カテゴリー: インディカー

  • 佐藤琢磨 2024年インディ500合同テスト「1日だけでも大きかった」

    佐藤琢磨 2024年インディ500合同テスト「1日だけでも大きかった」

    佐藤琢磨が、2024年インディ500の合同テストに参加。2017年と2020年のインディ500ウイナーである佐藤琢磨は、自身15回目のインディ500にRahal Letterman Lanigan Racingから参戦する。

    3勝目に向けてテストに臨んだ佐藤琢磨だったが、雨のため走行は15周にとどまり、ベストラップの平均時速221.834マイルで23番手という結果だった。

    佐藤琢磨は「1日だけでテストが終了となってしまい残念です。もっともっと走りたかったです」とコメント。

    「昨年のテストも2日目が雨で中止となりました。それでも、今年のレースを戦うマシンで走行できたことには大きな意味があります。用意していたうちの4分の1ぐらいですが、テストプログラムをこなせました。75号車のクルーたちにとっても、現場でマシンを走らせる機会となりました。彼らが今後、仕事をスムーズに進めていくためにも、テストを1日だけでも行えたのは大きかったと思います」

    「僕の担当エンジニアは2020年にインディ500で勝った時と同じ、エディー・ジョーンズです。僕も彼も、また一緒に働けるということで高いモチベーションを持っています。4台体制のチームですから、5月にはほかの3人のドライバーたちと力を合わせて戦いたいと思います」

    インディ500 2024年

    インディ500に向けた合同テストは雨のため1日のみの走行に

    毎年5月に開催される世界最大級のレースであるインディ500マイルに向けた合同テストが開催され、34台のインディカーが集結した。しかし、4月10日(水)と11日(木)の2日間を予定されていたテストは天候に恵まれず、十分な走行はできなかった。

    1日目は午前に約2時間のプラクティスが行われました。午後には5時間半と長い走行時間が用意されていたが、強い雨のため開始からわずか1時間ほどで終了。さらに2日目は朝から雨が降り続け、天候の回復が期待できない状況だったため、そのままテスト終了が宣言された。

    インディ500には、初めて参加するドライバーに向けたルーキー・オリエンテーション・プログラム(ROP)がある。インディ500特有の時速230マイルという超高速走行に慣れるために不可欠なもので、たとえF1チャンピオン経験者であろうと、初出場であれば参加を義務づけられる。

    今年のレースに挑戦するルーキーは7人で、そのうち5人がHondaドライバーだ。マーカス・アームストロング(Chip Ganassi Racing)、リヌス・ルンドクヴィスト(Chip Ganassi Racing)、トム・ブロンクビスト(Meyer Shank Racing)の3人は昨秋開催されたROPを受講。今回はキフィン・シンプソン(Chip Ganassi Racing)とノーラン・シーゲル(Dale Coyne Racing)の2人がROPに参加し、これを通過してハイスピードレースへの出場権を手に入れた。

    1日限りとなったテストでは、2008年のインディ500ウイナーで、シリーズチャンピオンに6度輝いているスコット・ディクソン(Chip Ganassi Racing)が平均時速226.346マイルで3番手。昨年と21年のシリーズチャンピオン、アレックス・パロウ(Chip Ganassi Racing)が4番手、コルトン・ハータ(Andretti Global)が5番手につけた。

  • プレマ・レーシング 2025年からインディカー参戦を発表

    プレマ・レーシング 2025年からインディカー参戦を発表

    プレマ・レーシングは、2025年シーズンからインディカー・シリーズにシボレーから2台のフルタイムエントリーで参戦する計画を発表した。

    北米最高峰のオープンホイールチャンピオンシップへの進出は、40年にわたり80ものタイトルを獲得してきたジュニアフォーミュラ史上最も成功したプログラムのひとつであるプレマにとって特筆すべき動きだ。

    プレマの新しいインディカー組織は、カーリンがインディカー・シリーズに短期間参戦したのに続き、インディアナ州の新しい拠点から初めてインディアナポリス500に参戦することになる。

    「今日の発表は、プレマ・レーシングの歴史において極めて重要な瞬間だ」とチーム代表のルネ・ロザンは語った。

    「インディーカー・シリーズにステップアップし、世界的に有名なインディアナポリス500に参戦することは、我々のファミリーにとっても、我々のビジネスに関わるすべての人にとっても、夢の実現だ」

