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  • フェリペ・マッサ 「フォーミュラEへの適応は大きな挑戦」

    フェリペ・マッサ 「フォーミュラEへの適応は大きな挑戦」

    フェリペ・マッサは、来季参戦するフォーミュラEへの適応は“大きな挑戦”だと認め、毎日、多くのことを学んでいると語る。

    元F1ドライバーのフェリペ・マッサは、フォーミュラEのシーズン5にベンチュリから参戦。2016年末にF1引退を表明した直後にジャガーのマシンをテストしてフォーミュラE転向を考えていたが、2017年にもう1年ウィリアムズでF1キャリアを継続していた。

    「このクルマをドライブするのは大きなチャレンジだ。学ぶ必要のある様々ことがたくさんある」とベンチュリ VFE-05をテストしたフェリペ・マッサは Autosport にコメント。

    「まったく違うクルマだ。ダウンフォースはないし、ロードタイヤだし、電子バッテリーだけの異なるエンジンだ。ギアさえもないしね」

    「運転方法やブレーキングなど、僕がキャリア全体で慣れていたものとはまったく異なっている」

    「学ぶのは間違なく大きなチャレンジだけど、クルマを運転した初日から成長しているし、クルマの運転方法について多くのことを学んでいると言うことができる。とにかく毎日学習しているよ」

    フェリペ・マッサは、ベンチュリでエルアルド・モルタラとチームを組む。

  • フェリペ・マッサ、モータースポーツのオリンピック種目化を提唱

    フェリペ・マッサ、モータースポーツのオリンピック種目化を提唱

    元F1ドライバーのフェリペ・マッサは、モータースポーツを2014年のパリオリンピックの種目に組み込むよう提唱している。

    フェリペ・マッサは、F1引退後にFIA(国際自動車連盟)のカート委員会の会長に就任。モータースポーツをオリンピックの種目化することに取り組む立場にある。

    特にフェリペ・マッサは、世界中で電動カートを普及させることに熱心に取り組んでおり、今年後半にブエノスアイレスで開催されるユースオリンピックでは電動カートのデモンストレーションが行われる予定となっている。

    「年末にアルゼンチンでオリンピックのイベントがある。2014年にパリで開催さされるオリンピックで電動カートを種目化させるためのアイデアだ」とフェリペ・マッサは Conversa com Bial にコメント。

    「電動カートは始まったばかりだ。バッテリーが重いので、重量を減らすために開発しなければならないことがたくさんある」

    「子供たちが参加して、クラッシュしたり、ロールした場合、カートの重量が違いになる。でも、開発レースは非常に早く、非常に時間で解決されるだろう」

    電気自動車のシングルシーターにより選手権であるフォーミュラEの成功は、同様の環境に配慮したレーシングイニシアチブに新たな刺激を与えており、カートだけでなく、電気ツーリングカーやラリークロスの競技の計画もある。

    しかし、モータースポーツがオリンピックの種目に加わるかどうかはまったく別の問題だ。FIAは国際オリンピック委員会の認定国際スポーツ連盟のメンバーだが、これまでのオリンピックの歴史でモーターレースが種目として行われたことはない。

    フェリペ・マッサは、結果に関わらず、オリンピックへの働きかけが、電動カート全体の露出を増やすキャンペーンの一環になればと語る。

    フェリペ・マッサ自体、来期からフォーミュラEに参戦する予定である。スージー・ヴォルフがチーム代表を務めるベンチュリから参戦する。

    F1後の人生についてフェリペ・マッサは「僕が最も恋しく思っているのは競争だ」と認める。

    「本格的な競技について話をすれば、フォーミュラEには優れた競争があると思う」

    「ベンチュリがレースに勝ったことがないのは事実だけど、昨シーズン、彼らは勝利にとても近づいていたし、いくつかとても良い結果を達成している」

    フェリペ・マッサは、次世代のフォーミュラEマシン『Gen2』が導入される来期に参戦を開始するのは理想的なタイミイングだと語る。

    「新しいシーズン、新しいクルマは、全員にとって大きな変化だし、来年の選手権で誰が勝つかはわからない」

    「でも、チームが準備を進めているすべてのものを見れば、かなり興味深いし、僕たちが競争力のあるクルマを得られることを本当に期待している」

    「フォーミュラEは予測できないレースだ。全てが新しいときは、状況を正しくまとめこともできれば、予想を下回る可能性もある。決してわからない」

    「僕の目標はできる限り競争力を発揮することだ。キャリア全体で僕の目標は何も変わっていない」

  • フェリペ・マッサ 「ランス・ストロールの発言には傷ついたね」

    フェリペ・マッサ 「ランス・ストロールの発言には傷ついたね」

    フェリペ・マッサは、今年初めにウィリアムズの元チームメイトであるランス・ストロールが「フェリペ・マッサから何も助けは受けなかった」と発言したことに傷ついたと認める。

