カテゴリー: マクラーレンF1チーム

  • マクラーレン、2026年F1マシンを2月9日に公開

    マクラーレン、2026年F1マシンを2月9日に公開

    マクラーレンは、2026年シーズンの新車発表日を正式に確定させた。昨シーズン、ドライバーズおよびコンストラクターズ両タイトルを制したチームとしては意外なことに、11チーム中で最後の発表となった。

    ウォーキングを拠点とするマクラーレンは、2026年型マシンを2月9日にバーレーン・インターナショナル・サーキットで公開する。これは、バーレーンで行われる2回の3日間テストのうち、最初のテストを前にしたタイミングとなる。

    マクラーレンは、2026年のF1世界選手権からマスターカードをタイトルスポンサーに迎え、マクラーレン・マスターカードF1チーム(McLaren Mastercard F1 Team)として参戦する。

    マクラーレン 2026年のF1世界選手権 フォーミュラ1カー

    マクラーレンは、2024年と2025年に連続してコンストラクターズタイトルを獲得し、2年連続王者として新シーズンに臨む。もっとも、その2つのタイトルは、内容としては大きく異なるものだった。

    2024年は、フェラーリをわずか14ポイント差で抑え込む接戦の末に王座を手にした。一方、2025年は状況が一変し、ライバル勢を圧倒。メルセデスが「ベスト・オブ・ザ・レスト」となったものの、その差は実に364ポイントにも及んだ。

    さらにマクラーレンは、2008年にルイス・ハミルトンが達成して以来となるドライバーズタイトルも獲得した。2025年シーズンは最終局面までもつれ込む激闘となり、ランド・ノリスがレッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペンをわずか2ポイント差で退け、チャンピオンに輝いた。

    ノリスのチームメイトであり、長期間にわたって選手権首位を走っていたオスカー・ピアストリは、最終的にノリスから13ポイント差のランキング2位でシーズンを終えている。

  • ピアストリがフェルスタッペンを称賛「F1で成功に必要なのは称号じゃない」

    ピアストリがフェルスタッペンを称賛「F1で成功に必要なのは称号じゃない」

    オスカー・ピアストリ(マクラーレン)は、ジュニアカテゴリーでの成功実績がF1での成功を保証するものではないと強調し、その象徴的な例としてマックス・フェルスタッペン(レッドブル・レーシング)を挙げた。

    オスカー・ピアストリは、F3とF2を連続制覇するなど、比較的王道といえるステップアップを経てF1に到達した。一方でマックス・フェルスタッペンは、カートからシングルシーターに進んだ後、わずか1年でF1へと昇格している。

    ピアストリは、フェルスタッペンがF1昇格前に数多くのタイトルを獲得していなかった点に触れつつ、それでもF1で成功する準備が整っていたことを指摘した。

    「マックスは、F1にふさわしい能力を示すために、必ずしもチャンピオンになる必要がなかった完璧な例だと思う」とピアストリは語った。

    フェルスタッペンはヨーロッパF3選手権で唯一フル参戦したシーズンをランキング3位で終え、タイトルは現在F1で戦うライバルのエステバン・オコンが獲得している。それでも、その後のF1キャリアで圧倒的な成功を収めたことは周知の通りだ。

    F1タイトル争いとジュニア時代の違い
    ピアストリは、F1でのタイトル争いとジュニア時代の選手権争いには共通点がある一方で、大きな違いもあると説明している。

