カテゴリー: セルジオ・ペレス

  • セルジオ・ペレスが語るF1移籍 フェラーリを断りマクラーレンを選んだ理由

    セルジオ・ペレスが語るF1移籍 フェラーリを断りマクラーレンを選んだ理由

    セルジオ・ペレスは、フェラーリとの契約を見送り、「マクラーレン史上最悪の年」に飛び込んだ理由を明かした。

    すべてのF1ドライバーには、ほんの一瞬の判断次第でキャリアが大きく変わっていたかもしれない、そんな分岐点の物語がある。

    セルジオ・ペレスもまさにその一人だ。10年以上にわたりF1のグリッドに立ち、2026年にはキャデラックとともに復帰を準備している彼は、自身のキャリアを左右した重要な決断を振り返った。

    ペレスは2011年にザウバーでF1デビューを果たした。フェラーリ育成アカデミー出身の若手にとって、当時これは定番のルートだった。

    その後、スイスのチームで2シーズンを戦っただけで、ペレスはF1屈指のビッグチームから注目を集める存在となる。

    通算6勝を挙げているペレスは、2013年F1シーズンを前に、キャリアの分岐点となる状況に置かれていた。

    ペレスは「Cracks Podcast」で、当時を次のように振り返っている。

    「本当に、すべてがあっという間に起きたんだ」

    「当時の僕は、グリッドで最も引く手あまたのドライバーだった。若いドライバーなら誰もが望む状況だよね。F1に来てすぐ結果を出すと、どこまで行けるか分からないから、全チームが欲しがるんだ」

    「実際、僕にはビッグチームから3つの選択肢があった」

    「そのうちの1つがフェラーリだった。フェラーリの育成アカデミーのおかげでF1に来られたわけだから、論理的にはそのままフェラーリの道を進むのが自然だった」

    「でも、フェラーリは2014年までシートを用意できなかった。僕は焦っていた。若くて、最高のチームに行って、すぐにチャンピオン争いをしたかったからね」

    「とにかく必死だったし、そんな中で突然チャンスが舞い込んできた」

    「僕たちは、マクラーレンとレッドブルだけは絶対に走ることはないと思っていた。どちらもアカデミーを重視していて、基本的に方針が固まっているチームだったからだ」

    「でも、そこにマクラーレンが現れた」

    「ハミルトンがチームを離れるタイミングで、マクラーレンはとても自信満々で僕のところに来た。そして契約を提示され、僕はそれを受け入れた。それが、僕の瞬間だったんだ」

    セルジオ・ペレス F1

    その決断がもたらした「マクラーレン史上最悪の年」
    ペレスにとってマクラーレンでの唯一のシーズンは、結果的に厳しいものとなった。

    チームはコンストラクターズ選手権5位に終わり、表彰台は一度も獲得できなかった。チームメイトのジェンソン・バトンには、シーズンを通して24ポイント差をつけられている。

    ペレスは当時の状況をこう語っている。

    「マクラーレンは、史上最高のマシンを作ったと思っていた」

    「フロントはマクラーレン、中央はレッドブル、リアはフェラーリ。理論上は最高のクルマだった」

    「前年はチャンピオン争いをしていたし、レギュレーションもほとんど変わっていなかった。これほど大きく後退するのは、非常に珍しいことだ」

    「そして、結果的にそれがマクラーレン史上最悪の年になってしまった」

    「これは僕がF1参戦3年目のときで、契約更新に関する条項もあった」

    「最終的に契約は更新されなかったが、そのことを知らされたのはシーズンの本当に終盤だった。本当に遅いタイミングで、その結果、僕はシートを失った」

    ペレスは1年でマクラーレンを離れることになり、その後はフォース・インディア、レーシング・ポイントでキャリアを立て直し、最終的にはレッドブルへとたどり着いた。

    マクラーレンにとっても、この時期は歴史的に厳しいものだった。チームは2015年と2017年にコンストラクターズ選手権9位に低迷し、2008年にはスパイゲート問題によって選手権から除外されるという不名誉な記録も残している。

