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  • 佐藤琢磨、ついに掴み獲った“頂点” 「40歳になっても夢はかなう」 (後編)

    佐藤琢磨、ついに掴み獲った“頂点” 「40歳になっても夢はかなう」 (後編)

    佐藤琢磨が、インディ500の2週間の出来事を公式サイトで振り返った。

    佐藤琢磨(アンドレッティ・オートスポーツ)は、5月28日(日)に開催された伝統のインディ500で日本人初優勝という歴史的偉業を成し遂げた。

    レースの53周目、クラッシュしたジェイ・ハワードにスコット・ディクソンが接触してマシンが宙を舞うアクシデントが発生。クラッシュしたマシンを排除するために赤旗が提示される。

    この時点で佐藤琢磨は3番手につけていた。

    「アクシデントは僕の直後で起きました」と佐藤琢磨は振り返る。「1周回って事故現場にやってきたとき、マシンはモノコックだけになっていて、破片があたり一面に飛び散っていたので、僕は強いショックを受けました。だから、ディクソンが自力でマシンから降り立ったと聞いたときにはホッとしました。ただし、この事故でコースとSAFERバリアがダメージを受けたため、レースを中断する必要がありました。もちろん、僕にはまったく問題ありませんでした」

    作業が行われていた佐藤琢磨は・・・眠りに落ちていたと明かす。

    「眠りに落ちてしまったのです。まるで2002年日本GPの予選のときのように……。あのときは130Rでアラン・マクニッシュが大クラッシュして赤旗が提示されました。それでデータを見ていたのですが、だんだん眠くなってきて、短いパワーナップをしました。おかげですっきりとしました。これと同じことが土曜日に起きたのです」

    「たしか夢を見たはずなんですが、どんな内容だったかは覚えていません。そしてはっと目が覚め、自分がインディ500を戦っている途中で、大観衆に囲まれてコクピットに腰掛けていることに気づきました。本当に奇妙な気分でした! けれども、一眠りしたおかげで楽に意識を集中させることができました」

    その後、佐藤琢磨は一時トップに浮上。だが、その後の数回のイエローコーションで佐藤琢磨は徐々に後退。一時は17番手まで順位を落とす。

    「勢いを失いました。しかも、これがリスタート後に起きると、誰もがニュータイアを履いているため、簡単に順位を落とすことになります。結局、僕は17番手まで転落してしまいました。こういうときに大切なのはパニックに陥らないことです。16番手とか17番手ではタービュランスがひどいので、たしかに困難でフラストレーションの募る状況ですが、どのスティントでも15ラップを過ぎるとライバルたちにはタイア・デグラデーションが起きてスロットルを踏めなくなるため、相対的に僕たちのマシンは最強となります。そこで、ひとつずつ順位を上げていくことにしました」

    そして、次のピットストップまでに佐藤琢磨はトップ10まで巻き返した。その後、イエローが出てピットストップを行ったとき、佐藤琢磨は5番手へと挽回。その間にマックス・チルトンとエド・ジョーンズのふたりが首位に浮上していた。ここから佐藤琢磨の猛反撃が始まる。

    レース終盤に出た2回のコーションまでに、佐藤琢磨はマックス・チルトンの直後にあたる2番手まで駒を進める。そして5台が絡む事故で提示されたイエローが解除になったとき、レースは残り12周となっていた。

    佐藤琢磨が2番手にジャンプアップできたのは、残り22ラップのターン1でエリオ・カストロネヴェスとエド・ジョーンズをアウト側から一気に仕留めたおかげだった。このスリリングなオーバーテイクは佐藤琢磨をトップ争いのポジションに押し上げただけでなく、優勝を予感させるきっかけともなった。

    「あの男はきっとやってくれる」 レース後、チーム代表のマイケル・アンドレッティは語った。

    「彼は素晴らしいレースを戦ってくれた。アウトサイドから2台をまとめてオーバーテイクしたことがあったけれど、あれは重要なシーンだった。なにしろ、これでトップに続く2番手のポジションを手に入れられたのだから。僕は、あのときレースの流れが変わったと思う。その瞬間、僕はこんな具合だった。『ワォッ! 僕たちはどうやら優勝することになりそうだ!』 もちろん、佐藤琢磨は僕らをがっかりさせなかった。彼のドライビングは本当に最高だった」

    残り9周でリスタートされた際、佐藤琢磨は首位浮上を狙ってアウトからターン1に進入したが、反対にこれで勢いを失い、ターン3でカストロネヴェスにパスされてしまう。その2周後、エリオ・カストロネヴェスは同じ作戦でマックス・チルトンをオーバーテイクして首位に浮上。このとき、佐藤琢磨もターン1でチルトン攻略に成功する。そして次の周、佐藤琢磨はターン4で鮮やかにエリオ・カストロネヴェスを抜き去り、トップに立つ。残りは5周、12.5マイル(約20km)。

    「僕たちは本当にいいポジションにつけていて、最後の10周は『ワイルドなレース』ができる準備が整っていました。強敵だったチルトンを攻略しようとするとき、僕はあと何周でカストロネヴェスがチャージを始めるかを計算していました。マックスがポジションを守ろうとして急減速したので、僕も慌ててスロットルペダルから足を離しましたが、おかげでエリオにすんなりと抜かされてしまいました」

