カテゴリー: 中嶋一貴

  • トヨタ 豊田章男社長 「一貴のチームメイトを想う気持ちに感動した」

    トヨタ 豊田章男社長 「一貴のチームメイトを想う気持ちに感動した」

    トヨタ自動車の豊田章男社長が、ル・マン24時間レース後の中嶋一貴の涙についてコメントした。

    今年のレースでは大部分でトヨタの7号車がリード。しかし、残り1時間のところで7号車のタイヤが2度もパンクするというトラブルが発生。2分以上のリードを失い、中嶋一貴がドライブする8号車が優勝することになった。

    だが、チェッカー後のパルクフェリペで小林可夢偉と抱き合った中嶋一貴の目には涙が溢れ出した。2016年に残り3分で勝利を失った中嶋一貴には思うところがあったのかもしれない。

    豊田章男社長は「一貴、ゴール後に涙しながらコメントをする君の姿を見ました。チームメイトを想う君の気持ちに感動した。あらいがとう」とコメント。

    「WECのチームは本当に良いチームになってくれたなと思ったよ。可夢偉君には、また悔し想いをさせてしまった。自分のことのように悔しい・・・」

    「一貴、可夢偉、2人の気持ちをしっかり受け止めて、もっと強いチーム、もっといいクルマを目指すことを誓う」

    「セブ、フェルナンド、一貴、マイク、ホセ、可夢偉、6人は本当に素晴らしいチームだったと思う。みんな、2年連続のワンツーフィニッシュをありがとう!」

    関連:中嶋一貴、ル・マン2連覇も複雑な涙 「7号車のレースだった…」

  • 中嶋一貴、ル・マン2連覇も複雑な涙 「7号車のレースだった…」

    中嶋一貴、ル・マン2連覇も複雑な涙 「7号車のレースだった…」

    2年連続でトップでル・マン24時間レースのチェッカーを受けた中嶋一貴だったが、その目には喜びとは異なる複雑な涙が浮かんでいた。

    今年のレースでは大部分でトヨタの7号車がリード。しかし、残り1時間のところで7号車のタイヤが2度もパンクするというトラブルが発生。2分以上のリードを失い、中嶋一貴がドライブする8号車がトップに躍り出た。

    7号車をドライブするホセ・マリア・ロペスは必死で遅れを取り戻そうとするが届かず。トヨタ8号車がル・マン2連覇を達成するとともに、WECワールドチャンピオンに輝いた。

    だが、チェッカー後のパルクフェリペで小林可夢偉と抱き合った中嶋一貴の目には涙が溢れ出した。2016年に残り3分で勝利を失った中嶋一貴には思うところがあったのかもしれない。

    「チャンピオンを獲るために頑張ってきたので、最後まで走り切れたことが何よりだと思いますが、でも、7号車のレースだったと思うので・・・何も言えないです」と中嶋一貴はコメント。

    「いいレースは見せられたのかなと思いますけど、相変わらずル・マンって酷なレースだなと改めて思いました。けど、少しでも24時間長いレース楽しんでいただけたら何よりだと思いますし、来年以降もこうやっていいレースを見せれるように頑張っていくので、また是非応援してもらえたらなと思います」

  • 中嶋一貴 「富士スピードウェイはお気に入りのサーキット」

    中嶋一貴 「富士スピードウェイはお気に入りのサーキット」

    トヨタの中嶋一貴が、富士スピードウェイで開催されるFIA世界耐久選手権(WEC)第4戦 富士6時間レースへの意気込みを語った。

    中嶋一貴は、フェルナンド・アロンソ、セバスチャン・ブエミとともにTS050 HYBRID 8号車を走らせる。

    「日本でレースを戦えるのは本当に嬉しいことですし、特に、富士スピードウェイは私にとってお気に入りのサーキットのひとつです」と中嶋一貴はコメント。

    「富士はチャレンジングなレイアウトで、特に耐久レースにおいては他クラスの車両をかわさなくてはならないため、そこでタイムをロスせずにいられるかが勝利を決めます」

    「私にとってもホームレースですが、それ以上に、トヨタのホームレースということで、いつもファンの皆様から大変な応援を頂きます。これまで、富士では何度も良いレースを戦ってきているので、今年もそれが再現できることを祈っており、願わくは、また表彰台の最上段に立ちたいと思っています」