    「我々はインディカー、そのユニークな挑戦とセンセーショナルな歴史に多大な敬意を抱いており、その一員となることを楽しみにしている」

    「インディーカーに参戦するのは簡単なことではないが、我々はベストを尽くし、可能な限り早く学び、最初からトップコンテンダーになることを決意している」

    「勝利のために戦いたいという思いが我々の原動力であり、徹底した挑戦は成功へのモチベーションをさらに高めてくれるだろう」

    「この新しい章は、プレマ・レーシングとその従業員にとっても有益であり、素晴らしい学習の機会とノウハウの移転が生まれるだろう」

    「温かく迎えてくれたインディカーと、このプロジェクトをサポートしてくれたシボレーに感謝したい。インディアナの新しいショップで営業を開始し、一刻も早くコース上での走行を開始するのが待ちきれない」

    1983年にアンジェロ・ロジンが設立して以来、プレマは1997年のF1ワールドチャンピオンで1995年のインディ500ウィナーであるジャック・ヴィルヌーヴをはじめ、ライアン・ブリスコー、フェリックス・ローゼンクヴィスト、マーカス・アームストロング、カラム・アイロットといった元インディカードライバーや現インディカードライバーといった若い才能を輩出してきた。

    2024年のF1グリッドには、シャルル・ルクレール、オスカー・ピアストリ、エステバン・オコン、ピエール・ガスリーらプレマ出身のドライバーが9人いる。

    インディカーのジェイ・フライ社長は「プレマ・レーシングは、オープンホイール・レーシングにおける世界的なリーチと並外れた存在感をもっており、我々の成長する競争力の高いパドックに加わる素晴らしい存在となるだろう」と語った。

    「2025年にレネとプレマがインディカー・シリーズのグリッドに並ぶのを楽しみにしている」

    ゼネラルモーターズのモータースポーツ競技部門ディレクターのマーク・スティロウ「シボレーは、ルネ・ロシンとプレマ・レーシングを2025年のインディカー・シリーズに迎えることを嬉しく思う」とコメント。

    「プレマはチームシボレーと勝利の組織に世界的な成功をもたらす」

    プレマ・レーシングは間もなく2025年に向けた準備を開始するため、ドライバー、スポンサー、パートナーに関しては今後さらに発表する予定だ。

  • インディカー アレックス・パロウがミリオンダラーチャレンジ優勝

    インディカー アレックス・パロウがミリオンダラーチャレンジ優勝

    2024年のインディカー・シリーズは3月初旬にフロリダ州セントピーターズバーグで開幕しているが、4月21日(日)に決勝が行われる第2戦Acuraグランプリ・オブ・ロングビーチとの間には、5週間のインターバルがある。そのため、3月22日(金)から23日(土)にかけてカリフォルニア州パームスプリングス近郊の常設ロードコース、ザ・サーマル・クラブで、合同テストが開催された。

    テストの翌日には同じコースを使って、“ミリオンダラーチャレンジ”と銘打たれた賞金総額1700万ドル以上のノンチャンピオンシップレースが行われ、21年と23年のインディカー・シリーズチャンピオンであるアレックス・パロウ(Chip Ganassi Racing)が優勝を飾った。

    グループ1ではフェリックス・ローゼンクヴィスト(Meyer Shank Racing)、グループ2ではパロウと、どちらの予選でもHondaドライバーがポールポジションを獲得。ローゼンクヴィストはヒートレース1、パロウはヒートレース2をそれぞれ制しました。

    各レースから上位6人が進出して行われた“オールスターレース”は、12選手のうちの8人がHondaドライバーだった。レースはセグメント1、セグメント2ともに10周で、ハーフタイムに燃料補給と、ウイングやタイヤの内圧などのマシン調整を行えるルール。

    ポールポジションから見事なスタートダッシュでトップをキープしたパロウは、すぐさま2番手以下を引き離す。ライバル勢にアタックのチャンスを一度も与えない圧倒的パフォーマンスをみせ、2位に5.7929秒もの大差をつけてチェッカーを受けた。20周すべてをリードして完全勝利を飾ったパロウは賞金50万ドルを獲得し、シーズン第2戦へ持ち込む勢いと自信を手に入れた。

    ローゼンクヴィストは3位フィニッシュで表彰台に上がり、コルトン・ハータ(Andretti Global with Curb-Agajanian)が4位でゴールした。ローゼンクヴィストはMeyer Shank Racingに移籍したばかりだが、シーズンスタートからとてもいい走りをみせている。今回はノンチャンピオンシップレースながら表彰台に登壇するパフォーマンスで、チームの士気を高めた。ハータはセグメント1でタイヤセーブに徹し、セグメント2のスタートから猛チャージ。5台をパスする果敢な走りでファンを沸かせた。

