カテゴリー: ピエール・ガスリー

  • ピエール・ガスリー、スキー投稿炎上で釈明「ミハエルは今も僕のアイドル」

    ピエール・ガスリー、スキー投稿炎上で釈明「ミハエルは今も僕のアイドル」

    ピエール・ガスリーは、冬休み中に投稿したインスタグラムの写真をめぐり、一部で巻き起こった反発に対して自身の考えを明らかにした。

    問題となったのは、アルプスでスキーを楽しむ様子を収めた一連の写真だ。ガスリーは恋人のフランシスカ・“キカ”・ゴメスとともにゲレンデに立ち、赤いマールボロカラーのスキースーツを着用していた。

    この装いが、かつてミハエル・シューマッハがスキーの際に身に着けていたフェラーリ時代の赤いウェアを連想させるとして、一部のファンから「無礼だ」「不適切だ」と批判を受けた。

    さらに、その写真がシューマッハの誕生日である1月3日に投稿されたことも、反発を強める要因となった。シューマッハは12年前、アルプスでのスキー事故により重傷を負い、現在も公の場に姿を見せていない。

    こうした声を受け、ガスリーはアルピーヌF1の2026年F1マシン発表の場で、この件について言及した。

    「僕はミハエルの大ファンだ。彼に対して敬意を欠いたことは一度もないし、彼が子どもの頃の僕にとってのアイドルのひとりだったことも、ずっと公にしてきた。」

    「それは彼のジャケットのひとつだった。僕はスキーが大好きで、子どもの頃からずっとやってきた。スキーは本当に頭をリセットしてくれる。」

    「話した通り、休みは2週間あって、クリスマスは家族と1週間、もう1週間は友人たちと過ごした。普段いる環境から離れて、友人とともにより伝統的な生活に戻る時間は、僕の人生にとってとても大切なんだ。この時間が本当に好きだし、良い休暇だった。」

    さらに、SNS上での反応についても率直な思いを語った。

    「残念だけど、これが僕たちの生きている世界なんだと思う。僕は常に敬意を持った人間であることを示してきたつもりだ。人生の中で何人かのアイドルがいるけど、ミハエルはそのひとりで、今も変わらない。だから、ほんの一瞬たりとも、悪い意味を込めたつもりはなかった。」

  • ピエール・ガスリー 「アルピーヌF1はすべてのマイルストーンを達成した」

    ピエール・ガスリー 「アルピーヌF1はすべてのマイルストーンを達成した」

    ピエール・ガスリーは、2026年F1レギュレーション導入という大転換期を前に、キャリアでも前例のないシーズンを迎えようとしている。F1参戦10年目、アルピーヌでは4年目となる2026年は、シャシーとパワーユニットの両面で全面刷新が行われる年だ。

    バルセロナで行われたチームの2026年シーズンローンチイベントで、ピエール・ガスリーは、新時代F1に対する率直な思いを語った。

    「僕のキャリアの中で、ここまでマシン全体が大きく変わるのは初めてだ」

    2026年マシンA526は、サイズ、重量、空力コンセプト、そしてパワーユニットの電動化比率に至るまで、従来のF1マシンとは大きく異なる特性を持つ。ガスリーは、この未知の領域に踏み込む感覚を前向きに受け止めている。

    「もちろん、誰もが未知の領域に入っていく。でもドライバーとして、僕はそれをとてもエキサイティングだと感じている」

    アルピーヌF1は、過去1年にわたってシミュレーターを中心に新レギュレーションへの準備を進めてきた。ガスリーもその開発プロセスに深く関わっている。

    「この地点にたどり着くまで、チームにとっては長い道のりだった。新しいレギュレーションに向けて、この1年間シミュレーターで懸命に取り組んできたし、エンストンの全員がベストなパッケージを作るために本当にハードワークしてきたことを知っている」

    もっとも、シーズン序盤の結果に過度な期待は寄せていない。

    「来週のシェイクダウンから始まる最初の数週間で見えるものは、最終形ではない。走るたびに学び、パッケージ全体を開発し続けていくことになる」

    「自分自身に具体的な期待は設定していない。チームと一緒に本当に懸命に取り組み、改善すべき部分を理解し、1日ずつ前に進んでいくだけだ」

    現実的な姿勢を保ちながらも、ガスリーの言葉には確かな自信がにじむ。

    「今の正直な気持ちは、A526の準備に関して、チームがすべてのマイルストーンを達成したことへの大きな誇りだ」

  • ピエール・ガスリー、2026年のアルピーヌF1復活に全力「とにかく勝ちたい」

    ピエール・ガスリー、2026年のアルピーヌF1復活に全力「とにかく勝ちたい」

    ピエール・ガスリーは、アルピーヌF1との2026年F1シーズンに向けて強い意欲を示し、「今のキャリアの段階では、とにかく勝ちたいだけだ」と語った。アルピーヌがフロントで戦えるマシンを用意できることを強く願っている。