    「インディアナポリス・モーター・スピードウェイで倒さなければいけない相手はエリオです。これまで彼とレースを戦うなかで、僕はたくさんのことを学んできました。僕たちはコース上でもコース外でもとてもいい関係で、彼との間に問題が起きたことは一度もありません。彼は勇敢なレーサーですが、常に相手に敬意を払ってくれます。エリオがマックスをオーバーテイクしたあとで、2012年のインディ500とよく似たことが起きました。ダリオ・フランキッティがスコット・ディクソンを抜いたとき、僕もダリオについてディクソンをパスし、2番手に浮上したのです。でも、今回はレースがまだ6周残っていた。僕の目の前にいるのはエリオだけ。僕は彼の走りを注意深く見つめながら、残り数周をどうやって戦うべきかを考えました」

    「僕たちが使っているエアロ・コンフィギュレーションでは順位の入れ替えが比較的容易で、前を走っていられるのはせいぜい1周か2周です。そこで残り5周となったところでエリオをパスし、僕を抜き返すのに何周かかるかを確認することにしました。そして、もしも彼が2周で僕から再びリードを奪うようであれば、僕は残り2周でじっくりとエリオを攻略する時間があると考えたのです。このとき、僕の脳ミソはフル回転していました! 僕が残り5周でオーバーテイクすると、彼は案の定、2周で僕に追いつきました。そして残り2周となったターン1で彼は仕掛けてきます。『OK、ここで僕がリードを守り切れれば、彼が追いつくには再び2ラップが必要になる』 できることはすべてしました。イン側のラインを守り、彼をアウトサイドに追いやりました。そこからの2ラップは、まるで予選のように全開で攻め続けてエリオを引き離しにかかりました。これは本当に濃密で、長い長い2ラップでしたが、彼を抑えることに成功します。僕のスポッターが無線を通じて教えてくれました。『エリオは3バック、2バック、諦めずに攻めている!』 おかげで僕には彼との位置関係が正確に把握できました。そして最終ラップのターン4を立ち上がったとき、僕は勝利を確信しました」

    「本当に素晴らしいチームワークでした。チェッカードフラッグを受けたときはメチャクチャ嬉しくて、ヘルメットのなかで大声で叫びました! そしてスロットルペダルを戻すと、観客たちの大歓声が聞こえてきました。ただただ信じられないような気持ちで、本当に嬉しかったです。ピットレーンに戻ってくるとみんなが声援を送ってくれましたが、途中で(佐藤琢磨を2013年から2016年まで走らせていた)No.14のクルーが姿を見せました。そこで僕は2mph(約3km/h)までスピードを落として、かつての仲間全員とハイタッチしたのです。あれは最高の気分でした。まるで夢を見ているようでした。みんなが叫び声を挙げて、大騒ぎをしています。アンドレッティ・オートスポーツのメンバーが見せたエネルギーにはとても驚かされました。本当に信じられないような経験でした」

    「最高のマシンでした。僕を選んでくれたマイケル・アンドレッティには心からお礼をいいたいと思います。エンジニアのギャレットも素晴らしい仕事をしてくれました。No.26のメカニックも文句の付けどころがありませんでした。そしてミルク……。僕が選んだのは脂肪分2%でよく冷えているもの。あんなにおいしい牛乳は初めてでした! 素晴らしい瞬間でした。あの気持ちは一生忘れないでしょう。スマイル、エネルギー、そして35万人の大歓声」

    「インディ500で勝つには、すべてを手に入れていなければいけません。最高のマシン、最高の環境、ミスがないこと、そしてすべてが自分の思い通りに運ぶことです。レースが終わってから、燃料タンクなどにいくつかトラブルが起きていたことが判明します。もしもあれほどイエローが出なかったら、フィニッシュできなかったかもしれません。そうでなくても右リアタイアに燃料がかかり、スピンしていた可能性もあります。IMSのひとたちからは『コースがウィナーを選ぶ』といってもらいました。僕は運がよかったのでしょう。でも、誰だって自分を信じて、チャレンジし続けなければ夢はかないません。たとえ40歳になっても夢はかなうのです。それにしても嬉しい瞬間でした!」

    佐藤琢磨はフェルナンド・アロンソとも素晴らしい時間を共有していた。フェルナンド・アロンソは、インディ500初参戦ながらトップ争いを演じたが、最終的にホンダのエンジンにトラブルが発生してリタイアとなった。

    「フェルナンドと一緒にいると、いつでも最高に楽しいですよ。彼は目の覚めるようなスピードと、期待どおりの才能を発揮しました。フェルナンドのレースは素晴らしいもので、彼と一緒にできて本当に楽しかった。彼が毎日、微笑んでいるのを見られてよかったし、彼も充実した日々を過ごしていたようです。きっと、またインディに戻ってくると思いますよ」

