カテゴリー: スーパーアグリ

  • エイドリアン・カンポス、スーパーアグリの資産に興味

    エイドリアン・カンポス、スーパーアグリの資産に興味

    GP2のチーム代表であるエイドリアン・カンポスが、F1を撤退したスーパーアグリの資産に興味を示している。

    先週末、マシンやトランスポーターを含むスーパーアグリの資産が7月31日(木)に競売にかけられることが明らかになった。

    これまでのカンポスと、スペイン人実業家のアレハンドロ・アガグが、スペインにF1チームの設立を希望していることが噂されており、スーパーアグリのF1撤退前にも買収が報じられていた。

    カンポスは“GPWeek”に対し、競売の発表以前にスーパーアグリの資産購入について話し合いを行ったと認めている。

    「資産の購入について彼らと交渉したのは事実だ。今、言えるのはこれがすべてだ。」

  • スーパーアグリの資産が競売へ

    スーパーアグリの資産が競売へ

    スーパーアグリの資産が、今月末に競売にかけられることが決まった。

    スーパーアグリは5月にF1から撤退を発表。残ったチームの資産は管財人の手に渡っていた。

    スーパーアグリの資産は7月31日、英国の競売会社SHM Smith Hodgkinsonによりオンラインでオークションにかけられる。競売にはマシンやトランスポーター、オートクレーブなどが含まれる。

    興味のある入札者は、7月下旬にリーフィールドで商品を確認することができる。

  • アンソニー・デビッドソン、「マシンの違いを実感した」

    アンソニー・デビッドソン、「マシンの違いを実感した」

    アンソニー・デビッドソンは、ホンダでの久々のF1ドライブを行ったバルセロナテストを振り返った。

    アンソニー・デビッドソンは、今週末ルマンに参戦しているホンダのサードドライバー、アレキサンダー・ブルツの代役として、ホンダのバルセロナテストに参加。スーパーアグリの撤退以来、久しぶりにF1のトラックに復帰した。

    デビッドソンは、「再びドライブしていることは、素晴らしいことだね」とテストの完走を述べた。

    「数ヶ月、ドライブしないで、グランプリを観戦することは、フラストレーションが溜まった。だらか戻ってこれて嬉しいし、前と同じように怒りの運転しているよ」

    「将来について考えている。前に言ったように、F1に残りたいのは明らかだ。僕の居場所だと思っている。僕のドライビングは、F1のマシンに適応していたし、それが僕の仕事だ。だからF1に残りたいし、パドックに場所があると思っている。待ってみないみないとわからない。」

    「確かにレースが僕のゴールだ。まだ仕事をやり残していると感じているし、もっと良いマシンで、もっとたくさん見せられる。ここでこのマシンを運転して、F1は大部分がドライバーではなくマシンだと実感したよ。このマシンを運転して、本当にF1ではマシンによって差があると理解したんだ。」

    しかし、デビッドソンは、スーパーアグリでは厳しい期間を後悔しておらず、スーパーアグリから多くを学んだと感じている。

    「エキサイティングな経験だったし、多くの人がテストドライバーではなくレーシングドライバーをして僕を見ていると思う。僕は予選でスピードを証明できたと思っている。そして、ここに戻ってきて、僕はレースの経験があるから、洗練された経験のあるドライバーだとさえ感じた。僕はチームと共に大きくマシンを改善させ、変化させた。」

  • スーパーアグリ、オフィシャルHPは存続

    スーパーアグリ、オフィシャルHPは存続

    F1活動から撤退したスーパーアグリだが、チームのオフィシャルHPはアーカイブとして存続される。

    スーパーアグリのオフィシャルサイトには、鈴木亜久里のコメントが掲載され、ファンへの感謝を込めて、オフィシャルサイトの存続することが発表された。

    スーパーアグリのオフィシャルサイトには、SAF1公式コミニュティであるSNS“アグリ場”などがあり、現在でも多くのファンがコミニュケーションを行っている。

    鈴木亜久里
    スーパーアグリF1チームは2006年から2年4ヶ月の間戦い続けました。
    F1という厳しい世界で活動をしていく中で、多くの人々に支えられてきました。
    みなさんの熱い想いにもたくさんの力をもらいました。
    応援してくれた人もすべて、一緒に戦ってきたチームの一員だと思っています。
    その記録はアーカイブとしてここに残しておきたいと思います。
    みなさんへの「ありがとう」の気持ちとともに。

