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  • ピエール・ガスリー アルピーヌF1に改善要求「多くの分野で向上が必要」

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1に改善要求「多くの分野で向上が必要」

    ピエール・ガスリー(アルピーヌ)は、2026年F1プレシーズンテストを終え、新車A526には「改善が必要な分野が数多くある」と明言した。一方で、新レギュレーション下での準備期間については前向きな手応えも示している。

    アルピーヌは今季からメルセデス製パワーユニットを搭載。バルセロナでの非公開シェイクダウンとバーレーンでの公式テストを通じ、ガスリーは全ドライバー中6番目に多い周回数を記録し、サヒール最終3日間では8番手タイムをマークした。

    「2月としてはとても忙しい1カ月だった。例年のF1シーズンの2月としてはかなり異例だ」とガスリーはテスト後に語った。

    「シルバーストン、バルセロナ、バーレーンを通じて、すでにA526で10日間の走行をこなした。再びレースに向けて準備万端だし、とてもワクワクしている」

    「通常なら、この時点での準備は1日半ほど走ってからレースに向かう。でも今回は4日半あった。新車であればなおさら重要だ。学び、理解すべきことが非常に多いからだ」

    A526はすでに1000周以上を走破しており、2025年にコンストラクターズ最下位に終わったチームにとって、勢力図の巻き返しに向けた足がかりは築かれている。しかし、ガスリーは現状に満足しているわけではない。

    「この1カ月の取り組みには満足しているし、チーム全員の努力は本当に素晴らしいものだった」と述べた。

    「ただ、分析すべき点は多いし、明らかに改善のためにハードワークが必要な分野がいくつもある」

    「これまでの努力には満足しているし、前向きな気持ちだ。来週はエンストンで2日間、シミュレーターとチームとともに作業し、レース再開に向けた準備を進める」

    「エキサイティングな時期だし、オーストラリアに向けてさらに時間を投入するのを楽しみにしている」

  • ピエール・ガスリー 2026年F1開幕戦スタート波乱予告「忘れられない瞬間に」

    ピエール・ガスリー 2026年F1開幕戦スタート波乱予告「忘れられない瞬間に」

    2026年F1シーズン開幕戦オーストラリアGPのスタートは、これまでの常識を覆す混乱の瞬間となるかもしれない。アルピーヌのピエール・ガスリーは、世界中のファンに向けて「テレビの前に座っているべきだ」と呼びかけ、その幕開けが“記憶に残るもの”になる可能性を示唆した。

    2026年のレギュレーション刷新は、これまでのパワーユニット世代の前提を一気に取り払った。

    ターボ回転を電子的に支えていたMGU-Hは廃止され、ドライバーはより機械的な挙動と向き合うことになる。発進の瞬間ですら、エンジン回転を維持するために高い回転数を長く保つ必要があり、リスクはこれまで以上に高まっている。

    発進は“賭け”に近い領域へ
    かつては緻密に制御された儀式のようだったスタートも、いまやわずかなミスが致命傷となり得る局面へと変わった。回転の維持、クラッチ操作、トラクションの確保。そのどれかがわずかに狂えば、1台分も進まないうちに出遅れが確定する。

    MGU-Hの廃止により、ターボの準備は内燃エンジン側の負担となった。ドライバーは発進前により高い回転を保たなければならず、結果としてスタート失敗やアンチストール作動のリスクが増している。22台が鼻先を揃えてシグナル消灯を待つなか、その緊張感はかつてない水準に達している。

    空力面でも不安は残る。マクラーレンのオスカー・ピアストリは「ダウンフォースが数百ポイント減った状態で22台が密集すれば、災難のレシピのようなものだ」と語っている。

    そのなかでガスリーは、過度な警鐘ではなく“予告”という形で語った。

    「オーストラリアではテレビの前に座っていることを勧める。みんなが覚えているような瞬間になるかもしれない」

    「どうなるかは分からない。正直、僕自身も確信はない。でも、以前より確実に難しくなる」

    テストはまだ2週間しか経過しておらず、開幕戦までに完璧に仕上がるとは限らないとガスリーは見ている。

    「現時点では、オーストラリアは簡単ではないことが分かっている」

    完走が最優先という現実
    懸念はスタートだけにとどまらない。ガスリーは信頼性そのものが最大の課題になると指摘する。

    「リストの一部に過ぎないが、簡単ではない状況がたくさんある」

    「オーストラリアでは、信頼性と完走がチャレンジナンバーワンであり、最優先事項になる」

    「以前のマシンでは言わなかったことだが、これらのマシンは非常に複雑だ」

    2026年の開幕戦は、単なる1レースではなく、新時代の試金石となる可能性が高い。

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1チーム

    後方勢にとってはさらに過酷
    後方グリッドのドライバーにとっては、状況はさらに厳しい。スタート手順を完了する時間が限られるなか、新レギュレーションはその不利を増幅させる可能性がある。

