カテゴリー: マクラーレンF1チーム

  • マクラーレンのラスベガスGP失格が2025年のF1最多得点記録を阻む

    マクラーレンのラスベガスGP失格が2025年のF1最多得点記録を阻む

    2025年F1アブダビGPでシーズンは幕を閉じ、世界選手権が始まった1950年以来31回目となる「最終戦決着」のタイトル争いとなった。

    ランド・ノリスは通算152戦目でドライバーズタイトルを獲得した。初タイトルまでにこれ以上多くのレースを要したドライバーは、歴代でも3人しかいない。ただし、近年のシーズンは開催数が多いことも影響している。

    たとえばナイジェル・マンセルは1992年に初タイトルを獲得するまでにノリスより24戦多く出走しているが、当時のキャリアはほぼ倍の長さだった。マンセルは39歳の誕生日から8日後に王座を手にし、ノリスは先月26歳になったばかりだった。

    初タイトルまでの出走数が多かったドライバー上位5人はいずれもタイトル1回のみだが、ノリスには今後それを塗り替える可能性がある。もっとも、9年前のFIAガラでニコ・ロズベルグが突然引退を発表したような選択をしない限りだが。

    3人同時決戦とフェルスタッペンの勝利数
    2010年以来となる3人以上が絡む最終戦タイトル決戦では、全員が7勝で最終戦を迎えた。だがマックス・フェルスタッペンが最終戦を制し、今季最多勝ドライバーとなった。これで5年連続だ。

    王者よりも多くの勝利数を挙げたドライバーが存在したのは2016年以来で、その年はルイス・ハミルトンが10勝、ロズベルグが9勝だった。ノリスの7勝は、2012年に5勝で王座を獲得したセバスチャン・ベッテル以来、最少の勝利数となる。

    マクラーレン14勝と歴史的比較
    マクラーレンは今季14勝を挙げ、その内訳はノリスとオスカー・ピアストリが7勝ずつ分け合った。これはチーム史上2番目に多い勝利数だが、1988年に16戦中15勝を挙げた伝説的シーズンには及ばない。

    その年、アイルトン・セナが8勝、アラン・プロストが7勝を挙げ、MP4/4は圧倒的な強さを誇った。1シーズン最多勝記録は、2023年に24戦中23勝を挙げたレッドブルが保持している。

    フェルスタッペンの連続記録
    フェルスタッペンは2022年のグラウンドエフェクト規則導入以降、同一サーキットで複数回勝利した唯一のドライバーとなった。鈴鹿では4戦全勝、イモラとロサイルでもそれぞれ3戦無敗を記録している。

    またシーズン終盤に10戦連続表彰台を達成し、これはF1史上7人目。自己最多は2023年の15戦連続だが、歴代記録はミハエル・シューマッハの19戦連続(2002年シーズン全16戦を含む)である。

    角田裕毅とチームメイト差の記録
    角田裕毅はレッドブルでの最終戦で無得点に終わり、チームメイトとの差としてF1史上最大のポイント差を記録した。フェルスタッペンとの差は388ポイントで、22戦の同僚期間だけでも355ポイント差となり、2023年にフェルスタッペンがセルジオ・ペレスを290ポイント上回った記録を大きく更新した。

    フェラーリの苦戦とハミルトンの異例の年
    フェラーリは2021年以来となる無勝利シーズンに終わった。シャルル・ルクレールが今季初の最速ラップを記録したのが数少ない明るい材料で、通算11回となりジョージ・ラッセルと並んだ。

    一方ハミルトンは最終3戦すべてでQ1敗退し、シーズンを通じて一度も表彰台に立てなかった。これは本人にとっても、1981年のディディエ・ピローニ以来のフェラーリ新加入ドライバーとしても前例のない結果だった。

    マクラーレン最多得点と失格の代償
    昨年は王者マクラーレンと14ポイント差だったフェラーリは、今季4位に後退し435ポイント差をつけられた。マクラーレンはチーム史上最多の833ポイントを獲得したが、2023年にレッドブルが22戦制で記録した860ポイントには届かなかった。

    決定的だったのはラスベガスでのダブル失格による30ポイント喪失だ。このレースはマクラーレンが今季唯一無得点に終わったラウンドであり、もし得点していれば新記録に達していた可能性が高い。

    全チーム無得点とアルピーヌ
    競争が激化した今季は、全チームが少なくとも1度は無得点レースを経験した。ポイントがトップ10に拡大されて以降では初の事例で、前回は2008年だった。

    最下位に終わったアルピーヌは、それでも「最下位チームとしては最多得点」を記録した。2009年のトロ・ロッソが29ポイントで最下位になったのに対し、今季アルピーヌは22ポイントを獲得している。多くのチーム同様、2025年を早期に切り上げた判断が来季に好結果をもたらすことを期待している。

  • マクラーレンF1が嘲笑された理由 “パパイヤ・ルール”に隠された落とし穴

    マクラーレンF1が嘲笑された理由 “パパイヤ・ルール”に隠された落とし穴

    ジャック・ヴィルヌーヴは、F1パドックでマクラーレンの「パパイヤ・ルール」がからかわれる理由について説明した。

    ヴィルヌーヴは、同様のドライバー規定はF1では「ごく普通のこと」だと前置きしたうえで、マクラーレンがそれに“名前”を与えたこと自体が嘲笑を招いていると指摘している。

    パパイヤ・ルールとは実際のところ非常に単純だ。ランド・ノリスとオスカー・ピアストリが、互いにクリーンかつフェアにレースを行い、決して接触しないことを求めるものにすぎない。これはF1の全チームに共通する、絶対的な前提条件でもある。