    「似ている部分はあると思う。感じる感情自体は、ほとんど同じだ」とピアストリは、RacingNews365を含むメディアに語った。

    続けて、シーズンの長さがもたらす違いについて言及した。

    「F1で違うのはシーズンの長さだ。ジュニアで一番長かった選手権でも10戦だった。F1はその2倍半もある。その期間を戦い抜く必要がある」とピアストリは述べた。

    さらに自身のF2時代を振り返りながら、次のように補足している。

    「僕のF2シーズンは8戦だった。だから、その点はかなり違うと思う」とピアストリは続けた。

    そのうえで、ジュニアカテゴリーとF1の価値観の違いについて、こうまとめている。

    「ジュニアでは、もちろんチャンピオンを狙うけれど、それ以上に“なぜ自分がF1に行くべきか”を示すことが目的になる」とピアストリは説明した。

    「長年見てきたように、マックスはその代表例だけど、F1に通用する能力を示すために必ずしもタイトルは必要ない」と語り、

    「でもF1に来たら、チャンピオンになること以上の目標は存在しない。その点は違うけれど、共通する部分も確かにある」と結論づけた。

  • セルジオ・ペレスが語るF1移籍 フェラーリを断りマクラーレンを選んだ理由

    セルジオ・ペレスが語るF1移籍 フェラーリを断りマクラーレンを選んだ理由

    セルジオ・ペレスは、フェラーリとの契約を見送り、「マクラーレン史上最悪の年」に飛び込んだ理由を明かした。

    すべてのF1ドライバーには、ほんの一瞬の判断次第でキャリアが大きく変わっていたかもしれない、そんな分岐点の物語がある。

    セルジオ・ペレスもまさにその一人だ。10年以上にわたりF1のグリッドに立ち、2026年にはキャデラックとともに復帰を準備している彼は、自身のキャリアを左右した重要な決断を振り返った。

    ペレスは2011年にザウバーでF1デビューを果たした。フェラーリ育成アカデミー出身の若手にとって、当時これは定番のルートだった。

    その後、スイスのチームで2シーズンを戦っただけで、ペレスはF1屈指のビッグチームから注目を集める存在となる。

    通算6勝を挙げているペレスは、2013年F1シーズンを前に、キャリアの分岐点となる状況に置かれていた。

    ペレスは「Cracks Podcast」で、当時を次のように振り返っている。

    「本当に、すべてがあっという間に起きたんだ」

    「当時の僕は、グリッドで最も引く手あまたのドライバーだった。若いドライバーなら誰もが望む状況だよね。F1に来てすぐ結果を出すと、どこまで行けるか分からないから、全チームが欲しがるんだ」

    「実際、僕にはビッグチームから3つの選択肢があった」

    「そのうちの1つがフェラーリだった。フェラーリの育成アカデミーのおかげでF1に来られたわけだから、論理的にはそのままフェラーリの道を進むのが自然だった」

    「でも、フェラーリは2014年までシートを用意できなかった。僕は焦っていた。若くて、最高のチームに行って、すぐにチャンピオン争いをしたかったからね」

    「とにかく必死だったし、そんな中で突然チャンスが舞い込んできた」

    「僕たちは、マクラーレンとレッドブルだけは絶対に走ることはないと思っていた。どちらもアカデミーを重視していて、基本的に方針が固まっているチームだったからだ」

    「でも、そこにマクラーレンが現れた」

    「ハミルトンがチームを離れるタイミングで、マクラーレンはとても自信満々で僕のところに来た。そして契約を提示され、僕はそれを受け入れた。それが、僕の瞬間だったんだ」

    セルジオ・ペレス F1

    その決断がもたらした「マクラーレン史上最悪の年」
    ペレスにとってマクラーレンでの唯一のシーズンは、結果的に厳しいものとなった。

    チームはコンストラクターズ選手権5位に終わり、表彰台は一度も獲得できなかった。チームメイトのジェンソン・バトンには、シーズンを通して24ポイント差をつけられている。

    ペレスは当時の状況をこう語っている。

    「マクラーレンは、史上最高のマシンを作ったと思っていた」

    「フロントはマクラーレン、中央はレッドブル、リアはフェラーリ。理論上は最高のクルマだった」

    「前年はチャンピオン争いをしていたし、レギュレーションもほとんど変わっていなかった。これほど大きく後退するのは、非常に珍しいことだ」

    「そして、結果的にそれがマクラーレン史上最悪の年になってしまった」

    「これは僕がF1参戦3年目のときで、契約更新に関する条項もあった」

    「最終的に契約は更新されなかったが、そのことを知らされたのはシーズンの本当に終盤だった。本当に遅いタイミングで、その結果、僕はシートを失った」

    ペレスは1年でマクラーレンを離れることになり、その後はフォース・インディア、レーシング・ポイントでキャリアを立て直し、最終的にはレッドブルへとたどり着いた。

    マクラーレンにとっても、この時期は歴史的に厳しいものだった。チームは2015年と2017年にコンストラクターズ選手権9位に低迷し、2008年にはスパイゲート問題によって選手権から除外されるという不名誉な記録も残している。

  • 2026年F1レギュレーション刷新でもマクラーレンは勝ち続けられるか?

