カテゴリー: F1ドライバー

  • F1ドライバー Twitterアカウント

    F1ドライバー Twitterアカウント

    F1ドライバーが、Twitterを活用している。

    30日(金)には、フェリペ・マッサが「やあ!!! これからみんなとツィートしていくよ!!! ハグを込めて」とTwitterアカウントを開設。開幕直前にはチームメイトのフェルナンド・アロンソもTwitterアカウントを開設した。

    「Twitterはやらない」と公言しているセバスチャン・ベッテル、ミハエル・シューマッハ、キミ・ライコネンを除く現役F1ドライバーがTwitterを活用している。

    F1チームも公式Twitterを開設しており、続々とチーム情報を発信している。

    F1ドライバー Twitterアカウント

    マーク・ウェバー : @AussieGrit
    ジェンソン・バトン : @JensonButton
    ルイス・ハミルトン : @LewisHamilton
    フェルナンド・アロンソ : @alo_oficial
    フェリペ・マッサ : @Felipe1Massa
    ニコ・ロズベルグ : @nico_rosberg
    ロマン・グロージャン : @RGrosjean
    ポール・ディ・レスタ : @pauldirestaf1
    ニコ・ヒュルケンベルグ : @NicoHulkenberg
    小林可夢偉 : @kamui_kobayashi
    セルジオ・ペレス : @SChecoPerez
    ダニエル・リカルド : @danielricciardo
    ジャン・エリック・ベルニュ : @JeanEricVergne
    パストール・マルドナド : @Pastormaldo
    ブルーノ・セナ : @BSenna
    ヘイキ・コバライネン : @H_Kovalainen
    ヴィタリー・ペトロフ : @vitalypetrovrus
    ペドロ・デ・ラ・ロサ : @PedrodelaRosa1
    ナレイン・カーティケヤン : @narainracing
    ティモ・グロック : @realTimoGlock
    シャルル・ピック : @Charles_Pic1

    F1チーム Twitterアカウント

    レッドブル : @redbullf1spy
    マクラーレン : @TheFifthDriver
    フェラーリ : @InsideFerrari
    メルセデスAMG : @MercedesAMGF1
    ロータス : @Lotus_F1Team
    フォース・インディア : @clubforce
    ザウバー : @OfficialSF1Team
    トロ・ロッソ : @ToroRossoSpy
    ウィリアムズ : @WilliamsF1Team
    ケータハム : @MyCaterhamF1
    HRT : @HRTF1Team
    マルシャ : @Marussia_F1Team

    その他ドライバー Twitterアカウント

    カルン・チャンドック : @karunchandhok
    ギド・ヴァン・デル・ガルデ : @GvanderGarde
    ジェローム・ダンブロシオ : @thereal_JDA
    ジュール・ビアンキ : @Jules_Bianchi
    セバスチャン・ブエミ : @Sebastien_buemi
    デビッド・クルサード : @therealdcf1
    ハイメ・アルグエルスアリ : @AlguersuariJA
    ニック・ハイドフェルド : @NickHeidfeld
    ルーカス・ディ・グラッシ : @LucasdiGrassi
    ルーベンス・バリチェロ : @rubarrichello
    山本左近 : @SakonYamamoto
    佐藤琢磨 : @TakumaSatoRacer

    F1-Gate.com : @F1Gate

  • 2012年 F1最終バルセロナテスト 参加チーム&ドライバー

    2012年 F1最終バルセロナテスト 参加チーム&ドライバー

    2012年シーズン開幕前の最後プレシーズン合同テストが、3月1日(木)から4日(日)までの4日間、バルセロナのカタロニア・サーキットで行われる。

    2回目テストでシャシーに問題が発覚してテストを切り上げたロータスは、初日から参加を表明。HRTはF112がクラッシュテストに合格したが、まだ参加日程とドライバーは発表されていない。一方、マルシャはMR01がクラッシュテストに不合格となり、テストを見送ることを明らかにしている。

