カテゴリー: マクラーレンF1チーム

  • フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダとの契約は3年契約

    フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダとの契約は3年契約

    ロン・デニスは、フェルナンド・アロンソとマクラーレン・ホンダとの契約が3年契約であることを明かし、アロンソが新契約に”離脱条項”を入れたとの報道を否定した。

    フェルナンド・アロンソは、2015年のマシンが一定の水準に達しなかった場合、もしくはメルセデスのシートに空きが出た場合、2015年末でマクラーレンから離脱することを希望する可能性があると言われてきた。

    しかし、マクラーレンのCEOを務めるロン・デニスはは、フェルナンド・アロンソと明確な”3年契約”を交わしたと El Mundo Deportivo に語った。
    「離脱条項やその他のここ数日メディアででっち上げられたていたようなことはない」とロン・デニスは述べた。

    しかし、マクラーレンとフェルナンド・アロンソが、もう一人のドライバーだったルイス・ハミルトンとの関係や“スパイゲート”スキャンダルの中で2007年に決裂したのは有名な話だ。

    元ワールドチャンピオンのジャック・ヴィルヌーヴは、さらなるトラブルが現れるかもしれないと予測する。

    ジャック・ヴィルヌーヴは「うまく行けばファンタスティックだろう。だが、もしうまく行かなければ、6カ月後に再び混乱が始まる」と La Gazzetta dello Sport に述べた。

    ジャック・ヴィルヌーヴは、それが単純にフェルナンド・アロンソのパーソナリティに起因すると主張したが、アロンソの友人であるロバート・クビサの見解は違う。

    ロバート・クビサは「僕はアロンソの友人で、彼が不機嫌になりがちなヤツだとは思わない」とコメント。

    「フェラーリで過ごした年月で、彼は自分で設定した目標に向かって全力を尽くしたはずだ。これか新たな素晴らしい挑戦が始まる。マクラーレンが返り咲くことを実現すれば、彼のキャリアの中でも一番美しい成果になるだろう」

    フェルナンド・アロンソ本人もマクラーレンを1年のみのプロジェクトとみなしてはいないと主張し、マクラーレン・ホンダが目標を達成するまでには長くかかるかもしれないと認めている。

    「最初のシーズンは学んでいくことになるだろう。過去2〜3年はスーパーコンペティティブなマクラーレンを見ていない」とフェルナンド・アロンソは EFE通信 に語った。

    「良い冬を過ごして、コンペティティブになっていけば満足だ。物事を学び、表彰台に上り、いくつかのレースで勝てるといいね」

  • マクラーレン、ケビン・マグヌッセンに2016年のホンダ系シートを用意?

    マクラーレン、ケビン・マグヌッセンに2016年のホンダ系シートを用意?

    マクラーレンのロン・デニスは、ケビン・マグヌッセンが将来F1を再開した際には、フェルナンド・アロンソやミカ・ハッキネンのようなワールドチャンピオンになれると述べた。

    マクラーレンは、2015年のレースドライバーにジェンソン・バトンとフェルナンド・アロンソを選択。ケビン・マグヌッセンは1年間ベンチでテスト兼リザーブドライバーを務めることになった。

    ジェンソン・バトンとフェルナンド・アロンソはいずれも複数年契約だが、ロン・デニスはケビン・マグヌッセンはいずれ戻ると主張。その先には大きな未来が待っていると述べた。

    「彼のキャリアは小休止する。ポーズボタンを押さなければならなかった」とロン・デニスは述べた。

    「だが、彼はこの2人(アロンソとバトン)と同じく素晴らしいドライバーだ」

    「なぜ我々がジェンソンを選んだのかを説明するのは大きな痛みの伴うチャレンジだった。私は、そのとき彼がフェルナンドやミカ・ハッキネンと共通するものを持っているという私の信念を伝えた」

    「1年テストドライバーをしたからといって、F1にいる機会が奪われるわけではない。フェルナンドはミナルディでデビューし、ルノーのレースドライバーになるまでの1年間、テストドライバーを務めた。ミカはロータスで2年過ごしてからここへ来て、レースに出る前の1年はテストを担当していた。もちろん、2人ともその後ワールドチャンピオンになっている」

