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  • 佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念ヘルメットが94万円で落札

    佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念ヘルメットが94万円で落札

    佐藤琢磨が、8月2日に開催されたミッドオハイオ戦で参戦100戦目を記念して装着した「インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメット」のオークションが実施され、941,000円で落札された。

    2011年にF1からインディカーに転向した佐藤琢磨は、ミッドオハイオ戦で参戦100戦目を迎えた。

    その際に特別に用意されたスペシャルヘルメットが、8月7日から14日までチャリティオークションにかけられ、941,000円で落札された。

    このチャリティーオークションの収益(制作費や経費を除いた収益)は、落札額の10%を「ヤフオク! みんなのチャリティ」に募金し、残りの収益は佐藤琢磨が立ち上げた「With you Japan」を通じて東日本大震災で被災した子供たちの長期支援に役立てられる。

    <落札者の方のコメント>
    琢磨選手がインディに参戦して100戦目という記念すべきレースで着用された、スペシャルヘルメットを落札することができてとてもうれしく思っています。琢磨選手にとって、100戦目は通過点でしかないと思っていますので、これからも更に上を目指してチャレンジし続けて欲しいと思っています。これからも応援していきます!!

    <佐藤琢磨のコメント>
    今回のチャリティ・オークションにご協力いただいたすべての皆さま、本当にありがとうございました。インディカーシリーズ参戦100戦目を、沢山の方々から祝福して頂き本当にうれしく思っています。また、多くの方にご協力頂き、チャリティ・オークションができたことも、心から感謝いたします。今年も秋口には復興地支援プロジェクトを企画しております。今後も『With you Japan』を通じて、夢に向かって頑張っている子供達を応援していくことができればと思います。

    佐藤琢磨 インディ参戦100周年記念スペシャル・ヘルメット
    関連:佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメットで参戦

  • 佐藤琢磨、2015年シーズンは「個人的にはもちろん悔しい」

    佐藤琢磨、2015年シーズンは「個人的にはもちろん悔しい」

    佐藤琢磨が、インディカー最終戦ソノマのレース週末、そして2015シーズンを振り返った。

    2015年ベライゾン・インディカー・シリーズの最終戦が開催されたソノマでは、多くの人々がジャスティン・ウィルソンの死を悼んだ。誰からも愛されていたイギリス人ドライバーは、この前の週にポコノで行われたレース中に負傷し、帰らぬ人となった。

    一方、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダに乗る佐藤琢磨は、18番グリッドからスタートして8位でフィニッシュするというスリリングな戦いを演じていた。

    「ジャスティンの悲報を聞いて、まだ数日しか経っていませんでした」と佐藤琢磨。

    「このことで僕たちはとてもショックを受けていたし、ジャスティンの家族のために何かをしたいと思っていました。安全面に関していえば、今後も改善していかなければいけないのはもちろんですが、これはオープン・コクピットのレーシングカーでは常に問題になることです。僕たちはこれまでに様々な分野で安全性を向上させてきましたが、舞い上がった破片の問題を解決するのは容易ではありません」

    「ジャスティンの逝去は僕たちにとってとても大きなことで、個人的にも大切な友人を失うことになりました。彼は誰からも愛されていて、本当に素晴らしい人物でした。ウィルソンの遺族は、No.25 アンドレッティ・オートスポーツのマシーンをソノマで操るドライバーとしてオリオール・セルヴィアを選びました。彼もまた僕のよき友人で、2010年に僕がKVレーシングで走っていたとき、オーバルレーシングでは彼が僕のスーパーバイザー役を務めてくれました。オリオールがジャスティンのマシーンに乗って参戦することは、遺族にとって素晴らしい贈り物になったと思います。そして、僕たちが演じることになるエキサイティングなレースこそ、ジャスティンがいちばん期待していたものだったはずです!」

    この週末に行われたプラクティスやクォリファイで佐藤琢磨が上位に名を連ねることはなかったが、金曜日に行われたセッションの序盤では抜群の速さを示していた。

    「コンディションがめまぐるしく変化するので、ソノマは本当に難しいコースです。風向き、コースが砂地に囲まれていること、グリップの低い路面、丘、そしてそれらが組み合わさった結果、スイートスポットが恐ろしいくらい狭くなっているのだと思います」