    ガスリーは2026年にF1参戦10年目を迎える。アルピーヌは2025年のコンストラクターズランキングで最下位に終わったが、巻き返しを狙い、早い段階から2026年マシンの開発に完全にフォーカスする判断を下した。

    アルピーヌは1月23日(金)に新車A526のカラーリングを発表し、その3日後にはバルセロナで最初のプレシーズン・シェイクダウンテストを行う予定だ。

    現在29歳で、アルピーヌと今後3シーズンの契約を結んでいるガスリーは、F1ドライバーとしてまさにピークを迎える時期に差しかかっている。2020年のイタリアGP(モンツァ)で挙げた感動的な勝利以降、さらに勝利のトロフィーを積み上げたいという思いが強い。

    アルピーヌは2026年からメルセデス製のカスタマーパワーユニットを使用する。ガスリーは、その新体制に向けて、水面下でどのような準備を進めているかについても言及した。

    キャリアの大半をミッドフィールドのマシンで過ごしてきたガスリーは、A526が自身の才能を存分に発揮できるマシンになることを期待している。

    「僕が気にしているのは、とにかく速いことだけだ」とガスリーは2025年終盤に語った。

    「良いマシンがあれば、来年は初めて、本当に自分の才能やスキルを示せるクルマを手にできる年になると思っている。それが僕にとってのすべてだ」

    「もし、もっと作業や準備が必要なら、僕はそれをやるタイプの人間だ。何一つ出し惜しみはしないし、この冬はさらにチームと一緒に取り組んで、得られるあらゆるアドバンテージを確実につかみたいと考えている」

    「それがレースにとって良いものになるのか、より良くなるのかは分からない。でも、今の僕はキャリアの段階として、ただ勝ちたいだけなんだ。そのためなら、来年に向けてできることは何でもやるつもりだ」

    2026年は、F1にとって全く新しいレギュレーションサイクルの始まりとなる。ドライバーたちは、より大きな電動要素を持つパワーユニットのエネルギー管理や、新たに導入されるアクティブエアロダイナミクスによって、これまでとは大きく異なるドライビング体験と、増大するメンタル負荷に直面すると語っている。

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1チーム

    ガスリーは最近、新シーズンに向けてアルピーヌのシミュレーターで作業する様子をSNSで公開していた。また、かつて「チーム・エンストン」としてトールマンの名で活動していた時代に、アイルトン・セナがF1でドライブした初期のマシンを走らせた経験も持つ。

    「まだ解決すべきことはたくさんあるし、僕たちにとって大きな変化になるのは分かっている」とガスリーは述べた。

    「エネルギーの使い方や、どういうドライビングをするかという点で、マシンの中で考えることが増えるはずだ。より賢く、戦略的である必要がある」

    「昨年、シルバーストンで1983年型(1984年トールマンTG183B)のセナのマシンを試す機会があったけれど、気にすることといえばステアリングとギアチェンジだけだった。Hパターンのギアボックスで、電子制御は一切なし。それはそれで、とてもピュアだった」

    「でも来年に向けては、管理しなければならないことが格段に増える。エネルギー回生やバッテリー、レースの駆け引きも含めて、単に速く走って相手をブレーキングで抜くだけではなくなる。どうエネルギーを使って前に出続けるか、そういうことが重要になる」

    「だから、この冬は本当に多くの準備が必要になるし、かなり大きな変化になると予想している」

  • ピエール・ガスリーが語るレッドブルF1降格の真相とアルピーヌで描く未来

    ピエール・ガスリーが語るレッドブルF1降格の真相とアルピーヌで描く未来

    ピエール・ガスリーは、6歳で初めてカートのハンドルを握った日の感覚を今も鮮明に覚えているという。速度、恐怖、そしてアドレナリン。そのすべてが一気に押し寄せ、彼は瞬時にモータースポーツの虜になった。祖母は地方カート王者、祖父もレースに参戦していた。家族の背中を追い、少年はF1という夢へと歩み始めた。

    現在、フランス人ドライバーのガスリーは、幼少期から夢見てきたフォーミュラ1で安定して走っているが、その道のりは決して平坦ではなかった。

    ジュニアカテゴリーでの活躍によりレッドブルの目に留まり、ジュニアプログラムに加入。F1への登竜門とされていたGP2に参戦する機会を得た。しかし、その育成カテゴリーでチャンピオンを獲得した直後にF1へ昇格することは叶わず、2017年にようやくトロ・ロッソから最高峰への扉が開かれた。