    前回のテストで最速タイムを記録した小林可夢偉(ザウバー)は、2日目と最終日にテストを担当する。

    2012年 F1バルセロナテスト 日程

    チーム 1日(木) 2日(金) 3日(土) 4日(日)
    レッドブル M.ウェバー S.ベッテル M.ウェバー S.ベッテル
    マクラーレン J.バトン L.ハミルトン J.バトン L.ハミルトン
    フェラーリ F.マッサ F.アロンソ F.マッサ F.アロンソ
    メルセデスAMG N.ロズベルグ M.シューマッハ N.ロズベルグ M.シューマッハ
    ロータス R.グロージャン R.グロージャン K.ライコネン K.ライコネン
    フォース・インディア P.ディ・レスタ N.ヒュルケンベルグ P.ディ・レスタ N.ヒュルケンベルグ
    ザウバー S.ペレス 小林可夢偉 S.ペレス 小林可夢偉
    トロ・ロッソ J.エリック・ベルニュ J.エリック・ベルニュ D.リカルド D.リカルド
    ウィリアムズ P.マルドナド B.セナ
    P.マルドナド
    P.マルドナド
    B.セナ
    B.セナ
    ケータハム H.コバライネン H.コバライネン V.ペトロフ V.ペトロフ
  • 2012年 F1バルセロナテスト 参加チーム&ドライバー

    2012年 F1バルセロナテスト 参加チーム&ドライバー

    2012年の2度目の合同テストが、2月21日(火)からバルセロナのカタロニア・サーキットでスターする。

    バルセロナテストでは、ヘレスでは2011年マシンで参加したメルセデスAMGが新車W03を投入。

    また前回のヘレステストを欠席していたマルシャが2011年マシンで参加し、ルーキーのシャルル・ピックが3日間走行を行う。

    小林可夢偉(ザウバー)はテスト3日目となる23日(木)からテストを担当。ウィリアムズは2日目にリザーブドライバーのバルテリ・ボッタスを起用。ヤルノ・トゥルーリに代わってケータハムに加入したヴィタリー・ペトロフは2日目と3日目に走行を担当する。

    いまだ新車でクラッシュテストに合格出来ていないHRTは、バルセロナの最終テストで新車を投入することに焦点を合わせ、今回のテストは欠席する。

    2012年 F1バルセロナテスト 日程

    チーム 21日(火) 22日(水) 23日(木) 24日(金)
    レッドブル S.ベッテル S.ベッテル M.ウェバー M.ウェバー
    マクラーレン L.ハミルトン L.ハミルトン J.バトン J.バトン
    フェラーリ F.アロンソ F.アロンソ F.マッサ F.マッサ
    メルセデスAMG M.シューマッハ N.ロズベルグ M.シューマッハ N.ロズベルグ
    ロータス R.グロージャン R.グロージャン K.ライコネン K.ライコネン
    フォース・インディア N.ヒュルケンベルグ N.ヒュルケンベルグ P.ディ・レスタ P.ディ・レスタ
    ザウバー S.ペレス S.ペレス 小林可夢偉 小林可夢偉
    トロ・ロッソ D.リカルド D.リカルド J.エリック・ベルニュ J.エリック・ベルニュ
    ウィリアムズ B.セナ V.ボッタス P.マルドナド P.マルドナド
    ケータハム H.コバライネン V.ペトロフ V.ペトロフ H.コバライネン
    マルシャ C.ピック C.ピック T.グロック C.ピック
  • 2012年 F1ドライバー・ラインナップ

    2012年 F1ドライバー・ラインナップ

    2012年のF1ドライバー・ラインナップが出揃った。

    最後の空席となっていたHRTのシートはナレイン・カーティケヤンが獲得。

    さらに、ケータハムが土壇場でヤルノ・トゥルーリに代えてヴィタリー・ペトロフを起用することを発表したことで2012年のF1の24グリッドが確定した。

    2012年のドライバーラインナップでは、上位4チームとザウバーを除くチームが、少なくとも1名はドライバーを変更、ロータスとトロ・ロッソはドライバーを一新させた。2012年は、復帰、新人を含め、F1ドライバーの顔ぶれが大きく変わる。

    新顔としては、シャルル・ピック(マルシャ)、ジャン・エリック・ベルニュ(トロ・ロッソ)がF1デビュー。またキミ・ライコネン、ロマン・グロージャン(ともにロータス)、ニコ・ヒュルケンベルグ(フォース・インディア)、ペドロ・デ・ラ・ロサ(HRT)がF1レースに復帰する。