    「いまはシーズン中のテストが禁止されていますが、かつてはレースの1〜2週間前にオープンテストが行われていました。今回の金曜日はプロモーターズ・デイと呼ばれていて、3.5時間という長い走行時間が用意されています。けれども、規模の大きな一部のチームは、リーグのスカラシップ・プログラムであるインディ・ライツのドライバーを起用し、現行の空力パッケージを用いたテストを事前に行っていました」

    「セッションの序盤、僕たちは順調で、一時は2番手につけていたほか、長い時間にわたってトップ3かトップ4に入っていました。ところが、コンディションがよくなると、他のドライバーたちが速くなっていきます。もちろん、僕たちも速くなりましたが、他のチームに比べるとそれほどでもなく、このためタイムシート上の順位は少しずつ後退していく結果になりました」

    「土曜日には45分間のセッションが設定されていました。オーバーテイクが難しいソノマではスターティンググリッドが非常に重要なので、僕たちはありとあらゆることを試しました。ここではまずまずの進歩を果たすことができましたが、残念ながら、それは誰にとっても同じことでした!」

    予選では、わずかコンマ数秒差でセグメント2進出のチャンスを逃し、佐藤琢磨は18番グリッドからスタートを切ることとなった。

    「チームメイトのジャック・ホークスワースがエンジン・トラブルに見舞われました。彼に責任があったわけではありませんが、不運にも、僕は彼の直後につけており、装着したばかりのニュータイアの表面には水やオイルがついてしまいました。しかも、コンパウンドはとてもソフトなため、実質的なライフは1周しかありません。やむなく、僕は走行を続けましたが、アタックを始めた直後はこの影響でタイムをロスしていたので、続けてもう1周走ることにしました。ところが、ステファノ・コレッティがピットから目の前でコースインしてきたため、ここでもまたタイムを失うこととなったのです」

    土曜日の午前中に行われたウォーミングアップで佐藤琢磨は好走を見せ、ウィル・パワーに続く2番手につけた。これで、佐藤琢磨の決勝レースでの活躍がより期待されることとなる。2014年のここソノマでも、後方のグリッドからスタートした佐藤琢磨は4位でフィニッシュしていた。けれども、それだけたくさんのマシーンをソノマで追い越すのは不可能に近く、18番グリッドから挽回を図るには、レース序盤に通常とは異なるレース戦略を採る以外に方法がないことは明らかだった。

    「去年、普通とは異なる戦略で走ることがラップタイムと順位を向上させるうえで有効であることに気づきました。このおかげで僕たちは挽回できたのです。そこで今回も第1スティントを短めにしましたが、これ以降は、良い展開に恵まれず、ステイアウトすることでトラックポジションを上げることを選んだ結果、リスタートして6周で僕たちはピットストップする必要に迫られます。しかも、後方を走るほとんどのドライバーも同じ戦略を選択したのです」

    ここから先は戦略が大きな鍵を握るレースとなった。フルコーションが4度ということは、早めにピットストップした者にとって有利になることもあれば、長くコース上を走り続けた者が得をすることもある。さらには、他のドライバーと異なる回数のピットストップを行うという手法も考えられる。「僕はパワー、ファン-パブロ・モントーヤ、ディキシー(スコット・ディクソン)らとサイド・バイ・サイドのバトルを演じていました。楽しいレースでしたが、チャンピオン争いをしているドライバーに対しては特別な注意を払いました。とてもハードな戦いでしたが、僕たちは全力で挑みました」

    最後のピットストップをどちらかといえば遅めに行った佐藤琢磨は21番手につけていたが、彼の前を走る多くのドライバーはもう1度、給油を行う必要があった。彼らの一部は、ジェイムズ・ジェイクスがクラッシュしてフルコーションとなったときにピットストップを実施。レースがリスタートしたとき、佐藤琢磨は12番手となっていた。けれども、この状態は長く続かず、ホークスワースとカルロス・ムニョスのふたりが佐藤琢磨の目前で接触することになる。「あれはきわどいところでした。僕はウィル・パワーのイン側につけていましたが、ターンインを始めたところ、僕の直前でジャックが止まったのです。本当に危ないところでしたが、なんとか避けました」