    その後、レッドブルでマックス・フェルスタッペンのチームメイトとして正ドライバーを務めるまでには、さらに2年を要した。しかし、ミルトンキーンズでの冒険は長くは続かず、ほどなくしてトロ・ロッソへ降格となる。

    このサテライトチームへの復帰は、親友アントワーヌ・ユベールの死という、ガスリーの人生を深く揺るがす出来事と重なった。彼自身がF1TVのポッドキャスト「Off the Grid」で語っているように、その出来事は計り知れない影響を与えた。

    それでもフランス人ドライバーは屈することなく、粘り強さと不屈の精神で前に進み続けた。トロ・ロッソ、そして後にアルファタウリとなったチームで、モンツァでの勝利を含むF1キャリア最高の結果を残す。

    2023年からはアルピーヌのプロジェクトに身を投じ、今後5年以内の勝利を目標に掲げている。

    「できれば、アルピーヌで世界チャンピオンになりたい。受け入れがたいと思われるのは分かっている。今はわずかなポイントを争っている状況で、どうしてそんなことが言えるのかと思われるだろう。でも、今いる人たちを考えれば、僕たちは最前線に立てると信じている」

    カートでの始まりとレッドブルでの最初のチャンス
    多くのF1ドライバーと同様に、ガスリーのキャリアの原点は6歳で始まったカートにある。エステバン・オコンから借りたカートに乗ったのが最初だった。

    「その日感じたスピード、恐怖、アドレナリンはあまりにも強烈で、23年が経った今でも覚えている」と、F1TVのポッドキャスト「Off the Grid」で語る。

    「僕はすぐにこのスポーツに恋をした」

    その日から彼は止まることなく、数々のジュニアカテゴリーで安定して戦い続けた。そのパフォーマンスがレッドブルの目に留まり、ジュニアプログラムに加入することになる。プレマ・パワーチームからGP2に参戦し、当時F1への登竜門だったそのシリーズで、フル参戦2年目にチャンピオンを獲得した。しかし、計画通りには進まず、F1昇格の扉は閉ざされたままだった。

    「本当に受け入れるのが難しかった。『GP2でチャンピオンになればF1に行ける』と言われていたからだ」と振り返る。

    「顔を平手打ちされたような気分だった。『これ以上何をすればいいんだ?』と思った。それでも、いつかチャンスが来ると信じ続けていた」

    そして、その機会は翌年に訪れる。レッドブルとトロ・ロッソでのテストを経て、アドバイザーのヘルムート・マルコから電話が入り、ミルトンキーンズのチームでデビューすることを告げられた。

    「マレーシアでベッドの上を飛び跳ねていたのを覚えている」とガスリーは語る。

    「レッドブルのリザーブとして行っていて、彼から電話が来て『準備しろ。今週末はレースだ』と言われた。知らせを受けたとき、本当に幸せだった。グリッドに降りて、自分にこのチャンスが与えられたこと、マシンもチームも人も揃っていて、あとは自分次第だと理解した。すべてを自分がコントロールしていると感じた」

    過去10年で目まぐるしく変わってきたレッドブルのドライバーラインアップの中で、ガスリーはF1デビューからわずか6か月で大きな恩恵を受けた。トロ・ロッソのドライバーとして迎えた2018年、正ドライバー初年度の第2戦バーレーンGPで、いきなり4位という驚異的な結果を残す。

    「2017年は4、5戦走って、2018年からシーズンをスタートした。第2戦で、バン、バーレーンで4位だ。すぐに大きな話題になった」

    「その直後、ブダペストの後にダニエル・リカルドがレッドブルを離れると発表した。ギリシャに休暇で行っていて、『ワオ、ダニエルが去る』と思ったのを覚えている」

    この結果により、ミルトンキーンズの首脳陣はリカルドの後任としてガスリーを起用する決断を下し、カルロス・サインツよりも彼を選んだ。

    「僕とカルロスの間の話だった。電話が鳴って、ヘルムートが『分かった。来年の開幕からレッドブル・レーシングのドライバーだ』と言った。これはF1フル参戦初年度の6か月目のことだった」

    ピエール・ガスリー レッドブル F1

    短命に終わったレッドブルでの日々と親友ユベールの死
    しかし、レッドブルでの経験は順風満帆とはいかず、約6か月で終わりを迎える。ミルトンキーンズでは、シーズン途中でドライバーを交代させることが、年月とともに常態化してきた。ガスリーは、オランダ人ドライバーのチームメイトとして、その最初期の犠牲者の一人となった。2025年にリアム・ローソンがわずか2戦で降格されたケースと同様だ。

    「正直に言うと、悲しかった」とガスリーは告白する。

    「2019年、F1での2年目に、どこからもサポートを感じられなかった。とても大きなチームで、フェルスタッペンを強く支えている。結果を出しているのだから、それは当然だ」