    ハースF1チームのエステバン・オコンはフォーマット変更には否定的だが、難しさは認めている。

    「現状のままがいいと思う」

    「ターボラグは大きなテーマだが、ルールに適応するしかない。トップ3が1分30秒も待って、ターン1で冷えたタイヤになるのは望ましくない」

    そして、スタートの差はこれまで以上に大きくなると見る。

    「以前は最悪でも1~2ポジション失う程度だったが、今はすべてを失う可能性がある」

    「少しずつ改善しているが、まだ初期段階だ。バーレーンはグリップが低く、エンジンに有利に働く部分もあるが、最適な検証環境ではない」

    「昔のラリーカーのように簡単にターボを回せるわけではない。ドライバーの操作が大きく影響するわけでもない。不思議な感覚だ。でも、全員にとって同じ条件だ」

    最初の5秒が時代を決める
    ミリ秒単位で争われるF1において、2026年の最初の5秒はこれまで以上に意味を持つ。メルボルンのスタートは、単にレースの流れを決めるだけでなく、新時代そのものの方向性を示す瞬間になるかもしれない。

    消灯のその瞬間、確実性よりも“予測不能”が支配する時代が幕を開ける。

  • ピエール・ガスリー F1バーレーンテスト2日目「ポジティブ」も小さな警告

    ピエール・ガスリー F1バーレーンテスト2日目「ポジティブ」も小さな警告

    アルピーヌは2026年F1バーレーンテスト2日目を生産的に終えた。午後後半に技術的なトラブルが発生し、ピエール・ガスリーはガレージで足止めされたが、それでもチームはこの日ほぼ100周に迫る周回を重ねた。

    ガスリーはこの日97周を走行。初日にフランコ・コラピントと走行を分担しており、翌日はコラピントが担当する予定となっている。走行時間の一部を失いながらも、内容には一定の手応えを感じている様子だ。

    「ポジティブな一日だった。ほぼ100周近く走ることができたのは重要だし、こうしたマシンから常に多くを学べている。ただ小さなアラートがあって、チームはリスクを取らない判断をした。そのため最後の1時間半ほどの走行を失った」とピエール・ガスリーは語った。

    2026年型マシンについては、多くのドライバー同様に大きな違いを実感しているという。

    「マシンの感覚は非常に大きく変わった。ドライビングやブレーキングポイントの基準も違う。空力によるグリップは以前より少なく、それでも非常に高い速度域に到達する。その結果、ブレーキングゾーンは長くなり、電動モーターによるエネルギー管理も求められる」

    「だからこそマネジメントの仕方が変わる。ドライバーにとってもチームにとっても、すべてを再調整していく必要がある」

    周回数自体は十分に確保できた一方で、午後のアクシデントは信頼性面の確認作業をさらに加速させる材料となった。新レギュレーション初年度の難しさが改めて浮き彫りになった一日だった。

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1チーム

  • F1:ピエール・ガスリー、マイアミに7億円超の高級レジデンスを購入

    F1:ピエール・ガスリー、マイアミに7億円超の高級レジデンスを購入

    アルピーヌのドライバーであるピエール・ガスリーが、マイアミに新たな高級住宅を購入した。購入額は約500万ドル、日本円でおよそ7億7,000万円にのぼる。

    ガスリーが手に入れたのは、4ベッドルーム・4バスルームを備える“スカイホーム”と呼ばれる高層レジデンスで、専用エレベーターや、ビスケーン湾とマイアミ中心部を一望できるテラスが特徴だ。

    この物件は、49階建て・全338戸から成る「ジャン・ジョルジュ・マイアミ・トロピック・レジデンシズ」の一部で、ミシュラン星付きシェフのジャン・ジョルジュ・ヴォンゲリステンが、初めて住宅不動産分野に進出したプロジェクトとしても知られている。

    「この話を紹介された瞬間から、自然なフィット感を覚えた」とガスリーは語った。

    「F1ドライバーとして、僕の生活は常に移動の連続だ。だからこそ、細部まですべてが行き届いた住まいを持てることは、とても大きな意味がある」

    さらに、このレジデンスが提供する環境についても言及している。

    「マイアミ・トロピック・レジデンシズは、気取らない暮らしやすさ、考え抜かれたデザイン、そして僕が重視するサービスレベルをすべて備えている。しかも、真のグローバル都市へと成長した街の中心にある」