    2011年の最終戦でレースをしたドライバーでは、レッドブルのリザーブドライバーに就任したセバスチャン・ブエミ、ロータスのリザーブドライバーに就任したジェローム・ダンブロシオを除けば、ヤルノ・トゥルーリ、ルーベンス・バリチェロ、エイドリアン・スーティル、ハイメ・アルグエルスアリ、ヴィタントニオ・リウッツィと5名のドライバーがF1でのポジションを失っている。2011年にレースに出場したドライバーも含めれば、ニック・ハイドフェルド、カルン・チャンドックもF1での居場所を確保できていない。

    キミ・ライコネンが復帰したことで、2012年はセバスチャン・ベッテル、ジェンソン・バトン、ルイス・ハミルトン、フェルナンド・アロンソ、ミハエル・シューマッハと6名のワールドチャンピオンがグリッドに並ぶこととなった。

    2012年 F1ドライバー ラインナップ


    レッドブル・レーシング / RED BULL RACING
    Red Bull Racing Renault

    1.セバスチャン・ベッテル
    2.マーク・ウェバー

    ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス / VODAFONE MCLAREN MERCEDES
    McLaren Mercedes

    3.ジェンソン・バトン
    4.ルイス・ハミルトン

    スクーデリア・フェラーリ / SCUDERIA FERRARI
    Ferrari

    5.フェルナンド・アロンソ
    6.フェリペ・マッサ

    メルセデスGPペトロナス F1チーム / MERCEDES GP PETRONAS F1 TEAM
    Mercedes

    7.ミハエル・シューマッハ
    8.ニコ・ロズベルグ

    ロータス F1チーム / LOTUS F1 TEAM
    Lotus Renault

    9.キミ・ライコネン
    10.ロマン・グロージャン

    サハラ・フォース・インディア F1チーム / SAHARA FORCE INDIA F1 TEAM
    Force India Mercedes

    11.ポール・ディ・レスタ
    12.ニコ・ヒュルケンベルグ

    ザウバー F1チーム / SAUBER F1 TEAM
    Sauber Ferrari

    14.小林可夢偉
    15.セルジオ・ペレス

    スクーデリア・トロロッソ / SCUDERIA TORO ROSSO
    STR Ferrari

    16.ダニエル・リカルド
    17.ジャン・エリック・ベルニュ

    AT&Tウィリアムズ / AT&T WILLIAMS
    Williams Renault

    18.パストール・マルドナド
    19.ブルーノ・セナ

    チーム・ケータハム / TEAM CATERHAM
    Caterham Renault

    20.ヘイキ・コバライネン
    21.ヴィタリー・ペトロフ

    HRT F1チーム / HRT F1 TEAM
    HRT/TBA

    22.ペドロ・デ・ラ・ロサ
    23.ナレイン・カーティケヤン

    マルシャ F1チーム / MARUSSIA F1 TEAM
    Marussia Cosworth

    24.ティモ・グロック
    25.シャルル・ピック

  • セバスチャン・ベッテル:プロフィール

    セバスチャン・ベッテル:プロフィール

    セバスチャン・ベッテル (Sebastian Vettel)
    所属:レッドブル・レーシング
    カーナンバー:1
    国籍:ドイツ
    生年月日:1987年7月3日

    セバスチャン・ベッテル プロフィール

    セバスチャン・ベッテルは、2006年に弱冠19歳にしてBMWザウバーでトルコGPに出場し、グランプリ出場を果たした最年少ドライバーとしての記録を更新した。そして、その日の最速ラップタイムを記録した。

    ベッテルは、フォーミュラBMW時代に出場した20レースで18優勝を果たす。15回のポールポジションを達成し、レースの最速ラップタイムを16回記録し、可能な400ポイントのうちの387ポイントを手に入れた。この記録や、他のフォーミュラでの活躍は、BMWが彼を2006年の最後の5レースで金曜日のテストドライバーに起用することを決断するには十分だった。