    シーズン序盤から、チームが3年目を迎えたフェルスタッペンに全面的に注力していることは明白だった。ガスリーはまだF1では若手であり、チームは彼の周囲を経験の浅い人材で固めたことで、パフォーマンスを最大限に引き出せる環境ではなかった。

    「F1経験のない、フォーミュラE出身の新人エンジニアと組むことになった。とても奇妙な状況だった。最大限に力を発揮するための道具が与えられていなかった」

    「それでも僕は戦おうとした。ここにいる以上、全力を尽くしたかった。彼らは満足していなかったし、僕も満足していなかった。自分のポテンシャルを発揮できていないと分かっていたからだ」

    そのため、トロ・ロッソへの降格を、彼はむしろ解放と感じた。

    「ほとんど安堵だった」と語り、復帰初戦となったベルギーGPでは、メディアの質問がすべて降格についてだったことを振り返る。

    「いいエネルギーではなかった。僕はただ走り、自分のやるべきことをしたかった。でもネガティブな空気があった。そんな中で土曜日がやってきた…」

    フォーミュラ2のスプリントレース中、幼なじみであり親友だったアントワーヌ・ユベールが事故で亡くなった。

    「最初は誰が関わっているのか分からなかった」とガスリーは語る。

    「状況は深刻に見えた。チームマネージャーが、アントワーヌが関わっていると教えてくれた。ブリーフィングが終わると、すぐに情報を求めて走った。遠くで両親が泣き崩れているのが見えた。その瞬間、何が起きたか理解した」

    「学校や親から多くのことを教わるが、こういう状況でどう振る舞うかは誰も教えてくれない。唯一の後悔は、夏休み前のブダペストで、アントワーヌと一緒にパーティーに行ったことだ。遅くまで残りたくなくて、彼を探したけれど見つからなかった」

    「外に出たら、テラスに彼がいた。『良い夏を、スパで会おう』と言って別れた。それが、事故前に彼に会った最後だった。もう少し長く待って、抱きしめたり、違う別れ方ができたらと思う」

    「彼は、愛する人と過ごす今この瞬間を大切にし、何も当たり前だと思わないことを教えてくれた」

    アントワーヌ・ユベールを悼むピエール・ガスリー

    初表彰台、そして初勝利
    トロ・ロッソ、そしてアルファタウリ時代に、ガスリーはキャリア最高の結果を手にする。2019年、ブラジルGPでF1初表彰台を獲得。ゴールライン上でルイス・ハミルトンを抑えたこのレースは、シーズン終了後に7度目のタイトルを獲得するドライバーを相手にしたものだった。

    インテルラゴスでの結果は、今も彼の記憶に深く刻まれており、ミラノの自宅では、そのレースを描いた絵がソファの後ろに飾られている。

    「人々は僕のことを早く見切りすぎた。僕のメンタリティを知らなかった。これは僕の人生そのものだ。あの表彰台を思い出すと、今でも笑顔になる」

    翌年、その成長はさらなる形で実を結ぶ。アルファタウリで、F1初勝利をモンツァで挙げた。新型コロナウイルスの影響で無観客となったモンツァで、ピエールは初めて表彰台の最上段に立った。

    「信じられない瞬間だった。だからこそ、表彰台の上でその時間を使って、頭の中を駆け巡る何百万もの感情や思考を整理した。自分だけの世界にいた」

    「この数秒間は一生忘れない。観客がいない、これほど空っぽに感じたモンツァは初めてだった。残念だったけど、またモンツァで勝つための理由ができた」

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1チーム

    アルピーヌでの現在と未来
    表彰台と勝利を手にし、ガスリーはレッドブル復帰を期待していたが、ミルトンキーンズには別の計画があった。一方で、彼にはアルピーヌという新たなチャンスが訪れる。契約書にサインしたのは、ユベールの誕生日その日だった。

    「アントワーヌの誕生日にサインした」と語る。

    「彼はアルピーヌ・アカデミーのドライバーだった。すべてが彼の誕生日に整った。信じられなかった」

    そこで再会したのが、幼なじみのエステバン・オコンだった。しかし二人の関係は、ある出来事を境に変化していく。

    「毎週水曜や週末を一緒に過ごしていた。彼は僕の家に来て、僕は彼の家に行った。強い絆があった」

    「残念ながら、あるレースをきっかけに転換点が訪れ、すべてが劇的に崩れた。説明するのは難しい」

    「僕たちは自分たちの出自を分かっている。ここまで来るために何を乗り越えてきたかも知っている。そのライバル関係が、互いを限界以上に押し上げたのも事実だ。10年、20年後には、違う形で話し合えると思っている」