  • 佐藤琢磨、スーパーフォーミュラ最終戦で中嶋一貴とSF19でデモラン

    佐藤琢磨、スーパーフォーミュラ最終戦で中嶋一貴とSF19でデモラン

    佐藤琢磨が、スーパーフォーミュラ最終戦で来季導入予定の「SF19」デモンストレーションランを中嶋一貴とともに行うことが決定した。

    最終戦JAF鈴鹿グランプリで、昨年日本人として初めて「インディ500マイルレース」を制した佐藤琢磨がホンダエンジン搭載車両、スーパーフォーミュラとWECに参戦しており、今季の「ル・マン24時間レース」を制した中嶋一貴(VANTELIN TEAM TOM’S)がトヨタエンジン搭載車両をドライブすることとなった。

    両メーカー開発車両の「SF19」が揃ってデモンストレーション・ランを行うのは今季初となり、またそのランデブー走行が世界3大レースのうち「インディ500マイルレース」と「ル・マン24時間レース」それぞれの覇者二人が担当する”夢のランデブー”として実現する。

    「SF19」夢のランデブー走行は、最終戦決勝日10月28日(日)のピットウォーク中(9:40~10:30)に行われる予定。

  • 中嶋一貴が『ジャンクSPORTS』に出演 | 7月15日(日)19時~

    中嶋一貴が『ジャンクSPORTS』に出演 | 7月15日(日)19時~

    元F1ドライバーの中嶋一貴が、7月15日(日)放送の『ジャンクSPORTS』に出演する。

    『ジャンクSPORTS』は、MCの浜田雅功と、各界で活躍する一流のアスリートたちとのクロストークが大きな見どころ。今回は、アスリート自らが自身の競技にまつわるクイズを考え、他のアスリートたちに出題する企画“ジャンクQuiz”の第3弾となる。

    中嶋一貴は「F1デビュー戦にて、ピットイン時にやらかしてしまったことは?」を出題。F1ファンには有名な話だ。

    他にもアイザック・ロス(ラグビー)、大村奈央(サーフィン)、金正奎(ラグビー)、斎藤隆(野球)、澤穂希(サッカー)、山﨑浩子(新体操)、山中慎介(ボクシング)が出演。

    澤からは「現役最後の試合“皇后杯決勝”にて、試合前にあることをして監督に驚かれた。そのあることとは?」、山中からは「10度目の防衛後、その栄誉をたたえ高級時計が贈られたが、その際のオマケとは?」など、彼ら自身が考え抜いたユニークなジャンクQuizが次々と出題される。

    また、スタジオに出演したアスリートたちだけではなく、サッカーの稲本潤一や岡野雅行、野球の松井秀喜からもVTRでジャンクQuizが出題される。最も多く正解し、優勝したのは果たして?そして、浜田が選出する最も良い問題を作成した「MVQ」の栄誉を勝ち取るのはどのアスリートなのか?

    ■ジャンクSPORTS
    7月15日(日) 19:00~19:57

    【MC】
    浜田雅功

    【進行】
    宮澤智(フジテレビアナウンサー)

    【ゲスト】
    アイザック・ロス(ラグビー)
    大村奈央(サーフィン)
    金正奎(ラグビー)
    斎藤隆(野球)
    澤穂希(サッカー)
    中嶋一貴(モータースポーツ)
    山﨑浩子(新体操)
    山中慎介(ボクシング)

    【VTR出演】
    稲本潤一(サッカー)
    岡野雅行(サッカー)
    松井秀喜(野球)

  • 中嶋一貴、2年前の雪辱を果たすル・マン制覇 「長かったです」

    中嶋一貴、2年前の雪辱を果たすル・マン制覇 「長かったです」

    中嶋一貴は、トヨタにとっても悲願となるル・マン24時間レースでの勝利を達成。最終ドライバーとしてチェッカーを受けた中嶋一貴は「長かったです」と勝利を噛みしめた。

    2016年のル・マン24時間レース。勝利は目前と思われた残り3分に中嶋一貴の駆るトヨタ5号車は突然パワーを喪失。「ノーパワー、ノーパワー」と叫ぶ一貴の無線に誰もが耳を疑った。