  • スーパーアグリ 歴代F1マシン

    スーパーアグリ 歴代F1マシン

    スーパーアグリF1チームは、2年半のF1レース活動の中で4台のマシンを投入した。それぞれのマシンを振り返ってみる。

    参戦1年目は、4年落ちのアロウズA23を改良したSA05に始まり、第12戦ドイツGPでSA06Aを投入。
    さらに第14戦トルコGPではマイナーチェンジ版のSA06Bを投入し、最終戦で10位に食い込むなど、大きな進化を遂げた。

    2年目は事実上のホンダの2006年型マシンRA106をベースとしたSA07で、スペインGPで初ポイント、カナダGPで6位3ポイントを獲得するなど、印象的な戦いを見せた。

    最後の年となる2008年は、ホンダRA107を改良したマシンで参戦。失敗作といわれるRA107に加え、資金難により冬季テストにも参加できず、また開発もほとんど進められなかったため、戦闘力を見せることはできなかった。

    SA05

    スーパーアグリSA05

    予定していたホンダの1年落ちのマシンBAR007が使えなくなり、4年落ちのアロウズA23をベースに、ホンダRA806Eエンジンを搭載したスーパーアグリの1号機。2006年のレギュレーションに適合させるためにエンジンの前後にスーペサーをいれて寸法を合わせたり、ギアボックスにあわせるためにエンジンを持ち上げるなどの対応が施された。4年落ちのマシンでは、新型タイヤのグリップを使いこなすことはできず、ドライバーはマシンバランスに苦労した。SA06の投入が控えていたが、改良には40億の費用が投じられた。

    SA06A

    スーパーアグリ SA06B

    第12戦ドイツGPで満を持して投入されたSA06。念願のホンダ製ギアボックスを搭載し、エンジンを本来の位置に搭載できるようになり、重量配分が向上。また、SA05と比較して20kgの軽量化がなされたため、セッティングの幅が広がった。特にエンジン搭載位置の低下とギアボックスのナロー化は、空力面に多くの貢献をもたらし、不足していたダウンフォースを確保。リアサスペンションのジオメトリーも一新され、コーナーリング時の挙動が大幅に改善された。

    SA06B

    スーパーアグリ SA06B

    第14戦トルコGPから投入されたSA06B。アロウズA23の流れをくむツインキールのキール部を短くする改良が施され、ロワアームの取り付け位置が5cmほど引き上げられた。これにより、ジオメトリーも変更され、ゼロキールに近い空力特性を獲得。さらにアップライトの改良により、タイヤのリムが広がり、最新仕様のタイヤを使いこなせるようになった。シーズンを通して細かなエアロパーツを投入してダウンフォースの獲得に尽力。着実にポテンシャルをあげ、最終戦ブラジルGPでは佐藤琢磨が10位完走を果たした。

    SA07

    スーパーアグリ SA07

    スーパーアグリのデザインチームとホンダの栃木研究所によって共同開発されたSA07。事実上、2006年型ホンダRA106がベースに、2007年のレギュレーションにあわせた改良が施されたマシン。スペインGPでは新しいカーボンギアボックスを搭載、チムニーやウィングレット、リアウィングのパッケージなど、積極的なアップデートが見られた。その後も細かな改良が加えられ、最終戦ブラジルGPでも新しいリアウィングを持ち込むなど、限られた資金のなか、健闘をみせた。このマシンでスーパーアグリは4ポイントを獲得した。

    SA08A

    スーパーアグリ SA08A

    ホンダの2007年型マシンRA107をベースに、2008年レギュレーションにあわせてドライバーヘッドプロテクターを装着するなどしたRA107の改良型マシン。ギアボックスは4レースギアボックスに対応するために内部部品と油圧システムの強化が施されており、ケーシングも変更されている。このギアボックスは、ホンダRA108搭載のものと同じもので、SA08は言わばRA107のフロントとRA108のバックエンドをあわせたようなハイブリッドマシンだ。挙動はRA107の不安定さをそのまま引き継いでいた。

  • スーパーアグリの軌跡

    スーパーアグリの軌跡

    スーパーアグリF1チーム。プライベーターとして多くのハンディを抱えながらも懸命に戦うその姿は、日本のみならず世界中のF1ファンの支持を得た。

    残念ながら、2008年シーズンを最後まで戦うことなく、スーパーアグリのF1での戦いは終わった。スーパーアグリの旗揚げから撤退まで、スーパーアグリの軌跡を辿ってみよう。