    それでも二人は、想像を超える結果を手にした。2024年のブラジルGPで、アルピーヌは2台揃って表彰台に立った。

    「8か月で最下位から、2台揃って表彰台に上がるまでになった。チームの人たちの表情は忘れられない。キャリアの終わりに振り返ったとき、特別なレースとして思い出すだろう」

    ガスリーは6年契約を結び、チームのリーダーとしての地位を確立。一方、オコンはハースへ移籍した。

    6年契約の最初の1年を終え、ガスリーは次なる目標を見据えている。

    「できれば、アルピーヌで世界チャンピオンに。難しいことは分かっている。でも、今いる人たちを信じている。僕たちは、いずれ最前線に立てる」

  • ピエール・ガスリー、ルノーF1エンジンとヴィリー工場への「不当な批判」を嘆く

    ピエール・ガスリー、ルノーF1エンジンとヴィリー工場への「不当な批判」を嘆く

    ピエール・ガスリー(アルピーヌF1)は、直近3シーズンにわたりルノー製パワーユニットを使用してきた立場から、ヴィリー=シャティヨンで開発・製造に携わった人々への敬意を示し、同PUに向けられた批判は「正当ではない」と語った。

    一方で、2026年からのメルセデス製PU導入に向けては、大きな期待と興奮を隠さなかった。

    ヴィリー=シャティヨンへの感謝と批判への違和感
    「まず最初に、ヴィリー=シャティヨンでエンジンに携わったすべての人たちに感謝を伝えることが、僕にとって重要だと思っている。」

    「多くの雑音があったが、懸命に働き、ベストを尽くしてきた人たちに対して、あれほどの批判は本当にふさわしくないように感じている。」

    メルセデスPUへの期待と2026年への視線
    「僕たちは今、メルセデスとともに新しい章を開こうとしている。彼らの実績、世界王者になった回数を見れば、これは間違いなく大きな冒険になる。正直に言って、とてもワクワクしている。」

    「聞いている話では、このエンジンは非常にパフォーマンスが高い。初テストで、メルセデスのパワーを背中に感じるのが待ちきれない。来年のチームには本当に大きな期待を抱いている。」

    「2025年は、2026年に良いスタートを切るための戦略的な犠牲を払ってきた。それが報われると信じている。来年は、先頭集団で戦いたい。現状を見ても、そうできない理由は見当たらない。」

    レッドブル時代への言及と区切り
    「僕にとっては、とても特別な状況だった。単に6か月、12レースという数字だけで語れるものではない。あの時、すべてが簡単だったわけではないからね。」

    「何時間でも話せるが、必要だろうか? 答えはノーだ。その章はもう閉じている。」

    「時には物事がうまくいき、時にはそうでない。それが機能しなかったのは残念だが、同時に、僕にはどうすることもできない部分も多かった。自分にできる限りのことは、常にやってきた。」

    「2台分ではうまく機能していなかったと言える。マックスのためには完璧に機能しているし、彼のために素晴らしい仕事をしているのは間違いないが……。」

    ピエール・ガスリー ルノー F1エンジン

    挫折からの復活と自信
    「結局のところ、重要なのは努力を続けることだ。人は、その努力量を過小評価しがちだが、僕はトレーニングを一度もやめたことがない。自分が何を成し遂げたいのか、そして自分のポテンシャルを理解している。」

    「これまでの年月が、僕の中に大きなモチベーションと、チャンスをつかみ取りたいという強い欲求を生み出している。」

    「シャルル、ランド、ジョージといったドライバーたちがチャンスを生かして輝く姿を見てきた。僕も、彼らと同じ場所で戦えるクルマが必要だ。」

    アルピーヌとともに頂点へ
    「そのチャンスが来たら、絶対に逃さない。僕は準備ができている。間違いなく、その瞬間を迎える準備はできている。」

    「アルピーヌとともにトップに戻れたら、本当に素晴らしいことだ。努力を続け、正しいことを積み重ねていけば、必ず良い結果につながると信じている。」

    「競争力のないマシンでも、誰一人として諦めない。この結束こそが、将来、より良い時代が戻ってきたときに、大きなシナジーを生むはずだ。」

    「フランス人として、フランスのブランドを代表できることを誇りに思っている。このチームとブランドを、あるべき場所へ戻したい。その日が一日でも早く来ることを願っている。」

  • マックス・フェルスタッペン F1恒例ディナー裏話「ガスリーが支払ってた」

    マックス・フェルスタッペン F1恒例ディナー裏話「ガスリーが支払ってた」

    マックス・フェルスタッペンは、F1ドライバーの間で恒例となっている「シーズン最終戦前ディナー」をめぐる、少し意外なエピソードを明かした。タイトル決定戦を前にした和やかな集まりで、本来なら自身が支払うはずだった会計を、元レッドブルのチームメイトが肩代わりしていたという。