    佐藤琢磨はこれで10番手。ところがレースが再開されたところで、またもや佐藤琢磨とパワーの目の前でセバスチャン・ブールデとグレアム・レイホールが絡む事故が発生する。ここでブールデは遅れをとることなく走行を続けたが、佐藤琢磨は手負いになったレイホールのインをついてパワーをパスし、8番手に浮上した。さらに、この事故の責任を問われたブールデにドライブ・スルー・ペナルティが科せられ、佐藤琢磨は7番手に浮上したが、ほどなくパワーの逆襲を受けて8番手に後退。結局、このままのポジションで佐藤琢磨はチェッカーを受けることとなった。

    「最後の5周、ウィルは必死になって僕のインサイドに飛び込もうとしていました。言うまでもなく、彼は懸命にチャンピオン争いを戦っていたのです。僕は無理はしませんでしたが、ウィルとのバトルとレースを楽しみました」

    こうして2015年シーズンは幕を閉じ、14位でチャンピオンシップを終えた佐藤琢磨は2016年シーズンの到来を楽しみにしているところだ。

    「個人的にはもちろん悔しいですね。僕たちには何度か優勝するチャンスがあったのに、実現できなかった。それでも、今年デトロイトで表彰台に登れたのは嬉しかったし、タイトルを勝ち取ったディキシーには心からおめでとうと言いたいですね。彼は本当に優れたドライバーだと思います」

    「とてもいいシーズンで、たくさんのことを学ぶことができました。でも、こんなに早くシーズンが終わっちゃうなんて、信じられませんね! ソノマでは、僕たちは基本的に速くありませんでしたが、8位でフィニッシュできたのはよかったと思います。もちろん、8位で満足したことなんか1度もありませんが、今回はこれを受け入れることにします。チームのメンバーは、プラクティスと予選で苦戦したにも関わらず、速いクルマを作り上げるという素晴らしい働き振りを見せてくれました。そして、いつものようにとても苦しいソノマのレースを戦い、楽しみました」

    「ジャック・ホークスワースを迎えて2台体制で戦った今シーズン、僕たちはさらに強くなり、たくさんのことを学んだと思います。できれば、来シーズンの準備として月末に行われるロードアメリカのテストに参加したいところです。でも、その前に少しだけ休日を楽しもうと思います!」

  • 佐藤琢磨、最終戦の予選は18番手 / インディカー

    佐藤琢磨、最終戦の予選は18番手 / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー最終戦ソノマの予選を13番手で終えた。

    佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は2回のプラクティスでともにタイムが19番手だったため、新たなセッティングを施したマシンで予選を走った。第1セグメントの2グループ目に組み入れられた佐藤琢磨は、ソフトタイヤ装着で今週の自己ベストとなる1分17秒5599を記録したが、13人中の9番手となって予選の第2セグメント進出はならず。予選結果は18番手だった。

    佐藤琢磨(18番手)
    「残念な予選セッションとなりました。プラクティスからスピードの確保で苦しんでいましたが、予選ではまずハードタイヤで走り、マシンのセッティングが向上している感触を得ることができていたんです。ピットでソフトタイヤにスイッチした私たちは、いい手応えで予選アタックに臨んだのですが、不運にも自分たちのベストのラップでトラフィックに遭遇し、予選の第2セグメント進出を果たせませんでした。ピット出口の辺りで目の前に飛び出してきたマシンがあったんです。昨年の私たちは決勝日のウォームアップセッションでマシンを大幅に向上させました。明日もまた、昨年と同じことを実現する必要があります」

  • 佐藤琢磨、6位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨、6位でフィニッシュ / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第15戦 ポコノの決勝レースを6位でフィニッシュした。

    予選9番手だった佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、ハンドリングの定まらないマシンで序盤には20番手以降まで大きく後退したが、ピットストップでマシンセッティングの調整を重ねて少しずつ走りを向上させていき、終盤土壇場でトップ争いに加わり、6位でゴールした。

    レース終盤の180周目、トップを走っていたマシンがクラッシュしたことで飛び散ったマシンの破片がジャスティン・ウィルソン(Andretti Autosport)のヘルメットを直撃した模様で、ウィルソンはアレンタウンの病院にヘリコプターで搬送された。

    佐藤琢磨(6位)
    「ダウンフォース少なめでバランスの悪かったマシンで序盤は苦労し、タイヤの内圧調整も難しく、レースの大半は後方集団で戦っていました。しかし、ピットストップでマシンのセッティングを変更し続け、リスタートもいいものが切れて終盤に一気に上位へと進出できました。残り20周で2番手につけていたときには優勝を狙っていましたが、ストレートでスピードの伸びないセッティングを最後のピットストップで変更できなかったこともあり、6位という悔しい結果になりました。ジャスティン・ウィルソンのことはレースを終えてから知りました。容態がとても心配です。少しでも早く快復してくれることを願っています」