    しかしこのルールは、ウォーキング拠点のチームが2人のドライバーに完全な平等を与えようとする姿勢の象徴として語られるようになった。公平性の天秤を常に中央に保とうとするその方針は、モータースポーツという世界では極めて困難、あるいは不可能に近い試みでもある。

    2025年モンツァでの決定的な場面
    2025年シーズンでこの問題が最も顕在化したのは、モンツァ・サーキットだった。

    マクラーレンは、ノリスのピットストップを失敗した後、ピアストリにポジションを譲るよう指示した。ピアストリは当初、チームメイトの前を走っていたが、チームは異例の判断で彼を先にピットインさせた。その後に入ったノリスは、スローピットによって後方に落ちてしまった。

    チームのミスを是正するためのチームオーダーだったが、ドライバーズタイトルを争う真っ只中での判断は、パドック全体で賛否を大きく分ける結果となった。

    「名前を付けたこと」が最大の失敗
    ヴィルヌーヴは、パパイヤ・ルールの具体的な中身については「よく分からない」としつつも、マクラーレンが犯した最大の過ちは、その規定に名前を与えたことだと断言する。

    「正直、パパイヤ・ルールが何なのかすら分からない。ただマシンの色にちなんだ名前を付けただけだ。」

    「結局のところ、チームメイト同士はぶつかってはいけない、というルールはどのチームにもある。それが普通だ。」

    「他のチームは特別な名前やニックネームを付けない。マクラーレンがそれをやった、ただそれだけのことだ。」

    「名前がなければ、からかいようがない。それだけ単純な話だ。最終的には、これはチームルールというより、ドライバーの契約に書かれている内容でもある。それだけのことだ。」

  • アイルトン・セナがF1に衝撃を与えた“極秘インディカーテスト”の真実

    アイルトン・セナがF1に衝撃を与えた“極秘インディカーテスト”の真実

    1992年の冬、アイルトン・セナは揺れていた。3度のF1世界王者であり、マクラーレンの象徴的存在でありながら、彼は愛するF1の進む方向性に強い不満を抱いていた。

    ウィリアムズはルノーパワーと先進的なアクティブサスペンションで独走状態。一方、ホンダ撤退後のマクラーレンはフォードのカスタマーエンジンで戦わざるを得なかった。その鬱積が、F1パドックに静かな衝撃を走らせる行動へとつながる。

    砂漠で行われた“極秘テスト”
    1992年12月、アメリカ・アリゾナ州のファイアバード・レースウェイ。フェニックス近郊のこのサーキットで、セナはひっそりとチーム・ペンスキーのインディカー「PC21」に乗り込んだ。

    仲介役となったのは、親友で同じブラジル出身のエマーソン・フィッティパルディ。F1を離れ、インディカーで成功を収めていた人物だ。

    これは単なる好奇心ではない。電子制御や政治的駆け引きから解放された、純粋なドライビングの世界で、なお自分が支配的でいられるのか。その問いかけでもあった。

    別物のマシン、変わらぬセナ
    シボレー製V8を積むPC21は、セナのマクラーレンMP4/7Aとは別世界だった。

    重く、肉体的負荷が大きく、トラクションコントロールもアクティブサスもない。求められるのは、メカニカルグリップへの理解、勇気、そして繊細さだけ。

    セナは冷静にブレーキングやスロットルレスポンスを分析し、限界挙動を探った。しかし、時間はかからなかった。

    数周で競争力あるペースに到達し、やがてペンスキー陣営を驚愕させる事態が起きる。初インディカーにもかかわらず、フィッティパルディの基準タイムを0.5秒上回ったのだ。

    当時のチーフエンジニア、ナイジェル・ベレスフォードはこう振り返っている。

    「彼はピットに戻ると『ありがとう。必要なことは学んだ』と言った。そしてマシンを降り、それで終わりだった」

    アイルトン・セナ F1 マクラーレン

    F1へのメッセージ
    チーム創設者のロジャー・ペンスキーも、その意味を理解していた。

    「もしセナが本気で空いていたなら、我々は何とかしただろう。だが彼は、マクラーレンとの交渉を有利に進めるための“インパクト”として我々を使ったのだと思う」

    その洞察は的確だった。

    テストの噂はすぐにウォーキングへ届き、マクラーレンにとって明確な警鐘となる。レースごとの契約を結んでいたセナは、現実的な代替案を持っていた。

    選ばれなかったもう一つの未来
    インディカーは当時、黄金期にあり、ナイジェル・マンセルも1993年に参戦予定だった。インディアナポリス500は、セナにとって抗いがたい挑戦だったはずだ。

    だが最終的に、彼の心はF1に残った。フェニックスのテストは目的を果たした――選択肢の自由を証明し、圧力をかけるという目的を。

    マクラーレンは1993年に向けてフォードとの関係を強化し、セナは残留。その年、タイトル争いではウィリアムズに及ばなかったものの、彼はキャリア屈指の名勝負を次々と演じることになる。

    セナがインディカーをドライブしたのは、この一度きり。アリゾナの砂漠で行われた静かなテストは、今なお“もしも”を想像させる、F1史屈指の象徴的エピソードとして語り継がれている。

