カテゴリー: GP2

  • 佐藤公哉、RTロシアン・タイムからGP2テストに参加

    佐藤公哉、RTロシアン・タイムからGP2テストに参加

    佐藤公哉は、27日(木)かた3日間にわたってアブダビのヤス・マリーナ・サーキットで実施されるGP2ポストシーズンテストに、2013年のチャンピオンチームであるRTロシアン・タイムから参加することになった。佐藤公哉の走行は3日目(5時間)となる。

    「2013年のチャンピオンチームにテストの機会を丸一日与えられて光栄です。しかも、ドライバーなら誰も走りたい3日目の枠なので、チームの期待に身が引き締まる思いです」と佐藤公哉はコメント。

    「2014年シーズンは不完全燃焼のまま終わってしまいましたが、心機を一転してこのチャンスに100%を捧げ、2015年シーズンにつなげるつもりです。ご支援ご声援をよろしくお願い致します」

  • 佐藤公哉、連続完走も不完全燃焼で閉幕 (GP2)

    佐藤公哉、連続完走も不完全燃焼で閉幕 (GP2)

    佐藤公哉は、F1世界選手権第19戦アブダビGPと併催される第11大会へカンポス・レーシングから臨んだ。

    好天に恵まれ強烈な日差しが降り注ぐ午前11時15分より行われた練習走行(45分間)では、1分51秒187を記録してまずますの滑り出しを見せた。そして予選では、1回目のタイムアタックで1分49秒618を記録し、チームメイトを上回る8番手に就けた。

    ところが、2回目のタイムアタックではアクシデントでタイムアタックの機会を逸し、16番手を確保するに留まった。

    決勝レース1に16番グリッドから臨んだ佐藤公哉は、11番手を走行中に無謀な追い越しを仕掛けてきたドライバーに左斜め後ろから突っ込まれ、クルマに深刻なダメージを負った。ピットで余計な修復作業を強いられた結果、大きく順位を落とし15位でチェッカードフラッグ。レース終了後に上位ドライバーにペナルティが科され、14位に繰り上がった。

    決勝レース2に14番グリッドから臨んだ佐藤公哉は、スタートで大きく出遅れて最後尾に落ちた。レース序盤に1台を抜いてさらなる挽回を狙ったが、22位でチェッカードフラッグを受けるに留まった。

    佐藤公哉
    「シーズン終盤になってクルマのグリップを感じられるようになり、ここでも練習走行の走り始めの段階から十分なグリップを感じられました。予選では1セット目のタイムアタックでチームメイトを上回る8番手タイムを出せましたし、余力を残していたのでかなり期待していました。しかし、2セット目のタイムアタックではチームの指示を聞き誤って時間切れとなり、タイムアタックしないまま終了となってしまいました。少なくとも、前大会のソチと同じ予選7番手は取れる手応えがあったのでショックでした」

    「決勝レース1のスタートは可もなく不可もなくといったところでした。ただ、前方の競り合いのあおりを受けて順位を大きく上げることは叶いませんでした。しかも、レース序盤に後ろから無理やり突っ込んで来たドライバーに当てられ、フロントウイングの左側が大きく欠けただけでなく、サイドポンツーンが割れてエアロパーツもレース終盤には吹き飛びました。このアクシデントでフロントウイングを交換するなどして大きくタイムロス。タイヤ交換後のペースが良かっただけに非常に残念でした」

    「決勝レース2ではスタートでエンジンストールしましたが、奇跡的に復活しました。しかし、最後尾まで落ちてしまい、その後は大きく順位を挽回できませんでした。前のクルマのスリップストリームに入っても、エンジンの伸びがいまひとつで、ストレートで離されて抜けませんでした」
    「今季はまったく満足できないシーズンでした。皆さまのご期待に十分には添えない成績ではありましたが、すでに来季に向けて準備を開始しています。今後もご支援とご声援をよろしくお願い致します」

  • 佐藤公哉 「来季以降のレース活動につなげたい」 (GP2最終戦)

    佐藤公哉 「来季以降のレース活動につなげたい」 (GP2最終戦)

    佐藤公哉が、GP2最終戦アブダビへの意気込みを語った。

    佐藤公哉
    「2月半ばにカンポス・レーシングと契約を交わして約9ヵ月、初めてGP2マシンに乗って約8ヵ月、短くもあり長くもありというのがいまの率直な気持ちです。ここまでGP2で9大会18レース、並行して参戦したAUTO GPで6大会12レースを戦い、なにかと忙しいシーズンでした」