    2026年F1レギュレーション刷新でもマクラーレンは勝ち続けられるか?

    2025年にドライバーズとコンストラクターズのダブルタイトルを達成し、さらにコンストラクターズ連覇を成し遂げたマクラーレンは、カスタマーチームでありながら、グラウンドエフェクト時代のF1を完全に理解した存在であることを示した。

    エンジンサプライヤーであるメルセデスが、このレギュレーション下で支配的な解を見つけられず、4年にわたって試行錯誤を続けてきた一方で、マクラーレンはシーズン序盤の苦戦を経て、最終的にはレッドブル以外で唯一、真に成功するグラウンドエフェクトカーの本質を掴んだチームとなった。

    しかし、2026年に導入される完全なレギュレーション刷新は、この成功が一つの時代に限定されたものなのか、それとも次の時代にも引き継がれるのかという疑問を投げかけている。

    2022年から2025年にかけてのマシンでは、トラック上で結果を出したチームは、例外なく、非常に扱いが難しいグラウンドエフェクトマシンの性能ドライバーを正確に理解していた。

    2022年初頭、多くのチームがポーパシング問題に苦しむ中で、最終的に上位に立ったのは、最適なライドコントロールを実現し、車高変化の全速度域で最大限のダウンフォースとパフォーマンスを引き出すことができたチームだった。

    レッドブルの元テクニカル責任者であるエイドリアン・ニューウェイが、グラウンドエフェクトカーの挙動を深く理解していたことはよく知られている。そして、マクラーレンの躍進が、元レッドブルのチーフデザイナー兼チーフエンジニアであるロブ・マーシャルの加入後に起きたことは、偶然ではない。

    それ以降のマクラーレンのコンセプト進化、特にサスペンションのキネマティクスや設計思想には、レッドブルで確立された考え方との明確な共通点が見られた。

    2026年F1レギュレーション刷新で何がリセットされるのか
    だが、2025年仕様で時に圧倒的な強さを見せたマクラーレンのマシンも、理論上は2026年にほとんど意味を持たない。

    2025年型マシンから2026年型へのキャリーオーバーは事実上ゼロに近く、これまで蓄積してきた車高理解やサスペンション理論は、そのまま適用できない。2026年マシンではベンチュリー効果が大幅に弱まり、車高に対する感度も大きく低下するため、マシンはより高い車高で走ることになる。

    さらに、新レギュレーション初期段階では、パワーユニット性能、特にエネルギー回生とデプロイメントのレベルが、主要な性能差要因になると考えられている。

    それでもなお、2025年のMCL39で優位性を築いたマクラーレンの強みが、次世代でも無意味になるわけではない。

    なぜなら、チームの強さは単一のレギュレーション解釈だけで決まるものではないからだ。どのような規則が提示されても結果を出すために必要な、組織としての資質が存在する。

    その中核にあるのが人材である。あるレギュレーションを巧みに解釈し、性能を引き出せるエンジニアやデザイナーは、異なる規則下でも同じ質の仕事ができる。

    アブダビでタイトル獲得を振り返り、マクラーレン代表のアンドレア・ステラは、チームの人材の質を強調した。

    「マクラーレンの技術チームは非常に強力だ。我々は、ピーター・プロドロモウ、ロブ・マーシャル、ニール・ホールディ、マーク・イングハム、ジュゼッペ・ペッセ、マーク・テンプルといったメンバーの貢献を受けている。」

    「私のF1キャリア26年の中でも、ここまで強い技術部門に所属したことはほとんどない。」

    「現行レギュレーションの細部が将来にそのまま適用されるわけではないが、働き方、基準、マシン開発へのアプローチ、技術的目標設定の考え方は引き継がれる。それが2026年に向けた我々の楽観材料だ。」