    「デザイン・ディストリクトの歩きやすさや文化、エネルギーは、まさに僕が楽しんでいるライフスタイルを反映している」

    ピエール・ガスリー F1

    建物内の共用施設は5フロア分にわたり、8階のプールデッキ、居住者専用レストランとバー、ルーフトッププール、プライベートダイニングルーム、ライブラリー、ジュースバー、テイクアウト対応のミニマーケット、フラワー&ギフトショップ、ラウンジスペースなど、ホスピタリティとウェルネスを重視した設備が揃う。

    マイアミ・リアル・インベストメントの社長であるハンス・バウムガルトナーも、この取引について次のようにコメントしている。

    「マイアミにおける重要な投資の節目に、ピエールをサポートできたことを誇りに思う」

    「洗練された建築、上質なデザイン、世界水準のライフスタイル体験に対する彼の価値観は、我々がクライアントのために手がけているプロジェクトと自然に重なっている」

    「この象徴的な開発へと彼を導けたことは光栄であり、彼の不動産ポートフォリオにおける次の章でも、引き続き寄り添っていきたい」

  • ピエール・ガスリー、MotoGPテック3に出資 現役F1ドライバー初の参画

    ピエール・ガスリー、MotoGPテック3に出資 現役F1ドライバー初の参画

    MotoGPが新たな時代へと踏み出している。リバティ・メディアによるシリーズ買収をきっかけに、二輪の最高峰はこれまで以上に国際資本と他カテゴリーの人材を引き寄せ始めた。その象徴的な動きが、テック3の新オーナーグループにピエール・ガスリーが名を連ねたことだ。

    MotoGPが、かつてリバティ・メディア体制下で世界的な成長を遂げたF1と同じ軌道を描けるのか。その可能性を測る上で、今回の投資はひとつの分岐点となる。

    テック3は昨年末、長年チームを率いてきたエルヴェ・ポンシャラルから経営のバトンを引き継ぎ、新たな投資家グループのもとで再出発した。その中心人物がギュンター・シュタイナーであり、そこにIKONキャピタル、ボルト・ベンチャーズ、メイン・ストリート・アドバイザーズといった国際的な投資会社が加わった。そして今回、現役F1ドライバーであるガスリーの参画が正式に明らかになった。

    現役F1ドライバー初のMotoGPチーム投資
    テック3は、ガスリーを「現役F1ドライバーとして初めてMotoGPチームに投資した存在」と位置づけている。この事実は、長年噂レベルで語られてきたF1ドライバーのMotoGPチーム参入が、ついに現実のものとなったことを意味する。

    「テック3というブランドの強さと、MotoGPというスポーツの長期的な成長に強い確信を持っている」とガスリーは語った。

    「テック3には、まだ引き出されていない大きなポテンシャルがある。このチームの価値をさらに高めていく手助けができればうれしい」

    ガスリーは過去にもスポーツ分野への投資経験を持ち、フランス3部リーグのサッカークラブ、FCヴェルサイユの共同オーナーでもある。だが、世界最高峰カテゴリーのチームに現役ドライバーとして関与するのは異例であり、その象徴性は小さくない。

    リバティ・メディア効果がもたらす連鎖
    今回の動きは、単なる個人投資にとどまらない。MotoGP全体を取り巻く環境が変わりつつあることを示している。

    F1がリバティ・メディア体制下で商業的価値を高め、ストーリーテリングを刷新し、新たなファン層を獲得していった過程を、多くの関係者が目の当たりにしてきた。シュタイナーもその一人であり、F1での経験をMotoGPに持ち込もうとしている。

    近年、ルイス・ハミルトンがMotoGPマシンをテストした過去や、F1関係者の関心が取り沙汰されてきたが、ガスリーの参画によって「可能性」から「現実」へと一歩進んだ形だ。

    ピエール・ガスリー MotoGP KTM テック3

    変革期にあるテック3とKTMの行方
    テック3は現在、KTMと緊密な関係を築くサテライトチームとして活動している。近年は実質的にセカンド・ファクトリーチームのような立ち位置となり、レッドブルをタイトルスポンサーに迎え、ファクトリー契約ライダーを擁してきた。

    一方で、2026年はチームにとって大きな決断の年でもある。KTMとの契約は年末で満了を迎え、2027年の850ccレギュレーションを見据えた将来像を描く必要があるからだ。