    そして、ウィナーとなった佐藤琢磨の人生は一転する。

    「本当に信じられませんでした。インディ500で勝つって、こんなにすごいことだったのですね。ウィナーズ・サークルに立ってからは、もうノンストップでした。最初に記者会見をして、メディア向けのインタビューをしましたが、国際的なメディアが10社、さらに衛星放送のテレビ局などが列をなしていました。フィニッシュした直後で、レーシングスーツも濡れたままだったのに、3時間もそれが続いたのです。それからチームのディナーに顔を出して、ベッドに入ったのが午前3時頃。4時間ほど寝て翌朝を迎えたとき、昨日のことが夢だったのか現実だったのか確信が持てなくなりましたが、マネージャーが電話をかけてきてこう言いました。『いますぐ準備をするんだ。あと10分でテレビの生中継でインタビューだ』 ああ、夢じゃなかったんだ! それから恒例のウィナー撮影会があって、インタビューを受けて、インディ500バンケットに出席して、プライベートジェットに乗り込んでニューヨークに着いたのが火曜日の午前2時30分でした。イベントはさらに続きます。メディアの取材が11時間続いて、100媒体を招いたパーティが午後9時に始まって、そのまま飛行機に乗ってテキサスに向かい、水曜日にも様々なイベントに参加しました」

    週末にはデトロイトでのダブルヘッダーレースも控えていたが、佐藤琢磨は木曜日になっても数多くのインタビューを受けていた。

    インディカ500優勝の快挙は、佐藤琢磨の母国にとっても大きな意味を持っていた。2011年に東日本大震災が発生して以来、彼が慈善活動の“With you Japan”を意欲的に進めてきた。

    「僕が優勝したことは日本にとっても大きなニュースで、各メディアを賑わせているようです。これは本当に嬉しい成績ですし、自分の国のことを心から誇りに思います。僕が優勝したことはとても大きな意味を持っています。2011年に起きた東日本大震災の影響で、いまも20万人を越す被災者が仮設住宅などでの生活を余儀なくされています。このニュースで、そうした多くの人々が励まされ、勇気づけられることを願っています。おそらくテキサスの後で帰国すると思いますが、そこで様々なメディアから取材を受け、たくさんの人たちと会えることを楽しみにしています」

    テキサスでの戦いを終えた佐藤琢磨は12日(月)に帰国。13日(火)には記者会見、14日(水)にはウエルカムプラザ青山でファンイベントに参加する。

    関連:佐藤琢磨、ついに掴み獲った“頂点” 「人生を変えたインディ500」 (前編)

  • 佐藤琢磨、ついに掴み獲った“頂点” 「人生を変えたインディ500」 (前編)

    佐藤琢磨、ついに掴み獲った“頂点” 「人生を変えたインディ500」 (前編)

    佐藤琢磨が、インディ500の2週間の出来事を公式サイトで振り返った。

    佐藤琢磨(アンドレッティ・オートスポーツ)は、5月28日(日)に開催された伝統のインディ500で日本人初優勝という歴史的偉業を成し遂げた。

    そして、インディ500を制した瞬間、佐藤琢磨の人生は一転したといっていい。

    アメリカでは、インディ500は米国4大スポーツと同じくらい人気があり、インディ500での優勝したドライバーは、その日から全米、全世界に名前が知れ渡る。

    「本当に驚きです。信じられませんでした!」 と佐藤琢磨はコメント。

    「僕の人生のなかでも本当に大きな意味を持つ瞬間でした。人生を変えたといってもいいでしょう。この48時間、夜は3時間か3時間半くらいしか寝ていません。おそらく50媒体くらいのインタビューをこなしたはずです」

    2週間にわたって進行するインディ500。佐藤琢磨は初日から好調なスタートを切る。

    「アンドレッティ・オートスポーツのパフォーマンスは本当に印象的でした。彼らがスーパースピードウェイのために用意した基本セットアップはとても感触がよく、コースを走り出した当初から驚くほどバランスは良好でした」

    「エンジニアのギャレット・マザーシードは、プラクティス初日に昨年のセットアップを使うことを提案してくれました。そうすれば、これをベースにコースコンディション、温度、空気密度などにあわせて調整できるというのです。それは素晴らしいもので、結果的にわずかな調整しか必要ありませんでした」

    「そして走行初日の午後4時に最初のグループランを始めました。アンドレッティ・オートスポーツのドライバー総出でトラフィックのシミュレーションを行うのです。僕にとってこれは初めての経験だったので、とても興味深いと思いました。コースを走ったのは4人 ― 僕、ライアン・ハンターレイ、マルコ・アンドレッティ、アレキサンダー・ロッシ ─ でした。というのも、ジャック・ハーヴェイはマシンに細かな問題があり、フェルナンド・アロンソは少し異なるプログラムをこなしていたからです」

    「僕たちは毎日グループランを行いました。全員がタイアや燃料の量をあわせてから走り出します。このため、トラフィックが作りだす乱気流の中でマシンの強みと弱みが浮き彫りになり、この結果を踏まえてさらに速くするための努力を行います。とても洗練された手法で、僕が過去に経験したものとは大きく異なります。これまではいつも決まって、初日はシェイクダウン、2日目はエアロマップを作るために車高とウィング角の関係をチェック、3日目はトラフィック内の走行を試しますが、前を走るマシンのタイアやウィング角がわからないので、そのときのデータが正しいという保証はどこにもありません」

    「僕たちは毎日午後2時と5時に、それまで自分がどんな作業をやっていても中断し、グループランに臨みました。僕たちにとっては、これがもっとも大切な準備となりました。トラフィックのなかでクルマがどんな動きをするかは極めて重要ですが、インディ500で試したことはこれまでありませんでした」