    そのほかのHondaドライバーたちは、インディカー・シリーズ参戦2シーズン目のマーカス・アームストロング(Chip Ganassi Racing)が5位、ルーキーのリヌス・ルンドクヴィスト(Chip Ganassi Racing)が6位という上位でのフィニッシュを達成。Hondaエンジンで走るドライバーとチームがトップ6のうち5台を占めた。

    最高気温が28℃まで上がった2日間の合同テストでは、クリスチャン・ルンガー(Rahal Letterman Lanigan Racing)が最速ラップを記録。全長3.067マイルに17のバラエティに富むコーナーがレイアウトされたザ・サーマル・クラブでのテストは好天に恵まれ、参加した27人のドライバーたちは合計2335ラップもの走り込みを行った。4回に分けられ、合計9時間にも及んだプラクティスでは、昨年トロントでインディカー・シリーズ初優勝を飾ったルンガーが1分38秒2199のラップタイムで最速に。プラクティス1とプラクティス2で最速ラップを記録したパロウは、プラクティス4で記録した自己ベストの1分38秒8308で6番手につけ、ハータは1分38秒9803で8番手に入り、合同テストを終えた。

    この後、インディカー・シリーズは4月10日(水)と11日(木)の2日間、インディアナポリス・モーター・スピードウェイで第108回インディアナポリス500に向けた合同テストを行う。次戦のシーズン第2戦、Acuraグランプリ・オブ・ロングビーチは4月19日(金)から21日(日)にかけてカリフォルニア州ロングビーチのストリートコースで開催される。

    インディカー・シリーズパロウがミリオンダラーチャレンジ優勝 合同テストではルンガーが最速

    アレックス・パロス(Chip Ganassi Racing)
    「すばらしい週末になりました。HondaエンジンのパワーとChip Ganassi Racingの用意したマシンにより、私たちはスタートから十分なスピードをみせ続けることができました。今回はチャンピオンシップでのレースとは異なるフォーマットで争われたため、タイヤを温存する作戦がレースの終盤にどれほどの効果を発揮するのかが分かりませんでした。しかし、レース終盤にリスタートが切られることもなく、私たちはすばらしい結果を手にすることができました」

    フェリックス・ローゼンクヴィスト(Meyer Shank Racing)
    「私たちはサーマルで最高の一日を過ごし、賞金をポケットに入れて家路に着くこととなりました。Hondaドライバーの2人が表彰台に上がり、そのほかにも多くのドライバーたちが上位でのフィニッシュを達成しました。Hondaにとってすばらしい週末になったと思います。パロウ選手は手のつけようがないほどに速く、自分たちはベストの力を出し切って3位でのゴールを実現しました。タイヤの使い方に関してはベストではなかったので、うまく管理する必要がありました。ここまで私たちはとてもいいシーズンのスタートが切れていると感じています」

    コルトン・ハータ(Andretti Global w/ Curb-Agajanian)
    「今回のレースではスタート位置が後方だったため、思いきりよく戦わなければならない状況でした。最初の10周でタイヤを摩耗させないように努めた作戦はうまくいったと思います。短いレースで4位までポジションを上げてゴールできたのですから、すばらしいパフォーマンスだったと言っていいでしょう。最後の4位の座を懸けてのアームストロング選手とのバトルも、お互いに十分なスペースを与え合ってフェアなものでした」

    クリスチャン・ルンガー(Rahal Letterman Lanigan Racing)
    「2日間のテストをとても有意義なものにできました。自分たちにはスピードがあるということをみせられたと思います。ライバルたちの多くは、私たちのマシンが非常に競争力を持っていると意識し、警戒すべき存在だと捉えています。今回のテストを通じて、自分たちにトップグループで戦う力が備わっていることが感じられました。それは私にとってとてもハッピーなことです」

    デビッド・ソルターズ(President and Technical Director/Honda Performance Development)
    「サーマルでHondaはいい戦いぶりをみせることができたと思います。トップ6のうち5人がHondaドライバーでした。チームが見事な仕事をしてくれたおかげです。パロウ選手の走りは衝撃的なほどで、レースを完全にコントロールしていました。また、テストを含めた今週末を通して、すべてのHondaチームが力強さをみせていました。次戦は私たちにとってのホームレースであるAcuraグランプリ・オブ・ロングビーチですから、変わらぬ努力を開発に注ぎ込んでいきます」

  • 佐藤琢磨 2024年インディ500に挑むマシンを披露 日本企業がサポート

    佐藤琢磨 2024年インディ500に挑むマシンを披露 日本企業がサポート

    佐藤琢磨は、2024年に3度目の優勝をかけてインディア500に挑戦するマシンをお披露目。複数の日本企業がサポートする。

    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)は、今年の第108回インディアナポリス500に挑戦する佐藤琢磨を支援するため、パナソニック オートモーティブ(パナソニック オートモーティブシステムズ株式会社)、ニテラ(Niterraグループ日本特殊陶業株式会社)、デロイト トーマツ (デロイト トーマツ コンサルティングが合同会社)、NAC(株式会社ナック)など、彼を長年サポートしてきた日本企業がスポンサーとなることを発表した。