    F1レギュレーション マクラーレン F1

    この考えは、MCL39の成功を技術面で主導したテクニカルディレクター、ニール・ホールディも共有している。

    2026年に向けた目標設定について問われたホールディは、プロセスこそが重要だと語った。

    「重要なのは目標そのものではない。最も大切なのは、どのように仕事をし、どのようにマシンを開発するかだ。」

    「我々には目指す位置はあるが、それ以上に、この3年間続けてきたやり方を変えずに進み続けることが重要だ。」

    「風洞、CFDで互いに刺激し合い、プッシュし続ける。そうやって最終的にパフォーマンスが生まれるのであって、目標数値を見て達成できるかどうかを考えることではない。」

    この見解を裏付ける発言をしたのが、メルセデス代表のトト・ヴォルフだった。

    「人は成功や失敗を単一の要因に結びつけたがる。経営陣の交代、チーム代表、技術責任者、空力責任者、あるいは天才がいるかどうかといった具合に。」

    「しかし本質的には、正しいデータに基づいて、正しい判断を集団として下し、適切なインフラを備え、仮想世界と現実世界の高い相関性を持つ組織かどうかだ。」

    「今日のF1では、その相関性こそがマシンの真価を決める。実走時にそれが再現されないなら、それがチームにとって最大のリスクになる。」

    過去2シーズンでマクラーレンを成功へ導いたこれらの要素が健在である限り、2026年に向けてその勢いが途切れると考える理由は、現時点では見当たらない。

  • オスカー・ピアストリの私生活 髪を切るのは“あの”F1ライバルの母親

    オスカー・ピアストリの私生活 髪を切るのは“あの”F1ライバルの母親

    マクラーレンF1のオスカー・ピアストリが、F1のライバルにまつわる意外な私生活の一面を明かした。ピアストリは、同じモナコ在住のドライバーであるシャルル・ルクレールの母親に、定期的に髪を切ってもらっているという。

    ピアストリはF1公式YouTubeチャンネルの新シリーズ「Off the Grid」のインタビューに出演し、モナコでリラックスした様子を見せながら、F1ジャーナリストのローレンス・バレットと語り合った。

    その中で、フランス語の上達について質問を受けたピアストリは、思わぬエピソードを披露した。

    「僕はシャルルの母親に髪を切ってもらっているんだけど、彼女は英語を一言も話さないんだ」

    この何気ない一言が、ファンの間で大きな話題を呼んでいる。

    ルクレール家とモナコのつながり
    ピアストリが言及したのは、フェラーリF1のエースであるシャルル・ルクレールの母親だ。ルクレール一家はモナコ出身で、母親は地元でも有名なヘアスタイリストとして知られている。F1ドライバー同士がサーキット外でも自然に交流している様子を示す、象徴的なエピソードと言える。

    シャルル・ルクレールの母親

    タイトル争いを経て迎える冬休み
    2025年シーズン、ピアストリは4月から10月にかけてドライバーズランキング首位を走り、ワールドチャンピオンに迫った。しかし最終的には、チームメイトのランド・ノリスに13ポイント差でタイトルを譲る結果となった。

    現在は冬休みを満喫しつつ、1月後半に予定されている5日間のプレシーズンテストに向けて英気を養っている。ライバルの母親に髪を整えてもらいながら迎える新シーズンは、ピアストリにとって新たな挑戦の始まりとなりそうだ。

  • マクラーレンF1、2026年も“パパイヤ・ルール”継続 「やり方は変わらない」

    マクラーレンF1、2026年も“パパイヤ・ルール”継続 「やり方は変わらない」

    マクラーレンのCEOであるザク・ブラウンは、チームのいわゆる「パパイヤ・ルール」について問われ、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリの両名に対して「平等な機会」を与える方針を今後も堅持する考えを示した。

    2025年シーズンを通じて、ドライバー間のパリティ(平等性)をどう維持するかは大きな議論の的となっていたが、ブラウンはマクラーレンのレース運営の在り方は来季以降も変わらないと明言している。