    土曜日予選1日目は、インディアナポリス・モーター・スピードウェイに雷雨が直撃。だが、その後天候は回復し、結果的に全ドライバーがタイムアタックを行うことができた。出走順はクジ引きで決定。上位陣のグリッドは翌日のファスト9で決定する。ここで後半の走行となった佐藤琢磨は2番手となる。

    「とてもハッピーでした。コースは急激に乾いていったので、僕たち全員がアタックできました。セッション終盤に走行したことも、僕にはラッキーでした。通常、セッション後半は温度が上がってアタックするには好ましくない状況となりますが、グリーンなコースでは後半のほうがコンディションはよくなります。また、チームメイトのあとで走行したことも僕にとってはメリットで、マシンは本当に最高の状態でした」

    そして、翌日のファスト9で佐藤琢磨は4番グリッドを獲得する。

    「インディ500では過去最高のアタックでした。真剣なチャレンジでファスト9にアタックできたのは、これが初めてです。それはとても濃密な時間であると同時に、少し恐くもありました。すでにダウンフォースはとても小さく、セットアップは極めてアグレッシブなものでした。最初のラップは232mph(約371.2km/h)を越えるとても速いもので、2ラップめには早くもタイアのデグラデーションが始まっており、僕はコース幅を目一杯使いました。そこで、3ラップ目ではアペックスをコーナーの奥にとりましたが、それでもターン2の出口では壁に接触しそうでした。ここは横風が強く、したがって自然と強いアンダーステアになります。コーナーに進入するたびに、僕はウェイトジャッカーとアンチロールバーを調整しました。おかげでとてもチャレンジングでした。4ラップ目にはリアタイアもデグラデーションを起こし始め、狙ったラインをトレースできずにウォールに触れてしまいます。けれども、スロットルペダルから右足を離すことなく、結果的に4番手のタイムをマークできました。フロントロウに並べればさらによかったでしょうが、2列目でも僕はハッピーでした」

    予選が終わると決勝用のセッティングをさらにチューンナップすることになる。

    「マシンは本当に強力でした。まだ少しテスト・アイテムが残っている状態でしたが、インディ500の決勝前にこれほどマシンに自信を抱いたのは今回が初めてでした」

    そして、最終プラクティスとなる金曜日のカーブ・デイでも佐藤琢磨は2番手タイムをマークする。

    「このタイムについてはちょっと説明が必要です。もしもダウンフォースが少ない状態でトウ(スリップストリーム)が使えればいい記録を出せますが、今回の僕がまさにこれでした。実際のところ、トウを使わないタイムでは7番手か8番手だったと思いますが、それでも僕は満足していました」

    迎えた決勝。佐藤琢磨はあまり無理をせず、トップ争いに留まることを当面の目標とした。

    「スタートは想定の範囲内で、何台かがとてもアグレッシブにターン1へと進入していきました。でも、僕はまったくリスクを犯さずに通過しました。スタート直後は6番手か7番手くらいだったと思います。僕はこんな風に戦いました。なにしろ長いレースですし、本当に大切なのは最後の50ラップに向けてマシンをチューニングしていくことです。最初の150ラップはセットアップを行い、常にマージンを保ち、マシンをいいコンディションに保つことにあります」

    トップグループのオーダーはフェルナンド・アロンソ、アレキサンダー・ロッシ、佐藤琢磨、エド・カーペンター、ライアン・ハンターレイの順で、実にアンドレッティのドライバーがトップ、2番手、3番手、5番手を占めていた。

    「まるで僕たちがプラクティスでやっていたグループランのようでした!」

    そして、53周目。クラッシュしたジェイ・ハワードにスコット・ディクソンが接触してマシンが宙を舞うアクシデントが発生。クラッシュしたマシンを排除するために赤旗が提示される。

    この作業が行われている間、3番手につけていた佐藤琢磨は・・・(後編に続く)

    関連:佐藤琢磨、ついに掴み獲った“頂点” 「40歳になっても夢はかなう」 (後編)

  • ホンダ 「佐藤琢磨 インディ500初制覇! 凱旋イベント」を6月14日に開催

    ホンダ 「佐藤琢磨 インディ500初制覇! 凱旋イベント」を6月14日に開催

    インディ500で日本人初優勝という歴史的快挙を成し遂げた佐藤琢磨が、6月14日(水)に東京のウエルカムプラザ青山でファンイベントを開催することが決定した。

    2017 インディカー・シリーズ第6戦 第101回インディ500において日本人ドライバー初制覇の偉業を達成した佐藤琢磨(アンドレッティ・オートスポーツ)が緊急帰国。6月14日(水)にウエルカムプラザ青山でファンイベントを開催する。

    イベントでは、日本中が感動したあの優勝の瞬間を、佐藤琢磨とGAORAインディカー・シリーズ中継の実況アナウンサー村田晴郎とともに振り返る。

    入場は無料。当日朝8時より正面入口付近で配布され、440名がイベントに参加できる。

    館内では、佐藤琢磨がインディカー・シリーズ参戦後の歴代レーシングスーツやヘルメット、インディ500優勝時の牛乳瓶、日本では初めてとなる17年モデルの最新INDYエンジン(展示モデル)展示も予定されている。