    チーム代表のニコラ・ゴヨンは、経営移行期の難しさを認めつつも、実務面では大きな混乱がなかったと明かしている。

    「12月31日まではポンシャラルが率いていて、新体制は1月1日から本格的に始動した。その間は少し奇妙な状況だったが、スポンサーもライダーも変わらず、結果的に移行はスムーズだった」

    KTM側も、テック3との関係継続を最優先事項と位置づけており、新オーナー体制のもとでも協力関係を維持したい意向を示している。

    F1とMotoGPの距離は、確実に縮まっている
    ガスリーの投資は、MotoGPがもはや二輪だけの世界に閉じた存在ではないことを示している。リバティ・メディア体制のもとで、F1と同様にグローバル展開と商業的拡大を目指す中、異なるカテゴリーのスターや資本が自然と交差し始めた。

    現役F1ドライバーがMotoGPチームのオーナーグループに加わるという事実は、その変化を端的に物語っている。テック3の新章は、同時にMotoGP全体の新章でもある。

  • ピエール・ガスリー、A526で初の本格ドライ「これまでのF1とは多くが違う」

    ピエール・ガスリー、A526で初の本格ドライ「これまでのF1とは多くが違う」

    ピエール・ガスリー(アルピーヌ)は、バルセロナで行われている非公開テスト3日目となる水曜日、2026年F1レギュレーション下で誕生した新車A526を、初めて完全なドライコンディションで走らせた。

    午前中はフランコ・コラピントが58周を走行し、午後はガスリーが67周を追加。低温ながらも、路面は乾いた状態だった。

    「今日の午後が、このマシンでドライコンディションを走るのは初めてだった。だからペースをつかみ、良いテストをこなし、より深く理解できたのは良かった。良いスタートだし、また1日クルマに乗れるのが楽しみだ」とガスリーは語った。

    2026年F1レギュレーションという大改革に加え、アルピーヌは今季からメルセデス製パワーユニットを搭載している。ガスリーにとっては、あらゆる面で基準となるものが少ない状況だという。

    「正直に言って、キャリアを通じてF1で経験してきたものとは、多くの点が違う」とガスリーは述べた。

    「手順やリセットの方法など、他の何かと本当に比較できるものではない部分が多い。これまでに乗ってきたどのクルマも、公平な比較対象にはならない。明らかに、完全に理解し、使いこなすまでには時間がかかるマシンだ。我々全員が適応していく必要がある。でも、これは非常に魅力的な挑戦だ」

    さらにガスリーは、走行距離の重要性を強調した。

    「できるだけ多くの周回を重ねるのが好きだ。今回は60周以上を走れたし、次は100周を走れたらと思っている。走れば走るほど、エンジンについても、クルマについても、セッティングについても学べる。それが最大の目標だ」

    アルピーヌF1チーム

    アルピーヌは、バルセロナでの3日目の走行を木曜日に行うか、金曜日に行うかをまだ決めていない。

    テクニカルディレクターのダビド・サンチェスは、今回のシェイクダウンの特性について次のように説明した。

    「このシェイクダウンの特徴は、3日間の走行日を自由に選べる点にある。それは天候条件など、いくつかの要因に左右される。今日は計画通りに進み、生産的な1日だった」

    「今後も天気予報を注意深く見ながら、明日の朝に次の走行日を決める。我々はこの2026年プロジェクトの作業と開発を続けることを、とても楽しみにしている」

  • ピエール・ガスリー、スキー投稿炎上で釈明「ミハエルは今も僕のアイドル」

    ピエール・ガスリー、スキー投稿炎上で釈明「ミハエルは今も僕のアイドル」

    ピエール・ガスリーは、冬休み中に投稿したインスタグラムの写真をめぐり、一部で巻き起こった反発に対して自身の考えを明らかにした。

    問題となったのは、アルプスでスキーを楽しむ様子を収めた一連の写真だ。ガスリーは恋人のフランシスカ・“キカ”・ゴメスとともにゲレンデに立ち、赤いマールボロカラーのスキースーツを着用していた。

    この装いが、かつてミハエル・シューマッハがスキーの際に身に着けていたフェラーリ時代の赤いウェアを連想させるとして、一部のファンから「無礼だ」「不適切だ」と批判を受けた。

    さらに、その写真がシューマッハの誕生日である1月3日に投稿されたことも、反発を強める要因となった。シューマッハは12年前、アルプスでのスキー事故により重傷を負い、現在も公の場に姿を見せていない。

