カテゴリー: インディカー

  • ポール・ディ・レスタ、インディカー転向の可能性を認める

    ポール・ディ・レスタ、インディカー転向の可能性を認める

    ポール・ディ・レスタは、2014年にインディカーに転向することを考えるかもしれないと認めた。

    ポール・ディ・レスタの従兄弟で、インディカーで4度のチャンピオンに輝いたダリオ・フランキッティが引退を発表し、トップチームのチップ・ガナッシに空席ができた。そこにポール・ディ・レスタが座る可能性があると報じられている。

    フォース・インディアでF1デビューし、3シーズンを過ごしたポール・ディ・レスタは、F1のシートを維持するのが苦しい状況となっている。

    フォース・インディアのシート候補には、現在のチームメイトであるエイドリアン・スーティル、ザウバーで評価を上げているニコ・ヒュルケンベルグ、マクラーレンを離脱するが決定したセルジオ・ペレスといったドライバーが候補に挙げられている。

    ポール・ディ・レスタは、F1が最優先であることは変わらないが、違う場所でのキャリア継続も除外していないと述べた。

    「僕はDTM(ドイツツーリングカー選手権)で高い評価を得た。他にもいくつかのシリーズにチャンスがある」とポール・ディ・レスタは Guardian にコメント。

    またインディカーと従兄弟のダリオ・フランキッティにについて「インディカーの安全性には前からちょっと不安を感じていた。でも、じっくりと論理的に考えてみれば、インディカーも他の場所を検討するにはシリアスなオプションだ。彼が大成功した場所だからね」

    関連:ダリオ・フランキッティ、事故の影響でレース引退を発表

  • 佐藤琢磨 「ダリオ・フランキッティは真のチャンピオン」

    佐藤琢磨 「ダリオ・フランキッティは真のチャンピオン」

    佐藤琢磨が、レース引退を発表したダリオ・フランキッティを称えた。

    ダリオ・フランキッティは、ヒューストンでのクラッシュで負った怪我の影響でレースを引退することを発表。そのレースでフランキッティとクラッシュした佐藤琢磨は、入院しているダリオ・フランティッキを見舞い、ヘルメット交換を約束。レース復帰を願っていた。

    佐藤琢磨は「ダリオ・フランキッティは真のチャンピオンだ。僕は君とトラック上で素晴らしい時間を共有することにゾクゾクしていた」と自身のTwitterに英語で投稿。

    「信じられない競争者で驚くようなパーソナリティの持ち主だった。#Respect」

    関連:ダリオ・フランキッティ、事故の影響でレース引退を発表

  • ダリオ・フランキッティ、事故の影響でレース引退を発表

    ダリオ・フランキッティ、事故の影響でレース引退を発表

    ダリオ・フランキッティは、先月のヒューストンでの事故による怪我の影響により、レースを引退することを発表した。

    4度のインディカーチャンピオンであるダリオ・フランキッティは、ヒューストンの最終ラップでフェンスに激突し、脊髄損傷、脳震盪、足首の骨折に見舞われた。

    ダリオ・フランキッティは、2000年にジャガーでF1カーをテストしたことがあるが、キャリアの大部分をアメリアで過ごし、チャンプカーとインディカーで戦った。

    「ヒューストンでのレース事故以降、多くの医師や看護婦といった専門家のお世話になってきた。彼ら全員が僕の健康と安全、回復に最優先事項に考えてくれた」とダリオ・フランキッティはコメント。

    「過去数週間にわたって受けてきた治療に心から感謝している。また、家族や友人の信じられないくらいのサポートにも感謝したい」

    「事故から1ヶ月が経ち、頭部と脊髄損傷の治療と評価をしてくれた専門医のアドバイスに基づくと、レースを止めなければならないというのが彼ら最高の医師たちの見解だった」

    「彼らは、更なるレースに関与することはがあまりにリスクが大きく、僕の長期的な健康を害する恐れがあることを非常に明白に示した。この医師の診断に基づき、私は立ち止まるほかなかった」