  • セルジオ・ペレス 「フェルスタッペンのチームメイトはF1最悪の仕事」

    セルジオ・ペレス 「フェルスタッペンのチームメイトはF1最悪の仕事」

    セルジオ・ペレスは、レッドブル・レーシングでマックス・フェルスタッペンのチームメイトを務めることを「F1で最悪の仕事だ」と表現し、チーム内で直面した強烈なプレッシャーと緊張関係について語った。

    2026年F1シーズンにキャデラックF1での復帰を控えるペレスは、メキシコ人実業家オソ・トラバが司会を務めるポッドキャスト「Cracks」に出演し、レッドブルで過ごした4年間を振り返った。この在籍期間は、2023年にランキング2位を獲得したにもかかわらず、2024年シーズン終了後に契約解除という形で幕を閉じた。

    「僕は最高のチームにいた。でも状況はとても複雑だった。マックスのチームメイトであること自体が非常に難しいが、レッドブルでマックスのチームメイトを務めるのは、F1で群を抜いて最悪の仕事だ」とペレスは語った。

    ペレスによれば、結果にかかわらず常に厳しい評価にさらされ、チーム内には絶えず緊張感が漂っていたという。

    「レッドブルでは、何をしても問題になった。もし僕がマックスより速ければ、それはそれで非常に緊張した雰囲気を生んだし、マックスより速いこと自体が問題だった」と述べた。

    「逆に、僕が遅くて、しかもマックスも遅かった場合でも、やはりすべてが問題になった」

    ペレスは、グラウンドエフェクト時代に入ってからマシン開発の方向性がますますフェルスタッペン寄りになり、成績が落ち始めた自身にとって状況がより厳しくなったと説明した。

    「このプレッシャーがすべて始まった。本当に大変だった。結局、誰のせいにされるかと言えばドライバーだ」とペレスは語る。

    「集中していないからだとか、コマーシャル活動をやりすぎているからだとか、他のことをしているからだとか、そう言われる」

    セルジオ・ペレスとマックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)

    インタビューの中で特に衝撃的だったのは、レッドブル加入初期に不振が続いた際、早々に心理的サポートを勧められたというエピソードだ。

    「レッドブルに来て最初の数戦で結果が出なかったとき、すぐに『君に必要なのは心理学者だ。心理学者に会うべきだ』と言われた」とペレスは振り返る。

    「僕は何にでも前向きだった。だから心理学者と話して、『セルジオ・ペレスだ』とか、『ああだこうだ』と、イギリス人の彼と話した」

    「その日はセッションの時間が取れなかったから、『今日は無理だけど、また時間を見つけよう。いいね』という話になった」

    しかし、その後に思わぬ展開が待っていた。

    「ある日、彼がレッドブルのファクトリーに来て、『請求書がある』と言った。心理学者からの請求で、6,000ポンドだった。『これをヘルムートに送ってくれる? 彼が払うから』と言われた」とペレスは明かす。

    「たった1回の電話で6,000ポンドだった」

    「それでヘルムートは『どうだった?』と聞いてきて、『完璧だ。このセッションで問題ない』と言った」

    ペレスは、その後に結果は改善したものの、特に最後の2シーズンではプレッシャーが完全に消えることはなかったと語る。アップグレードやチームの注力がフェルスタッペンに集中していたと感じていたからだ。

    「アップグレードは続いたが、すべてがマックスのためだった」とペレスは述べた。

    「その結果、僕は2戦、3戦、4戦、5戦と遅れを取るようになり、もう二度とあのクルマを手にすることはなかった。もし違っていたらどうなっていたか? それは誰にも分からない」