  • マクラーレン、オスカー・ピアストリの古巣アルピーヌF1を痛烈に揶揄

    マクラーレン、オスカー・ピアストリの古巣アルピーヌF1を痛烈に揶揄

    マクラーレンのCEOであるザク・ブラウンは、オスカー・ピアストリの元F1雇用主であるアルピーヌに対して、容赦ないジョークを放った。

    ドライバーズ選手権とコンストラクターズ選手権のダブルタイトルを獲得したシーズン終了後、マクラーレンのエンド・オブ・シーズン・パーティーに出席したブラウンは、アルピーヌ、そして元マクラーレンドライバーのストフェル・バンドーンをネタにした辛辣な発言で場を沸かせた。

    ブラウンはまず、2023年シーズンに向けてピアストリを獲得する過程で、マクラーレンと法的な争いに発展したアルピーヌを揶揄した。この件はF1契約承認委員会(CRB)に持ち込まれ、当時F2王者だったピアストリにはマクラーレンとの有効な契約があるとの裁定が下されている。これにより、ピアストリはウォーキングを本拠とするチームでF1デビューを果たすことになった。

    「我々は君たち2人に大きなリスクを取った。ほかにもっと良い選択肢があったなんて言うなよ」とブラウンは語った。

    「君には、クソみたいなアルピーヌがあっただけだ」とブラウンはピアストリを指さして言い放ち、続けてランド・ノリスの方を向き、「そして君は、ストフェル・バンドーンより速くなければならなかった」と付け加えた。

    この後者のジョークは、ノリスが2019年シーズンに不振だったバンドーンに代わってマクラーレンに昇格したことを指している。

    バンドーンは、競争力に欠けていた当時のマクラーレンでわずか12ポイントしか獲得できなかった一方、チームメイトだったフェルナンド・アロンソは50ポイントを記録していた。マクラーレンはその年のコンストラクターズ選手権で6位に終わっている。

    バンドーンはその後、フォーミュラEに転向し、2022年にはメルセデスで電動シリーズのチャンピオンに輝いた。

    マクラーレンにとって2025年シーズンは祝賀ムードに包まれる年となった。チームはコンストラクターズタイトルの防衛に成功し、ノリスは自身初のドライバーズタイトルを獲得した。

    ブラウンがアルピーヌを揶揄したのは、これが初めてではない。

    2022年、ピアストリの契約問題を巡って当時アルピーヌのチーム代表だったオトマー・サフナウアーが公に発言したことについて、ブラウンは「少し滑稽に見えた」と語っている。

    「CRBの裁定が出る前、彼らは自分たちが何を知らないのかを分かっていなかった。我々は意図的に口を閉ざしていた」とブラウンは当時を振り返った。

    「今では裁定が出て、いくつかの詳細も明らかになり、何が起きていたのかは明白だ。だから我々はノイズが多いことは分かっていたが、いずれ真実が明らかになると分かっていたので、逐一コメントするのではなく、やり過ごすことを選んだ」

    「当時、ファンから直接届いたメッセージの数々を含め、騒ぎを無視していたわけではない。しかし今では、CRBの裁定が出て、すべてが非常に明確になっていることに我々は満足している」

  • ランド・ノリス F1初戴冠の裏側 マクラーレンがテープに託した“特別な言葉”

    ランド・ノリス F1初戴冠の裏側 マクラーレンがテープに託した“特別な言葉”

    2025年F1タイトル決定戦となったアブダビGPのスターティンググリッドで、マクラーレンがランド・ノリスに向けて“特別なメッセージ”を託していたことが明らかになった。背景には、今季アメリカGPで発生した出来事をめぐり、FIAがレッドブルに「重大」とされる罰金を科していた事実がある。

    マクラーレンは以前から、ランド・ノリスがグリッドにマシンを止める際の目印として、ピットウォール側に細いテープを貼る慣習を続けてきた。

    そのテープが注目を集めるきっかけとなったのが、10月のアメリカGPだった。オースティンのCOTAで、フォーメーションラップ開始後にレッドブルのチームメンバーが再びグリッドエリアに立ち入ったとして、FIAはレッドブルに5万ユーロ(約800万円)の罰金(うち半分は執行猶予)を科した。

    この件は安全規定違反による処分であり、テープ自体への干渉行為は直接の処分対象ではなかった。しかし、その際、制止を振り切ったとされる関係者が、ノリスのために置かれていたテープに手を加えようとした疑いが浮上し、両チームの間で“小さな騒動”となっていた。

    「You got this」 愛情のこもった手書きメッセージ
    そしてタイトルが懸かったアブダビGP。決戦を前に、マクラーレンはノリスのために、いつものテープに特別な意味を込めていた。

    現地で撮影され、SNSに投稿された映像には、ノリスのレースエンジニアであるウィル・ジョセフが、グリッド上でしゃがみ込み、一本のテープを手にしている様子が映っている。

    そのテープには、両端に描かれた2つのハートとともに、手書きでこう記されていた。

    「You got this」

    さらに「R2」という文字も書き添えられており、これはスタート前にステアリングホイール上の設定を調整するためのリマインダーだったと見られている。

    2ポイント差で決した2025年F1タイトル
    ノリスはアブダビGPを3位でフィニッシュし、優勝したマックス・フェルスタッペンをわずか2ポイント差で上回り、キャリア初のF1ワールドチャンピオンに輝いた。

    シーズン全体では、フェルスタッペンが8勝を挙げた一方、ノリスとチームメイトのオスカー・ピアストリはいずれも7勝。レッドブルとマクラーレンの激しい争いは、最終戦までもつれ込んだ。