    マクラーレンの「パパイヤ・ルール」は、無線で初めて使われた表現であり、ノリスとピアストリの双方が可能な限り同等の条件でパフォーマンスを発揮できるようにすることを目的としている。ただ、シーズン終盤にマックス・フェルスタッペンが両者に迫った場面では、このアプローチに疑問の声が上がったのも事実だった。

    ブラウンは以前、両ドライバーにタイトル獲得の可能性が残っている限り、ドライバーズタイトルを犠牲にしてでもパリティを優先すると語っていたが、最終的にはノリスが2025年に初のワールドチャンピオンに輝いている。

    2026年F1レギュレーションによる大幅なリセットを前に、どのチームがタイトル争いに加わるのかは不透明だが、ブラウンはドライバー管理の基本方針は変わらないと強調した。

    マクラーレン ランド・ノリス オスカー・ピアストリ

    「我々は、両ドライバーにワールドチャンピオンを獲得するための平等な機会を与えることに、間違いなくコミットしている」とブラウンはアブダビで、PlanetF1.comを含む現地メディアに語った。

    「勝った翌日の月曜日であっても、我々は『もっと違うやり方があったのではないか』『もっと良くできたのではないか』と必ず振り返るものだ」

    「だから我々は常に進化し続けているが、2人のドライバーに平等なチャンスを与えるという基本姿勢は変わらない」

    「振り返れば多くの学びがある。例えばスペインで1-2フィニッシュを果たした後の月曜のデブリーフィングでは、もっと良くできたかもしれない際どい判断が8つほどあったことを覚えている」

    「それがF1チームというものだ。常に『何を違う形でできたか』『何をより良くできたか』を評価し続ける」

    「スポーツでは勝つこともあれば、負けることもある。もちろんミスをしたと感じれば、そうしなければよかったと思うが、完璧なシーズンなど現実的ではない。どんなスポーツでも、完璧なシーズンを送った人やチームを私は見たことがない」

    「我々も例外ではないが、根本的に、我々のレースのやり方は変わらない」

  • マクラーレンF1、ウィル・コートニーを前倒し獲得 レッドブル流戦略を注入

    マクラーレンF1、ウィル・コートニーを前倒し獲得 レッドブル流戦略を注入

    マクラーレンは、レッドブルで長年戦略部門を率いてきたウィル・コートニーを、当初の予定よりも早く迎え入れた。コートニーはマクラーレンの新たなスポーティングディレクターとして、すでに業務を開始している。

    ウィル・コートニーは、マクラーレンと契約してから15か月後にレッドブルを離れ、同チームでスポーティングディレクターに就任した。レッドブルの元リード・ストラテジストであるコートニーは、2026年F1シーズンを見据え、予定を前倒ししてマクラーレンでの新たな挑戦をスタートさせた形となる。

    コートニーは2005年にレッドブルがF1に参戦した当初からチームに在籍しており、当初は戦略エンジニアとしてミルトンキーンズのチームに加わった。それ以前には、ジャガー時代のチームにも関わっていた。

    2010年にはレース戦略部門の責任者に昇格し、それ以来15年間にわたって同職を務めてきた。マクラーレンへの移籍は2024年9月に発表されており、当初は2026年半ばまでレッドブルとの契約を全うする予定とされていた。

    しかし、想定されていたタイムラインよりも数か月早く、コートニーはマクラーレンでの業務開始を自ら明らかにした。これにより、両チームの間で契約上の合意が成立し、現行契約満了前の移籍が認められた可能性が高いと見られている。

    コートニーは今後、マクラーレンのレーシングディレクターであるランディープ・シンの下で職務にあたる。

    「マクラーレン・レーシングでスポーティングディレクターという新しい役職に就くことになったと、皆さんにお伝えできてうれしい。」

    「レッドブル・レーシングで22年間、そのうち直近の15年間はレース戦略責任者として過ごしてきたが、今はマクラーレン・レーシングF1チームに加わり、新たな挑戦を始めることにワクワクしている。」

    「レッドブルで一緒に仕事をしてきたすべての人たちに、心から感謝したい。多くの素晴らしい友人ができたし、パドックでまた会えることを願っている。本当に素晴らしい20年以上だった。」

