カテゴリー: インディカー

  • 佐藤琢磨、KVレーシング・テクノロジー・ロータス残留が決定

    佐藤琢磨、KVレーシング・テクノロジー・ロータス残留が決定

    KVレーシング・テクノロジーの共同オーナーであるケヴィン・カルコーヴェンとジミー・ヴァッサーは、佐藤琢磨とE.J.ヴィソがKVレーシング・テクノロジー・ロータス・チームより2011年IZODインディカー・シリーズに参戦すると発表した。

    佐藤琢磨は、昨年テストの機会が最小限で、インディーカーを走らせたこともなければサーキットも知らないところばかりだったにもかかわらず、エドモントンでトップ10フィニッシュを成し遂げた。

    また、予選では8回もトップ10に食い込み、ファイアストン・ファスト6には3度進出。ミドオハイオではシーズン・ベストとなる3番グリッドを手に入れた。オーバルでの最高位はシーズン終盤の2レースで記録したもので、そのなかには目覚ましい活躍を示したツインリンクもてぎでのレースが含まれる。

    「KVレーシング・テクノロジー・ロータスで2シーズン目を迎えることができ、期待に胸を膨らませています」と佐藤琢磨はコメント。

    「このチームには信じられないほどのポテンシャルがあります。冬の間、ファクトリーに戻ったスタッフは懸命に働き、マシーンのパフォーマンスを高める努力をしてくれたので、僕自身のモチベーションも高まっていますし、2年目のインディカー・シリーズを迎える準備は整っていると思います。僕を支援してくださるスポンサーの方々に深くお礼を申し上げるとともに、すぐにでも皆さんと一緒に大きな成功を分かち合えることを楽しみにしています」

    「タク」の愛称で知られ、先ごろ34歳になったばかりの佐藤琢磨はNo.5をつけたKVレーシング・テクノロジー―ロータス・ホンダ/ダラーラ/ファイアストーンのマシーンを駆る。F1で7シーズンを経験したベテランで、日本ではスタードライバーのひとりに数えられる佐藤琢磨は、インディカー・シリーズで2シーズン目を迎えることになる。

    「琢磨、そしてE.J.とともに2011年シーズンを迎えることができて、本当に喜んでいます」とジミー・ヴァッサーはコメント。

    「ふたりのドライバーが揃ってコクピットに戻ってくれたおかげで、我々の参戦体制に継続性が生まれることになりました。同じドライバー、同じエンジニアのコンビで2年目を迎えられることはチームにとって大きなメリットであり、これが原動力となって好成績が得られるものと期待しています」

    ロータスのモータースポーツ・ディレクターであるクラウディオ・ベッロは次のように語った。

    「我々にとって、昨年はすべてが勉強の一年でしたが、今年は是非とも、何度か表彰台に立ちたいと考えています。そして、トップチームに挑戦できるようになることを期待しています」

    「我々がインディカー・シリーズで実行していることは、他のカテゴリーで実践していることとよく似ています。つまり、まずは実績のあるチームと組んで状況を見極め、その後は取り組みを徐々に拡大する方向で挑戦を続けるというものです。KVRTとの連携をより深めているのは、2012年以降、エンジンやエアロキットを供給しようとする我々の意思を示す第一歩だといえるでしょう」

  • 佐藤琢磨、2011年の所属チームをまもなく発表

    佐藤琢磨、2011年の所属チームをまもなく発表

    佐藤琢磨は、インディカーでの2シーズン目にむけて準備を進めている。

    まだ2011年の所属チームを明らかにしていない佐藤琢磨だが、昨年のイベントでは「100%インディカーシリーズで走ります」と明言。2010年に所属したKVレーシング残留が基本路線だと述べていた。

    1月28日に34歳の誕生日を迎えた佐藤琢磨は、自身のブログでインディアナポリスでメディカルチェックを終えたことを明らかにした。

    「28日の今朝はですね、シーズン前恒例のメディカルチェック」と佐藤琢磨はコメント。

    インディカーは2月中旬から合同テストがスタートするため、2月上旬には2011年の所属チームが発表されると思われる。

    インディカー・シリーズ開幕戦は、3月27日にセント・ピータースバーグで開催される。

  • インディカードライバー 佐藤琢磨

    インディカードライバー 佐藤琢磨

    佐藤琢磨のインディカー挑戦1年目の戦いをまとめた著書「インディカードライバー佐藤琢磨」が発売された。

    2010年、F1からインディカーに戦いの場を移した佐藤琢磨が、全く未知のフィールドでこの1年間、何を考え、どんな困難に直面し、何を目指してレースを戦い、前進していったのか。