    「レースは30年以上もの間、僕の人生だった。ドライビングをここで終えると考えるのは本当に難しいことだ。4度目のインディ500制覇と5度目のチャンピオン獲得を目標にチップ・ガナッシ・レーシングで挑む2014年シーズンを本当に楽しみにしていた」

    関連:フランキッティ、佐藤琢磨との大クラッシュで骨折。観客にも負傷者 – 2013年10月7日

  • 佐藤琢磨、DESCENTE SHOP TOKYOでスペシャルイベントを開催

    佐藤琢磨、DESCENTE SHOP TOKYOでスペシャルイベントを開催

    佐藤琢磨は、11月19日(火)にDESCENTE SHOP TOKYO(原宿)にてスペシャルイベントを開催する。

    DESCENTE SHOP TOKYOは、10月10日にオープンしたデサントのフラッグシップショップ。デサントは2006年から佐藤琢磨をスポンサーしている。

    佐藤琢磨は、30名の限定プレミアムトークショー「勝つために必要なこと」に登場。トークショーに参加するには、3000円の入場チケットの購入が必要になる。入場チケットは、1万円以上購入時に金券2000円としても利用できる。

    また、当日はスペシャル写真会も開催。5000円以上商品を購入すると佐藤琢磨との記念撮影ができる。

    <日時>
    2013年11月19日(火) 18:00〜18:45 (17:30開場)
    ※スペシャル写真会は19:00〜19:30 19:40〜20:00

    詳細やお申込みは下記デサントwebにてご確認下さい。
    http://www.descente.jp/shoptokyo/event0006/

  • 限定DVD:「佐藤琢磨 インディカー・シリーズ初優勝までの軌跡(仮)」

    限定DVD:「佐藤琢磨 インディカー・シリーズ初優勝までの軌跡(仮)」

    インディカー日本人初優勝を果たした佐藤琢磨の初参戦から優勝に至るまでの軌跡を収録したDVD「佐藤琢磨 インディカー・シリーズ初優勝までの軌跡(仮)」がGAORAから限定2000本で発売されることが決定した。

    今年、A.J.フォイト・レーシングに移籍し、インディカーで4年目のシーズンを戦った佐藤琢磨は、第3戦ロングビーチ」にて日本人初優勝の歴史的快挙を成し遂げた。

    日本人初優勝の快挙を達成するまでの貴重な記録とその軌跡を収録し、さらに、完全撮りおろし最新インタビューを含めた、ファン必携の永久保存版が遂にDVDで登場。

    本編170分+特典10分(予定)と見応え十分な内容。特典映像ではレース中のチーム無線を特別公開予定。また特典として12ページのスペシャルフォトブックレットが封入される。限定2000本。価格は6930円(税込)。

    【作品紹介】
    佐藤琢磨 インディカー・シリーズ日本人初優勝!
    2010年インディカー・シリーズ初参戦から、着々とステップアップ。
    トップ争いをするまでになった参戦3年目の2012年では2度の表彰台、そして世界で最も歴史のあるレース、インディ500で魅せたファイナルラップでの歴史的なトップ争い。あと一歩のところでつかみかけた優勝の瞬間・・・。
    そして、A.J フォイト・レーシングに移籍した4年目のシーズン。第3戦 「トヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチ」にて日本人初優勝の歴史的快挙を成し遂げた。
    このアメリカでの偉業は、翌日のニュース番組や多数の新聞の一面を飾るなど、日本でも大々的に報じられた。
    ファンが待ち望んだ夢がついに実現した瞬間だった。
    本作は、佐藤琢磨選手の最新のインタビューを交え、インディカー・シリーズ初参戦から優勝までの軌跡を収録。
    ファン必携のDVD!スペシャルフォトブックレットも付いた特製スリーブ仕様。2,000枚限定商品です!

    【封入特典】
    ★スペシャルフォトブックレット(12P)

    【特典映像(予定)】
    ★レース中のチーム無線特別公開(10分)

    【作品ポイント】
    ★日本でもニュースや新聞で大々的に報じられた、人気レーサー・佐藤琢磨の偉業!
    「インディカー・シリーズ」2010年の初参戦から、2013年第3戦 「トヨタ・グランプリ・オブ・ロングビーチ」にて、日本人初優勝の快挙を達成するまでの貴重な記録とその軌跡を収録し、
    さらに、完全撮りおろし最新インタビューを含めた、ファン必携の永久保存版が遂にDVDで登場!!