    「だが今は、新しい役割とチームに順応し、これからさらに多くの仲間と出会いながら、マクラーレンが近年築いてきた成功を今後も継続できるよう、全力を尽くしていきたいと思っている。」

    マクラーレン F1

    コートニーの移籍が公表された2024年後半は、ミルトンキーンズにとって人材流出が相次いだ時期でもあった。スポーティングディレクターのジョナサン・ウィートリーはザウバー/アウディのチーム代表に就任し、チーフ・テクニカル・オフィサーだったエイドリアン・ニューウェイもチームを離れ、現在はアストンマーティンでマネージング・テクニカル・パートナー、そしてチーム代表を務めている。

    マクラーレンのチーム代表であるアンドレア・ステラは、コートニーの加入について次のように語っている。

    「ウィルの経験、プロフェッショナリズム、そしてモータースポーツに対する情熱は、我々のスポーティング部門を率いるのに理想的な人物だ。」

    「チームとして重要な局面に入ろうとしている今、彼が我々の強力なリーダーシップチームに加わり、勝利とチャンピオンシップを目指す挑戦を続けていく上で、大きな力になると確信している。」

    一方、当時レッドブルのアドバイザーを務めていたヘルムート・マルコは、ドイツメディアの取材に対し、コートニーの移籍を「自然な流れ」だと表現していた。成功したチームから他チームへ人材が引き抜かれるのは避けられないとした上で、マクラーレンから提示された条件が、レッドブルには太刀打ちできないものだったことも示唆している。

    「我々がウィル・コートニーに提示した条件は、彼にとって魅力的ではなかった。その後、彼はスポーティングディレクターという役職のオファーを受け、それは役割の面でも、経済的な面でも、より魅力的なものだった。」

    なお、コートニーの後任については正式には発表されていないが、マルコは、現プリンシパル・ストラテジー・エンジニアであるハンナ・シュミッツが自然な後継者になる可能性があるとも示唆している。シュミッツは2009年にレッドブルへ加入し、戦略およびモデリング分野でキャリアを積み上げてきた。

  • オスカー・ピアストリ F1への道を分けた14歳の決断「全寮制か帰国か」

    オスカー・ピアストリ F1への道を分けた14歳の決断「全寮制か帰国か」

    オスカー・ピアストリは、10代の頃に父から突きつけられた決断について振り返り、多くの若者にとっては「かなり過酷」な選択だったと認めた。

    2025年シーズン、初のF1ドライバーズタイトルにわずかに届かなかったオーストラリア出身のピアストリは、14歳でモータースポーツの“頂点”を目指すため父とともにイギリスへ渡った。その挑戦は、結果的に彼が全寮制の学校へ通うことにつながり、6か月後には父がメルボルンへ戻るという形になった。

    その経験は、現在9勝を挙げるグランプリウィナーであり、マクラーレンのドライバーとして活躍する彼の人格形成に大きな影響を与えたという。

    FIA F3、F2を制覇し、F1グリッドでも屈指の冷静沈着な存在へと成長したピアストリは、その落ち着いた立ち居振る舞いを2025年のタイトル争いでも武器とした。チームメイトのランド・ノリスに13ポイント差で及ばなかったものの、そのメンタルの強さは高く評価された。

    「感情的になりすぎないように意識している一方で、感情や情熱を完全になくさないことも大切だと思っている」と、ピアストリはF1の番組『Off The Grid』で語った。

    「だって、まったく気にしていなければ、良いことは何も起こらないからね。どこが“ちょうどいい地点”なのかを見つけるのは、学びのプロセスだった」

    「それは、特にヨーロッパへ移ってからの成長過程とも関係していると思う。自分ひとりで生きていく方法や、人生の多くの教訓を学んだ」

    F1への道を分けた決定的な分岐点
    その道のりには、困難な選択も伴った。イギリスに渡ってから半年後、ピアストリは人生の大きな岐路に立たされる。

    「父は最初の6か月間は一緒に住んでくれて、その後で、こう言ったんだ。『ここに残って全寮制の学校に通い、夢を追い続けるか。それとも一緒に帰国するか』って」

    「ヨーロッパでレースをして、世界最高のドライバーたちと競う時間が本当に楽しかったし、ここで帰るのはもったいないと感じていた」

    「家を離れるのはもちろん寂しかった。でも同時に、夢を追いかけられることへのワクワク感もあったし、ヨーロッパに来ることが、その夢を叶える最善の方法だと分かっていた」