    レーシングディレクターを務めるエリック・ブーリエは、ケビン・マグヌッセンが2016年に別のホンダのエンジンを搭載するF1チームでシートを見つける可能性があるとほのめかした。

    「あり得る。可能性はあるが、まだ話はしていない。もちろん、ケビンのことは100%サポートする。彼は誰よりも2016年のF1にいる可能性が高い」

    ケビン・マグヌッセンは、2015年にレースができないと知って落胆したというが、それでもマクラーレンチームの一員でいられて嬉しいと述べた。

    「もちろんレースができないことは残念だ。僕はレーシングドライバーだし、レースがしたい。それにはもちろんガッカリしてる。でも、今もまだ素晴らしいチームにいるし、僕のF1キャリアには大きな可能性が残されている。僕は若いし、これからたくさんの時間があるのでポジティブに捉えている」

  • フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダ復帰に「まずは表彰台」

    フェルナンド・アロンソ、マクラーレン・ホンダ復帰に「まずは表彰台」

    フェルナンド・アロンソは、マクラーレン・ホンダは2015年のチャンスについては現実的に考えるべきだとし、妥当な目標は表彰台獲得だと述べた。

    フェラーリで5年間を無冠のまま過ごしたフェルナンド・アロンソは、3度目のタイトル獲得を目指してマクラーレンに復帰した。しかし、新しいエンジンサプライヤーのホンダと過ごす最初のシーズンの厳しさについて幻想は抱いていないと述べた。

    「僕たちがワールドチャンピオンシップに勝てないとは決して言わない。そんなの誰にもわからないね」とフェルナンド・アロンソはコメント。

    「でも、現実的にならなければならない。今年のマクラーレンはシャシーサイドの不足が重要だったようだし、パワーユニットはこれから本格的に経験しなければならない。最初のレースから全てがうまくいってくれればいいけど、それはわからないことだ。2014年のクルマは、今のF1の複雑さを示している」

    「でも、いずれわかる。まずまずといえるレベルの競争力があれば、表彰台を争うことになるだろう。もし、2015年にレースに勝てたら嬉しい。それは僕たちの未来にとって良い兆候になからね。展開を見守りたい」

    「良い冬を過ごして、ほんの少しの運があれば・・・今年もメルセデスが巨大なアドバンテージを持ち、(ダニエル)リカルドが終盤までタイトルを争うなんて思わなかったはずだ。僕たちはコンペティティブな良いポジションにいると思う。後はジェンソンと僕がどう組み立てていくかだ」

    フェルナンド・アロンソのマクラーレン復帰は7年ぶりとなる。以前はロン・デニスと対立し、わだかまりを残してチームを去った。

    フェルナド・アロンソは、マクラーレン復帰に対してモチベーションを強化したのは、物事を正したいという思いだったという。

    「もう何年も、僕がまだやり残していると感じるのは1つだけだった。自分のしたこと全てに満足していたんだ。2007年を除いてね。何も達成できなかったし、自分のベストを示して結果を残すこともできなかった。だから、あれから7年たって前より大人になり、25歳のときはできなかったことをいろいろと学び理解できるようになった。これでやっと、2007年に始めたこの仕事を完成させられる。それが復帰を決めた一番の理由だ」

    「ロンと僕は1年にわたってすごくたくさん話をした。夕食を共にしたし、ホテルの部屋でも一緒だったと言いたい。なんか響きが良くないね!」

    「僕たちはお互いに2人とも非常にコンペティティブだということを理解している。そして、モーターレーシングを愛している。それが強すぎるあまり、時に意見が合わなかった。でも、言ったように25歳のときとは考え方が違う」

  • ロン・デニス、マクラーレンの株式を買戻し

    ロン・デニス、マクラーレンの株式を買戻し

    ロン・デニスは、バーレーンの政府系ファンドとマンスール・オジェが保有する株式を買い戻すことでマクラーレンの主要株主になろうとしている。

    現在、マクラーレンの株式は、バーレーンの『Mumtalakat(マムタラカト)』が50%の株式を保有し、残りはロン・デニスと『TAG』のトップであるマンスール・オジェがそれぞれ25%ずつ持っている。