    こうした声を受け、ガスリーはアルピーヌF1の2026年F1マシン発表の場で、この件について言及した。

    「僕はミハエルの大ファンだ。彼に対して敬意を欠いたことは一度もないし、彼が子どもの頃の僕にとってのアイドルのひとりだったことも、ずっと公にしてきた。」

    「それは彼のジャケットのひとつだった。僕はスキーが大好きで、子どもの頃からずっとやってきた。スキーは本当に頭をリセットしてくれる。」

    「話した通り、休みは2週間あって、クリスマスは家族と1週間、もう1週間は友人たちと過ごした。普段いる環境から離れて、友人とともにより伝統的な生活に戻る時間は、僕の人生にとってとても大切なんだ。この時間が本当に好きだし、良い休暇だった。」

    さらに、SNS上での反応についても率直な思いを語った。

    「残念だけど、これが僕たちの生きている世界なんだと思う。僕は常に敬意を持った人間であることを示してきたつもりだ。人生の中で何人かのアイドルがいるけど、ミハエルはそのひとりで、今も変わらない。だから、ほんの一瞬たりとも、悪い意味を込めたつもりはなかった。」

  • ピエール・ガスリー 「アルピーヌF1はすべてのマイルストーンを達成した」

    ピエール・ガスリー 「アルピーヌF1はすべてのマイルストーンを達成した」

    ピエール・ガスリーは、2026年F1レギュレーション導入という大転換期を前に、キャリアでも前例のないシーズンを迎えようとしている。F1参戦10年目、アルピーヌでは4年目となる2026年は、シャシーとパワーユニットの両面で全面刷新が行われる年だ。

    バルセロナで行われたチームの2026年シーズンローンチイベントで、ピエール・ガスリーは、新時代F1に対する率直な思いを語った。

    「僕のキャリアの中で、ここまでマシン全体が大きく変わるのは初めてだ」

    2026年マシンA526は、サイズ、重量、空力コンセプト、そしてパワーユニットの電動化比率に至るまで、従来のF1マシンとは大きく異なる特性を持つ。ガスリーは、この未知の領域に踏み込む感覚を前向きに受け止めている。

    「もちろん、誰もが未知の領域に入っていく。でもドライバーとして、僕はそれをとてもエキサイティングだと感じている」

    アルピーヌF1は、過去1年にわたってシミュレーターを中心に新レギュレーションへの準備を進めてきた。ガスリーもその開発プロセスに深く関わっている。

    「この地点にたどり着くまで、チームにとっては長い道のりだった。新しいレギュレーションに向けて、この1年間シミュレーターで懸命に取り組んできたし、エンストンの全員がベストなパッケージを作るために本当にハードワークしてきたことを知っている」

    もっとも、シーズン序盤の結果に過度な期待は寄せていない。

    「来週のシェイクダウンから始まる最初の数週間で見えるものは、最終形ではない。走るたびに学び、パッケージ全体を開発し続けていくことになる」

    「自分自身に具体的な期待は設定していない。チームと一緒に本当に懸命に取り組み、改善すべき部分を理解し、1日ずつ前に進んでいくだけだ」

    現実的な姿勢を保ちながらも、ガスリーの言葉には確かな自信がにじむ。

    「今の正直な気持ちは、A526の準備に関して、チームがすべてのマイルストーンを達成したことへの大きな誇りだ」

  • ピエール・ガスリー、2026年のアルピーヌF1復活に全力「とにかく勝ちたい」

    ピエール・ガスリー、2026年のアルピーヌF1復活に全力「とにかく勝ちたい」

    ピエール・ガスリーは、アルピーヌF1との2026年F1シーズンに向けて強い意欲を示し、「今のキャリアの段階では、とにかく勝ちたいだけだ」と語った。アルピーヌがフロントで戦えるマシンを用意できることを強く願っている。

    ガスリーは2026年にF1参戦10年目を迎える。アルピーヌは2025年のコンストラクターズランキングで最下位に終わったが、巻き返しを狙い、早い段階から2026年マシンの開発に完全にフォーカスする判断を下した。

    アルピーヌは1月23日(金)に新車A526のカラーリングを発表し、その3日後にはバルセロナで最初のプレシーズン・シェイクダウンテストを行う予定だ。

    現在29歳で、アルピーヌと今後3シーズンの契約を結んでいるガスリーは、F1ドライバーとしてまさにピークを迎える時期に差しかかっている。2020年のイタリアGP(モンツァ)で挙げた感動的な勝利以降、さらに勝利のトロフィーを積み上げたいという思いが強い。

    アルピーヌは2026年からメルセデス製のカスタマーパワーユニットを使用する。ガスリーは、その新体制に向けて、水面下でどのような準備を進めているかについても言及した。

