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  • ポルシェ919ハイブリッド:パワーユニット解説

    ポルシェ919ハイブリッド:パワーユニット解説

    ポルシェは、ポルシェ919ハイブリッドによりシルバーストンで開催されたFIA世界耐久選手権(WEC)の開幕戦で表彰台に登り、スパ・フランコルシャンではポールポジションを獲得して、スポーツカーレースのトップカテゴリーへ見事な復帰を果たした。

    新たに結成されたポルシェ ワークスチームにとっては幸先の良いスタートとなったが、ポルシェ919ハイブリッドの大胆なイノベーションを考えると、決して予測可能な結果ではなかった。

    この結果はWECとル・マンにおける新時代の到来を告げている。ポルシェ919ハイブリッドは、未来の市販車のための技術プラットフォームであり、実証試験でもある。「WECのスターティンググリッドに並ぶ他のプロトタイプには、ポルシェ919ハイブリッドほど効率的で複雑なハイブリッドシステムを備えた車はない」とポルシェは自信をみせる。

    ポルシェは、WECのトップクラスへの復帰によって重要な課題に直面している。第一に、919ハイブリッドは、スポーツカーメーカーがかつて製造した中でも最も複雑なレーシングカーであるということ。第二に、ポルシェはライバル達とは異なり、比較するための前年度の経験やデータを持ち合わせていないということだった。そして第三に、新設のLMP1レーシングチーム内において、ポルシェは自社のエンジニアでプロトタイプを開発したということ。それは、他の企業から既存のコンポーネントを購入するより遥かに困難なことだが、長期的には、より将来性のある道筋といえる。このような試みにおいて、LMP1テクニカルディレクターのアレクサンダー・ヒッツィンガーと彼のチームは、将来の市販車カスタマーにメリットをもたらすソリューションを探し出すというポルシェ伝統の経路を辿ることになる。

    最適なエネルギー変換効率(供給されるエネルギーと使用するエネルギーの間の最良の比率)の追求が、エアロダイナミクスや重量が最適化された各コンポーネントなどポルシェ919ハイブリッドのあらゆる側面に大きな影響を与えている。高度で先進性溢れるエネルギー回生システムとドライブシステムは、2つの際立った特徴となっている。WECの画期的な2014年シーズンの新しいレギュレーションは、ポルシェのスペシャリストたちに大きな裁量を与えた。周回ごとに使用可能な燃料の量が、車の性能の主な制限要因になっている。このアプローチでは、エネルギー効率が主要な要因となる。一方、ハイブリッドシステムも、LMP1-Hカテゴリーから出場するワークスカーの必要条件となる。レギュレーションの制定者は、エンジンの気筒数と最大排気量の選択とともに、回生エネルギーの貯蔵のタイプと方法をメーカーの裁量に任せた。

    ポルシェ919ハイブリッドは24時間に4,500kmを超えるエネルギーを発生
    ル・マンにおいては、周回ごとにドライバーが使用できるブーストとして供給される電気エネルギーの総量は制限される。規定では、2〜8メガジュール(MJ)までのエネルギーレベルに応じて4つのカテゴリーに分かれている。ポルシェは、ポルシェ919ハイブリッドを6メガジュールのカテゴリーで登録した。つまりこのLMP1プロトタイプは、サルトサーキットの13,629kmのロングコースにおいて、厳密に1.67kWhのエネルギーを使用できるということになる。それは実質的にどういうことを表すのだろうか?

    2013年のル・マンの覇者は348周を走破した。同じ距離から算出すると、ニューポルシェ919ハイブリッドは581.2 kWhを発生し、使用する。それは、60Wの電球を9,687時間という莫大な時間点灯させる電力に相当する。言い換えると、LMP1ポルシェ プロトタイプがル・マンのレース中に回生するエネルギーによって、フォルクスワーゲンの新しいe-Golfなど、現在販売されているコンパクトクラスの最も効率的な電気自動車で、4,576kmを走行できることになる。それは米国の東海岸から西海岸、すなわちニューヨークからロサンゼルスまでを横断できる距離にあたる。

    熱エネルギー回生における新たなベンチマークを設定
    「フロントアクスルにおける制動時の運動エネルギーの回生は、ブレーキング時にダイナミックに前方に移動する軸荷重によって大きなポテンシャルを備えるので、これを利用するシステムが論理的な展開といえました。私達は、このソリューションの選択によってリアアクスルへのKERSの適用を諦めました。自然吸気エンジンから始めるとKERSが唯一の選択肢になります。しかしターボチャージャーを使用することによって他の選択肢が生じました。私達が、ターボチャージャーによって排気ガスからエネルギーを引き出すことを選択した理由はそこにあります」とアレクサンダー・ヒッツィンガーは説明する。