    所有権の変更に関する詳細は明かされていないが、マクラーレンは今年8月に、株主である3者が株式譲渡契約書(SPAs)にサインしたことを認めている。

    マクラーレンのスポークスマンは「この株式譲渡契約書が遂行されれば、マムタラカトとTAGの保有率が減少し、ロン・デニスに渡ることになります」と Reuters に明かした。

    「最終的な株式譲渡契約書の履行は来年になる見込みです。譲渡の目的はマクラーレングループの将来の成長を促進し、強化することです」

  • マクラーレン・ホンダ MP4-30、クラッシュテストに合格

    マクラーレン・ホンダ MP4-30、クラッシュテストに合格

    マクラーレンは、2015年F1マシン「MP4-30」がFIAのクラッシュテストに合格したことを発表。2015年F1マシンがクラッシュテストを通過した最初のF1チームになった。

    2015年からマクラーレンはホンダと再びタッグを組む。新生マクラーレン・ホンダの初マシンとなるMP4-30の発表日についてはまだ明らかにしていない。へレスでのプレシーズンテストは来年2月1日から始まる。

    マクラーレンが早々に新型マシンをクラッシュテストに合格させたことは、MP4-29をプレシーズンテスト開始の1週間前にやっと同テストに合格した2014年とは対照的だ。

    近年のF1規約は、開幕戦までにクラッシュテストに合格するのでなく、F1マシンがトラックで走行する前に合格するよう厳格化されている。

    マクラーレン・ホンダは11日(木)、ジェンソン・バトンの契約延長とフェルナンド・アロンソの復帰を発表し、2015年ドライバーラインナップを最終決定している。

  • マクラーレン・ホンダ、リカバリープランに着手

    マクラーレン・ホンダ、リカバリープランに着手

    マクラーレンのレースディレクターを務めるエリック・ブーリエは、ポストシーズンテストで苦しんだ新しいホンダエンジンの問題を解決するためのリパバリープランに着手したと述べた。

    マクラーレン・ホンダは、先月アブダビで開催された最終テストでホンダのエンジンを搭載した開発車両「MP4-29H」を走らせたが、電気系のトラブルが多発し、2日間で3周するのがやっとだった。

    エリック・ブーリエはテスト後、マシンは“完全な調査”のためにウォーキングに戻されるとし、また別の“フィルミングデー”を使用する可能性を除外しなかった。

    エリック・ブーリエは、11日(木)に開催されたドライバー体制発表会の場で、電気系トラブルを解決するための作業が進行中だと述べた。

    「彼らは一週間懸命に作業し、全てを解明した。リカバリープランは適切に行われている」とエリック・ブーリエは述べた

    「それは1つだけの問題ではない。ハードウェアの問題が間違ったソフトウェアコードを作った。ソフトウェアの問題を解決するためにまずはハードウェアの何が間違っているかを解明しなければならなかった」

    「その一部はすでに修復されており、今は確認のためのさらなるテストがダイナモで行われている」」

  • ジェンソン・バトン、7億円の減俸でマクラーレンと契約更改

    ジェンソン・バトン、7億円の減俸でマクラーレンと契約更改

    ジェンソン・バトンは、2015年にマクラーレン・ホンダで走るために約600万ドル(約7億円)以上の減俸を受け入れたと報じられている。

    マクラーレンのドライバー決定は長引き、ジェンソン・バトンが契約にサインしたのは、発表会前日となる10日(水)の夜だった。新たな契約の期間は2年とされている。

    だが、ジェンソン・バトンは、新契約で600万ドル以上の減俸に同意しなければならなかったという。フェルナンド・アロンソの契約は5000万ドル(約59億3800万円)、ジェンソン・バトンの契約は1200万ドル(14億2500万円)だと推定されている。

    「彼(デニス)は、僕にオプションを提示した。僕はただイエスと言っただけさ」とジェンソン・バトンは述べた。

    ロン・デニスも、ジェンソン・バトンとの交渉で妨げとなっていたものに対する“解決策”に同意したあとは、残りの契約を巻くのは“非常に簡単だった”と認めた。

  • ロン・デニス 「バトンかマグヌッセンかは苦渋の決断だった」

    ロン・デニス 「バトンかマグヌッセンかは苦渋の決断だった」

    ロン・デニスは、フェルナンド・アロンソのチームメイトにジェンソン・バトンとケビン・マグヌッセンのどちらか一人を選択するのは痛みをともなう決断だったと述べた。

    マクラーレンは、2015年にフェルナンド・アロンソとジェンソン・バトンをレースドライバーに起用することを発表。ロン・デニスは、二人を“F1最強のラインナップ”と称した。