    昨年はマシントラブルで2時間以上の修復作業を余儀なくされ、優勝争いから脱落した。

    そして、今年、最終ドライバーとしてル・マン24時間レースのチェッカーをトップで受けた中嶋一貴は、無線で大騒ぎすることなく、静かに勝利を噛みしめた。

    2012年のトヨタのWEC参戦初年度からドライバーを務める中嶋一貴は「長かったです」とコメント。

    1985年、トヨタのル・マン24時間レースへの最初の挑戦でドライバーを務めていたのは中嶋一貴の父、中嶋悟だった。

    「30年以上、トヨタのこのル・マンの挑戦にたくさんの人が関わってきて、ちょっと長い時間かかりすぎた気もしますけど、最後こうやってたくさんの人の悲願を達成できて本当に良かったと思いますし、レース展開的に7号車と8号車のどっちが勝ってもおかしくない展開だったと思いますけど、お互いにプッシュしながら、すごくいいレースを皆さんにもお見せできたと思うので、本当にチーム全員に感謝したいと思います」

    「去年、一昨年と勝てるレースを落としてきて、去年はトヨタの章男社長から全開でプッシュできるクルマを用意することができなくてごめんという話をさせてしまうような内容をお見せしてしまったんですけど、おかげさまで、今回のレースは最初から最後までプッシュして、何の問題もなく走り切ることができたんで、本当にこのハイブリッドの技術、このプロジェクトが始まって長いこと経ちますけど、本当にいいシステムを作ってくれたすべての人に感謝したいと思います」

    「本当に最初から自分たちとの戦いだと思っていましたし、何が起こるかわからないことは身を持って経験してきているので、本当に最後のチェッカーを受けるまで気を抜くことなく、チーム全員で戦い切れたと思うので、本当にそれが勝因だと思います」

    関連:ル・マン24時間レース 結果:トヨタが悲願の初制覇!8号車が優勝!

  • 【WEC】 小林可夢偉&中嶋一貴、好発進も「重要なのは決勝レース」

    【WEC】 小林可夢偉&中嶋一貴、好発進も「重要なのは決勝レース」

    トヨタからWECに参戦する中嶋一貴と小林可夢偉は、開幕戦 シルバーストン初日のフリー走行でそれぞれトップタイムと2番手タイムを記録。順調なスタートに手応えを感じているものの、あくまで目標はレースでの優勝だと気を引き締める。

    中嶋一貴の操る#8号車は、1分38秒210という初日の最速タイムを記録。現行のWECが初めてシルバーストンで行われた2012年以来のレコードタイム更新した。小林可夢偉の#7号車も僅か0秒23差の2番手につけた。

    トップタイムを記録した中嶋一貴は「順調なレースウィークのスタートが切れましたし、TS050 HYBRIDにも満足しています」とコメント。

    「パワートレーン、シャシー共に明確な改良が図られ、とても力強く感じます。これまでのところ全てが順調で、シーズンの開幕戦としては理想的なスタートが切れています」

    「パフォーマンスについては、正確なところは分かりませんし、まだライバルと比較するのは困難です。しかし、我々はロングラン、ショートラン共に良い状態で、心配はしていません」

    小林可夢偉も「ラップタイムから言えばとても良いスタートが切れたと思います」とコメント。

    「冬の間のオフシーズンテストに頑張ってきた努力が報われ、前年と比べると格段に改良がなされたと実感します」

    「とはいえまだ決勝レースは始まっていないし、目標へ向けてやらなくてはならないことは残っています。今日の時点ではベストに近いパフォーマンスを示せたと思いますし、TS050 HYBRIDのバランスは好感触です。細かい部分ではまだ改良の余地はありますが、とても順調です」

    2台のTS050 HYBRIDは合計146周、861kmを走破。明日土曜日の予選、日曜日の決勝レースに向けて万全の準備を整えた。明日は2014年以来手にしていないポールポジションの獲得に照準を合わせる。

    関連:トヨタ:WEC 第1戦 シルバーストン6時間 公式練習初日レポート

  • 中嶋一貴、3年ぶりにSUPER GTに参戦

    中嶋一貴、3年ぶりにSUPER GTに参戦

    中嶋一貴が、2017年に3年ぶりにSUPER GTに参戦することが発表された。

    トヨタは2日(火)、2017年のモータースポーツ活動計画を発表。中嶋一貴が、LEXUS TEAM au TOM’Sの36号車をドライブすることが発表された。チームメイトはジェームス・ロシターとなる。