    そして、2006年のカナダGP。ポールポジションからスタートしたBMWザウバーのロバート・クビサが、大クラッシュに遭遇。幸いクビサは重傷を免れたが、次のレースへの出場は控えるように医師から忠告を受けた。そして、彼の代役として、セバスチャンがインディアナポリス・スピードウェイの決勝レースのスタートラインに並ぶことになった。そのレースで彼は8位入賞を果たし、デビュー戦でポイントを獲得する数少ないドライバーの仲間入りを果たした。

    セバスチャンは今のところF1に大きな記録は残していないのだが、ひとつだけ珍しい不運な記録を持っている。トルコGPでデビューを果たした金曜日、彼はピットレーンのスピード違反の最速記録を達成。なんと、F1デビュー9秒後の記録である。2007年のインディアナポリスはF1最年少でポイントを獲得したドライバーとしての記録も更新している。

    セバスチャン・ベッテル 経歴

    2011年 : レッドブル・レーシング F1ワールドチャンピオン
    2010年 : レッドブル・レーシング F1ワールドチャンピオン
    2009年 : レッドブル・レーシング
    2008年 : スクーデリア・トロ・ロッソ
    2007年 : F1
    BMWザウバーF1チームでアメリカGP出場(8位完走1ポイント獲得)、ハンガリーGPからスクーデリア・トロロッソでF1出場
    2006年 : F3
    F3ユーロシリーズ2位、優勝3回、BMW F1テスト2回目(ヘレス)、BMWザウバーF1チーム金曜日テスト/リザーブ・ドライバー(トルコGP)
    2005年 : F3
    F3ユーロシリーズ5位、ルーキーチャンピオン、表彰台6回
    2004年 : フォーミュラBMW ADAC
    フォーミュラBMW ADAC選手権チャンピオン
    (20レース中18勝、ポールポジション15回、レース最速ラップタイム16回)
    2003年 : フォーミュラBMW ADAC
    フォーミュラBMW ADAC選手権2位、ルーキーチャンピオン
    2002年 : カート
    ヨーロッパ選手権1CAシニア・クラス6位
    2001年 : カート
    ヨーロッパ・ジュニア・カート選手権チャンピオン
    ドイツ・ジュニア・カート選手権チャンピオン
    モナコ・ジュニア・ カートレース優勝
    パリ・ベルシーカートレース優勝
    1995年〜 : カート
  • マーク・ウェバー:プロフィール

    マーク・ウェバー:プロフィール

    マーク・ウェバー (Mark Webber)
    所属:レッドブル・レーシング
    カーナンバー:2
    国籍:オーストラリア
    生年月日:1976年8月27日

    マーク・ウェバー プロフィール

    マーク・ウェバーがミナルディでF1デビューを果たしたのは2002年のこと。彼のF1初年度はまるで夢物語のようだった。1999年以来ポイントを獲得できずにいたミナルディから出場したマークは、母国オーストラリアで開催された初出場のレースで5位入賞。文句なしのルーキー・オブ・ザ・イヤーとしてこの年を終えた。カート・レースで運命のスタートを切った11年後、ウェバーはモータースポーツの最高峰であるF1で頭角を現そうとしていた。オーストラリアでカートとフォーミュラ・フォードを経験したマークは、シングル・シーターでの経験を積むためにイギリスへ渡る。これもまた運命の決断だった。その後、名高いブランズハッチのフォーミュラ・フォード・フェスティバルで優勝して名を上げた彼はF3へステップアップするが、その後はミハエル・シューマッハが開拓した道を辿ってメルセデス・スポーツカー・チームへ移籍する。

    残念ながらメルセデスでは、1999年のルマン24時間で高速走行中にクルマが宙を舞うアクシデント(彼の落ち度ではない)が印象に残ったぐらいだったが、このアクシデントを機に彼は方向性を変え、F3000からという従来のルートでF1へと上り詰める。

    マークはF1人生の半分をミルトンキーンズのチームで過ごしてきた。ミナルディで迎えたF1初シーズンの後はジャガーで2年間ドライバーを務めた。その後の数シーズンはウィリアムズで過ごしたものの、レッドブル・レーシングへの移籍によって彼は再びミルトンキーンズに舞い戻る。2007年ヨーロッパGPの3位表彰台がレッドブル・レーシングにおけるこれまでの最高成績。2008年前半は安定したパフォーマンスでポイント獲得を重ねたが、フロントローからスタートを切ったシルバーストン以降は低迷を続け、21ポイントの11位でシーズンを終えた。