    シーズン最終戦の舞台となるアブダビでは、毎年ほぼ全ドライバーが集まり、1年を締めくくる食事会が開かれる。20人のF1ドライバーが一堂に会するため、会計は当然ながら高額になり、「誰が払うのか」は毎年の話題になる。

    今回、その支払い役として名前が挙がったのが、4度の世界王者であるマックス・フェルスタッペンだった。しかし実際にクレジットカードを出したのは、アルピーヌF1のドライバーであり、フェルスタッペンの元チームメイトでもあるピエール・ガスリーだった。

    フェルスタッペンは『Talking Bull』ポッドキャストで、その経緯を次のように語っている。

    「話すよ。去年はバルテリ・ボッタスがすごく親切で、彼が支払ってくれた。ドライバーたちは『今年はマックスの番だな』って冗談を言ってきて、僕も『もちろん』って答えたんだ」

    「でも、その日は個室の入り口の反対側に座っていてね。みんなで笑って過ごしているうちに、急に帰る流れになった。そうしたら、ピエールがすでに支払いを済ませていたことが分かったんだ」

    冗談交じりに「会計のタイミングでトイレに行っていたのでは?」と聞かれた際の反応も、フェルスタッペンは率直だった。

    「いや、違うよ。反対側でジントニックを飲んでいただけだ」

    さらに、自分が支払えなかったことについても、こう続けている。

    「次は入る前に『今日は僕が払うからね』って言うべきかもしれない。そうすれば、本当に支払えるだろうから」

    将来、実際に支払う機会が来た場合についても、フェルスタッペンは慎重さよりも気前の良さを強調した。

    「いや、こういうときは普通に気前よくやるよ。ただ、まだその機会がなかっただけだ」

    「でも来年もまたみんなで食事するはずだから、そのときにはきっと僕の番が来ると思う」

    また、全員のクレジットカードをテーブルに置き、店員が1枚を選ぶという案については、若手時代の経験を踏まえて次のように述べている。

    「2015年か2016年、キャリアを始めたばかりの頃に一度あったのを覚えている」

    「あれはちょっと見た目が良くない。だから最初から誰か1人が引き受けた方がいい」

    「それに、ルーキーに払わせることは絶対にしない。それは当たり前だ。経験のあるドライバーから始まるものだからね」

    世界王者であっても、オフ・トラックでは仲間との暗黙のルールや配慮が重視される。今回のエピソードは、フェルスタッペンとF1ドライバーたちの人間的な一面を浮き彫りにしている。

  • ピエール・ガスリーが語るオコンとの関係「ドキュメンタリーが1本作れる」

    ピエール・ガスリーが語るオコンとの関係「ドキュメンタリーが1本作れる」

    ピエール・ガスリーは、かつて親友だったエステバン・オコンとの関係について振り返り、現在に至るまでの複雑な経緯を明かした。ともに1996年生まれ、フランス北部出身の2人は、ジュニア時代から長い時間を共有してきた存在だという。

    「昔はほとんど毎週、水曜日や週末を一緒に過ごしていた。彼が僕の家に来たり、僕が彼の家に行ったりしてね。すごく強い絆があった」とガスリーはF1.comに語っている。

    しかし、その関係はある時点から変化した。

    「残念ながら、あるレースをきっかけに転換点があった。その後、ドラマチックな形で崩れてしまった。それを説明するのは難しい」とし、具体的な出来事については言及を避けた上で、「ここには丸々1本、ドキュメンタリーが作れるくらいの話がある」と付け加えた。

    ガスリーとオコンは長年F1に定着し、2023年と2024年にはアルピーヌでチームメイトとしても戦った。

    「僕たちは、自分たちがどこから来たのかを正確に分かっている。ここまで来るために何を乗り越えてきたかもね」とガスリーは語る。

    ピエール・ガスリーとエステバン・オコン F1

    そのうえで、2人の間に生まれたライバル関係を前向きに捉えている。

    「同時に、そのライバル関係が、僕たちを自分たちのポテンシャル以上のところまで押し上げてくれたことも分かっている。10年後、20年後には、違う形で向き合って、すべてを話し合えると思っている」と述べた。

    2024年のブラジルGPでは、オコンとガスリーが揃って表彰台に立つ場面もあった。インテルラゴスでのレース後、2人は肩を組んでメディア対応を行っている。

    「8か月の間に、最後尾から、1台ではなく2台が表彰台に上がるまでになった。チームの中の人たちの表情は本当に最高だった」とガスリーは振り返り、「あのレースは、キャリアを終えたあとに、間違いなく特別な一戦として挙げると思う」と語っている。