    イベントの模様は、YouTubeLive、Facebookライブ、ニコニコ生放送での中継が予定されている。

    「佐藤琢磨選手 INDY500初制覇! 凱旋イベント」 開催概要

    ■開催日時:2017年6月14日(水) 18:30~20:00(予定)
    ■内容:トークショー、抽選会など
    ■入場料:無料

    ■入場券の配布について
    本イベントは入場券をお持ちの方のみ、ご参加いただけます。配布については下記の通りです。
    ・配布時間:当日朝8:00より正面入口付近にて入場券の配布を開始します。
    ・配布枚数:指定席券 240枚、立見券200枚(予定)

    ■入場券配布についての注意事項
    ・配布はお並びいただいた方、お一人様につき一枚ずつの配布となります。
    ・防犯上の理由から、前日および深夜はお並びいただけません。
    ・館内ショップ、カフェは営業を終了しております。
    ・お手荷物を置いたまま列を離れたり、シートなどを貼っての場所取りはご遠慮ください。
    ・館内および敷地内には喫煙場所はありません。
    ・ウエルカムプラザ青山に入場いただける時間は18:00を予定しております。

    ※本イベントは取材カメラが入り、インターネットでのライブ配信等を行いますので、ご来場の皆さまの個々の肖像権は主催者に帰属することをご了承ください。

  • アロンソ参戦のインディ500、母国スペインでF1モナコGPの2倍の視聴率

    アロンソ参戦のインディ500、母国スペインでF1モナコGPの2倍の視聴率

    フェルナンド・アロンソの参戦により、母国スペインではインディ500が同日に開催されたF1モナコGPの2倍のテレビ視聴率を叩き出した。

    フェルナンド・アロンソは、F1モナコGPを欠場してインディ500に参戦。インディカーとオーバルでのレースは初挑戦だったフェルナンド・アロンソだが、179周目にホンダのエンジンが故障するまで優勝争いを演じてみせた。

    報道によると、スペインでは44万3000人がインディ500の生中継を視聴。一方、アロンソの代役としてジェンソン・バトンがマクラーレン・ホンダで1戦限りの復帰を果たしたF1モナコGPはその半分以下の21万2000人だった。

    2016年のF1モナコGPはスペインが30万2000人が視聴しており、大きく減少した。

    日本ではインディ500は深夜のスタートとなったが、スペインでは午後4時~5時。F1モナコGPは正午から午後1時と放送時間が影響したとは考えにくい。一概には言えないが、フェルナンド・アロンソのインディ500参戦、そしてF1モナコGPの欠場が両シリーズの視聴率に影響を与えたといっても過言ではないだろう。

  • 【インディカー】 第101回インディ500のレース全編をYouTubeで無料公開

    【インディカー】 第101回インディ500のレース全編をYouTubeで無料公開

    インディカーは、5月28日に開催された「第101回 インディ500」のレース全編をYouTubeで無料公開した。

    インディアナポリス・モーター・スピードウェイで開催された伝統のインディ500は、佐藤琢磨の優勝という劇的なエンディングを迎えた。

    インディカーは、2017年のインディ500のスタート前のセレモニーからフィニッシュ後の佐藤琢磨のパレードランまで4時間15分の映像をYouTubeで無料公開。

    日本では無料放送されなかったインディ500。スコット・ディクソンの九死に一生の大クラッシュ、フェルナンド・アロンソの素晴らしいオーバーテイクシーンやホンダのエンジン故障によるリタイア、そして、佐藤琢磨のラスト10周にわたる攻防、ヴィクトリーレーンでミルクを飲み干すシーンなど、インディ500の興奮を改めて視聴できる。

    2017 インディアナポリス500 動画

    関連:インディ500 結果:佐藤琢磨が優勝!日本人初の快挙!

  • 佐藤琢磨、インディ500優勝 「人生で最高の500マイルでした」

    佐藤琢磨、インディ500優勝 「人生で最高の500マイルでした」

    佐藤琢磨が、インディ500制覇について The Players’ Tribune のコラムで改めて語った。

    佐藤琢磨は、第101回インディ500の決勝で2位のエリオ・カストロネベスにわずか0.2011秒差で優勝。日本人初となる歴史的快挙を成し遂げた。

    「残り2周でインディ500をリードするという感覚は人生において他に近い経験はありません」と佐藤琢磨はコメント。

    「望めば多くのレースを走ることはできるかもしれません。チャンピオンシップに勝つことはできるかもしれません。トラックで最も偉大なレジェンドたちと肩を並べることはできるかもしれません。ですが、インディの日曜日の最後の数マイルに準備できることは何もありません」

    「以前にそこにいたことがない限り」

    2012年のインディ500。佐藤琢磨は2番手を走行していた最終ラップで優勝を目指してダリオ・フランキッティに1コーナーで仕掛けるも、スピンを喫し、ウォールにクラッシュしてレースを終えている。