    キャリアの大半をミッドフィールドのマシンで過ごしてきたガスリーは、A526が自身の才能を存分に発揮できるマシンになることを期待している。

    「僕が気にしているのは、とにかく速いことだけだ」とガスリーは2025年終盤に語った。

    「良いマシンがあれば、来年は初めて、本当に自分の才能やスキルを示せるクルマを手にできる年になると思っている。それが僕にとってのすべてだ」

    「もし、もっと作業や準備が必要なら、僕はそれをやるタイプの人間だ。何一つ出し惜しみはしないし、この冬はさらにチームと一緒に取り組んで、得られるあらゆるアドバンテージを確実につかみたいと考えている」

    「それがレースにとって良いものになるのか、より良くなるのかは分からない。でも、今の僕はキャリアの段階として、ただ勝ちたいだけなんだ。そのためなら、来年に向けてできることは何でもやるつもりだ」

    2026年は、F1にとって全く新しいレギュレーションサイクルの始まりとなる。ドライバーたちは、より大きな電動要素を持つパワーユニットのエネルギー管理や、新たに導入されるアクティブエアロダイナミクスによって、これまでとは大きく異なるドライビング体験と、増大するメンタル負荷に直面すると語っている。

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1チーム

    ガスリーは最近、新シーズンに向けてアルピーヌのシミュレーターで作業する様子をSNSで公開していた。また、かつて「チーム・エンストン」としてトールマンの名で活動していた時代に、アイルトン・セナがF1でドライブした初期のマシンを走らせた経験も持つ。

    「まだ解決すべきことはたくさんあるし、僕たちにとって大きな変化になるのは分かっている」とガスリーは述べた。

    「エネルギーの使い方や、どういうドライビングをするかという点で、マシンの中で考えることが増えるはずだ。より賢く、戦略的である必要がある」

    「昨年、シルバーストンで1983年型(1984年トールマンTG183B)のセナのマシンを試す機会があったけれど、気にすることといえばステアリングとギアチェンジだけだった。Hパターンのギアボックスで、電子制御は一切なし。それはそれで、とてもピュアだった」

    「でも来年に向けては、管理しなければならないことが格段に増える。エネルギー回生やバッテリー、レースの駆け引きも含めて、単に速く走って相手をブレーキングで抜くだけではなくなる。どうエネルギーを使って前に出続けるか、そういうことが重要になる」

    「だから、この冬は本当に多くの準備が必要になるし、かなり大きな変化になると予想している」

  • ピエール・ガスリーが語るレッドブルF1降格の真相とアルピーヌで描く未来

    ピエール・ガスリーが語るレッドブルF1降格の真相とアルピーヌで描く未来

    ピエール・ガスリーは、6歳で初めてカートのハンドルを握った日の感覚を今も鮮明に覚えているという。速度、恐怖、そしてアドレナリン。そのすべてが一気に押し寄せ、彼は瞬時にモータースポーツの虜になった。祖母は地方カート王者、祖父もレースに参戦していた。家族の背中を追い、少年はF1という夢へと歩み始めた。

    現在、フランス人ドライバーのガスリーは、幼少期から夢見てきたフォーミュラ1で安定して走っているが、その道のりは決して平坦ではなかった。

    ジュニアカテゴリーでの活躍によりレッドブルの目に留まり、ジュニアプログラムに加入。F1への登竜門とされていたGP2に参戦する機会を得た。しかし、その育成カテゴリーでチャンピオンを獲得した直後にF1へ昇格することは叶わず、2017年にようやくトロ・ロッソから最高峰への扉が開かれた。

    その後、レッドブルでマックス・フェルスタッペンのチームメイトとして正ドライバーを務めるまでには、さらに2年を要した。しかし、ミルトンキーンズでの冒険は長くは続かず、ほどなくしてトロ・ロッソへ降格となる。

    このサテライトチームへの復帰は、親友アントワーヌ・ユベールの死という、ガスリーの人生を深く揺るがす出来事と重なった。彼自身がF1TVのポッドキャスト「Off the Grid」で語っているように、その出来事は計り知れない影響を与えた。

    それでもフランス人ドライバーは屈することなく、粘り強さと不屈の精神で前に進み続けた。トロ・ロッソ、そして後にアルファタウリとなったチームで、モンツァでの勝利を含むF1キャリア最高の結果を残す。

    2023年からはアルピーヌのプロジェクトに身を投じ、今後5年以内の勝利を目標に掲げている。

    「できれば、アルピーヌで世界チャンピオンになりたい。受け入れがたいと思われるのは分かっている。今はわずかなポイントを争っている状況で、どうしてそんなことが言えるのかと思われるだろう。でも、今いる人たちを考えれば、僕たちは最前線に立てると信じている」