    ライバル同士のエンジニアが見せた和解の瞬間
    タイトル決定後、ノリスのエンジニアであるウィル・ジョセフと、フェルスタッペンのレースエンジニア、ジャンピエロ・ランビアーゼは、パドックで言葉を交わす姿が目撃されている。

    激闘のシーズンを戦い抜いた両陣営だが、最終的には互いの健闘を称え合う形で2025年シーズンを締めくくった。

    フェルスタッペンからの祝福メッセージ
    フェルスタッペンは体調不良のためFIA表彰式を欠席したが、事前に収録されたビデオメッセージで、マクラーレンとノリスを祝福している。

    「今夜は出席できず本当に残念だが、まずは再選されたモハメド・ビン・スライエム会長にお祝いを伝えたい」

    「そしてもちろん、すべての受賞者におめでとうと言いたい。みんな本当に努力しているし、その成功を誇りに思うべきだ」

    「自分の選手権について言えば、マクラーレン、そして特にランドに心から祝福を送りたい。信じられないようなシーズンだったし、最後までレースできたのは本当にクールだった」

    「ぜひこの瞬間を楽しんでほしい。2026年にまた会おう」

    マクラーレンが密かに託した一言の激励は、2025年F1シーズンを象徴するエピソードとして、ノリス初戴冠の舞台裏に刻まれることになった。

  • ランド・ノリス、F1初戴冠の直後にシュタイナーからMotoGPテストのオファー

    ランド・ノリス、F1初戴冠の直後にシュタイナーからMotoGPテストのオファー

    2025年F1ワールドチャンピオンに輝いたランド・ノリス(マクラーレン)が、来季にMotoGPマシンをテストするオファーを受けた。招待したのは、元ハースF1チーム代表のギュンター・シュタイナーだ。

    シュタイナーは2025年9月、コンソーシアムを率いてレッドブルKTMテック3 MotoGPチームの完全所有権を取得。2026年から新体制が発足し、シュタイナーがCEO、共同プロジェクトパートナーのリチャード・コールマンがチーム代表に就任する。

    幼少期からの“二輪への原点”
    ノリスはこれまでも、四輪に進む前に二輪競技へ強い情熱を注いでいたことを度々明かしてきた。8月にサウジアラビア・リヤドで開催されたeスポーツ・ワールドカップで、次のように語っている。

    「正直、バイクのことはやってみたい。実はそこが僕の原点なんだ。」

    「乗馬はやったけど嫌いだった。クワッドバイクは父が“盗まれた”って言ったけど、実際は危険だから売ったんだ。その後はモトクロスをやっていた。」

    「F1を観るより前、ロードレースを知るより前から、バイクやモトクロス、クワッドバイクみたいなダート系モータースポーツが大好きだった。バギーやデザートレースは“世界一クール”だと思っていたし、最初に憧れたのはバレンティーノ・ロッシだった。」

    シュタイナーが語った“テスト招待”
    アブダビGPで初のF1タイトルを決めた直後、シュタイナーはポッドキャスト「The Red Flags Podcast」に出演し、ノリスへ具体的な招待を口にした。

    「来年、彼はうちのバイクに乗っていい。カラーも同じだろう? マクラーレンと同じパパイヤ……まあ正確にはオレンジだけど、かなり似ている。」

    F1王者となった直後に持ち上がった二輪への誘いは、ノリスの原点と現在を結ぶ象徴的なエピソードとなった。実現すれば、四輪トップドライバーがMotoGPマシンを操る貴重な機会となる。

  • マクラーレンが“盗んだ”ニューウェイ流手法 2025年F1を支配した理由

    マクラーレンが“盗んだ”ニューウェイ流手法 2025年F1を支配した理由

    マクラーレンは2025年F1シーズンを通して圧倒的な強さを見せ、コンストラクターズタイトルを2年連続で獲得した。その原動力となったMCL39は、単なる前年型の進化ではなく、グラウンドエフェクト時代の課題を根本から見直した、極めて踏み込んだコンセプトを採用していた。

    その設計思想の中核にあったのが、かつてレッドブルでエイドリアン・ニューウェイが得意としてきた「シーズン中に模倣できない解決策を先行して仕込む」という手法だ。

    ロブ・マーシャル率いるマクラーレンの技術陣は、このニューウェイ流発想を内在化し、他チームが追随できない決定的な差を生み出すことに成功した。

    マクラーレンが2025年F1世界選手権を支配したことは、数字の上でも明白だった。シーズンを833ポイントで終え、コンストラクターズタイトルを2年連続で獲得したMCL39は、2022年に導入されたグラウンドエフェクト・レギュレーションを、最も正確に、そして最も踏み込んだ形で解釈したマシンだった。

    この世代のマシンが本質的に抱えてきた問題は明確だった。ひとつは、ポーパシングを引き起こさずに最低地上高を下げた状態で走行することの難しさ。もうひとつは慢性的なアンダーステアであり、これはフロア下面で発生する空力圧力中心が車両の重心より後方に位置することで生じ、コーナー進入時の挙動を不安定なものにしていた。

    これらの問題を克服するため、ウォーキングを拠点とするマクラーレンのエンジニア陣は、極めて非保守的な選択を行った。ロブ・マーシャルを中心に、チーフデザイナーのマーク・インガム、エンジニアリング責任者のニール・ホールディ、空力部門責任者のピーター・プロドロモウ、そしてジュゼッペ・ペッシェの補佐のもと、MCL39のコンセプトは限界まで押し進められた。