    「そうした状況で、GP2は3月のシーズンオフテストで手応えを得られたものの、いざ本番を迎えるとうまく行かず、ロシア・ソチの第10大会でようやく7位入賞2ポイントを手にできました。正直、ここまで苦戦するとは思いませんでした。一方、ユーロ・ノヴァから参戦2年目のAUTO GPでは、年間最多勝記録を更新する6勝を挙げてチャンピオンとなりました」

    「僕にとって1年目のGP2シーズン、次のアブダビ大会が今季最後のレースとなります。3月半ばのアブダビ・テストでは好感触を得ていましたし、ロシア・ソチで開催された前大会のようにグリップを感じ取れるクルマを手にできれば、上位で十分に戦えると信じています。最後を良い形で締めくくり、来季以降のレース活動に良い形でつなげたいと思います」

  • トニー・フェルナンデス、ケータハムのGP2チームを売却

    トニー・フェルナンデス、ケータハムのGP2チームを売却

    トニー・フェルナンデスは、ケータハムのGP2チームを売却。チームは、GP3チームを運営するステイタスGPに引き継がれ、来シーズンの開幕からはチーム名も変更されることになった。

    トニー・フェルナンデスは「今回の発表は、我々にとって、そして、ステイタスGPにとってとてもポジティブなものであると言っておきたい」とコメント。

    「過去4年間を通して素晴らしいスタッフに恵まれ、強力なGP2チームを築いてきた。このシリーズで成し遂げた複数の勝利と表彰台の記録を誇りに思いたい」

    「ステイタスGPと徹底的に討議を重ねた結果、我々はこのGP2チームの将来を保証し、強化することで合意に至った。(GP2チーム代表の)ブルーノ・ミシェルと4年間の成功裏に満ちた時間を過ごしたGP2シリーズに感謝すると共に、ステイタスGPの今後の活躍を願う」

    ステイタスGPを率いるテディ・イップは「ステイタスGPは、5年に渡ってGP2ファミリーの一員として過ごし、GP3で数々の優勝を成し遂げてきた。そのなかで、タイミングが来ればシニアフォーミュラに昇格したいとの野望を常に抱いていた」とコメント。

    「ケータハム・レーシングのような確立され、高い評価を受けるチームを引き継ぐチャンスに恵まれた今がその時だ。今回の合意に向けて建設的にアプローチしてくれたケータハム・レーシングのトニー・フェルナンデスとミア・シャリズマン、そして交渉中にもGP2で貴重な支援を行ってくれたブルーノ・ミシェルに感謝したい」

    GP2シリーズ最終戦のアブダビでは、ピエール・ギャスリーとリオ・ハリアントが引き続きケータハムのドライバーを務める。

  • 佐藤公哉、決勝レース2でGP2初ポイントとなる7位入賞

    佐藤公哉、決勝レース2でGP2初ポイントとなる7位入賞

    佐藤公哉は、GP2シリーズ第10大会で7位入賞を果たし、GP2初ポイントを挙げた。

    初開催となるF1ロシアGPのサポートレースとして10月10〜12日、ロシア・ソチのソチオートドロームでGP2第10大会が26台の参加によって開催された。カンポス・レーシングの佐藤公哉は10日の練習走行で6番手のタイムを記録し、同日の予選でも7番手のタイムを記録して好調な滑り出しを見せた。

    11日の決勝レース1(28周、最大60分間)、佐藤公哉は良いスタートを切って6番手を争いながらターン2へ進入。しかし、ここで数台の後続車両が大胆にもコースをショートカットしながら佐藤公哉を追い抜いた。突然、前方に現れたこれらの車両に邪魔される形で11番手へ後退。13番手まで順位を下げた6周終了時点でピットストップ、タイヤ交換義務を消化した。そして再びコースへ復帰したところで、ライバルのひとりが電気系トラブルによりコース上にストップしたためにセーフティーカー導入、これが結果的に佐藤公哉に災いをもたらした。セーフティカー導入中の最終コーナーで後続車両の追突に遭ってスピン、19番手まで後退してしまった。それでも最後まであきらめずに力走した結果、13位でチェッカードフラッグを受けた。

    12日の決勝レース2(21周、最大45分間)、佐藤公哉はまずまずのスタートを見せ、13番手の順位をキープしてレース序盤を戦い始めた。ペースの遅い先行車両2台を抜きあぐねる中、前方の競り合いで生じた混乱のスキを突いて13周目には10番手へ浮上。9番手のドライバーを抜いた直後には、背後で事故が発生してセーフティカー導入、そのリスタートをしっかりと決めた佐藤公哉は7番手へと順位を上げた。