    苦い結末を迎えたとはいえ、ペレスはレッドブルが本来持っていた可能性を惜しんでいる。

    「僕たちは最高のチームを持っていたが、残念ながらすべてが壊れてしまった」と語った。

    「このスポーツを今後10年間支配できるチームだったと思うが、残念ながら、それはすべて終わってしまった」

  • セルジオ・ペレス、レッドブルF1時代の1時間126万円の心理学者費用を告白

    セルジオ・ペレス、レッドブルF1時代の1時間126万円の心理学者費用を告白

    セルジオ・ペレスは、レッドブル在籍時にヘルムート・マルコが自身のために手配した心理学者の費用が、1時間あたり6000ポンド(約126万円)という“天文学的”な額だったことを明かした。しかも、その請求書を支払ったのはチームではなく、マルコ本人だったという。

    このエピソードは、現在キャデラックF1チームのドライバーであるペレスが出演したポッドキャスト番組「Cracks Podcast」で語られたものだ。

    2021年にレッドブルへ加入した直後、思うような結果が出なかった序盤戦で、チーム側から心理面のサポートを受けるよう勧められたという。

    「レッドブルに来て最初の数戦で結果が出なかったとき、『君に必要なのは心理学者だ』と言われた」とペレスは振り返る。

    「もちろん、僕は何でも受け入れるつもりだった。だからその心理学者と話して、『セルジオ・ペレスだよ』とか、そういう普通の会話をした」

    だが、その後に届いた請求書を見て、ペレスは驚愕することになる。

    「ある日、彼がレッドブルのファクトリーに来て、『請求書がある』と言ったんだ。6000ポンドだよ。『これをヘルムートに送ってくれ、彼が払うから』って」

    “その電話一本で3年間もった”
    ペレス自身が支払う必要はなかったとはいえ、その金額は今でも強烈な印象として残っているという。

    「電話一本で6000ポンドだ!」とペレスは語気を強める。

    「それでヘルムートが『どうだった?』と聞いてきて、『完璧だ。このセッションで大丈夫だ』って言うんだ。それで3年間もった。心理学者で“治った”ってわけさ」

    実際、ペレスは2021年シーズン途中から結果を出し始め、第6戦で初勝利を挙げると、シーズン終盤までにさらに4度の表彰台を獲得した。特にアブダビGPでは、チームメイトのマックス・フェルスタッペンを助けるためにルイス・ハミルトンを抑え込む圧巻のディフェンスを披露し、高く評価された。

    成績低下と「心理」では解決できない問題
    しかし、時間が経つにつれて状況は変わっていく。2023年に初めて大きなスランプを経験し、翌年には再び成績が低迷。ペレス自身は、当時の問題が心理面だけではなかったと感じている。

    「結果が出なくなると、『また助けが必要なのかもしれない』って思うようになった。でも、正直に言えば、クルマに問題があると分かっていた」

    「どのコーナーでどうなるのか、どこでクラッシュするかを考えながら走っている状態では、速く走ることなんてできない」

    最終的にペレスは2024年シーズン終了をもってレッドブルを去ることになった。契約を残しながらの離脱だったが、彼にとってこの経験は、F1のトップチームが抱えるプレッシャーと、その対処法の一端を象徴する出来事だったと言えるだろう。

    “6000ポンドの電話”は確かに一時的な効果をもたらした。しかし、クルマの挙動そのものに不安を抱える状況では、どれほど高額なセッションであっても万能薬にはなり得なかった。

  • 角田裕毅 レッドブルF1での苦戦は想定内?ペレスがホーナーの発言を暴露

    角田裕毅 レッドブルF1での苦戦は想定内?ペレスがホーナーの発言を暴露

    元レッドブルのセルジオ・ペレスは、かつてのチーム代表であるクリスチャン・ホーナーが、マックス・フェルスタッペンの隣に座る後任ドライバーたちが成功しないことを最初から理解していたと主張した。ペレスは、レッドブルにおける“2台目”の構造的な難しさについて、あらためて踏み込んだ証言を行っている。

    ペレスは現在、2026年F1シーズンに向けてキャデラックF1での活動を進めるなか、ポッドキャスト「Oso Traca」のインタビューに出演し、レッドブル時代を振り返った。