    昨年、F1から引退したフェリペ・マッサは、2017年にウィリアムズで18歳でF1デビューを果たしたランス・ストロールをチームメイトに迎えた。

    2016年末に一度はF1引退を決意していたフェリペ・マッサだったが、バルテリ・ボッタスのメルセデス移籍が決まったことで、ウィリアムズからの要請を受けて、経験不足のランス・ストロールのチームメイトとして復帰することを引き受けた。

    しかし、今年2月、ランス・ストロールは「彼は他と同じようにチームメイトでしかなかった。彼はただ彼の仕事をしていたし、僕は僕の仕事をしていた。チームメイトが15年の経験がある人か1年の経験しかない人かで僕のアプローチは変わらない」と語っていた。

    Conversa com Bial のトークショーに参加したフェリペ・マッサは、そのランス・ストロールの発言について語った。

    「本当に謙虚な気持ちで僕は彼のために多くのことをしていた。彼に初めて会ったのは、彼が7歳のときだった。だから、彼と一緒にいて、彼の手助けをするのは僕にとって喜びだった」とフェリペ・マッサはコメント。

    「彼が到着したとき、スピードを見い出すこと、F1カーを理解すること、タイヤの使い方を理解するのに苦労していた。彼はまだ18歳だったからね。僕は彼ととても親しくしていたし、僕たちはいろんなことを話した。他のドライバーでは見たことのないくらい手助けしようとしていたんだ」

    「僕にとってのマスターメンターだった(ミハエル)シューマッハでさえ、そんなことはしてくれなかったことを僕はランスのためにやろうとしていた。そうだね、だから、動揺したよ。彼がああいう風に言うとはイメージしていなかったからね。でも、今は問題ないよ」

    ランス・ストロールがそのような発言をしたのは、フェリペ・マッサが経験不足な2人のペイドライバーを起用するという方針をとったウィリアムズに疑問を呈したことが原因かもしれない。フェリペ・マッサは、ロシアから大きな支援を受けるセルゲイ・シロトキンと交代されている。

    フェリペ・マッサは「彼らは正しくない方向に進んだ。ストロールは資金を持ち込んだことでチームに加入した」とコメント。

    「僕が離れた後、彼らは最高のドライバーを獲得しようとはせず、またチームに資金をもたらす別のドライバーを起用した」

  • フェリペ・マッサ、ベンチュリから来期のフォーミュラEに参戦

    フェリペ・マッサ、ベンチュリから来期のフォーミュラEに参戦

    元F1ドライバーのフェリペ・マッサが、2018/2019シーズンのフォーミュラEにベンチュリから参戦することが発表された。

    16年間F1を戦い11勝を挙げたフェリペ・マッサ(37歳)は昨シーズン限りでF1を引退。以前にジャガーのフォーミュラEカーをテストしており、4月のローマ大会でレースを訪れて

    いた。

    フェリペ・マッサは、昨年末にF1引退を発表する前からフォーミュラEに参戦したいという願望を口にしており、来期からフル参戦することを示唆した。

    「ベンチュリ・フォーミュラEチーム、そして、非常に短期間で立派な競技になったABB FIA フォーミュラE選手権に参加することをとても嬉しく思う」とフェリペ・マッサは述べた。

    今期マーロ・エンゲルとエルアルド・モルタラを起用するベンチュリは、現在フォーミュラEのランキングで7位につけている。今週末のベルリン大会ではDTMと日程が衝突するモルタラの代役としてトム・ディルマンを起用するとされている。

  • フェリペ・マッサ 「ウィアムズはお金を優先して大きな代償を払った」

    フェリペ・マッサ 「ウィアムズはお金を優先して大きな代償を払った」

    フェリペ・マッサは、元所属チームであるウィリアムズが、2018年のF1シーズンにむけての決定においてお金を優先したことで大きな代償を払っていると考えている。

    今年、ウィリアムズは厳しいスタートを切っており、開幕3戦を終えた時点で唯一ポイントを獲得していないチームとなっている。

    昨年末でF1を引退したフェリペ・マッサは、ウィリアムズの困難はビッグチームのような予算がないことから、多額の資金を持ち込んではいるが経験の浅いランス・ストロールとセルゲイ・シロトキンを起用せざるを得なかったことが元凶だと考えている。