    佐藤琢磨が今シーズン操る75号車のメインスポンサーを工作機械のグローバルリーダーでシートメタル産業のサプライヤーでもあるアマダ・アメリカが務めることは、今年2月に佐藤琢磨のチームへの復帰を発表した際にお知らせしたとおり。

    佐藤琢磨
    「第108回インディ500への挑戦を、素晴らしい日本企業にサポートしていただくことが決まりとても嬉しく思っています。パナソニック・オートモーティブ、ニテラ、デロイト トーマツ、NAC、ホンダ、HRC、そしてインディカー・シリーズへの参戦を長年にわたって応援してくださっている全ての関係者の皆様に、心からお礼を申し上げます。今年、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングからの参戦を、アマダという伝統ある企業にサポートしていただくことにも感謝申し上げます。こうしたたくさんの企業のロゴを掲げたマシンの仕上がりと見栄えは素晴らしく、デザインがどこか懐かしいテイストで表現できたことも誇りに思います。自分にとってはこの上なく幸せなことで、ファンの皆さんにも楽しんでいただけることを願っています。いまからスタートが待ち切れません」


    佐藤琢磨とレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング
    佐藤琢磨は2012年ならびに2018年から2021年までRLLとともにNTTインディカー・シリーズを戦った。これまでに挙げた通算6勝のキャリアウィンのうち、4勝はRLLで勝ち取ったもの。これには、佐藤琢磨にとってインディ2勝目となる2020年の栄冠も含まれている。2023年はチップ・ガナッシ・レーシングからオーバル・レースに出場した佐藤琢磨は、今季、古巣のRLLに戻り通算15回目となるインディ500に挑戦する。

    佐藤琢磨は、2010年にインディカー・シリーズにデビューし、これまでに220レースに参戦してきた。これは現役ドライバーのなかで6番目に多く、全参戦ドライバーのなかで22番目に多い記録。キャリアのハイライトとしては、インディアナポリスでの2017年と2020年の優勝、2013年トヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチ、2018年ポートランド・グランプリ、2019年ホンダ・インディ・グランプリ・オブ・アラバマ、ボマリト500アットWWTレースウェイでの栄冠などが挙げられる。また、表彰台は14回中10回、ポールポジションは10回中3回がRLLとともに獲得したもの。インディカー・シリーズに参戦する前、佐藤琢磨は2002年から2008年まで90レースのF1グランプリに参戦。インディアナポリス・モーター・スピードウェイで開催された2004年のアメリカGPで3位に入ったことが、佐藤琢磨のF1での最高位となった。

  • マクラーレン カラム・アイロットをインディカー開幕戦で代役起用

    マクラーレン カラム・アイロットをインディカー開幕戦で代役起用

    カラム・アイロットは今週末、セントピーターズバーグで開催される2024年シーズン開幕戦でアロー・マクラーレンからインディカー・シリーズに復帰する。アイロットは、左手首の手術から回復中のデビッド・マルーカスに代わって、シボレーエンジン搭載の6号車をドライブする。

    25歳のイギリス人ドライバーは、ホームステッド・マイアミ・スピードウェイで行われたプレシーズンテストで、マウンテンバイク中に負傷したマルカスの代役を務めている。

    アイロットは過去3シーズン、フンコス・ホリンジャー・レーシングからインディカーに36回参戦し、そのうちトップ10フィニッシュは5回を果たした。また、2021年にはフェラーリのテストドライバーやアルファロメオ(現ザウバー)のリザーブドライバーを務めるなど、F1での経験もある。

    アイロットは「デビッドとチームのことを気の毒に思っている」とアイロットは語った。

    「特にシーズン開幕を目前にしてこのような立場になるのは簡単なことではない。彼の無事と早い回復を祈っている」

    アロー・マクラーレンが声明で「デビッドの回復に合わせて、今後のテストやレースに向けてドライバーラインナップの選択肢を検討し続ける」と述べているように、この契約は一回限りのものだ。

    アイロットはイオタ・スポーツのハイパーカー・カテゴリーで2024年世界耐久選手権に参戦しており、土曜日にカタールで行われた開幕戦ではポルシェ963で表彰台を獲得している。