    ★特典映像は必見必聴!!レース中のチーム無線を特別公開予定!!
    封入特典は、他では見ることのできないスペシャルフォトブックレット(12P)!

  • 佐藤琢磨 「とてもエキサイティングなシーズンでした」

    佐藤琢磨 「とてもエキサイティングなシーズンでした」

    佐藤琢磨が、インディカー最終戦フォンタナ、そして2013年シーズンの戦いを振り返った。

    全長2マイルのフォンタナ・スピードウェイで開催された2013年IZODインディカー・シリーズの最終戦でも、佐藤琢磨の運気は変わらなかった。

    レースの折り返し地点を過ぎたあたりで、佐藤琢磨はマシンを惰性で走らせてピットに戻り、そのままリタイアに追い込まれた。

    250周/500マイルで競われるレースの144周目、コース上のゴミやマシンの破片を拾った影響で佐藤琢磨のマシンはオーバーヒートを起こし、エンジンが不調に陥って戦線離脱を余儀なくされた。この結果、No.14のフォイト・レーシング・ダラーラ・ホンダは17位とされ、チャンピオン争いの最終結果でも同じように17位となった。

    事前にフォンタナでのテストを行なっていたこともあり、西海岸に向かう佐藤琢磨とフォイト・レーシングの志気は高かった。

    「フォンタナで行なわれたテストに1日参加し、ここでコンペティティブなパッケージであることが確認できたので、僕たちには少し自信がありました」と佐藤琢磨は振り返る。

    「タイアのスペックは去年とは違っていました。また、テストでは様々なアイテムを試しました。クルマのバランスはよく、いい状態でしたが、本番はナイトレースなのにテストはすべて日中に行ないました」

    ところが、金曜日にコースを走り始めたとき、マシンの感触は思わしくなかった。

    「90分間のプラクティスで、路面がグリーンの間はいいフィーリングだったのですが、タイアの摩耗が進むにつれてスタビリティが低下していきました。なんとかこれに対処しようとしましたが満足のいく結果は得られず、プラクティスが終わるころにはとてもナーバスな挙動を示すようになりました」

    「ダウンフォースの制限が掛けられたインディカーでフォンタナを走ると、ターン1とターン2ではとてもトリッキーな動きを見せることがよくあります。コース幅が広くバンク角も深いので、いろいろなラインでコーナーに進入することができるのですが、各レーンを仕切るつなぎ目がとてもスリッパリーだったりします。しかも、各レーンのバンクが少しずつ違っているので、これをまたいで走ろうとするととてもナーバスな動きをします。いっぽうのターン3とターン4は、多少バンプがありますがそれほどバンク角の変化がアグレッシブなものではないので、こちらはレーンをまたぐことがよくあります」

    「ここでセッティングを変更したところ、リアのスタビリティが失われてしまい、ターン3でスナップ・オーバーに見舞われました。おかげで僕はいきおいよくウォールに接触。ひどい週末のスタートとなってしまいました」

    これで予選には出走できなくなったが、驚くべきことに、金曜日の走行を締め括る夜のプラクティスまでにマシンの修復は完了した。

    「衝撃はとても大きかったけれど、幸いにもダメージはあまり大きくありませんでした。バックアップカーに乗り換える必要もありませんでした。修復の必要があったのはリアエンドと車体の左半分で、メカニックたちはマシンを修復するのに素晴らしい働きをしてくれました。ただし、予選はその2時間後だったので、残念ながら間に合いませんでした」

    「それでも、夕方のセッションを走れたのは素晴らしいことでした。そうでなければ、いきなり夜の決勝を迎えることになったはずです。僕は20番手に留まりましたが、それでもいくつかのアイテムを試し、自信を取り戻すことができました。ただし、大きなトラフィックのなかでハンドリングを確認することはできませんでした。マシンは、とりあえず自分が望むようなスタイルでドライブできるようになっていましたが、それでもタイアが摩耗するとオーバーステア傾向を示していました」

