タグ: ニキ・ラウダ

  • メルセデス 「ニキ・ラウダはレッドブルへのF1エンジン供給を望んでいた」

    メルセデス 「ニキ・ラウダはレッドブルへのF1エンジン供給を望んでいた」

    メルセデスのスポーティングディレクターを務めるロブ・メドウズは、故ニキ・ラウダがより強いライバルを求めてレッドブルに同社のF1エンジンを供給することを望んでいたことを明かした。

    メルセデスは、V6ターボハイブリッド時代でダブルタイトルを5連覇して完全に支配しており、今年も6連覇にむけて圧倒的な強さをみせている。

    2015年にルノーとの決別を決意したレッドブルは、メルセデスにパワーユニット供給を打診したが、詳細な交渉に入ることなく却下されていたた。

    今週、ニキ・ラウダの葬儀が彼の故郷オーストリアのシュテファン大聖堂で営まれ、メルセデスのチームメンバーが彼との素晴らしい思い出と人柄を偲んだ。

    そのなかでロブ・メドウズは、ニキ・ラウダがメルセデスの非常勤取締役としてレッドブルにF1エンジンを供給することを望んでいたことを明らかにした。

    「ニキが本気でレッドブルにメルセデスのエンジンを提供することを望んでいたことを覚えている」とロブ・メドウズは語った。

    「もっと強い競争相手がいれば、我々をもっと強いチームにするだろうというのが彼らの考えだった」

    「もちろん、我々はそれを望まなかったし、純粋に我々自身のためにエンジンを維持することを望んだ。説得に時間はかかったが、最終的に彼は理解してくれた」

    「私は、彼が我々を日々良くしたいと思ってエンジン供給を望んでいたことを理解している」

    メルセデスは、ニキ・ラウダの精神を今後に受け継いでいくためにF1マシンにデザインしているスリーポインテッドスターのひとつを“永遠”に赤にしていくことを明らかにしている。

  • ニキ・ラウダの葬儀が営まれる … F1界の多くの仲間やファンが最後の別れ

    ニキ・ラウダの葬儀が営まれる … F1界の多くの仲間やファンが最後の別れ

    F1のレジェンド、ニキ・ラウダの葬儀が5月29日(水)に彼の故郷オーストリアのシュテファン大聖堂で営まれた。

    3度のF1ワールドチャンピオンであるニキ・ラウダは、今後20日(月)、腎臓の治療を受けていたチューリッヒの病院で家族に見守られながら70歳でこの世を去った。

    雨が降るなか、数百人のファンが1時間以上も列をなして棺が大聖堂に到着するのを待った。

    棺は大聖堂の中心にキャンドルに囲まれて安置され、ニキ・ラウダの妻ビルギット、息子のルーカス、マティアスによって、赤いヘルメットが据えられた。

    午後には鎮魂ミサが開かれ、晩年にニキ・ラウダが非常勤取締役を務めていたメルセデスのモータースポーツ責任者トト・ヴォルフ、現役ワールドチャンピオンのルイス・ハミルトン、バルテリ・ボッタス、ニコ・ロズベルグらが大聖堂に入った。

    マクラーレン時代にニキ・ラウダのチームメイトだったアラン・プロストがセレモニーで弔辞を読み、オーストリアのアレクサンダー・ファン・デア・ベレン大統領とセバスティアン・クルツ元首相、祖国を訪れていた俳優アーノルド・シュワルツェネッガーらが短いスピーチを行った。

    ニキ・ラウダの最後のチームメイトのジャッキー・スチュワート、ナイジェル・マンセル、ジャック・ラフィット、ジャン・アレジ、ネルソン・ピケ、ゲルハルト・ベルガーといった往年のドライバー、F1会長のチェイス・キャリー、ロス・ブラウン、FIA会長のジャン・トッド、ニキ・ラウダの親友ヘルムート・マルコ、レッドブルのチーム代表クリスチャン・ホーナーを始めとする各F1チーム代表、元フェラーリ代表のルカ・ディ・モンテゼーモロ、フラビオ・ブリアトーレなど、F1界から多くの仲間たちが参列した。