  • 佐藤琢磨、予選9番手 / インディカー

    佐藤琢磨、予選9番手 / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第15戦 ポコノの予選を9番手で終えた。

    2013年に予選8番手、昨年は4番手とポコノを得意としている佐藤琢磨は、プラクティス1で5番手につけるタイムを出していた。マシンセッティングが順調に進み、予選でも上位に来ることが期待されていた。

    佐藤琢磨のアタック順は8番目で、計測1周目に時速219.7マイル、2周目に219.455マイルを記録し、予選9番手となった。

    佐藤琢磨(9番手)
    「予選の走りはよかったと思います。朝のプラクティスセッションも非常に順調で、走行を重ねるごとにマシンは進歩していきました。それにより、予選に対しても自信を持つことができていました。予選で重要なのはダウンフォースと抵抗のバランスです。予選での私たちのマシンは少し滑っていましたが、そのコントロールはできており、満足のいくラップができていました。チームのクルーたち、そしてエンジニアたちがいいマシンを作ってくれた結果です。レースでのマシンもいいものにしたいと思います」

  • 佐藤琢磨、悪夢に変わった記念レース / インディカー

    佐藤琢磨、悪夢に変わった記念レース / インディカー

    佐藤琢磨が、インディカー100戦目となったミッドオハイオのレース週末を振り返った。

    風光明媚なミッドオハイオで繰り広げられたベライゾン・インディカー・シリーズの一戦でも佐藤琢磨は幸運に恵まれなかった。残り30周でリタイアに追い込まれた結果、No.14 AJフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダは24台の全エントリーのなかで最下位の24位とされた。

    金曜日のフリープラクティスでは好調だった佐藤琢磨にとっては、とても残念な結果だったといえる。

    「非常に悔しい週末でした」と佐藤琢磨。

    「滑り出しは好調で、期待が持てる状況でした。初日の感触は良好だったのです。僕はトップ5に食い込んでいて、ホンダのなかでもっとも速いドライバーのひとりでした」

    実際、最初のプラクティスで佐藤琢磨は4番手に入り、チームメイトのジャック・ホークスワースを直後に従える形でホンダ勢のトップに立っていた。そして2回目のプラクティスでも5番手で、ホンダ・ドライバーのなかでは2番手につけていたのである。

    「ホンダとシボレーの差はとても小さいように思えたので、勇気づけられました。それと、過去2シーズンはプラクティス・セッションでライバルたちに追いつくのが難しい状況でした。インディカー・テストでは大抵、僕たちはコンペティティブなのに、レースウィークエンドになると状況が大きく異なってしまうのです」

    「今年はテストが行なわれなかった代わりに、金曜日には90分間のプラクティスを2度行うことになりました。僕たちは異なるセッティングと考え方で臨み、エアロパッケージも当然異なっています。それらはとてもうまく機能しているように思えました」

    もっとも、金曜日が順調だったからといって、その流れが週末を通じて維持されるとは限らない。「ミッドオハイオはとても古いコースです。コース幅が狭く、たくさんの上り坂とコーナーがあって、それらが一体となってひとつのコースを形作っています。そして最大の問題は、コースが古いために舗装の表面が磨り減って滑らかになっていて、このためラバーが乗ってくるまでは非常にグリップレベルが低く、その後、コンディションは急激に変化していく傾向にあります。なにしろ、最初のプラクティスから予選までの間に5秒近くもラップタイムは上がっているのです。まるでギアを1速上げたくらいスピードが変わったように感じられます」

    土曜日の午前中に行われた最後のフリープラクティスで、フォイト・チームのペースは大きく落ち込んでしまう。「速さがなくなりました。小さな問題があったのは事実ですが、他のドライバーはみんな速くなっていました。特にシボレー勢は目立って速くなったようです。ところが、彼らとは対照的に僕らは後退してしまったので、予選では異なることを試さなければいけなくなりました」

