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  • フェルナンド・アロンソ、来年はマクラーレンと別でインディ500に挑戦?

    フェルナンド・アロンソ、来年はマクラーレンと別でインディ500に挑戦?

    フェルナンド・アロンソは2019年にインディ500に再挑戦するかもしれないが、それは去年のようにマクラーレンとしての参戦ではないかもしれない。

    昨年、フェルナンド・アロンソは、マクラーレンとホンダのエンジンを搭載したアンドレッティ・オートスポーツが組んだ“マクラーレン・ホンダ・アンドレッティ”のエントリーでインディ500に参戦。

    マクラーレンの伝統カラーであるパパイヤオレンジのカラーリングが施されたマシンにはF1チームのスポンサーのロゴが掲載され、マクラーレンのスタッフも派遣された。

    しかし、マクラーレンのエグゼクティブディレクターを務めるザク・ブラウンは、フェルナンド・アロンソが2019年にインディ500に参戦することを容認する意向ではあるものの、マクラーレンとして再びそれをサポートする可能性は低いと語る。

    「彼は戻りたいと思っているし、2019年にそれを実現するかもしれない」とザク・ブラウンは AS にコメント。

    「彼次第だし、カレンダーがどうなるか次第だ。だが、我は戻って勝ちたいと思っているはずだ」

    だが、ザク・ブラウンはマクラーレンはF1に完全に集中する必要があると語る。

    「F1ではあらゆることが起こっており、我々は2021年に良いポジションにいることを確実にしなければならない」とザク・ブラウンはコメント。

    「F1チームのためにパートナーを増やす必要があるし、インディに関連する何をするときは、F1でのマクラーレンを最優先しなくても良くなったこときだ」

    実際、昨年のフェルナンド・アロンソのインディ500参戦には、マクラーレンのパートナーだったホンダも大きく協力していた。だが、ホンダの縛りがなくなることで、シボレーのエンジンを搭載する名門ペンスキーからの参戦を含めて選択肢は広がることになる。

    今年、フェルナンド・アロンソは、マクラーレンとは完全に独立した活動としてトヨタからFIA 世界耐久選手権に参戦し、ル・マン24時間レースでの優勝を狙う。

  • 佐藤琢磨、インディ500優勝の“ベビーボルグ”トロフィーを受け取る

    佐藤琢磨、インディ500優勝の“ベビーボルグ”トロフィーを受け取る

    佐藤琢磨は、2017年のインディ500優勝を記念したトロフィー“ベビーボルグ”を受け取った。

    インディ500の優勝トロフィー“ボルグワーナートロフィー”はインディアナポリス・モーター・スピードウェイの殿堂博物館に常時保管されるため、ウイナーが自宅に持ち帰ることはできない。代わりウイナーには、“ベビーボルグ”と呼ばれる、同じくスターリングシルバー製のトロフィーが授与される。

    その授与式が17日(水)にデトロイトで行われ、ボルグワーナー社の最高経営責任者ジェームス・R・ベリアーから佐藤琢磨とアンドレッティ・オートスポーツのチームオーナーであるマイケル・アンドレッティに授与された。

    ベビーボルグを受け取った佐藤琢磨は「もう1月になりましね」とコメント。

    「次のインディ500までわずか4か月しかありませんが、それでも今夜トロフィーを受け取り、本当に名誉に感じています。日本に持っていくか、インディに置いておくかは決めていませんが、どこかに置いておくつもりです」

    「5月にディフェンディングチャンピオンとしてインディアナポリス・モータースポーツウェイに行くときには特別な気分になるでしょう。どんな感じになるかは想像できません」

    プレゼンテーション後、マイケル・アンドレッティは、彼のマシンを勝利に導いた佐藤琢磨に感謝の言葉を贈った。

    「彼の走りは驚異的だった。彼は最後の10周でトップに立つための走りをした。彼は我々のためにその状況に勝った。我々は良いクルマを彼に与えたが、彼はそのレベルの走りをしていた。素晴らしかった」

    「彼がフィニッシュラインを通過したとき、それが大きな勝利だとわかった。これは歴史的な勝利だ。初めての日本人ドライバーであり、ホンダを運転している。素晴らしいことだ。彼が我々のクルマで勝ったことをとても嬉しく思う」

    だが、佐藤琢磨はインディ500を制したアンドレッティ・オートスポーツを離れ、今年はボビー・レイホールが率いるレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに復帰する。

