カテゴリー: F1関連

  • ファン・パブロ・モントーヤ 「F1復帰はあり得ない」

    ファン・パブロ・モントーヤ 「F1復帰はあり得ない」

    ファン・パブロ・モントーヤは、NASCARから再びF1復帰する可能性を否定した。

    ファン・パブロ・モントーヤは、2006年シーズン途中にマクラーレンを離脱。その後NASCARに転向し、現在はターゲットがスポンサーを務めるチップ・ガナッシから参戦している。

    2001年にウィリアムズからF1デビューし、F1で7勝を挙げたモントーヤは「F1に復帰するべきだと言う人もいるけど、僕は満足している」と prensa.com コメント。

    「現時点では、逆方向に進む可能性はないね」

    2010年、ファン・パブロ・モントーヤは、スプリント・カップでチャンピオンを決定するザ・チェイス(トップ12位)に入れなかった。

    「現状には満足しているし、スポンサーやチップ・ガナッシも満足してくれている。僕が気になっているのはそれだけだ」

    ファン・パブロ・モントーヤは、NASCARはF1よりも「楽しい」と語る。

    「今年の最終戦(アブダビGP)を観たけど、ずっとあんな感じだよね。他のマシンより1秒速くても追い越せない」

    「彼らはトラックに問題があると言うけど、正直なところF1はずっと変わっていない」

    モントーヤは、F1の新チャンピオンとなったセバスチャン・ベッテルはタイトルに相応しいと語る。

    「彼には才能がある。優勝できないようなこともいろいろしたけどね」

    「彼とチームは多くのミスを犯したし、それによって複雑になったけど、最速のドライバーとマシンが勝ったと思うよ」

  • 片山右京、南極大陸最高峰の登頂に成功

    片山右京、南極大陸最高峰の登頂に成功

    片山右京が、南極大陸最高峰となるビンソンマシフ(4892m)の登頂に成功した。

    オフィシャルサイトによると、片山右京は12月11日に日本を出発。チャレンジ前日まで悪天候により約1週間足止めを食らったが、天候が回復した26日午前9時ごろにガイドと2名でキャンプを出発。5時間後に山頂に到着し、その後、無事ハイキャンプに下山したという。

    元F1ドライバーの片山右京は、昨年12月に富士山で遭難。一緒に登っていた事務所の男性社員ら2人を亡くし、テレビ出演などの活動を休止していたが、警察から捜査終了の連絡を受け、遺族の理解も得られたことを受け、今年3月から活動の再開をさせていた。

    今回の登頂で、片山右京は七大陸最高峰7座のうち5座めの登頂成功(1996年モンブラン、1998年キリマンジャロ及びエルブルース、2008年マッキンリー、2009年アコンカグア)を果たした。

  • ルカ・フィリッピ 「テストドライバーでも2011年にF1に行きたい」

    ルカ・フィリッピ 「テストドライバーでも2011年にF1に行きたい」

    ルカ・フィリッピは、たとえテストドライバーとしてでも2011年のF1シートを目指していると語る。

    しかし、現時点ではそれが起こらないかもしれないとルカ・フィリッピは認める。

    「F1で居場所を見つけるために真剣に取り組んでいる。それがテストドライバーでも問題ない」

    「僕は2008年にすでにホンダF1でテストドライバーを務めているし、キャリアを通して示してきたものは、今のF1チームに繋がるはずだ」

    「去年GP2アジアを2位で終えたあと、F1契約は本当に間近だと思っていたし、諦めることはできない。いずれにせよ、現実的であるべきだと思っているけど、公平にみて、現在で起こっていることは、多くのことが正しい場所に収まっているとは思えない」

    ルカ・フィリッピは、2011年にF1が実現しない場合は、GP2とともに2010年にレースをしたAuto GPに留まるつもりであることを明らかにした。

    「僕に言えるのは、F1でなければAuto GPにいるだろう。すでに1つのチームと交渉が進んでいるし、合意間近だ」

    「2010年は本当に良い選手権だったし、彼らは現在、他のフィーダーシリーズにはないテレビ放送を確保しているし、WTCCとのパートナーシップもある。それを本当に楽しみにしている」

  • F1 サムライの涙 〜音速を駆けぬけたプロフェッショナル〜

    F1 サムライの涙 〜音速を駆けぬけたプロフェッショナル〜

    フジテレビは、「F1 サムライの涙 〜音速を駆けぬけたプロフェッショナル〜」と題したF1特番を12月27日(0時05分〜1時05分)に放映する。

    フジテレビは、毎年「F1総集編」を年末に放送してきたが、今年は休止。代わりに「F1 サムライの涙」 〜音速を駆けぬけたプロフェッショナル〜と題したF1特番を放送する。