    〜スーパーアグリ誕生 (2005年)〜

    9月 2006年からの参戦に向けて水面下で活動を開始。鈴木亜久里がダニエル・オーデットに協力を要請。

    10月4日 ホンダの記者会見で、ホンダが2006年から参戦を予定している新チームへのエンジン提供を認める。また佐藤琢磨が同チームからオファーされていることが明らかになる。

    10月日本GP 鈴木亜久里が新チームを立ち上げるとの情報が流れる。

    10月10日 新チームがホンダの2006年型シャシーと同じものを使用するとの情報が流れる。

    10月中旬 新チームが使用するファクトリーは、旧アロウズとの噂が流れる。

    10月26日 スーパーアグリ・フォーミュラ1がFIAにエントリーを申請。

    10月下旬 イギリス・リーフィールドにある旧アロウズのファクトリーで活動を開始。

    スーパーアグリの参戦を発表する鈴木亜久里(2005年11月1日)

    11月1日 SUPER AGURI FORMURA1参戦発表記者会見

    11月23日 過去2年間に製造された知的財産権の売買が認められず、ホンダの者ではなく、自社製シャシーでの参戦を目指すことが明らかになった。車体は2002年に撤退したアロウズのA23を改造。シャシーの所有権を持つ、ポール・ストッダードが交渉を認める。

    12月1日 書類上の不備でエントリーが認められず、再申請へ。全10チームと交渉開始。

    12月21日 全10チームの賛同が得られ、FIAへ再申請することを発表。

    〜スーパーアグリ “奇跡の参戦” (2006年)〜

    スーパーアグリ(2006年)

    1月26日 FIAがエントリーを承認。

    1月30日 ブリヂストンがタイヤ供給を発表。

    2月7日 マシンスペック&体制発表

    2月上旬 マシンがクラッシュテストを通過

    2月11日 表参道で初めてのプロモーションイベントを実施。

    2月14日 イギリス・ケンブルで参戦マシンSA05シェイクダウン

    2月15日 ドライバーラインナップ発表(佐藤琢磨&井出有治)

    2月21〜23日 バルセロナ合同テストに参加

    3月10日 開幕戦バーレーンGPでスーパーアグリF1チームがF1デビュー。予選20位、決勝18位(佐藤琢磨)

    5月5日 第5戦ヨーロッパGPにおいて、スーパーライセンスを剥奪された井出有治に代わり、フランク・モンタニーが出走。

    7月28日 第12戦ドイツGPにて、新車SA06がデビュー。また、フランク・モンタニーに代わり、山本左近がF1デビュー。

    8月25日 第14戦トルコGPで、アップデートされたSA06Bが登場。

    10月22日 最終戦ブラジルGPで、佐藤琢磨がチーム最高の10位でシーズンを終了。

    11月15日 チーム体制発表。ドライバーは佐藤琢磨とアンソニー・デビッドソンに。

    12月8日 モナコで開かれたオーナー会議で、スーパーアグリとトロ・ロッソのカスタマーシャシー問題に関して調停持ち込みを示唆。

    12月16日 サード・ドライバーにギド・ヴァン・デル・ガルデを起用。

    12月26日 山本左近をセカンドテストドライバーに起用。

    2007年 〜4ポイント獲得の大躍進〜

    スペインGPでチーム初ポイントを獲得(2007年)

    2月2日 スーパーアグリでのテストデビュー翌日にギド・ヴァン・デル・ガルデがスパイカーとのテストドライバー契約を発表し、二重契約が発覚。

    3月16日 開幕戦オーストラリアGPにて、新車SA07がデビュー。予選で佐藤琢磨がチーム初となるQ3進出を果たす。SSユナイテッドが新たなスポンサーとして発表される。