    「チームが財政状況に苦しんでいたのは事実だし、彼らはマネーファーストで2018年の決断を下したと思う。でも、それでは競争力のあるチャンピオンシップを戦うには不十分だ」とフェリペ・マッサは Autosport にコメント。

    「僕に言えるのは、僕は胸を張ってチームを出ていったということだけだ。グローブのみんなとは良い関係を築いてるし、出来るだけ早くチームにとってベストな結果が出てくれることを願っている」

    「でも、僕は去年の自分の決断に満足していると付け加えることができるね」

    ウィリアムズの現在の苦境に基づけば、F1引退は完璧なタイミングだったと思うかと質問されたフェリペ・マッサは「そうだね。僕は正しいタイミングを選択したし、今は自分の人生を楽しんでいる」とコメント。

    「ウィリアムズが取り戻せることを願っている」

    また、フェリペ・マッサは、今シーズンの上位バトルのなかで元所属チームであるフェラーリの序盤の成功に驚いたと語る。

    フェラーリがセバスチャン・ベッテルが開幕2戦で優勝。バーレーンと中国ではポールポジションも獲得している。

    「本当のことを話せば、こうなるとは期待していなかった」とフェリペ・マッサはコメント。

    「メルセデスがフェラーリのはるま前にいると思っていたし、レッドブルさえ彼らと戦えると思っていた。序盤戦で僕たちに目にしたものはF1にとって素晴らしいことだ。1つのチームだけが勝っているわけではないからね」

    「フェラーリが良いスタートを切ったことを嬉しく思う。マラネロのチームはこの2年間でいろいろと変化があったし、多くの人々が逆行していると考えていた」

    「でも、彼らは非常にうまく機能する方法を知っている大きなグループであることを示した。僕はずっとフェラーリのファンなので、嬉しいよ」

  • ランス・ストロール 「フェリペ・マッサから何も助けは受けなかった」

    ランス・ストロール 「フェリペ・マッサから何も助けは受けなかった」

    ランス・ストロールは、ウィリアムズでチームメイトだったフェリペ・マッサから“何の助けも受けなかった”ので、マッサがチームからいなくなっても特に変わることはないと語る。

    2016年末に一度F1引退を表明していたフェリペ・マッサだが、ニコ・ロズベルグの電撃引退によってバルテリ・ボッタスがメルセデスに移籍したことを受けて引退を撤回。ランス・ストロールのチームメイトとして1年を戦い、昨年末に2度目のF1引退をした。

    ウィリアムズは、フェリペ・マッサの後任として2018年にルーキーのセルゲイ・シロトキンを起用。ウィリアムズはF1グリッドで最年少のドライバーラインナップで挑むことになる。

    だが、今シーズン、フェリペ・マッサのようなベテランがチームメイトにいなくて不自由しないかと質問されたランス・ストロールは、経験豊富なチームメイトから助けを得ることはなかったのでほとんど差はないと主張する。

    「去年、僕は彼から何も助けは受けなかったと思う」とランス・ストロールは Autosport にコメント。

    「彼は他と同じようにチームメイトでしかなかった。彼は自分ができる限る速く走ることに忙しかったし、僕も自分にできる限り速く走ろうとしていた。そんな感じだ。それ以上のことはなかった」

    「人々がコーチや指導のようなことが行われていたと考える理由がわからない。そういうものはなかった。彼はただ彼の仕事をしていたし、僕は僕の仕事をしていた。それをしたものが前でフィニッシュする」

    「チームメイトが15年の経験がある人か1年の経験しかない人かで僕のアプローチは変わらない」

    フェリペ・マッサは、ランス・ストロールと一緒に仕事を始めたシーズン序盤、自分のキャリア初期のフェラーリ時代にミハエル・シューマッハから受けた指導を思い出したと述べていた。

    2018年のドライバーにはロバート・クビサも候補に挙げられていたが、セルゲイ・シロトキンとの争いに敗れ、リザーブ兼開発ドライバーとしてウィリアムズに加入する。

    ランス・ストロールは、F1で76戦を戦ったロバート・クビサは、チームにとって資産となるだろうと語る。

    「ロバートが大きな助けになるのは確かだ」とランス・ストロールはコメント。

    「フェリペは新しいレギュレーションでのチームの開発において良い助けとなった。ロバートも間違いなく僕たちにとって助けになるだろう」

    「彼はアブダビテストでクルマの何が問題であるかを深く理解していたようだし、僕たちは彼がハンガリーでドライブしたルノーのフィードバックも得ている。それは良いことだし、僕たちはグリッドの順位をさらに上げるために彼を利用して、チームに統合できると思う」

