カテゴリー: レッドブル・レーシング

  • フェルスタッペン 耐久レース参戦で強調「レッドブルF1の自由はとても重要」

    フェルスタッペン 耐久レース参戦で強調「レッドブルF1の自由はとても重要」

    レッドブルF1のマックス・フェルスタッペンは、ニュルブルクリンクでの耐久レース初参戦を経て、F1以外のレース活動に挑戦できる自由の重要性を改めて強調した。契約満了を迎える2028年以降の去就に注目が集まる中、「24時間レース参戦は夢」とも語り、その情熱を示した。

    4度のF1ワールドチャンピオンであるフェルスタッペンは、先週末に行われたADAC ACASカップでポルシェ・ケイマン718 GT4 CSをドライブした。

    フェルスタッペンの驚異的な才能にもかかわらず、彼はまだ高出力マシンで走行するために必要なPermit Aライセンスを取得していなかったため、マシンはデチューンされていた。フェルスタッペンはその要件を満たしていたものの、出走した2台のうち1台が損傷したため、特別にライセンスが付与された。

    フェルスタッペンはこれまでもF1以外のカテゴリーやシリーズに関心を示しており、2028年に契約が満了した後はF1で走り続けない可能性を示唆している。

    今週末のアゼルバイジャンGPを前にバクーで記者団に語ったフェルスタッペンは、F1以外でレースをすることが可能であることが「とても重要」だと認めた。

    「ヘルムート(マルコ)はいつも、すごくワクワクしているんだ。彼も僕がそれにどれだけ情熱を注いでいるか、どれだけ取り組んでいるかを見ている。彼自身も耐久レースで走ってきたから、理解しやすいんだ。僕にとって、そういうことができることはとても重要なんだ」

    「もちろん、F1シーズン中にどれだけできるかは少し難しいよね。来年は新しいレギュレーションもあるし、F1ですでに十分に大変だ。でも、すべてがどうなるかは見ていくしかない。F1の将来についても、GTの将来についても、5年後や10年後にどうなるかなんて今は言えない」

    フェルスタッペンはまた、有名なドイツのサーキットで24時間レースに出場することが夢だと明かした。

    「雰囲気は本当に良いし、熱心な耐久ファンがいつもいる。僕にとっては一種の趣味でもあるんだ、他の種類のモータースポーツで走ることは」

    「もちろん、最終的な夢は24時間レースに出ることだ。そのためにライセンスが必要だと分かっていたし、それを取る完璧な機会だった」

    マックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング) F1 アゼルバイジャンGP

    バクーについてのフェルスタッペン
    フェルスタッペンは前戦イタリアGPでポール・トゥ・ウィンを果たし、勝利の道に戻った。真価が問われるのは今週末となる。

    2024年には週末を通じてチームメイトのセルジオ・ペレスに後れを取った。

    「待ってみよう。僕自身も分からないんだ」とフェルスタッペンは語った。

    「モンツァはもちろん僕たちにとって素晴らしい結果だったし、みんなに大きな自信を与えた。ここに来られてワクワクしているし、このサーキットでどれだけ競争力を発揮できるかを見るのが楽しみだ。でも、それを判断するのはとても難しい」

    「僕たちのマシンに関しても、いくつか良い前進はあったけれど、モンツァとは全く異なるこのサーキットでどう振る舞うかを見なければならない」

  • リアム・ローソン レッドブルから降格で「F1王者の夢は揺らいでいる」

    リアム・ローソン レッドブルから降格で「F1王者の夢は揺らいでいる」

    リアム・ローソン(レーシングブルズ)は、レッドブルからの降格を経て、自身が幼少期から抱いてきた「F1チャンピオン」という夢がかつてほど明確ではなくなったと明かした。短期間でのレッドブル在籍を振り返りながらも、目標は依然として「F1で勝ち、頂点に立つこと」だと語っている。

    ローソンは昨年末、わずか12戦(2023年と2024年にそれぞれ6戦ずつ)を姉妹チームで走っただけで、セルジオ・ペレスに代わってレッドブルに大抜擢され、マックス・フェルスタッペンのチームメイトに抜擢された。