  • ピエール・ガスリー、アルピーヌF1で「最も困難な時期は乗り越えた」

    ピエール・ガスリー、アルピーヌF1で「最も困難な時期は乗り越えた」

    ピエール・ガスリーは、アルピーヌF1での3年目のシーズンを終えたいま、チームにとって最も厳しい局面はすでに過去のものになったと感じている。2023年はランキング11位、2024年は10位、そして2025年は18位でシーズンを終えたが、本人はこの3年間を単純に比較できるものではないと考えている。

    「正直に言って、本当に不思議な感覚だ。もう3年も経ったという実感があまりない」とガスリーはコメント。

    「たぶんそれだけ多くの変化に直面してきたからだと思う。経営陣も、チームの組織も、チームメイトも変わった。毎回、新しいスタートを切っているような感覚で、同じメンバーと継続して積み上げていくという感じではなかった」

    「ブラジルでの表彰台、昨年ラスベガス予選での3番手、2023年のザントフォールトやスパでのスプリント表彰台など、良い瞬間も確かにあった」

    「ただ、全体として見れば、期待からはかなり離れていたと言わざるを得ない。2023年にアルピーヌへ来たとき、チームは2022年にとても良いシーズンを終えていたから、もっと多くを期待していた。でも残念ながら、それは現実にはならなかった」

    それでもガスリーは、将来に対しては以前よりも確かな手応えを感じているという。

    「今この瞬間に同じ質問をされたら、2023年末や2024年末よりも、これからのシーズンに対して自信を持っている。簡単な道のりではなかったけれど、最も苦しい部分はすでに乗り越えたと感じているし、これからは良い日々が待っていると思っている」

    ガスリーは、2025年に投入されたA525の開発を続けていれば、ランキング10位以上も狙えた可能性があるとしながらも、それが2026年への準備を犠牲にする価値のある目標ではなかったと明言する。

    「シーズン序盤、チームが2026年に集中する方針を示したとき、僕は真っ先に『今年のことは忘れよう。もっと早く切り上げて2026年に集中しよう』と言った。現実として、僕たちはランキング10位だった」

    「もしもう少し予算と開発リソースを割いていれば、6位や7位を狙えたかもしれない。でも、僕たちは6位や7位になるためにF1をやっているわけじゃない。トップに立つためにやっている」

    「来年に向けたこの2か月の開発が、頂点に立てるか、それとも今後数年ミッドフィールドに留まるかの分かれ道になるかもしれない。今年は苦しいシーズンだったけれど、チームとして最高のチャンスを得るためなら、僕は喜んで受け入れられた」

    エンジンプログラムの停止やヴィリー=シャティヨンのF1部門閉鎖など、アルピーヌを取り巻く状況は決して容易ではなかった。それでもガスリーは、エンストンのチーム力そのものには強い確信を持っている。

    「率直かつ正直に言って、経験や能力を考えれば、僕たちはグリッドでも屈指の技術スタッフを抱えていると思う。これほど多くの優秀なエンジニア、メカニック、スタッフがエンストンに揃ったことは、これまでなかったんじゃないか」

    「だからこそ楽観的になれる。今の状況、チームを構成する人材、そこにある知性を見れば、僕たちは結果を出さなければならないと思う。あとはすべてを噛み合わせ、機能させるだけだ」

    また、ガスリーはチームに関わるキーパーソンたちについても言及している。

    「フラビオについて言えば、彼とはとても相性がいいと思っている。彼は勝者のメンタリティを持っているし、勝つこと以外に興味がない。常にチームとして、個人として、僕たちから最大限を引き出そうとしているし、完璧以外では満足しない。それは僕の考え方とも一致している」

    「僕たちは競争の世界にいる。あらゆる面で完璧を目指さなければ、目標には到達できない。フラビオはF1だけでなく、人生の他の分野でも成功を収めてきた。それは彼の思考とアプローチによるものだと思う」

    「彼がチームに本気で関わり、目標達成のために全力を尽くしているのが分かる。スティーブのこともとても評価している。フラビオとは全く違う性格だけれど、互いにうまく補完し合っている」

    「彼はリーダーシップと経験という点で、チームにとって非常に大きな存在だ。とても事実重視で客観的な人間で、『良い部分は良い、弱点があるなら隠さず向き合おう』という姿勢を持っている」

    「チーム全体に素晴らしい人材が揃っている。成功に必要な要素はすべてある。あとは、それを結果につなげるだけだ」

  • ピエール・ガスリー レッドブルF1降格の“安堵”を告白「サポートはなかった」

    ピエール・ガスリー レッドブルF1降格の“安堵”を告白「サポートはなかった」

    ピエール・ガスリーは、2019年にレッドブルF1からトロロッソへ降格となった当時について、精神的に非常につらい経験だったと認めつつも、「ある意味では安堵を感じた」と語った。