    そこでは、どのような状況であってもチームの期待を本当の意味で満たすことができなかったという感覚が語られている。

    「チームはあらゆることに不満を持っていた。レッドブルでは、すべてが問題だった」とペレスは語る。

    「僕が速ければ速いで問題になり、空気はとても張り詰めたものになった。マックスより遅ければ、それもまた問題だった。僕は、これが自分の置かれた環境なのだと学び、不満を言う代わりに、できる限り最大限を引き出そうとした」

    ペレスは、2024年末にレッドブルとの契約を解除されるまで在籍していたが、その時点ですでに2年の契約延長を結んでいた。それでも状況は変わらなかったという。

    「このプロジェクトは最初からフェルスタッペンのためだった」
    ペレスは、レッドブル加入時点で置かれている立場を理解していたことも認めている。ただし、マシン開発により深く関与できることを期待していたという。

    「僕はレッドブルがどういうチームか分かったうえで行った。最初にクリスチャンと座って話したとき、彼はこう言った。『我々は2台のマシンを走らせている。なぜなら、2台走らせなければならないからだ。でも、このプロジェクトはマックスのために作られている。彼が我々の才能だ』とね」

    それに対し、ペレスは「それ自体は問題ではなかった」と語る。ただし、開発面で貢献し、純粋に競うチャンスがあることが条件だった。

    「マックスのチームメイトになるだけでも信じられないほど難しい。だが、レッドブルでマックスのチームメイトになることは、F1で最も過酷な仕事だ」

    角田裕毅に対するクリスチャン・ホーナーの発言を暴露したセルジオ・ペレス

    ホーナーも理解していた“2台目”の限界
    さらにペレスは、レッドブルを離れる直前に交わしたホーナーとの最後の会話についても明かした。そこでは、後任ドライバーが直面する困難について、すでに両者が共有していたという。

    「そのとき僕は彼に言った。『クリスチャン、もしリアム(ローソン)がうまくいかなかったらどうするんだ?』と。彼は『そのときは角田裕毅がいる』と言った。

    『じゃあ、角田裕毅もうまくいかなかったら?』と聞くと、『我々には多くのドライバーがいる』と返ってきた」

    「だから僕は言った。『君は全員使うことになるよ』と。すると彼は『そうだ、分かっている』と答えた」

    このやり取りからは、ホーナー自身が2台目のシートが誰にとっても極めて困難な役割であることを認識していた様子がうかがえる。

    結果的に、2024年シーズン終盤に行われたリアム・ローソンの昇格は、より良い選択肢を見出せなかったことによる“対処的判断”だった可能性が高い。その後、角田裕毅を含め、いずれのドライバーもフェルスタッペンの隣で安定した成果を残すことはできなかった。

    2026年F1シーズンに向けては、アイザック・ハジャーが新たなチームメイトとして起用される予定だ。ペレスの証言が示すように、ホーナーはこの役割の難しさを十分に理解していたとみられる。一方で、現在レッドブルを率いるローラン・メキースのもとでは、2台目のマシンに対するアプローチがこれまでとは異なり、より均衡の取れたものになる可能性も残されている。

  • セルジオ・ペレスがベネズエラに連帯表明 米国の軍事行動を受けて

    セルジオ・ペレスがベネズエラに連帯表明 米国の軍事行動を受けて

    セルジオ・ペレスが、ベネズエラで続く深刻な政治的混乱を受け、同国の人々に向けた連帯のメッセージを発信した。

    キャデラックF1チームのドライバーであるペレスは、土曜日に自身のインスタグラム・ストーリーを更新し、次のように書き込んだ。

    「ベネズエラの兄弟姉妹たちへ。心からの温かい抱擁を送る。皆さんは、信念は決して失われないということの模範だ。すべての人のために祈っている。自由なベネズエラを」

    この最後の一文には、銀色と赤色のハートの絵文字が添えられていた。

    このメッセージが投稿されたのは、米軍が大規模な軍事作戦を実施し、ベネズエラ大統領のニコラス・マドゥロと妻のシリア・フローレスが拘束された直後のことだった。

    米国大統領のドナルド・トランプは土曜日、米軍が未明にベネズエラ国内の標的に対して「大規模な攻撃」を実施し、その結果、マドゥロ大統領夫妻を拘束したと発表した。トランプによれば、2人は米国で起訴される見通しだという。