    それは、ジュニア時代から取り組んできたすべての努力の結実であり、特に2019年初めにレッドブル・ジュニアに加入して以来の夢の実現だった。

    しかしその夢は、急速に悪夢へと変わった。オーストラリアと中国という、過去に一度も走ったことのないサーキットでのわずか2戦の後、彼はレーシングブルズに戻され、角田裕毅と入れ替わることが決まった。

    再び自信を取り戻すには時間がかかった。しかもチームメイトは、フェルスタッペンの横に座る次の候補として評価を高めつつある新人アイザック・ハジャーだ。

    スカイスポーツF1のインタビューで、再びレッドブルに戻ることが夢かと問われたローソンは、意外な答えを返した。

    「難しいよ」とローソンはまず答えた。

    「レッドブル・レーシングのドライバーになりたいと思っていたし、それが僕の目標だった。レッドブル・ジュニアになって以来、5歳の頃からの夢はF1の世界チャンピオンになることで、F1で勝って、このスポーツの頂点に立つことだったんだ」

    「だから僕の夢や目標はそこにある。ベストを目指すこと。僕たちはみんなそれに向かって努力している。でも、それをどこで実現するのかは、思っていたほど明確じゃなくなった」

    リアム・ローソン レッドブル F1

    ローソンのレッドブルでの短い経験は、チーム史上最も短い在籍期間として記憶されることになる。

    振り返って、もし違うことができたかどうかを問われると、彼は慎重な態度を示し、多くを語らなかった。

    「やり直すことができたなら、たぶん違うことをできたかもしれないね」と彼は答えた。

    「後になって学ぶことはいつもあるし、振り返れば改善できることは常にある」

  • アイザック・ハジャー レッドブルF1昇格報道に「まだ何もサインしてない」

    アイザック・ハジャー レッドブルF1昇格報道に「まだ何もサインしてない」

    レッドブルで2026年シーズンにマックス・フェルスタッペンのチームメイトとして起用されるとの報道が出るなか、アイザック・ハジャーは「まだ何もサインしていない」と強調した。

    F1ルーキーのハジャーは、オーストラリアGPでフォーメーションラップ中にウェット路面でクラッシュし、デビュー戦をリタイアで終えるという失望のスタートを切った。それでもその後はレーシングブルズで速さの片鱗を見せ、7度のポイント獲得を記録。なかでも先月のオランダGPでは3位表彰台を獲得したことがハイライトとなっている。

    一方で、角田裕毅がレッドブルで安定した入賞を続けられない中、フランス人ドライバーの好成績を背景に、2026年にハジャーが昇格するのではとの憶測が高まっている。

    しかし今週末のアゼルバイジャンGPを前に、ハジャー本人は来季の去就について「まだ分からない」とし、噂について「気にもしていない」と語った。

    「見たよ。とても面白いと思ったね」と報道について聞かれたハジャーは答えた。なぜ面白いと感じたのかとさらに質問されると「だって俺は何もサインしてないから」と返した。

    ハジャーは来年どこで走りたいかと聞かれると「レッドブルのドライバーになることがずっと目標だった。レッドブルのジュニアチームに入ったときから、それは明らかだったと思う」と述べた。

    「少なくとも俺にとっては、ドライバーに関する決定は常にシーズンの最後に決まってきた。8戦残っているからプッシュし続ける必要があるし、それは理にかなっていると思う」

    アイザック・ハジャーハジャーは今季ここまで7戦で入賞しており、そのうち1回は表彰台を獲得している

    レッドブルの新代表ローラン・メキースもイタリアGPを前に、シーズン途中での入れ替えは行わないと明言。角田裕毅が今季すでにリアム・ローソンに代わって昇格済みであることを理由に挙げた。

    ニュージーランド出身のローソンは、レッドブルでわずか2戦を戦っただけで降格となり、再びレーシングブルズに戻された。アゼルバイジャンGPを前に開かれたドライバー記者会見では、仮にハジャーが昇格する場合のアドバイスについて質問が及んだ。

