ミハエル・シューマッハの2011年のヘルメット。シューマッハが「僕のカラーリング」と語るレッドのカラーリングが印象的。ラインがシルバーのミラーカラーリングになり、背面のドラゴン・タトゥー、中国語で入れる左側の妻コリーナと娘ジーナ・マリアと右側の自身と息子ミックの名前、トップの7つの星がより目立つデザインに変更になった。シューベルト製。


ミハエル・シューマッハの2011年のヘルメット。シューマッハが「僕のカラーリング」と語るレッドのカラーリングが印象的。ラインがシルバーのミラーカラーリングになり、背面のドラゴン・タトゥー、中国語で入れる左側の妻コリーナと娘ジーナ・マリアと右側の自身と息子ミックの名前、トップの7つの星がより目立つデザインに変更になった。シューベルト製。


ミハエル・シューマッハは、バレンシアテストでのW02の進歩に満足していると述べた。
最終日にミハエル・シューマッハはトラブルフリーな一日を過ごし、110周を走行して全体の9番手タイムでセッションを終えた。
「多くの価値あるマイル数を重ねることができたし、生産的な一日だった」とミハエル・シューマッハはコメント。
「クルマの挙動には満足している。もちろん、今回はシーズンに向けた最終仕様のレースカーではないけど、多くのエレメントがすでに大きな前進を示している」
「クルマをすぐに快適に感じることができたし、11月からどれくらい運転していないかに気付いた。この先まだ多くの作業があるし、今週はどの部分に作業を集中させるべきかについて非常に良い見解が得られた。今はヘレスを楽しみにしている」

ミハエル・シューマッハは、テスト初日にW02での走行距離が限られてしまったことを残念がった。
メルセデスGPは、午前中にニコ・ロズベルグ、午後にミハエル・シューマッハというスケジュールでテスト初日に挑んだが、午前中にW02にハイドロ系のトラブルが発生してしまい、シューマッハがトラックに出たのはセッションの終盤近くになってしまった。
「面白かったけど短かったよ。もっと多くのラップができると思っていたからね」とミハエル・シューマッハはコメント。
「それでも、長い冬休みを終えてクルマを走らせるのはいつだってエキサイティングなことだ。
「ルックスも中身も美しいクルマだ。少ししか走れなかったけど、フィーリングはポジティブだ。明日はきちんとした労働日を過ごして、きとんとした走行ができることを期待している」
ミハエル・シューマッハは、W02でのシーズンについて非常にポジティブに考えていると述べた。
「それについてはとても楽観的に捉えている。完全にその通りだ。冬を通して学んできたことから今日のラップまで何も変わっていない」
「目標を果たせないことについてまったく心配していないし、最低でも表彰台、できれば勝ちたいね」
ミハエル・シューマッハは、3年ぶりにF1復帰した2010年の状況とは違い、再び昔の自分自身のように感じていると述べた。
「体力においては、改善するためのマージンはない。ずっとトップレベルだったし、それは去年のスタート時点と何も違いはない」
「そうだね、錆びついていた。でも、今は違う。クルマに乗ってすぐに快適に感じることができた。何をするべきかわかっているし、クルマのすべての機能や運転の仕方を理解している」
「でも、まだ参考にはならない。今後数日で積み重ねていくものだと思う」