    極めて革新的な排気ガスによる熱エネルギー回生を備えた、新しいル・マン・プロトタイプの複雑なハイブリッドシステムは、WECにおいては唯一ポルシェが採用している。このシステムでは、基本的にいわゆるウェイストゲートバルブの代わりに追加のタービンジェネレーターユニットを使用している。このバルブは通常、コンプレッサーの駆動に必要のない、排気ガスによる余分なエネルギーを大気中に逃す。ポルシェは、排気ガスによるこの過剰なエネルギーを利用している。すなわち、このエネルギーが、電気エネルギーを発生するジェネレーターを駆動する2つめのタービンを動かす。この新しいテクノロジーは、他のシステムでは常に失われていたエネルギーを回生する。ポルシェ919ハイブリッドは、このような排気ガスからのエネルギーの使用により、同クラスの車両において唯一、制動時だけでなく加速時にもエネルギーを回生する車となっている。両方のシステムが、電気エネルギーに変換された運動エネルギーと熱エネルギーを、水冷式リチウムイオンバッテリーに戻す。

    走行性能はそのままに、燃料消費量を30%削減
    電気エネルギーの貯蔵方法においてもポルシェは自らの方針に基づく独自の手法をとった。それは効果が少なくても簡単に利用できるシステムを採用する代わりに、将来性のあるテクノロジー、この場合は水冷式リチウムイオンバッテリーを使用すること。

    「ポルシェのエンジニアとの協力で開発されたこのノウハウは、未来のハイブリッド車にメリットを与えます」とヒッツィンガーは強調する。ヒッツィンガーは、フライホイールによる貯蔵とウルトラキャパシターとも呼ばれるスーパーキャパシターの研究も行ったが、リチウムイオンバッテリーが最高の解決策であることを見つけ出した。「しかしあくまで、高出力密度に高度な貯蔵容量を提供するために適切なセルテクノロジーが利用できる場合に限られます」と彼は付け加えている。ポルシェはこれを達成するために、パートナーのA123システムズによるバッテリーセルに信頼を置いている。

    ポルシェがエンジンのために採用したアプローチも同様に他に類がない。2リッターの排気量と直噴を備えた新開発のV型4気筒ターボエンジンは、ポルシェにとっては異型のシステムで、ダウンサイジングの先駆的な例となる。4気筒エンジンは、低重量なコンパクトサイズと構造的剛性および高出力の理想的な組み合わせ。ポルシェが選択した6-MJカテゴリーでは500PSを超えるガソエンエンジンには、ル・マンの1周に対してわずか4.78リッターの燃料消費しか許可されない。回生システムがパワフルになるほど燃料の燃焼は減少することになる。走行性能は同じにもかかわらず、エネルギーの許容量は昨年より30%減少している。

    ル・マン挑戦のための最先端テクノロジーソリューション
    FIA世界耐久選手権(WEC)の今年のカレンダーには、8つのレースが含まれる。イギリスのシルバーストンと「アルデンヌのジェットコースター」スパ・フランコルシャンの2つの6時間レースの後、待望の第3戦は、シーズンのハイライトであると同時に比類のない挑戦となる伝説のル・マン24時間。13.629kmのサルトサーキットの大半(9km)は、普段は通勤車や重量物運搬車も通行する、わだちの残る地方道を閉鎖して走る。長いストレートもル・マンの特徴。LMP1のワークスカーは、昼夜を問わず周回ごとに320km/hを超えることが数回におよび、2ヶ所のシケインでは、市街地での走行速度まで減速しなければならない。しかも周回の約70%でエンジンはフルスロットル。

    急ブレーキと長く続くパワフルな加速。ポルシェはこの特別な条件に合わせて、運動および熱エネルギー回生システムを備えた、パートタイム4WDのポルシェ919ハイブリッドを開発した。精巧なバランスのエアロダイナミクスも、ル・マンにおいてポルシェ919ハイブリッドの優位性を保つ上で決定的な役割を果たす。結果、発生するダウンフォースは、「ポルシェカーブ」などの高速コーナーで抜群のスピードをもたらす。これに対して可能な限り空気抵抗を減らすることにより、ロングストレートでは最高速度に達することができる。

    フランスのサルト県で行われるル・マン24時間の後、WECは3ヶ月のインターバルをおいてから、ヨーロッパを離れる。スケジュールには、米国(オースティン、9月20日)、日本(富士、10月12日)、中国(上海、11月2日)、バーレーン(サヒール、11月15日)、ブラジル(サンパウロ、11月30日)の5つの6時間レースが含まれる。

  • ストラッカ童夢、ル・マン24時間レースへの参戦を断念

    ストラッカ童夢、ル・マン24時間レースへの参戦を断念

    童夢とストラッカ・レーシングは、共同で進めてきた童夢S103による2014年 ルマン24時間レースへの参戦計画を断念することを発表した。

    ストラッカ・レーシングは、今週スパでのテスト中にクラッシュを喫してクルマを破損。ストラッカ・レーシングと童夢は、6月1日に開催されるル・マン24時間レースのテストデーまでに童夢S103の修復が間に合わないと判断した。