    「俺の場合は、たった2レースだけだったから振り返って比較するのは難しい」とローソンは語った。

    「準備はしていたし、できることは全部やったつもりだった。もちろんもっと上手くやれることもあっただろうけど、正直に言えば“言われていることを全部無視すること”だな」

    「結局のところ、俺たちは全員レーシングドライバーで、まず自分に十分な自信がなければこのスポーツにいることはできない。他の人の方が自分より優れているなんて思っていたら、ここには来られない。だから自分を信じることが大切だと思う」

    「彼は今年いい仕事をしているし、とにかく自分の仕事に集中して、できる限り準備することに集中すべきだと思う。あれこれ言われることを気にしないことだな。結局のところ、実際に経験した人にしか分からないんだから」

  • 角田裕毅 レッドブルF1祝賀で胸が痛む瞬間「そこにいる資格はない」

    角田裕毅 レッドブルF1祝賀で胸が痛む瞬間「そこにいる資格はない」

    スカイスポーツF1のテッド・クラビッツが、イタリアGPでのレッドブルのマックス・フェルスタッペンと角田裕毅にまつわる胸が痛む瞬間を明かした。フェルスタッペンがモンツァで今季3勝目を挙げて喜びに沸いた一方で、角田は「そこにいる資格はない」として祝賀の輪に加わることを辞退したという。

    『The Race』のインタビューでクラビッツは、フェルスタッペンが圧巻の勝利を収めた後に行われたレッドブルの集合写真を振り返った。

    フェルスタッペンは笑顔で中央に立っていたが、角田裕毅は外側の端にしか写っていなかった。

    角田裕毅は祝賀から一歩退いた
    クラビッツによると、マックス・フェルスタッペンは角田裕毅を中央へ招き入れ「一緒に祝おう」と声をかけたという。だが角田は「いや、僕はできない。そこにいる資格はない」と答えたという。

    「マックスがレッドブル・レーシングで3勝目を挙げて歓喜に包まれていた一方で、裕毅はまた少し目立たない週末を過ごしていた。胸が痛む瞬間だった」

    「そしてマックスが、写真の端の端にいた裕毅に『真ん中においで、一緒に祝おう』と言ったんだ。でもユウキは『いや、僕はできない。そこにいる資格はない』と返した」

    「本当に胸が痛む瞬間だった。振り返ってみて『ああ、なるほど、これは心に響くものがあるな』と感じたよ」

    「僕の新刊『F1 Insider: Notes from the Pit Lane』では、チームの舞台裏や、このスポーツの本当に忘れられない瞬間を読者に紹介したいと思っている」

    角田裕毅 F1角田裕毅 レッドブル・レーシング F1角田裕毅はレッドブルF1の祝賀写真に一番端で参加した。

  • 角田裕毅 F1日本人初優勝への挑戦「片山右京さんとの出会いが原点」

    角田裕毅 F1日本人初優勝への挑戦「片山右京さんとの出会いが原点」

    角田裕毅(レッドブル・レーシング)が、日本人として誰も成し遂げていないF1初優勝に挑んでいる。

    日本人最多出走を更新した角田裕毅は、幼少期に片山右京と出会った経験を胸に、その原点から歴史的快挙を目指して走り続けている。

    日本は長年にわたり多くのF1ドライバーを輩出してきたが、ドライバーたちがF1世界選手権75年の歴史の中で収めてきた成功は限られている。

    現在の多くのドライバーたちも、日本グランプリが開催されている鈴鹿サーキットを「カレンダーの中で最高のサーキットのひとつ」として挙げている。

    しかし、日本人ドライバーたちはF1での歴史において成功が限られてきた。これまでに日本からは合計21人のドライバーがF1に出走しており、その最初は1975年の伏田裕司だった。翌1976年には、フランク・ウィリアムズが桑島正美をたった1セッションだけで降ろした出来事もあった。一方で、中嶋悟は、初めて複数のレースにわたり参戦した日本人ドライバーとなった。