    2017年、中嶋一貴は、WEC、スーパーフォーミュラ、SUPER GTと3つのシリーズに参戦する。

    昨年、36号車をドライブしていた伊藤大輔は監督に就任。中嶋一貴がWECに出場する第2戦のみコクピットに戻る。

    中嶋一貴は「今年は3カテゴリー全部やることになりました。3カテゴリー、やり過ぎだと言われないように、ちゃんとそれに見合う結果を残していけるように頑張りたいと思いますので、是非、今年も応援よろしくお願いします」と述べた。

    トヨタ、2017年 SUPER GT 参戦体制を発表
    トヨタ、2017年 SUPER GT 参戦体制を発表

  • 中嶋一貴、日本のレース界について語る

    中嶋一貴、日本のレース界について語る

    中嶋一貴が、Mobil 1 The Grid の特集記事で Radio Le Mans のジョン・へインドハーフの質問に答える形で日本のモータースポーツ界について語った。

    ヨーロッパのシングルシータードライバーにとって、トップへの道はかなり安定している。カート、メーカーがサポートするF3などのフォーミュラカー、そして、“国際的”なジュニアシリーズを経て、F1のスターダムへと上り詰める。

    だが、長年、日本のモータースポーツ界はある意味で“ガラパゴス化”している。世界のトップまで上り詰めたドライバーもいるが、多くは日本に留まっている。

    SUPER GTの国際テレビ解説を担当していたジョン・へインドハーフは、日本の“シーン”について、WEC富士で中嶋一貴に質問をした。

    「10歳か11歳のときにカートを始めて、12歳くらいでレースを始めました。僕たちには“全日本”選手権があり、その下にいくつか地方シリーズがあります。カートにはたくさんのキッズや若手が参戦しています」と中嶋一貴は日本におけるキャリアのスタートについて説明した。

    中嶋一貴は、父親である中嶋悟の“親の七光り”の評判を嫌い、ホンダ系ドライバーであった父親とは違い、トヨタが運営するフォーミュラ・トヨタを選んだ。

    だが、中嶋一貴は、多くの選択肢があったと当時を振り返る。

    「FJシリーズがありました。今はウィングがありますが、フォーミュラ・フォードにちょっと似ています。僕はフォーミュラ・トヨタ(1600cc)で走りました。ヨーロッパでいうとちょっとフォーミュラ・ルノーに似ていますね。それにホンダが運営するF3もありましたし、異なる自動車メーカーが運営するジュニア・フォーミュラシリーズがいくつかありました」

    日本のシステムは個々にブランドシリーズを運営するに頼っていたが、ジュニアフォーミュラの乱立は、最高の才能が他と張り合うことを難しくしていた。

    「彼ら(ホンダ、日産、トヨタ)は、同じエンジン、同じクルマでフォーミュラ・チャレンジ・ジャパンをスタートしました。異なる自動車メーカーのシリーズの若いドライバーが戦えるシリーズでした」

    ジョン・へインドハーフは、日本で受けられる自動車メーカーのサポートは、欧州のドライバーがキャリア初期に受けるものとは大きく異なるのではないかと問いかけ、ルノーやメルセデス、レッドブルなどのドライバー育成プログラムがあると指摘した。

    「ある意味、ヨーローパと似てはいます。ですが、ヨーロッパ全体と比較すれば日本ではドライバーは少ないので、自動車メーカーにとっては、全てのドライバーが集まる一つのシリーズに資金を投入した方が良かったんです」

    中嶋一貴の才能はトヨタによって開花し、それ以降、彼はトヨタでレースをしている。それは中嶋一貴のキャリアにとって大きな後押しとなった。

    「非常に重要でした。ヨーロッパと同じように、日本できちんとレースをするにはかなり大きな予算が必要です。家族には用意できない予算です。僕たちには自動車メーカーの援助が必要なのです・・・それが僕がスタートした方法でした。僕のキャリアにかなり大きな影響がありました。ドライバー育成プログラムがなければ、ヨーロッパに行くことはできなかったと思いますし、F1に到達することもできなかったと思います。WECでレースをする今でさえ、ドライバープログラムがなければ実現していたとは思いません」

    だが、最近は状況は変わってきていると中嶋一貴は語る。

    「カートの後、若いドライバーはFIA F4に進みます。基本的にフォーミュラ・チャレンジに代わるシリーズであり、今は30台以上が参戦しています。ドライバーにとって良いシリーズになっていると思います」

    確かにFIA F4は、非常に傑出したプラットフォームであり、若手ドライバーの助けになっている。

    「レースはSUPER GTと一緒に開催されるので、多くの観客、多くのメーカー代表、ビッグチームの多くの人々がそこにいます。認知度としてはヨーロッパでのGP3のような感じです」