    その姿勢は、チーム代表アンドレア・ステラ自身の言葉にも表れている。アブダビGP後、ステラは次のように振り返った。

    「昨年のクリスマスは、正直まったく楽しめなかった。ステアリングボックスやフロントサスペンションなど、いくつかの要素でコンセプトを極端なところまで押し進めていたからだ」

    「12月末の時点でも、まだ開発の最終段階にあった解決策を抱えたワールドチャンピオンのマシンで、どれほどのリスクを取ることに同意していたのかを心配していた」

    ステラの発言が示しているのは、まずステアリングボックスの配置だ。それはシャシー前方でありながら内部に収められ、ロアウィッシュボーン前側の取り付けポイントの後方という、標準的ではない位置に配置されていた。ここはマシン構造上でも極めて入り組んだ領域であり、仮に設計に誤りがあった場合、後から穏健な解決策へ修正する余地はほとんどなかった。

    マクラーレン F1 MCL39

    しかし、より重要なのはフロントサスペンションだった。アッパーウィッシュボーンは非常に急角度で配置され、その後側アームは大きく後方にアンカーされていた。これは車両運動学の観点から、空力プラットフォームを最適に管理するための選択だった。

    この点において、MCL39は2024年型マシンの単なる発展形ではなかった。ライバルがシーズン中に容易に追随できないパフォーマンスギャップを生み出すこと、そして何より、シーズン中にコピーできない解決策を最初から組み込むことを目的とした、明確に一段踏み込んだコンセプトだった。

    マクラーレン F1

    こうしたアプローチは、かつてエイドリアン・ニューウェイの代名詞とも言える手法だった。しかし、その思考様式がロブ・マーシャルの中に完全に内在化されていることは明らかだ。マーシャルは長年にわたりニューウェイの右腕として働いてきた人物であり、その影響はMCL39の随所に見て取れる。

    もっとも、MCL39が欠点のないマシンだったわけではない。少なくとも、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリという2人のドライバーのドライビングスタイルへの適応性という点では課題を抱えていた。

    フロントサスペンションが生み出す極端な動的精度は、当初、両ドライバーにとってコーナー進入時のフィーリングを不安定なものにした。2人とも、程度の差こそあれ、フロントエンドが「鈍い」、つまりターンイン時に明確で直接的な手応えを与えてくれないと評価していた。

    この問題を受け、マクラーレンのエンジニアはシーズン中のオーストリアGPでフロントサスペンションの改良版を投入した。しかし、その進化を前向きに評価したのはノリスだけで、ピアストリは改良型を採用することを望まず、シーズンを通してオリジナル仕様を使い続けた。

    マシン間の性能差が極めて小さかったことを考えれば、ドライバーのフィーリングを優先し、最大限のパフォーマンスを引き出そうとした判断は合理的だった。一方で、特にシーズン後半のいくつかのサーキットでは、ピアストリの選択が結果的に彼自身の可能性を制限した可能性も否定できない。

    さらに、MCL39の極端な動的精度は、ラスベガスGPで裏目に出ることになる。ウォーキングのエンジニアたちは、路面が完全にフラットだと判断し、その精度を信頼して最低地上高を極限まで下げたセットアップを選択した。

    しかし実際には、過小評価されていた路面のうねりがポーパシングを引き起こし、結果として両車はプランク摩耗過多により失格となった。これはステラ自身がレース後に認めている。

    マクラーレン MCL39

    こうした点を踏まえると、MCL39は総合的には最も効果的なマシンでありながら、常に両ドライバーが完全に使いこなせるマシンではなかったと言える。そのわずかな隙を突き、イタリアGP以降、マックス・フェルスタッペンとレッドブルはドライバーズタイトル争いに割って入ることになり、その戦いは最終戦まで続いた。

    Source: RacingNews365

  • ランド・ノリス、F1王者表彰式でFワード FIA会長が即座に「罰金」ジョーク

    ランド・ノリス、F1王者表彰式でFワード FIA会長が即座に「罰金」ジョーク

    ランド・ノリスは、FIA会長モハメド・ビン・スライエムの前でFワードを口にしてしまい、ユーモラスでありながら気まずい一幕を演じた。

    アブダビGP最終戦で3位に入り、初のF1ワールドチャンピオンを決めてから5日後、ノリスはウズベキスタンで開催されたFIA表彰式に出席し、正式にF1ワールドチャンピオンとしてトロフィーを受け取った。

    表彰スピーチでの“失言”
    金曜夜の受賞スピーチの中で、26歳のノリスはタイトル獲得までのシーズンを振り返る中で、不用意に放送禁止用語を使ってしまった。

    「僕と、僕たちはいくつかのミスやf*** upもしてきた。ここでそれ言っていいのかな? 大丈夫?」とノリスはタシケントのステージ上で語った。

    ドライバーの暴言に対する取り締まりを主導し、罰金を科してきた当人でもあるビン・スライエムは、冗談めかして「1万!」と即座に返した。

    これに対しノリスは、「あ、ごめんなさい、罰金取られた! 今なら払えます!」と続け、会場の笑いを誘った。

    その後、ビン・スライエムがノリスの髪をくしゃっと乱す場面もあり、両者の間には一瞬、気まずい空気が流れた。これは、ヤス・マリーナでの最終戦後、クールダウンルームでも同様のことがあった出来事を繰り返した形だった。

    ビン・スライエムはさらに、「5,000ユーロの罰金にしようかと思ったが、今は髪を直すのに必要そうだからな。私がぐちゃぐちゃにしたから」と付け加えた。

    ランド・ノリス 国際自動車連盟 受賞式

    ノリスが語る“夢”のタイトル
    ノリスはスピーチの中で、マクラーレン、チームメイトのオスカー・ピアストリ、そしてタイトル争いを演じたレッドブル・レーシングのマックス・フェルスタッペンに敬意を表した。