    今年で14年のF1活動に終止符を打ったブリヂストンの浜島裕英(ブリヂストン MS・MCタイヤ開発本部フェロー)の最後のグランプリに密着。極秘メモが明かす小林可夢偉の速さを解き明かす。

    CS放送のフジテレビNEXTでは今年も「F1総集編」の放送が予定されており、12月31日(18時〜23時)に5時間にわたって放送される。

    F1 サムライの涙〜音速を駆けぬけたプロフェッショナル〜

    史上最大の激戦となった2010年F1GPを支えたサムライのラストレースに密着!極秘メモが明かす小林可夢偉の速さの秘密とは?国を超えた友情ストーリー
    世界チャンピオン争いが混迷を極めた2010年F1GP。 最終戦・アブダビGPまでもつれたタイトル争いは、セバスチャン・ベッテルの史上最年少王者という形で幕を閉じた。その表彰台を見つめ、うっすらと涙を流す男がいた…。世界を相手に戦ってきたある日本人の最後のグランプリに密着。彼の心によみがえる、さまざまな思いとは…。

  • 2010 FIA F1世界選手権総集編 完全日本語版 DVD

    2010 FIA F1世界選手権総集編 完全日本語版 DVD

    2010 FIA F1世界選手権総集編 完全日本語版DVDが発売された。販売価格は5,040円(税込)。

    2010 FIA F1世界選手権総集編 完全日本語版 概要
    レッドブル、マクラーレン、フェラーリの三つ巴、激化するチャンピオン争い!2010年F1世界選手権は大きな期待と共に開幕した。参加チームの増加、レース中の給油禁止、大幅に入れ替わったドライバーラインナップ、皇帝シューマッハ復活、小林可夢偉ザウバーでフル参戦、4人のワールドチャンピオン対決、名門ロータスの復活・・・。数えだしたらキリがないほど見所が満載だ。

    2010年のFIAフォーミュラワン世界選手権の行方はアブダビ・サーキットがサンセットを迎えるまで誰にもわからなかった。

    4名のドライバーが最後まで過酷な戦いに挑み、セバスチャン・ベッテルがその栄光を手にした。F1史上最年少の世界王者の誕生となった。

    2010年、FIAフォーミュラワン世界選手権は記念すべき60年目を迎えた。世界各国を巡った19の戦い。そこでは3チームによる歴史に残るバトルが繰り広げられた。フェラーリ、マクラーレンは長年のライバルチームとしてしのぎを削るが、頂点を極めたのはチーム創設6年目のレッドブルだった。

    5時間を越えるオフィシャルF1 DVDはTVでは見ることのできなかったF1史上最高といわれるバトル、そしてドラマのすべてを見ることが出来る。ドライバーズ選手権テーブルのトップに立ったのは何と6名。9回もポイントリーダーが変わっていた。

    2010年も各サーキットでのベスト・オンボード映像を収録。更に40分に及ぶ特典映像ではベッテルが王者となったシーズンの隠れた真実を伝える。

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  • ギド・ヴァン・デル・ガルデ 「F1は目標のまま」

    ギド・ヴァン・デル・ガルデ 「F1は目標のまま」

    ギド・ヴァン・デル・ガルデと彼のマネジメントは、2011年のヴァージンのシートを獲得できなかったことで“プランB”に取り組み始めている。

    ヴァージンが、ジェローム・ダンブロシオとの契約を発表するまで、マクレガーが支援するギド・ヴァン・デル・ガルデはヴァージンのシート候補に挙げられていた。

    ヴァージンがリリースを発表する前にニュースを聞いていたかを質問されたギド・ヴァン・デル・ガルデは「いいや、事前に知らされてはいなかった」と述べた。

    「残念だけど、F1シートを獲得することがどれくらい難しいかは、前もってわかっていた」

    「たとえ厳しい仕事だとしても、F1は目標のままだ。終わったことは忘れて、前に進み続けなければならない」

    オランダの formule1.nl は、ヴァン・デル・ガルの“ブランB”は、もう1年GPで戦うか、ウィリアムズかフォース・インディアでテストドライバーを務めることだと述べた。

    「とても新鮮なニュースだね」とギド・ヴァン・デル・ガルデは語る。

    「まずはマネジメントと僕のキャリアにとって何がベストかを話し合わなければならない」

    「プランBは、パストール・マルドナドのようにGP2チャンピオンになることだ。彼はチャンピオンになるまで4年間GP2にいた」

    ギド・ヴァン・デル・ガルデのマネージャーを務めるヤン・パウル・テン・ホーペンは、ヴァージンの発表によって、2011年にヴァン・デル・ガルデがF1に昇格するチャンスは狭まったと認める。