    「インディカードライバー佐藤琢磨」は、佐藤琢磨のインディカーデビューシーズン1年間の走行全セッションのインタビューコメントをまとめるというかつてない手法で読者に伝える、いわば佐藤琢磨のロードムービー。

    単なるコメントの羅列ではなく、アメリカンモータースポーツの第一人者である著者・天野雅彦の冷静な目を通して、佐藤琢磨という稀有な才能を持ったドライバーが、未知のフィールドで1年間何を考え、何を目指して戦い、どのように成長していったのかをリポートし、F1の世界では決して見ることができなかったリアルな佐藤琢磨を日本のモータースポーツファンに伝える。

    1年間全セッションの生コメントの圧倒的な重みとリアル感が、マンセル、ビルヌーブ、モントーヤを間近で見てきた天野氏の視点によりリポートされる。

  • 武藤英紀、2011年はインディカーへのフル参戦を断念

    武藤英紀、2011年はインディカーへのフル参戦を断念

    武藤英紀は、2011年にインディカーにフル参戦しないことを自身のブログで明らかにした。

    2007年にインディカーでデビューを果たした武藤英紀は、2010年に名門ニューマン・ハースに移籍。しかし、マシンの競争力不足などにより総合18位でシーズンを終えていた。

    武藤英紀は17日、『空っぽ』というタイトルでブログを更新。二年間暮らしたシカゴの家の整理を行ったことを明らかにし、2011年はインディカーにフル参戦しないことを明らかにした。

    「最後に家を出る時、空っぽになった部屋を見て淋しかったけど、同時に頭も空っぽにして新しい事をどんどん吸収していきたい!そういう気持ちになりました」

    「2011年はINDY CARへのフル参戦はしません。ただ、条件が合えばスポット参戦は考えています」

    「詳しい事は、全てが決まり次第ご報告させて頂きます」

    武藤英紀は、2011年はインディカーに限らず、フォーミュラ・ニッポンやSUPER GTを含めた他カテゴリーへの転向も視野に入れていることを明らかにしている。

  • 武藤英紀、国内レース復帰も視野

    武藤英紀、国内レース復帰も視野

    武藤英紀は、2011年はインディカーに限らず、フォーミュラ・ニッポンを含めた他カテゴリーへの転向も視野に入れていることを明らかにした。

    今年ニューマン・ハースに移籍した武藤英紀だが、マシンの競争力不足などにより総合18位と低迷。2008年にインディカーでデビューしてから2年連続で獲得してきた表彰台も逃した。

    武藤英紀は、2011年にむけてインディカーへの継続参戦を基本路線に複数のチームと交渉しているが、優勝を狙えるシートを獲得できない場合は他カテゴリーへの転向も視野に入れていることを明らかにした。

    「表彰台には乗ったのであとは優勝しかない」と武藤英紀はコメント。

    「ちゃんとした体制でなければ狙えない。いい車に乗ることが大前提」

    「インディで戦闘力のないチームで乗るより、違うシリーズで勝てるクルマに乗る」とした武藤英紀は「他のトップシリーズでも話を進めたい」とGP2やフォーミュラ・ニッポンへの転向も視野に入れていることを示唆した。

  • 佐藤琢磨 「2011年も100%インディカーシリーズで走ります」

    佐藤琢磨 「2011年も100%インディカーシリーズで走ります」

    佐藤琢磨は、2011年もインディカーに参戦することを明言した。

    F1と決別し、新天地インディカーシーズンで初シーズンを過ごした佐藤琢磨。27日(土)に都内で開催されたファンイベントの記者会見で、2011年への意気込みを語った。

    「とにかくレースシーンに戻れたことが、僕にとっては大きなターニングポイントでした」とインディカー初年度を振り返った佐藤琢磨。

    「ロードコース、オーバルの両方でレース中にトップ3を走ったこと、勝負をして前に上がれたことは自分のなかで大きな自信に繋がったし、手応え、来年に向けたポテンシャルとしても大きかったですね」