    「初日の走行中にオー・ルージュで起こった。あそこでコースを外れたら、ダメージを受けてしまう」とストラッカ・レーシングのチーム監督カール・パットマンは述べた。

    「その時はダニー・ワッツがドライブしていたが、彼は無事だった。だが、我々には車両の評価し、修復し、スペアパーツを用意する時間が足りない。タイトなプログラムだったし、このウィンドウ内では戦えるチャンスはなかった」

    チーム代表を務めるニック・レベンティスは「ストラッカ・レーシングは、主催者、テクニカルパートナー、そして我々のファンに、このタイミングでル・マン24時間の参戦を諦めることを謝罪したい」と述べた。

    「全員がこのマシンを必要なところまで到達させるために疲れを知らず働いてくれただけに、今年参戦できないことを本当に申し訳なく思っている。我々には、このプロジェクトに関わる全員に成功を届ける義務がある」

    童夢は、このようなトラブルを予測できなかった経験不足が原因であると反省の弁を述べた。

    「童夢としては初めての試みとして、日本で設計してヨーロッパで製作していた童夢S103ですが、設計が遅れた上に製作上でも様々なトラブルが続出し完成が遅れていました」と説明。

    「その上、シェイクダウン後もトラブルが続いて充分なテストが実施できなかった事から、ストラッカ・レーシングとしては、このままでは満足のいく状態でのルマン参戦は難しいと判断して中止を決定しました」

    「主として部品単位のトラブルが中心ですから間もなく収束すると思いますので、 童夢とストラッカ・レーシングでは至急に熟成を進め、適当な時期からWECへの参戦を開始する予定です。」

    「今までの密接な関係の外注先と異なり、ほとんどが初めての取引先となった今回の車両開発ですが、ひとえに、このようなトラブルを予測できなかった我々の経験不足が原因であると反省するとともに、中止の決断のやむなきに至ったストラッカ・レーシングとご期待いただいた関係者の皆様に深くお詫びを申し上げます」

  • トヨタ、ル・マン24時間レースのパブリックビューイングを実施

    トヨタ、ル・マン24時間レースのパブリックビューイングを実施

    トヨタは6月14日(土)と15日(日)、フランスのル・マン市で開催されるFIA世界耐久選手権(WEC) 第3戦 ル・マン24時間レースの模様を観戦する「パブリックビューイング」を東京・お台場のメガウェブで実施する。

    トヨタ・レーシングは、2012年よりハイブリッド・レーシングカーTS030 HYBRIDでル・マン24時間レース挑戦を再開。昨年は首位を争ったが、惜しくも2位表彰台獲得という結果に終わった。

    今季は新たなレギュレーションに合わせて生まれ変わったTS040 HYBRIDの2台体制で参戦。システム全体で最大1000馬力を発揮するTS040 HYBRIDは既に、ル・マンの前哨戦とも言えるWEC第1戦、第2戦で連続勝利を飾る速さを示しており、トヨタ・レーシングにとって悲願とも言えるル・マン24時間レース制覇に期待がかかる。

    パブリックビューイングは、24時間レースのスタート時とゴール時にレースの模様を放映する他、ゲストを迎えてのイベントも開催する。ゲスト解説者として、LEXUS RacingでSUPER GTを戦う脇阪寿一と伊藤大輔が出演予定。

    また、フランス・パリのシャンゼリゼ通りにあるトヨタのショールーム「ランデブー・トヨタ」との連携イベントも実施する。

    イベント参加者には特製ステッカーを配布する他、ゴール後にはWECドライバーサイン入りグッズが当たる抽選会も予定している。

    開催概要は以下の通り。

    開催場所: メガウェブ トヨタシティショーケース2F グローバルディスカバリーゾーン内
    〒135-0064 東京都江東区青海1-3-12
    電話:03-3599-0808
    入場無料
    ゲスト解説: 脇阪寿一、伊藤大輔(LEXUS Racing ドライバー)
    MC: 今井優杏

    パブリックビューイング&トークイベントのスケジュール

      受付開始 イベント開始 イベント終了 レーススケジュール
    6月14日(土) 20:30 21:20 22:50 スタート 22:00
    6月15日(日) 19:00 19:50 22:50 ゴール 22:00

    ※15日(日)16:00〜19:50は大画面でのライブ放映のみ実施

  • フェルナンド・アロンソ、ル・マン24時間レースのスターターを担当

    フェルナンド・アロンソ、ル・マン24時間レースのスターターを担当

    フェルナンド・アロンソは、6月15日(日)〜16日(月)に開催される第3戦 第82回 ル・マン24時間レースのゲストスターターを務めることが26日(月)に発表された。