    ニキ・ラウダは、1976年にレース中の事故で大やけどを負いながら6週間後に“奇跡の復活”を遂げ、“不死鳥”と呼ばれた。

    1975年にフェラーリで初のF1ワールドチャンピオンを獲得したニキ・ラウダは、1976年にニュルブルクリンクで開催されたドイツGPでのクラッシュでマシンが炎上。頭部に大火傷を負い、FRP製のボディーワークが燃えて発生した有毒ガスを吸い込んだため、肺に深刻なダメージを受け、生死の境をさ迷った。

    しかし、事故発生から6週間後のF1イタリアGPで奇跡のレース復帰を果たし、4位入賞を果たした。後に「恐怖心を消し去ってレースをできるようにするため、早めに出場することが最良と考えた」と語っている。

    その年はジェームス・ハントと1ポイント差でタイトルを逃したものの、翌1977年に2度目のタイトルを獲得。1984年にはマクラーレンで3度目のF1ワールドチャンピオンを獲得。通算25勝、54回の表彰台、24回のポールポジションとファステストラップという戦歴を残した。

    ニキ・ラウダは、ウィーン市内の墓地に埋葬されるという。

    ニキ・ラウダ 葬儀ニキ・ラウダ 葬儀①ニキ・ラウダ 葬儀②ニキ・ラウダ 葬儀③ニキ・ラウダ 葬儀④ニキ・ラウダ 葬儀⑤ニキ・ラウダ 葬儀⑥

  • バーニー・エクレストン、ニキ・ラウダの葬儀に出席せず

    バーニー・エクレストン、ニキ・ラウダの葬儀に出席せず

    元F1最高責任者のバーニー・エクレストンは、今週水曜日にウォーンで行われるニキ・ラウダの葬儀には出席しない。

    今月20日(月)、3度のF1ワールドチャンピオンであるニキ・ラウダが逝去。F1モナコGPの国歌斉唱前にはドライバーがニキ・ラウダのトレードマークだった赤いキャップをかぶり、ニキ・ラウダのヘルメットを囲んで1分間の黙祷を行った。

    ブラバムのチームオーナーとして1978年と1979年にニキ・ラウダを起用したバーニー・エクレストンは、3度のF1ワールドチャンピオンに哀悼の意を示しつつも、友人の葬儀には出席しないという彼の方針を変えるつもりはない語った。

    「ニキが死んだのを見たくはない。私にとって彼は生きている」とバーニー・エクレストンは Bild にコメント。

    「4月の終わりにファビアナと一緒にファビアーナにいるニキを訪問した。彼がどれほど弱っているかに気付いた。我々は彼が通常の生活に戻れないことを知っていた」

    ニキ・ラウダとバーニー・エクレストンは、エクレストンがF1の最高経営責任者を退いた後も頻繁に連絡を取り合っていた。そして、ニキ・ラウダは休憩時間の大部分を過ごしたイビサの家を買うようバーニー・エクレストンを納得させた。

    バーニー・エクレストンとファビアナは、ニキ・ラウダが肺移植を受けた後の回復期間中にイビザにいるニキ・ラウダを訪問し、彼の妻ビルギットと大晦日を過ごした。

    その時のニキ・ラウダの健康状態について「改善しているように思えた」とバーニー・エクレストンは語った。

    「その後、ニキは突然悪化していった。私たち全員がそうであるのと同じくらい悲しいが、彼がもう苦しむ必要がいのは、彼にとって良いことだと私は思っている」

    ニキ・ラウダの葬儀は、ウィーンのシュテファン大聖堂で行われる。葬儀にはオーストリアのアレクサンダー・ファン・デル・ベレン大統領が出席するとされている。

  • ルイス・ハミルトン 「メルセデス移籍の最後の決め手はニキだった」

    ルイス・ハミルトン 「メルセデス移籍の最後の決め手はニキだった」

    ルイス・ハミルトンは、メルセデス移籍の際にニキ・ラウダが果たした役割を明らかにした。

    当時、カート時代からルイス・ハミルトンを支援し、F1ワールドチャンピオンまで育てたマクラーレンを離れ、まだ結果を出せていないメルセデスに移籍するという決断には多くの人々が疑問を抱いた。

    ミハエル・シューマッハとニコ・ロズベルグを擁したメルセデスだったが、F1ワークス活動再開後3年間で1勝しか挙げられていなかった。しかし、当時、トト・ヴォルフ、ロス・ブラウン、そして、ニキ・ラウダが率いたプロジェクトにルイス・ハミルトンは将来性を見い出していた。

