カテゴリー: 中嶋一貴

  • 中嶋一貴、スパ・フランコルシャン6時間レースを欠場

    中嶋一貴、スパ・フランコルシャン6時間レースを欠場

    中嶋一貴が、今週末のWEC第2戦 スパ・フランコルシャン6時間レースを欠場することが決定した。

    フリー走行1回目にアウディと接触事故を起こした中嶋一貴は、サーキットのメディカルセンターへと運ばれた後、背部の痛みを訴えたことから、現地の病院でさらなる検査を受けた。

    TMGのディレクターを務めるロブ・ルーペンは「衝撃はかなり大きなものだった。彼はさらなる検査を受けるため、レースに参加することができない。もっと多くのことがわかったら声明を出す」とコメント。

    また、中嶋一貴が走らせていたトヨタ TS040ハイブリッドの1号車は、当初予想されていたよりもダメージが大きく、スペアのモノコックを用いてリビルドすることが必要になった。そのため、1号車はフリー走行2回目への参加は見送ることになった。

    「モノコックがかなりダメージを受けている。修復できるかどうか確認してみなくてはならない」とロブ・ルーペンはコメント。

    「スペアのモノコックを使って組み直し、明日には戻ってきたい」

    トヨタには、テスト兼リザーブドライバーとして小林可夢偉がいるが、1号車のドライバー構成がどうなるかはまだ未定となっている。

  • 中嶋一貴、練習走行でクラッシュして病院で検査 / WEC世界耐久選手権

    中嶋一貴、練習走行でクラッシュして病院で検査 / WEC世界耐久選手権

    中嶋一貴が、スパ・フランコルシャン6時間レースのフリー走行でクラッシュし、検査のため現地の病院に搬送された。

    ウェットコンディションで行われたフリー走行。トヨタ TS040ハイブリッドの1号車を走らせていた中嶋一貴は、オリバー・ジャービスが駆るアウディR18 e-トロン・クワトロの8号車と接触。

    中嶋一貴は、検査のためサーキットのメディカルセンターへと運ばれたが、背部に痛みを訴えたことから、現地の病院でさらなる検査を受けることとなった。

    トヨタの広報担当は「彼は大丈夫だと考えているが、しっかりと確認したい。さらなる検査のために地元の病院に向かった理由だ」とコメント。

    今回のクラッシュでトヨタのマシンはボディーワークのダメージのみと見られるているが、アウディの8号車は“かなり”のダメージを受けたとされている。

  • 中嶋一貴、ビザ発給の問題でWEC最終戦に参戦できず

    中嶋一貴、ビザ発給の問題でWEC最終戦に参戦できず

    中嶋一貴が、ピザ発給の問題でWEC最終戦サンパウロ6時間耐久レースに出場できないことが明らかになった。

    SUPER GT最終戦への出場のため前戦バーレーンを欠場した中嶋一貴だが、最終戦サンパウロではトヨタの7号車を走らせるとみられていた。しかし、ビザ申請の手続きに問題があり、最終戦に参戦できないことが明らかになった。

    トヨタは「一貴は、チームがコントロールすることができないビザ申請手続きの遅れにより、レースに出場することができません」と述べた。

    最終戦サンパウロでは、バーレーンでも代役を務めたマイク・コンウェイが出走。ステファン・サラザン、アレックス・ブルツとともに7号車を走らせる。

    マイク・コンウェイは、2015年にトヨタでWECにフル参戦するとみられている。

  • 中嶋一貴、2014年のスーパーフォーミュラのチャンピオンを獲得

    中嶋一貴、2014年のスーパーフォーミュラのチャンピオンを獲得

    中嶋一貴が、2014年のスーパーフォーミュラのチャンピオンを獲得した。

    シャシー、エンジン共に一新された新型で戦われた今季のスーパーフォーミュラもシーズン最終戦を迎えた。

    例年に無い混戦となっている今季、ランキングでは、首位の中嶋一貴に4ポイント差の2位にジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ、6.5ポイント差でアンドレ・ロッテラーとロイック・デュバルが追う状況。