    「確かに最終リザルトとして満足のいく結果は残らなかったですが、ひとつひとつのプロセスはポジティブに捉えているし、来年に繋げるために自分のなかでたくさんのことを吸収して、これまでとまったく違うシリーズで次に繋がるいいシーズンだったかなと思います」

    2011年に関しては「100%インディカーシリーズで走ります」とインディカーの参戦を明言。チームに関してはまだ契約は結んでいないが、KVレーシング残留が基本路線だと佐藤琢磨は語った。

    「チームはまだ発表段階ではないですが、もちろんKVレーシングと非常に近い位置にいますので、基本的には継続でいく意思は凄く強いです」

    「(残留は)当然の流れだし、僕自身、チームを作っていくことに意味はあると思っています。チームも昨年は1台体制で今年3台体制と大きく変わったなかで、良かった部分と悪かった部分がたくさんあったし、そういう意味でチームも来年にむけてもう一度変えていこうという部分もある。それは僕との話し合いの中でも大きくなっているのは事実ですね」

    「良くしていかなければならないところはたくさんあるけど、その部分がクリアになっただけでも物凄く収穫の一年だったし、僕自身もロータスブランド復活の一員になれたことを誇りに思っています」

    「僕自身をインディカーの世界に引きいれてくれたチームでもあるし、チームの持つ良さも凄くあるので、それが2年目の僕のベクトル・要求にあっているのかお互いにみえて、それであれば合意に達すると思います」

    ただし、条件によっては他チームへの移籍の可能性もゼロではないと琢磨は語る。

    「契約を実際に締結する間際まで、どことは言えないですが、他のチームに行く可能性はゼロではないです」

    「インディカーにきた意味というところも深く考えて、とにかく来年以降に繋がる、やっぱり僕はトップを走りたいし、そのために準備を整えています」

    新天地インディカーでも力強い応援をしてくれたファンへは「今シーズンは、皆さんの前でレースができて、ここまで応援して頂いたことに凄く感謝しています」と感謝の気持ちを述べた佐藤琢磨。

    「ファンにとってもまったく新しいレースで、たくさんのわからないことだったり、たぶん僕と同じようにリザルトが出ないことによるもどかしさもたくさんあったと思いますが、そんななか力強いサポートをしてくれて本当にありがとうございました」

    「来年も引き続きさらに前進して、ひとつでも上のポジションを狙っていきたいので、これからも応援宜しくお願いします」

  • ホーピン・タン、インディカーをテスト

    ホーピン・タン、インディカーをテスト

    ホーピン・タンは、セブリングで2日間にわたりFAZZT Race Teamのインディカーをテストした。

    中国系オランダ人ドライバーであるホーピン・タンは今年、ルノーのリザーブドライバーを務めながらDAMSからGPに参戦していた。

    FAZZT Race Teamは、ホーピン・タンをマネジメントするグラビティ・スポーツと商業契約を結んでおり、今回の走行はその行かんとして行われた。

    「僕にとっては非常に新しいことだし、ヨーロッパと比較すれば多くの違いがある」とホーピン・タンはコメント。

    「インディカー・シリーズのトラックはずベ手が非常に異なるし、ちょっとした適応が必要だ。マシンはまさにレーシングカーだ。4つのホイールとステアリングホイールが付いていて、できるだけ速く走らなければならない。でも、操縦には感銘を受けたし、運転して楽しかった」

    「インディカーを経験するためにここセブリングにいるれることは重要なことだ。段階的に行う必要があるし、最初のステップとしては良かった。他のマシンがどのような走行をするかを確認するのは興味深いことだ。でも、土台としては良かったね」

    「中国ではまだモータースポーツは比較的新しいけど、急速に発展している。インディカーはアメリカで最高峰のシングルシーターだし、インディ500は世界で最大のモータースポーツイベントで中国人を引きつけるイベントだ。僕にとってはうまくやることが重要になるだろう。僕たち中国人はパフォーマンスに非常に関心を持っている。インディカーで良い仕事ができると確信している」

  • シボレー、インディカー復帰を発表

    シボレー、インディカー復帰を発表

    シボレーは、インディカーに新しい規約が導入される2012年からエンジンサプライヤーといてインディカーに復帰することを発表した。

    インディカーは、2005年にシボレーとトヨタが撤退しからホンダがエンジンを単独供給しているが、シボレーの復活により2012年からマニュファクチャラー争いが復活する。