    「2017年にインディ500優勝を実現してくれたマイケル、そして、アンドレッティ・オートスポーツ全体にとても感謝していますが、ボビーは2021年以降、僕の大きなサポーターでしたし、僕たちは別々の道を歩むことを進まなければなりませんでしたが、彼は常にサポーティブでした」

    「彼は2017年シーズン全体で僕がホーム、彼のチームに戻ることを望んでくれました。そして、全ての状況がまとまりました。2018年には全員にとって素晴らしいシーズンになると思います」

    マイケル・アンドレッティは「琢磨がいなくなるのは寂しい。彼はチームでとても楽しんでいたと思うし、来年、我々と走らないことは残念だ。彼とは何も問題はない。彼のマネジメントだ」と述べた。

  • ダニカ・パトリック、引退レースにむけてGoDaddyと再タッグ

    ダニカ・パトリック、引退レースにむけてGoDaddyと再タッグ

    ダニカ・パトリックは、2018年に引退レースとしてNASCARのデイトナ500とインディ500の2戦に出場するために長年スポンサーを務めてきたGoDaddyと再タッグを組むことを発表した。

    ダニカ・パトリックのNASCARでの最終年は、スポンサー問題によって損なわれ、2017年シーズン最終戦のホームステッドでフルタイムのレースから引退することを発表した。

    ダニカ・パトリックは、最後のレースとしてデイトナ500とインディ500でレースに参戦することを目指してチップ・ガナッシと交渉したが、成果は挙げられなかったことが明らかになっている。

    ダニカ・パトリックは、レース契約をまとまることが予想以上に時間がかかっていることを認めていたが、スポンサーの復帰は契約交渉の助けになるはずだ。

    米国スコッツデールに本社を置くドメインレジストラ・レンタルサーバサービスであるGoDaddy(ゴーダディ)は、2006年からインディカーでダニカ・パトリックを支援し、ダニカがNASCARに転向した後もスポンサーを継続。2015年末にモータースポーツのスポンサーシップから撤退していた。

    「私の象徴でもある長年のスポンサーの支援を受けて、それらの2つの象徴的なレースでレーシングキャリアを終わらせることは間違いなく私が望んでいることです」とダニカ・パトリックはコメント。

    「GoDaddyは、私のキャリアが始まったときから私のためにそこにいてくれました。最後の2レースでGoDaddyの“グリーン”に戻れることはエキサイティングなことです」

    「私たちのブランドは常に強力な力を発揮してきました。レースの仕事に全力を尽くす際に彼らが私の側にいてくれるのは素晴らしいことだと思います」

    「インディアナポリス・モータースポードウェイでの最後のラップを走る・・・自分のレースキャリアにとってこれ以上のエンディングは書けないと思います。GoDaddyと勝つことができれば、もちろん、さらに花を添えることになるでしょう」

    しかし、まだ、ダニカ・パトリックがインディカーとNASCARのチームと交渉しているのかは明らかにされていない。

    「『我々はバンドを再結成した』と言えるだろう」とGoDaddyのチーフ・マーケティング・オフィサーを務めるバーティ・レヒテルマンはコメント。

    「我々は常にダニカを信じてきたし、どんな逆境に直面しても大きな目標を設置する彼女にインスピレーションを受けてきた」

    「我々のゴールがうまく揃っていることは意味のあることだ。彼女は情熱的で強靭でクリエイティブだ。インターネットの力を活用して“サイドビジネス”をフルタイムのビジネスに変えようとしている我々のカスタマーと同じようにね。ダニカルは我々GoDaddyのカスタマーの心を完全に象徴している。我々はそれを気に入っている」

    「我々はコース上で次のチャプターがどう展開するかを目にするためにみなさんを招待する。彼女がレース後にどのような新しいことをやっていくか期待しよう」

    だが、アンドレッティ、ペンスキー、シュミット・ピーターソン、チップ・ガナッシといったインディカーチームは、インディ500でダニカ・パトリックを走らせることを否定しており、NASCARチームもダニカの起用には消極的だと考えられている。

    シュミット・ピーターソンのオーナーであるサム・シュミットは、ダニカ・パトリックの引退レースへの注目が“あまりに多くのファンファーレによって気が散ることになる”と懸念を示しているが、どこから参戦したとしても競争力を発揮できるだろうと語る。