    この記事を読んだフェリペ・マッサは自身のTwitterで絶叫を表す顔文字とともに「コメントしない方がいい・・・@lance_stroll @WilliamsRacing」と投稿している。

  • フェリペ・マッサ、F1のブラジル人ドライバー不在を嘆く

    フェリペ・マッサ、F1のブラジル人ドライバー不在を嘆く

    フェリペ・マッサは、自身の引退によって2018年のF1グリッドにブラジル人ドライバーが不在となることに“落胆している”と嘆く。

    2002年にザウバーでF1デビューを果たしたブラジル出身のフェリペ・マッサは、フェラーリ、ウィリアムズで16年のF1キャリアで269戦を戦い、11勝、16回のポールポジション、30回の表彰台を獲得した。

    しかし、昨年末でフェリペ・マッサはF1を引退。2018年のF1グリッドは、1969年以来となるブラジル人不在となる。

    「僕の国はセナ、ピケ、フィッティパルディのようなドライバーがいてF1の不可欠な一部だ。僕もその一員であったことを光栄に思っている」とフェリペ・マッサは Auto Hebdo にコメント。

    「僕が心配しているのは、すぐに別のブラジル人ドライバーが出てくる兆候がないことだ。ブラジルの経済情勢が重要な役割を果たしているけど、問題はそれだけではない」

    フェリペ・マッサは、若手ドライバーが育たないのは、ブラジルのモーターレース構造にも問題があると語る。

    「彼らがカートからシングルシーターに進むために準備できることがないものないし、進歩するために最も多くの機会を提供する場所として、ヨーロッパにむけて準備できる国内シリーズもない」

    「今、多くの国にF4があることを見れば、ブラジルにもそのような選手権が必要だと思う」

    「ブラジルの自動車連盟には新しい会長が就任したので、彼が若者が何かをしていくために新しい刺激を与えてくれることを本当に願っている」

    ちなみに日本人ドライバーは、2014年の小林可夢偉を最後に不在となっている。

    関連:2018年 F1エントリーリストが正式発表

  • フェリペ・マッサ 「ミハエル・シューマッハは僕の先生だった」

    フェリペ・マッサ 「ミハエル・シューマッハは僕の先生だった」

    フェリペ・マッサが、自身のF1キャリアをプロのドライバーとして、そして、一人の人間として振り返った。

    フェリペ・マッサは16年のF1キャリアで269戦を戦い、11勝、16回のポールポジション、30回の表彰台を獲得した。2002年にザウバーでF1デビューを果たしたフェリペ・マッサは、2006年にルーベンス・バリチェロに代わってフェラーリに加入。彼が“先生”だと慕うミハエル・シューマッハとチームメイトになった。

    「彼(シューマッハ)は僕の先生だった。彼はとても素敵だったし、ずっと僕に親切にしてくれた。彼が引退することを決めたとき、彼は僕に大きなチャンスを与えてくれた」

    「初優勝は2006年。ブラジルのホームでだった。ブラジルには、いつも多くのタイトルや勝利を獲得したドライバーがいた。セナは僕にとって王様だったし、優勝できたときは驚きべき気持ちだった」

    フェリペ・マッサは、2008年にホームでの最終戦でルイス・ハミルトンにわずか1ポイント差でワールドチャンピオンを逃した。だが、最大限を尽くして優勝できたことで悔いはないと語る。

    「2008年の失望の助けになったのは最終戦で優勝できたことだ。それ以上のことはできなかったからね」とフェリペ・マッサはコメント。

    「僕の気持ちを人々に伝えることもできた。自分が達成したすべてのことを誇りに思っている」

    2009年のハンガリーGPの予選では命を脅かす重傷を負ったが、2010年にカムバックを果たした。

    「ドライバーとして、事故後も変わりはなかったと思う。変わったことは、以前よりも生きることにより敬意を払うようになったことかな。大きな事故を起こす前は、自分には決してそのようなことが起こることはないと考えるものだ」

    「大きな事故に合って、人生が変わる可能性があることを理解する瞬間を経て、生きることにより大きなリスペクトを払うことができる。今は自分の人生を愛しているし、他の人たちのことを以前よりもレスペクトしている」

    2013年にはウィリアムズに移籍。2016年に一度引退を表明したが、メルセデスに移籍したバルテリ・ボッタスの代わりとして電撃復帰。そして、今年のブラジルGP前に2度目のF1引退を発表した。