    カートでの始まりとレッドブルでの最初のチャンス
    多くのF1ドライバーと同様に、ガスリーのキャリアの原点は6歳で始まったカートにある。エステバン・オコンから借りたカートに乗ったのが最初だった。

    「その日感じたスピード、恐怖、アドレナリンはあまりにも強烈で、23年が経った今でも覚えている」と、F1TVのポッドキャスト「Off the Grid」で語る。

    「僕はすぐにこのスポーツに恋をした」

    その日から彼は止まることなく、数々のジュニアカテゴリーで安定して戦い続けた。そのパフォーマンスがレッドブルの目に留まり、ジュニアプログラムに加入することになる。プレマ・パワーチームからGP2に参戦し、当時F1への登竜門だったそのシリーズで、フル参戦2年目にチャンピオンを獲得した。しかし、計画通りには進まず、F1昇格の扉は閉ざされたままだった。

    「本当に受け入れるのが難しかった。『GP2でチャンピオンになればF1に行ける』と言われていたからだ」と振り返る。

    「顔を平手打ちされたような気分だった。『これ以上何をすればいいんだ?』と思った。それでも、いつかチャンスが来ると信じ続けていた」

    そして、その機会は翌年に訪れる。レッドブルとトロ・ロッソでのテストを経て、アドバイザーのヘルムート・マルコから電話が入り、ミルトンキーンズのチームでデビューすることを告げられた。

    「マレーシアでベッドの上を飛び跳ねていたのを覚えている」とガスリーは語る。

    「レッドブルのリザーブとして行っていて、彼から電話が来て『準備しろ。今週末はレースだ』と言われた。知らせを受けたとき、本当に幸せだった。グリッドに降りて、自分にこのチャンスが与えられたこと、マシンもチームも人も揃っていて、あとは自分次第だと理解した。すべてを自分がコントロールしていると感じた」

    過去10年で目まぐるしく変わってきたレッドブルのドライバーラインアップの中で、ガスリーはF1デビューからわずか6か月で大きな恩恵を受けた。トロ・ロッソのドライバーとして迎えた2018年、正ドライバー初年度の第2戦バーレーンGPで、いきなり4位という驚異的な結果を残す。

    「2017年は4、5戦走って、2018年からシーズンをスタートした。第2戦で、バン、バーレーンで4位だ。すぐに大きな話題になった」

    「その直後、ブダペストの後にダニエル・リカルドがレッドブルを離れると発表した。ギリシャに休暇で行っていて、『ワオ、ダニエルが去る』と思ったのを覚えている」

    この結果により、ミルトンキーンズの首脳陣はリカルドの後任としてガスリーを起用する決断を下し、カルロス・サインツよりも彼を選んだ。

    「僕とカルロスの間の話だった。電話が鳴って、ヘルムートが『分かった。来年の開幕からレッドブル・レーシングのドライバーだ』と言った。これはF1フル参戦初年度の6か月目のことだった」

    ピエール・ガスリー レッドブル F1

    短命に終わったレッドブルでの日々と親友ユベールの死
    しかし、レッドブルでの経験は順風満帆とはいかず、約6か月で終わりを迎える。ミルトンキーンズでは、シーズン途中でドライバーを交代させることが、年月とともに常態化してきた。ガスリーは、オランダ人ドライバーのチームメイトとして、その最初期の犠牲者の一人となった。2025年にリアム・ローソンがわずか2戦で降格されたケースと同様だ。

    「正直に言うと、悲しかった」とガスリーは告白する。

    「2019年、F1での2年目に、どこからもサポートを感じられなかった。とても大きなチームで、フェルスタッペンを強く支えている。結果を出しているのだから、それは当然だ」

    シーズン序盤から、チームが3年目を迎えたフェルスタッペンに全面的に注力していることは明白だった。ガスリーはまだF1では若手であり、チームは彼の周囲を経験の浅い人材で固めたことで、パフォーマンスを最大限に引き出せる環境ではなかった。

    「F1経験のない、フォーミュラE出身の新人エンジニアと組むことになった。とても奇妙な状況だった。最大限に力を発揮するための道具が与えられていなかった」

    「それでも僕は戦おうとした。ここにいる以上、全力を尽くしたかった。彼らは満足していなかったし、僕も満足していなかった。自分のポテンシャルを発揮できていないと分かっていたからだ」