    F1ドライバーを務めるかたわら、マークはグランプリ・ドライバーズ・アソシエーションの会長を長年務めている。また、F1シーズンが終わるとマーク・ウェバー・ピュア・タスマニア・チャレンジが待ちかまえており、そこでマークは趣味のアウトドア・スポーツを満喫する。もしかしたら、今後は自転車競技には参加しないかもしれないが!このイベントのこれまでの収益金は百万ドルを上回り、白血病基金やセーブ・ザ・タスマニアンデビル・プログラムに寄付されている。

  • ジェンソン・バトン:プロフィール

    ジェンソン・バトン:プロフィール

    ジェンソン・バトン (Jenson Button)
    所属:ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス
    カーナンバー:3
    国籍:イギリス
    生年月日:1980年1月19日

    ジェンソン・バトン プロフィール

    ジェンソン・バントンは、1998年にイギリス・フォーミュラ・フォードでチャンピオンを獲得し、翌年にイギリスF3選手権にステップアップ。その年のルーキー・オブ・ザ・イヤーに輝くなど順調にレースキャリアを積み、翌2000年にウィリアムズよりF1デビューを果たす。

    2003年にB・A・R Honda に加入し、2004 年は4 度の2 位を含むシーズン10度の表彰台登壇を果たしランキング3位を獲得している。’06 年はシーズン中盤で苦しいレースを強いられたが、第13戦ハンガリーGPで自身初、そしてHonda F1第3期として初優勝をもたらした。

    2008年末にホンダがF1撤退を発表。チームを引き継いだブラウンGPに加入したジェンソン・バトンは、2009年に自身初となるワールドチャンピオンを獲得した。

    2010年シーズンにマクラーレンへ移籍。

  • ルイス・ハミルトン:プロフィール

    ルイス・ハミルトン:プロフィール

    ルイス・ハミルトン (Lewis Hamilton)
    所属:ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス
    カーナンバー:4
    国籍:イギリス
    生年月日:1985年1月7日

    ルイス・ハミルトン 経歴

    2011年: ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
    2010年: ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
    2009年: ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
    2008年: ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
    2007年: ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
    2006年: GP2シリーズ(ARTグランプリ):シリーズチャンピオン、5勝、ファステストラップ6回、ダブル-ウィン2回(ニュルブルクリンク、シルバーストン)、ポール-トゥ-ウィン(モナコ)、2位7回、3位2回
    2005年: F3ユーロシリーズ(ASM F3、ダラーラ・メルセデス):シリーズチャンピオン(4戦を残してタイトル確定)、15勝、ファステストラップ10回、ポールポジション13回。モナコF3GPウィナー(2勝、ポールポジション2回、ファステストラップ1回)、ポーF3GPウィナー(2勝、ポールポジション2回、ファステストラップ2回)
    2004年: F3ユーロシリーズ:ランキング5位、1勝+3位(ノリスリンク)、バーレーンF3スーパープリ優勝
    2003年: 英国フォーミュラ・ルノー:チャンピオン(2戦を残してタイトル確定)、10勝、ポールポジション11回、ファステストラップ9回
    2002年: 英国フォーミュラ・ルノー:ランキング3位、3勝、ポールポジション3回、ファステストラップ3回。フォーミュラ・ルノー・ユーロカップ:ランキング5位、1勝を含む表彰台4回(9戦中4戦のみに参戦)
    2001年: 英国フォーミュラ・ルノー・ウィンターシリーズ:ランキング5位
    2000年: フォーミュラA:欧州チャンピオン、4戦全勝。ワールドカップ・チャンピオン。カート・ワールド・ナンバーワン・アワード受賞、ベルシ・マスターズ優勝、BRDC“ライジングスター”初代メンバー
    1999年: インターコンチネンタルA(ICA):イタリア“インダストリアルズ”チャンピオン。ジュニアICA(JICA):ランキング2位、トロフィー・デ・ポンポサ優勝。イタリア・オープン選手権4位
    1998年: ジュニアICA(JICA):マクラーレン・メルセデス・チャンピオンズ・オブ・フューチャー・シリーズ:ランキング2位、イタリア・オープン選手権4位。マクラーレンおよびメルセデス・ベンツによるヤング・ドライバー・サポート・プログラムに選出
    1997年: ジュニア・ヤマハ:英国スーパーワン・チャンピオン、マクラーレン・メルセデス・チャンピオンズ・オブ・フューチャー・シリーズ優勝
    1996年: カート・カデットクラス:マクラーレン・メルセデス・チャンピオンズ・オブ・フューチャー・シリーズ優勝、スカイTVカート・マスターズ・チャンピオン、5部門の国内タイトルを獲得
    1995年: カート・カデットクラス:英国スーパーワン・チャンピオン、STPチャンピオン
  • フェルナンド・アロンソ:プロフィール