    角田裕毅は現在、日本の旗を背負って走っており、すでに日本人ドライバーの中で最も多いF1出走数の記録を更新している。レッドブルは角田裕毅の将来を検討しているが、25歳の彼は、幼い頃に同郷の片山右京から大きな影響を受けたことを打ち明けており、それが今日の自分に繋がっていると語っている。

    トーキング・ブル・ポッドキャストで、子供の頃に本当に憧れていた日本人ドライバーはいるのかと尋ねられた角田裕毅は「片山右京さんですね」と答えた。

    「彼はまったく同じ町の出身なんです。とても小さな町なんですけどね。本当に小さい町なんですけど、なぜか最近はその町から多くのアスリートが出てきていて、オリンピックの金メダリストとかもいます。あの町には何かあるんでしょうね。理由は分からないですけど。あの町はアスリートがうまくいっていて、片山右京さんのことを覚えているのは、最初に会ったのは僕が3歳か、いや4歳くらいの時で、父が僕を連れて行ってくれたんです。町でトークショーをやっていて、そこに行って話を聞いたんです。そのことを今でも覚えています」

    そして角田裕毅は続けてこう語った。

    「だから、自分がそのリストに入っているのは本当に名誉なことであり誇らしいことです。そしてもちろん、もっと成功を収めたいですけどね。でも、これまでの日本人ドライバーたちには本当に敬意を抱いています」

    日本人F1ドライバーの最多グランプリ出走数

    順位 ドライバー 出走数
    1 角田裕毅 103*
    2 片山右京 95
    3 佐藤琢磨 90
    4 小林可夢偉 75
    5 中嶋悟 74

    片山右京 F1 角田裕毅

    片山右京のキャリア
    片山右京は1963年5月29日生まれで、角田裕毅が示したとおり、彼も神奈川県相模原市の出身だ。片山右京は日本国内での活動と並行してフランスでもレース活動を行い、1991年には全日本F3000選手権で優勝した。これによって1992年にラルースからF1デビューを果たし、チームメイトはベルトラン・ガショーだった。そのときには日本人ドライバーの鈴木亜久里もフットワークから参戦していた。

    片山右京のその年のベストリザルトは、ブラジルとイタリアでの9位だった。翌年にはティレルに加入し、そこで4シーズンを戦った。デビューイヤーは目立った成績を残せなかったが、1992年ブラジルGPでは最多ポジションアップの記録を持ち、ジャンニ・モルビデリ、ルイス・ハミルトン、マックス・フェルスタッペンと並んでその記録を共有している。

    1994年のシーズンは片山右京にとって最高の年となり、ブラジルGPとサンマリノGPで5位入賞を果たした。その後、シルバーストンで最後となる5ポイント目を獲得した。1996年のベルギーGPでは、ミカ・サロと同じティレルから参戦し、8位でチェッカーを受けたが、この時が唯一のフルラップ完走となった。

    片山右京のキャリア最後のレースは1997年のヨーロッパGPで、そこで17位に終わった。最終的に95戦に参戦し、通算5ポイントを獲得した。なお、彼は58戦連続でノーポイントという記録を持っているが、もし現在のポイントシステムが当時から導入されていれば、その連続記録はもっと短く終わっていただろう。

    片山右京のメッセージと困難
    片山右京は、ミナルディでの最後の時期に、実は1994年にがんと診断されていたことを明らかにしたが、当時は公表していなかった。また、1995年のポルトガルGPでは大きなクラッシュを経験し、当時F1で最も多くのレースを無得点で終えていたルカ・バドエルと接触して次戦を欠場することになった。

    2005年にトヨタ・ガズーレーシングのインタビューを受けた際、将来F1を目指す人々にどんなアドバイスをするかと問われ、片山右京はこう答えている。

    「高校の時、進路指導の先生に『F1ドライバーになる』って言って、本当に実現しました。挑戦すればできることはたくさんあります。ただほとんどの人は挑戦すらしない。自分の幸せや価値を、自分自身で見つけなければいけないんです。物事に邪魔されたり、挫けたりしてはいけない。すべてを深く考えすぎてはいけない。映画を観て感動したり、音楽を聴いて鳥肌が立ったりすることがあるでしょう。それが自分の“センサー”なんです。それが幸せを教えてくれる。もしその感覚に従えば、子供の頃の純粋な夢を心に持ち続けることができます。それに従っていけば、夢は必ず叶います」