    「彼女は素晴らしい仕事をすると思うし、以前の場所に戻ってくるだろう。だが、それは全てに付随するものだ」

    ダニカ・パトリックは、2005年から2011年までインディカーに参戦。115戦に出走し、2008年のもてぎで女性初のインディカー優勝を成し遂げている。2005年のインディ500では19周リードラップを走って4位でフィニッシュ。2009年のインディ500ではベストリザルトとなる3位でフィニッシュしている。

    2012年からはNASCARカップシリーズに転向。デイトナ500の予選でポールポジションを獲得している。最高成績は2014年のアトランタでの6位。さらに6回のトップ10フィニッシュを達成している。

  • マクラーレン 「2018年にインディ500にエントリーすることはない」

    マクラーレン 「2018年にインディ500にエントリーすることはない」

    マクラーレンのエグゼクティブディレクターを務めるザク・ブラウンは、マクラーレンとして2018年のインディ500に参戦する可能性を明確に否定した。

    今年5月、フェルナンド・アロンソはマクラーレン・アンドレッティからインディ500へ参戦。最終的にはホンダのエンジントラブルによってリタイアしたものの、興行的には大きな成功を収めた。

    フェルナンド・アロンソ、そして、マクラーレンのインディ500は世界中で大きな注目を集めたこともあり、以前ンにザク・ブラウンは将来的にマクラーレンとしてインディに戻りたいと述べていた。

    次のマクラーレンのインディカーへの参戦は、シリーズへのフルタイムの参戦になるのか、もしくは再びインディ500のみの参戦になるのかと質問されたザク・ブラウンは「いい質問だ。そこは検討中だ」と RACER にコメント。

    「インディ500がインディカーの全体的な認知度のなかで大きな部分を占めていることを踏まえ、望んでいるものを達成するために十分なものを与えられるだろうか? フルシーズンをやりたいか? そこが全てのレビュープロセスの一部だ」

    しかし、フェルナンド・アロンソは、ルノーのf1パワーユニットを使用する初年となる2018年はマクラーレンのF1プログラムに焦点を当てたいとして2018年のインディ500参戦は否定している。

    「テーブルから外れている。チェックボックスのすべてをチェックすることはできなかったし、フェルナンドと一緒に作り上げた認知度を繰り返すのは難しいだろう」

    「だが、我々はマクラーレンは誇りに思っているし、我々が何かをやるときは、マクラーレンのやり方で進めていかなければならない」

    「来年、また別のインディ500エントリーとしてインディに行くことはあるかもしれないが、それはマクラーレンではない。適切にそれをやり遂げ、ショーの大きな一部となれないのであれば、我々はそれを望まない」

    「また、優先順位も考慮しなければならない。インディにいくためにどれくらいの準備時間を費やすことができるだろうか? 次回に行くときはは、それがインディ500限定かインディカーかどうかに関わらず、1回限りではない」

    「我々はインディ限定という決定を下した場合は、今後10年間はインディだけになるだろう。クルマを買い、チームと提携することにはなるが、我々は長期的にそれにコミットすることになる。今年は1戦限りだったが、クレイジーなアイデアが素晴らしい機会となった」

  • NHK BS1、インディ500佐藤琢磨×エアレース室屋義秀のスペシャル対談

    NHK BS1、インディ500佐藤琢磨×エアレース室屋義秀のスペシャル対談

    NHK BS1は、12月30日(土)に「激突!ふたりの“世界最速”男 ~インディ500 佐藤琢磨×エアレース 室屋義秀~」を放送する。

    今年、佐藤琢磨は世界3大レースのひとつ『インディ500』を日本人として初めて優勝、室屋義秀は“空のF1”と呼ばれる『レッドブル・エアレース・ワールドシリーズ』で日本人初の年間総合優勝を果たした。

    佐藤琢磨は、インディアナポリスで行われたエアレースの最終戦を訪れ、室屋義秀が初のワールドチャンピオンになる瞬間を目撃。世界を駆け巡って活躍する者同士、すぐさま意気投合した。

    番組では、今年、世界最速の称号を手にしたふたりの日本人が、お互いの世界を体験し、勝つためには何が必要か、本音で語り合う。

    【番組概要】
    番組名:BS1スペシャル 「激突!ふたりの“世界最速”男 ~インディ500 佐藤琢磨×エアレース 室屋義秀~」
    放送チャンネル:NHK BS1
    日時:12月30日(土)午後9時~

