを前にレーシングブルズからレッドブルへと昇格した。しかし結果を残すことはできず、予選14番手、決勝12位に終わった。

    その後もレッドブルに留まり続けたが、今季のベストパフォーマンスは開幕戦バーレーンGPとサウジアラビアGPでの9位入賞だった。要するに、角田裕毅はレッドブルでこれまで14戦に出場し、スプリント3戦を含めてわずか12ポイントを獲得するにとどまっている。

    現在、日本メーカーのホンダから強力な支援を受ける角田裕毅は、ドライバーズ選手権19位で12ポイント。比較対象となるチームメイトのマックス・フェルスタッペンは同じレース数を終えて230ポイントを獲得し、ランキング3位につけている。

  • 角田裕毅 F1イモラでの大クラッシュは「体がバラバラになると思った」

    角田裕毅 F1イモラでの大クラッシュは「体がバラバラになると思った」

    角田裕毅は、エミリア・ロマーニャGP予選Q1での複数回転する大クラッシュについて「体がバラバラになると思った」と恐怖を語った。

    2つ目のシケインでスピードを乗せすぎた角田裕毅はスピンして後方にグラベルへ突っ込み、キャッチフェンスに激突。その勢いでマシンは何度も宙を舞い、最終的に正位置で止まったものの、RB21は大破した。

    決勝はピットレーンからスタートし、10位でフィニッシュした。これはレッドブルでここまでわずか4度しかない入賞のひとつであり、2026年の去就はいまだ不透明だ。

    角田裕毅は事故直後の心境を次のように振り返った。

    「体が右も左もバラバラになると思いました」

    「すべての瞬間を覚えているのはいいことだと思いますが、タイヤが飛んでいくのを見ました。首は全く問題なかったですし、翌日もレースをしました」

    「かなり大きなインパクトでしたけど、幸運にもケガはありませんでした」

  • F1:角田裕毅 ACミラン戦を観戦 移籍後初ゴールのモドリッチとツーショット

    F1:角田裕毅 ACミラン戦を観戦 移籍後初ゴールのモドリッチとツーショット

    角田裕毅(レッドブル)は9月14日、サン・シーロで行われたACミラン対ボローニャ戦を訪れ、試合前にこの日移籍後初ゴールを決めたルカ・モドリッチとツーショットを撮影した。

    40歳のモドリッチは後半60分、エリア前からの豪快なダイレクトシュートで決勝点を記録。ミランは1-0で勝利し、クロアチアの司令塔は移籍後初得点を華々しく飾った。サン・シーロに集まった観客はスタンディングオベーションで祝福し、クラブ史上3番目に高齢の得点者として名を刻んだ。

    試合前、ピッチサイドに姿を見せた角田裕毅は、観客の前でリフティングを披露し拍手を浴びた。また、カーナンバーにちなんだ「22番」の背番号が入ったACミランのユニフォームを贈られ、モドリッチと肩を並べて笑顔で記念撮影。F1とサッカー界のスターの交流は大きな話題を呼び、SNSでも瞬く間に拡散された。

    一方で、サンティアゴ・ヒメネスは2度のポスト直撃と決定機逸でゴールに見放されるなど、苦しい一夜に。だが、この日の主役は間違いなくモドリッチの一撃と、試合前に実現した角田裕毅とのツーショットだった。

    角田裕毅 F1 ACミラン