    すでにペンスキーが、エンジンビルダーのイルモアと協力して製造されるシボレーのターボ付V8エンジンを使用することをコミットしている。

    「2012年からIZODインディカー・シリーズに再びエンジンメーカー競争が始まることに興奮している。シボレーは、レース、テクノロジー、レラバンス、イノベーションに強い情念を持ち込んでおり、我々の新しいマシンプラットフォームに最適だ」とインディカーのランディー・バーナード代表は語る。

    「シボレーが加わるインディカー・レーシングの将来に興奮している」

    シボレーは、1986年にペンスキーとともにアメリカのシングルシーターシーンに参入。1993年までチャンプカーにエンジンを供給していた。その後、親会社のGMはオールズモビルのブランドで1997年にインディカー・レーシング・リーグに参戦したが、2002年からはシボレーブランドを再導入した。

    シボレーのマーケティング副社長クリス・ペリーは、インディカーが同社のモータースポーツ活動にとって理想的なプラットフォームであると述べた。

    「我々の共同創設者であるルイ・シボレーが1909年に初めてここでレースを行って以来、インディアナポリス・モーター・スピードウェイはメーカーにとって実験場だった」

    「シボレーとしてのインディカー復帰は、その100年間の自然の成り行きだ。エンジンプログラムが効率的でパワフルであることのショーケースになると同時に、エンジンテクノロジーは、カマロ、新型クルーズやイキノックスのような新しいシボレー車両と並行して進んでいく」

    関連:
    インディカー、2012年マシンの概要を発表 – 2010年7月15日

  • 佐藤琢磨、18位完走で初年度を締めくくる (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨、18位完走で初年度を締めくくる (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨は、インディカー最終戦マイアミの決勝レースを18位で完走し、インディカーでのデビューシーズンを終えた。

    9番グリッドからナイトレースをスタートした佐藤琢磨だが、マシンセッティングが完ぺきではなく、レース序盤に20番手まで大きく後退。ピットストップでマシンセッティングを改善しながらバトルを続け、最後のピットストップを終えた後には13位まで挽回した。

    しかし、激しいバトルを繰り広げた他車のラフなドライビングによる接触などのトラブルが重なり、18位でのゴールとなった。

    佐藤琢磨は、トータル214ポイントを獲得し、インディカー参戦初年度をランキング21位で終えた。

    佐藤琢磨 (18位)
    「本当に厳しいレースでした。レース序盤はマシンバランスに苦労しましたが、最初のピットストップでセッティングを変更し、そこからマシンはよくなりました。ただ、今日はスピードが不十分でした。少しセッティングで慎重になり過ぎていたと思います。2台、3台が並んでの激しいバトルが続く、エキサイティングなレースになっていました。残念なのは、レースの終盤に何度かの接触があったことでした。最後はターン3で2台に挟み撃ちにされるようなカタチとなって、アクシデントを避けたためにいくつかポジションを落としてしまいました。今晩はピットストップもミスはありませんでした。シーズンを通してハードワークを続けてくれたクルーたちに感謝します。もっといい結果を残したかったシーズンでしたが、本当に多くのことを学び、吸収できた一年でした」

  • 武藤英紀、20位完走でシーズンを終える (インディカー最終戦)

    武藤英紀、20位完走でシーズンを終える (インディカー最終戦)

    武藤英紀は、インディカー最終戦マイアミの決勝レースを20位完走で終えた。

    武藤英紀は26番手からスタート。トップグループとピットタイミングを変えてポジションを上げたシーンもあったが、その作戦は成功せず。それでも、レースが進む中でハンドリングを向上させ、20位でフィニッシュした。

    武藤英紀は、トータルで250ポイントを獲得し、ランキング18位でシーズンを終えた。

    武藤英紀 (20位)
    「昨日のプラクティスの後にマシンセッティングを大幅に変更しました。それはいい方向に出ていたと思います。今日の自分たちのマシンはリスタートなどでのハンドリングが悪く、集団の中でも安定していませんでしたが、レースが落ち着いてクリーンエアの当たる状態ではスピードを上げ、そこから何台かをパスしていくという戦いになっていました。全体的に見て、レースが進むにつれてマシンの状態はよくなっていったと思います。やっとマシンの調子が上がってきたところで最終戦を迎えたのは残念ですが、難しいマシンを走らせ続けたことでドライビングスキルも磨かれたし、マシンセッティングについては昨年まで以上に深く考え、多くを学べた一年でした」