    「2012年のレースで僕はそこにいました。そして、勝てると思っていました」

    「その日のことは多くの理由で覚えています。特にいかない暑かったかを覚えています。温度計は100°Fを指していました。ですが、それが僕のアドバンテージになりました。僕の周りでスタートした多くのクルマがレース中盤くらいに冷却に問題を抱えていました。僕たちのレイホール・レターマン・ラニガン・ホンダは本当にうまく機能していて、僕たちは多くのペースとともに順位を上げていました。残り6周の最後のリスタートの時点で僕たちは5番手まで順位を上げていました」

    「残り2周で僕はダリオ・フランキッティの真後ろの3番手につけていました。彼はターン1でスコット・ディクソンのインサイドを突き、僕も彼に続きました」

    「インディ500はレースをするだけではありません。学んでいます。最後の495マイルの時点まで精神的にクルマの情報を記憶していました。どの場所でグリップが得られるか? 自分はどこで最速だと感じているか? 必要なときにどうやって自分のラインを守ればいいか? ディクソンのインサイドを突いたとき、僕はターン1のバンクでグリップを感じていました。素晴らしかったです。人生で最大のレースで優勝するまでコーナーはあと7つでした」

    「3つのターンを抜けても僕は仕掛けることができませんでした。ダリオとのジャップを縮める必要がありました。フロントストレッチ側に下がり、彼に対して素晴らしい走りができました。全てのラップでやっているようにウインドソックを見上げて、ターン1が向かい風だとわかりました。それはクルマにより多くの力とグリップが得られることを意味しました。最初の思ったのは、何が何でもダリオと接触してはいけないということでした。もし接触して、彼がリタイアするのであれば、僕はそのようなレースに勝つつもりはありません。お断りです」

    「ダリオはディフェンスしました。僕はちょっと白線に下がりすぎてしまい、気付いたときにはスピンしてウォールに衝突していました。インディ500は終わりました。永遠の残り4コーナーです。隙間は小さかったですが、一か八かやるしかありませんでした。それがレースです」

    「僕は36歳でした。これまでメジャーなレースシリーズで勝ったことはありませんでした。そのような機会はどれくらい巡ってくるだろう?」

    「滅多にない。それが答えでした」

    『2012年のことは時々僕の心のなかに残っていました。7歳の僕はあのレースで勝つことを望みました。40歳の僕もあのレースで勝つことを望みました』

    「初めてテレビで観たレースはインディアナポリスでした。僕は7歳で、6500マイル離れた日本の東京で床に座って彼らが走るのを観ていました。あまり良く覚えてはいません。ですが、インディ500であることは知っていました。彼らはずっと本当に速いスピードで走っていましたからね。あまり理解できませんでしたし、信じられませんでした」

    「その後はレースに夢中でした。ドライバーになりたかった。ドライバーになるつもりでした」

    「僕はF1を含めてヨーロッパ中で異なるシリーズでレースをしてきましたが、インディカー・シリーズは人生で最も価値ある経験のひとつです。素晴らしい人々と出会い、仕事をし、初優勝した2013年のロングビーチでは素晴らしい一日お過ごしました。永遠に忘れることない思い出が本当にたくさんあります」

    「でも、2012年のことは時々僕の心のなかに残っていました。7歳の僕はあのレースで勝つことを望みました。40歳の僕もあのレースで勝つことを望みました」

    「今シーズン、僕はアンドレッティ・オートスポーツに移籍しました。そして、このクルマはインディにむけて新たな望みを与えてくれました。この1ヵ月全体は違った感覚でした。勝つチャンスがあるとわかってサーキットに着いたのは初めてでした。僕たちは予選で強く、クルマには素晴らしいペースがありました。ですが、より重要なのはトラフィックのなかで本当にうまく走れていたことでした。それはレースに向けて大きな自信を与えてくれました」

    「そして、日曜日・・・ちょっと違った感触でした。勝てると感じたのはインディでのキャリアで初めてでした。頭のなかでは勝てるとわかっていました」

    「僕たちのチームは日曜日にかなりいい感じでした。全てのピットストップ、その7回全てがとても強力でした。彼らは僕に勝つための最高のチャンスを与えてくれました。残り数周で僕は再びそこにいました」

    「5年後、インディに戻ってきて、勝利まであと数ターン」

    「その前の数ラップで起こったことが、最後に違いを生みました。残り9周で僕は2番手で、ターン1のアウト側からマックス・チルトンを抜こうとしました。イン側のグリップはかなり良かったですし、うまく潜り込めれば、マックスのようにリードを守れる。それを忘れるな、と思っていました」

    「数周後、エリオ・カストロネベスが速さを見せてリードを築きました。2012年にダリオにしたように彼に続きました。ですが、今年はチェッカーフラッグまでもう少し時間がありました。僕とダリオと間のメンタルゲームでした。彼を抜けることはわかっていましたが、彼に抜かれた場合にリードを取り戻せる十分な時間をもってそれをしなければなりませんでした。頭の中で計算しました。そして、残り5周でうまく仕掛けて、フロントストレッチ側で彼を抜きました」

    「エリオが来るのはわかっていました。彼は最高のドライバーです。3度のチャンピオンです。倒さなければならない男です。彼は簡単には行かせてくれません。彼はターン1で仕掛けてきましたが、僕はターン1にグリップがあることを知っていました。数周前からそれを知っていました。2012年からそれを知っていました」