    今大会は2レース制、20周と28周という、超スプリントレースとして行われ、最終戦は特別ボーナスポイントが加えられるため、ポールポジションのボーナスポイントも含めれば、両レースで最大18ポイントが獲得でき、上位の4人だけで無く、7人ものドライバーが逆転タイトルの可能性も残しての最終戦となった。

    レース1は4番手グリッドから抜群のスタートを切ったジョアオ・パオロ・デ・オリベイラ(Lenovo TEAM IMPUL)が完勝。中嶋一貴(PETRONAS TEAM TOM’S)が2位、アンドレ・ロッテラー(PETRONAS TEAM TOM’S)が3位に入り、タイトル争いは中嶋一貴とオリベイラが1点差でレース2へ。

    レース2は、ポールポジションから逃げた中嶋一貴が後続を大きく引き離しポール・トゥ・ウィンで圧勝。中嶋一貴は2012年に続き、2年ぶり2回目の国内トップフォーミュラチャンピオンを獲得した。

    中嶋一貴
    「レース2はポールポジションからのスタートと言うことで、しっかりスタートを決めればレースの主導権が握れると思っていた。ウォームアップでのペースがあまり良くなかったので、多少心配はしていたが、スタートを上手く決められた。特にクルマの状態が良いわけではなかったが後続との差を築くことができ、結果的に完璧なレースが出来た。レース1で決められれば午後は楽だったはずだが、そんなに簡単ではなかった。ウェットだったこともあり、28周は長かったが、なんとか耐えてタイトルを決めることができてほっとしている。一昨年のタイトル獲得の時と、今回もプレッシャーは同様だったが、今回は自分の力で勝って決められて良かった。シーズンを通して思い返すと、満足出来ていない部分もあったので、またタイトルを獲れるよう頑張りたい」

  • 中嶋一貴、無念のリタイアに「痛恨の極み」 (ル・マン24時間レース)

    中嶋一貴、無念のリタイアに「痛恨の極み」 (ル・マン24時間レース)

    中嶋一貴が、リタイアで終えることになったル・マン24時間レースについて語った。

    中嶋一貴は、日本人ドライバーとして初めてル・マン24時間レースでのポールポジションを獲得。レースでも、トヨタ 7号車は首位を走っていた。

    しかし、午前5時、中嶋一貴が走行してたときにマシンにトラブルが発生。電気系のトラブルを修復することができず、無念のリタイアとなった。

    中嶋一貴
    「こういうのを痛恨の極みというのだろうか。言葉が見つからない。我々を支えてくれた全ての人達に申し訳ない気持ちで一杯だ。あの瞬間までは素晴らしいレースをしていたと思っている。良いペースでレースをリードしていた。こういうことがあり得るとは思っていたが、今回実際に起こってしまった。しかし、これがル・マンであり、だからこそ挑戦し甲斐もあるのだと思う。また挑戦する」

    関連:トヨタ:首位走行中の7号車が無念のリタイア (ル・マン24時間)

  • 中嶋一貴、ル・マン24時間レースで日本人初ポールポジションを獲得!

    中嶋一貴、ル・マン24時間レースで日本人初ポールポジションを獲得!

    ル・マン24時間レースの予選グリッドが確定。トヨタの7号車を走らせた中嶋一貴がポールポジションを獲得した。

    中嶋一貴は、3分21秒789というタイムをマークし、2番手につけていた14号車ポルシェにコンマ3秒差をつけてポールポジションを獲得。ル・マン24時間レースの歴史で、日本人ドライバーで初となるポールポジションを獲得した。