    「ヴァージンは現実的な選択肢だった」とヤン・パウル・テン・ホーペンは述べた。

    「我々は、フォース・インディアを含め他の2チームとまだ交渉している」

    「しかし、F1では頼れるものなどない。大きなカジノだ」

  • ウクライナ、F1トラック計画を発表

    ウクライナ、F1トラック計画を発表

    ウクライナは、今後数年で新たに国際レーストラックを建設する計画を発表。F1レース開催に名乗りをあげた。

    キヘフ州のアナトリー・プリシアスクニウク州知事は、21日の記者会見で、キエフ市近くに10億ドルの施設を建設するという野心的計画を発表した。

    「国際的な競技を開催するために、ポリーシャとイワンキフ地域に国際トラックを建設する予定だ」とアナトリー・プリシアスクニウク州知事iは Kyiv Post にコメント。

    知事は、すでに投資家が会場のための土地を見つけたと述べ、全長5.2kmのトラックの周囲にはホテルや他のレジャー施設が建設されるという。

    「プロジェクトを確認し、ヨーロッパの専門家も評価した。プロジェクトはアラブ首長国連邦やシンガポール、その他の国のトラックを建設したデンマーク人が立案された。トラックは、あらゆる最新の条件条件を満たしている」

    アナトリー・プリシアスクニウク知事は、来年の早い段階でトラック建設を始めたいと述べたが、ロシアが2014年にグランプリ初開催を予定していおり、バーニー・エクレストンが今後ウクライナでF1レースを開催することにどれくらい興味を持っているかは不明。

  • F1公式タイミングアプリ、2011年版が登場

    F1公式タイミングアプリ、2011年版が登場

    ソフトパウア社は、2011年版F1公式タイミングアプリ「F1 2011 Timing App」を発売した。

    「F1 2011 Timing App」は、F1のフリー走行から決勝までの全セッションで全てのドライバーのラップチャート、トラック上の位置を確認することができ、ユーザーは、マップの拡大やあらゆる角度から好みのドライバーの位置や状況を把握できる。

    アプリには、ライブコメントやサーキットデータ、チームやドライバーに関する情報も表示される。

    アプリは、iPhone/iPad版とアンドロイド版が用意されており、iTunes App StoreとAndroid Marketで購入が可能。

    現在、期間限定キャンペーンが実施されており£17.99で購入できる。

  • 2011年F1、5人のF1ワールドチャンピン参戦は史上最多タイ

    2011年F1、5人のF1ワールドチャンピン参戦は史上最多タイ

    2011年は、F1グリッドに40年ぶりに5人のワールドチャンピンが並ぶことになる。

    2011年のF1には、新チャンピンのセバスチャン・ベッテル、元ワールドチャンピンのジェンソン・バトン(2009年)、ルイス・ハミルトン(2008年)、フェルナンド・アロンソ(2005年〜2006年)、ミハエル・シューマッハ(1994年〜1995年、2000年〜2005年)が参戦。

    F1グリッドに5人のワールドチャンピオンが並ぶのは1970年以来となる。

    当時は、ジャック・ブラバム、ジョン・サーティース、デニー・ハルム、グラハム・ヒル、ジャッキー・スチュワートが参戦していた。この年はヨッヘン・リントがドライバーズ選手権を制したが、9月にモンツァで開催されたレースで事故死している。

    ちなみに6人のワールドチャンピオンが同時にF1に参戦したことはない。

    だが、仮にキミ・ライコネンがF1復帰し、ジャック・ヴィルヌーヴがデュランゴと提携してチームを設立していれば、2011年のグリッドには7人のワールドチャンピオンが並び、24台のグリッド上の約30%を王者たちが占めるはずだった。

  • トム・ウォーキンショー、癌で死去

    トム・ウォーキンショー、癌で死去

    トム・ウォーキンショーが、癌のため死去した。享年64歳。

    レーサーとして活躍したトム・ウォーキンショーは、TWR(トム・ウォーキンショー・レーシング)を設立。ジャガーとのジョイントで界スポーツプロトタイプカー耐久選手権やスポーツカー世界選手権、ル・マンに参戦し、多くのタイトルを獲得した。

    1992年はベネトンのエンジニアリング・ディレクターとしてF1に進出。TWRのスポーツカー・デザイナーだったロス・ブラウンをチームに紹介し、1994年のミハエル・シューマッハのワールドチャンピオン獲得に貢献した。

    しかし、同年レギュレーション違反の疑いをかけられたトム・ウォーキンショーはベネトンを離脱。当時ベネトンの責任者フラヴィオ・ブリアトーレが所有していたリジェで共同オーナーを務め、1996年にはアロウズの株式を買収してチームオーナーとなった。

    アロウズはブリヂストンのタイヤを使用した最初のチームのひとつであり、ブリヂストンのF1参戦に大きく貢献した。

    2002年、アロウズのF1撤退とともにTWRは倒産し、一時期モータースポーツ界から離れたトム・ウォーキンショーだったが、2006年にはオーストラリアでV8スーパーカーのチーム運営に復帰、モータースポーツ活動を続けていた。