    「信じられない気分だ。これは多くの人、多くのレーシングドライバーにとっての夢で、僕はついにそれを生きることができた。子どもの頃に抱いていた、あの一つの夢を実現できた」とノリスは振り返った。

    「マクラーレン、長年一緒にやってきたこのチームに心から感謝したい。僕たち2人に素晴らしいクルマを与えてくれて、時にはレースをとても簡単で、美しいものにしてくれた。そのおかげでシーズン最後まで多くの勝利を持ち帰ることができた」

    「ピアストリ。素晴らしいチームメイトで、ここ数シーズンで僕を大きく成長させてくれた存在だ。僕たちを今のチームにし、コンストラクターズを2年連続で制するチームへと導いてくれた」

    「そしてもちろんマックスにも。最後まで僕たちを追い込み、プレッシャーをかけ続けてくれた。マックスがいつもやっていることそのものだ」

    ノリスはさらに続けた。

    「ここで皆と一緒に成長し、マクラーレンとともにこの結果を出し、ルイス(ハミルトン)、マックス(フェルスタッペン)、セブ(ベッテル)、フェルナンド(アロンソ)といった世界王者たちとレースができたことは本当に素晴らしい」

    「子どもの頃に憧れて見ていたドライバーたちと同じ舞台で戦い、彼らに挑み、自分が何ができるのかを示すチャンスを得た。そして今年、それをやり遂げることができた」

    「とても誇りに思っているし、もちろん本当に幸せだ。日曜のレース後はすごく感情的になったし、その後はめちゃくちゃ酔っ払って、最高の時間を過ごしたよ!」

  • ランド・ノリス F1初戴冠インタビュー「僕の人生を地獄にした2人へ」

    ランド・ノリス F1初戴冠インタビュー「僕の人生を地獄にした2人へ」

    2025年F1ワールドチャンピオンに輝いたランド・ノリスは、シーズン最終戦アブダビGP後、F1 Correspondent & Presenterのローレンス・バレットによるインタビューに応じ、初戴冠の喜びと、その裏にあった思いを率直に語った。

    アブダビの豪華なパドックビルのひとつ、その屋上に設けられた撮影スペースの端にランド・ノリスが姿を現した瞬間、シーズン最終戦で3位フィニッシュを果たし、初のワールドタイトル獲得に必要なポイントを確保したその瞬間から彼の顔に刻まれている笑顔は、今もなおまぶしいほどに輝いていた。

    彼は軽やかに椅子のところまで跳ねるようにやってきて「やあ」と声をかけ、体をくねらせながら座り心地を確かめる。マクラーレンのドライバーは、両手でマイクを握りしめたまま笑顔を崩さず、インタビューを始めたくてたまらない様子で、ローレンス・バレットの方を見つめている。こんなことはそうそう起こらないが、今は特別な時間だ。

    ノリスは高揚している。全身が汗とシャンパンでびしょ濡れになっていようとも、その高揚感を削ぐものは何もない。これは彼の瞬間だ。人生をかけて目指してきた、その瞬間である。

    ローレンス・バレットが改めて彼を「ワールドチャンピオン」と呼ぶと、ノリスはくすっと笑い、マイクをさらに強く握りしめながら、その笑顔はますます大きくなった。レースが終わってからすでに2時間ほどが経ち、すべての放送局を回るテレビペンでの取材を終え、さらにメディアを前にした長時間のチャンピオン会見をこなし、その後ガレージでチームと祝杯を挙げてきたはずだが、それでもまだ実感が湧いていないことは明らかだった。まったく、まだ現実感がないのだ。

    「僕たちが成し遂げたことを受け止めるには、少し時間が必要なんだ」とノリスは言う。「僕は夢を叶えた。あの小さな男の子の夢をね。

    6歳の頃、テレビで見て『僕もあれをやりたい』って思っていた自分がいて、今、ここにいて、それを実現している。これは本当にクレイジーだよ。だからまず最初に言わなきゃいけないのは、両親、ママ、パパ、兄弟姉妹、初日からそばにいてくれた人たちへの大きな感謝だ。本当に、ものすごい旅だった。

    マクラーレンとともに過ごした長い年月、浮き沈みもあった。でも今年、僕はそれらすべてに対して、一度に『ありがとう』を言えたと思う。コンストラクターズ(タイトル)とドライバーズ(タイトル)という形でね。いつ本当に実感できるのかは、正直分からない。

    正直に言うと、さっきトイレに行ったんだ。初めて一人になれて、静かで落ち着いた時間があって、そこで『ああ、やったんだ、やったんだ、やったんだ!』って思った。

    本当に、ついにこの感覚を味わえるのは信じられない。ほんのひとときでも、世界の頂点に立ったと感じられること。そして、自分にこれだけ多くを注いでくれたすべての人たちに恩返しができること。始まりは両親だったけど、エンジニア、メカニック、ファクトリーにいるみんなもそうだ。彼らはこの結果のために、本当に、本当に一生懸命働いてくれた。

    今日は言葉で『ありがとう』と言うだけじゃなくて、チャンピオンシップという行動そのものが、それ以上の意味を持っている。だから、世界中に向けて彼らに感謝したい」

    「自分は本当に幸運な人間だと分かっている」
    ノリスは、良い日であろうとそうでなかろうと、インタビューで長く語ることに慣れている。物事に正面から向き合い、説明し、正直でいる。それが彼のやり方だ。