    7年経ち、モナコで勝利を収めたルイス・ハミルトンは「2012年にニキから電話がかかってきたときのことを覚えている。僕たちはあまり話をしたことがなかった。彼は電話で『ノー、君はメルセデスに来るべきだ。ここが君が必要としている場所だ』と言っていたね」とコメント。

    「僕はずっとロスがチームに移籍する際の説得力のある要素だと話してきた。なぜなら、彼とじっくり話をしたときに、彼はチームが何をやっているか、どこに向かっているかなどの彼らのプランを話してくれたからね。メルセデスと僕はそのビジョンを本当に信じていた」

    「でも、僕をメルセデスに移籍させる最後の決め手となったのはニキだった。そして、このすべての年月で、彼は僕の共犯者のようなものだった」

    「最終的に彼は僕の人生をかえるプロセスの一部だった。ずっと前に電話を受けていなければ、僕は1回のワールドチャンピオンでたぶんマクラーレンにいて22勝くらいしか挙げられていなかっただろう。そして、僕は5回のワールドチャンピオンとしてここに座っている。彼には大きな借りがあると感じているんだ」

  • ルイス・ハミルトン 「ニキのスピリットで戦った。彼のために走った」

    ルイス・ハミルトン 「ニキのスピリットで戦った。彼のために走った」

    メルセデスのルイス・ハミルトンは、F1モナコGPで優勝。勝利を亡くなったニキ・ラウダに捧げた。

    ニキ・ラウダのデザインのヘルメットをかぶってポールポジションからスタートしたルイス・ハミルトンは、スタートでリードを守ってトップでレースを展開する。

    しかし、11周目のピットストップで選択したミディアムタイヤが機能せず、2番手のマックス・フェルスタッペンからチェッカーまでプレッシャーをかけられる展開。

    それでも首位を守ったルイス・ハミルトンは、今季4勝目、通算77勝目を挙げた。

    「今までで一番ハードなレースだった」とルイス・ハミルトンはコメント。

    「それでも、ニキのスピリットで戦い続けた。チームにとってもここまでこれたのは彼のおかげだ。きっと上から見てくれていると思う」

    「集中力が途切れないように彼のために走った。それが今週の僕の目標だった。これをシーズン中も続けられることを願っている」

    タイヤに苦しんだルイス・ハミルトンは「2007年の上海以来のタイヤかもしれないね」とトップを走行しながらもタイヤが壊れてリタイアを喫したレースに言及。

    「数年前はここでリードしていてピットに入ってレースを失った経験があったので、今回はそれは絶対に避けなければならないと思っていた。本当にタイヤがなくなっていたし、クルマも厳しかった。最終的にはタイヤ選択は間違っていた。シケインでうまく機能しなかった」

    「でも、チームが本当に開幕から6戦でここまでこれたのは本当に凄いことだ。1位にさせてもらって感謝しているし、今後も頑張っていきたい」

    残り3周でマックス・フェルスタッペンとシケインで接触があったが「タイヤがない方が怖かったよ」と笑顔をみせた。

    関連:F1モナコGP 結果 | ルイス・ハミルトンがニキ・ラウダに捧げる勝利

  • ルイス・ハミルトン、F1モナコGPでニキ・ラウダ追悼ヘルメットを着用

    ルイス・ハミルトン、F1モナコGPでニキ・ラウダ追悼ヘルメットを着用

    メルセデスのルイス・ハミルトンは、F1モナコGPの決勝レースにニキ・ラウダへのオーマージュを捧げたヘルメットを用意した。

    F1モナコGPを控えた今週5月20日(月)、ルイス・ハミルトンをメルセデス移籍への導いた恩師である3度のF1ワールドチャンピオンのニキ・ラウダが70歳でこの世を去った。

    ニキ・ラウダは、ルイス・ハミルトンのマクラーレンからメルセデスへの移籍を橋渡しをした恩師。F1モナコGPの予選でルイス・ハミルトンは気迫の走りを見せてチームメイトのバルテリ・ボッタスを破って今季2度目のポールポジションを獲得。その結果をニキ・ラウダに捧げた。