    佐藤琢磨は自分の予選グループで8番手になったため、第2セグメントには進めず、16番グリッドからスタートすることが決まる。けれども、佐藤琢磨はあと100分の6秒速ければ第2セグメントに進出できたほか、3番手となったファン-パブロ・モントーヤとは0.2秒しか差がなかった。このような接戦こそが、まさしくインディカー・シリーズだといえるだろう。

    「僕たちはマシンのバランスを整えようとしましたが、予選はあまりに接戦でした。最終コーナーで少し姿勢を乱しましたが、これで失ったのは0.1秒にも満たないでしょう。でも、もうそれで十分でした。ジャックとジャスティン・ウィルソンはもう1ラップ周回してトップ6に滑り込みました。『僕ももう1周していれば……』というのは簡単ですが、あまりにもタイトな戦いでした。残念な結果です」

    日曜日朝のセッションでは右リアタイアがスローパンクチャーを起こすという不運に見舞われた。マシンは引き続きナーバスで、しかもタイアを交換した佐藤琢磨がコースインするとセッションは赤旗中断となってそのまま幕を閉じた。いっぽう、朝早いセッションでバランスを正しく整えることは、あまり容易ではない。「それでもポジティブと思われたのは、ジャックがこのセッションで好調だったことで、これには勇気づけられました」

    ミッドオハイオはオーバーテイクが極端に難しく、しかも佐藤琢磨は16番グリッドからのスタートだったので、レース戦略がすべてといえた。もっとも、過去、このコースで上位入賞を果たしたのは、下位グリッドからのスタートにもかかわらず巧妙な戦略で追い上げを図ったレースばかりだったので、フォイト・チームは最初のピットストップをやや早めに実施し、他のドライバーとは異なるタイミングで給油を行う戦略を選択する。この時点で、チャーリー・キンボールがスピンしてイエローコーションとなったため、佐藤琢磨はひとつポジションを上げて15番手となっていた。

    「他のドライバーに追いついていくことはできました。ただし、イエローに備えるためにはアグレッシブな戦略を採らなければいけませんでした。最初のスティントは予定どおり進み、すべては順調のように思えました」

    やがて他のドライバーのなかにも同様の戦略を選ぶ者が現れた。そのなかのひとりだったステファノ・コレッティは佐藤琢磨のマシンに追突。このとき、佐藤佐藤琢磨は19番手でコレッティは20番手だった。このため、琢磨はもう1度ピットストップを行うことになり、コース上に散らばったパーツを回収するためにセーフティカーが導入された。

    「このアクシデントでリアバンパーにダメージを負い、ピットストップを余儀なくされました。フォンタナでチームがリアバンパーを交換しようとしたとき、長い時間を要して僕はラップダウンになりました。ところが、次にピットストップしたライアン・ブリスコーはたった15秒でリアウィング・アッセンブリーをすべて交換しました。そこで僕たちもアッセンブリー全体を交換することしましたが、カーボンの構造体に固定するボルトの何本かがダメージを負っていたため、作業に手間取ることとなりました。ここで5分間をロスし、2周遅れとなります。ひどい展開でした」

    「その後はイエローのタイミングで周回遅れから脱することを強く期待していましたが、そのような展開にはなりませんでした」

    そして24番手を走行していた佐藤琢磨はリタイアに追い込まれることになる。

    「僕はカルロス・ムニョスを追っていました。すると彼はターン4でコースアウトを喫したので、何かがあったのだろうと推測しましたが、なんと僕も同じ状況になり、リアが突然滑り始めました。僕はコースに復帰しようとしましたが、グリーンかグラベルにリアバンパーが引っ掛かってしまったらしく、またもやダメージを負ってしまいました。しかし、時間内に交換を終えるのに必要なスペアはもう手元になく、最後のスティントを残して僕らはリタイアせざるを得ませんでした」

    このレースにはたくさんのファンが応援に駆けつけていただけに、佐藤琢磨にとっては残念な幕切れとなった。

    「とても残念でした。オハイオはホンダにとって重要な生産拠点で、従業員もたくさんおり、今回は僕たちの参戦100戦目を祝ってくれました。暖かい歓迎を受けてとても嬉しかったので、皆さんの応援には心から感謝していました。しかも、今回はファンクラブのメンバーが日本からたくさん訪ねてきてくれたので、僕にとってもっとも苦しいレースのひとつを皆さんに見てもらわなければいけなかったことはとても残念です」