  • 【インディカー】 グラハム・レイホール、佐藤琢磨の加入を歓迎

    【インディカー】 グラハム・レイホール、佐藤琢磨の加入を歓迎

    グラハム・レイホールは、2018年のインディカー・シリーズにむけて佐藤琢磨がレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングに加入することを歓迎。新しいエアロキットへの挑戦のためには2台体制に拡大する必要があったと述べた。

    過去5年間、1台体制でインディカーを戦い5勝を挙げたグラハム・レイホールは、2018年にインディ500ウィナーである佐藤琢磨をチームメイトに迎える。

    2018年の新しいユニバーサルエアロキットは、マシン下部でダウンフォースを発生させることに焦点を当てており、メーカーのデザインから大きく離れることになる。

    グラハム・レイホールは、2018年にむけてチームの拡大は不可欠だったと考えている。

    「新しいエアロとそれによる調整が必要になることで、僕たちには2台目のクルマが必要だった」とグラハム・レイホールはコメント。

    「僕たちは改善を続けていなければならないし、2台で満足のいくバランスを見つけるために協力していかなければならないと思っている。データが増加することがチームを前進させることに役立つことを心から期待している」

    「必ずしも簡単なことではないし、多くのコミットメントと時間がかかるだろう。それ以上を要するかもしれない」

    「僕たちのスタッフは集中し続けなければならないし、最近の成功を可能にした細部に注意をはらうことを続けていかなければならない」

    グラハム・レイホールは、2012年にレイホールで走った佐藤琢磨とともに勢いを増していくことができると期待している。

    「調整する部分はあるだろうけど、タクと仕事をすることを楽しみにしている」とグラハム・レイホールはコメント。

    「僕たちはお互いを本当にうまく補完することが出来ると思っているし、2台体制にシームレスに移行できると完全に期待している」

    AJフォイトとアンドレッティを経て、5年ぶりにレイホールに復帰する佐藤琢磨は、2012年とは非常に異なるドライバーになっており、チームへの復帰は“変な感じ”だと語る。

    アンドレッティがホンダからシボレーへの変更を検討したことが移籍した理由だが、レイホールへの復帰は簡単な決断だったと佐藤琢磨は語る。

    「2012年にいたかなり多くの人がいることはわかっているし、ボビー(レイホール)のチームに戻ることをとても心地よく感じています」と佐藤琢磨はコメント。

    「2012年よりも多くの経験を積んで、成長し、より成熟したドライバーになっていると感じているので、ちょっと変な感じでもありますけどね」

    佐藤琢磨は、1台体制のチームとしてのレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの競争力が魅力的だったと語る。

    「レイホールを見ると、数年間、1台体制のチームとして非常に印象的でした。彼らはおそらくショートオーバル、スピードウェイ、ロード、ストリートコースで最も一貫性のあるチームでした」

    「1台のクルマでそれができるということは、彼らはクルマを深く理解しているということですからね」

  • 佐藤琢磨、日本カー・オブ・ザ・イヤー「実行委員会特別賞」を受賞

    佐藤琢磨、日本カー・オブ・ザ・イヤー「実行委員会特別賞」を受賞

    佐藤琢磨が、2017-2018日本カー・オブ・ザ・イヤーにおいて「実行委員会特別賞」を受賞した。レーシングドライバーが受賞するのは初めてとなる。

    佐藤琢磨は、今年5月に米国にて開催された第101回インディ500で優勝。インディ500は、F1モナコGP、ル・マン24時間レースと並ぶ『世界3大レース』のひとつとして知られ、日本人がインディ500で優勝したのは佐藤琢磨が初めてとなる。佐藤琢磨は2010年の第94回大会から挑戦を続け、8回目のチャレンジでの栄冠とった。

    佐藤琢磨
    「このたびは、実行委員会特別賞を頂き、誠にありがとうございます。この賞をレーシングドライバーが受賞するのは初めてだと聞きました。インディ500で優勝したことにより、このような賞を受賞でき、本当にうれしく思っています。今まで支えて下さった多くの方々に感謝致します。来年は飛躍の年として更なる結果を求めて頑張り続けたいと思っています。これからも応援宜しくお願い致します」