    そして最終ラップに自己ベストラップタイムを記録、今季GP2チャンピオンの追撃を振り切り7位入賞、GP2初のポイント(2点)を獲得した。

    佐藤公哉
    「初めて走ったソチ・オートドロムは、思ったよりも高速コースで、フィジカルへの負担はシルバーストンに次ぐくらいだと感じました。クルマはハンガロリンクほどではありませんが、練習走行の段階からいつもよりもグリップがありました。予選1回目のタイムアタックでは、前のクルマがブレーキテストしたのでこちらも急ブレーキを踏まざるを得ず、タイヤにフラットスポットを作ってしまい満足な走りができませんでした。予選2回目のタイムアタックはコーナーでオーバーシュートしてしまい、次のコーナーへ切り返しが遅れるというミスを冒しました。決して満足の行く予選ではありませんでした」

    「これまでの苦労が嘘のように、決勝レース1はスタートが良かった。でも、6番手を争いながら迎えたターン2では、後ろのクルマが何台もコーナーをショートカットしてターン3へ復帰しました。あれでひとりしかペナルティが科されないなんておかしい。セーフティカー導入のタイミングは、僕にとって良かったのか悪かったのかは微妙ですが、少なくともセーフティカー中に後ろのクルマに追突されてスピン、順位を大きく落としたのは致命的でした。なぜ、彼にペナルティが科されないのか僕には分かりません。このレース1、僕のペースはかなり良かったし、シングルフィニッシュは確実だっただけに悔しくて仕方ない。GP2ドライバーの多くは、当たっても仕方ないという感じで抜いてくるし、ルール違反もとがめられなければ儲けモノという走りをしてくる。そうしたドライバーには、きちんとペナルティを科さないといけないと思います。いまのGP2は自動車レースではありません」

    「ずっと競り合い続けていたので、決勝レース2の21周は短く感じられました。レース前から、スタートで出遅れずアクシデントに巻き込まれなければ、トップ10には入れると思っていました。ようやくエンジニアやメカニックに喜んでもらえる結果を残せてホッとしています。今回はクルマの調子も悪くなく、チームの雰囲気も良かった。この状態を維持して最終大会を迎えたいですね」

  • ジョリオン・パーマー、GP2のチャンピオンを獲得

    ジョリオン・パーマー、GP2のチャンピオンを獲得

    ジョリオン・パーマーが、2014年のGP2のチャンピオンを獲得した。

    ジョリオン・パーマー(DAMS)は、11日(土)にソチ・オートドロームで行われたGP2の第19戦のレース1で優勝。2位に66ポイント差をつけ、3レースを残してチャンピオンを決めた。

    ジョリオン・パーマーは、GP2記録となる256ポイントを獲得。ここまでの19戦で11回の表彰台フィニッシュを成し遂げ、バーレーン、モナコ、モンツァ、ロシアで勝利を挙げた。

    ジョリオン・パーマーは、ルイス・ハミルトン以来となるイギリス人のGP2チャンピオンとなった。

    ジョリオン・パーマー
    「素晴らしい気分だ。今週末チャンピンシップに勝つのは簡単ではなさそうだった。特に昨日はポールを逃していたからね。チームには感謝してもしきれない。彼らは一年を通して素晴らしい仕事をしてくれたし、僕たちはほぼミスなく、全てのフィーチャーレースの勝利とポールを戦っていた。チャンピオンになれて本当に嬉しい。今はプレッシャーから解放された。明日もレースがあるし、アブダビでもまたラウンドがある。これからは戦いを楽しむことができるだろうね!」

  • GP2:2015年からDRSを導入

    GP2:2015年からDRSを導入

    GP2は、2015年からF1で導入されているDRSを採用することを発表した。

    DRS(ドラッグ・リダクション・システム)は、オーバーテイクの機会を増やし、レースのスペクタクルを改善する目的で2011年にF1に導入された。

    DRSは、指定されたゾーンで1秒以内に先行マシンがいる場合に使用することができ、ドライバーの操作によって開くリアウイングのフラップの動きによってドラッグが減り、スピードブーストが得られる仕組みだ。

    GP2は、2011年にKERS(運動エネルギー回生システム)やDRSのような“ギミック”を避ける方針を打ち出していたが、若手ドライバーのためにシリーズをよりF1に近づけるため、2015年シーズンからこのイノベーションを採用することにした。

    「我々は常にDRSや他のデバイスなしでもGP2は驚くべきレースを生み出せると述べてきた。2014年シーズンも接戦のレースとエキサイティングなコース上バトルによってそれを証明した」とGP2のブルーノ・ミシェルCEOは述べた。