    これで差佐藤琢磨は最後尾25番グリッドからのスタートとなったが、レースは序盤から順位を上げていく期待のもてる展開となった。そして最初のピットストップが行なわれる頃には19番手まで浮上していた。

    「今回は500マイルの長いレースなので、徐々に順位を上げていけばいいと考えていました。マシンのフィーリングはまずまず良好でした。路面は非常に滑りやすい状態でしたが、 スタート直後は他のマシンが密集して走行していたので、上手く勢いにのせて順位を上げるチャンスに恵まれました」

    「タイアの性能低下が始まったとき、去年と同じように順位を上げられることを期待していましたが、今回はプラクティスのときのようにスタビリティが低下していきました。状況は少しずつ難しくなっていったので、早くフレッシュタイアに履き替えたいと思っていました」

    コース上に多くの破片などが散らばっていたため、1回目のピットストップでは佐藤琢磨だけでなく多くのドライバーがタイムをロスした。

    「ラジエーターのエアインレットからゴミを掻き出す必要がありました。また、チームはオイルと冷却水の温度が上昇していることを心配していました。ラリー・フォイトがコース上の破片を拾っていることに気づいたので、メカニックたちがそれを取り出そうとしました」

    「昨年は、ターン3につながるバックストレッチの220mph(約350km/h)でアプローチする部分に大きなバンプがあり、これに乗り上げると4輪が宙に浮いてホイールスピンを起こし、エンジンのリミッターが作動してしまうほどでした! このため今年はバックストレッチ全体の路面を削りましたが、その破片というかホコリがコース上に残ったままでした。カリフォルニアの砂漠では雨がほとんど降らないので、ずっと洗い流されなかったのです。それでホコリが何度もコース上に現れ、リスタートのときにはまるでサンドブラストをかけているかのようにホコリが舞い上がりました!」

    「コースの清掃係は繰り返しホコリを払おうとしましたが、たくさんのドライバーがこの問題に悩まされたほか、このホコリのせいで捨てバイザーもあっという間に台無しになってしまいました」

    ピットストップが長引いたせいで佐藤琢磨は周回遅れとなったが、最初にコーションラップとなったところでリードラップに復帰。この段階で周回数はまだ170周も残っていた。

    「長い夜に向けて、僕は再スタートを切ることができました。この頃になると、マシンのフィーリングは段々よくなってきました。路面は引き続きとても滑りやすい状態でしたが、ラバーがだんだんのってきたほか、日が沈んで気温が下がり始めたため、僕たちには好ましい状況となり、いくつか順位を取り戻すこともできました」

    実際、佐藤琢磨はオリオール・セルヴィアとジェイムズ・ジェイクスをオーバーテイクして18番手に浮上。さらに次のコーションラップでは16番手へと駒を進めた。続いてグレアム・レイホールとジャスティン・ウィルソンをパスして14番手と挽回。その直後にウィルソンを巻き込む大規模な多重事故が発生したため、コース上は長い時間、イエローが提示されたままとなった。

    「アクシデントの残骸は凄まじい量でした。ジャスティンのことがとても心配で、1日も早い回復を祈っています。事故のあともドライバーがコクピットに閉じ込められたままになっているのを見るのは辛いものです」

    チームは佐藤琢磨を2回ピットに呼び寄せ、燃料がちゃんと入っているかどうか、そしてフレッシュタイアがパンクしていないかどうかなどを念入りにチェックした。これはまだレース半ばのことで、この後の展開はまったく予想できない状況だったが、残念なことに、それから20周ほどを走ったところで琢磨はリタイアを喫することになる。

    「水温がどんどん上がり続けたのでエンジンがオーバーヒートしてしまい、パワーが低下しました。残念でしたが、今回は本当にサバイバルレースとなりました。完走したのはたったの8台です。こんなことは、CART時代のミシガン500マイル以来、なかったそうです」