    Felipe Massa’s F1 journey – in his own words

  • ウィリアムズ 「フェリペ・マッサも2018年の強力な候補者だった」

    ウィリアムズ 「フェリペ・マッサも2018年の強力な候補者だった」

    ウィリアムズの最高技術責任者を務めるパディ・ロウは、フェリペ・マッサがあまりに早い時期に2018年のF1シートについて決断を求めため、チームは彼にコミットすることができなかったと明かした。

    2016年に一度F1引退を表明したフェリペ・マッサだが、バルテリ・ボッタスがメルセデスに移籍したことで引退を撤回してF1復帰。ランス・ストロールを上回る結果を残して残留を希望していたものの、母国グランプリであるF1ブラジルGP前に二度目のF1引退を発表した。

    ウィリアムズは、まだフェリペ・マッサの後任ドライバーを発表しておらず、セルゲイ・シロトキン、ダニール・クビアト、そして、ロバート・クビサが候補として挙げられたまま新年を迎えることになる。

    パディ・ロウは、フェリペ・マッサも2018年のドライバー候補ではあったが、マッサがブラジルGPまでに答えを求めたため、候補から外さざるを得なかったと述べた。

    「フェリペはブラジル前に決定を必要としていたが、我々にはできなかった」とパディ・ロウは Autosport にコメント。

    「彼はまだ参戦中であり、強力な候補者だった。だが、我々はその時点でコミットメントすることができなかった」

    「そのため、我々は彼がチームから脱退し、引退することに合意した」

    それでも、パディ・ロウはフェリペ・マッサの貢献を称賛。たとえ何が起ころうとも信頼できるドライバーだったと語った。

    「彼はFW40のパフォーマンスの素晴らしいリファレンスだった」とパディ・ロウは語る。

    「常にガレージのどこかに優れたリファレンスが必要になる。実際、フェリペはあらゆるレースでリファレンスを提供してくれたし、それは本当に価値のあるものだった」

    「彼が方向性に迷うようなことはなかった。彼は常にランスのためにリファレンスを与えることができた。それはかなり優れたものだったと思っている」

  • フェリペ・マッサのカートチーム、暴力行為で失格

    フェリペ・マッサのカートチーム、暴力行為で失格

    インテルラゴス近郊のグランジャ・ヴィアナで開催された“500 Milhas de Kart”のレースで、元F1ドライバーのフェリペ・マッサのチームのドライバーが暴力行為を起こし、関与したチームが失格になるという出来事があった。

    レース終盤、フェリペ・マッサがトップに立ち、マッサのチームの2人目のドライバーであるロドリゴ・ダンタスが2位を走行。3位の元A1GPレーサーのトゥカ・ロッチャを抑えていた。

    トゥカ・ロッチャは、数回にわたりロドリゴ・ダンタスに追突し、最終的に2台のカートはコースオフしてタイヤバリアでストップ。カートを降りた二人は乱闘となり、ロドリゴ・ダンタスがトゥカ・ロッチャに馬乗りになってパンチを連打。最後は首を絞めているところに他のドライバーとマーシャルが止めに入った。

    その結果、両チームのすべてのカートが失格となった。

    この事件が起こる前にも複数回にわたってコース上でバトルが繰り広げられており、フェリペ・マッサはそれが今回の暴力事件を引き起こしたと述べた。

    「僕が目にしたことを考えれば、全チームが失格になるはずだ」とフェリペ・マッサはコメント。

    「でも、それは起こらなかったし、次に起こったのはコース内での戦争だった」

    「僕にとってとても悲しいことだし、そのなかに僕のチームがいるのはさらに悲しいことだ。僕の決断ではなかった。僕はトップを走っていた」

    「でも、全員に起こったことを謝罪したい。僕のキャリアでこのようなことは見たことがない」

    「競争はコーナー内で行われるけど、決してこのような方法ではない」

    レースの主催者であるフェリペ・ジアフォーネは「このような残念なシーンから犯人を追放するために然るべき措置を講じていく」と述べた。

    2チームの失格により、レースは2周遅れだったルーベンス・バリチェロのHero # 71 teamが優勝を果たした。

    息子のドゥドゥ・バリチェロと同じチームでこの大会に参戦したルーベンス・バリチェロは「息子と500マイルで優勝するのはユニークで信じられない状況だね」とコメント。

    「僕は彼をとても愛しているし、僕たちのチームの全員が彼らが成し遂げた素晴らしい仕事をお祝いしている」

    息子のドゥドゥ・バリチェロは「コース上では目にしたことのない奇妙な結末だったけど、優勝して父親と一緒に初めて表彰台に上がれて本当に嬉しいよ」と述べた。