    決勝にむけてルイス・ハミルトンはニキ・ラウダ仕様の特別なヘルメットを用意。今回のF1モナコGPではセバスチャン・ベッテルもニキ・ラウダ仕様のヘルメットをかぶっているが、ベッテルのものはフェラーリ時代、ハミルトンのものはマクラーレン時代に着用していたデザインがモチーフとなっている。

    ニキ・ラウダは3度のタイトルのうち、1975年と1977年の2回をフェラーリ所属時、1984年のタイトルをマクラーレン所属時に獲得している。

    関連:セバスチャン・ベッテル、F1モナコGPでニキ・ラウダ追悼ヘルメット

  • メルセデス、F1マシンの赤いスリーポインテッドスターを“永遠”に掲載

    メルセデス、F1マシンの赤いスリーポインテッドスターを“永遠”に掲載

    メルセデスは、F1マシンのエンジンカバーの赤いスリーポインテッドスターとノーズのニキ・ラウダの直筆サインを“永遠”に掲載していくことを明かした。

    今週、メルセデスの非常勤取締役を務めた3度のF1ワールドチャンピオンであるニキ・ラウダが亡くなったことを受け、メルセデスはニキ・ラウダへのオマージュとして上記のブランディングと赤いヘイローを採用した。

    ヘイローのカラー変更は一時的なものだが、メルセデスのモータースポーツ責任者を務めるトト・ヴォルフは、その他のニキ・ラウダへのオマージュは残っていくと語った。

    「赤いヘイローと小さな星とともに今週末をスタートできたことを本当に嬉しく思っている。星とシグネーチャーは永遠にクルマに残っていく。本当に素敵に仕上がっている」とトト・ヴォルフは Autosport に語った。

  • ルイス・ハミルトン、ニキ・ラウダに捧げるポールポジション

    ルイス・ハミルトン、ニキ・ラウダに捧げるポールポジション

    ルイス・ハミルトンは、F1モナコGPのポールポジションを元メルセデスの非常勤取締役の故ニキ・ラウダに捧げた。

    F1モナコGPを控えた今週5月20日(月)、ルイス・ハミルトンをメルセデス移籍への導いた恩師である3度のF1ワールドチャンピオンのニキ・ラウダが70歳でこの世を去った。

    ルイス・ハミルトンは、F1モナコGPの予選で気迫の走りを見せてチームメイトのバルテリ・ボッタスを破って今季2度目のポールポジションを獲得。その結果をニキ・ラウダに捧げた。

    「絶対に忘れないであろう最高のポールポジションのひとつだ」とルイス・ハミルトンはコメント。

    「もちろん、僕は長年にわたって多くの成功を収めてきたけど、これほど意味のある成功は思い出せない。チーム全体にとっても個人的にも本当に難しい一週間だったし、このような難しいサーキットでチームとして上を向いて、一体となって開発を前に進めて、強くなって、週末の内外でパフォーマンスを改善させることができたのは驚くべきことだ」

    「みんなのことは本当に誇りに思っている。でも、今週末は僕たちの上には少し雲が覆っていたし、ニキのためにお互いに沈んだ気分を持ち上げようとしていた」

    「バルテリはセンセーショナルな仕事をしていた。プラクティス1と2は僕にとってうまくいったけど、今日はクルマは木曜日の良さとはほど遠かったので、クルマを好転させるために深く掘り下げなければならなかった」

    「バルテリの1回目のアタックは素晴らしかったし、僕はタイヤを使いこなすことに苦しんでいた。1回目のアタックでは1周のプレラップをしたけど、2周目のアタックはあまり良くなかった。最後は1周目をプッシュしたし、当然、バルテリの方が上だったのでコンマ2秒縮めなければならなかった。それにバルテリはタイムを上げてくるだろうと思っていた」

    「とにかくクルマを振り回したし、その間に何度かバリアに触れていたと確信している。でも、モナコではそうするよりも良い方法はない。過去にここで大きな成功を収めたことはなかったし、完璧なラップをしたことは一度もないトラックだった。今日はそれに一番近かったと思う。これはニキのためのものだ」

    自分の気持ちを脇に置いて目の前の仕事に集中することはどれくらい難しいことだったかと質問されたルイス・ハミルトンは「究極的に言えば、僕たちはプロジェッショナルだ」とコメント。