    また、2017-2018日本カー・オブ・ザ・イヤーでは、ホンダの軽自動車N-BOX(エヌボックス)が「スモールモビリティ部門賞」を受賞。

    N-BOXは、先代から好評の広い室内空間や存在感のあるデザインを踏襲しながら、助手席スーパースライドシートなどの充実した新機能を備えた上で約80kg軽量化すると共に、優れた走行性能・低燃費・乗り心地を実現した。また、先進の安全運転支援システム「Honda SENSING(ホンダ センシング)」を全車標準装備とし、JNCAPの2017年度「予防安全性能アセスメント」において最高評価となる「予防安全性能評価 ASV++」を獲得した。

    2017年9月1日の発売以来、累計受注台数は8万5,000台を超え、N-BOXシリーズとして、3ヵ月連続で四輪総合販売台数第1位を獲得するなど、子育て中のファミリー層を中心にシニア層まで、幅広い層のお客様から支持を得ている。

    株式会社本田技術研究所 新型N-BOX開発責任者 白土清成
    「このたびは、スモールモビリティ部門賞を頂き、ありがとうございました。良い商品を創ることに留まらず、N-BOXを通じてユーザーの生活をより良くしたいという想いから、日本で一番使いやすいファミリーカーを目指してまいりました。開発に携わったすべてのチームメンバーを代表して御礼申し上げます。本当にありがとうございました」

  • 【インディカー】 佐藤琢磨、レイホール移籍を決断した経緯を語る

    【インディカー】 佐藤琢磨、レイホール移籍を決断した経緯を語る

    佐藤琢磨が、2018年にレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへの移籍を決断した経緯を語った。

    今年、佐藤琢磨は名門アンドレッティ・オートスポーツに移籍し、アジア人として初めてインディ500を制した。誰もが来季もアンドレッティで活躍するものと考えていたが、佐藤琢磨は2012年に所属していたレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングへの移籍を選んだ。

    佐藤琢磨は10日(日)、都内でファンイベント『TAKUMA CLUB MEETING 2017』を開催。その場で移籍についての経緯を語った。

    「僕としては、やっぱりシリーズチャンピオンになりたいんです」と佐藤琢磨は語り始めた。

    「それには絶対的な速さと強さが通年を通してないとなれない。シリーズチャンピオンを獲りたいんですけども、2018年は新しいパッケージなる。でも、今年はホンダとシボレーで違う。エンジンだけでなく、空力特性が違った。2016年から2017年にかけてレギュレーションがフリーズになったので、16年に速いクルマは17年も速い、16年に遅いクルマは17年も遅いということになる。そうすると、ホンダのパッケージは非常に申し訳ないんだけど、シリーズチャンピオンはあまり現実的ではない。となったときに、狙うは一つ、インディ500だと」

    「そうすると、インディ500で一番強いチームというと、当然ペンスキー、ガナッシの2つだけではなく、アンドレッティ・オートスポーツがある。僕としては、インディ500を獲りにいく、そのためにアンドレッティに行くと。2016年、アンドレッティは1-2だった。戦略の違いがあったんですけど、つまり、どういった状況でも速かったのは事実なので、17年も強いだろうと。そのときに、AJフォイト・レーシングの進路が変わってしまって、エンジンのメーカー変更があって、僕としてはホンダ系のチームでやっぱり走りたい」

    「だから、他を探していて、26号車がそっくりそのままあって、そこには自分が昔いたエンジニアが待っていてくれて、とすべて揃っていたので、本当に二つ返事ではないけど、アンドレッティに行くと決めて、移籍したわけです」

    「ところが、僕としては15号車がずっと気になっていたんです。2012年にボビーのところで走って、その後、お互いに違う道を行かざるを得なかったんだけど、ボビーは僕に来年一緒に走ろうとずっと言ってくれてた。でも、いろんな条件、チームの大きさだったり、体制だったりが整わなくて、実現しなかったんですね」

    「18年に関しては、僕がインディ500を勝った今、ボビーとしては今言わないでどうするという話になって。僕としてはチームの契約があるし、そんな簡単には行かないんです」

    「ところが、同じときにマイケルが『ちょっとエンジンメーカーが変更になる可能性がある。シボレーで走れるか』という質問があって、どっかで聞いたセリフですけど(笑)。で、『一回、持ち帰らせてくれ』と。で、日本に戻ってホンダにも相談して」

    「そのときに例えば、F1の時も実はそうだったんだけれども、“待つ”という作業があったんですよ。でも、それって、結局自分の未来を誰かに委ねなきゃいけない。マイケルを信じて、でも、ファイナルシャルの状態とかいろいろ見ると、チームの中にいたんでわかるんだけども、本当にやばかったんですよ。で、シボレーに行く可能性がものすごい高くて」