    フェルナンド・アロンソ:プロフィール

    フェルナンド・アロンソ (Fernando Alonso)
    所属:スクーデリア・フェラーリ・マールボロ
    カーナンバー:5
    国籍:スペイン
    生年月日:1981年7月29日

    フェルナンド・アロンソ プロフィール

    フェルナンド・アロンソは1981年7月21日、スペイン、オビエドで生まれる。

    父のホセ・ルイスは爆発物取扱い技師だが、子供時代にはレーシング・カートに憧れ、その忘れ難い想いで自らカートを作り上げて長女のロレーナが8歳の時にそのハンドルを握らせた。しかし、その試みは成功とは言えなかった。このため、この時まだ3歳だった幼いアロンソに順番が回って来た。ここから始まったキャリアがアロンソを2005年、2006年のF1ワールド・チャンピオンシップのタイトルに導いたのだが、今年は、このスペイン人ドライバーはスクーデリア・フェラーリ・マールボロ・チームのドライバー・ラインアップに加わることになりなった。

    公式記録に残るアロンソの初優勝は1988年6月、ポーラ・デラビアーナのレースで、アストゥリアス・チャンピオンシップのイベントの一部であるジュニア・クラスのカテゴリーにデビューした時の事。アロンソは残り7レースに勝利し、自身初のタイトルを獲得した。続く2年間には、アストゥリアス、ナバーラ、バスクの地方シリーズで更に勝利を重ね、1991年にはスペインのナショナル・シリーズに参戦を果たした。1993年から1996年までアロンソはスペインのジュニア・チャンピオンに輝いた。その上、国際レベルのイベントでも得点を挙げられるようになり、 95年のワールド・チャンピオンシップでは3位、翌年には1位となったの。1997年には若きアロンソは、母国とイタリアでインターAカテゴリーのタイトルを獲得。このタイトルは1998年にも獲得したが、その年、ヨーロッパ・チャンピオンシップでも2位の成績を挙げた。その年の10月、アロンソは初めて本物のレーシング・カーをドライブ。 エイドリアン・カンポスがアルバセテで、アロンソに3日間フォーミュラ・ニッサンのステアリングを握らせたのだが、このテストの最後には、数日前に同じマシンを駆ってポール・ポジションを獲得したマルク・ジェネに迫るタイムを叩き出した。このパフォーマンスによって、アロンソはカンポス・チームで翌年のユーロ・オープン・チャンピオンシップのシートを獲得し、シリーズを楽々と制覇した。

    1999年12月13日アロンソはヘレス・サーキットで行われたミナルディ・チームのテスト・セッションで初めてフォーミュラ1のドライブを経験した。この若くて希望に溢れるスペイン人ドライバーは簡単に最高タイムをマーク。2000年には、アロンソはF3000シリーズに参戦し、シーズン4位となったが、最も難しいサーキット、すなわちスパでは勝利を飾った。この時、ミナルディ・チームはアロンソと翌年のフォーミュラ1シリーズの契約を結んだ。