    「ニキは僕たちにクルマに乗ってほしいと願っていただろうし、彼はいつも『とにかくかましてこい』と言っていた。それがクルマに乗るたびにやろうとしてきたことだ」

    「いつも彼はそういっていた。だから、笑顔で歩いて、本当にお互いを高めていたし、彼のことを誇りに思っている。僕たちはそういう人だし、明日特別ものを引き出すために同じことやらなければならない」

    ルイス・ハミルトンは、“崖っぷち”だった最後のラップでポールポジションを獲得したことの安堵も組み合わさって感情が爆発してしまったと語った。

    「とにかく本当に興奮状態だった。抑えようとしたけど、多くのイギリス人とイギリスの国旗が見えて、訳もわからずとっさにやっていた。実際、フェンスを乗り越えそうだったよ! 幸いにも乗り換えなかったけどね」

    「レースに勝って、そのままミーティングに行って、家に帰って、座ってテレビをみたり、普通のことをしていると、実際にはそのような化感情になることはない。だから、僕にとってその瞬間を楽しみことが重要だった。いつまたそのような瞬間が来るかわからないからね。感謝しているよ」

    関連:F1モナコGP 予選 | ルイス・ハミルトンが気迫の走りでPP獲得

  • メルセデスF1、ニキ・ラウダへのオマージュとしてヘイローを赤に変更

    メルセデスF1、ニキ・ラウダへのオマージュとしてヘイローを赤に変更

    メルセデスは、今週末のF1モナコGPでニキ・ラウダのオマージュとして赤のペイントを施したヘイローを走らせることを発表した。

    3度のF1ワールドチャンピオンであり、メルセデスの非常勤取締役を務めていたニキ・ラウダは、今週20日(月)に70歳でこの世を去った。

    メルセデスはF1モナコGPでニキ・ラウダに敬意を表することを即座に決定し、木曜日のプラクティスではマシンのノーズに“Danke Niki(ありがとう、ニキ)”のメッセージとニキ・ラウダのサイン、そして、エンジンカバーに散りばめられた星のひとつを赤にしていた。

    メルセデスは、さらなる敬意として、ヘイローを赤に変更することを発表。また、オンボードカメラに映るヘイローの内側にメッセージを掲載する。チームはさらなるオーマージュを計画しているという。

    メルセデスだけでなく、他チームの多くのチームもF1マシンにニキ・ラウダへのオマージュを掲載。1984年にニキ・ラウダがタイトルを獲得したマクラーレンは、ノーズに“#RIPNiki”のメッセージ、エアボックスに1984年のタイトルを称えるデザインを掲載する。

    マクラーレン ニキ・ラウダ

  • F1モナコGP | ニキ・ラウダに敬意を表して決勝前に1分間の黙祷

    F1モナコGP | ニキ・ラウダに敬意を表して決勝前に1分間の黙祷

    F1は、亡くなったニキ・ラウダに敬意を表して、F1モナコGPの決勝前に1分間の黙祷を実施することを発表した。

    3度のF1ワールドチャンピオンであるニキ・ラウダは、今週20日(月)に70歳でこの世を去った。

    今週末のF1モナコGPでは多くのチームがニキ・ラウダへのオマージュをマシンに掲載しており、メルセデスはヘイローを赤に変えることを明らかにしている。

    そして、F1は正式にトリビュート計画を発表。レース前のビルドアップの一環として1分間の黙祷を実施する。

    グリッド前方には20名のドライバーと幹部だけでなく、“ラウダのキャリアにおいて特別な役割を果たした同世代の人物っや仲間”も参加し、ニキ・ラウダがかぶっていたことで有名な赤いキャップを着用する。

    「F1、FIA、モナコ自動車クラブ、そして、全10チームは、90回目のレースのインラップで、1975年と1976年に公国でのレースに勝利したドライバーに敬意を払うためにモナコのグランドスタンドでレースに参加するファン全員を招待したい」とF1は発表。

    「彼らは、赤いキャップを被ったり、バナーにメッセージを表示したり、単に拍手を送り、港のヨットから観戦している人はクラシュションを鳴らすことができる。スポーツの真のヒーローのひとりの記憶を称えるに相応しいことだ」

    関連:2019年 F1モナコGP テレビ放送時間&タイムスケジュール