    最終戦を終えた佐藤琢磨は日本に戻り、鈴鹿と富士でスーパーフォーミュラ・シリーズのレースに臨むことになるが、これを別にすれば、今後は2014年のインディカー・シリーズをどう戦っていくかが主なテーマとなる。

    「いいこともそうではないこともたくさんあった2013年は、本当に驚くようなシーズンでした。でも、僕たちは初優勝を達成しただけでなくポールポジションも勝ち取り、そのほかのレースでも高いポテンシャルを発揮できたので、とてもエキサイティングなシーズンでした。引き続きこの勢いを保っていきたいと思います」

    「今シーズンもたくさんのことを学びました。まずはABCサプライ・AJフォイト・レーシングのスタッフに心から『ありがとう!』といいたいですね」

  • インディカー:スコット・ディクソンが2013年のシリーズチャンピオン獲得

    インディカー:スコット・ディクソンが2013年のシリーズチャンピオン獲得

    インディカー・シリーズの最終戦がカリフォルニア州フォンタナで開催され、スコット・ディクソンが3度目のシリーズチャンピオンが輝いた。

    戦いの舞台は、シリーズ屈指の高速オーバルコースであるオートクラブスピードウェイ。一周2マイルと長いコース全長、そして最大14度と大きな傾斜がつけられたバンクという要素がそろい、インディカーはハイスピードで接近戦を演じることになった。

    一触即発の凄まじさをみなぎらせたレースは、周回を重ねていく中でサバイバルへと様相を変えていった。砂やタイヤかす、アクシデントで散らばったマシンの破片がラジエーターを覆い、多くのマシンのエンジンがオーバーヒートを起こした。

    最終的にトップと同一周回で走るマシンは5台にまで減少。ポイントリーダーのスコット・ディクソン(Chip Ganassi Racing)は17番手スタートから徐々にポジションを上げていった。

    特に、2回目のピットストップがすばらしく、一気にトップ10へと食い込んだディクソンは、さらにスピードアップして195周目にはトップに躍り出た。

    ところが、レースが終盤に入ってからラジエーター表面を異物が覆ったため、エンジンがオーバーヒート気味になり、ポジションダウンを承知でピットに入って、異物を除去する必要が生まれた。そこからのスコット・ディクソンは慎重にマシンを走らせ、5位でゴール。ポイントランキングで2位につけていたライバルは、1周遅れの6位でゴールするのが精一杯で、ディクソンは2003年と08年に続く、3度目のシリーズチャンピオンに輝いた。

    スコット・ディクソン(5位、2013年シリーズチャンピオン)
    「レース序盤のマシンはハンドリングがベストではなく、苦しい戦いを強いられました。しかし、ピットストップの際にセッティングを変更することで、マシンのパフォーマンスを向上させることができました。レースが終盤に入ってからは、オーバーヒートのトラブルも発生しましたが、チームが的確な対応をしてくれたことでゴールまで走りきることができました。作戦でもピットストップでもチームが考え得る最高の仕事をしてくれました。チームの総合力によってタイトルを獲得できたと思います。シーズン半ばには、今年はチャンピオンの可能性はないと考えていましたから、今でも自分が3度目のチャンピオンになれたことが信じられません。タイトル獲得を本当にうれしく思います。多くの人々に感謝しなければなりません」

  • 佐藤琢磨、マシントラブルで無念のリタイア (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨、マシントラブルで無念のリタイア (インディカー最終戦)

    佐藤琢磨は、インディカー最終戦フォンタナのレースを最後尾スタートから12番手まで順位を上げたものの、無念のリタイアを喫した。

    佐藤琢磨は、プラクティスでのアクシデントによって予選に出走できず、最後尾の25番グリッドからスタートした。

    レースは250周、500マイルもの長さがあるため、佐藤は燃費セーブにも十分に気を配りながら着実にポジションを上げていく戦いを目指した。

    得意のスタートで素早く5つのポジションアップを果たし、20番手に順位を上げた佐藤琢磨は、1回目のピットストップを終えたあとに周回遅れに陥ったが、71周目に出されたフルコースコーションを利用してリードラップに返り咲いた。

