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  • ロス・ブラウン、マクラーレン・ホンダでF1復帰?

    ロス・ブラウン、マクラーレン・ホンダでF1復帰?

    ロス・ブラウンが、F1に電撃復帰するとの噂が浮上している。

    今週、ロス・ブラウンは新たな著書のなかで、メルセデスを離脱した理由がトト・ヴォルフ、ニキ・ラウダ、パディ・ロウを“信用できなかった”からだと述べたことで物議を醸した。

    トト・ヴォルフは「驚いたよ」とオースティンで Telegraph にコメント。

    「彼との会話の内容とまったく違っていたからね」

    「全ての状況は、とてもじゃないが信用よりも非常に複雑なものだった。取締役会はチームの運営方法に変化が必要だと感じていた。遷移は常に機密の話題だ」

    「だが、まだ私は彼をリスペクトしている。本によってそれが変わることはない」

    ロス・ブラウンは、マクラーレンの上級職としてF1界に復帰すると噂されており、それが真実であれば、トト・ヴォルフとロス・ブラウンはそれほど遠くない将来にパドックの再び顔を合わせることになるかもしれない。

    マクラーレンでは、ロン・デニスが最高権威の座を退く可能性あるとされ、レーシングディレクターのエリック・ブーエリにはフェラーリ移籍が噂されている。

    マクラーレンの広報担当は「我々は、エリックがマクラーレンに100%コミットしており、フェラーリもしくは他のチームと交渉していないことを確認することができます」と主張。

    しかし、ロス・ブラウンはF1復帰を除外していない。

    「私はF1での人生の一部を逃している。チームワーク、スピリット、チームとクルマの開発などね」とロス・ブラウンはコメント。

    F1復帰を想像することができるかと質問されたロス・ブラウンは「決してないとは言えない」と答えた。

  • ロス・ブラウン、メルセデス離脱の理由は「信用できなかったから」

    ロス・ブラウン、メルセデス離脱の理由は「信用できなかったから」

    ロス・ブラウンは、2013年末にメルセデスを去ったのは、ニキ・ラウダとトト・ヴォルフのことを信用できなかったからだと明かした。

    ロス・ブラウンは、2010年にタイトルを獲得した自身のチームであるブラウンGPがメルセデスに買収された後もチーム代表としてチームに残り、その後4シーズンにわたって競争力を取り戻すために指揮をとった。また、ルイス・ハミルトンをマクラーレンから引き抜く際にも重要な役割を果たしている。

    しかし、ロス・ブラウンは、2013年末でその役割を退いた。

    ロス・ブラウンは、離脱を決断したのは、当時チームのマネジメントに加えられた非常勤会長のニキ・ラウダとトト・ヴォルフとの関係が理由だったと告白した。

    「メルセデスでは信用できない人々を次々と押しつけられるという状況にあった」とロス・ブラウンは11月3日に新たに発売される著書『Total Competition』で述べた。

    「彼らが何をしようとしているのか私には最後まで理解できなかった。ニキが私に何かを言っても、他では違うことを言っていると耳に入ってくるような状況だった」

    また、ロス・ブラウンは、トト・ヴォルフと元F1チーム代表コリン・コレスとの間に持ち上がった脅迫スキャンダルについて振り返っている。

    トト・ヴォルフは、コリン・コレスに対してロス・ブラウンを中傷するような言葉を発していたことが後に明らかになっている。

    「彼は私が金の上にあぐらをかいていると言った。私が大金を手に入れ、もはやチームへの興味を失い、モチベーションもなく、何もしないと言ったそうだ。チームには新しい推進力が必要と言っていた。彼はまだチームに来たばかりで上層部の注目が嬉しかったのだろう」

    「私が理解する限りでは、上層部はコレスに『何らかの理由があってこのチームは機能していない。君は賢いビジネスマンだ。ウィリアムズのことをよく知っている。チームに行って何がおかしいのかをわれわれに教えてくれないか?』と言ったようだ。おそらく彼を相手に報告の内面的なリハーサルでもしていたのだろう」

    「つまり、最終的に私は信頼できると感じられない人々と仕事をしなければならなくなっていた。すでに彼らのアプローチが私を落胆させていたチーム内の人々とね」

    また、2013年にパディ・ロウが技術部門の代表として雇用されたことも関係をさらに悪化させることになったという。

    「そして、2013年の初め、パディ・ロウの加入が決まったことを知った。シュツットガルトで契約が交わされていた。トトとニキに問いただしたら、彼らは互いに責任を押しつけ合った。私は徹底的に話し合おうと思って2人に会った。そうしたら、彼らはお互いを指さしていたよ・・・」