    片山右京はF1で95戦を経験した。これは彼以外ではただ一人の日本人ドライバーしか達成していない数字だ。そして現在、角田裕毅がその後を継ぎ、日本人初のF1優勝という夢に挑んでいる。その挑戦が実を結ぶ時、日本モータースポーツの歴史に新たな大きな一歩が刻まれることになる。

  • レッドブルF1 フェルスタッペンのニュルブルクリンク24時間参戦にゴーサイン

    レッドブルF1 フェルスタッペンのニュルブルクリンク24時間参戦にゴーサイン

    マックス・フェルスタッペンは、2026年のニュルブルクリンク24時間レースに出場する場合、レッドブルの了承を得て参戦できるとヘルムート・マルコからゴーサインを受けた。

    この動きは、フェルスタッペンが先週末にノルドシュライフェの「Permit A」を取得することに成功した直後に起こった。このライセンスは、GT3マシンや24時間レースに参戦するために必要なものだ。

    イタリアGPでの勝利から間もなく、オランダ人ドライバーはドイツに渡り、義務付けられた筆記試験とニュルブルクリンク耐久シリーズ(NLS)のラウンドで混合コンディションのなか14周を走り切った。

    マルコはこの努力を称え、フェルスタッペンが2026年大会を目指す場合でも、レッドブルは妨げることはないと認めた。このイベントは2026年F1カレンダーのマイアミGPとカナダGPの間に行われる。

    「そうだ」とマルコはSport.deに対して、フェルスタッペンが出場できるかと問われ答えた。

    「僕は、F1ドライバーがレースに加え、多くの義務――シミュレーター、マーケティングやPR活動――を抱えるなかで、このようなことに大きな情熱を持って時間を割くのは素晴らしいことだと思う」

    またレッドブルのアドバイザーは、現役王者がパワーの限られたクルマで自らの能力を証明しなければならなかったプロセスを批判した。

    「このドイツの手続きは、4度のワールドチャンピオンが240馬力のポルシェでニュルブルクリンクを走れると証明しなければならないなんて、唯一のものだ」とマルコは述べた。

    ライオンスピードGPの制限されたポルシェ718ケイマンGT4 CSを駆ったフェルスタッペンは、当初予定されていたクルマが予選での損傷により使用不能となり、順応を余儀なくされた。

    彼は単独エントリーで必要な走行距離をこなし、大会役員は事情を考慮して許可を与えた。

    フェルスタッペンが24時間レースを「素晴らしい」と表現する一方で、マルコはル・マン参戦については線を引き、現時点では否定した。

    「ル・マンはプログラムにない」と彼は言った。

    「スピード差やカテゴリーの違いはさらに大きい。当面、長距離レースはニュルブルクリンクだけだ」

    フェルスタッペンの耐久レースへの関心の高まりは、マクラーレン・レーシングCEOのザク・ブラウンの注目も集めている。彼は冗談めかして将来フェルスタッペンとチームを組みたいと語り、F1を超えた可能性を示唆した。

    「僕は耐久レースでマックスをチームメイトに迎えたい」とブラウンはDe Telegraafに語った。

    「マックスは素晴らしいドライバーで、4度のチャンピオンになったのも理由がある…誰にもわからないが、いつの日か実現するかもしれない」

  • 角田裕毅の後任候補 ハジャーはレッドブルF1昇格に意欲「怖いけど刺激的」

    角田裕毅の後任候補 ハジャーはレッドブルF1昇格に意欲「怖いけど刺激的」

    レーシングブルズでルーキーシーズンを戦うアイザック・ハジャーは、2026年に角田裕毅の後任としてレッドブルF1に昇格する最有力候補と見られている。20歳のフランス人ドライバーは、現王者マックス・フェルスタッペンとのコンビ結成について「恐ろしいけど、最高にワクワクする」と心境を明かした。