    2番手にはポルシェ 14号車、3番手にはトヨタの8号車、4番手にポルシェと続き、アウディ勢は5〜6番手に沈んだ。

    中嶋一貴 ル・マン24時間レース

    関連:ル・マン24時間レース 2014:テレビ放送&ライブ配信スケジュール

  • 中嶋一貴、ホンダF1復帰に「トヨタドライバーが言うことではないですが」

    中嶋一貴、ホンダF1復帰に「トヨタドライバーが言うことではないですが」

    中嶋一貴が、ホンダのF1復帰について自身のブログで触れた。

    中嶋一貴は、2007年最終戦ブラジルGPでウィリアムズからF1デビュー。翌年から2009年までフル参戦した。

    「発表のタイミングが突然だったので知り合いに聞くまで全く知りませんでした」と中嶋一貴はホンダF1復帰についてコメント。

    「さすがにホンダのF1復帰ともなればやっぱりメディアの露出もあるだろうなと思ってニュースを見ていたら、報道ステーションでの尺の長さと内容に良い意味でびっくり。夕方から作ったんでは絶対に出来ないだろう内容で、報道のウラがかいまみれるような。笑」

    「世の中的にも何となく上向きになっていきそうな空気の中での、このニュースはすごく明るい話題だと思いますし、文字通り株を上げたんじゃないでしょうか」

    「地上波放送もなくなってしまったF1にもう一度注目を引き戻すチャンスだと思うので、ぜひ頑張ってもらいたいと思います!」

    「日本ではレース=F1という認識がほとんど(最近の学生年代はそのF1さえも知らないらしいですが。)なので、やっぱりF1が人目につかないと困るんです笑」

    「また最近では若いドライバーの現実的な目標がどうしても国内にしか向かない環境になってしまっていたので、やるからにはぜひ若いドライバーに夢を与えられるような育成環境作りをしっかりと作り上げてもらいたいと思います」

    「ま、こんなことはトヨタのドライバーである僕が言うことではないかも知れませんけど笑」

    「国内でもレースをしている人間としてF1が全てだとは思いませんが、でも日本というお国柄、どうしても日本人選手が世界で活躍することが最もその競技を盛り上げる近道なので・・・ドライバーも、そしてエンジニアも含めて若い人たちが目標を高く持てて、頑張ればそれを叶えていけるような環境になっていけば未来も明るいと思うんですが!」

    関連:ホンダ、F1復帰を正式発表!マクラーレン・ホンダ復活!

  • F1日本GP、中嶋親子3人でのF1マシンデモランが決定

    F1日本GP、中嶋親子3人でのF1マシンデモランが決定

    2013年 F1日本GPに、日本人初のF1フル参戦ドライバーとして1987年からの5年間F1グランプリに参戦、現在はSUPER GTやスーパーフォーミュラのチーム監督として活躍している中嶋悟の来場が決定。

    さらには中嶋悟氏の息子で、現役レーシングドライバーの中嶋一貴と中嶋大祐の来場も決定。初めて親子3人揃ってのF1マシンデモランやトークショーなどのイベントに参加する。

    また中嶋悟が1987年のデビューから1991年の引退まで戦った5年間のF1マシン5台を揃えたマシン展示を実施。中嶋悟氏の歴代F1マシン全てが揃う展示は今回が初めてとなる。

    デモラン
    ■場所:国際レーシングコース
    ■ドライバー:中嶋悟氏、中嶋一貴選手、中嶋大祐選手
    ■走行マシン(予定):ロータス101、ティレル019
    ※日時、走行マシンなどの詳細は後日ご案内いたします。

    展示
    ■日程:10月11日(金)〜13日(日)
    ■場所:GPスクエア内特設会場
    ■展示マシン:
    ロータス99(’87)、ロータス100T(’88)
    ロータス101(’89)、ティレル019(’90)
    ティレル020(’91)

  • 中嶋一貴、GT500クラスで初優勝 (SUPER GT)

    中嶋一貴、GT500クラスで初優勝 (SUPER GT)

    中嶋一貴は、SUPER GT第2戦「FUJI GT 500km Race」でGT500クラスの初優勝を達成。トムスチームにとっては2010年最終戦以来の勝利となった。