    「しかし、我々は自分たちのミッション・ステートメントを守らねばならない。すなわち、ドライバーを次のステップであるF1に備えさせることだ」

    「シリーズの創設以来、我々はマシンを3年のサイクルで設計してきた。しかし、今年は初めて、3世代目のマシンを6シーズンにわたってキープすることを決め、それによってコストを削減し、チームを支援してきた。したがって、次世代のマシンが導入されるのは2017年となる。現行のシャシーはすでに4年目だ」

    「しかし、適正なコストであれば、我々の技術的な特性をわずかに調整する改良を加え続けることは重要だ。F1は絶えず進化している。ドライバーをF1に備えさせることがGP2の理念である以上、長期間にわたって同じマシンを使うことは不可能だ。それを念頭に置けば、DRSは導入に値するベストな技術開発だと考え、1年ほど前にチームと議論してきた」

  • 佐藤公哉、連続完走も不完全燃焼の週末 (GP2)

    佐藤公哉、連続完走も不完全燃焼の週末 (GP2)

    佐藤公哉が、ベルギーで開催されたGP2シリーズ第8大会のレース週末を振り返った。

    雲は多いものの青空が垣間見えるスパフランコルシャンで8月22日の午後0時より練習走行(45分間)が実施され、佐藤公哉(カンポス・レーシング)はセッション前半に予選を想定したタイムアタック、セッション後半に決勝を想定したロングランを試したが、クルマの調子が優れず1分59秒569の26番手に終わった。

    午後3時55分からは予選(30分間)が実施され、1セット目の新品タイヤでは1分58秒185の14番手につけたものの、2セット目の新品タイヤではタイムを削れず、22番手に留った。

    「練習走行では、止まらない、曲がらない、進まないで、クルマはシルバーストン以前の状態に戻ってしまいました。予選でもクルマの状態は相変わらずで、タイヤのグリップが上がったぶん、タイムを削れただけでした」

    ときおり雲間から青空が顔を見せるものの、いつ雨が降り出しても不思議ではない怪しい雲が上空を覆う23日のスパフランコルシャン。F1の予選が始まる前に激しい雨がサーキットを濡らし、いったん雨は止んだものの路面はウェットのまま。午後3時40分過ぎに始まったGP2の決勝レース1(25周)、スタート直後にバケツをひっくり返したかのような雨が再び降り始めた。

    2周目にセーフティーカー(SC)導入、3周目に赤旗が掲示されて競技はいったん中断。午後4時10分にSC先導で競技再開、5周目にSC退去となり再び戦いが始まった。上位ドライバーの降格ペナルティで21番グリッドからスタートした佐藤公哉は、赤旗中断前までに17番手へ浮上。しかし、リスタート後はフロントタイヤの摩耗でペースが上がらず17位でチェッカードフラッグを受けた。

    「前日から大きくクルマのセットアップを変更して決勝レース1に臨みました。ただ、雨だったのでその変更が良かったのか悪かったのかは判断できません。レースではフロントタイヤの消耗が激しく、とくに後半はペースを上げられませんでした」

    24日のスパフランコルシャンは、前々日や前日とは異なり雲よりも青空が幅を利かせる天気に恵まれ、午前10時40分から決勝レース2(18周)は始まった。前日の結果に基づき17番グリッドからスタートした佐藤公哉は、一時は15番手まで順位を上げたもののフロントタイヤの摩耗に苦しみ18位でチェッカードフラッグを受けた。

    「再びセットアップをいろいろと変更して決勝レース2に臨みましたが、クルマは少しマシになった程度でした。フロントタイヤのグリップをレース早々に失いました。チームには僕好みのセットアップを伝えているのですが、なかなか思いどおりの形になりません。ハンガリー・オンガロリンク大会から、これほどクルマの戦闘力が落ちるとは思いませんでした」

  • 佐藤公哉、不運続くも予選は4番手と大健闘 (GP2)

    佐藤公哉、不運続くも予選は4番手と大健闘 (GP2)

    佐藤公哉が、ハンガリー・ハンガロリンクで開催されたGP2第7大会を振り返った。

    7月25日午後0時からの練習走行(45分間)ではミディアムタイヤを履いてコースイン。予選を想定したタイムアタックでは、1分30秒039のタイムを記録して一時は3番手に就けた。最終的には7番手だったが幸先の良い滑り出しだった。タイムアタックを終えたあとは、決勝を想定した調整をクルマに施して走り込んだ。