    昨年、元F1レーサーのロマン・グロージャンがアンドレッティ・グローバルと決別したことで、JHRでのインディカー出場権はグロージャンに奪われた。

    チームはすでに33歳の元アルゼンチン人ツーリングカー界のセンセーションであるアグスティン・カナピノと再契約しており、アイロットは道を空けなければならなかった。
    「インディカーに残るつもりだったし、それが当初のプランだった。人生で時々あることだが、状況が変わった」とアイロットは当時の状況について語った。

    彼はフンコスでのフルタイムシーズンで20位と16位に終わったが、フンコスはその決定について、「両者は互いに、ただちに決別することを決めた」と説明し、「過去2年間の彼の貢献に心から感謝している」と表明した。

    2023年には、今週末マクラーレンと戦うセン・ピーターズバーグとラグナセカでキャリア最高の5位入賞を果たしている。

  • アンドレッティ 再設計された3台のインディカー車両カラーリングを披露

    アンドレッティ 再設計された3台のインディカー車両カラーリングを披露

    アンドレッティ・グローバルは、2024年のインディカー・シリーズに向けて再設計された3つのカラーリングを披露した。

    カラーリングは共通のテーマに従っており、各マシンがコックピットの側面からロールフープに至るまで異なる主要なカラーを採用しているが、一致するセットを形成している。

    コルトン・ハータの26号車は、おなじみのイエローを基調としており、これは彼の主要スポンサーであるゲインブリッジ(Gainbridge)のプライマリーカラーに対応している。

    カイル・カークウッドの27号車は、オートネーション(AutoNation)にちなんだ鮮やかなピンクで飾られ、ネオンカラーのマシンは、赤、黄色、青を基調としたフィールドの中で際立っている。

    今季からチームに加わるマーカス・エリクソンの28号車は、ダークブルーとシーグリーンをメインカラーとする。

    アンドレッティは以前からマシンのスタイルを互いに似せており、すべてのドライバーの間で識別可能な外観を作り上げてきた。

    しかし今年は、エンジンカバーとリヤウイングのエンドプレートがブラックに塗り替えられ、カラースプラッシュは主にマシンのフロント半分に配置されている。

    クロームのノーズコーンは、2009年以来毎年そうであったように、今年も新しいデザインに残っている。このデザインは、マリオ・アンドレッティが現役時代に着用していたクロームメッキのヘルメットとリンクしている。

    クローム部分の後ろ、ノーズからコックピットにかけては3台とも白で統一され、色のない部分にはカーナンバーがはっきりと表示される。

    アンドレッティ3つのカラーリングはそれぞれ異なりますが、共通のテーマに従っている。

    アンドレッティのリデザインは、アロー・マクラーレンやチップ・ガナッシ・レーシングなど、才能あるグラフィックデザイナーの手によって新たな表情を見出したマシンの新リバリーに加わった。

    2週間後にセント・ピーターズバーグのストリートで開催される開幕戦では、ファンがお気に入りのドライバーを応援しながら目を奪われるような新色の数々が披露されるだろう。

  • 佐藤琢磨 2024年のインディ500にRLLの75号車で参戦決定

    佐藤琢磨 2024年のインディ500にRLLの75号車で参戦決定

    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング(RLL)は、2度のインディ500チャンピオンに輝いた佐藤琢磨が、第108回インディアナポリス500に再び参戦することを発表した。板金業界をリードする世界的な工作機械メーカーであり、サプライヤーでもあるアマダ・アメリカ社が、2017年と2020年のインディ500ウィナーである佐藤琢磨の75号車(ホンダエンジン)のメインスポンサーとして、5月26日のイベントに参戦する。

    佐藤琢磨は2012年と2018年から2021年にかけてRLLから参戦。彼はNTTインディカー・シリーズで6勝を挙げており、そのうち4勝はRLLで獲得したもので、2020年にはチーム2度目のインディー500制覇を成し遂げている。直近では2023年にチップ・ガナッシ・レーシングからオーバル・レースに参戦。2024年のインディ500は、彼にとって15回目のインディアナポリス500参戦となり、RLLからは6回目の参戦となる。

    アマダは、2023年4月30日にバーバー・モータースポーツ・パークで開催されたチルドレンズ・オブ・アラバマ・インディ・グランプリにエントリーしたチームの30号車のプライマリースポンサーであり、今回が「レース界最大のスペクタクル」への初参加となる。また、2024年のアキュラ・グランプリ・オブ・ロングビーチでは、ピエトロ・フィッティパルディがドライブする30号車の主要アソシエイトスポンサーを務める。