    「そうなると、ずっと契約で拘束されたまま、いろんなところが埋まり始めてて、ポンと放出される可能性があった。向こうとしてはインディ500に勝ったので放出なんてしないんです。ただ、もしシボレーのエンジンになったら、僕は走らないし、走れないんですよ」

    「そうなったときにまた移籍ってなって、チームがまた戻るとか、下にいくとか嫌だったんで。インディ500獲ったらチャンピオンしかないでしょう。そしたら、ボビーのところしかないんですよね。でも、もちろん、アンドレッティと契約更新することもできました。ちゃんとオプション契約も持っている。でも、僕としては次のステップに行きたい

    「なんでレイホールなのかというと。これまでアンドレッティ・オートスポーツは4台体制で、ペンスキーも4台体制、チップ・ガナッシも4台体制のなかで、グラハム・レイホールは1台でやってきた。で、ホンダのパッケージが苦しかった15年と16年、シングルカー体制でホンダ最上位だったんですよ。それぐらい安定している。ショートオーバル、スーパースピードウェイ、ロードコース、ストリートコース、すべての環境のなかで速くないとシリーズ争いの上位には入れないんです。しかも15年はチャンピオン争いをしている。今年も確かスコット・ディクソンには負けたんですけど、ホンダ2位なんですよね。そういうことを見ると、基本的なメカニカル、つまり空力サイドでは僕らはある意味ディスアドバンテージがあったわけで、それをカバーできるメカニカルグリップを彼らは持っている。それは僕はグラハムの真後ろで走っていたからよくわかる」

    「で、来年はユニバーサルパッケージということで上側が全員一緒になるので、何が大事かと言うとメカニカルグリップなんです。アンドレッティはプラクティスで4台のなかで一番いいのを選んでいけるけど、彼らはとりあえずひとつの方向で行くしかない。適当にいくとレースは科学の世界なので駄目になっちゃうんだけど、彼らのエンジニアリングはちゃんと正しいところに戻ってくる。グラハムも時として予選を失敗することもあるんだけど、決勝は常に速いんですよ」

    「それで僕は話を進めて、ボビー・レイホールのところに移籍することを決意したんです」

    古巣に戻ることに関して佐藤琢磨「全然問題ないでよ」と語る。

    「あの年は僕がインディカーに乗って初めての表彰台だったり、そして、インディ500はあとちょっとで勝てるところまで行って、すごく勢いのあるいいチームだった。ただ、小さかったし、エンジニアリングのメンバーもあれからごそっと一新して、非常に強くなった」

    「僕としては26号車はやっぱり後ろ髪を引かれたというか、やっぱり彼らとともに作り上げてきたものというのは、間違いなくナンバー1のクルマですし、本当に彼らのサポートがあったからこそ僕は活躍ができたわけで、その人たちと一緒にできないのは非常につらかったですね。でも、みんな涙してたけど、俺らの絆は一生変わらない、どこに行っても応援していると言ってくれて。ただ、後ろを走ってねと(笑)。それはお互い様というか、非常に別れ惜しいけど、非常に素晴らしい環境のなかで送り出していただいて、感謝の気持ちしかないです」

  • ホンダ、佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーを本社ビルで特別展示

    ホンダ、佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーを本社ビルで特別展示

    ホンダは、今年のインディー500ウィナーである佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500優勝トロフィー「ボルグワーナートロフィー」を12月8日(金)・9日(土)の2日間にわたってHondaウエルカムプラザ青山で特別展示する。

    ボルグワーナートロフィーは、世界三大レースの一つ、インディ500の勝者を称えるために1936年に登場。

    それまでのウイナー24名の顔が刻まれた、特徴的なフォルムの銀製彫刻には、毎年優勝者の顔が追加されていき、レース後に飲み干す牛乳と同様にインディ500の象徴的アイコンとして認識されている。

    今年、アジア人として初めてインディ500を制した佐藤琢磨選手の顔もこのトロフィーに刻まれ、10月17日に米国で初めて公開された。

    普段、トロフィーはインディ500の舞台であるインディアナポリス・モーター・スピードウェイ内に所在する、ホールオブフェームミュージアムで展示されている。しかし、この度、1936年に登場して以来、初めて米国を離れ日本でのさまざまなイベントでお披露目されることとなり、12月8日・9日の2日間、Honda青山ビルにも展示されることになった。