    そのため、トロ・ロッソへの降格を、彼はむしろ解放と感じた。

    「ほとんど安堵だった」と語り、復帰初戦となったベルギーGPでは、メディアの質問がすべて降格についてだったことを振り返る。

    「いいエネルギーではなかった。僕はただ走り、自分のやるべきことをしたかった。でもネガティブな空気があった。そんな中で土曜日がやってきた…」

    フォーミュラ2のスプリントレース中、幼なじみであり親友だったアントワーヌ・ユベールが事故で亡くなった。

    「最初は誰が関わっているのか分からなかった」とガスリーは語る。

    「状況は深刻に見えた。チームマネージャーが、アントワーヌが関わっていると教えてくれた。ブリーフィングが終わると、すぐに情報を求めて走った。遠くで両親が泣き崩れているのが見えた。その瞬間、何が起きたか理解した」

    「学校や親から多くのことを教わるが、こういう状況でどう振る舞うかは誰も教えてくれない。唯一の後悔は、夏休み前のブダペストで、アントワーヌと一緒にパーティーに行ったことだ。遅くまで残りたくなくて、彼を探したけれど見つからなかった」

    「外に出たら、テラスに彼がいた。『良い夏を、スパで会おう』と言って別れた。それが、事故前に彼に会った最後だった。もう少し長く待って、抱きしめたり、違う別れ方ができたらと思う」

    「彼は、愛する人と過ごす今この瞬間を大切にし、何も当たり前だと思わないことを教えてくれた」

    アントワーヌ・ユベールを悼むピエール・ガスリー

    初表彰台、そして初勝利
    トロ・ロッソ、そしてアルファタウリ時代に、ガスリーはキャリア最高の結果を手にする。2019年、ブラジルGPでF1初表彰台を獲得。ゴールライン上でルイス・ハミルトンを抑えたこのレースは、シーズン終了後に7度目のタイトルを獲得するドライバーを相手にしたものだった。

    インテルラゴスでの結果は、今も彼の記憶に深く刻まれており、ミラノの自宅では、そのレースを描いた絵がソファの後ろに飾られている。

    「人々は僕のことを早く見切りすぎた。僕のメンタリティを知らなかった。これは僕の人生そのものだ。あの表彰台を思い出すと、今でも笑顔になる」

    翌年、その成長はさらなる形で実を結ぶ。アルファタウリで、F1初勝利をモンツァで挙げた。新型コロナウイルスの影響で無観客となったモンツァで、ピエールは初めて表彰台の最上段に立った。

    「信じられない瞬間だった。だからこそ、表彰台の上でその時間を使って、頭の中を駆け巡る何百万もの感情や思考を整理した。自分だけの世界にいた」

    「この数秒間は一生忘れない。観客がいない、これほど空っぽに感じたモンツァは初めてだった。残念だったけど、またモンツァで勝つための理由ができた」

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1チーム

    アルピーヌでの現在と未来
    表彰台と勝利を手にし、ガスリーはレッドブル復帰を期待していたが、ミルトンキーンズには別の計画があった。一方で、彼にはアルピーヌという新たなチャンスが訪れる。契約書にサインしたのは、ユベールの誕生日その日だった。

    「アントワーヌの誕生日にサインした」と語る。

    「彼はアルピーヌ・アカデミーのドライバーだった。すべてが彼の誕生日に整った。信じられなかった」

    そこで再会したのが、幼なじみのエステバン・オコンだった。しかし二人の関係は、ある出来事を境に変化していく。

    「毎週水曜や週末を一緒に過ごしていた。彼は僕の家に来て、僕は彼の家に行った。強い絆があった」

    「残念ながら、あるレースをきっかけに転換点が訪れ、すべてが劇的に崩れた。説明するのは難しい」

    「僕たちは自分たちの出自を分かっている。ここまで来るために何を乗り越えてきたかも知っている。そのライバル関係が、互いを限界以上に押し上げたのも事実だ。10年、20年後には、違う形で話し合えると思っている」

    それでも二人は、想像を超える結果を手にした。2024年のブラジルGPで、アルピーヌは2台揃って表彰台に立った。

    「8か月で最下位から、2台揃って表彰台に上がるまでになった。チームの人たちの表情は忘れられない。キャリアの終わりに振り返ったとき、特別なレースとして思い出すだろう」

    ガスリーは6年契約を結び、チームのリーダーとしての地位を確立。一方、オコンはハースへ移籍した。

    6年契約の最初の1年を終え、ガスリーは次なる目標を見据えている。

    「できれば、アルピーヌで世界チャンピオンに。難しいことは分かっている。でも、今いる人たちを信じている。僕たちは、いずれ最前線に立てる」