    「このレースのスターターに選ばれてすごく嬉しい。ル・マンはモータースポーツの歴史を確立した数少ないレースのひとつだからね」とフェルナンド・アロンソはコメント。

    「この種のクルマの詳細をチェックしたい。F1で僕たちもハイブリッド時代に突入しているし、このシリーズに関連する作業方法やテクノロジーをもっと知りたい」

    また、フェルナンド・アロンソは、昨年限りでF1を引退し、今年ポルシェからWECに参戦するマーク・ウェバーともル・マンで再会することになる。

    「もちろん、マーク・ウェバーは素晴らしい友人だし、彼に会えるのも嬉しいね。F1は彼がいなくて寂しく思ってるし、彼が耐久レースをどのように闘ってるのか知りたい」

  • ポルシェ、ル・マン24時間レースにおける特別なエピソード

    ポルシェ、ル・マン24時間レースにおける特別なエピソード

    ポルシェのワークスチームによる919ハイブリッドでのル・マン24時間レースへの復帰のカウントダウンは、6月14日、15日に向けてすでに始まっている。

    世界最高峰ともいえるモータースポーツイベントでの16回の総合優勝というポルシェの記録は、未だに破られていない。

    ル・マンではテクノロジーだけで勝敗が決まる訳ではない。今回ご紹介するエピソードが、この耐久レースで勝つことの難しさを物語っている。

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    ジャッキー・イクス
    (ポルシェでの総合優勝4回、合計6回優勝):
    「3時間経過した時点で、このレースでは勝てないと思いました。私の936はリタイヤし、ユルゲン・バルトとハーレイ・ヘイウッドに合流しました。しかし、彼らもまたトラブルを抱えており、私達は42位でした。今でも次に何が起こったかよくわかりません。陶酔状態だったのです。私は一晩中最高速で走行し、常に限界でした。雨が降り、霧も出ましたが、どんどん速さを増しました。42位、35位、28位、20位、9位、6位、5位。誰もが想像もできないことを達成できると感じていました。ユルゲンとハーレイは、それまで以上の速さでドライビングし、メカニック達は驚くような仕事をしました。私は全く疲れを感じませんでした。そして首位に立ったのです。日曜の朝には完全に消耗し切っていました。最後には、ユルゲンが5気筒になった936で何とかフィニッシュラインを通過しました。私だったらできなかったでしょう。数多くのレースに、多くのすばらしい物語があります。しかし、1977年は群を抜いています。あれは、一生に一度の出来事です。あのようなレースが、ポルシェを伝説にしたのです」

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    ハンス・ヘルマン
    (1970年にポルシェで総合優勝):
    「1969年、私はジャッキー・イクスと最後の1時間半、各周回で抜きつ抜かれつのデッドヒートを繰り広げた末、敗れました。1970年、フェルディナンド・ピエヒが、よりパワフルなエンジンで優勝を狙えるよう取り計らってくれました。髪の毛1本の差で負けた翌年に勝利できたのは、言うまでもなく格別な体験でした。そして、あれはポルシェにとっての初優勝であり、私にとっての最後のレースでもありました。私は妻に約束していたのです。彼女は、その1年か2年前から私に引退するよう強く求めていました。多くの友人を失っていたからです。私自身もわかっていました。ずっと幸運でいられるという理由は全くなく、いつか運が尽きる日が来るということを。1970年にこれらの条件が全て揃ったのは、非常に感動的でした。涙を流したかどうかは覚えていません。きっと涙を流していたでしょうね。感激屋ですから」

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    リチャード・アトウッド
    (1970年にポルシェで総合優勝):
    「私達は、奇妙な状況で勝ちました。2月、当時の開発担当役員だったヘルムート・ボットが、ル・マン24時間レース用にどんなクルマが欲しいか尋ねました。私は彼に3つのことを挙げました。まず5リッターエンジンではなく、4.5リッター12気筒エンジンが必要だと話しました。それは、5リッターエンジンは信頼性が劣ると考えていたからです。2つ目として、私は917の「Kurzheck」(ショートテール)バージョンが良いと言いました。ロングテールバージョンは、あまりにも安定性に欠けていたからです。3つ目として、ハンス・ヘルマンをパートナーにして欲しいという条件を出しました。彼は耐久レースを走り切るために、どのようにクルマと自分のペースを合わせなければならないかを知っていたからです。これら全てを得ましたが、予選結果は15位でした。その時点で、人生で最悪のミスをしたと思いました。5リッターエンジンに対して勝ち目はないと思ったのです。私達には競争力がなく、上位グループにトラブルが起こるようひたすら願うことしかできませんでした。そして見事にそうなり、私たちは優勝したのです」