  • フェラーリ、ロス・ブラウンの招聘にむけて交渉

    フェラーリ、ロス・ブラウンの招聘にむけて交渉

    フェラーリは、今シーズンの苦境を抜け出すために、ロス・ブラウンの招聘を検討しているという。

    先週、フェラーリ会長のセルジオ・マルキオンネとチーム代表のマウリツィオ・アリバベーネが会議を行い、チームの今後についての話し合いを行い、新たなアプローチを検討したという。

    アイデアのひとつが、かつてフェラーリを常勝軍団に引き上げたロス・ブラウンをコンサルタントとして招聘することだという。

    フェラーリは、ロス・ブラウンがメルセデスを離脱した2013年にもアプローチしているが、ロス・ブラウンはF1からしばらく離れたいとし、この申し出を辞退している。

    フェラーリは、セルジオ・マルキオンネとマウrツィオ・アリバベーネへの技術面のアドバイザーとしてのロス・ブラウンの加入を求めている。また、チーム内に変更を加える必要がある点についてもロス・ブラウンの意見を求めたいとしている。

    フェラーリは、ロス・ブラウンの説得を続けているが、ロス・ブラウンはF1から離れた生活を楽しんでおり、F1に戻ることに対して関心を示していないという。

    最近、ロス・ブラウンは「24時間関与することは求めていない」とSky TV に語り、F1に戻るのには抵抗があると述べていた。

  • ロス・ブラウン 「シューマッハは今のメルセデスの成功の一役を担った」

    ロス・ブラウン 「シューマッハは今のメルセデスの成功の一役を担った」

    ロス・ブラウンは、ミハエル・シューマッハが、現在メルセデスが味わっている成功の一役を担ったと考えている。

    かつてフェラーリでF1記録を塗り替え続けたロス・ブラウンとミハエル・シューマッハは、メルセデスがワークスチームとしてF1に復活した2010年から2012年までチーム代表とドライバーとして共に働いた。

    ロス・ブラウンは、メルセデス時代について「初期シーズン、我々はもはや成功を収めなったが、彼の献身は何も変わらなかった」

    「勝利はまだ彼のDNAの一部だった」

    「現在メルセデスが味わっている成功んためにミハエルがどれくらいのことをしたかについて過小評価するべきではない」

    ミハエル・シューマッハのキャリアを振り返り、ロス・ブラウンは、これまでにF1でレースをしたなかで最も偉大なドライバーのひとつだと結論づけるだ。

    「彼は、我々が勝てるはずないと思っていたレースで勝った」とロス・ブラウンはフェラーリ時代を振り返った。

    「そして、私の意見では、ミハエルは他の誰よりもしばしばそれを実現した」

    現在、報じられたところでは、ロス・ブラウンは、スキー事故以来、ミハエル・シューマッハを見舞った数少ない人々のひとりとされている。

    ロス・ブラウンは、ミハエル・シューマッハは私人であるとしてプライバシーを守るという家族の決定を擁護する。

    「ひとりのミハエル・シューマッハは、一般の人々とメディアのためのものだったが、もう一人のミハエルは私人だった」

    ミハエル・シューマッハのスキー事故から2年が経過したが、実際の容体についてはほとんど知らされていない。

    Il Giornale は、「ミハエル・シューマッハは、技術的に目を覚ましており、彼の目は開いている」とのF1インサイダーのレオ・トゥッリーニのコメントを紹介。

    「しかし、彼は周りの環境や彼に会う権利のある数少ない人々を認識していないようだ」

    「テレビでF1がやっていても彼は反応しない」

    La Gazzetta dello Sport も同様の報道をしており、ミハエル・シューマッハが「どんなカタチであれ、コミニュケーションはとれない」と非公式に主張している。

    「彼の体重は45〜48kgであり、動くことはできない」

    しかし、ミハエル・シューマッハの家族、そして、ロス・ブラウンのような親しい友人は諦めていない。

    「ミハエルは、彼の前にはほとんどの人が歩いてこなかった道にいる」とロス・ブラウンは語る。

    「彼は、以前に何度も我々を驚かせてきた男だ」

  • ロス・ブラウン、ミハエル・シューマッハの回復へ希望は捨てず

    ロス・ブラウン、ミハエル・シューマッハの回復へ希望は捨てず

    ロス・ブラウンは、友人であるミハエル・シューマッハが回復するという希望を捨てていないと語った。

    ミハエル・シューマッハが2013年末にフランスのスキー場で頭に大けがを負ってから、あと2か月ほどで2年が過ぎようとしている。

    現在はミハエル・シューマッハは、スイスのレマン湖のほとりにある自宅でリハビリテーションを受けていが、容体に関する情報はあまり聞こえてこない。

    最近の報道では、かつて75kgの体重があったミハエル・シューマッハの体重が45kgまで減っているというものだ。また、不眠不休で続けられているミハエル・シューマッハの治療費は1週間で15万ドル(約1,800万円)に上ると伝えられている。