    2014年にマクラーレンのレースドライバーを務めたケビン・マグヌッセンは、2015年をリザーブ兼テストドライバーとしてチームに残る。

    報道によると、ロン・デニスは、ケビン・マグヌッセンを支持していたが、株主のマンスール・オジェを含めたマクラーレンの取締役会の投票によって最終的にジェンソン・バトンに決定したという。

    だが、ケビン・マグヌッセンは、自身Twitterにターミネーターの写真を投稿。あえて、“I’ll be back.”のセリフは書かず、#NeverGiveUpOnTheDreamというハッシュタグを添えた。

    「でも、僕はまだ素晴らしいチームとともにいるし、まだF1で大きなチャンスがある」とケビン・マグヌッセンはウォーキングで開催された体制発表会で述べた。

    「まだ十分時間はある。だからとてもポジティブに考えている」

    「この新たなパートナーシップの一員になることにわくわくしている。サードドライバーでも大きなチャレンジだし、大きなチャンスがある。一歩後退したとしても、たくさんのチャンスがあると思っている」

    ロン・デニスは、ケビン・マグヌッセンを選択しなかったことはタフだったと認めつつ、「ドライバーたちにとっては苦痛だっただろうが、判断が間違っていたとわかったときに私が感じる苦痛に比べれば、彼らの痛みは何でもないものだ」と述べた。

    また、ロン・デニスは、決定が遅れたのは、2015年にサードカーの出走を求められた場合に備えてのことだと主張した。2015年のグリッドが16台を下回った場合、契約上、マクラーレン、レッドブルとフェラーリは要求に従ってサードカーを走らせる必要が出てくる。

    ロン・デニスは、ケータハムとマルシャが破産申請を行い、最終戦が18台で行われたことを受けて、ドライバーを決定する前にサードカーは必要ないという保証が得たかったのだと述べた。

    「もう一つのファクターはアブダビ後の火曜日に開かれたF1委員会だった。そのアジェンダには意思決定プロセスに重要な関連を持つものがいくつかあった。1つはサードカーの有無、もう一つは一部のチームの経済的な安定に関係していた」

    「広く知られていているように、グリッドが16台より少なくなれば、契約上3台目を走らせなければならないチームが3つある。その可能性について私は考えていた。F1委員会は、来年の世界選手権に参加するかどうかを彼らがチームに尋ねるの適した環境だった。何台がグリッドに並ぶのか、そしてサードカーが必要かどうかがそこで定まることになっていた」

    「来年のグリッドに着くために、今も2チームが大きな課題を抱えている。私は彼らに手を貸したいと思っている。サードカーはF1にとって良くないと考えている。しかし、我々には契約がある以上、サードカーが必要になるのであればベストなドライバーたちを選びたい。故に、決定が少し影響され、タイミングも一部に影響を及ぼした」

  • フェルナンド・アロンソ 「2007年はF1キャリアで唯一の後悔」

    フェルナンド・アロンソ 「2007年はF1キャリアで唯一の後悔」

    フェルナンド・アロンソは、2007年にやり残した仕事を成し遂げるためにマクラーレンに戻ったと述べた。

    2015年、フェルナンド・アロンソは7年前に遺恨を残して去ったマクラーレンに復帰する。フェルナンド・アロンソは、2007年の失望も2015年に復帰しようと考えた理由の一部だと述べた。

    「2007年は最高の感覚ではなかった」とフェルナンド・アロンソはコメント。

    「でも、その年以来ずっと、僕の中にはF1でやらなければならないひとつのことだけが残った」

    「2007年を除けば、僕がしてきたことの全てに満足している。自分のベストを達成できなかったし、届けられなかった」

    「数年経った今は、より成熟し、物事を学び、25歳のときにはわからなかったことを理解している」

    「今、僕は2007年にスタートした仕事を終えるために到着した。それは復帰するにあたって一番のプライオリティだった」

    フェルナンド・アロンソは、ロン・デニスとマクラーレンとの新たな関係が成功するという確信がなければ、フェラーリを出ることはなかったと述べた。

    「ロンが説明してくれた通り、自分に正直になることが必要だ」とフェルナンド・アロンソは述べた。

    「自分に正直で、過去を振り返って学んでさえいれば、未来のことを考えて、ハッピーな気分でコンペティティブになれる。それがこのパートナーシップに対して僕たちが望んでいることだ。それから、もう2007年ではないということも重要だ」