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    ペーター・ファルク
    (ポルシェのレース監督として総合優勝7回):
    「1987年、ル・マンでいつも通り3台の投入を予定し、スペアカーとして4台目の962を製作しました。当時は、フランス入りする前に、ヴァイザッハでドライバーが全ての車両をテストドライブするのが普通でした。そのとき、ハンス=ヨアヒム・スタックが1台を修理不能なまでに損傷しました。よって私達は車両が3台しかない状態でル・マンに臨みました。ところがフリープラクティス中に、プライス・コブが重大なアクシデントに見舞われました。これにより、手持ちの車両は2台になってしまいました。そしてその2台でレースに臨んだのです。1時間もしないうちに、ヨッヘン・マスがピットに戻りました。エンジンが壊れてしまいました。多分ピストンに穴が開いたのだと思います。その結果、残り1台になってしまいました …。まだレースは23時間も残っているのに、シュトゥック/デレック・ベル/アル・ホルバート組の962だけが頼りでした。レースディレクターとしての私とチーム全体にとって、状況は非常に疲れるものでありながら、元気が出るものでもありました。1台のクルマしかなくて、どうなるのだろう?と思っていましが、結果は上々でした。私達は優勝したのです」

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    ノルベルト・ジンガー
    (プロジェクトのトップとして総合優勝9回):
    「表彰台を独占したのは、すばらしい瞬間でした。レースには慎重に臨みました。956は完全なニューマシンだったからです。レースは、毎回勝ちに行ける訳ではありませんし、動向を見守る必要があります。24時間を完走するのは容易ではありません。私達は非常に真剣に仕事に取り組んでいましたが、1982年の勝利は完璧で、少し驚きでもありました。その数年前には手痛いミスを犯していました。1979年、エルンスト・フールマンがまだポルシェに居て、私達エンジニアに『今年、ル・マンに出ると言ったらどう思う?ライバルなどいないも同然なのだが」と質問してきました。基本的に現地に行って、優勝を持ち帰るだけのようなものと思っていました。その結果どうなったか?1台も完走できなかったのです。ライバルがいないのに敗北を喫したのです。自分の足に躓くことがあるのです。それを経験していた分、あの優勝は私にとって非常に嬉しいものでした。そのときの956は、ミュージアムに直行しました。あの天井から吊り下げられているクルマですよ」

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    ジィズ・ヴァン・レネップ
    (ポルシェで1971年と1976年に総合優勝):
    「初めての総合優勝のことはもちろん忘れることができません。ヘルムート・マルコと私が、ポルシェ917 ショートテールを駆りました。超軽量のマグネシウムチューブラーが導入されていたことは後で知りました。チームは私達を不安にさせたくなかったのです。ル・マンは特別で刺激的なレースです。ル・マンの優勝を他に例えることはできません。それは優勝だけでなく、1971年の炎上の映像が記憶に残っています。今でも度々、そのときの映像がよみがえります。それは夜であり、ミュルサンヌストレートを350 km/h以上で飛ばしていました。そのとき炎が見え、燃料がサーキット上に流れていました。幸いなことに炎上した小排気量クラスの車はコースの脇にすでに停車していました。さらに運良く私にはそのとき戦う相手はなく、つまり他の車を追い抜く必要はありませんでした。イエローフラッグが見えて、歩くほどの速度で事故の脇を通り過ぎました」

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    マンフレッド・ヤンケ
    (1972年〜1991年のポルシェスポーツ監督およびPR部長):
    「サルトサーキットの周囲は概ね生活がゆったりとしており、そこに年1回世界最速の車が集います。スピードが全てを支配し、興奮、エンジン音、そして危険に包まれます。ドライバーは、この対照的な空気の中で同様の体験をしました。監督として、度々コーナーで、ドライバーに目を覚ますように注意を喚起しました。それは特別な瞬間で、大きな個人差がありました。肉体的に最強のドライバーは確実にヨッヘン・マスでした。彼は疲れを知らず、ほとんど睡眠を必要としませんでした。ジャッキー・イクスは、注意を促すと常にすぐに反応しました。しかし中には反応が鈍く、疲労による深い眠りからたたき起こさねばならないドライバーもいました。彼らは操作が必要となる前に、かろうじて意識を取り戻しました。しかし当時は、車のエンジン音が信じられないほど大きかったのです。天国から地獄に移されたような感じがしたに違いありません」

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    ルディ・リンス
    (1964年〜1971年にポルシェをドライブ):
    「ル・マンに3度出場し、記憶にもっとも残っているのは1970年です。ヘルムート・マルコと一緒にポルシェ908を駆り、プロトタイプとスポーツカークラスで優勝し、総合で3位に入りました。その夜は土砂降りの雨が何時間も降り続きました。経験したことがない人には、ル・マンのドライバーにとってそれが何を意味するのかを想像するのは難しいでしょう。追い越すには、まず水しぶきの中に飛び込む必要があります。視界が悪いので水しぶきの向こうに1台いるのか2台いるのか検討がつきません。ハンス・ヘルマンと同じタイミングでナイトセッションにドライブしていたとき、周りの状況がまったく見えませんでしたが、彼が周りにいてくれたことは検討がつきました。ヘルムート・マルコと私は、車がオープンだったということもあって、コーナーを出るとずぶ濡れでした。汗でなければ雨のせいでした。当時の私は弱冠25歳の若手でした」