    次のイベントまで3週間のインターバルがあるうえ、ミッドオハイオとは大きく異なるポコノのスーパースピードウェイがレースの舞台となる。

    「これまで好成績を残しているコースではありませんが、調子は良く、どちらかといえば僕らが得意としているコースです。今度こそいいリザルトが得られると期待したいですね」

  • 佐藤琢磨、100戦記念レースも接触の影響でリタイア / インディカー

    佐藤琢磨、100戦記念レースも接触の影響でリタイア / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー100戦目の記念すべきレースとなった第14戦 ミッドオハイオの決勝レースをリタイアで終えた。

    予選16番手だった佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、1回目のピットストップをレイホールたちと同様に早めに行ったが、その直後に他車と接触。ダメージの修復で周回遅れに陥り、レースに戻ったものの再びマシンを損傷し、ピットでレースを終えた。

    佐藤琢磨(24位)
    「オーバーテイクの難しいコースなので、序盤に早い段階でピットストップを行う作戦を立てていました。実際に僕らは早めにピットインし、そこまでは非常に順調だったと思います。ところが、コースに戻ったあとにリアからぶつかってきたドライバーがいてホイールガードが壊れ、その修理で2周遅れとなりました。自分の走行ペースはトップとほとんど変わらないものにできていたのですが、2ラップを取り戻すのは難しかったですね。最後のピットストップを前にコースアウトし、リアのウイングレットにダメージを受けました。私はピットに戻り、そこでリタイアとなりました。今回は自分にとってインディカーでの100戦目でしたが、レースは残念なものとなりました。次の101戦目から、またフレッシュな気持ちでがんばりたいと思います。今シーズンの残り2戦、いい戦いができるようがんばります」

  • 佐藤琢磨、予選16番手から決勝に臨む / インディカー

    佐藤琢磨、予選16番手から決勝に臨む / インディカー

    佐藤琢磨は、インディカー 第14戦 ミッドオハイオの予選を16番手で終えた。

    佐藤琢磨(A.J. Foyt Racing)は、インディカーにデビューした2010年のミッド・オハイオで予選3番手になり、2011年には予選9番手から4位フィニッシュを記録している。

    金曜日の2回のプラクティスでともにトップ5入りしていた佐藤琢磨は、予選を前にした土曜日午前中のプラクティスでは13番手だったが、ソフトタイヤを使用する予選では上位での戦いが期待されていた。

    佐藤琢磨は今週末の自己ベストを更新する1分5秒5933を第1セグメントの第2グループでマークし、6番手で第2セグメントに進出するものと思われた。しかし、計測終了間際に2台が佐藤琢磨と5番手のドライバーの間に割って入ったため、佐藤琢磨の予選結果は第1セグメントの第2グループで8番手となり、明日のレースには16番グリッドからスタートすることが決まった。

    佐藤琢磨(16番手)
    「金曜日のプラクティスの時点でマシンのフィーリングが非常によく、上位のタイムを出せていました。しかし、予選ではほんの小さなタイム差によって、第2セグメントへの進出を逃しました。ミッドオハイオは、オーバーテイクしやすいコースではありませんから、16番手は厳しいグリッドになります。ただ、私たちには新品のソフトタイヤが2セット残されていますから、そのアドバンテージをうまく利用して、上位へと食い込んでいくつもりです。明日のプラクティスでもう一度マシンの向上を目指し、レースでは作戦も上手に使って、トップグループへと進出したいです」

  • 佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメットで参戦

    佐藤琢磨、インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメットで参戦

    佐藤琢磨は、今週末に開催されるインディカー 第14戦ミッドオハイオでインディカー100戦目を迎えることを記念した「インディ参戦100戦記念スペシャル・ヘルメット」でレースに臨む。

    2011年にインディカーに転向した佐藤琢磨は、今週末、8月2日に開催されるミッドオハイオ戦で参戦100戦目を迎える。

    佐藤琢磨は「インディカーシリーズ参戦100戦目を迎えることができました。応援してくださる皆様のおかげです。本当にありがとうございます」とコメント。

    「北米での挑戦を決意してから5年半の歳月が流れました。気がつけばF1での出走91戦を追い抜いて、あっという間にここまで来た感があります」。

    「いつもみなさんの声援を身近に感じ、良い時も悪い時も同じ思いでこれまで走り続けることができました」。

    「たくさんのレースを戦い、本当に素晴らしい瞬間を数え切れないほど経験しましたが、コース上では今でも新鮮な気持になります」。

    「今後もさらなる高みを目指して、みなさんと一緒に夢に向かって挑戦していきたいと思っています」。

    「100レース目には、これまでのすべての想いと感謝の気持ちをこめてスペシャル・ヘルメットを着用して挑みますが、レース後はこのスペシャル・ヘルメットをチャリティーオークションに出品し、『With you Japan』を通じて復興地の子供たちの支援に届ける予定です。オークションの詳細は改めて報告させていただきます」