ミハエル・シューマッハ (Michael Schumacher)
所属:メルセデスGPペトロナス
カーナンバー:7
国籍:ドイツ
生年月日:1969年1月3日
ミハエル・シューマッハは、1969年1月3日にドイツのフルト・ヘルムールハイムで生まれる。4歳からカートを始め、88年からF3に参戦し、90年にドイツF3チャンピオンを獲得。マカオGPではミカ・ハッキネンを下し優勝。
1991年のベルギーGPでメルセデスの支援によりジョーダンからスポット参戦しF1デビュー。次戦からベネトンのレギュラーシートを獲得し、翌年のベルギーGPでF1初優勝を果たす。
1994年にはドイツ人初のF1ワールドチャンピオンに輝き、翌年も2年連続でタイトルを獲得する。
1996年には名門フェラーリへ移籍。翌年にベネトンからロス・ブラウンとロリー・バーンを獲得して体制を整え、2000〜2004年に5年連続でワールドチャンピオンを獲得。2002年には17戦中11勝をあげ、全レースで表彰台を獲得するなど圧倒的な強さをみせた。
通算91勝、7度のワールドチャンピオンを獲得し、2006年に現役を引退。現役引退後は、フェラーリのアドバイザーを務め、市販車の開発などに貢献。
2009年には負傷したフェリペ・マッサの代役としてF1復帰が期待されたが、2月に起こしたバイク事故による首の負傷により復帰を断念していた。
2009年12月23日、メルセデスGPから4年シーズンぶりにF1復帰することが発表される。2010年のF1グリッドでは最年長ドライバーとなる。
| 2011年: | F1世界選手権: メルセデスGPペトロナス |
| 2010年: | F1世界選手権: メルセデスGPペトロナス(カーナンバー3)) |
| 2006年: | F1世界選手権: フェラーリ、ランキング3位 |
| 2005年: | F1世界選手権: フェラーリ、ワールドチャンピオン |
| 2004年: | F1世界選手権: フェラーリ、ワールドチャンピオン |
| 2003年: | F1世界選手権: フェラーリ、ワールドチャンピオン |
| 2002年: | F1世界選手権: フェラーリ、ワールドチャンピオン |
| 2001年: | F1世界選手権: フェラーリ、ワールドチャンピオン |
| 2000年: | F1世界選手権: フェラーリ、ワールドチャンピオン |
| 1999年: | F1世界選手権: フェラーリ、ランキング5位 |
| 1998年: | F1世界選手権: フェラーリ、ランキング5位 |
| 1997年: | F1世界選手権: フェラーリ、失格 |
| 1996年: | F1世界選手権: フェラーリ、ランキング3位 |
| 1995年: | F1世界選手権: ベネトン、ワールドチャンピオン |
| 1994年: | F1世界選手権: ベネトン、ワールドチャンピオン |
| 1993年: | F1世界選手権: ベネトン、ランキング4位 |
| 1992年: | F1世界選手権: ベネトン、ランキング3位 |
| 1991年: | F1世界選手権: ジョーダン/ベネトン、ランキング13位 世界スポーツカー選手権: チーム・ザウバー・メルセデス ドイツ・ツーリングカー選手権: ザクスピード・メルセデス 全日本F3000選手権: チーム・ルマン |
| 1990年: | 世界スポーツカー選手権: チーム・ザウバー・メルセデス ドイツF3選手権: WTSレーシング 欧州F3カップ: WTSレーシング マカオGP: WTSレーシング |
| 1989年: | ドイツF3選手権: WTSレーシング 欧州F3カップ: WTSレーシング マカオGP: WTSレーシング |
| 1988年: | 欧州フォーミュラフォード1600: オイフラ・レーシング ドイツ・フォーミュラフォード1600: オイフラ・レーシング フォーミュラケーニッヒ: ヒューカー・シュポルトヴァーゲンサービス |

ミハエル・シューマッハが、乗り物酔いのためにシミュレーターを使わなかったとの報道を受け、メルセデスGPはミハエル・シューマッハがシミュレーター酔いを起こしやすいことを認めたが、それが原因で2010年のF1復帰が期待外れに終わったとの見方を否定した。
オランダの f1today.nlは、ニコ・ヒュルケンベルグが金曜日の午前中のセッションまでにセッティングを「ほぼ完了」させているのに対し、ミハエル・シューマッハはシミュレーターでの作業ができないため「基本的なセッティングからスタートする」という情報源によるコメントを掲載していた。
これを受けて、メルセデスGPは声明を発表。ミハエル・シューマッハがシミュレーター酔いが原因で不利な状況に陥っているとの報道を否定した。
「キャリアを通じて、ミハエルはシミュレータ酔いを起こしやすく、そのことが彼がシミュレータで過ごす時間の長さに影響を与えている」
「ミハエルは、エンジニアとともに効率的にシミュレーション作業をしているので、彼が不利になることはない」
だが、メルセデスGPは、チームのシミュレーター技術はライバルの水準に達していないため、2010年のミハエル・シューマッハのシミュレータ問題が「悪化した」と説明した。