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    ハンス=ヨアヒム・シュトゥック
    (ポルシェで1986年と1987年に総合優勝):
    「私にとってのル・マンでもっとも輝かしい瞬間は3分14秒8続きました。ポルシェ962 Cによるポールポジションは完璧なラップでした。現在、ミュルサンヌストレートはシケインが追加されて減速を余儀なくされているので、後世に残る記録となるでしょう。962はかつて乗ったマシンのなかで最高のレーシングカーでした。強大なパワーと信じがたいグラウンドエフェクトを備えていました。横Gが大きく、パワーステアリングは装備されていなかったため、クマ並みの力と相当な勇気が必要でした。962Cをレース前にドライブしたのはタイヤテストのためのたった1度だけでした。スタート、ダンロップカーブ、左、右、エセスを抜け、テルトルルージュで、トラクションの限界に挑みました。ミュルサンヌストレートで速度を上げるためにはコーナーが非常に重要で、思った通りに運びました。50秒で通過した後、360 km/hから減速してミュルサンヌコーナーを抜け、素早く全開で立ち上がりました。インディアナポリス、アルナージュ、ポルシェカーブ、メゾンブランシュ、フォードシケインで完了です。この3分間、私の集中力はナイフのように鋭敏になっていました。それがル・マンにおける私とポルシェでした」

  • アウディ、徹底的に磨かれたエアロダイナミクスでル・マンに臨む

    アウディ、徹底的に磨かれたエアロダイナミクスでル・マンに臨む

    アウディ R18 e-tron クアトロ 2014年モデルは、アウディのプロトタイプカー史上、最高の燃費性能を誇っている。

    燃費とラップタイムの向上には、パワートレインだけではなく、優れたエアロダイナミクスが大きく貢献する。FIA世界耐久選手権(WEC)第2戦スパ・フランコルシャンでは、ル・マンのハイスピードレイアウト向けに最適化したエアロダイナミクスを持つ、別バージョンのアウディ R18 e-tron クアトロがデビューを飾った。

    レースマシンのエアロダイナミクス開発は、マシンの基本コンセプトと密接に関連するのが通例。アウディスポーツの2014年モデルのエアロダイナミクス開発は、2012年の夏に新型マシンのコンセプトが決定した時から始まった。

    アウディスポーツ エアロダイナミクス部門リーダーのヤン・モンショーは「最初に大まかなレイアウトを作ります。エンジンの基本コンセプト、ホイールベース、ラフデザインの3要素をキーとして、基本的なエアロダイナミクス形状を決定します。その後、コンピューターによる空力シミュレーション(CFD : Computational Fluid Dynamics)を活用しポテンシャルを分析します。その結果をもとに、作業に無駄が出ない様に少しずつ詳細を煮詰めました」と説明しています。コンピューターによるCFDは、マシンの設計データをもとにボディ表面の空力を算出します。開発の初期段階でCFDを活用することで、より多くのコストを必要とする風洞実験を省略することが出来ます」と説明する。

    アウディスポーツ技術開発部門リーダーのDr. マーティン・ミュルメイアーは「レギュレーションにより、これまで以上に高い燃費性能が必要となったため、空気抵抗とダウンフォースのベストバランスを探さなければなりませんでした。実走行テストの前に何度もシミュレーションを行い、必要なコーナリングスピードを支えるダウンフォースを発生させる形状を探しました。その一方で、ストレートでのトップスピード向上のために、空気抵抗は出来るだけ抑えなければなりません。2014年から始まったより厳しい燃費規制は、パワートレインだけでなく、エアロダイナミクス開発にも新しいチャレンジを生み出しました」と述べた。

    ル・マンは長いストレートと多くのハイスピードコーナーからなっており、他のサーキットとは次元の異なる高速領域で闘われる。昨年のレースで、アウディのアンドレ・ロッテラーが記録したファステストラップ(3分22.746秒)の平均速度は242km/hにも達している

    アウディはこの問題に対処するため、多くのダウンフォースが求められる他のWEC開催サーキット向けとは別に、空気抵抗を最小限に抑えたル・マン バージョンのボディを専用開発した。

    2つのバージョンは、一目見ただけで違いが明らかだが、スパ フランコルシャン大会で2台が並ぶことにより、違いがより一層明らかになった。

    フロント部分は、開口部が上部から内側に移されたフェンダーが特徴的。そしてリヤ部分はもっと顕著な違いが生まれている。ル・マン専用マシンのボディはリヤウイングと一体化され、全長がレギュレーションで認められる4,650mm最大長まで伸ばされている。これに比べ、通常モデルの全長は短め。テールパイプの形状も異なる。ル・マン専用モデルでは、センターフィンの左右に分かれたレイアウトから、ディフューザーの上部ボディへ変更されている。