    日本の東京出身の佐藤琢磨は、2010年のルーキー・シーズンからインディカー・シリーズに220戦出場しており、これは現役ドライバーの中で6位、歴代22位である。彼のインディーカーでのハイライトは、2017年と2020年のインディアナポリス500、2013年のトヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチ、2018年のポートランドGP、2019年のホンダ・インディー・グランプリ・オブ・アラバマ、そしてWWTレースウェイでのボンマリート500での優勝で、6回のうち4回はRLLでのものだ。これまでの14回の表彰台フィニッシュのうち10回がRLLでのもので、10回のインディーカー・ポールのうち3回がRLLでのものだ。インディカー・シリーズ参戦以前は、2002年から2008年にかけて90戦のF1レースに参戦し、最高位は2004年アメリカGP(インディアナポリス・モーター・スピードウェイ)の3位だった。

    佐藤琢磨は 「レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングから第108回インディ500に復帰できることをとても嬉しく思っています。この素晴らしい機会を与えてくれたボビー、マイク、デビッド、そして組織全体に心から感謝します。アマダからのプライマリースポンサーを得て75号車をドライブすることになり、感謝の気持ちでいっぱいです。RLLとの旅は10年以上にも及び、成功を分かち合ってきた。おなじみの顔ぶれとの再会、そして新たな同盟関係の構築。仕事に取りかかるのが待ち遠しいです」と語った。

    アマダのセールスおよびキーアカウント担当副社長スティーブン・キーティングは「第108回インディ500で有名なレイホール・レターマン・ラニガン・レーシング・チームと提携できることを大変嬉しく思います!私たちのパートナーシップは、エンジニアリングの卓越性と革新性への共同コミットメントを意味します。私たちは、この象徴的なレースが、私たち2つの技術主導型組織の強力なコラボレーションを実証することを熱望しています」と語った。

    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの共同オーナー、ボビー・レイホールあh「琢磨をチームに迎えることができ、とても嬉しく思っている。何度も言っているように、琢磨のスピリットは、私やチーム全体だけでなく、彼のファンのモチベーションも高めてくれる。彼の貢献とインディ500での成功を楽しみにしている」と語った。

    「数年前、僕たちにとっては競争優位に立てる工作機械会社を積極的に探していたところ、アマダを知り、彼らが提供するとてつもないマシンとテクノロジー・サービスについて詳しく知ることができた。そしてもちろん、我々の施設は、生産エリアにおける彼らのテクノロジーのショーケースでもある。2023年に僕たちにとっては主要なスポンサーとなり、その関係がさらに発展していることに感激している。アマダ、佐藤琢磨、そして我々のチームにとって、これ以上の組み合わせはないだろう」

    レイホール・レターマン・ラニガン・レーシングの共同オーナー、マイク・ラニガンあh「琢磨がインディアナポリス500のチームに戻ってくるのはエキサイティングだ。彼が示したように、彼はインディアナポリス・モーター・スピードウェイでの勝ち方を知っており、彼の経験は我々の総合力に付加価値をもたしてくれるだろう。また、2023年に初めて一緒に仕事をした後、アマダのような世界的に認められている企業がこのプログラムに参加してくれることは、特にエキサイティングなことだ」と語った。

  • アンドレッティのF1参戦拒否にインディカー界が猛反発「卑劣で侮辱的」

    アンドレッティのF1参戦拒否にインディカー界が猛反発「卑劣で侮辱的」

    アンドレッティのF1参入は、先週の水曜日にフォーミュラワン・マネジメント(FOM)によって却下され、当然の展開と思われたが、アンドレッティが大きな存在感を示すインディーカー界では、この決定はおおむね否定的な反応を示している。

    アンドレッティ・オートスポーツはINDYCARシリーズで4度のチャンピオンを獲得し、有名なインディアナポリス500では5勝を挙げている。

    その5勝のうち1勝は2014年のライアン・ハンター=レイによるもので、このアメリカのエースはチーム在籍12年のうち、2012年にインディーカー・シリーズのタイトルも獲得している。

    ハンター=レイは2024年に再びドレイヤー&ラインボルド・レーシングからインディ500で勝利を争うことになっており、インディアナポリスで自信の参戦を発表した記者会見で、アンドレッティのF1参戦拒否について意見を求められた。

    「筋が通っていない」とハンター=レイは語った。

    「アンドレッティは資金も能力もあるし、競争力もあると思う」

    「過去を見てみよう。昨日の午後だったか、マーシャル・プルーエットが『マクラーレン、フェラーリ、メルセデスといった強豪チームと戦うために、弱小チームがやってくるのを見るのは楽しいものだ』と言っていた」