    この経験が、彼の最大の武器のひとつである「感情を切り離す力」を育んだ。

    「ある意味ではシンプルだった。これが夢を叶える道だ、と。だから、やっていることから感情を切り離す必要があったんだ」

    「ただ、時々はつらい週末や1週間もあった。家に帰りたくなったり、自分のベッドで眠りたくなったり、家族に会いたくなったりね」

    「それは確かにつらかった。でも常に、F1ドライバーになるという、もっと大きな目標を見据えていた」

    “かなり過酷”だった全寮制生活
    母国から遠く離れた全寮制の学校での生活について、ピアストリは多くの若者にとっては耐えがたいものだと率直に認めている。

    「ほとんどの子どもにとって、学校に住むという発想自体が、かなり過酷だと思う」

    「最初は正直、あまり乗り気じゃなかった。『これが欲しいなら、耐えるしかない』という感覚だったからね」

    「でも実際に行ってみると、ある意味では友だちと一緒に暮らしているような感覚でもあって、それは良かったし、レースのことから頭を切り替える助けにもなった」

    10代で下したその決断は、結果として、現在のピアストリの冷静さと強靭な精神力の礎となっている。

  • ランド・ノリス、F1スーパライセンス料の最高額を更新…約1億6,380万円

    ランド・ノリス、F1スーパライセンス料の最高額を更新…約1億6,380万円

    2025年F1ドライバーズチャンピオンに輝いたランド・ノリスが、2026年シーズンに向けてFIAスーパライセンスで最も高額な請求を受けることになった。

    FIAスーパライセンスは、F1に参戦するすべてのドライバーに毎年義務付けられているもので、固定費と前年獲得ポイントに応じた変動費で構成されている。トップドライバーの場合、その総額は100万ユーロ超(約1億6,000万円超)に達する。

    固定費は全ドライバー共通で1万1,842ユーロ(約190万円)に設定されている。これに加え、2025年に獲得した1ポイントごとに2,392ユーロ(約38万円)が上乗せされる仕組みだ。

    2025年に423ポイントを獲得したランド・ノリスの場合、2026年のスーパライセンス料は1,023,658ユーロ(約1億6,380万円)となり、これはグリッド中で最高額となる。

    一方、オスカー・ピアストリも410ポイントを獲得しており、その金額は999,562ユーロ(約1億5,990万円)と、ほぼ100万ユーロ(約1億6,000万円)に迫る水準となっている。

    なお、これらのスーパライセンス料はすべて各チームが負担し、F1のコストキャップには含まれない。

    ■ 2026年FIAスーパライセンス料
    ランド・ノリス(423ポイント) 1,023,658ユーロ/約1億6,380万円
    マックス・フェルスタッペン(421ポイント) 1,018,874ユーロ/約1億6,300万円
    オスカー・ピアストリ(410ポイント) 999,562ユーロ/約1億5,990万円
    ジョージ・ラッセル(319ポイント) 774,890ユーロ/約1億2,400万円
    シャルル・ルクレール(242ポイント) 590,706ユーロ/約9,450万円
    ルイス・ハミルトン(156ポイント) 384,994ユーロ/約6,160万円
    アンドレア・キミ・アントネッリ(150ポイント) 370,642ユーロ/約5,930万円
    アレクサンダー・アルボン(73ポイント) 184,458ユーロ/約2,950万円
    カルロス・サインツJr.(64ポイント) 164,930ユーロ/約2,640万円
    フェルナンド・アロンソ(56ポイント) 145,794ユーロ/約2,330万円
    ニコ・ヒュルケンベルグ(51ポイント) 133,834ユーロ/約2,140万円
    アイザック・ハジャー(51ポイント) 133,834ユーロ/約2,140万円
    オリバー・ベアマン(41ポイント) 109,014ユーロ/約1,740万円
    リアム・ローソン(38ポイント) 102,738ユーロ/約1,640万円
    エステバン・オコン(38ポイント) 102,738ユーロ/約1,640万円
    ランス・ストロール(33ポイント) 90,778ユーロ/約1,450万円
    ピエール・ガスリー(22ポイント) 64,466ユーロ/約1,030万円
    ガブリエル・ボルトレト(19ポイント) 57,290ユーロ/約920万円
    フランコ・コラピント(0ポイント) 11,842ユーロ/約190万円