    アウディは、新しい燃費規制に対応するためボディの空気抵抗を徹底的に低減するシミュレーションを繰り返した。しかし、それと同時にコーナリングスピード向上のためのダウンフォースも必要とされる。

    ル・マン専用モデル開発についてヤン・モンショーは「ボディのほぼ全ての部分で、通常モデルと対照的な違いが現れています。2014年からの燃費規制によって、空気抵抗低減の要求がより一層厳しさを増しました。我々は、今までにない厳しい状況の中、針に糸を通すかのようなわずかな可能性を探し当てました」と説明。

    5月3日のスパ・フランコルシャンで初めて、2種のボディが同じ環境で同時に走行した。ル・マンのデータ収集のためにエントリーしたアウディ R18 e-tron クアトロのゼッケン3号車は、フィリップ・アルバカーキーとマルコ・ボナノミのドライブによって、アウディスポーツが狙った効果が発揮されていることを確認した。それらの成果を踏まえ、アウディは6月に行われるル・マン24時間レースに磨き抜かれたエアロダイナミクスで臨む。

  • ポルシェ、ル・マン復帰にちなんだ「Porsche Cafe Aoyama」を実施

    ポルシェ、ル・マン復帰にちなんだ「Porsche Cafe Aoyama」を実施

    ポルシェは、ル・マン復帰をコンセプトにした「Porsche Cafe Aoyama Mission 2014 – Our Return to Le Mans」を6月6日(金)よりカフェレストラン「Royal Garden Cafe 青山」で実施する。

    今回の「Porsche Cafe Aoyama」では、16年ぶりにル・マン24時間レースのトップカテゴリーに復帰したポルシェワークスチームを応援するとともに、ポルシェ モータースポーツやル・マン24時間レースの魅力をご紹介。そのル・マン24時間レースにおけるポルシェの輝かしい戦績を紹介する。

    また、カフェのテラスには、今年のル・マンに登場するレーシングマシン「919ハイブリッド」とコンセプトを共有するハイブリッドシステムが搭載される「パナメーラS E-ハイブリッド」を展示。試乗車両もご用意し、ラグジュアリークラス初となるプラグインハイブリッド車の魅力を実感する機会も設ける。

    カフェ内外にはポルシェモータースポーツの魅力を訴求する様々なアイテムを用意するとともに、今回も来場する全てのポルシェオーナーに感謝の気持ちを込め、ご飲食料金の10%の優待(同伴者1名様を含む)を実施。また今開催限定の「Le Mans ×Porsche Cafe」オリジナルステッカーもプレゼントする。

    オープン期間は、6月6日(金)〜6月15日(日)までの10日間。今回の開催でも、前回から実施している東京都が創設した『緑の東京募金』へポルシェオーナー利用代金の一部を寄付する。

    この「Porsche Cafe Aoyama」は、ポルシェに関わる様々な情報を発信する場所として2012年より東京・神宮外苑いちょう並木の入口に佇む「Royal Garden Cafe 青山」にて定期的に開催しており、本年も継続的に実施する予定となっている。

    「Porsche Cafe Aoyama Mission 2014 – Our Return to Le Mans」 実施概要

    開催場所:
    Royal Garden Cafe 青山
    東京都港区北青山2-1-19
    TEL:03-5414-6170

    開催期間:
    2014年 第2回:2014年6月6日(金)〜6月15日(日)
    営業時間:11:00 〜 23:00 (ラストオーダー 22:00)

    展示車両:
    パナメーラS E-ハイブリッド

    実施内容:
    ・「パナメーラS E-ハイブリッド ドライビングエクスペリエンス」の実施
     クラス初のプラグインハイブリッド、パナメーラS E-ハイブリッドの試乗
    ・「ポルシェオリジナルメニュー」のご提供
     ドイツ人シェフ考案のポルシェオリジナルメニュー
     (オリジナル料理、デザート、ドリンク等)を会期中ご提供
    ・キーのご提示とアンケートにお答えいただいたポルシェオーナーの方へ、
     ご飲食料金の10%ご優待(同伴者1名様を含む)とポルシェカフェ限定
     オリジナルステッカーのプレゼント
    ・展示車両との記念撮影“フォトサービス”の実施
    ・ポルシェバイクの展示
    ・「ポルシェドライバーズセレクション」のディスプレイ&販売

    パナメーラS E-ハイブリッド Porsche Cafe Aoyama Mission 2014 - Our Return to Le Mans

  • ケータハム、ル・マン24時間レースとELMSから撤退

    ケータハム、ル・マン24時間レースとELMSから撤退

    ケータハムは、ル・マン24時間レースとELMSのLMP2クラスへの参戦から撤退したことを発表した。

    ケータハムは、2013年にグリーブス・ザイテックと提携して“ケータハム・モータースポーツ”としてル・マン24時間レースのLMP2クラスに参戦していたが、発表されたWECのエントリーでは、ケータハムはリザーブチームに回っていた。