    「慎重に走りました。そして、エリオは抜くことができませんでした」

    「残り2周はちょっとぼんやりしています。チェッカーフラッグを受けて、巨大な安堵の感覚に襲われたのは覚えています。エリオとバトルができたのは特別なことでした。このレースに勝てたのは名誉なことでした。そして、初の日本人ウィナーになれたことに物凄く誇りに思っています」

    「インディ500にむけて準備できることはたくさんあります。スタート、ピットストップ、リスタート。ですが、ヴィクトリーレースを走ることは・・・そのための判断基準はありません。どんな気分になるのか、どんな経験になるのかはわからないのです」

    「2012年以降、僕は何度も勝つための経過について考えてきました。ですが、実際に買ったらどんな気分になるかについては考えていませんでした。ヴィクトリレーンに着いて、クルマを降りたとき、その全てが襲ってきました」

    「インディアナポリスは本当に特別な場所です。そして、それをアンドレッティ・オートスポーツ・チームと一緒に共有できたことは、これまでで最高の経験のひとつです」

    「間違いなく、人生で最高の500マイルでした」

    関連:【インディカー】 第101回インディ500のレース全編をYouTubeで無料公開

  • 佐藤琢磨 インディ500優勝記念映像、渋谷スクランブル交差点にも登場

    佐藤琢磨 インディ500優勝記念映像、渋谷スクランブル交差点にも登場

    佐藤琢磨のインディ500優勝を記念して、グリコは東京・渋谷のスクランブル交差点にある”渋谷グリコビジョン”でスペシャル映像を上映する。

    佐藤琢磨は、第101回インディ500で日本人初の優勝という歴史的偉業を達成。2010年から佐藤琢磨のスポンサーを務める江崎グリコは、大阪・道頓堀川にかかる電光看板”グリコサイン”にレース直後に見せた佐藤琢磨のガッツポーズが期間限定で投影されている。

    大阪だけでなく、東京・渋谷のスクランブル交差点にある”渋谷グリコビジョン”にも佐藤琢磨が登場。こちらも6月7日(水)までの9:00~24:00の間、1時間に10回程度、30秒の映像が流される予定となっている。

    関連:グリコ、佐藤琢磨のインディ500優勝を道頓堀グリコサインで祝福

  • 【動画】 佐藤琢磨 インディ500 優勝メッセージ 「まだ夢のよう」

    【動画】 佐藤琢磨 インディ500 優勝メッセージ 「まだ夢のよう」

    佐藤琢磨が、インディ500優勝をスポンサーである『グリコ』に動画メッセージで報告した。

    佐藤琢磨は、5月28日(日)に米国インディアナポリス・モータースピードウェイにて開催された第101回インディアナポリス500で優勝を飾った。

    インディ500は、F1GP、ル・マン24時間レースと並ぶ『世界3大レース』のひとつとして知られ、日本人がインディ500で優勝したのは佐藤琢磨が初めてとなる。

    「第101回 インディ500、優勝しました。本当にみなさん、たくさんの応援ありがとうございました」と佐藤琢磨は報告。

    インディ500ウィナーになった瞬間から取材が殺到した佐藤琢磨は、この動画を優勝から一夜明けた29日(月)にやっと撮影できたという。

    「一日経ってしまったんですけども、レース後はもう混乱と言うか、物凄い分刻みのスケジュールで、夜の8時過ぎまでレースのチェッカーを受けてからずっとメディアの仕事がありまして、そのあともチームディナーの方に顔を出したり、いろんなアピアランスがあって、ビデオ撮影、なかなかできなくて、一日に遅れになりました」

    「今日も朝から撮影が続いていますが、本当に嬉しい悲鳴ですね。昨日はもう本当に疲れ切ってしまったんですけども、まだアドレナリンが出ていて、ポンプアップして今、モチベーションあげてやっている最中です」

    「レースは2列目4番手から今までのベストグリッドでインディ500をスタートしたんですけども、本当に長いレース、一時17番手まで落ちてしまう時もありましたが、本当にチームが素晴らしいバックアップをしてくれたのと、クルマがとにかくコンシステントに働いてくれたので、トラフィックのなかでも落ち着いて順位をひとつずつ上げることができましたし、最後の30ラップはもう本当に激しいバトルで、誰が勝ってもおかしくないみたいな感じでした」

    「だた、自分自身の持っている道具のスピードとそれから自分の経験を信じて、トップを目指して戦いました」

    「ラスト6周、3回チャンピオンになっているエリオ・カストロネベス、彼を抜いて、彼は4回目のインディ500を優勝狙ってペンスキーをドライブする最高のドライバーなんですが、その彼と最高のバトルを繰り広げて、最後、最終ラップの4コーナーを立ち上がったときにクルマがしっかり加速した時にはもう勝ちを確信して、チェッカーフラッグを潜り抜けることができました」

    「本当にアンドレッティ・オートスポーツのクルー全員の力だと思ってます。チームメイトにちょっと不運があったりしたんですけども、それでもこの2週間、3週間、僕ら全員で力を合わせて勝ち取った勝利だと思うので、クルー全員に感謝したいですし、こんな素晴らしいリングまで貰って、インディ500のウィナーとして今こうして立っていることがまだ夢のようで信じらんないですけども、すぐにデトロイトのレースが今週末ありますで、体調崩さないように気を付けて、また最高の走りして頑張っていきたいと思います。みなさん、本当にたくさんの応援をありがとうございました」