    夫妻は土曜夜にニューヨークに到着し、マンハッタンの連邦裁判所で初回の出廷を行う予定とされている。

    なおペレスは、2026年シーズンから新規参戦のアメリカ拠点チームであるキャデラックF1チームにフル参戦ドライバーとして復帰し、昨季はレギュラーシートを離れていたバルテリ・ボッタスとコンビを組む予定となっている。

    セルジオ・ペレス F1

  • マックス・フェルスタッペン F1復帰のセルジオ・ペレスと“静かな再会”

    マックス・フェルスタッペン F1復帰のセルジオ・ペレスと“静かな再会”

    マックス・フェルスタッペンが、2025年F1シーズン中にかつてのレッドブルのチームメイトであるセルジオ・ペレスとヘルメットを交換する形で再会していたことが明らかになった。

    4度のワールドチャンピオンは、2026年にキャデラックF1からF1に復帰するペレスに向け、ヘルメットのバイザーに特別なメッセージを書き残している。

    フェルスタッペンとペレス 4年間の関係
    フェルスタッペンとペレスは、2021年から2024年までの4シーズンをレッドブルで共に戦った。フェルスタッペンはその間に4年連続でタイトルを獲得している。

    ペレスはF1通算6勝のうち5勝をレッドブル在籍中に挙げたが、2024年シーズンの不振を受け、同年末でチームを離れることになった。

    2025年シーズンをサバティカル(休養)として過ごしたペレスは、2026年にキャデラックF1からグリッドへ復帰する予定で、チームメイトには元メルセデスのバルテリ・ボッタスが名を連ねる。2026年のグリッドでも屈指の経験値を誇るドライバーラインアップとなる。

    ヘルメット交換とメッセージ
    新年を迎えるにあたり、ペレスはSNSに投稿し、2025年シーズン中にフェルスタッペンと会い、ヘルメットを交換したことを明かした。

    写真には、2024年の複数レースでフェルスタッペンが実際に使用していたヘルメットを手に、2人が並んで写っている。

    そのヘルメットのバイザーには、フェルスタッペン直筆の次の言葉が記されていた。

    「素晴らしいチームメイトであり、友人でいてくれてありがとう」

    これに対し、ペレスは投稿のキャプションで次のように記している。

    「2025年のサバティカル中も、君はとても速かった。素晴らしい2026年にしよう」

    ペレス離脱後のレッドブルの苦戦
    ペレスの離脱後、レッドブルは2025年シーズンにおいて後任ドライバーの起用に苦しんだ。

    リアム・ローソンと角田裕毅はいずれも表彰台を獲得できず、ローソンはオーストラリアと中国の2戦でQ1敗退が続いた後、わずか2戦でレーシングブルズへ降格となった。

    角田裕毅は22戦中7戦でしかポイントを獲得できず、最高位はバクーでの6位にとどまった。2026年にはテスト兼リザーブドライバーへ回り、ペレス離脱後3人目の起用としてアイザック・ハジャーがレッドブルに加わることが決まっている。

    ペレスの本音「証明するものはない」
    キャデラックF1のシートを獲得した後、ペレスは後任ドライバーたちの成績についても言及している。

    「レッドブルを離れたあと、何かを証明しなければならないとは思っていない」

    「今のドライバーや次のドライバーが苦戦しているから、というだけじゃない。それ以前から、とても難しい場所だった。常に適応し続けて、信頼を築かなければならない。精神的に、非常に特殊な挑戦なんだ」