    同日午後3時55分からの予選(30分間)では、ソフトタイヤを履いてコースイン。2セットを使いタイムアタックに挑み、1セット目は1分28秒658の2番手、2セット目は渋滞に遭いタイムを伸ばせなかったものの、ランキング上位のライバルを蹴散らして決勝レース1の4番グリッドを確保した。

    26日午後3時52分過ぎに始まった決勝レース1(37周・最大60分間)、前日の予選結果に基づき4番グリッドへミディアムタイヤを履いて就いた。スタートではホイールスピンが多く8番手へ順位を下げたものの依然入賞圏内で、ピットストップのタイミングを計りながら上位進出を目指して走り続けた。ところが6周目、9番手のドライバーが2度3度と佐藤公哉のクルマに追突、さらにはコース外へ押し出した。ピットレーンまで戻りタイヤを交換して戦列に戻ったが、クルマのダメージが酷く残念ながらリタイアを決めた。

    27日午前10時38分過ぎに始まった決勝レース2(28周・最大45分間)、決勝レース1の結果(リタイア)に基づき22番グリッドからスタートした佐藤公哉は、一時は19番手まで浮上。さらにはファステストラップを記録しながら快調に走り続けていた。しかし、25周目にマシントラブルのため残念ながらコース脇にクルマを止めた

    佐藤公哉
    「今回はチームが持ち込んだクルマが良かった。練習走行ではクルマの跳ねが少し気になったものの、一周を走り終えると自分の感覚よりも速いタイムが出ていました。高速コーナーでギアの選択を誤らなければ、もっと速いタイムを出せていたことも走行終了後のデータ分析で分かりました。予選に向けてはクルマの跳ねを解消するため少し調整を加え、またソフトタイヤを履いたこともあって、クルマのグリップはかなり上がりました」

    「決勝レース1では、追突されてコース外に押し出されました。クルマにダメージがあったのでリタイアしました。ようやく上位で戦えるクルマになっていたのに残念です」

    「決勝レース2でファステストラップの2点を取ろうと思ったのは、チームの指示ではなく自分の判断です。でも、優勝した(ARTグランプリのストフェル・)バンドーンに、僅か0.075秒差で逆転されたのは悔しいですね。最後はコクピット内に煙が上がり、腰のあたりが熱くなったので危ないと思ってクルマを止めました。原因はまだ分かりません。土曜日に続いて日曜日も運に見放されて残念です。でも、初日金曜日に予選4番手を取れたことで分かると思いますが、クルマはようやく普通の状態になりました。クルマがこのままの状態であれば、夏休み以降の終盤戦では期待できると考えています」

  • アレキサンダー・ロッシ、ケータハムF1とGP2チームから離脱

    アレキサンダー・ロッシ、ケータハムF1とGP2チームから離脱

    アレキサンダー・ロッシは、ケータハムF1とGP2チームから離脱したことを発表した。

    2011年にチームに加入したアレキサンダー・ロッシは、フォーミュラ・ルノー3.5とGP2でケータハムのレースドライバーを務め、今シーズンのGP2ではタイトル候補になると考えられていた。

    アレキサンダー・ロッシは、2012年からF1チームのリザーブドライバーも務めており、今年のオースティンではフリー走行に参加する予定だった。

    しかし、アレキサンダー・ロッシは16日(水)、両チームに別れを告げたことを発表。

    ケータハムF1は、F1イギリスGP前にスイスと中東の投資家グループに売却され、GP2チームとは別々の団体となっている。

    「今まで一緒に仕事をしてきたケータハムのみんなにはとても感謝している」とアレキサンダー・ロッシは述べた。

    「この数カ月、新旧マネジメントと話し合ってきた。ケータハムを離れることは僕のキャリアにとって正しい判断だ」

    「ポジティブな思い出しかない。F1で多くのマイレージを重ね、ロータス・レーシングが2010年にF1に参戦してから彼らのF1マシンをドライブしてきた。僕はテストとフリー走行の両方でF1での自分の能力を証明した。次のステップの準備はできている」

    「僕のゴールはF1にいること、そしてスポーツの価値を高めることだ。このスポーツにはアメリカで発展する大きなチャンスがあり、このタイミングはパーフェクトだ。それに、2016年にアメリカチームのハース・フォーミュラがF1グリッド参入を計画しているので、とても楽しみしている」

    今週末にはホッケンハイムでレースがあるが、アレキサンダー・ロッシは、AUTO GPに参戦する佐藤公哉の代役としてカンポスから参戦することが決定している。