    ロス・ブラウンは、かつてフェラーリの最高技術責任者としてミハエル・シューマッハとともにフェラーリ黄金時代を築き上げ、シューマッハがF1復帰を果たした2010年から2012年までの3年間もメルセデスで共に戦った経緯がある。

    2013年シーズン後にメルセデスのチーム代表の座を退いてからはF1とは距離を置いているロス・ブラウンだが、今でもミハエル・シューマッハの家族と連絡を取り合っていることを明かした。

    「我々は、彼に会いに行ったり招いたりすることのバランスを取るように努めている。それによって苦痛を感じないようにね」とロス・ブラウンは Daily Express にコメント。

    「何度か彼に会いに行った。コリーナ(シューマッハの妻)がときどき電話をくれて、状況を教えてくれている」

    「我々としては毎日ただ祈り続けるだけだ。彼がまた以前のような状態に回復することをね。それには時間がかかるが、希望を失うことはない」

  • ルイス・ハミルトン、メルセデスでのロス・ブラウンの功績を称える

    ルイス・ハミルトン、メルセデスでのロス・ブラウンの功績を称える

    ルイス・ハミルトンは、F1ロシアGPでコンストラクターズ選手権タイトル2連覇というメルセデスの成功の一部には、かつてのチーム代表であるロス・ブラウンの存在があると述べた。

    ルイス・ハミルトンが優勝したF1ロシアGPのチェッカーが振られた直後は、ランキング2位のフェラーリ勢が2位と5位だったため、ニコ・ロズベルグがトラブルでリタイアしていたメルセデスのコンストラクターズタイトル獲得は次戦に持ち越される予定だった。

    しかし、最終ラップでキミ・ライコネンがバルテリ・ボッタスと接触するインシデントを引き起こし、終了から2時間後に30秒のタイムペナルティが下されたため、キミ・ライコネンの最終結果が8位となり、ポイント数でもメルセデスのタイトル2連覇が確定した。

    メルセデスは、2014年にレギュレーションが大きく変更されて以降、優位を誇り続けているが、その基礎となる作業はV6ターボエンジンが導入される数年前に行われたものだ。

    ロス・ブラウンは2013年末にチーム代表の座を退き、後にはトト・ヴォルフ、パディ・ロウ、ニキ・ラウダらが首脳陣としてチームを率いている。

    ロス・ブラウンとニキ・ラウダに誘われて2012年末にマクラーレンからメルセデスに移籍したルイス・ハミルトンは、離脱までにロス・ブラウンが成し遂げた仕事のおかげだと元上司を称えた。

    「ロスと座っていた頃を思い出す。彼が教えてくれたプランを聞いた時はとても良い感触があった」とルイス・ハミルトンはコメント。

    「今ちょうど、彼に忘れずにメッセージを送らなければ思っていたところだ」

    「今の僕たちの成功には彼も関わっている」

  • フェラーリ、ロス・ブラウンの復帰を望む

    フェラーリ、ロス・ブラウンの復帰を望む

    フェラーリのチーム代表マルコ・マティアッチは、ロス・ブラウンの復帰を望んでいることを明かした。

    昨年、メルセデスのチーム代表を退いているロス・ブラウンは、過去に大きな成功を収めたミハエル・シューマッハ時代のフェラーリをテクニカルディレクターとして支えていた。

    ステファノ・ドメニカリの退任を受けてフェラーリのチーム代表に就任したマルコ・マティアッチは、最近ロス・ブラウンと“複数回”の話し合いを持ったことを CNN に明かしている。

    「誰もがロスの獲得を希望し、ロスのフェラーリ復帰を見たがっている。彼はF1で最も尊敬される人物の一人であり、最高の知識と経歴を有している。誰もがロスのような人物に満足することだろう」

    以前、ロス・ブラウンがマラネロを訪問したことがあったが、仕事とは無関係のものだと両者が一蹴していた。

    今になってマルコ・マティアッチは、その際にロス・ブラウンと数分間の会話を交わしたことは“とても良かった”と振り返っている。

    2015年にロス・ブラウンを陣営に加えることのできる可能性を10段階で示すよう求められたマルコ・マティアッチは「私はそのようなゲームは好きではない」と主張。

    「いずれ獲得するものではなく、今は手にしているもので仕事をしなければならないと考えている。ジェームズ(アリソン)がテクニカルディレクターであり、そこからスタートしたい」

    「あなたの応えるなら“2”だ。おそらくロスは今の自分に満足していると思う」

  • フェラーリ、ロス・ブラウンに7億円を提示?