    5月13日 第4戦スペインGPで、佐藤琢磨がチーム初の8位入賞。

    5月15日 ジェームス・ロシターとテストドライバー契約

    6月10日 第6戦カナダGPで、佐藤琢磨が6位入賞。

    8月16日 元F1ドライバーでGP2チームオーナーのエイドリアン・カンポスが、チームへの投資交渉を行っていることが報道される。

    8月24日 メインスポンサーの「SSユナイテッド」に対し、スポンサー料未払いの件で法的手続きを開始。

    8月31日 カンポスとGPチームを共同でしシェアするアレハンドロ・アガグへの株式売却交渉中と報道される。

    9月 マグマ・グリープとの交渉を開始。

    10月31日 ルーベンス・バリチェロ移籍の噂

    〜スーパーアグリF1撤退へ (2008年)〜

    2008年5月6日 スーパーアグリのF1撤退を発表

    1月21日 アレハンドロ・アガグへの株式売却を否定

    1月31日 インドのスパイスグループが、株式買収に興味を抱く

    2月8日 ロシア投資家が株式買収に興味があるとの報道

    2月中旬 マグマ・グループへのチーム株式譲渡に関して大筋で合意

    2月19日 バルセロナで予定されていた新車発表と会見が延期され、21日までの合同テストもキャンセルに。

    2月25日 バルセロナでの合同テストをキャンセル

    4月16日 マグマ・グループとの交渉が打ち切られたとの声明を発表

    4月24日 契約交渉が継続中であることが明らかになる

    5月2日 ヴァイグル・グループと株式取得について最終段階であるとの共同声明を発表

    5月4日 トルコGPでトラックが入場を拒否される

    5月6日 鈴木亜久里が緊急会見。スーパーアグリのF1撤退が発表される。

    5月7日 警告の資産管理会社PKFとスーパーアグリF1チームが資産整理に入る。

  • ニック・フライ、スーパーアグリF1撤退の真相を語る

    ニック・フライ、スーパーアグリF1撤退の真相を語る

    ニック・フライがスーパーアグリF1撤退に関してインタビューに答えた。ホンダ・レーシングF1のCEOであるニック・フライは、スーパーアグリの撤退に関して様々な憶測と批判を受けてきた。

    ニック・フライは、“autosport.com”にスーパーアグリF1撤退の真相を語った。

    あなたは、スーパーアグリに関するホンダ役員会の決定を先週末より前に知っていたようですね。本当ですか?
    我々のチーム内では、どう進行しているかを完全にわかっていた。そして救済しようとしていた。残念ながら、マグマ・グループとDIC(ドバイ・インターナショナル・キャピタル)が手を引いたとき、状況はますます難しくなった。我々はそれでも心を開いていた。しかし、事情はすべて知らされており、交渉の進展が困難であることもわかっていた。

    先週ホンダの役員会の前に、チーム存続の可能性はないとわかっていたのですか?
    いや。最終的な決定は亜久里が下した。彼は火曜日にホンダに来たが、その時点で、彼はチーム存続ために十分に進展していないことを認識していた。そういう状況で亜久里は火曜日にホンダに来た。その前に、私は事態がどう進展するか気付いたので自分で判断した。最終的な結論は火曜日に出された。

    その週末、あなたがバーニー・エクレストンに電話をかけ、スーパーアグリはトルコで出走しないと伝えたので、トラックがイスタンブールのパドックに入れなかったという噂がありますが?
    いや。バーニーは最初から事態の進展についてすべて知っていた。彼はイベント全体をプロモーションしている人物だ。私が誰をパドックに入れるかどうかを管理できると考える人は非常に出しゃばりだと思うね。しかし、バーニーは状況を知っていたし、彼自身が決断した。一旦、彼らをパドックに入れると、物流の面から(移動させるのが)難しくなる。彼が、スタッフに設営を許す前に決定を待とうとしたのは当然だ。

    フランツ・ヨーゼフ・ヴァイグルのコメントによると、あなたはスーパーアグリの存続をわざわざ妨害したそうです。これに対してどう反論しますか?
    いいえ。これもまた全く非現実的だ。現実的に、グランプリ・レーシングに参戦しようとするとき、短期だけでなく中〜長期的に見なければならない。マテシッツ氏は、チームを買収したあとに本当の問題が始まると言っていたと思う。スーパーアグリに関しては、かなり大きなリソースを持つ真剣な長期的パートナーを探していた。実現を望んでいたパートナーはマグマ/DICの契約だったが、残念ながら実を結ばなかった。

    スーパーアグリ設立の一因は、佐藤琢磨のチームをつくり、ホンダの面目を保つことでした。チームの突然の撤退は、ホンダにとってより大きな恥なのではありませんか?
    できれば、みなさんにはホンダの行動を尊重していただきたいと思う。彼らは2年以上、チームが自力で立てるよう大きな手助けをした。実現しなかったことはホンダの責任ではない。これはおそらく経済情勢、F1の環境、F1のコストなども原因なのだろう。