    本物のフォルム、その大きさ、刻まれた歴代の優勝者の表情を間近で見ることができる希少な機会だ。

    ボルグワーナートロフィー
    世界で最も有名なトロフィーの一つであるボルグワーナートロフィーは、1936年にインディ500の優勝トロフィーとして登場。歴代ウイナーの顔が刻まれたトロフィーというのは世界に2つとない、極めてユニークな、そして価値あるもの。アール・デコ様式のこのトロフィーの高さは、のちに追加された土台も含めて165cmあり、スターリングシルバー製のため、重さは土台を含めて50kgもある。佐藤琢磨の顔は、ボルグワーナートロフィーに載る104個目。佐藤琢磨が勝ったレースは第101回大会だったが、過去2回のレースがリリーフドライバーを起用しての優勝だったことから2つの顔が一年のスペースに刻まれたことと、第二次世界大戦後、消滅の危機に面したインディアナポリス・モーター・スピードウェイを新たなオーナーとなって救い、インディカーレースを今の隆盛へと導いたトニー・ハルマンの顔もトロフィーに刻まれている。そのため、佐藤琢磨は104番目となった。なおトニー・ハルマン氏の顔だけは、その偉大なる功績を讃えるため24カラットのゴールドで作られている。当初の価値は1万ドル(約112万円)だったが、現在は350万ドル(約3億9500万円)まで価値が上昇している。

  • 佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーが日本へ…米国を離れるのは史上初

    佐藤琢磨のインディ500優勝トロフィーが日本へ…米国を離れるのは史上初

    佐藤琢磨の顔が刻まれたインディ500の優勝トロフィー『ボルグワーナートロフィー』が、82年の歴史上で初めて米国を離れ、日本へとやってくる。

    今年、佐藤琢磨は世界3大レースのひとつ“インディ500”で日本人ドライバー初となる優勝という快挙を達成。日本レース界の金字塔を打ち立てた。

    ボルグワーナートロフィーは、インディアナポリス・モーター・スピードウェイに常時展示されてきた。

    しかし、今回特別に日本で開催される佐藤琢磨のインディ500優勝、そして、ホンダのインディ500における12勝目を祝う様々なイベントのために11月28日に米国を離れて日本へと輸送された。

    「ボルグワーナートロフィーが日本に移動するのは非常に特別なことだと思います」と佐藤琢磨はコメント。

    「トロフィーは世界最大のレースでの優勝を表すものですし、自分が2017年のインディ500で優勝して、自分な顔がトロフィーに刻まれたことを非常に誇りに思っています」

    「ほぼ2週間、トロフィーはファンやメディアに公開されます。インディ500で優勝した初の日本人ドライバーであることを光栄に思っていますし、ボルグワーナートロフィーが僕のチームとホンダの業績を祝うために初めて米国外に旅することに非常に感謝しています。来年もまた頑張りますよ!」

    ボルグワーナー社のマーケティング副社長を務めるスコッド・D・ギャレットは「ボルグワーナー社は、インディ500で優勝した初の日本人ドライバーである佐藤琢磨を称賛するためにボルグワーナートロフィーが日本に持ち込まれることに興奮している」とコメント。

    「ホンダのインディ500での12勝と琢磨の“500”初優勝を彼らの母国で祝う手助けができることはボルグワナーの名誉だ。我々はボルグワーナートロフィーを日本のレースファン、メディア関係者、我々の従業員に示せることを非常に誇りに思っている。重さ110ポンド、高さ5フィート以上あるこの歴史的で象徴的なトロフィーは、インディアナポリス500の素晴らしい歴史と伝統を表している。その勝者は1911年の最初の“500”までさかのぼる」

    ボルグワーナートロフィー 展示スケジュール
    12月3日(日):Honda Racing THANKS DAY(ツインリンクもてぎ)
    12月4日(月):東京ドーム
    12月6日(水):ボルグワーナー工場(三重県・名張市)
    12月7日(木):NSKワーナー工場(静岡県・袋井市)
    12月8日(金):ホンダ本社(東京・青山)
    12月9日(土):ホンダ本社(東京・青山)
    12月10日(日):佐藤琢磨ファンイベント(東京)
    12月11日(月):佐藤琢磨 受賞イベント(東京)