  • 佐藤琢磨 「これほど嫌な気分を味わったことはない」 / インディカー

    佐藤琢磨 「これほど嫌な気分を味わったことはない」 / インディカー

    佐藤琢磨が、インディカー 第13戦 アイオワのレース週末を振り返った。

    前戦が終わってまだ6日しか経っていないというのに、ベライゾン・インディカー・シリーズの一行はミルウォーキーよりもさらに全長が短いアイオワ・スピードウェイを訪れたが、佐藤琢磨にとって残念な結果に終わったことには変わりなかった。

    佐藤琢磨はラップダウンの14番手を走行中に、No.14AJフォイト・ダラーラ・ホンダの右フロント・サスペンションが破損したため、ターン2のウォールに激突。佐藤琢磨が無傷だったことは幸運以外の何ものでもなかった。

    チームがアイオワに持ち込んだショートオーバル用のセットアップは、ロードコースで使われているものと非常に近い内容だったが、状況はまったく異なっていた。

    「率直にいって、誰にとっても非常に大変な週末でした」と佐藤琢磨。

    「ミルウォーキーはほとんどバンクがありませんが、アイオワはハイバンクのコースで、しかもナイトレースとなります。ところが、プラクティスはすべて日中に行われました。ナイトレースのときは夜間のプラクティス・セッションが設けられるのが通常です。したがって、冬の間にアイオワでテストしたほんの数チームだけが、新しいエアロパッケージの開発を行える可能性があったことになります。たしかに、テストは昼の間に行われましたが、気温はずっと低いので、いくつかのことをシミュレーションできたはずです」

    「僕たちのプラクティスはあまりスムーズに進んだとはいえません。45分のセッションが2回だけでは、決して十分ではありません。走り出しの段階では、マシーンのセットアップは完璧とは言いがたい状態だったので、最初のセッションではまずセットアップの煮つめを行い、ようやく安心してドライブできるレベルに近づきました。そこで、プラクティス2ではセットアップをさらに改善するため、いくつかの実験を行いましたが、それらは残念ながら反対の結果に終わりました。エアロの点でもメカニカルグリップの点でも、僕のマシーンは最適化されたことが一度もないまま、セッションは時間切れとなったのです」

    このような状態だったから、予選での15番手という結果は決して悪くなかったといえる。

    「あらかじめ、そこそこにはいい結果が得られるであろうことがわかっているセットアップで予選に臨みました。今季は、僕が先に予選アタックに挑み、この結果を踏まえてチームメイトのジャック・ホークスワースが予選に臨むという形で進んできましたが、今回はジャックが4番手、僕は21番手の出走で、アタックを終えたジャックは、アンダーステアがひどく、またダウンフォースが大きすぎると訴えていました。僕たちはもともと彼よりも軽めのダウンフォースでセッティングしていましたが、ジャックのコメントを受けてさらにウィングを寝かせることにしました。結果的にプラクティスよりは速くなりましたが、スピードは満足できるレベルに達していなかったし、ギアリングも合わせ込むことができませんでした」

    「少なくとも、僕はラップタイムよりバランスのほうが満足できました。これでようやく、『レースに向けて少しいい状態になってきた』という、多少なりともポジティブな感触が掴めたのです。なぜなら、シャシーのメカニカルな部分に関しては、少しはよくなったことを証明できたのですから……」

    レースまでに夜のセッションに向けて最適化した新しいエアロパッケージを準備する時間は、ほんのわずかしか与えられなかった。たしかに今シーズン前半に行われたテキサスはナイトレースだったが、あれはスーパースピードウェイでの開催だったのでまた異なるパッケージが用いられた。夜間は、気温が下がるためにダウンフォースは増え、路面温度も低下するのでタイアのグリップレベルも同様に上がる。しかし、どれほど良くなるかを予想するのはとても難しかった。