    アービッド・リンドブラッド(対象外) 11,842ユーロ/約190万円
    セルジオ・ペレス(対象外) 11,842ユーロ/約190万円
    バルテリ・ボッタス(対象外) 11,842ユーロ/約190万円

  • オスカー・ピアストリが語るアルピーヌF1契約騒動「あの時は笑えなかった」

    オスカー・ピアストリが語るアルピーヌF1契約騒動「あの時は笑えなかった」

    オスカー・ピアストリ(マクラーレン)は、2022年に起きたアルピーヌF1との契約騒動について振り返り、「今でこそ笑って話せるが、当時はまったく楽しいものではなかった」と率直な心境を明かした。

    ピアストリは2020年シーズンに、当時のルノー・スポール・アカデミーに加入。フォーミュラ・ルノー・ユーロカップを僅差で制した後、F3、F2をいずれもルーキーイヤーで制覇するという圧倒的な成績を残した。

    しかし2022年、アルピーヌF1のレースシートは埋まっており、ピアストリはリザーブドライバーとして1年を過ごすことになる。

    「間違いなく大変な時期だった」とピアストリは、F1が公開した『Off The Grid』最新エピソードの中で語っている。

    「レーシングドライバーとして、やっぱりレースに出たいものだ。あの年は走れなかったのが本当にきつかった」

    「一方で、外から物事を見ることができたのも事実だ。週末の一員として、メディア対応やスポンサー対応、シーズン全体のリズムがどういうものかを理解できた。そういう点では学びもあったが、それでも大変な時間だった」

    「自分にできることはすべてやっている、という誇りは常に持っていたし、何かチャンスが来るという自信もあった」

    その「何か」は、思いがけない形で訪れることになる。エンストンを拠点とするアルピーヌF1は、フェルナンド・アロンソ、エステバン・オコン、そしてピアストリという3人の有力ドライバーを2つのシートで抱える難題に直面していた。

    一時はウィリアムズへのレンタル案も検討されたが、アロンソがアストンマーティンへ移籍することが判明。これを受けてアルピーヌは、ピアストリの昇格を発表する。

    しかし、その発表は当人の意思とは異なるものだった。

    「僕の同意なしに、アルピーヌF1が本日遅くにプレスリリースを出し、来季私が彼らのためにドライブすると発表したことを理解している」とピアストリは当時SNSに投稿した。

    「これは事実ではない。僕は2023年についてアルピーヌと契約を結んでいないし、来年アルピーヌで走ることはない」

    オスカー・ピアストリ(マクラーレン) アルピーヌF1チーム

    実際には、ピアストリはすでにマクラーレンと契約を結んでおり、最終的にFIAの契約承認委員会(CRB)はマクラーレン側の主張を認める判断を下した。

    「あれが大きな話題になることは、ある程度分かっていた」とピアストリは振り返る。

    「理由があってやったことだったし、ただ世界に向けて“走らない”と宣言したかったわけではない」

    「今振り返れば笑える部分もある。でも、当時は全然笑えなかった」

    「最終的にはCRBに持ち込まれた。結果は自分に有利だったけれど、あれもかなり緊張する瞬間だった」

    こうしてピアストリは、アルピーヌではなくマクラーレンから2023年にF1デビューを果たすことになる。

    「信じられないような瞬間だった」と彼は語る。

    「同時に、それまで積み上げてきたことが、ある意味ですべてリセットされるような感覚もあった」

    現在、ピアストリはドライバーズタイトルこそまだ手にしていないものの、70戦でポールポジション6回、表彰台26回、うち9勝という印象的な戦績を残している。

    そして彼自身が語るように、「まだ学んでいる最中」だ。