    「彼ら(ローソンと角田裕毅)がシーズンを通して取ったポイントを見れば、全体で5点くらいだった。だから、その点について僕には何も証明することはない」

    「僕にとって大事なのは、このスポーツを再び楽しむことだ。僕が愛してきたスポーツ、たくさんのものを与えてくれたスポーツを」

    「この新しいプロジェクトで戻ってくるのは、そのためだ。とても成功することを願っている」

    「何よりもまず、この復帰を楽しみたいんだ」

    フェルスタッペンの短いメッセージとペレスの言葉は、4年間を共に戦った2人の関係性が今も続いていることを静かに物語っている。

  • セルジオ・ペレスの再起 レッドブルF1幹部が見据えるキャデラックF1の可能性

    セルジオ・ペレスの再起 レッドブルF1幹部が見据えるキャデラックF1の可能性

    セルジオ・ペレスは、2026年にキャデラックF1からF1に復帰する。2025年シーズンを休養に充てた35歳のベテランに対し、かつて共に仕事をしたレッドブルのチーフエンジニアは、前向きな見通しを示した。

    ポール・モナハンは、ペレスのレッドブル最終盤を振り返りつつ、次のように語っている。

    「彼は我々のもとで、チームメイトに食らいつくのに少し苦労してシーズンを終えた。だが、1年の休みと少しの日差し、頭をリセットする時間があれば、戻ってくる。戦えるコンディションで、かなり速い状態になると思う」

    レッドブル離脱時は成績の落ち込みが強調されたが、休養を経た復帰によってパフォーマンスを取り戻す可能性がある、という見方だ。

    2026年のF1は11チーム体制となり、キャデラックF1は新規参戦チームとして加わる。ペレスはバルテリ・ボッタスとコンビを組み、2人でグランプリ16勝の実績を持つ。即戦力としての経験値は、グリッド随一と言える。

    アストンマーティン幹部の評価
    ペレスの元同僚であるアストンマーティンF1のスポーティングディレクター、アンディ・スティーブンソンも、その能力を高く評価している。

    「私はチェコの大ファンだ。彼がキャリアを再始動させる姿をぜひ見たい。彼は素晴らしい才能の持ち主で、優れたレースドライバーだ。またサーキットに戻ってくるのを楽しみにしている」

    もっとも、キャデラックF1にとって2026年は容易なシーズンではない。新車、新パワーユニット、新タイヤ、新電子制御、持続可能燃料と、技術面で大きな変革が一度に訪れる。

    スティーブンソンは「キャデラックがどうマネジメントするかは外部からは分からないが、非常にプロフェッショナルな体制と十分な資金を持っている。本気で警戒すべき存在だ」と述べている。

    セルジオ・ペレス キャデラック F1

    シモーネ・レスタの見通し
    かつてハースに在籍し、現在はメルセデスの副テクニカルディレクターを務めるシモーネ・レスタも、キャデラックの可能性を過小評価すべきではないと語る。

    「まずバルテリの存在を忘れてはいけない。1年のブランクを経て戻る彼にとっても良い機会だ。キャデラックは多くの投資と人材採用を進めており、外から見る限り、良いやり方で問題に取り組んでいる」

    さらに、フェラーリ製パワーユニットを使用する点について「一つ課題が少ないとも言える」と指摘し、「2026年に混戦に加わる可能性はある」との見解を示した。

    2026年への視線
    モナハンは最後に「彼らが引き受けた挑戦の大きさは想像できる。幸運を祈る」と語っている。ペレスとボッタスという経験値の高い布陣を軸に、キャデラックF1が2026年の新時代でどこまで存在感を示せるのか。その行方に注目が集まっている。

  • セルジオ・ペレス「マクラーレン時代はレッドブルF1より過酷だった」

    セルジオ・ペレス「マクラーレン時代はレッドブルF1より過酷だった」

    セルジオ・ペレスは、自身のF1キャリアで最も厳しかった時期はレッドブル・レーシング在籍時ではなかったと明かした。メキシコ出身のペレスは、EXMAのカンファレンスで、キャリア初期に経験した苦境について率直に語っている。

    「マクラーレンは本当に厳しかった。あの頃はキャリアが始まったばかりだったからだ」とペレスは振り返る。

    「2年目のシーズンで、しかも3つの異なるチーム、しかも3つともビッグチームと契約できるチャンスがあった。2年目だと、自分はF1を支配できると思ってしまうし、F1はもう自分には小さすぎる、誰もが自分を欲しがっている、と考えてしまう。そして決断を下したあとで、それが間違いだったと気づくんだ」