    佐藤琢磨 インディ500 優勝メッセージ (グリコ公式)

  • フェルナンド・アロンソ、インディ500の賞金額に驚き

    フェルナンド・アロンソ、インディ500の賞金額に驚き

    フェルナンド・アロンソは、インディ500への参戦がいかに儲かるかに驚いたと認める。

    F1モナコGPを欠場してインディ500に参戦したフェルナンド・アロンソは、ホンダのエンジン故障によってレースをリタイアし、24位でレースを終えた。

    だが、フェルナンド・アロンソは、2017年のインディ500のルーキー・オブ・ザイ・イヤーを獲得。その賞金の5,000ドルを含め、総額305万805ドル(約3393万円)を獲得した。

    「F1のみんなに教えなければならないね」とフェルナンド・アロンソは RTL にコメント。

    「ここにいると本当にいいことがあるし、多くのF1ドライバーがすぐにやってくると思うよ」

    優勝した佐藤琢磨は総額245万8,129ドル(約2億7279万円)の賞金を手にした。

    インディ500は、決勝の順位ごとに賞金が与えられるほか、「決勝1周目をトップで通過したドライバー」「最後に予選を通過したドライバー」など様々な賞金が与えられる。

    第101回 インディ500 賞金一覧

    Po No Driver Team 賞金
    1 26 佐藤琢磨 Andretti Autosport $2,458,129
    2 3 エリオ・カストロネべス Team Penske $770,629
    3 19 エド・ジョーンズ Dale Coyne Racing $525,629
    4 8 マックス・チルトン Chip Ganassi Racing $484,129
    5 10 トニー・カナーン Chip Ganassi Racing $438.129
    6 22 ファン・パブロ・モントーヤ Team Penske $255.805
    7 98 アレキサンダー・ロッシ Andretti-Herta Autosport $420.629
    8 27 マルコ・アンドレッティ Andretti Autosport $384.629
    9 88 ギャビー・チャベス Harding Racing $235,305
    10 14 カルロス・ムニョス AJ Foyt Racing $364,129
    11 20 エド・カーペンター Ed Carpenter Racing $395,129
    12 15 グラハム・レイホール Rahal Letterman Lanigan Racing $361,129
    13 7 ミカエル・アレシン Schmidt Peterson Motorsports $355,629
    14 1 シモン・パジェノー Team Penske $349,129
    15 17 セバスチャン・サーべドラ Juncos/AFS Racing $210,305
    16 21 J.R.ヒルデブランド Ed Carpenter Racing $345,129
    17 63 ピッパ・マン Dale Coyne Racing $200,305
    18 11 スペンサー・ピゴット Juncos Racing $200,305
    19 2 ジョセフ・ニューガーデン Team Penske $349,129
    20 18 ジェームス・デイビソン Dale Coyne Racing $355,129
    21 16 オリオール・セルビア Rahal Letterman Lanigan Racing $200.305
    22 5 ジェームズ・ヒンチクリフ Schmidt Peterson Motorsports $349,129
    23 12 ウィル・パワー Team Penske $388,129
    24 29 フェルナンド・アロンソ McLaren Honda Andretti Autosport $305,805
    25 83 チャーリー・キンボール Chip Ganassi Racing $339,129
    26 40 ザック・ビーチ AJ Foyt Racing $200,805
    27 28 ライアンハンターレイ Andretti Autosport $351.629
    28 24 セージ・カラム Dreyer & Reinbold/Kingdom Racing $202,805
    29 44 バディ・ラジアー Lazier Partners Racing $200,305
    30 4 コナー・デイリー AJ Foyt Racing $334,129
    31 50 ジャック・ハーベイ Andretti Autosport/Mike Shank Racing $205,805
    32 9 スコット・ディクソン Chip Ganassi Racing $446,629
    33 77 ジェイ・ハワード Schmidt Peterson Motorsports $200,305
  • グリコ、佐藤琢磨のインディ500優勝を道頓堀グリコサインで祝福

    グリコ、佐藤琢磨のインディ500優勝を道頓堀グリコサインで祝福

    大阪・道頓堀の江崎グリコの電光看板に佐藤琢磨のインディ500優勝を記念したスペシャル映像が上映されている。

    佐藤琢磨は、伝統のインディ500で日本人として初優勝という快挙を達成。江崎グリコは、2010年から佐藤琢磨のスポンサーを務めている。

    江崎グリコは、佐藤琢磨のインディ500制覇を記念して道頓堀のグリコサインでスペシャル映像を上映。

    看板には「佐藤琢磨選手 優勝おめでとう」という文字とともに、優勝トロフィーの横に立つ様子、日本国旗を手にする様子などが60秒間、次々と映し出される。

    上映は7日までの期間限定で19時45分~23時45分の間、15分ごとに上映される。

    道頓堀グリコサインは、大阪道頓堀の戎橋南西袂に江崎グリコが設置している看板。通常はグリコのマーク(ゴールインマーク)が映し出され、道頓堀のランドマークにもなっている。

    関連:【動画】 佐藤琢磨 インディ500 優勝メッセージ 「まだ夢のよう」