    2002年にはアロンソのマネージャーであるフラビオ・ブリアトレーがルノー・チームのテスト・ドライバーのシートを確保し、この経験はアロンソが翌シーズンこのフランスのチームのレース・ドライバーとなった後、貴重なものとなった。この年、アロンソは目覚ましい成績を挙げ、セパンではポール・ポジション、バルセロナでは2位フィニッシュ、ハンガリーで優勝、そして、シーズンを6位で終えた。 2004年にはその地位を不動のものとした後、2005年には最初のタイトルを獲得したが、チャンピオン争いはともに7勝を挙げたマクラーレンのキミ・ライコネンとの間で最終戦ブラジル・グランプリまでもつれた。12ヶ月後にはやはりブラジルで2度目のタイトルに輝いたが、その年のライバルはフェラーリのミハエル・シューマッハだった。

    2007年、アロンソはマクラーレンに移籍したが、よく知られているようにその決断は早計だったと言える。アロンソはグランプリで4回優勝したが、チームメートのハミルトン、フェラーリのライコネンと三つ巴の戦いを繰り広げ、最後はライコネンのタイトル獲得という結果となった。

    アロンソの2度目のルノー・チーム在籍は成功とは言い難いものだった。 2008年は開幕では躓いたものの、シンガポールと富士で2回の素晴らしい勝利を挙げシーズンを終わった。2009年は不調に終わり、チャンピオンシップは9位の成績だった。

    9月30日、アロンソのフェラーリ移籍と2012年シーズンまでの契約が発表された。

    フェルナンド・アロンソ 経歴

    2011年: スクーデリア・フェラーリ・マールボロ ドライバー
    2010年: スクーデリア・フェラーリ・マールボロ ドライバー
    2009年: ING ルノー F1チーム ドライバー
    2008年: ING ルノー F1チーム ドライバー
    2007年: ボーダフォン・マクラーレン・メルセデス・ドライバー
    2006年: ルノーF1チーム:F1世界チャンピオン、134ポイント、優勝:バーレーン、オーストラリア、スペイン、モナコ、英国、カナダ、日本、2位:マレーシア、サンマリノ、ヨーロッパ(ニュルブルクリンク)、フランス、トルコ、中国、ブラジル
    2005年: ルノーF1チーム:F1世界チャンピオン、133ポイント(24歳59日のワールドタイトル獲得は史上最年少)、優勝:マレーシア、バーレーン、サンマリノ、ヨーロッパ(ニュルブルクリンク)、フランス、ドイツ、中国、2位:スペイン、英国、トルコ、イタリア、ベルギー、3位:オーストラリア、ブラジル、日本
    2004年: ルノーF1チーム:ランキング4位、59ポイント、2位:フランス、3位:オーストラリア、ドイツ、ハンガリー
    2003年: ルノーF1チーム:ランキング6位、55ポイント、優勝:ハンガリー(22歳1ヶ月のGP優勝は史上最年少)、2位:スペイン、3位:マレーシア、ブラジル。マレーシアでキャリア初のポールポジション(21歳のポールポジション獲得は史上最年少)
    2002年: ルノーF1チーム:テストドライバー
    2001年: ミナルディF1:ドイツGPにて10位入賞
    2000年: F3000選手権:ランキング4位、スパフランコルシャンの優勝を含む表彰台3回、ポールポジション1回
    1999年: ユーロオープン選手権:シングルシーター・デビューイヤーに同選手権タイトルを獲得、6勝、ポールポジション9回
    1998年: カート・インターAクラス:スペイン・チャンピオン、パリ・ベルシ・トロフィー優勝、インダストリー・トロフィー(イタリア)優勝、オープン・フォード・トロフィー優勝
    1997年: カート・インターAクラス:スペイン・チャンピオン、イタリア・チャンピオン、欧州選手権:9勝、ポールポジション1回
    1996年: カート・ジュニアクラス:世界チャンピオン、スペイン・チャンピオン、エスティヴァル・トロフィー(イタリア)優勝
    1995年: カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン、世界選手権ランキング3位
    1994年: カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン
    1993年: カート・ジュニアクラス:スペイン・チャンピオン
    1991年: カート・カデットクラス:スペイン選手権ランキング2位
    1990年: カート・カデットクラス:アストゥリア/バスク・チャンピオン
    1989年: カート・ルーキークラス:アストゥリア/ガリシア・チャンピオン
    1988年: カート・ルーキークラス:アストゥリア/ガリシア・チャンピオン
    1984年: 3歳にてカートを初体験
  • フェリペ・マッサ:プロフィール