    チャンピオンを獲得した今、その答えはさらに長くなった。チーム全体の努力であること、そしてこれまで支えてくれたすべての人たちを強調したかったからだ。それに、自分が成し遂げたことの途方もなさが、頭の中で渦巻いていて、簡潔に言葉にするのが難しかった。感覚が溢れ返っていた。

    彼が最初に抱きしめたのは、パルクフェルメで誇らしげに息子を待っていた両親だった。

    「とてもシンプルだよ」とノリスは言う。「彼らがいなければ、僕はここにいなかった。夢を生きるチャンスも、今の素晴らしい人生を生きることもなかった。

    僕は本当に幸運な人間だ。それは分かっている。だからこそ、自分がどれだけ恵まれているかも理解している。こんな若い年齢からカートに乗って、世界を旅して、今やっていることを楽しめる機会をもらえたんだから。

    今、僕は最大の形で『ありがとう』を言える立場になった。そして、恩返しができる。でも、この立場にいると、それは本当に難しい。いつも自分が受け取る側で、周りのみんなが支えてくれて、自分がスターみたいに見られるからね。

    でも、僕はその部分が好きじゃない。ただ、みんなが幸せそうにしているのを見るのが好きなんだ。それが世界で一番クレイジーな感覚だよ。自分がこれだけ大きな影響を与えられると知ること。そして、ママが泣いているのを見ること。パパもね。それが、これがどれだけ彼らにとって大きな意味を持っているかを物語っている」

    「これまでで一番良い仕事をしなければならなかった」
    ノリスはオーストラリアで勝利し、最高の形でシーズンをスタートさせた。しかしその後は、マシンへの適応に苦しむ中で、チームメイトのオスカー・ピアストリがタイトル争いを主導していった。ノリスも解決策を見つけ、モナコと母国シルバーストンで初勝利を挙げたが、ピアストリは勢いに乗り、夏休み前にかけて徐々に差を広げていった。

    ザントフォールトで2位走行中にノリスがストップし、ピアストリが勝利を収めたとき、ノリスは砂丘に座り込み、頭を抱えながら34ポイント差をどうやって覆すのかを考えていた。

    「あの時は、本当に人生がものすごく大変だと思った。そして、そこから先はずっとそうだった」と彼は振り返る。「これまでで一番良い仕事をしなければならなかった。たくさんのレースで勝たなければならなかった。常にチームメイトに勝たなければならなかった。常に全員に勝たなければならなかった。

    あの時点では、本当に重く感じた。1週末で彼に勝つことすら、やっとだったからね。

    シミュレーターでも、ここサーキットでも、エンジニアたちと一緒に、問題を理解し、これまで以上に深く掘り下げていった。より効率的になるために、いろんな人を巻き込んで、自分自身を理解し、自分からもっと引き出す方法、周囲の人たちからもっと引き出す方法、チームとしてどうすればもっと良くなれるかを考え続けた。

    そうしたすべての小さなこと。誰にも見えないし、誰も知らないこと。僕と、僕の周りのチームだけが知っていることだ。今日のような結果を出すために、彼らは本当に僕を後押ししてくれた。

    それを他の人に知ってもらう必要も、気にしてもらう必要もない。ただ、僕自身が知っている。『どうすればランドをより良い人間に、より良いドライバーにできるか』『34ポイント差からチャンピオンになれるのか』、そのためにどれだけの努力と時間と仕事が注がれたかを。

    そのすべてが報われた。それが、あの時一番嬉しかった理由だ。『本当にやっている』『やるべきことをやっている』と感じられたから。それが僕の仕事で、周りの人たちがいなければ、決してできなかった」

    ノリスはピアストリのリードを少しずつ削り、メキシコとブラジルでの圧倒的な勝利によって主導権を握った。しかし、ラスベガスでのマクラーレン2台失格と、カタールでの戦略ミスによって、友人であり4度のワールドチャンピオンであるマックス・フェルスタッペンが再び争いに戻ってきた。最終戦を前に、その差はわずか12ポイントだった。

    それでもノリスは動じなかった。ザントフォールト以降、彼は自分の殻にこもり、最も信頼する人たちだけを近くに置いた。そして、セバスチャン・ベッテルを含む、成功を収めたトップアスリートたちの助言にも支えられていた。

    「信じられないような人たちから、素晴らしい言葉やメッセージ、会話をもらった。いろんな競技で世界チャンピオンになった人たちだ。ルイスやセブもそうだ。僕がセブと話していることを知らない人は多いと思う。

    元MotoGPチャンピオンのケーシー・ストーナーもそうだ。僕が一番必要としていたときに、『これを考えろ』『自分を信じろ』って短いメッセージを送ってくれて、助けてくれた。

    2ポイント差でチャンピオンを獲ったことを考えれば、こうした周りの人たちからの信頼の瞬間が、その2ポイントをもたらしてくれたと言っていいと思う。だからこそ、みんなに感謝しなければならない。2ポイント、それが必要だったんだ」

    ランド・ノリス F1 マクラーレン

    「フェルスタッペンとピアストリは僕の人生を地獄にした」
    フェルスタッペンを打ち破り、そしてシーズンの3分の2にわたってタイトル最有力に見えたピアストリを抑えての戴冠。それは非常に印象的な偉業だ。