    佐藤琢磨のチームを探すのですか?
    それはホンダ次第だ。彼はホンダと密接な関係にあるし、我々は琢磨とアンソニー(・デビッドソン)のためにはベストを尽くすだろう。しかしそれがどういうものになるかはまだ決まっていない。

    ふたりともF1残留を望んでいますね?
    ああ、そうだね。ふたりとも望んでいるはずだ。彼らはとてもよい仕事をしてきたし、我々は全力を尽くす。しかし現段階では何も約束できない。

    スーパーアグリのギアボックスやエンジンを扱わなくてもよいので、チームはもっと自由になりますか?
    我々は、駆動系とその他の技術的支援でスーパーアグリをサポートしてきた。確かに2チームではなく1チームに集中できるようになる。必要な作業を行なうリソースの面では問題なかった。

    過去2年間のパフォーマンスは、スーパーアグリに対するパーツ供給によって妨害されたと思いますか?
    昨年のパフォーマンスを妨害したのは、エアロダイナミクス不良だった。スーパーアグリとは関係ない。我々の昨年のパフォーマンス不良についてスーパーアグリを非難するつもりは全くないが、2チームより1チームに集中する方が、少しメリットがあるだろう。

  • ロス・ブロウン、「ニックはスーパーアグリ救済のために頑張った」

    ロス・ブロウン、「ニックはスーパーアグリ救済のために頑張った」

    ロス・ブロウンが、スーパーアグリの撤退について、そしてニック・フライのスーパーアグリへの関わりを語った。

    ホンダ・レーシングF1チームのチーム・プリンシパルであるロス・ブロウンは、インスンブールのカンファレンスで「F1がチームを失うことは非常に残念なことだ」と切り出した。

    「チームを失うことはできない。彼らは過去2年間、際立った個性を示し、多くの努力をしたと思う。しかし、状況に負け、彼らは存続することができなくなった」

    「彼らが存続するために資金を見つけられなかったことは残念だ」

    「何より、スーパーアグリが去ることは悲しい。しかし、我々のチームには何の影響もなかった。鈴木亜久里は、継続するための資金を見つけられなかったという声明を日本で出したが、そこに我々のチームとの大きな関連はない」

    ロス・ブランウンはまた、鈴木亜久里から批判を受けたホンダ・レーシングのCEOニック・フライを弁護した。

    「亜久里にとって大変辛い時期だと思う。彼は2年間このプロジェクトのために働き、終わりを迫っているのを悟った。彼は、自分が発言したことをゆっくり考えるとき、違った気持ちになるだろう」

    「私は、ニックがこのプロジェクトを存続させるために大きな努力をしたことを知っている。それは我々のためではなく、スーパーアグリとホンダの関係があったからだ。ニックは、スーパーアグリが存続する解決策を見つけるために頑張った。」

    「ニックが懸命にまとめようとしたマグマの解決策は、強力で実現可能なものだった。それが駄目だったとき、他に現実的な解決策はなかった」

  • スーパーアグリF1撤退とカスタマーマシン問題

    スーパーアグリF1撤退とカスタマーマシン問題

    スーパーアグリのF1撤退には、カスタマーマシン問題が大きな障壁となった。

    スーパーアグリがエントリーした翌年の2006年、F1は2008年のエントリーを行った。募集は1枠。その1枠という狭き門に22ものチームがエントリーした。

    なぜそんなにも多くのチームがエントリーしたのか?

    当時、新しいコンコルド協定では、他のチームからのシャシー購入、いわゆるカスタマーマシンの使用が許され、FOMからの賞金の分配などの条件も良くなることになっていた。他チームのマシンを購入することができれば、チーム運営のコストは大幅に抑えることができる。

    スーパーアグリが2005年末にわずか4ヶ月という期間で“奇跡の参戦”をしたのは、狭き門となる2006年のエントリー前にF1の世界へ飛び込むという意図があった。

    しかし、状況は変わった。プライベートチームであるウィリアムズとスパイカー(現フォース・インディア)がカスタマーマシンの使用に異論を唱え、新しいコンコルド協定では、2008年と2009年の2年間はカスタマーマシンを認めるものの、2010年からは独自のシャシーを設計・製造しなければならなくなった。

    それにより、マクラーレンからシャシーを購入し参戦予定だったプロドライブは参戦を断念。またレッドブルのマシンを使用するトロ・ロッソも2010年までのチーム売却を発表した。