    ケータハムは「2013年にル・マン24時間でデビューを果たし、再び有名なレースで戦うことを検討していた」とプレスリリースで発表。

    「しかし、ル・マン24時間のリザーブスロットしか確保できず、他の多くの重要なエンジニリングプログラムが進行していることもあり、徹底することに決定した」

    ケータハムのプランは、1月末のル・マンのエントリー期日ギリギリで決定されたとみられている。

    グリーブス・ザイテックがケータハムのカラーリングで走る計画はなくなったが、ケータハムのリリースによると「グリーブス・モータースポーツの名称のもと」でル・マンとELMSに残るという。

  • フェラーリ、2014年F1エンジンでのル・マン参戦を検討?

    フェラーリ、2014年F1エンジンでのル・マン参戦を検討?

    フェラーリは、ル・マン24時間レースを含めたプロトタイプ・スポーツカーレースへの参戦を否定していない。

    先週、ルノーは2014年からF1に導入される1.6リッター ターボエンジンが、ル・マンに適用できる可能性があることを示唆していた。

    今後、フェラーリにとってル・マンが選択肢になる可能性があるかと質問されたフェラーリのチーム代表ステファノ・ドメニカリは以下のように述べた。

    「来年F1に導入される新しいターボエンジンは、いくつか興味深いプロジェクトが可能になる」

    「現時点ではこれ以上は話せないがね」

    関連:ルノー、新F1エンジンをアルピーヌとしてLMP1への供給を視野

  • 小林可夢偉 「長かったですが収穫ある24時間レースだった」

    小林可夢偉 「長かったですが収穫ある24時間レースだった」

    小林可夢偉が、初めてのル・マン24時間レースを振り返った。

    今年、AFコルセからWEC世界耐久選手権に参戦する小林可夢偉は、第3戦として開催された伝統のル・マン24時間レースに初出場した。

    「初めての24時間レースは、やっぱり疲れました。レース自体は土曜日の午後3時スタートでしたが、その日の朝にウオームアップもあったので、実際は土曜日から日曜日にかけて24時間以上のプログラムだったんです」と小林可夢偉はコメント。

    「レースでは土曜日の夕方に連続2スティント、深夜に連続3スティント、そして日曜日の朝に連続4スティントを走行したんですが、結局僕が仮眠できたのは日曜朝の2時間だけでした。

    「僕が乗るとなぜか雨が降ってきたりセーフティカーが入ったりして、せっかく新品タイヤを最初の数ラップは大事に走って、うまくタイヤを作っていったのが無駄になってしまったり、結局ドライでまともに走れたのは夜間の走行時だけでした。その時は上位を走っていたアストンマーチンや、ポルシェ勢と遜色ないペースで走れて、手応えもあったし、僕は周回遅れでしたけど、彼らとコース上でバトルできたんです。もし予選でもちゃんと戦えていたらもうちょっと上位でレースできたかもしれません」

    「夜の走行の感想は、『孤独』です!! ライトがちょこっとだけ照らしている路面を見つめながら、とんでもないスピードでたんたんと走っていたら、なんかすごく孤独に感じて、そんな風に感じたのは僕にとっても意外でした。あとこれはレースの前から気になってたんですけど、コーナー手前にある距離の看板が、看板全体が光で反射して数字が全然読めなくて。なんで文字を光らせるようにしないんでしょうね」

    「今年はとにかく天候が不安定で、雨がひんぱんに降ったり止んだりして、チームもこんなに難しい天気は初めてということでした。実際、走る度に濡れているところが変わったりして、前の周にここが濡れていたから気をつけようと思っていた箇所が乾いていて、でも全然違うところが濡れていたりと、非常に気を遣わなければならなかったです」

    「日曜日の朝は、もともと2スティントの予定で、もし行けそうであれば3スティントというプランでした。同じタイヤで3スティント目に入ったあと、タイヤが厳しくなったので、タイヤを交換することになったのですが、次のドライバーがまだ間に合わないので、結局僕がチームにタイヤだけ交換してもう1スティント走ると伝えました。結果的に4番手までポジションも上げられたし、最後はトニーが乗っていたときに、大雨が来てセーフティーカーラン後もずっとウエットタイヤで走っていたので、5位でフィニッシュすることになりましたが、ランキングのポイント差が少なく、充分タイトルを狙える位置で終えることができたので、長かったですが収穫ある24時間レースだったと思います。チームメイトのトニーとオリにも本当に感謝します。

    「なによりも長丁場のレース中、応援してくださったみなさま本当にありがとうございました。次のインテルラゴスまで少し間が空きますが、タイトルを目指して頑張ります。引き続き応援よろしくお願いいたします」

    「最後になりますが、改めて今回のレース中に事故で命を落としてしまったシモンセン選手のご冥福をお祈りします」

    KAMUI KOBAYASHI