    ペレスは2013年にマクラーレンへ移籍し、ジェンソン・バトンとコンビを組んだが、この1年はトラック内外で数多くの衝突や困難に見舞われたシーズンとなった。その前年、ペレスはザウバーで複数回の表彰台を獲得し、マレーシアGPでは優勝まであと一歩に迫る活躍を見せていた。

    雨のレースとなったマレーシアでは、わずかなミスが命取りとなり、フェルナンド・アロンソが当時フェラーリでシーズン初勝利を挙げる結果となった。マシン自体は決して勝てる性能ではなかった中での勝利だった。

    「F1で最も注目されるドライバーの1人から、翌年のシートを失う立場に一気に転落した。当時、F1参戦はまだ3シーズン目だった。4年目を迎えるはずの年に、僕にはドライブがなかった」とペレスは当時の心境を語る。

    「幸いにも、神に感謝することに、フォース・インディアという素晴らしいチャンスが開けた。そこからとても良いストーリーを築くことができた」

    同じカンファレンスでペレスは、レッドブル時代についても言及し、自身の役割は最初から明確だったと認めている。

    「最初から、自分がどんな立場になるのかは分かっていたし、“システムに逆らう”ことはほとんどできなかった」

    それでもペレスは、レッドブルで走る機会を与えられたことに対して感謝の気持ちを示した。現在は新たな章として、2026年からキャデラックF1での挑戦を控えており、バルテリ・ボッタスとコンビを組む予定だ。このラインアップは、グリッドで最も経験豊富な組み合わせのひとつになると見られている。

  • キャデラックF1、ボッタスとペレスの担当レースエンジニアを決定

    キャデラックF1、ボッタスとペレスの担当レースエンジニアを決定

    2026年F1シーズンに初参戦するキャデラックF1は、バルテリ・ボッタスとセルジオ・ペレスの担当レースエンジニアを正式に決定した。PlanetF1.comの取材により、ペレスにはカルロ・パセッティ、ボッタスにはジョン・ハワードが就くことが明らかになった。

    2025年シーズンをレースから離れて過ごした両ドライバーにとって、2026年はF1キャリアの再出発となる重要な一年となる。チーム初年度に向け、キャデラックF1はドライバーラインアップに続き、トラックサイドの中核を担うエンジニア陣の布陣も固めた形だ。

    ペレス陣営:カルロ・パセッティが担当
    ペレスのレースエンジニアを務めるのは、元アストンマーティンのパフォーマンスエンジニアであるカルロ・パセッティだ。パセッティはアストンマーティンでの経験を経てキャデラックF1に加入し、2026年のデビューシーズンでペレスの「無線の声」を担う。

    ペレスはこれまでにザウバー、マクラーレン、フォース・インディア/レーシング・ポイント、そしてレッドブルでF1を戦い、通算11勝を挙げたメキシコ史上最も成功したF1ドライバーである。キャデラックF1は、その豊富な経験を最大限に引き出す体制を整えた形だ。

    ボッタス陣営:アルピーヌ出身のジョン・ハワード
    一方、ボッタスのレースエンジニアを務めるのは、元アルピーヌのジョン・ハワードである。ハワードは2010年にルノーとして参戦していたエンストンのチームに加わり、約15年間にわたって在籍。2022年後半にはシニア・パフォーマンスエンジニアに昇格し、その後はピエール・ガスリーのレースエンジニアを務めていた。

    ハワードは、カレル・ロースがアルピーヌのトラックサイド・エンジニアリング責任者に就任した後、レースエンジニアへ昇格。その後4月にアルピーヌを離れ、8月にキャデラックF1と合流している。