    「ここはマクラーレン・ホンダだ。僕の見解では完全な別物だ。ジェンソン(バトン)はルイス(ハミルトン)ではないし、僕に言わせればそれはまったく違うものだ」

    「僕だって2007年と同じではない。最高の雰囲気にいることを望むのであれば、僕にはフェラーリとあと2年契約が残っていた。でも、今ここで2015年のマクラーレン・ホンダのチャレンジに備えて座っているということは、そこに何の問題も感じていないからだ。これはすごいプロジェクトだと考えている」

    関連:マクラーレン・ホンダ、2015年のF1ドライバーラインナップを発表

  • ロン・デニス、フェルナンド・アロンソとの過去の遺恨を水に流す

    ロン・デニス、フェルナンド・アロンソとの過去の遺恨を水に流す

    マクラーレンの代表ロン・デニスは、フェルナンド・アロンソとの過去の遺恨を水に流し、2015年のマクラーレン・ホンダで再タッグを組むと誓った。

    フェルナンド・アロンソは、2007年にロン・デニスとの対立によって、遺恨を残したままマクラーレンを去った。

    だが、歳月は流れ、3度目のタイトル獲得という願いを胸に、フェルナンド・アロンソは2015年にマクラーレンに戻ることになった。

    ロン・デニスとフェルナンド・アロンソは、昨年、新たな契約について徹底的に話し合うため、閉じられたドアの向こうで何度も会っていたという。初めのうちはぎこちなかったとロン・デニスは認めたが、2007年の失敗を繰り返すことは決してないと断言した。

    ロン・デニスは話し合いの初めの頃は「堂々巡りや多少の不快感があったのは事実だ」と述べた。

    「今日、我々の友好が再構築されたことをいくら感情で表現しても、皆さんは怪しみ、本当は何の実体もないものだと思うことだろう。だが、我々は未来に集中しており、ともに成功しなければならない。お互いに自分たちの組織に必要な成分は喜びだということで同意している。その反対は全てがらくただ」

    「ハピネスとは、打ち鳴らすものではなく、精神状態を意味する。人はハッピーなときに優れた実力を発揮できる。だから、我々はレーダーを張り、関係がエスカレートするようなものは全て回避する」

    「メディアはこぞってチームのわずかなほころびを探すだろう。特にフェルナンドと私のね。彼らはすぐそれにくさびを打ち込もうとするだろうが、あいにく時間の無駄だ」

    ロン・デニスは、自分が人として円熟したと述べ、楽な関係を築くのと同時に今回は2人のドライバーをあまり対立させないようにしたいと述べた。

    「私は自分に非常に厳しく、そうした攻撃性が人生でバランスの取れたアプローチをするための促進剤となってきた。この2年で私はずいぶん円熟し、包括的になった。それは継続という企業のチャレンジに対処するのに良い戦略だ」

    「だが、あの当時を振り返り、ルイス・ハミルトンという若者と我々との間にあった作用を考えれば、思うところもある。彼は選ばれたものだと認識されるのと同時に、未熟な部分も持っていた。今思えば、最初に手を出したのは誰かといえば、プロセスの始まりにはルイスも関わっていた。そしてそれがエスカレートしてしまった」

    「私は、かつてアラン(プロスト)とアイルトン(セナ)でも経験しているような、ドライバー間のそのような挑発を静めることができていた。しかし、あのときは手に負えなくなってしまった」

    「そこでの自分の役割についてはフェルナンドとまったく同じ思いだ。人生で犯した間違いを後悔している。起こってしまったことは変えられない。もっとうまく対処できたはずだった」

    「現実では、間違いを振り返り、自分に正直になり、それらを受け入れて繰り返さないよう気をつけるしかない。そして今度は逆のことをするよう心がけるのだ。フェルナンドと私の間に不安は一切ない」

    関連:マクラーレン・ホンダ、2015年のF1ドライバーラインナップを発表