    最近のシステムのもうひとつの変更点は、日本の若い才能が15〜16歳でF4カーに乗れるようになったことだ。中嶋一貴の時代にはその選択肢はなかった。

    「僕は18歳でした。自動車免許を取得しないとフォーミュラカーを走らせることができないという問題がありました。ある意味、それは僕にとって不利でしたが、自分のキャリアには満足しています。各ドライバーには成長する上で異なる道があると思います。あの時にフォーミュラ・トヨタをスタートしたことは僕にとって正しいことでした。レースを開始するのに十分に成熟していましたからね。あまりに早くにスタートして、準備ができていないドライバーは、キャリアを壊しかねません」

    中嶋一貴がフォーミュラカーを走らせられるようになった年齢で、マックス・フェルスタッペンはすでにF1で初勝利を挙げている。

    「もちろん、彼には感動しました・・・F1以前の彼のレースのことはあまりわかりませんが・・・聞いたり、読んだりした感じでは、彼はとても優れていたようですね」

    「今のF1カーは、昔の大きなパワーと大きなダウンフォースがあったF1カーとは違います。タイヤから大きなグリップがありましたよね。今はパワーはありますが、クルマは常にスライドしています。クルマを限界で走らせなければなりません。今のクルマのドライビングスタイルは、F3やGP2から来る若いドライバーにとってより容易だと思います」

    話は日本のサーキットへと進んでいった。いくつか小さなサーキットはあるが、基本的に大多数のレースは5つのトラックで行われている。

    「日本では鈴鹿と富士が二大トラックです。そして、ヨーロッパではインディカーやWTCCで知られているもてぎがあります。他にそれなり大きなトラックが3つあります。元F1トラックの岡山(TI英田)、オートポリスも素晴らしいトラックです。北にはSUGOもあります。小さいですがとてもチャレンジングです。ヨーロッパ型のトラックです」

    日本国内のレースの質、特に自動車メーカーのサポートを受けられないドライバーについて質問された中嶋一貴は、関口雄飛の名前を挙げた。

    「サポートなしでも良いキャリアを築いているドライバーもいます。関口雄飛が良い例です。ルーキーとしてスーパーフォーミュラ選手権をリードしています」

    関口雄飛は、SUPER GT第7戦タイでWedsSportで素晴らしい走りを見せてGT500クラスで初優勝。彼は2006年のフォーミュラ・トヨタでチャンピオンを獲得しており、2013年には全日本F3を制している。

    「彼はトヨタのプログラムの一員ですが、外されてしまいました。それでも彼はレースをするための十分な予算を集めるために自力でスポンサーを見つけて、レースを続ける道を見つけました。彼は日産のプログラムにも関与していましたが、そのあと自ら抜けています」

    「彼は厳しいキャリアを過ごしましたが、今はSUPER GTのGT500とスーパーフォーミュラでレースをしていますし、今年2つのレースで優勝しています。レアなケースですが、自動車メーカーなしでキャリアを築く方法はあります」

    海外とは大きく異なる日本のシーンで、今の若手ドライバーの目標がどこにあるかという質問に中嶋一貴は以下のように答えた。

    「僕が若かったときはF1でした。大部分の若いドライバーの目標はF1でした。トヨタやホンダのような自動車メーカーがF1で戦っていました。僕が子供の頃、そして、それ以前はとても大きなものでした・・・とても人気がありました。特に40〜50代くらいのみんながF1が好きでした。ですので、僕の年齢の彼らの子供の目標はF1ドライバーになることでした。日本人ドライバーもいましたね。僕の父に始まり、鈴木亜久里、片山右京、そして、佐藤琢磨。僕たちは彼らを見ていましたし、F1を目標にすることは僕たちにとって普通のことでした」

    現在では、F1は有料放送となり、必然的に財政面も変化している。それによって、日本のドライバーの焦点はより国内に向いているとジョン・へインドハーフは考えている。

    「今は少し異なります。日本ではF1レースを観るのは簡単ではありません。地上波で見れないからです。情報や報道が少なくなっています。僕たちはF1に行くには大きな予算が必要なことを分っています。今の若手ドライバーの多くはSUPER GTやスーパーフォーミュラを目標にしていますし、その方が現実的です。悲しい時代ですね」