    ハジャーはバクーGP週末を前にCanal Plusに対し、「マックスと一緒にやっている自分を想像できるか?もちろんだ!」と語った。

    「なんというラインナップになるだろう。それは僕を怖がらせるけど、同時にめちゃくちゃワクワクさせるんだ」

    さらにハジャーは、2026年のドライバーラインナップがすでに決まっていることを示唆した。「もちろん僕のキャリアの早い段階で来ることになるけど、そういうチャンスを得られるかもしれない」と彼は言った。

    「世界最高のドライバーと同じクルマを手にして、彼はすぐ隣にいるんだ。自分を彼と比較する機会があり、同じチャンスを持てるんだ」

    ラルフ・シューマッハもT-Onlineに対し、フェルスタッペンのチームメイトとしてハジャーを有力視していると認めつつ、それは「次の子羊を屠殺場に送るようなもの」に例えられるかもしれないと警告した。

    「そう、それは僕も最初に言ったことだ」と彼は笑った。

    角田裕毅 レッドブル F1 アイザック・ハジャー

    しかし元F1優勝者のラルフは、2026年に新レギュレーションが導入されることで、ハジャーはフェルスタッペンの過去のチームメイトよりもチャンスがあるかもしれないと考えている。

    「ハジャーのような才能ある若手ドライバーは、レッドブルのようなチームで自分を主張する術を学ばなければならない」とラルフは語った。「今のようにマックスがチームと一緒に開発したクルマに乗れば、それは明らかに難しい」

    「だから僕が言うのは、もし今日ツノダと同じクルマにハジャーが乗らなければならなかったら、レッドブルは彼をも壊していただろうということだ。でも来年はすべてがリセットされる」

    「つまりマックスもゼロから始めるし、新しいチームメイトもゼロから始める。誰もが自分の必要とするセットアップを持ち込める」とドイツ人のラルフは言った。「加えてハジャーには必要なスピードがある。もし彼が新しいコンセプトにも適応できれば、間違いなくマックス・フェルスタッペンのチームメイトとして最も簡単で明白な解決策だ」

    それでもラルフは「僕自身はそんな挑戦に立ち向かうのは嫌だ」と認めた。

  • 角田裕毅 F1アゼルバイジャンGP展望「取り組みが形になりつつある」

    角田裕毅 F1アゼルバイジャンGP展望「取り組みが形になりつつある」

    角田裕毅(レッドブル・レーシング)が、2025年F1第15戦アゼルバイジャンGPを前に意気込みを語った。

    前戦イタリアGPでは序盤のダメージにより本来の力を発揮できなかったが、予選での速さや進歩を確認できたことから、自信を持ってバクーに臨むと強調した。挑戦的な市街地サーキットで集中力を研ぎ澄まし、真のパフォーマンスを示す構えだ。

    「モンツァは残念なレースでしたが、ポジティブな部分に目を向けています」と角田裕毅は語った。

    「予選では僕たちがとても強さを見せられましたし、もしダメージを負っていなければ十分な速さがあったと分かっています。僕たちは毎週のように進歩していて、マックスがあの勝利でなぜ基準点とされているのかを示しました。僕たちが彼にレースごとに近づいていることを実感できていますし、取り組んでいることが形になりつつあるのは心強いです」

    「モンツァでは最後にクルマの本当のポテンシャルを示すことができず、フラストレーションもありましたが、それが今週末に向けた自信にもなっています。イタリアではショートランの方がロングランより感触が良かったので、その部分でやるべきことがあり、クルマを正しいウィンドウに入れるためにしっかり分析を続けています」

    「バクーは楽しくてチャレンジングなサーキットで、予想外のことがたくさん起こり得ます。ここでは本当に集中して全力を尽くさなければならないので、週末に臨むにあたってもその気持ちで挑むつもりです」

    角田裕毅(レッドブル・レーシング) F1 アゼルバイジャンGP

    チームメイトのマックス・フェルスタッペンも、モンツァでの勝利を振り返りつつバクーへの意気込みを語った。

    「モンツァはチーム全体にとってとてもいい週末だった。僕たちは金曜日から強さを見せられていたし、予選でも決勝でもいい形でまとめることができた。あの勝利は、僕たちがどのように作業を進めてきたか、そしてクルマが持っている本来のパフォーマンスを示すものになったと思う」とフェルスタッペンはコメント。