    キャデラック F1 バルテリ・ボッタス

    キャデラックF1の準備は着々と進行
    キャデラックF1は2026年からフェラーリのカスタマーエンジンを使用して参戦する予定で、すでに実走テストも開始している。ペレスは11月にイモラでブラックリバリーの2023年型フェラーリをドライブし、キャデラックとして初の実走テストを担当した。関係者によれば、この際の最速ラップは1分16秒台で、SNS上で流れた1分17秒2よりも速かったという。

    また、ボッタスはアブダビGP後にキャデラックでのシートフィッティングを実施。2025年シーズンをレースから離れて過ごした両ドライバーにとって、2026年は再起を期す重要な一年となる。

    スーパーボウルで2026年リバリー発表へ
    キャデラックF1は今月初め、2026年用リバリーを2月8日のスーパーボウル中に放映される広告で公開すると発表した。世界最大級のスポーツイベントを舞台にした発表は、新チームとしての存在感を一気に高める狙いがある。

    デビューイヤーに向け、ドライバー、エンジニア、マシン開発、そしてブランディングまで、キャデラックF1の準備は最終段階へと入っている。

  • トミー ヒルフィガー、F1ドライバーのセルジオ・ペレスをアンバサダーに起用

    トミー ヒルフィガー、F1ドライバーのセルジオ・ペレスをアンバサダーに起用

    トミー ヒルフィガーは、F1ドライバーのセルジオ・ペレスを新たなグローバル メンズウェア アンバサダーに起用したと発表した。

    この発表は、トミー ヒルフィガーが長年にわたり築いてきたF1との関係をさらに拡大するものであり、世界的なスポーツ界における影響力ある人物とのコラボレーションの歴史を一層揺るぎないものにする。

    F1史上でも最も伝説的で、愛され、尊敬を集めるドライバーの一人であるセルジオ・ペレスは、同スポーツの中でも最大級かつ熱狂的なファンベースを誇る存在だ。スポーツとクラシック・アメリカン・クールを融合させてきたブランドのヘリテージと調和する文化的影響力をもたらす。

    「私たちは常に、ドライバーがスタイルを通して自分らしさを表現する自由を後押ししてきた。F1がファッションやエンターテインメントを取り入れ進化を続ける中、そのスターたちは真のグローバルアイコンとなっている。メキシコのアイコンであり、世界中でファンに愛されるセルジオ・ペレスは、その自信、才能、そして個性で若い世代にインスピレーションを与えている。彼は、リラックス感がありながらも時代を超えて愛されるメンズウェアという私たちのビジョンを体現する存在だ」とトミー・ヒルフィガーは語る。

    信頼、パフォーマンス、そしてモダンなスタイルへの共通の情熱に突き動かされ、このパートナーシップは2026年シーズンを目前に発表された。同シーズン、ペレスはキャデラックFD1チームの一員としてグリッドに復帰し、トミー ヒルフィガーが公式アパレルパートナーとしてサポートする。シーズンに向けた彼の準備は、高い自己管理力と常に前進し続ける姿勢を示しており、それは限界に挑み続けるブランドの、揺るぎなく未来を信じる姿勢と精神を映し出している。

    「トミーはパドックにスタイルを持ち込み、ドライバーたちがサーキット外で自分自身を表現する自信を与えてくれた。彼は常にアクションの中心に存在してきた。そのブランドとともにグリッドへ戻れることをとても楽しみにしている。彼の創造性とビジョンを心から尊敬しており、そのブランドを代表し、彼が生み出すエネルギーの一部になれることを誇りに思う」とセルジオ・ペレスは語る。

    本パートナーシップは、スポーツ、スタイル、そして現代カルチャーの交差点におけるトミー ヒルフィガー ブランドの存在感をさらに高めるものだ。モータースポーツの世界的な人気が高まり続ける中、若くファッション感度の高いファンとの強い結びつきを持つペレスは、Z世代およびミレニアル世代に向けて大きな推進力をもたらす。ルイス・ハミルトン、ラファエル・ナダル、ティエリ・アンリといった歴代アンバサダーに続き、本コラボレーションは、グローバル規模でカルチャーに影響を与えるスポーツ界の人物と協業し続けるというブランドの揺るぎない姿勢を改めて示すものとなっている。