    だが、中嶋一貴は、ドライバーにとって将来は明るい兆しを見せていると語る。

    「今はホンダがF1プロジェクトを再開し、僕たち(Toyota Gazoo Racing)はFIA世界耐久選手権に参戦しています若手ドライバーにとって良い兆候ですね。彼らはワールドクラスのレースを目指すことができます。彼らが十分に優れていれば、育成プログラムに所属して、それらのシリーズを目標にすることができます」

    過去にはビッグネームが日本のシリーズに参戦することがあった。昔は財政的にも潤っていた。1993年にフォーミュラ・ニッポンからF1へ移ったエディ・アーバインは、実際に給料が減ったとの噂がある。

    日本国内のレースに留まっているドライバーは、それで生計を立てることができるかと質問された中嶋一貴は「“YES!”と言わなければなりません・・・もちろん、以前ほど良くはないですけどね。20〜30年前とは比較になりません。ですが、それでも贅沢に暮らすことができます」と述べた。

    「ちょっとDTMに似ていますね。自動車メーカーといることが必要ですし、SUPER GTでレースをする人はそれがメインの給料です。スーパーフォーミュラは名誉や誇りの部分が大きいです。僕たちにとって・・・お金ではありません。ですが、競技レベルはとても高いです。今年はGP2を支配したストフェル(バンドーン)が参戦しましたが、僕たちのレースを支配することはできませんでした。レースのレベルはそれくらい高いです。再びヨーロッパの若いドライバーの関心も見られています」

    海外から見て、日本のレースで際立っているのは日本のファンだ。

    「それが日本の刺激的な部分です。外国のドライバーが日本にレースに来るたびに彼らはそれに驚いています。ほぼ全てのレースで彼らは非常に忠実なファンです。特定のメーカーやドライバーのファンがいます。日本のファン層はとても大きいです」

    中嶋一貴は、サポートの重要性を確信している。

    「ファンなしでは…レースはできないです。僕たちにとってファン層はとても重要ですし、僕たちはそれを拡大するために多くの努力をしています。今週末(富士)、(他の会場のように)1回ではなく、2回のサインセッションをしたのはそれが理由です。WECのファン層をさらに大きくするために一生懸命に働かなければなりません。でしが、成長していますし、それはポジティブな兆候です」

  • 中嶋一貴が語る、小林可夢偉との“ライバル関係”と“友情”

    中嶋一貴が語る、小林可夢偉との“ライバル関係”と“友情”

    中嶋一貴が、トヨタでチームメイトとしてWECを共に戦う小林可夢偉について Mobil 1 The Grid に語った。

    フォーミュラトヨタレーシングスクール出身の中嶋一貴と小林可夢偉は、2003年にフォーミュラ・トヨタで対決。中嶋一貴が優勝、小林可夢偉が2位でシーズンを終えた。

    「可夢偉と僕はずっと一緒にレースをしてきました。僕たちは2003年に一緒になり、その後、僕たちのキャリアは別々の道を歩むことになりました」と中嶋一貴は語る。

    「関係はとてもオープンですし、とてもフランクです。ある種ライバルのようなものですが、同時に仲間のようでもありますね」

    二人はその後、モータースポーツの最高峰であるF1に参戦。中嶋一貴はウィリアムズ、小林可夢偉はトヨタのドライバーとして、2009年に戦っている。

    「2006年、僕は彼と一緒にユーロF3に参戦しました。F1で僕たちは2回しかレースをしていませんが、実際、僕たちはお互いに接触するような接戦を演じました」

    その後、中嶋一貴は2012年にトヨタのWECドライバーとなり、今年、小林可夢偉がチームメイトとして加入した。

    「そして、再び今、僕たちはチームメイトとして一緒にレースをしています。かなり長い歴史がありますね」

    「去年までは日本人ドライバーは僕だけでしたが、今年は僕たち二人の日本人がクルマに乗っているのは嬉しいことです」

    「もちろん、可夢偉という名前はかなり大きいです。日本には多くのF1ファンがいますが、このシリーズについて知っている人はあまり多くないと思うので、新しいファンをもたらしてくれると思います」

    「WECを特別なものにしているのはル・マン24時間レースですね。何年にもわたって大きなレースでした。2012年に初めて参戦したときにはとても感動しましたし、ル・マンは何かが違うと思いました。ル・マンで走るのは夢のようなことですし、このストリックなシリーズをさらにスペシャルなものにしていると思います」