    フェラーリ、ロス・ブラウンに7億円を提示?

    フェラーリは、ロス・ブラウンをF1に引き戻そうと億単位の提示をしているという。

    Corriere della Seraによると、フェラーリは59歳のロス・ブラウンに対し、要職に復帰すれば、年間500万ユーロ(約7億円)を出すとのオファーを出しているという。

    ロス・ブラウンは、メルセデスチームを現在の地位にまで導いたが、昨年末でF1の仕事を引退した。

    それ以前はホンダのチーム代表を務め、ホンダのF1撤退後はチームを買収して“ブラウンGP”として2009年のタイトルを取った。

    ロス・ブラウンが最もよく知られているのは、テクニカルディレクターとしてミハエル・シューマッハとともにフェラーリの黄金時代を築いたことだろう。

    ロス・ブラウンが引退を撤回し、フェラーリで重要な役職に就くとの噂は5月にも浮上していた。ロス・ブラウンが、フェラーリの本部で目撃されたためだ。

    しかし、その時は“友人一行とイタリアをめぐるツアーを楽しんでいた。それだけだ!”と述べていた。

  • ロス・ブラウン、マラネロとフィオラノに出没?

    ロス・ブラウン、マラネロとフィオラノに出没?

    ロス・ブラウンが、今週フェラーリの本拠地であるマラネロとフィオラノにいたとジャナリストのレオ・トゥッリーニが報じた。

    “フェラーリに関することはすべて知っている”と称されるフェラーリを専門とするジャーナリストのレオ・トゥッリーニは、マラネロとフィオラノにロス・ブラウンの姿があったと明かした。

    ロス・ブラウンは、F1に復帰する見込みを一蹴しているが、F1パドックではロス・ブラウンに会えなくなるわけではないと考えている関係者は多い。

    ロス・ブラウンは、フェラーリ時代にテクニカルディレクターとしてミハエル・シューマッハ時代の成功を支え、複数回のタイトル獲得に貢献している。

    レオ・トゥッリーニは自身のブログで、ロス・ブラウンが「単にバナナを買うため」もしくは「フェラーリを購入するため」にイタリアを訪れたのかもしれないと冗談を述べつつも、もうひとつ明白な仮説を立てている。

    「マルコ・マティアッチはとても知的な人だ。そして、おそらく、とても説得力があるのだと思う」

  • ロス・ブラウン、F1引退を表明

    ロス・ブラウン、F1引退を表明

    ロス・ブラウンは、F1から引退することを表明。自身の去就に関する噂に終止符を打った。

    昨シーズン末をもってメルセデスを去ったロス・ブラウンはサバティカル休暇に入っていたが、ロン・デニスのマクラーレンCEO復帰が発表されて以降、マクラーレンに加入するのではないという噂が広まっていた

    ロス・ブラウンは、これまでのF1キャリアで通算16個のタイトルを獲得し、最も近年では自身の名を冠したブラウンGPでジェンソン・バトンとと共に両タイトルを勝ち取っている。

    先週、趣味である釣りに熱中していると強調し、マクラーレン加入のうわさを否定していたロス・ブラウンだが、アバディーンシャーで行われた釣りイベントでF1引退を発表した。

    「私がここに招待されたときに彼らが気づいていなかったのはスクープだ。世界中のメディアが私が引退するかどうかを探ろうとしていたのだからね」とロス・ブラウンは Daily Telegraph にコメント。

    「F1にとって今は一年で最も忙しい時期だ。私はリバー・ディーに行くつもりだと言っていた」

    「彼らが様々な事情を重ねあわせて推測すれば、私が間違いなく引退することに気づけたはずだ」

    ロス・ブラウンは、所属したチームでコンストラクターズ選手権を8回、ドライバーズ選手権も8回の獲得に貢献。そのうち7回はベネトンとフェラーリ時代にミハエル・シューマッハと共に勝ち取ったものだ。F1界への進出は、メカニックとしてウィリアムズに加入した1970年代に遡る。

    「私は引退する。冗談ではない」

    「とりあえず一年は釣りを楽しむつもりだ。その後は人生がどうなるか見てみる。楽しみにしてはいるが、他にプランは何ひとつない」

    「リバー・ディーの解禁セレモニーに参加できることは素晴らしい名誉だ。ここは主に春の川として知られており、通常、私は春になるとスペインでF1マシンと格闘していたので、これまで一度も釣りをするチャンスのなかった川だ」

    「2月、3月、4月は私にとって釣りに行けない時期だった。だが、今年は辞めたから違う」