    カスタマーマシンは供給する側にもメリットがあった。コスト削減が進められているF1では、テストの走行距離が制限された。仮に1チームにシャシーを提供すれば、4台分のデータを収集できることになる。しかし、新しいコンコルド協定により、そのメリットもなくなった。

    現在、F1チームの運営には小さなチームでも100億円、トップチームでは400億円以上の費用をかけていると言われている。

    ホンダのシャシーを使用しているスーパーアグリには、その費用に加えて、2010年から独自にマシンを製造するリソースも必要となった。

    “財政難”や“ホンダの支援”といったキーワードが取りざたされたスーパーアグリのF1撤退だが、直接の原因は、このカスタマーマシン問題にあった。
    (F1-Gate.com)

  • ニック・フライとスーパーアグリF1撤退

    ニック・フライとスーパーアグリF1撤退

    スーパーアグリのF1撤退に際し、様々な発言を繰り返したニック・フライ。鈴木亜久里もスーパーアグリの撤退を発表した記者会見の場で、ニック・フライに対して批判的な発言をしている。

    ニック・フライとは、どのような人物なのだろうか。

    ニック・フライは現在、ホンダ・レーシングF1チームのCEOとして運営面やマーケティングを統括している。

    ニック・フライ 経歴

    ニック・フライは、1978年にフォードに入社。プロダクトプランニング部に異動してからはエスコートコスワース、RS2000をはじめ、様々な戦略的製品の開発を担当した。1992年にフォードがアストンマーチン・ラゴンダ社の株式の50%以上を取得すると、マネージングディレクターに就任。DB7開発を指揮し、同社歴代1位の販売台数を記録した。

    その後、ドイツ・ケルンにあるフォード・ヨーロッパの製品計画・事業担当取締役としてフォードで最後の2年を過ごしたのち、デビッド・リチャーズに誘われ、プロドライブ・オートモーティブ・テクノロジーのマネージング・ディレクターとしてプロドライブに移籍。翌2002年にはB・A・Rマネージングディレクターに就任し、F1との関わりを持った。

    2005年にチームを去ったデビッド・リチャーズの後継としてニック・フライはB・A・R Hondaの代表となる。2005年末にホンダがB・A・Rの株式を100%取得し、ホンダフルワークスとしての参戦に伴い、ホンダ・レーシングF1チームのCEOに就任し現在に至る。

    ニック・フライとスーパーアグリ

    ニック・フライは、スーパーアグリに対して以前から「ホンダワークスの開発が進まないのはスーパーアグリへのリソース提供の負担も影響している」との意見を持っていたとされ、2007年のベルギーGPでは、栃木が開発したSA06用リアウィングの使用を認めなかったと言われている。

    鈴木亜久里も撤退を発表した記者会見の場で、「ニック・フライが、どうしていちいち私たちのことに口をはさむのか理解できません。本田技研として意見をするなら全部受け入れますが、彼自身はHRF1のCEOではあるけれど、ホンダのCEOでもないしホンダのボードメンバー(取締役)でもない。ホンダの決定や指示なら、もちろん最大のパートナーだと思っているので、従っていきます。ニック・フライに関しては、なにをしてなにを言っているのか興味もありません。」とニック・フライとの関係を象徴する発言をしている。

    スーパーアグリのF1撤退の直接的な原因となったマグマ・グループを紹介したのもニック・フライである。マグマ・グループのCEOであるマーティン・リーチとはフォード時代の同僚であった。鈴木亜久里は会見で「まっ、マグマを紹介してくれたニック・フライに感謝しますよ。」と皮肉交じりにコメントしている。

    また、ニック・フライは、スーパーアグリとヴァイグル・グループとの提携に関して「ヴァイグルのような規模の会社が、競争力のあるF1チームを支援することは不可能に思える」との発言をし、ヴァイグルからは名指しで交渉を妨害した批判されている。

    ホンダ本社とHonda Racng F1 Team

    日本のホンダ本社(本田技研)とイギリスのHRF1との連携は以前から話題にのぼっている。ホンダも2008年の体制発表の際には、“マシン開発においても、日本とイギリスの連携を密にすることで、チーム基盤の強化を図りました”と自らイギリスとの連携について触れているほどだ。

    今後も、ホンダ本社とHRF1=ニック・フライとの“政権争い”に注目していきたい。