    そのあとも1つずつ順位を上げていく戦いを展開した佐藤琢磨だったが、ほかの多くのマシンと同様にエンジンのオーバーヒートに悩まされ、144周を終えたところでピットにマシンを滑り込ませ、リタイアとなった。

    佐藤琢磨(17位)
    「ラジエーターを異物が覆ったことによるエンジンのオーバーヒートにより、リタイアとなりました。とても残念な結果です。プラクティスでアクシデントがありましたが、クルーたちがマシンを完ぺきに仕上げてくれました。彼らはレース中のピット作業でもすばらしい仕事ぶりを発揮してくれ、着々とポジションを上げていくことができました。それだけに、今日のレースは最後まで走りきりたかったんです。今年はロングビーチで優勝を飾ることができ、ファンタスティックなシーズンでした。苦戦が続いた時期もありましたが、ヒューストンでポールポジションを獲得し、私たちがスピードを取り戻したことと、チームが高い力を備えていることを証明しました。ハードワークを続けてくれたチームに感謝したいと思います」

  • セバスチャン・ブルデー、KVレーシングと2年契約 (インディカー)

    セバスチャン・ブルデー、KVレーシングと2年契約 (インディカー)

    セバスチャン・ブルデーが、2014年からKVレーシングとの2年契約を結んだことが発表された。

    チャンプカーで4年連続チャンピオンに輝いたセバスチャン・ブルデーは、2008年にトロ・ロッソでF1デビュー。2009年シーズン途中にトロ・ロッソを解雇されたブルデーは、スーパーリーグやル・マン24時間レースに参戦しつつ、2011年にインディカーにスポット参戦。2012年からドラゴン・レーシングでインディカーにフル参戦している。

    セバスチャン・ブルデーは、早期に複数年契約を結んだことで、KVレーシングの前進を助ける最高のチャンスだと述べた。

    「早い時期に2年契約を結んだことで、チームとして発展するチャンスを得ることができる」とセバスチャン・ブルデーはコメント。

    「クルー達に会って、できる限り早くテストを開始したい」

    「またジェイ・ペンスキーとドラゴン・レーシングにスタッフの過去2年間のサポートに感謝したい」

    KVレーシングには、佐藤琢磨がインディカー・デビューシーズンの2010年と2011年の2年間所属していた。

  • ナレイン・カーティケヤン、2014年のインディカー参戦を狙う

    ナレイン・カーティケヤン、2014年のインディカー参戦を狙う

    ナレイン・カーティケヤンは、2014年のインディカーのシートを獲得するため今冬インディカーのテストを計画している。

    昨年までHRTからF1に参戦していたナレイン・カーティケヤンだが、チームは解散。今季はAUTO GPに参戦し、シーズン途中でデイビッド・シアーズ率いるスーパーノバに移籍。5勝を挙げてランキング4位でシリーズを終えた。

    ナレイン・カーティケヤンは、2010年にNASCARトラック・シリーズに参戦しており、2014年に再びアメリカでの参戦を希望している。

    「年末にインディカーをテストすることができるようだ。デイビッド・シアーズもアメリカにいくつか人脈を持っており、それが助けになったよ」とナレイン・カーティケヤンはコメント。

    デイビッド・シアーズは、ナレイン・カーティケヤンはF1でポテンシャルを示すことが出来なかったが、インディカーではそれが可能だと信じている。

    「ナレインは、AUTO GPの5大会で5勝を挙げた。私の意見では、フォースインディアのようなF1カーでチャンスを得ていたら、もっと違った仕事をしていたと思う。彼がインディカーでそれを見つけることができことを願っている」

    今年のAUTO GPのタイトルは、スーパーノヴァのチームメイトであるビットリオ・ギレッリが獲得したが、ナレイン・カーティケヤンは今年のパフォーマンスに満足している。

    「今季は最もポールを獲得することができた。良いドライビングができたし、満足している。ハンガロリンクなど、1ラウンド早くスーパーノバに来ることができていたら、もっと良いチャンピオン争いができただろう」