    「マックスとオスカー、特にオスカーのことは忘れないでほしいけど、彼らは今シーズン、僕の人生を地獄にした」とノリスは言う。「彼らが時々、僕を徹底的に叩きのめしてくれたからこそ、今の僕がある。

    そのたびに自分に問いかけるんだ。『どうしてここでこんなに差をつけられた?』『どうしてこのコーナーをあんなに上手く走れる?』って。

    マックスについては、すでに多くを成し遂げているから、みんな理解している。4度のワールドチャンピオンで、F1史上最高のドライバーのひとりだと本気で思っている。努力家で、信じられないほどのドライバーで、必要なものをすべて持っている。そしてオスカーは、いわば新顔だけど、20年もやってきたかのように走る。彼もまた、僕の人生をとても難しくした。

    チームメイトとして、お互いに難しい状況を作り合った。その結果、マックスが追いつき、僕たち二人の人生をさらに難しくした。でも、どうやって彼らに感謝し、称え、祝福すればいいのか、正直分からない。

    オスカーと一緒に祝いたい気持ちはある。でも同時に、彼はチームメイトだから難しい部分もある。彼が今、いろんなことを考えているのは分かっている。将来、僕が彼の立場になることもあるだろうし、その時は同じことを考えているはずだ。もしかしたら、彼がここに座って、君と話しているかもしれない。

    だからこそ、オスカーとマックスの両方に敬意と称賛を示したい。マックスはもう十分にそれを得ているけど、オスカーには特にね。インタビューをする以上、彼らへの祝福と感謝、そして評価を伝えないわけにはいかない」

    この20分に及ぶインタビューを終え、ノリスは世界中に配信される放送用の取材をきっちりとこなした。彼はその必要性を理解していたが、同時に、できるだけ早く友人たちのもとへ戻り、この信じられない偉業を祝いたい気持ちも隠せなかった。

    それからわずか36時間後(その間に相当な祝宴を挟みつつ)、彼は再びサーキットに戻り、2026年に向けたテストに参加した。F1は誰も待ってはくれない。

    それでも、昨夜ワールドチャンピオンのトロフィーを受け取るなど、まだ多くの仕事を残しながらも、まもなく数週間のオフを得て、ようやく日常から離れ、この生涯の夢を叶えたことを、心から味わい、噛みしめる時間を持つことになるだろう。

  • F1王者ランド・ノリス、ルイス・ハミルトンの2026年復活を支持「必ず立ち直る」

    F1王者ランド・ノリス、ルイス・ハミルトンの2026年復活を支持「必ず立ち直る」

    2025年のF1ワールドチャンピオンに輝いたランド・ノリスは、フェラーリF1移籍初年度に苦戦したルイス・ハミルトンについて、2026年には再び本来の姿を取り戻すと信じていると語った。

    ハミルトンは2025年シーズン開幕前にメルセデスからフェラーリへ移籍したが、新天地ではパフォーマンスに苦しみ、F1キャリアで初めてシーズン未表彰台に終わった。一方、ノリスはマクラーレンF1で僅差の2ポイント差でタイトルを獲得している。

    ノリスは、今後数年にわたってハミルトンとトップ争いを演じることを楽しみにしていると語った。

    「明らかに、フェラーリは今年、誰もが予想していた以上に苦しんでいたと思う」とノリスはSky Sportsに語った。

    「ルイスは、おそらく史上最高のドライバーだということを自ら証明してきた。厳しい年から立ち直れる人間がいるとすれば、それはミスター・ハミルトンだということを誰もが知っているし、彼ともっとレースで戦えるなら、それ以上の喜びはない」

    「世界最高のドライバーとレースができるというのは、常に特権だ。フェルナンド(アロンソ)、ルイス、マックス(フェルスタッペン)と、そういう存在が何人もいる」

    「僕たちの多くは、そうしたドライバーたちの足跡をたどりたいと思っている。ジョージ(ラッセル)やオスカー(ピアストリ)もその一人だし、グリッドには本当に多くのドライバーがいる」

    アブダビGPでタイトルを決めた日曜の夜、ノリスはハミルトンやフェルスタッペンを含む主なライバルたちへの敬意を改めて強調した。

    2024年F1ハンガリーGP後のクールダウンルームで、ハミルトンからの称賛に対し「7年前は速いクルマに乗っていた。今は僕たちだ」と応じた自身の発言に触れつつ、ノリスは感情が高ぶった場面での言葉が本心を反映していないことを認めた。

    「正直に言って、ときどき僕はバカなことを言ってしまう。マックスについてだったり、過去にルイスについて言ったことも、みんなが話題にするような発言をしてしまった」とノリスは語った。

    「後悔していることもあるし、口にしなければよかった、取り消せるならそうしたいと思うこともある」

    「でも、僕は誰よりも敬意を払っていると本気で思っている。オスカーにも、マックスにも、そしてルイスにも最大限のリスペクトを示そうとしている。彼は7度のワールドチャンピオンだ」

    「彼は最高のドライバーだ。シューマッハと比較される存在で、F1史上最高のドライバーだと思う。僕はそこには全然及ばないし、もしかしたら一生届かないかもしれない」

    「今日という日を夢見てきて、それを成し遂げた。でも、それは彼の7回と比べれば1回にすぎない」

    「クールダウンルームなどで言ってしまった発言を後悔しているかと聞かれれば、答えはイエスだ。ああいうのは感情が高ぶった瞬間のものだし、言った直後に『なんでこんなことを言ったんだ』と思うこともある」

    「だからこそ、できる限り正直でいようとしているし、常に本当の気持ちを語ろうとしている」