    中嶋一貴の36号車は、前日の予選で中嶋一貴/ジェームス・ロシター共にSUPER GTのGT500クラスでは初、チームにとっても2004年以来となるポールポジションを獲得。

    決勝は、2位の36号車を猛追を受けたが、最後は36号車が逃げ切り、見事ポール・トゥ・ウィンでのトップチェッカー。SUPER GT3年目の中嶋一貴にとってはGT500クラスでの初優勝。ジェームス・ロシターはSUPER GTデビュー2戦目での初優勝を挙げた。トムスチームにとっては2010年最終戦以来の勝利。

    2位には38号車、3位に6号車、4位に39号車が続き、SC430は2010年の第3戦富士大会以来となる、トップ4独占を果たした。

    中嶋一貴 (PETRONAS TOM’S SC430 36号車)
    完璧な週末、完璧なクルマだった。富士に入る前から、好感触で、ここで勝てなかったらどこで勝つ、という気持ちで臨んだ。タイヤのチョイスにも間違いはなく、昨日の予選、朝のフリー走行、決勝前のウォームアップ走行まで、良い流れで来ていたので、決勝は楽な展開になるかと思ったが、なかなか簡単には行かなかった。最後は、やはり怖い存在だと感じていた立川選手が迫ってきたが、逃げ切って優勝出来、ほっとしている。

    ジェームス・ロシター (PETRONAS TOM’S SC430 36号車)
    レースウィーク、チームは本当に良い仕事をしてくれた。自分は日本に、この素晴らしいチームで勝つためにやって来た。それに、個人的にも久しく優勝していなかったので、この勝利はとても嬉しく思っている。自分のスティントでは、ニュータイヤで出たのでとても難しく、GT300クラスのトラフィックが心配だった。レクサス勢のみんなも完璧だったし、一貴と一緒に勝てて良かった。

    KAZUKI NAKAJIMA

  • 中嶋一貴 Q&A (トヨタ・レーシング)

    中嶋一貴 Q&A (トヨタ・レーシング)

    中嶋一貴が、2013年仕様TS030 HYBRIDでの初の公式テストを前に、そして4月14日に迫ったWEC開幕戦シルバーストンへ向けて、今の心境を語った。

    トヨタ・レーシングは2012年シーズンの間にどれだけの進化を遂げたか?
    WECプロジェクトが発表されてから最初に私がケルン(ドイツ:トヨタ・レーシングの本拠地)を訪れたときには、車両はモノコック(車両中心部分)しか出来ていなかった。

    そこから1年に満たない期間でレースに勝利するまでに至ったのは驚くべき進歩だ。しかし、その結果は車両の開発だけで成し遂げられたものではなく、2012年1月の最初のテストから全てのスタッフが一丸となって努力を続け、成長してきたトヨタ・レーシングの偉大なチームスピリットも含まれている。それは、2013年に我々が大きく羽ばたくための基盤となってくれるはずだ。

    個人にとって昨シーズンはどんな1年であったか?
    2012年は私にとって信じられないような一年だった。それまで、私のキャリアを通じての目標は、FIAの世界選手権レースで勝利を挙げることだった。それをトヨタで、富士スピードウェイの母国のファンの前で成し遂げることが出来、本当に感激した。ル・マン24時間レースを戦い、この偉大なレースを経験出来たことも素晴らしかった。特に私にとっては、父の足跡を追うことにもなったからだ。非常に忙しい一年だったが、WEC富士での勝利と、フォーミュラ・ニッポンのチャンピオンになれたことで最終的には誇るべきシーズンだったと思う。めまぐるしい一年だったが、初めての経験だったル・マン24時間レースとWECのシーズンを本当に楽しんだ。非常に高いレベルで、僅差でのレースが繰り広げられており、富士で我々が勝利したときには、6時間のレースを終えて2位との差は僅か11秒だった。LMP1カーのドライブは初めての時から面白い挑戦で、ずっと楽しい時間を過ごすことが出来た。

    関連:トヨタ、2013年型TS030 HYBRIDを発表