    「もちろん、次のバクーはまったく異なるチャレンジになる。市街地サーキットだから何が起こるか分からないし、リスクも大きい。でも僕はこういう展開の読めないレースが好きだし、集中して自分たちのやるべきことをやれば、いい結果につながるはずだ」

    「シーズンを通じて僕たちは正しい方向に進んでいると思うし、モンツァのようにすべてがうまくかみ合えば強さを発揮できる。バクーでも同じように、全力を尽くして戦うだけだ」

  • フォードF1復帰に覚悟「レッドブル・パワートレインズと全力投入」

    フォードF1復帰に覚悟「レッドブル・パワートレインズと全力投入」

    フォードがレッドブル・パワートレインズとの提携を通じてF1に復帰する日が近づいている。CEOジム・ファーリーは、この挑戦の規模やプレッシャーについて決して幻想を抱いていないと強調した。

    2026年からレッドブルはホンダとの提携を終了し、ミルトンキーンズで自社開発されるエンジンを使用する。その戦略的パートナーとしてフォードが加わることになる。アメリカの自動車大手にとって、このコミットメントは歴史的な意味を持つ。かつてコスワースと組んで伝説のDFVエンジンを生み出したからだ。

    1967年から1983年にかけて、フォード=コスワースのパートナーシップはF1を席巻し、155勝、ドライバーズタイトル13回、コンストラクターズタイトル10回を獲得した。

    ファーリーはイタリアGPの舞台モンツァでSky Sports F1に語った。

    「我々がローラン(メキース/レッドブルのチーム代表)やチームを支援する上で直面するもの、そしてF1における我が社の歴史と貢献を十分に理解している。私個人としてもそれを理解している」とファーリーは述べた。

    「だからこそ、最初のレースだけではなく、それ以降何年も毎日、毎週プレッシャーを感じることになるだろう。そういうものだと理解している」

    強固なパートナーシップの構築
    レッドブルのローラン・メキース代表は、日々強まる協力関係を強調した。

    「日を追うごとに、我々はより密接に協力している。ブレインストーミングはより激しくなり、新たな開発分野を探し、お互いを高め合おうとしている」とメキースは語った。

    「この規模の挑戦に対して、まさに必要なことだ。ジムが言ったように、初テストの日までの時間だけでなく、その後も一緒に成長し、互いに押し上げ合い、協力はますます強くなっていくと確信している」

    レッドブル・パワートレインズ F1 フォード

    高い期待と謙虚な姿勢
    初年度から勝利を狙えるかとの問いに対し、ファーリーはハードルの高さを認めつつも前向きな姿勢を示した。

    「これが初めての挑戦ではない。我々は以前もF1に関わっていたし、それは良いことだと思う」と彼は答えた。

    「ローランが言ったように、我々は非常に謙虚な会社だ。そしてモータースポーツ界で最高の技術者たちが相手だ。我々はここまで全力を尽くしてきたし、強調したいのは最初の数戦だけではなく、その後どれだけ素早く学び、反応できるかが重要だということだ」

    「フォードには最高の技術者がいる。18万人の従業員が、この取り組みが会社にとって最優先だと理解している。我々は全力を注ぎ込む」

    フォードのコミットメントは明らかであり、同社は豊富なリソースを動員してレッドブル・パワートレインズを支える。このパートナーシップは長期的な投資と位置付けられ、両者は「継続的改善と適応力」の重要性を強調した。

    2026年シーズンが近づくなか、両者のコラボレーションがフォードの歴史的F1レガシーを再現できるかに注目が集まる。ファーリーとそのチームは、野心と謙虚さ、そして決意を胸に挑戦を受け入れる準備ができている。

  • 角田裕毅 アルピーヌF1移籍は絶望的?ブリアトーレが拒否姿勢

    角田裕毅 アルピーヌF1移籍は絶望的?ブリアトーレが拒否姿勢

    角田裕毅のアルピーヌF1移籍の可能性に暗雲が漂っている。ファンからは2026年のラインナップ入りを強く望む声が上がっているものの、エグゼクティブアドバイザーのフラビオ・ブリアトーレは獲得に消極的と報じられた。