    「なんだか口の中に嫌な味が残る。これは本物じゃない、レースとはこういうものじゃないと感じさせられる」

    マイケル・アンドレッティライハン・ハンター=レイとマイケル・アンドレッティ

    FOMはアンドレッティのF1参入に関して競争力不足などを理由に挙げており、FOMが記したマルチポイントによる拒否は、ハンター=レイの2024年インディ500のチームメイトであり、アンドレッティの元ドライバーであるコナー・デイリーによってソーシャルメディア上で「これまで読んだ中で最も間抜けな声明のトップ5に入る」と評された。

    フンコス・ホリンジャー・レーシングで2シーズンフル参戦し、インディカーだけでなく、ジュニアラダー時代からF1文化にも精通しているカラム・アイロットはは「F1参戦のために他に何が足りないのかはわからない」とソーシャルメディアで述べた。

    「もし彼らがF1参戦を果たせなかったとしたら、他の誰にも果たせるわけがない」

    インディカーのパドックにいた他の者たちは、この機会を利用してシリーズの競争力をアピールし、接戦のアメリカ国内でのレースがF1よりも切り札であることをほのめかした。

    複数のインディカーレース優勝者のスコット・マクラフリンは「数週間以内に1秒以内に27台のマシンが集結することになるが、日曜日の朝には誰がレースに勝つか全く分からない。幸運を祈る」

    マクラフリンはまた、F1がアメリカ市場への進出に興味を示し、同時にアメリカからの参戦を禁止していることに関しても困惑していると述べた。

    「レーシングシリーズはアメリカに進出したいと考えている」と彼は語った。

    「しかし、アメリカチームの参戦は認めない。理にかなってるね」

    インディカー・シリーズ
    グラハム・レイホールは昨年、F1を「エリート主義スポーツ」と呼んだ。

    「彼らは僕たちを望んでいない。それを覚えておいてほしい。彼らは米国企業のお金を望んでおり、米国の裕福な個人のお金を望んでいる」

    「でも、彼らは残りのことを気にない。これまでもそうだったし、これからもそうだろう」

    アンドレッティはインディカーやフォーミュラEでタイトルを獲得し、IMSAなどでもレースで勝利を収めている。

    アメリカン・チームの運営はこれら3つのシリーズにとどまらず、オリオール・セルビア(アンドレッティからチャンプカー/インディカーで2度スターターを務めた)が指摘するように、彼らは成功に慣れている。

    「チームとして、彼らはインディカー、IMSA、フォーミュラE、インディアナポリス500、エクストリームE、インディライツなど、参戦したすべての選手権で勝利を収めてきたと思う」とセルビアは語った。

    FOMによって競争力が否定された歴史から、セルビアは「一部の人にとってはもっと複雑な決定」かもしれないが、この結果は 「卑劣で侮辱的なものだ」と付け加えた。

    セルビアはさらに「アンドレッティ・グローバルは、資金提供、コミットメント、キャデラックやGMと提携した一流メーカー、米国に本拠を置くチームをもたらし、『カリスマ性』と3世代にわたるモータースポーツでの卓越性を獲得した」と付け加えた。

    「マリオ・アンドレッティとマイケル・アンドレッティ自身が今日のF1の基盤の一部ではないという事実に反論するのは難しい」

    マイケル・アンドレッティのF1キャリアは短命だったが、アメリカでのレースキャリアは、他のどのドライバーよりも多くのチャンプカーでの勝利と、それに伴う1991年のタイトル獲得により、彼をレーシングレジェンドとして認定している。

    一方、彼の父マリオはF1チーム誘致の声高な支持者であり、1978年のロータスでの成功のおかげでアメリカの直近のF1世界チャンピオンであり、彼の功績は今日でもこのスポーツのファンの共感を呼んでいる。

  • コルトン・ハータ 「アンドレッティ以外でのF1転向は難しい年齢」

    コルトン・ハータ 「アンドレッティ以外でのF1転向は難しい年齢」

    アンドレッティ・グローバルのインディカー・エースであるコルトン・ハータは、マイケル・アンドレッティが2025年にF1参戦を実現していない限り、F1に転向すのは時間的に不可能だと認めている。

    FIA(国内自動車連盟)は10月、アンドレッティの新F1プロジェクトに正式なゴーサインを出したが、これはチームがF1組織およびそのCEOであるステファノ・ドメニカリと商業的条件に合意することが条件としており、まだ保留中となっている。

    3月に24歳になるハータは、キャリアの中でインディカーで7勝を挙げているが、実質的にはすべてアンドレッティ・オートスポートでの勝利となっている。ハータはハーディング・スタインブレナー・レーシングに移籍したルーキーイヤーに2勝を挙げてシーンに躍り出たが、アンドレッティがそれをサポートしていた。