    フェリペ・マッサ:プロフィール

    フェリペ・マッサ (Felipe Massa)
    所属:スクーデリア・フェラーリ・マールボロ
    カーナンバー:6
    国籍:ブラジル
    生年月日:1981年4月25日

    フェリペ・マッサ プロフィール

    1981年4月25日ブラジル・サンパウロ生れ。生地は後日、彼がF1で勝利することになるサーキットからそれほど遠くないところで、9歳のときにはすでに初めてのドライビングを経験している。

    サンパウロ・マイクロ-カート選手権で1990年に4位、1991年には6位に入賞、そしてその1年後の1992年に3位入賞、念願の表彰台に上る。カートの成功を足掛かりにフォーミュラ・シボレーへとステップアップ、ブラジル・チャンピオンシップで5位に入賞。そのたった1年後に見事ドライバーズ・タイトルに輝く。彼の最初の選手権勝利でもあった。

    欧州に移ってからも、フェリッペ・マッサのサクセスストーリーは続く。2000年にイタリアのフォーミュラ・ルノー選手権に参戦し優勝するや、翌2001年ヨーロッパF3000でドライバーズ・タイトルを獲得する。

    その活躍がスイスのザウバー・ペトロナスF1チームの目にとまり、フェラーリのムジェロ・サーキットでのテストに招かれる。そして2002年アルバートパークで開催されたオーストラリアGPに弱冠20歳でF1デビュー。シーズンを通してドライバーズポイントを4ポイント獲得。同時にフェラーリF1のテストドライバーとしてのキャリアもスタート。

    2002年シーズンはフェラーリのテストドライバーとしてミハエル・シューマッハがタイトルを獲得したマシンの開発に従事する。翌シーズン、ザウバー・ペトロナスに呼び戻されドライバーとして2年契約を結ぶ。フェラーリにその速さと豊かな才能を再び認められ、2006年からはドライバーとしての契約を結び、シューマッハのパートナーとしてフェラーリからF1に参戦を開始する。

    フェラーリでの最初のシーズンにフェリッペは2勝を挙げるとともに、ポールポジションを3度獲得、ファステストラップを2度記録するなど活躍し、ドライバーズ選手権総合3位という見事な成績で終える。

    2007年は彼にとって素晴らしい1年となった。シーズンを通して5勝を挙げ、大変厳しいシーズンであったにもかかわらずドライバーズ選手権総合4位に入賞する。2008年、彼は自身のスタイルを確立、最終レースの最後の瞬間までドライバーズ・タイトルを争うところまで成長した。母国での最終戦、ブラジルGPでもポールポジションを獲得、圧倒的強さで優勝したにもかかわらず、ドライバーズ・タイトルにはわずか1点だけ届かなかった。ルイス・ハミルトンの後塵を拝することとなり、惜しくも総合で2位に終わった。しかし彼のシーズン6勝と10度の表彰台という輝かしい成績は、フェラーリF1チームに16度目となるコンストラクターズ・タイトルをもたらした。

    2009年はこのブラジル人ドライバーにとってかつてない苦しい年となった。マッサもチーム全体も、主なライバルに比べてF60の競争力不足に苦しんだ。そして、事態は好転しつつあると思われたさなか、マッサはハンガリー・グランプリ予選中の事故でけがを負い、彼の家族にもチームにも、そして多くのファンにとっても、心配な時が過ぎた。マッサは全快したが、シーズン終盤の7レースに出走することはできなかった。このため、彼の成績はドイツ・グランプリの3位が最高位という結果に終わりった。しかし、2009年は非常に喜ばしい知らせで締め括られた。フォーミュラ1マシーンのコックピットに戻ってトップ・ドライバーとして復帰することができただけではなく、初めての男の子が誕生したのだ。この長男には父親と同じフェリペの名が付けられたが、21世紀の最初の10年の締め括りはマッサにとって思いで深いものとなった。

    2012年はスクーデリア・フェラーリ・マールボロ・チームのドライバーとして7年目のシーズンとなる。