ミハエル・シューマッハは、ドライバーシミュレーターで作業できなかったため2010年シーズンにむけて十分な準備ができなかったとシューマッハに近い筋が明らかにした。
ミハエル・シューマッハは、2009年のバイク転倒事故で乗り物酔いをするようになり、シミュレーターを使わなくなったという。
一方、昨年シューマッハよりも70ポイント多く獲得したチームメイトのニコ・ロズベルグは、かなり長時間シミュレーターに乗ることで知られている。
メルセデスの情報筋は「ニコは、長時間シミュレーターで過ごしてグランプリ週末に向けてマシンを準備する」と述べ、ロズベルグのセットアップは金曜午前中の最初のセッションまでに“大部分が完了”しているのに対して「ミハエルはベーシックなセッティングからスタートする」と付け加えた
「それがシューマッハがときどきロズベルグよりも不利な状態にある理由のひとつだ」
しかし、メルセデスGPのチーム代表ロス・ブラウンは、メルセデスGPに“トップレベル”のドライビングシミュレーターがあれば、シューマッハは2010年により競争力があっただろうと考えている。
ロス・ブラウンは、現在ブラックリーで新しいシミュレーターを「建設中」だが、「2012年まではフル稼働しないだろう」と述べている。

ミハエル・シューマッハが、以前スイスに建てた豪邸を売却したと Bild が報じた。
この物件は、750平米の住居部分にヘリポート、プール、テニスコートなどを備えた大豪邸。当時約68億円で建てられたが、売却額は1,300万ユーロ(約14億2,600万円)だという。
現在、ミハエル・シューマッハとコリーナ夫人は、レマン湖畔にある3,500万ユーロ(約38億4,400万円)の別の邸宅に引っ越している。
引越しの理由は、コリーナ夫人が馬術に熱心であるが、これまでの邸宅には馬場がなかったからとのこと。

メルセデスGPのチーム代表ロス・ブラウンは、2011年からブリヂストンからピレリにタイヤが変更になることで、ミハエル・シューマッハが2011年に競争力をつけると判断するのは時期尚早だと述べた。
ロス・ブラウンは、ミハエル・シューマッハが2010年のF1復帰を「期待の持てる」カタチで締めくくったと考えている。
ミハエル・シューマッハは、今週42歳の誕生日を迎えたが、ロス・ブラウンは「プレゼントを考える必要がなかった。彼の欲しいものをすでにわかているからね。それは競争力のあるマシンだ」と述べた。
「今シーズン、彼がもっとよいシーズンを過ごすと確信している」
昨年のブリヂストンタイヤは、ミハエル・シューマッハに合っていなかったため、2011年のピレリへの変更は有利に働くとの見方もあるが、ロス・ブラウンは「そのように言うには、まだ時期尚早だ」とコメント
「アブダビのテストでは、ブリヂストンと比較してパフォーマンスに大きな差はなかった」
「だが、サプライヤーが変わるのでマシンも変更しなくてはならない。冬季テスト中にも多くの変更があるかもしれない」
フェラーリのルカ・ディ・モンテゼーモロ会長は、2010年のメルセデスGPにはミハエル・シューマッハの「双子」が乗っていたとして、復帰したシューマッハのパフォーマンスをからかった。
「ミハエルは双子のパフォーマンスに不満だったに違いない」とルカ・ディ・モンテゼーモロは Sport Bild にコメント。
「フェラーリに3台目のマシンがあれば、双子ではなく以前のミハエル・シューマッハに乗ってもらいたいね」