    ハータは2027年までアンドレッティと契約しており、インディカーのグリッドで最も高給取りのドライバーのひとりである。

    2024年のインディカーシーズンを前に、ハータはF1転向の可能性が刻一刻と迫っていることを認めた。2022年にはアルファタウリやアルピーヌとの契約が噂され、マクラーレンのテストにも参加したことがある。

    「これは非常に時間に敏感だと思う」とハータは語った。「僕はおそらくアンドレッティ以外のチームであそこに行ける最高の年齢にある」

    「ええ、彼らのことについては何も報告することはない。彼らの目標は依然としてF1チームを獲得することであり、彼らは今もそうしようとしていると思う」

    「そうなった場合、それがどのようなタイムラインで、僕が何歳になるのか、その時点で人生のどの位置にいるのかを確認する必要がある」

    「僕にとって、今の主な焦点はインディカーだけであり、それがどこに向かっていくか見ていくつもりだ」

    コルトン・ハータ アンドレッティ

    ハータは2023年シーズン、2度のポールポジションを獲得しながらもランキング10位と低迷。唯一の表彰台はトロントでのものだった、 一方、アンドレッティのニューカマー、カイル・カークウッド(25歳)は称賛されるロングビーチGPを含む2勝を挙げた。

    「うまくいかない可能性があったことがうまくいなかったシーズンだったと思う」とハータは説明した。「そうだね、あちこちでうまくいかなかった」

    「おそらく僕にとってインディカーで最悪のシーズンだったことは確かで、ポールポジション獲得が2回、表彰台が1回だけで、勝利はなかった。僕のキャリアの中で1回も勝てなかったのは初めてだった」

    「目標は明らかにそれを取り戻すことであり、今後はレースを通してテンポを上げ、より安定した週末を過ごすことだ」

    「明らかに僕たちにはコントロールできないことがいくつかあったけど、コントロールできたこともたくさんあった。だから、ミスがあったいくつかのレースを振り返って、それを書き留めて、そのようなことが確実に二度と起こらないようにしていかなければならない」

  • インディ500勝者ジル・ド・フェランが死去 ホンダF1やマクラーレンでも活躍

    インディ500勝者ジル・ド・フェランが死去 ホンダF1やマクラーレンでも活躍

    CARTで2度のチャンピオンであり、2003年のインディアナポリス500のウィナーでもあるジル・ド・フェランが亡くなった。56歳だった。

    AP通信によると、ジル・ド・フェランは金曜日にフロリダ州オーパ・ロッカのコンクール・クラブで息子と競技中に心臓発作を起こしたという。

    オープンホイールのレジェンドであるド・フェランは、イギリスF3でレースキャリアをスタートさせたが、1991年のタイトルをルーベンス・バリチェロとデビッド・クルサードに奪われた。1992年には再び力を取り戻し、タイトルを獲得した。

    やがて彼はアメリカへと渡り、そこで目覚ましいキャリアを築くことになる。ド・フェランは1995年から2003年までのキャリアで、インディカー/CART合わせて12勝を挙げ、2000年と2001年にCART タイトルを連覇した。

    しかし、その頂点に立ったのは2003年。ロジャー・ペンスキーのドライバーとして参戦したインディ500で、チームメイトのエリオ・カストロネベスを抑えて優勝。これが彼にとって4度目の、そして最後のインディ500でのスタートだった。

    モータースポーツでのキャリアには、当時はアメリカン・ル・マン・シリーズと呼ばれていたレースへの参戦も含まれ、2009年にはド・フェラン・モータースポーツからアキュラARX-01bを駆り、10戦中5勝を挙げた。この年はランキング2位でシーズンを終えた。

    また、2000年10月にカリフォルニア・スピードウェイを時速241.428kmで周回したド・フェランは、クローズドサーキットの予選最速記録を保持している。

    さらに、2005年から2007年までBARホンダF1チームのスポーティングディレクターを務めた。2018年から2021年までマクラーレンで同様の役割を果たし、その後はチームのコンサルタントとなった。

    アロー・マクラーレンは金曜日の夕方に「マクラーレン・レーシングの全員が、マクラーレン・ファミリーの最愛のメンバーを失ったことにショックを受け、深く悲しんでいます。ジル・ド・フェランのご家族、ご友人、愛する方々に深い哀悼の意を表します」と声明を発表した。

    「ジルは我々のレーシング・チームにとって重要かつ不可欠な存在でした。彼はトラック上でもコース上以外でも手強い存在であり、レースや一緒に働くすべての人に永続的な影響を与えた。マクラーレン・レーシングの全員が彼を惜しんでいます」