    一方で、アルピーヌに加入したフランコ・コラピントは依然として結果を残せておらず、後任候補のリストも浮上している。角田裕毅はレッドブル残留かブリアトーレの方針転換か、キャリアの岐路に立たされている。

    フランコ・コラピントがアルピーヌでF1初ポイントを獲得するのを待ち続けているが、その道のりはイタリアGP終了時点で10戦に達した。2025年イタリアGPでは自身ワースト級の結果に終わった。

    22歳のフランコ・コラピントは今年5月にジャック・ドゥーハンの後任としてアルピーヌに加入して以降、直近4戦で自己ワースト3戦を記録している。ベルギーGPは19位、ハンガリーGPは18位、イタリアGPは17位で、唯一の例外はオランダGPの11位だった。

    オランダGPの11位は今季アルピーヌでの自己最高位でもあったが、ザントフォールトでの結果をモンツァでの浮上につなげることはできず、チームメイトのピエール・ガスリーも16位に沈むなど、アルピーヌにとって忘れたい週末となった。

    さらにモンツァではブレーキトラブルに見舞われ、「とても怖い」と無線で訴える場面もあった。フランコ・コラピントは2024年アゼルバイジャンGPでウィリアムズに在籍時に8位で初ポイントを獲得しており、次戦バクーでの復調を目指す。

    フラビオ・ブリアトーレ、角田裕毅をアルピーヌに迎える可能性を「極めて低い」と示唆
    アルピーヌは残り8戦でフランコ・コラピントのパフォーマンスを見極め、2026年のドライバーラインナップを決める見込みだ。エグゼクティブアドバイザーのフラビオ・ブリアトーレは、成績次第ではフランコ・コラピントの後任候補リストから複数の名前を検討している。

    だがモータースポーツ・ドットコムによれば、レッドブルの角田裕毅がアルピーヌに移籍する可能性は「極めて低い」と報じられている。フラビオ・ブリアトーレは25歳の日本人ドライバーを獲得する意欲を持っておらず、角田裕毅のF1キャリアに暗雲が漂っている。

    フランコ・コラピントも角田裕毅も2026年の契約がなく、F1での将来を懸けた戦いを強いられている。仮にレッドブルが角田裕毅を放出した場合、現実的な移籍先はアルピーヌのみであり、他の空席はメルセデスが握っている。

    角田裕毅がF1に生き残るには、レッドブル代表ローラン・メキースやモータースポーツアドバイザーのヘルムート・マルコを説得し契約更新を勝ち取るか、フラビオ・ブリアトーレの考えを変えるしかない。

    角田裕毅 F1

    角田裕毅の代理人、アルピーヌとの交渉を否定せず
    ピエール・ガスリーが先週のイタリアGP前に2028年までの契約延長を結んだことで、ファンからは「角田裕毅をアルピーヌに」との声が一層強まっている。代理人もアルピーヌとの交渉について否定しておらず、F1市場で経験豊富な選択肢として注目を集めている。

    角田裕毅はモンツァで103戦目のF1出走を果たし、キャリア通算103ポイントを獲得している。しかし、フラビオ・ブリアトーレのリストにはリザーブドライバーのポール・アーロン、ミック・シューマッハー、アストンマーティンのリザーブであるフェリペ・ドルゴビッチ、アカデミー所属のジャック・クロフォードらも含まれている。

    今季レッドブルでの角田裕毅は苦戦しており、リヤム・ローソンの後任として3月に加入してから14戦中10戦でノーポイント。イタリアGPでも13位に終わり、オランダGP9位の勢いをつなげられなかった。

    元トロロッソ代表のフランツ・トストも角田裕毅の姿勢に懐疑的で、「十分に努力していないように見える」と指摘。「なぜ常にフェルスタッペンより大きく遅いのかを理解する努力が足りない」とその労働倫理に疑問を投げかけている。