ミハエル・シューマッハが2010年にスピードを見い出せなかったのは、トップレベルのシミュレーターがなかっためだとメルセデスGPのチーム代表ロス・ブラウンは考えている。
ロス・ブロウンは、メルセデスGPの最新のシミュレーターが2012年まで完全には稼働しないことを明らかにした。
マクラーレンやフェラーリのようなシミュレーターがあれば、ミハエル・シューマッハのF1復帰に役立ったかと質問されたロス・ブラウンは「おそらくそうだ」と Auto Motor und Sport にコメント。
「タイヤの挙動にもっと取り組むことができただろう。我々にトップレベルのシミュレーターがないことは確かに役に立たなかった」
ロス・ブラウンは、ブラックリーで新しいシミュレーターが「現在、工事中」であるとし、「2012年まで完全には利用できない」と述べた。
「冬の間に大きなステップを遂げなければならない。その技術は市場では買えないからね」
ミハエル・シューマッハは、ブリヂストンからピレリへの転換が、彼の助けになることを願っている。
来シーズンはシューマッハにとってより良いシーズンになるかと質問されたロス・ブラウンは「私にはわからない。我々には新車と新しいタイヤが必要だ。公正な判断ができるのはそのあとだ。楽観視しているよ」とコメント。
「異なるタイヤだ。数年前にミシュランからブリヂストンに変更になったとき、アロンソのようなトップドライバーを含め多くのドライバーが問題を抱えていた」
「ピレリへの変更も似たような状況になるだろうし、それがロズベルグやシューマッハの利益になるかどうかを予測するのは難しい」

ミハエル・シューマッハは、2011年シーズンのパフォーマンスについて慎重な姿勢をみせている。
今年、3年ぶりにF1復帰を果たしたミハエル・シューマッハだが、フルシーズンではキャリア初となる1度も表彰台に上らないシーズンとなった。
ミハエル・シューマッハは、2011年はもっと良くなると期待していると Auto Motor und Sport に述べた。
「メルセデスから巨大なサポートを受けているので、状況は明らかに良くなっている」とミハエル・シューマッハはコメント。
「でも、チャンピオンのために戦えると考えるとは思えない。僕たちは大きく前進するだろうし、“すべてがうまくいけば”レースに語るだろう」
ミハエル・シューマッハは、見た目よりも多く彼のW01にはトラブルがあったことを明らかにした。
「振り返ってみると、多くのことがあった。エキゾーストがあまりに熱くなってフロアが焼けてしまったり、Fダクトがあるべき場所でうまく働かなかったり」
「多くのこと(問題)があった。再構築段階だったけど、タイトルに挑みたかったことで生じてしまったこと」
最近撤退したホンダの大きな投資があったことで、チームはブラウンGPとして2009年のタイトルを獲得したが、一方でスタッフを減らし、将来の投資家を探していていた。
メルセデスGPがチームを買収したあとにチームに加わったミハエル・シューマッハは「大きな変化があった」と語る。
「(2009年に)ホンダがいなくなり、一緒にしておく資金がなかった」
ミハエル・シューマッハは、W01について、チームメイトのニコ・ロズベルグは良いパフォーマンスを示したが、彼は集団で苦戦を強いられたシンガポールGPを例にあげて今シーズンを振り返った。
「1週間後、チームの分析を得た。チームメイトと僕はフロントウイングが5度違った。F1はそんな世界だ」
「スパでは僕のFダクトは働いていなかったけど、僕は何も言わなかった。鈴鹿でも再び起こった。僕のクルマに問題があったけど、ニコのクルマにはなかった」
「その理由を説明するときだとノルベルト(ハウグ)とロス(ブラウン)に言ったよ」
「簿記はチーム内で話をする方が好ましいと思っているし、2011年にはもう問題は存在しなくなると確信している」
ミハエル・シューマッハは、年齢的と引退も2010年の苦戦に影響を与えたと認めた。
「3年間離れていたし、僕はもう25歳ではない。クルマは妥協を強いられた。タイヤも望んでいたドライブをするには難しかったね」