    F1.comのインタビューでガスリーは、レッドブルF1在籍時に置かれていた立場や、チーム内の環境について、当時の感情を交えながら詳細に振り返っている。

    ピエール・ガスリーは、2014年にレッドブル・ジュニアチームに加入し、2018年にトロロッソ(現レーシングブルズ)からF1デビューを果たした。

    ルーキーシーズンをドライバーズランキング15位で終え、当時のチームメイトだったブレンドン・ハートレーを25ポイント上回る結果を残したことで、2019年シーズンに向けてレッドブルF1への昇格を勝ち取った。

    しかし2019年シーズン途中、ベルギーGPを前にアレクサンダー・アルボンと交代する形で、再びトロロッソへ降格となった。

    「正直に言うと、悲しかった」とガスリーは語る。

    「2019年、F1での2年目だったが、どこからもサポートはなかった。とても大きなチームで、マックス(フェルスタッペン)を強くサポートする体制になっていた。彼が結果を出している以上、それは正しい判断だ」

    「だが僕は、F1の経験がないフォーミュラE出身の新しいエンジニアと組むことになった。とても奇妙な力関係だった。自分が本当にパフォーマンスを発揮するためのツールを与えられているとは感じられなかった」

    「それでも自分のやり方で戦おうとした。僕は結果を出すためにそこにいるし、戦いたかった。チームは満足していなかったし、僕自身も満足していなかった。なぜなら、自分のポテンシャルを示せないことが分かっていたからだ」

    「だから、ほとんど安堵のように感じた」

    トロロッソ復帰後、最初のレースを迎えたときの心境についても、ガスリーは率直に語っている。

    「いいエネルギーではなかった。自分の仕事をして、ベストを尽くそうとしていただけだが、周囲には多くのネガティブな空気があった」

    「それをすべて受け止めながら、僕はただ運転したかった。それだけだった」

  • ピエール・ガスリー アルピーヌF1最悪の2025年に幕「今年いちばん良い夜」

    ピエール・ガスリー アルピーヌF1最悪の2025年に幕「今年いちばん良い夜」

    ピエール・ガスリー(アルピーヌ)は、2025年F1アブダビGPの決勝を終え、「今年いちばん良い夜だ」と冗談交じりに語り、悪夢のような1年がようやく終わった安堵感をにじませた。

    2025年シーズンのアルピーヌは、ルノー製PU部門を含め競争力不足が深刻で、ガスリーは自身のF1キャリアで最も厳しいフルシーズンを過ごした。2019年以降、トップ10圏外でシーズンを終えたのは2度のみだったが、2025年は開幕バーレーンGPの4位が最大のハイライト。年間獲得ポイントはわずか22にとどまり、A525は「グリッド最弱マシン」との評価が定着した。

    ガスリー「終わって本当にホッとしている」
    ガスリーは、最終戦を終えて率直な思いを語った。

    「今年いちばん良い夜だ。終わったよ」

    「すごくタフな1日だったし、シーズン全体がそうだった。振り返ると、あの状況の中でチームがシーズンをまとめ上げてくれたことを誇りに思っている。競争力のないクルマだと、本当に難しくて、簡単に心が折れてしまう」

    「それでも結果が厳しい中で、全員が諦めず、ベストを尽くしてくれた。エンジニアの皆も、チームで働く全員も本当に誇りに思う。来シーズンが楽しみだよ」

    「来年はもうこのクルマを見たくないと言ったよ。エンストンのどこか片隅に置いておけばいい。このクルマは、あまり優しくなかったからね」

    アルピーヌは早期に2026年へシフト、メルセデスPU初搭載に「楽観的」
    アルピーヌは2025年序盤から開発リソースを2026年マシンに集中させており、来季はチームとして初めてメルセデスPUを搭載する。

    ファクトリーやシミュレーターで得た手応えについて問われたガスリーは、前向きな姿勢を示した。

    「(競争力は)間違いなくある。冬の間にやるべきことはたくさんあるけどね」

    「来年に向けてはすでに動き始めている。シャシー面でもエンジン面でも、すべてが良い方向に向かっているし、目標値はすべて達成している。2026年が本当に楽しみだ」

    ルノー撤退に「とても感情的な週末だった」
    2025年末でルノーがF1活動を終えることについて問われたガスリーは、別れの寂しさを語った。

    「ガレージ全員にとって、とても感情的な週末だった。昨日はみんなでお別れの時間を過ごしたけど、目に涙を浮かべている人たちもいた。それだけ彼らにとって大きな意味を持っていたんだ」

    「エンジニアでもメカニックでも、全員がこの3年間、僕を本当に支えてくれた。そして一緒にいくつかの表彰台を獲得することもできた。みんなには心から感謝している」

    「パドックでは、きっとこれからも彼らの顔を見かけると思うよ」