    「新しいエアロパッケージのおかげでダウンフォース・レベルは大きく向上しました。けれども、出走したドライバーのなかでいうと、僕は比較的軽めのダウンフォースだったようです。ダウンフォースが大きく不足していることに気づいたのはスタートしてからのことでした。このときは午後7時50分で日没前でしたが、気温は下がり始めていてもまだ華氏80度(約27℃)あり、路面温度は華氏100度(約38℃)でした。しかも、スティントごとに温度は下がっていき、バランスも大幅に変化していきました。もちろん、チームは空気圧を変えて補正しようとしましたが、マシーンは非常にセンシティブな状態でした」

    レースの大半を通じて、佐藤琢磨はリードラップの後方集団か、ときにはラップダウンになりながら周回を重ねていたが、周回遅れになった際には、コーションになってトップがピットインしてもコース上にステイアウトするなどの戦略でリードラップへの返り咲きを図っていた。いずれにせよ、クルマを良い状態にまとめあげるには時間がかかった。

    「最初のスティントでは空気圧が高すぎ、コースのどこでもタイアがスライドするような状態でした。空気圧を少し下げた第2スティントはいい感触でしたが、第3スティントは少し欲をかいて空気圧を下げすぎ、スタビリティが失われてしまいました。第4スティントは空気圧を戻したところ最初のスティントと同じような状態となり、第5スティントで最終的に問題を解決できました。これでようやくバランスのいいマシーンに仕上がったのですが、ここまでに250ラップ近くを費やしていました」

    ある周回では、ホークスワースがトップで佐藤琢磨が2番手となり、AJフォイト・レーシングの1-2体制ができあがったが、その直後に佐藤琢磨は最後のピットストップを行うこととなった。そして261周目に悪夢のような出来事が起きる。

    「とてもエキサイティングで、いかにもアイオワらしいレースでした。接戦の連続で、僕は前に行ったり後ろに行ったり、ショートオーバルらしい忙しい戦いでしたが、最後のスティントはとてもいいペースで周回でき、目の前のグループに追いついていきました。ターン2のいちばんバンピーなところにやってきたとき、右フロントのプッシュロッドが壊れ、マシーンが激しくボトミングしました。僕にはどうすることもできませんでした」

    「2011年のテキサス以降、これほど嫌な気分を味わったことはありません。とてもアグレッシブなラインで必死にコーナリングしている最中に、なんの予兆もアクシデントはなく起きました。ラップタイムは18秒ほどで、しかも5Gを越える横Gがかかる、シリーズ中もっとも厳しいコースのひとつです。それが、5Gがかかっている真っ最中、200mph(約320km/h)のスピードでアウト側に突き進み、ほとんど減速できないままウォールに激突したのだから信じられません。おそらく、衝突するまでに1秒くらいしかかかっていないでしょうが、実際にはもっと長く感じられました! 『これはひどいことになるぞ』って思いました。正直、怖いとも覆いましたが、SAFERウォールと頑丈なモノコックのおかげで、ケガを負わずに済みました」

    「ものすごくガッカリしました。いずれにしても、いい成績は残せなかったでしょうが、頑張ってくれたメカニックたちのためにも完走したいと思っていました」

    実は、サスペンション・トラブルに見舞われたのは佐藤琢磨だけではなく、ポイントリーダーのファン-パブロ・モントーヤも同じようなアクシデントでリタイアに追い込まれていた。

    「インディでジェイムズ・ヒンチクリフは右フロント・サスペンションのロッカーが壊れるトラブルに遭いました。そこでインディカー・シリーズは強化されたロッカーとサスペンション・ブラケットの使用を義務づけました。これはとてもうまくいきましたが、事故の原因を探るためにも、強度計算の詳細を調べないといけないでしょう。モントーヤの話を聞いたところ、アクシデントの原因はふたりともプッシュロッドの破損であったように思われます。ひと晩に2回も事故を起こすとは、多すぎるといわざるを得ません」

    2015年シーズンのインディカー・シリーズも残すは3戦。2週間後には美しいミドオハイオのロードコースでレースが繰り広げられる。「幸運にも、メカニックたちはミドオハイオ前にテキサスに戻ってマシーンの準備をすることができます。まるでイギリスのオウルトンパークのようなこのコースが僕は大好きです。最初の2シーズンはとても力強い走りを見せることができ、その後はいい成績を残せませんでしたが、このコースはいつでも楽しめます!」